2016年12月26日月曜日

20161226 いくつかのストーリーに共通すると思われることについて・・

本日の首都圏もなかなか寒い一日でした・・。
そして、昨日もブログ記事の更新を行ったため、本日に関しては「特に無理をして書く必要もないのではなかろうか・・?」と思った次第ですが、書きはじめた手前、やはり何かしら続けて書く方が精神衛生的にも良いのではなかろうか・・?と続けて思った次第です・・(苦笑)。

そういえば、12月はじめに投稿記事数が500に到達してから、ほぼ20日近く断筆を試みた(笑)わけですが、その後、現在再度書きはじめるのは、特に苦痛ではありません。

ただ、問題となるのが、ブログ記事のネタであり、これはその場その場の想念に尾鰭を付けて書けば良いのでは?と考えた時期もありましたが、どうもそればかりでは、記事の内容が深化し辛いようです・・。

その意味において、比較的初期のブログ記事の方が内容としては深いものが多かったのではないかと考えます。

とはいえ、現在もまた、それなりにさまざまな著作は読んでおりますので、やり方、考え方次第では、今後更なる文体の洗練、内容の深化を図ることができるのではないかといった期待もまたあります・・(笑)。

そして、そのためには、やはりまた、ある程度文章を書き続けなければならないのかもしれません・・。

このようなことを記しておりますと、以前読んだアルベール・カミュ著「シューシュポスの神話」を思い出します・・。

また、シューシュポスで思い出すのは、これも以前読んだロバート・グレイヴス著の「ギリシャ神話」にてトロイア戦争終盤で木馬の詭計を考案したアカイア勢の将オデッセウスは、このシューシュポスの息子であると記されていたことです。
たしかに、人も神々も怖れぬその豪胆、大胆さ、詭計の巧みさとは、二人に共通する性質であるといえますので、この記述に妙に納得した記憶があります。

そしてまた、二人ともその豪胆、大胆さによって苦難に身を投じることになるのです・・。

そして、そのように記しておりますと、今度はつい先日に共有した動画「アギーレ/神の怒り」(1972年西ドイツ映画)を思い起こさせます・・。

そして、私はそこに関連するものとしてジョセフ・コンラッド著「闇の奥」冒頭からの抜粋引用を示しましたが、これらの断片的なストーリーには共通する何かがあるのではないかと思われるのです・・。

無論それらに共通する性質を自身が保持しているということではありません。

しかしながら『明瞭ではありませんが、共通して認識することができる抽象的な観念』といったものが存在するのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、こうした観念といったものは明瞭に言語化することはネット上での保身とは異なる意味・次元で危ないことではないかと最近不図思いました・・(笑)。

さる熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。