2018年10月24日水曜日

20181024 われわれの心を動かす感覚の種類と性質について・・ブログから

書籍からの抜粋引用もいくらかあるものの、これまで1100記事以上のブログ記事を作成、投稿してきましたが、幸か不幸か、バズることは特にありませんでした・・。とはいえ、平均してみますと1日に300人ほどの方々に閲覧して頂いていますので、そこまで少ないというわけでもなく、むしろ、多くの方々には読んで頂けないであろうと見越してたわりには(かなり)多くの方々に読んで頂いていると云えます・・。

そしてまた、今後それ【日々の閲覧者数】がどのように変化するか分かりませんので、とりあえずキリの良い1111記事までは作成してみようと思います。また、この1111記事の節目と類似したものは直近でも2222記事の時であり、当分先になりますので、ここまで1記事ずつ作成、投稿してきた自身としては、近く達成されるであろう1111記事は、いくらか感慨深いものと云えるのです・・(笑)。

しかし、書いていて不図思いましたが『果たして今後2222記事まで作成することになるのでしょうか・・(笑)?』現在実感出来るのは『とりあえず1200記事あたりまではどうにか作成することになるだろう』といったことであり、その先はまた、そこに至ってみなければ分かりません。そしてまた、こうした感覚的なことは数多くあると思われるのです。それは、その近く、あるいはそこに至ってみないと分からない感覚であり、分からない方々からすると、何やら意味不明な禅問答のようにしか聞こえないのではないでしょうか?また、それはコトバを語義通り、精確に用いたとしても、分からない方々からすると、そのようにしか聞こえないと思われるのです。

しかし他方、我々は歌詞内容をよく分からない海外の楽曲などで感動することなども多々ありますので、さきに述べた『感覚的なこと』は言語を媒介とすると同時に、その言語的な経験の蓄積が、古来からの多くの経験が蓄積する領域・層
に至った時にはじめて実感として分かるものであり、それに対して後者の歌詞内容が不明な楽曲に対して感動出来るような感覚とは、どこかで言語的な経験の蓄積の領域とも交わるものの、その本質においては、より原初的とも云える動物同士の鳴き声に対する情動的な反応であるのではないかと思われるのです・・。

そして、双方共に重要ではあるのですが、おそらく前者が社会においてより重きを置かれる社会とは、堅苦しい居心地のあまり良くない社会となり、他方、後者がより重きを置かれる社会とは、軽佻浮薄として華美ではありながらも、あまり道徳といった筋の通っていない社会になってしまう傾向があるように思われます。また、付け加えますと、こうした視座は地域性を考える上においても有効であるように思われますが、さて如何でしょうか?

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

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ISBN978-4-263-46420-5

医歯薬出版株式会社


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