2020年8月18日火曜日

20200818【架空の話】・其の38

無事に買取交渉を終えて買取額を受け取り、指導教員と共に店外に出ると、おもむろに「ちょっと寒いから今日は家の近くの蕎麦屋でカレーそばでも食べようと思っているんだが、一緒にどうだね。」と話を振って来た。

「カレーそばですか・・それはまた美味しそうでシブいですね・・。丁度、少しお金も手に入りましたので、ご一緒させて頂きます。」と返事をすると「そうですか、分かりました。では行きましょう。場所は、私の家の近くで、君の家へは少し遠回りになりますが、それでも構いませんか?」と訊ねて来た。時間はそこまで遅くなく、また、夕食には丁度良い時間であると思われたことから、これも了解し同行した。

電車の中ではまた、さまざまな話題に飛んだが、最近読まれた新書か何かの影響か、この時は我が国の古代についての話題が多かった。そして、先日話に上った中国地方某県の話が出たが、ここで「うん、あのあたりは、古代、ヤマト王権が列島大部分の覇権を手に入れるまでは、その独自の勢力を保持していたようで、そのためか、あのあたりの海側の肥沃で稲作に適した地域では、大規模な古墳が初期には造られているんだ・・。まあ、まだ実際に行ったことはないのだけれど、そうした古墳造営の様相から時代の流れを読むというのも、なかなか面白いものですよ・・。」とのことであった。

それに対して私は「ええ、しかし、我が国では一般的に何でも進化と云いますと、小型の精密化といったニュアンス・感覚がありますよね・・。逆に何かが大型化する時というのは、国家、いや社会規模で、躁状態になっている傾向があると云えまして、端的な具体例でしたら、戦艦大和・武蔵などがそうではないでしょうか?そして往々にして、そのしばらく後に、時代精神の変化により、まあ「過去の遺物」になっていってしまうといったことが多いのではないでしょうか?」といった内容の返事をした。すると「まあ、たしかに我が国のお家芸は小型・精密化といった「集約」にあると云えますが、しかし、その戦艦のハナシは既に我が国が近代に統一国家になってからのものですよね・・。それに対して、さきのO県の古墳は、ヤマト王権が名実ともに、列島の大部分を支配する前の段階でのハナシでね、つまり、古墳を巨大化させることが出来る程の土着勢力の存在が、ヤマト王権による統一以前といえることから、何と云うか比較する段階もしくは前提となる条件が異なるのではないかと思いますよ。」といった意味の返事が来た。

このことは後年、調べてみたところ、たしかにそうした傾向があると云え、おそらく、似たような事例としては、戦国時代から江戸時代にかけての国内各地での築城の傾向があるのではないかと思われた・・。つまり、端的には当時の指導教員と私の主張いずれにも、ある程の「分」があったのだと云える・・。

ともあれ、その間にも我々は電車を乗り継いで目的の蕎麦屋に向かっていたが、こうした様子から、何だか以前に観たガイ・リッチー監督作品の「Snatch」の冒頭シーンが思い起こされた・・。そして、そうした会話をしているうちに目的地に到着した。

その蕎麦屋は、外見からも年季を感じさせ、所謂、首都圏の多く商店街にある「地元で古くから続いている蕎麦屋」といった趣があった。比較的新しい紺色の暖簾を潜りつつ、擦りガラスが嵌め込まれた格子戸を開けると、店内は割に賑わっており、カウンター席の奥にある調理場から「どうも先生!」と和帽子を被った体格の良い店主と思しき中年男性から声を掛けられた。指導教員は慣れた調子で「ええ、今日は私のところの学生を一人連れてきました。それでカレーそばを二つお願いできますか?」と返事をした。すると「はいよ!今、お茶とおしぼりをお持ちしますので空いている席にお座りください。」と元気な声で云われ、我々は少し奥にある二人掛けのテーブル席に腰かけた。するとアルバイトの男子学生と思しき方がお茶とおしぼりを席まで持って来て「今日はカレーそば二つでよろしいですか?」と訊ねてきた。私は頷き、指導教員は「ええ、それでお願いします。」と返答をして「かしこまりました。少々お待ちください。」と伝票に記入して去って行った。外は寒かったが、店内は蕎麦を茹でるお湯のためか、少し蕎麦の薫りがして暖かく、また周囲には若い客はおらず、大体は壮年およびそれ以降の客層であり、おそらくは我々が一番若い客であったと思われる。指導教員は「このお店は昔からここにあって、たしかに三代目なんだよ。私も子供の頃に同居していた祖父に連れられて、よく来ていたらしいのですが、その後、こちらに戻ってきてからかなり久しぶりに一人で来てみると、やはりなかなか美味しいのだよ・・。それで、ここのカレーそばは、使っているカレー粉が昔から国産のものではなく、英国のものを使っているんだよ・・。英国のカレー粉を使って、和食と云えるカレーそばを、こんなに美味しく作れるというのは、やはりスゴイことだと私は思うのだけれど、まあ、それは食べみてから判断してみてください。」とのことであった。英国に長く留学していた指導教員が、そのカレーそばの由来に驚くのは、おそらく、私よりも深い何かしらの感慨や、そのもとにある経験があるのだろうと思われたが、とりあえずは楽しみに待つことにした。また、その時に不図、以前に読んだ吉村昭の「東京の下町」というエッセイが思い出されたが、そこにもたしかカレーそばの記述があった。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

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