2017年7月13日木曜日

20170713 結社の地域性 自由民権運動および玄洋社から思ったこと

少し前に夢野久作著「犬神博士」を読んだことから、その著者である夢野久作こと杉山直樹について少し調べるにつれ、その著作(「犬神博士」)内での描写が(やけに)生々しいことに納得がいきました・・。

つまり、それらは著者御自身が実際に見聞き・体験した出来事を主たる題材として、この著作は書かれているのです。

そうしますと、自然、著作内に度々登場する当地筑前・福岡を基盤とした結社『玄洋社』に対しても興味が生じることになります・・。

とはいえ、この『玄洋社』とは、これまでに自身はまったく知らなかったわけでもなく、この結社あるいはその構成員とは、日本近現代史に関しての著作をある程度読んでおりますと、概ね登場してくるといっても良いといえます。

その上で、何故、この『犬神博士』を読了後に『玄洋社』に対しての興味が湧いたかといいますと、それは、これまでに自身が近現代史に関しての著作を通じて抱いていた『玄洋社』に対してのイメージと大きく異なるからであるといえます。

いささか通俗的な印象ではありますが、自身はそれまでに『玄洋社』とは、発祥の地、筑前・福岡(黒田藩)の地縁に基づいて結成された右翼・国粋主義的な結社であり、それはかつての大日本帝国の海外進出の先兵的な活動を表裏内外にて行い、また国内においては大資本、政党等の実行組織として、さまざまな国民に対する抑圧行為に加担したというような決して好ましくない印象を持っておりました。

また、それは現在においても、この結社とは、世間一般でいう『右翼団体の始祖的な存在』というのが通説といったところになっているのではないでしょうか?

しかし、その成立の経緯および活動などについて、未だわずかではありますが、関連書籍をあたってみますと『そればかりではないのではないか?』あるいは『なぜこうした変遷が為されたのであろうか?』といった、さきに書いた『イメージと異なる』ことから生じる違和感そしてそこから興味が惹起されたといえます・・。

加えて、その成立の経緯について考えてみますと、これまたいささか通俗的・通史的な解釈となりますが、西南戦争での西郷軍の敗北により、武力による明治政府の打倒が不可能であることが一般的な認識とされると『では、議会を開設し言論を通じて政府に対しての影響力を行使して行こう。』と考えたことから高まりを見せたのが土佐・高知を主たる基盤とした『自由民権運動』であるといえます。

そして、それと同様の時代精神の反応によって筑前・福岡にて結成された結社が、さきの『玄洋社』ではないかとも考えられるのです。

こうしたもの(反応の仕方)にもおそらく地域性があるのではないかと思われます。

ともあれ、この『玄洋社』の社則とは「皇室を敬戴すべし」・「本国を愛重すべし」・「人民の権利を固守すべし」といったものであり、私見ではありますが、これらは現在においても十分に価値を持つ理念であると考えます・・。

とはいえ
、二番目の『本国』とは一体どういった意味であろうか?とは考えさせられ、これもまた古来より異文化摂取の窓口とされた地域が持つ一種独特な地域特性の発露ではないかとも思われます・・。


また、この『玄洋社』とは、西南戦争にて敗れた西郷隆盛の遺志を継ぐといった側面もまたあり、これがおそらく西欧的な思想をその背景に据えたさきの自由民権運動と大きく異なるところではないかと考えます。

さらに西郷隆盛にて思い出されたのですが、来年の大河ドラマにおいては西郷隆盛が主人公とのことですが、現在のテレビドラマにて、この人物を史実に忠実に描くことは、かなり無理がある、困難ではないかと思われます・・。

そして、以前にもブログ記事にて書きましたが、それよりも西南戦争前後の土佐の自由民権運動、筑前の玄洋社などでの群像をドラマ化した方が、あまり無理はなく、且つ現在のさまざまな思想を持つ方々に対し広範に受け入れられる可能性が高いのではないかと思われますが、如何でしょうか?

そういえば、かつて司馬遼太郎が生前、その著作『坂の上の雲』のテレビドラマ・映画化を禁止していたのは、その内容から戦争賛美および社会の右傾化が惹起される危惧であったからであったと読んだ記憶がありましたが、この著者の危惧とは単なる杞憂であったのでしょうか・・?

とはいえ、その一方で、やはり昨今のアジア情勢とは多少混乱はしてはいるのでしょうが・・。

昨年から現在に至るまでに生じた一連の地震・大雨といった自然災害によって亡くなられた方々のご冥福を祈り、また被災された地域の早期の諸インフラの復旧に加え、その後の速やかな復興を祈念しています。