2019年8月19日月曜日

20190819 歴史の流れ・歴史的文脈を精確に伝達するためには・・

昨日夜半、東京から徳島に戻りました。今回の首都圏滞在では久しぶりに文系の師匠にお目に掛かりました。とはいえ、そこでの話題は、以前とあまり変わらず、近現代史そして、それを文脈とした国際関係論に関してが主たるものでした。

私の方は、こうした話題にて会話をする機会は、ここ最近なかったと云えますが、その割には、それなり(7~8割程度)に話題についていくことが出来たのではないかと思われます。一方、こちらからの反応に関しては、半分程度は的確な返答、指摘を行い、また、さらに、その半分程度は、それなりに時宜を得たものであったとも思われます・・。

そして、こうしたことを書いていますと「はて、私の専攻、専門分野は一体何であっただろうか・・?」と思うところであり、また、このことは、実際に見知った方々から時折、尋ねられることもあるのですが、それに関しては、現時点では、自ら分類したり、看板を出す必要はないように思われます・・(笑)。

とはいえ、何であれ、そうしたことが(ある程度)出来ることは、今後何処かで役に立つ可能性も(多少は)あり、また、少なくとも、咎められることではないと考えますので、今後も機会があり、また可能であれば、そうした面談の場には積極的に赴きたいと考えています・・。

さて、話題は変わりますが、昨日1日のブロガーでの記事閲覧者数が、これまでの1日での最大閲覧者数を大きく更新し、3000人近くとなりました。これは一体何が原因であり、また、どのように作用して、こうした事態に至ったものか見当が付きかねますが、何れにせよ、特筆すべきことであるとは思われましたので、ここに述べておきます。

くわえて、面白いことであるのか、このブログ閲覧者数に大きく驚かなかったことは、以前の(ほぼ毎日記事作成を行っている)自分であれば、なかったと思われますので、こうした自身内面における変化も、それなりに興味深いものと云えるのかもしれません・・(笑)。

また、再度話題が変わりますが、今回の首都圏滞在時に先日来から読み進めてきた中路啓太著「ロンドン狂瀾」下巻を購入し、くわえて、これまた先日読了した横溝正史著「獄門島」に続いて、同著者による「八つ墓村」も購入しました。「八つ墓村」は、当初「ほんの少し」と思い読み始めたのですが、そのまま、ある程度区切りの良いところまで読み続けてしまうことになり、これまでに170頁程迄読み進むことになりました・・(苦笑)。

「八つ墓村」のような、かつて我が国の地域社会に濃厚にあった独特な文化、土俗性とも云えるものが、生々しく、リアルなものとして描かれ、それが物語背景に配され、そして、そうしたものが話の進展に大きな意味を持つような文脈、類型の物語を、現代の我が国にて、新たに創造することが可能であろうかと考えてみますと、それは、かなり難しいのではないかと思われます。くわえて、おそらく、こうした、新たな創造を試みようとする段階にて、マンガ文化と文字文化との間にある「相違点」のようなものが、幾分か明瞭になってくるのではないかとも思われるのです・・。

マンガのように視覚に訴えるような媒体では、視覚的なものとして表現することが困難と思われる地域・国規模の独特な文化・土俗性、さらには、その蓄積あるいは系譜と評しても良い、歴史の流れ・歴史的文脈といったものを、誤謬をあまり含まず伝達することが、かなり難しくなるのではないかと思われるのです・・。

そのため、我が国がマンガ文化によって栄えることは良いことであるとは考えますが、その一方で、各時代、地域にて存在した(する)独特な文化、土俗性といったものを(変に)理解し易く、人畜無害のキレイなものに消毒し、マンガなどの媒体にて表現、発信し続けることの先には、中長期的に見ますと、何かしらとてもマズイものがあるように思われるのです・・。

「文」と「史」双方の文字が「ふみ」と読むことの意味は、思いのほかに深いと云えるのかもしれませんが、さて、如何でしょうか・・。

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2019年8月12日月曜日

20190811 現在の読書から【ベルーフ(Beruf)・コーリング(Calling)の重要さ】

先日来から読み進めてきた中路啓太著「ロンドン狂瀾」上巻を読了し、続いて同著作下巻を購入すべく、昨日、近在のいくつかの書店に行きましたが、残念ながら、どの書店にも置いてありませんでした。そこで、次に東京方面(通い慣れた大型書店がいくつかあるため)に出向く際、これを購入する予定とします。

ともあれ、こうした事情から昨日は書棚にある既に読んだ書籍の中で、面白そうなものを取り出し、あらためて読んでいる次第ですが、その取り出した著作が森浩一による「日本の遺跡発掘物語〈7〉古墳時代Ⅲ」であり、読み始めてみますと、かつて読んだはずではあるのですが面白く感じられ、そして読み進めるにつれて、また新たな疑問なども生じてきます・・。

これは個人的な感覚であるかもしれませんが、蝉の鳴き声がわずかに聞こえる環境にて我が国の古代史、考古学関連の著作を読むことは、古代以来、おそらく変わっていないであろう周囲の音、環境音の中という意味で、悪くない組み合わせであると感じられ、さらに進んでは、相応しいようにも思われてきます・・(笑)。

さて、当著作を読んでいますと、そこに福岡県の竹原古墳の壁画についての記述がありました。その記述を読み、さらに以前に読んだ金関丈夫著「発掘から推理する」内の同古墳壁画についての言及を思い出し、この著作を取り出し、読み始めてみますと、その次は両著にて言及されている竹原古墳の壁画詳細を確かめたくなり、インターネットにて画像検索をかけ、さらには平凡社刊の別冊太陽「古代九州」を取り出し頁を開いてみましたが、そうしたことをしているうちに、時間が経っていることを忘れている自分に不図、気が付かされます・・(笑)。

装飾古墳と一言で表現しても、壁画(単色・多彩色)が描かれているもの、彫刻(線刻・浮彫)されているものなど一様ではなく、また、そのデザイン(意匠)もいくつかの共通する要素がありながらも多様と云えます。そして、それら装飾意匠の背景にある当時の人々の考え、思想を、それら壁画、彫刻などをボンヤリと眺めながら考えてみる行為には、あまり学問的な緊張感はありませんが、それと同時に歴史を学ぶ上で、書籍を読み、現地に赴くのと同程度に大事な何かがあるように思われるのです・・。

私見ではありますが、その漫然と眺める行為の中で、我々は、その眺める対象物と、眺める主体である自分との間に存在する千年以上の時間を越えようと試みているのではないかと考えます。

この時間を越えようとする試みには、もちろん、書籍等から得た知識も重要ではあるのですが、それ以上に、生身の自分の感覚で、その対象物に対峙することが重要があると思われます。また、それは対象物内に自分のアイデンティティと重なる要素が何かしらある場合であれば、尚更であるように思われます。

ともあれ、そうした視座から、昨今の我が国の歴史を扱った映画、マンガなどを考えてみますと、さきに述べました「生身の自分の感覚で、その対象物に対峙する」は十ニ分に為されているように感じられ、また、そこで得られた感覚から、さらなる(二次的な)創造も多く為されているように見受けられます。しかしながら、もう一方の「書籍から得た知識」については、それを基として対象物に対して生じる、ある程度体系化された考え、思想といった、いわば「その対象物に対しての見解」を作中にて見聞きしみますと、どうもその要素が著しく乏しいように思われるのです・・。

こうしたことは、必ずしも全てに適応するとは思えませんが、同時に、他の多くのことにも応用可能と思われます。つまり、何かを述べる際、その周辺知識、背景などを書籍等を通じ、知っておくことは重要と云えます。しかし他方で、そうしたことを前面に出してアピールすることを差し控えるような文化を持つ(我が国のような)社会では、時間が経つにつれ、この「書籍から得た知識」が形式知、定型句のようなものになってしまい、本来その文章、そして、それに含まれる知見が持っていた意味合い、強さのようなものを減衰させてしまうのではないかと思われるのです。

そして、こうした文化全般を速やかにマンネリ化させるような状況を常態化させないために重要なことは、各個人が「書籍から得た知識」を処理する対象として取組むのではなく、能動的に「書籍から得た知識」に取組み、展開することが出来る分野を(これまた能動的に)見つけ、その分野での仕事に従事することであるように思います・・。また、その意味でベルーフ(Beruf)・コーリング(Calling)といったキリスト教文化圏での「天職」の意味を持つ言葉の意味合いは、社会の持続的な発展のためには、思いのほかに重要であるように思われるのですが、さて、いかがでしょうか・・。

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2019年8月4日日曜日

20190804 昨日の投稿記事と関連して・・地域社会という「文化の体系」について

昨日投稿分の記事にて横溝正史による金田一耕助シリーズおよび夢野久作の作品背景にある、我が国社会が持つ不気味さ、おどろおどろしさについて言及しましたが、後になり考えてみますと、そうした感覚を私が実感として経験したのは、まさしく(西日本初体験である)和歌山在住時でのことであり、首都圏育ちの私にとっては、その南方的ともいえる気候風土からはじまり、そこに住む人々の文化習慣、そして実在する事物としての寺社、古墳など全ては、当時の日常的な生活圏内にある、古くから続いているものであり、それらを包括した地域社会という「文化の体系」は、当時の私にとって少なくとも、不気味なものとして感じていました。

そうした経緯もあり、大学院の修士課程においては、その正体を自分なりに調査・研究すべく地域学を専攻しました。この時の研究テーマは「地域における雨乞い祭祀について」であり、地域にて、ある特徴的な雨乞い祭祀が行われていたことを基軸として話を展開していきましたが、その過程にて、いくつか面白い発見もあり、自身としては必ずしも全てに満足が行く結果とはいえませんでしたが、地域に対する(自分なりの)理解が深まった結果、当初、地域社会に対して感じていたような不気味さ、おどろおどろしさは有意に減衰していました。

また、それ以降に住むことになった諸地域に対しても、その視座から眺めることが半ば習慣になりました。その意味で、現在、在住しているここ徳島において最近、夕刻以降から随所にて「阿波踊り」の鳴物の練習の音が聞こえる風情・環境に惹起され、つい先日、金田一耕助シリーズ「獄門島」に手が伸びたのかもしれません・・(笑)。

さらに「阿波踊り」を含む地域社会、そして、それをさらに包括する「文化の体系」は、同時に歴史(の断片、ピース)としても認識することが可能であり、それは私の根本的な性格である「歴史好き」にも親和性があり、色々と関連付けて考えるのが、当時は楽しくて仕方なかった記憶があります・・(苦笑)。

そういえば、さきに述べた私の根本的な性格である「歴史好き」は、我が事ながら、いつはじまったかは憶えていません・・。おそらく小学校に入る前から、既にそうした性格を持っていたのではないかと思います。ともあれ、そこから現在に至るまで、その部分(「歴史好き」)に関しては、あまり大きく変化していないと感じられることから、いつまでも自分が変わっていないような感覚(錯覚?)を覚えてしまうのです・・(苦笑)。

今現在、それを自身の生業とはしていませんが、いずれ、医療系大学での教養科目(書籍は読み続けるであろうから、それらの中から時宜に適した著作を選び、それを基軸として講義を展開することは十分可能と思われます。)を担当させて頂きつつ、就職支援のための情報収集、同じく医療機関との折衝、そして他大学、企業に対して共同研究などの提案が出来るようになれば、それなりに悪くはないと思われるのですが、さて如何でしょうか・・。

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2019年8月3日土曜日

20190803 1200記事を過ぎて、最近の読書について

前回の記事投稿により、総投稿記事数が1200に到達しましたが、案の定、特に変わったことは生じませんでした。また同様に、自身内面においても、これといった変化は感じられませんでした・・(苦笑)。

そして、これからまたブログを書き続けるのかと考えてみますと、多少憂鬱にもなりますが、他方で、ここでキレイに記事作成を止めることには、さきの憂鬱以上に気が咎めるものがありますので、またしばらくは記事作成を継続します。これまで読んで頂いた皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

去る四月からブロガーでのブログ記事をアメーバブログにおいても投稿していますが、アメーバブログの場合、記事を読んで頂いている方々が分かるのは大変興味深いのですが、自身としては、このブロガーでの記事作成の方が慣れているため、今後も基本的にはブロガーを基軸として記事作成を行っていこうと思います。

さて、既に八月に入り暑い日々が続いていますが、最近は以前にも述べました中路啓太「ロンドン狂瀾」上巻を読み進めています。先日読了した「プラハの墓地」と比べて読み易く、既に上巻300頁程度まで至りました。これは自分があまり知らない時代を背景として、且つ、興味を持っている時代と繋がる時代でもあることから、読み進む速度が速くなっているように感じられます。

くわえて、もう一冊、先日の東京出張の際に購入したのが横溝正史著の金田一耕助シリーズ「獄門島」であり、この著作は自身にとって、さきの「ロンドン狂瀾」よりもさらに読み進める速度が速く、昨日夜半に読了しました。

映画をはじめとする映像作品での金田一耕助シリーズはかねてより好きであり、よく観ていましたが、その原作である書籍を読むのは今回がはじめてであったことから、さきとは異なる要因により、より能動的に読み進めることが出来たのではないかと思われます。

ともあれ、横溝正史による金田一耕助シリーズのうちの多くは映画・映像化されており、「獄門島」も数度映画化されいます。私はこのうち1977年に公開された市川崑による作品を何度か観たことがありましたが、それらを比べて、先日読了した書籍と犯人が異なっていたことに少し驚かされました。

また、それらをもう少し進んで比較してみますと、終戦(敗戦)直後という時代背景、および島という閉鎖的な環境から、犯人は書籍版の方、つまりオリジナルの方がより相応しいように思われ、また同時に、犯人の設定がオリジナルであることにより、事件全体の背景にある、何と云いますか、かつての我が国社会が持っていた、ある種のおどろおどろしさ、不気味さのようなものが、より強調されるのではないかと思われました。

また、かつての我が国社会が持っていた、おどろおどろしさ、不気味さを特徴的に作品内に描いている著者として夢野久作が挙げられると思われます。それら作品のうちで特に一連の金田一耕助作品の世界観、否、背景となっている社会に親和性を持っていると思われるのが短編集「いなか、の、じけん」であり、これらの作品を読んだ後、続けて現代の我が国社会にて生じているさまざまな出来事・事件を比較し、考えてみますと、その結果が悲観的、楽観的何れかになるか分かりませんが、それなりに面白いのではないかと思われます・・(笑)。

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2019年7月28日日曜日

20190728 「プラハの墓地」読了そして1200記事到達・・実感はナシ(苦笑)

今回の記事投稿により、総投稿記事数が1200に到達します。とはいえ、ここ最近は、日毎の記事投稿は行っていないことから、あまり達成感や感興が湧くことはなく、はぼ、ここ最近の普段通りに記事作成に取り組んでいます・・。

さて、先日来より読み進めていたウンベルト・エーコ著「プラハの墓地」は一昨日読了しました。この物語全般を通じ、そうであるとは云えますが、特に物語最後の部分に関しては、我々現代の日本人が読んでみる価値が少なからずあるように思われました。興味のある方はご一読をお勧めします。

また、この著作読了後に思い起こされた映画作品が1997年米公開、バリー・レビンソン監督「ウワサの真相 ワグ・ザ・ドッグ」(「Wag the Dog」)であり、この映画作品は、先日投稿の当ブログ記事にて言及した2015年夏に亡くなった親戚から教えて頂いたものであり、当時(1998年)も興味深く観た記憶があります。

この「ウワサの真相 ワグ・ザ・ドッグ」(「Wag the Dog」)は、かなり豪華なキャスト陣であったと思われるのですが、どうしたわけか、現在ではそこまで優れた映画作品であるとは評価されていないようです。とはいえ、こちらの映画作品もまた、さきのウンベルト・エーコ著「プラハの墓地」同様、現在であるからこそ、より興味深く、そして多面的に観ることが出来るような作品であると思われます。

くわえて、今週末はテレビでニュース番組を観る機会が幾度かありましたが、そこで観たいくつかのニュースからもまた、さきの「ウワサの真相 ワグ・ザ・ドッグ」(「Wag the Dog」)にて描かれている「ある種のメカニズム」を想起することが出来るとも思われますので、興味のある方は是非一度観ることをお勧めします(笑)。


Wag the Dog - Original Theatrical Trailer

さらに、これは蛇足であるかもしれませんが、去る四月末から読み始め、同六月末に読了した司馬遼太郎著「翔ぶが如く」ですが、この作品にて描かれている「ある種のメカニズム」もしくは「生の枠組み」もまた、現在、我が国社会を賑わわせているニュースとの関連にて考えてみますと、いくらか興味深いようにも思われます。



さて、ハナシは変わり、さきのウンベルト・エーコ著「プラハの墓地」を読了に至る少し前、久しぶりに文系の師匠からお葉書とメールが届きました。相変わらず、お元気で、さまざまな活動をされていることが伝わってきましたが、我がことながら面白かったのは、頂いたお葉書、メールを読んだのち、今週末訪れた都心部の書店にて偶然に手に取り、立ち読みした作品が中路啓太著「ロンドン狂瀾」上巻であったことです・・。そして現在、この作品を読み進めていますが、戦間期の国際関係および我が国社会を扱った作品として大変面白くまた、史実を考証・検討し書かれていると思われますので、戦間期について興味を持たれている方、または具体的に、これまで当ブログにて何度か取り上げた野上彌生子による「迷路」、武田泰淳著「貴族の階段」あるいは山本薩夫監督による映画作品「戦争と人間」と同時期を背景とした作品を探されている方々にとっては、特に面白く読むことが出来ると思われます。



当記事の投稿にて1200記事に到達しますが、ここまで書いてみても、冒頭に述べました通り、達成感や感興は皆無であり、そこから、今後もしばらく記事作成を継続することになると思われます。



そして、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。






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2019年7月21日日曜日

20190720 歴史の進行を左右するものについて

本日は22:30頃、東京から徳島に戻りました。帰りの飛行機は徳島上空が視界不良のため、上空にて待機した後、滑走路へ進入し着陸したため普段よりも到着が遅くなりました。
また、上記の理由により、飛行機に乗る時間が長くなり、気圧の違いのためか胃や耳が不調になり、着陸後しばらくはグッタリしていました・・。

とはいえ、今週についても週末くらいはブログ記事を作成しようと思い立ち、さきほどから記事作成をはじめた次第ですが、案の定特に記事主題を決めているわけではありません・・(苦笑)。

そういえば、現在読み進めているウンベルト・エーコ著「プラハの墓地」はその後450頁過ぎにまで至り、残り100頁に満たずして読了に到ります。この著作をはじめ欧州の近現代を舞台として史実に沿った内容の著作を読んでいますと、社会における個々人が持つ考え、思想の意味合いが、歴史の進展において無視できない程に重要なものであることが分かります。

その理由は、さまざまな考え、思想を持つ登場人物達が作中
にて会話、議論する、あるいは著者が作中にて独白するさまは、まさしく、著作舞台となっている時代の様相・時代精神を表すものであると同時に、ある程度巨視的に見た場合、それらの背景にある「生の枠組み」のようなものの普遍性をも見出すことが出来ると考えるためです。

そして、こうした様相・時代精神そして生の普遍的な枠組みを読者に対して的確・明瞭に伝える・訴える著作(それは論文、物語、詩と如何なる文章の形式であろうと)こそが、時代を通じて読み継がれるものであると考えます。

そうした視座から、古くから、そして多くの国々にて読まれている著作には、たとえ現時点の自分では理解できないにしても、やはり何らかの価値が少なからずあると考えることが出来ます。

また、ある程度読書習慣を持たれている方々は、概ね、上記のことは理解・体得されていると思われますが、恥ずかしながら、自身も含め我々の社会には、そのことを忘れ「(現在の)自分では理解出来ない、分からない著作には特に払うべき価値はなく、また、そうした意見が世間一般において多数を占めていると思われる場合は、尚更、そのように判断しても構わない」といった割合強い傾向・性質があるようにも思われるのです。

その一方で我々が併せ持つ「即視覚的な要素については、かなり感受性が鋭い」という傾向・性質は、今後の世界規模のパラダイム・潮流において、どのように作用するのであろうか、そして、その先にどのような展開が期待されるのかと考えることは、思いのほかに重要であり、また同時に、それはさきに述べた様々な社会の様相・時代精神そして生の普遍的な枠組みをあらわした諸著作を読むことによって為し得ると思われるのですが、どのような理由に因るものか、我が国の社会全般には、書籍を読む文化は根付いているものの、こうした読み方の習慣については、さきのものほど根付いていないように思われます。

そして、出来るだけ多くの人々が自然と、それを行うようになるためには、教育の仕組みや制度の改革などよりも、やはり「そうしたことを教える人」が重要であるのではないかと自身の経験は語るのですが、さて、いかがでしょうか・・。


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2019年7月15日月曜日

20190715 ホセ・オルテガ・イ・ガセット[著] 木庭 宏[著・訳] 松籟社刊「オルテガ 随想と翻訳」pp.42-45より抜粋引用

ホセ・オルテガ・イ・ガセット[著] 木庭 宏[著・訳]
松籟社刊「オルテガ 随想と翻訳」pp.42-45より抜粋引用
ISBN-10: 4879842761
ISBN-13: 978-4879842763

オルテガの大学論の中心テーマの1つは、教養の意味の闡明と教養学部創設の提案にある。そこでまず、《一般教養》と真の教養の意味についてオルテガが述べるところを引いてみよう。以下の引用文中に「教養(文化)あるいは「文化(教養)という括弧つきの概念が出てくるが、それは、教養と文化の両義を持つスペイン語の語彙 cultura を表現し得る単語がドイツ語にも日本語にもないためである。

〈一般教養〉。この愚劣で俗物的な響きは、その不実さを示唆している。家畜や穀物ではなく、そもそも人間の精神に関わる教養は一般的でしかありえない。人は物理学や数学で〈教養〉を積むことはできない。せいぜいこの領域で知識を身に付けるくらいである。一般教養という言葉が用いられるとき、その意味するところは、学生に何がしかの装飾的知識を、彼の性格ないし精神に漠然とした教育的影響を及ぼしそうな知識を与えるべし、ということである。こうした漠然とした目論見のためなら、技術的要素が比較的少なく、厳密性の乏しい科目ならば、科学であれ歴史学であれ社会学であれ、何でも用いることができるのである。
 しかし私たちがいま一跳びして中世へ、つまり大学発祥の時代へと立ち返ってみると、現代まで存続するこの残存物が、実は、もっぱら当時の大学の本来の内実をなしていた物のささやかな名残であることに気付くだろう。
 中世の大学は研究を行わない、職業教育もほんのわずかしか携わらない、すべたがただ・・「一般教養」-神学、哲学、いわゆる人文科学なのである。
 それはしかし今日「一般教養」と呼ばれるようなものではなかった。決して精神の飾りでも、また人格修練でもなかった。いな、その逆である。それは、あの当時の人間が自らのものと呼んでいた、世界と人類に関する諸理念の体系であった。つまり実際に自らの存在の指針となる様々な確信のたくわえだったのである。生は混沌であり、原生林であり、錯乱である。人は生の森のなかで道に迷う。寄る辺のない世界での挫折感、この感情に対して人間精神が、生の森のなかに「小径」を、「道」を見出さんとする努力で応えるのである。「道」とはすなわち、宇宙についての明快かつ確たる理念のこと、世界とは何か、事物とは何かという問題についての積極的な確信のことである。これら理念の総体、その体系がしかし言葉の最も真なる意味での教養(文化)なのであり、それゆえ装飾物とは正反対のものである。教養ろは、生という大海のなかで座礁せぬように我々を守ってくれるもの、無意味な悲劇に終わったり、汚辱にまみれたりするのない生の営みを可能にしてくれるものなのである(148頁)

「一般教養」という「愚劣的な響き」を表現するのに、日本の学生たちの間で用いられているジャルゴン、「パンキョウ」(般教)以上に露骨なものはない。ここから、学生たちが一般教養なるものをあってもなくても良い価値低きものとして、蔑視していることがよく見て取れよう。さて、右の引用文であるが、その第1節では、たとえば日本の大学の旧教養学部における一般教養の曖昧さが鋭く指摘されているといえる。そして、第2、第3節において中世の大学制度に遡及し、そのあと、最後の第4節で、教養とは「世界と人類に関する諸理念の体系であった。つまり実際に自らの存在の指針となる様々な確信の貯えだった」ことがきわめて明快かつ論争的に説明されている。教養は、上流社会の取り澄ました人々が上着にぶら下げるような装飾物などではない。かつて我が国で喧伝され、今ではすっかり廃れてしまった、あの(岩波)教養主義とか教養人とか言われる類のものではないのだ。そしてここで、オルテガが教養について敷衍する箇所をさらに2つ引いておこう。いくらか重複しているが、それぞれ違った表現で、違ったアスペクトから描かれているので、引用は不可欠である。

教養(文化)とは、それぞれの時代が所有する生きた理念の体系である。もっと適切に表現すれば、教養とはある時代がそれをもとにして生きる理念体系である。逃れるすべはない。人間はつねに特定の理念群をもとにして生き、そしてこれら理念が彼の存在に依拠する基礎となっているのだ。それらの理念ー私はこれを「生きた理念」もしくは「生の糧となる理念」と呼んでいる―は、世界とは何か、私たちの同胞とは何かという問と、そして、事物と行為に与えられる価値のヒエラルキー、すなわち、何が尊重さるべきか、何がさほどでないか、に関する、私たちの実際的な確信の蓄積であり、それ以上でも以下でもない。(160~170頁)

啓蒙と文化(教養)は幾人かの有閑人が自らの生の上着にぶらさげる装飾品に過ぎぬとする曖昧な考え方は、いかなる種類のものであれ、断固排除さるべきものである。これ以上ひどい曲解はないだろう。文化(教養)は生と切り離せない必然である。それはちょうど手が人間の一部であるように、私たちの存在の本質に属するものなのである。[中略]自らの時代の高みに生きない人間は、自分の実際の生に見合う水準以下にとどまっている。つまり、自らの生を偽り、歪めている、十全なる意味で生きていない、ということなのである。(173~174頁)

教養に備わっていた本来の生きた意味を人びとの記憶のなかに呼び起こし、それを活性化させんとするオルテガの目論見とその議論にはたしかに説得力がある。もしも教養、文化がそのようなものであるのなら、大学で教養を教えることは不可避のこととなり、またそうした思想は当然ながら学部創設の基本理念ともなりうるのである。』


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