2015年12月30日水曜日

20151230 大岡昇平「俘虜記」およびその他について

A「一時期、収容所ものの著作をよく読んでいたと以前、ブログにて書いていましたが、その中でどの著作が面白く、また、お勧めですか?」

B「・・ええと、それでしたら大岡昇平の「俘虜記」が面白かったですね・・。それと同著者では他にもいくつか従軍経験を基にした著作がありますが、どれも興味深く読めると思います。」

A「はあ、それで具体的には、その著作「俘虜記」のどこが面白かったのですか?」

B
「・・ええ、それは主人公が米軍の捕虜となり、収容所での生活の記述とは、現代日本社会に通じる部分が多くあると思います。そしてその具体的記述の部分とはAさんが読まれた時に分かるのではないかと思います・・。加えて収容所での生活を描いた他の興味深い著作は、会田雄次の「アーロン収容所」、山本七平の「私の中の日本軍」などが挙げられます。
また、これらの著作を忠実に再現した映画など映像作品がありましたら、それはかなり効果的な現代日本社会に対する警鐘になると思います。
しかし、何故だかこれまでにそれらの著作が映像化されたことはありませんので、おそらく今後もないのではないかと思います・・。また、大岡昇平の従軍経験を扱った他の著作であり、これまでに二度映像化された「野火」は、どちらかというと個人の倫理、道徳を扱ったものであると思いますので、前に挙げた著作とは若干テーマが異なると思います。
そしてこの「野火」と類似したテーマを扱ったものとしてドキュメンタリー映画の「ゆきゆきて神軍」が挙げられます。
これは以前ブログにて記しましたが、もし興味がありましたら是非一度観てください。
ともあれ、こうしたことは、おそらく日本社会が決して良い状態とはいえない現在であるからこそ、より際立ち、そして理解できるのかもしれません・・。
まあ、その点において「俘虜記」も同様であるのかもしれませんが・・。
ただ、それらが大きく異なる点は「野火」「ゆきゆきて神軍」が過酷な戦場という極限状態でのことを主として描いているのに対し「俘虜記」は主人公が米軍捕虜となり収容所において衣食住が一応安定した状態となった後の生活の記述の方が多く、そこに描かれている収容所内での様々な様相、出来事とは、拡大、縮小してみても現代の我々の大小組織、社会において類似、共通することが多いのではないかと思います。
そして、その具体的記述とは、読者となった方が各々の感性で認識されるのではないでしょうか?
他の著作では、その具体的記述を抜粋、引用してみても良いかなとも思いましたが、この著作に関してはどうもその気が起きません・・。
その理由とは、おそらく抜粋、引用していくうちに気が滅入ってくるような要素が多分にあるからではないかと思います・・。
しかし一方、そうした要素こそが文学、小説といった一般的に有益でもなく、また実用性が少ないとされるものが持つ最大の価値ではないでしょうか?
そして、そうしたどちらかといえば人を内省的にさせる要素とは、おそらく欧米文化に起源を持つ価値観であり、それ故異なった文学、小説の歴史、文化を持つ我が国では、あまり馴染みのないものではないかと思います。
しかし、だからといって決して我が国の文学、小説の伝統が欧米に劣るものであるとは思いませんが・・。
ただ、そうした彼我の歴史、文化の相違とは、私も含め我々日本人は昔からあまりよく呑み込めていないのではないかと思うのです・・。
その意味において、この「俘虜記」とは欧米的要素を持つ、あるいは少なくとも欧米的な手法を用いた著作であると思いますね。
しかしながら、現在の我が国の小説、マンガといった読物一般とは、こうした著作が刊行された当時に比して劣化しているのではないかと思うのです。
あるいは、これが現在の国風文化のの流れなのでしょうか?
これは特に最近のマンガなどにおいて時折感じることなのですが、哲学用語・画数の多い漢字などを散りばめたものが多く見られるということです・・(苦笑)。
また、これは商品のポスターなどについても同様のことがいえるのではないかとも思いますね。
しかし、こうした難解な用語、漢字を用いたがる傾向とは、前にも記しましたが、何かしら社会におけるあぶない傾向と付随して生じるものなのではないかと思います。
また、そうした傾向と安直な反知性的、排外的な傾向が社会において併存することは大変興味深く、幕末期において興隆した国学、攘夷運動、幕政組織に対するテロが生じた我が国、あるいは戦間期における古代ゲルマン文化の復興、ユダヤ人排斥、近隣諸国に対する示威、威圧行為を行ったドイツとも類似しているのではないかと思われるのです・・。
ともあれ、こうした傾向とは、自然に発生したものではなく、様々な形での外圧からの反応としてあらわれたものではないかとも思いますが・・。
そして、この「俘虜記」の著者である大岡昇平は、こうしたことを全て知っていたのではないかと思うのです・・。
そうした知的背景における共通性が、この時代の作家、著述家、研究者の大きな特徴であり、またそういった知的背景あるいは土壌があったからこそ、様々な分野との知的交流が活発に為されたのではないでしょうか?
また、それは、当時刊行された書籍の面白さが、その状況を的確に示すのではないかと思います・・。」

A「・・・はあ、なるほど、そうですか・・では今度「俘虜記」読んでみます。どうもありがとうございます。」

2015年12月29日火曜日

20151229 ブログの閲覧者数および文章の作成について

A「今年ももうすぐ終りそうですので、ブログも今年最後のものを書こうと思います。
しかし、そう思うと今度はなかなかそのネタが思いつきません・・困ったものです(苦笑)。」


BAさんのブログはここ最近連投気味で書かれていたようなので、そろそろブログも年おさめをしても良いのではないのでしょうか?
それでまだ今年は終りませんが、これまで約半年での表示回数、閲覧者数はどのような感じになりましたか?」


A「ああ、これまでの表示回数は81600程度で、閲覧者数は20700程度になりました。
半年でこのくらいというのは多いのかどうかわかりませんが、まあ書いているブログの内容からすれば上々の出来ではないかと思っています・・(苦笑)。」


B「はあ、そうですか・・そのくらいの表示回数、閲覧者数は悪くないと思いますが、今後それを増やすためにブログの方向性などを変える気はありますか?」


A「・・ううむ、これまでに書いた対話形式のブログで大分慣れてきましたので、特に必要性が生じないかぎり、とりあえずこの調子で書き続けてゆこうと思いますが・・あるいはそういった形式的なことでなく、他のことについてですか・・?」


B「いえ、ただ何となく聞いてみただけですので、あまり気にしないでください()
それでも半年ブログを書いていますと、書くことが習慣になってきませんか?」


A「ええ、そうですね(笑)。
ブログを書きはじめた頃は、正直書くのが大変面倒くさかったです・・(苦笑)
それでも何とか書くことを続けるために、読んだ書籍の抜粋、引用を行った次第なのですが、これはこれでかなり勉強になったのではないかと思います。
そして、それではやはり自身の文章でないために、色々と試行錯誤、苦心の結果、この対話形式にたどり着いたわけです・・。」


B「はあ、そうだったのですか・・。
それでも、私個人の意見ではAさんの対話形式は結構いいと思いますよ。
つまり我々は、分野は違いますが、自身の考えを文章にて表現することを学んできましたよね?
そしてその背景には依拠とする信頼に値する知識が必要とされます。
また、この信頼される知識およびその体系とは、各個人の研究、学習活動によってのみ獲得されますよね?
これはネットがいくら発達してもその基本は変らないと思います。
そして自身がある程度こうした活動をした人であるならば、他者と話していても、その獲得、修練の程度が何となくわかってくるのです・・うまくいえませんが・・(苦笑)
それでも、このことは以前Aさんのブログに書かれていましたよね・・?」


A「ええ、そうですね・・今の指摘はおっしゃるとおりです()
それでも、何故それと私の対話形式のブログが悪くないというBさんの評価に結びつくのですか・・?」


B「・・それは思考する文章とは、問題提起、思索、暫定的な仮説の定義そしてさらな問題提起、思索・・となり、たとえるならばドリルのように問題を掘削してゆくようなものではないかと思います。
そして、それは他者との対話であれ、自問自答であれ、その根本においては対話があると考えます。
それ故、Aさんの対話形式のブログは思考の基本に忠実であるという意味で、いいと思った次第なのです。」


A「そうしますと、個人の研究、学習活動によって獲得した知識を自問自答あるいは他者との対話によって有機化、血肉化し見識とするということでしょうか?」


B「ええ、まさしくそうです。
これはうまくわたしの先ほどの発言を補完していただいた感じになりますね()。」


A「いえ、これもBさんの問題提起の仕方が上手いからではないでしょうか?
ですから、案外こうした対話、問答の良し悪しの行方とは、互いが変な駆け引きナシで用いる言語の語義に忠実に議論することに因ると思います。
つまり、言語化以前の混沌とした思考とは、明晰に言語化されることにより、はじめて受肉、具現化し、他者との対話、問答に供されるに値するものとなるのではないかと思います。
そして実はこの過程が案外重要ではないかと最近思います・・。」


B「そうですか、それはどうもありがとうございます()
また、おっしゃることは肯定できます。
しかし、先ほどいいました対話によって相手の知識獲得、修練の程度がわかるというのは、また少し次元が違うのではないかとも思いますが・・。」


A「・・たしかにいわれてみますと、それはそうかもしれませんね。
しかし、それはどのようにして判断しているのでしょうかね?」


B「それはよくわかりませんが、テレビなどの会話を聞いていますと、何だか大変無理をしているように聞こえることがあります・・。
しかしながら、私がこのように感じるのですから、他にもそう感じている方は多いのではないかと思います。
ですから現代は芸能人の方々にとっては辛い時代になってきたのではないでしょうか・・?」


A「しかし、だからといって知性、教養に対し敵対的、攻撃的に出て、反知性的な態度を貫き通そうとするのは、さらにこうした状態を悪化させるのではないかと思います・・。
であるからといって、どうすれば良いのかは分かりませんが・・。」


B「ええ、それはたしかにそうなのですが、その一方において医療ドラマ、マンガがここまでもてはやされるのも、どうかとも思いますけれども・・?
あれは結局、一般的に医学部が最も知的、有益であり、セレブ?的であるところからきているのではないでしょうかね?
たしか工学部の教授を主人公にした小説がありましたけれども、もう少しマニアックな視点のそうした小説、マンガ、ドラマがあっても面白いのではないかと思いますけれどもね・・()。」


A「ああ、それはたしかに面白い試みですね・・Bさんも御自分の研究の合間に何かそういったものを書かれてみてはどうですか()?」


B「ええ、それは面白いですね・・しかし、それでしたらAさんもそういった内容のものを今後書かれてみては如何でしょうか?」

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2015年12月27日日曜日

20151227 ブログ記事を書くときの心境について

A「ここ最近また少し文章が出にくくなってきました。
これまで対話形式のブログを主として書き続けてきましたが、これらは特に内容に自信があるわけでもなく、ただ闇雲に書いてきたわけですが、客観的に見たらどういう感じに見えるのですかね?」


B「・・Aさんのブログは多分読む人を選ぶのではないかと思います。
また、それらを楽しんで読める人は、そんなに多くないのではないかと思いますが・・投稿によっても多少ブレがあるのではないかとも思いますね・・。」


A「はあ、そうですか・・。
具体的なブログの閲覧者数は分かるのですが、実際のところ私のブログはどのように読まれているのでしょうかね?
それが多少気になるところです。」


B「そういうことを気にしはじめますと、一層リラックスして文章を書くことが難しくなる可能性がありますので、あまり気にしない方がいいのではないかと思いますが・・。


A「・・ううむ、そうですね。
しかし、ブログのネタが枯渇気味の時に、こうした状況をネタとして文章を作成することもできますので、まあ、これはこれで考えるヒントにはなります。
それ故、その時の考えなどを正直、率直に記し続けることが大事なのではないかと思います。」


B「ええ、その調子で良いと思いますよ。
それにAさんの一連の対話形式のブログは少なくとも自分の言葉で書いていることは伝わってきますから・・それは大事なことであると思います。
また、使われている専門用語なども私の知る範囲ではトンチンカンな使用はしていないと思いますので、それは特に不安に思うことはないと思います。
あと、加えて時折私との会話も断片的に使われていますよね()。」


A「まあ、そういった会話を含む様々な経験の記憶がネタの源泉ですからね()
しかし、どんな人でもそういった事情は同じことではないでしょうか?
経験に頼りすぎるのも如何かと思いますが、しかし一方において、普遍的な科学的知識のみに頼り書いてゆくのもどうかと思いますので、個人のできることは、科学的知識を大事にしながら経験を増やしてゆき、そしてその記憶を明晰化、言語化することではないかと思います。」


B「ええ、おっしゃることに対して特に反論はありません。
それは知識と経験のバランス、あるいは知識と経験を合成して見識とするようなことですね。
そして、大事なことは、それら記憶を率直に言語化することなのでしょうね。」


A「ううむ・・記憶とは不思議なものであると思います。
そこで不思議に思うことは、書いている自身のどの心境の相が文章を書くのに適しているかどうかということであり、そして、そういった相を維持あるいは励起させることが、記憶を言語化する際に極めて重要な要素ではないかということです・・。」


B「・・それは大変興味深いですね。
文章を書くのに適した心境の相ですか・・。
それで思い出すのは、以前Aさんがブログで「集中して周りが見えていない時に文章が進む。」といった意味のことを書かれていましたよね?
そして、それはAさんが自分自身になっているということですよね?
そうしますと、自分自身になっている時とは、意外と自分自身から離れている時であるとも考えられますよね?
こうした逆説は、今までのお話をお聞きして思いついたのですが、Aさんの主張、考えと当てはまりそうですか?」


A「・・なるほど。
いわれてみますと、たしかに腑に落ちるような感じを受けます。
そしてそれは、自己言及のパラドックスに何やら近いのではないかと思います。
そうしますと、創造性を持ち文章を書くのに適した心境の相とは、自身の日常性から離れている状態でありながら、同時に自分自身になりきっている状況にあることを意味しますよね?
そうしますと、様々な意味における創造的な状態、心境とは、案外普遍性があるのかもしれません・・。」

B「そうですね。
そしてそこで問題になるのは「では、どのようにしてそのような状態を現出、維持するのであろうか?」ということになりますね・・。」

A「・・そういうことになりますね。
しかし、そこが重要でありながら、イマイチよくわからないところなのです。
ですから、少なくともそこまでの経緯を文章にて記しておけば、今度はそこからの策を練ることができるのかもしれません。
そうしますと、現在のこの会話自体を明晰に文章化することができれば、次につながる何かを得ることが出来るのかもしれません・・()。」

B「ええ、そうですね。
それはそれで意義があるように思います・・。
しかし肝心の方法とは、おそらく人によって異なるのではないかと思います。
ですから、たとえAさんが自分なりの方法を見出したとしても、それを記すのはどうかとも思いますね・・。
また、誰かが「創造のための方法は高くつく」と書いておりましたので、それを安易に記すことは、長い目で見て有益であるかどうかは疑問ですね・・。」


A「・・なるほど、たしかに巷には数多くの自己啓発、ハウツー本が出ておりますが、それらの中で普遍的、絶対的な方法とは、未だ確立されていないようですので、それをたとえ自身で見出したとしても安易に記すことは控えた方が良いのかもしれません・・。
しかしそれも私が自身の方法を見出した後の話しにはなりますが・・(苦)。」


B「そうですね。
しかしAさんが今後それを見出しましたら、私にはこっそり教えてくださいね()。」


A「ええ、その時はBさんの方法も教えてください。
しかし、こうした心境に関しては、院生の頃は平気で議論していたような気がしますが、なかなか不思議なものですね・・。
その頃に比べて個が確立したということになるのでしょうかね()?」


B「ええ、そうであるかもしれません。
それにしても、今不図思いつきましたけれど、これまでの会話もまた、以前Aさんのブログに書かれていた弁証法あるいは西田哲学の絶対矛盾的自己同一を彷彿とさせますね・・()。」

A「・・なるほど!いわれてみますとたしかにそうですね・・。」

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2015年12月25日金曜日

20151225

A「先日教えて頂いた森見登美彦の「恋文の技術」読んでみましたが大変面白かったです。
同著者の「太陽の塔」は以前読み、それとはまた若干感じが違いましたが、これはこれで大変面白かったです。
どうもありがとうございます。」

B「ああ、読まれましたか、あの著作はその後、親戚にも勧めてみましたがそこでも好評でした。
あの著者の文体はまた独特で、何か引き込まれますよね()。」

A「ええ、「太陽の塔」を読んでいますと和歌山在住時のことが昨日のことのように想起されましたが、あれも不思議な感覚でした。
ともあれ、あの「太陽の塔」は「恋文の技術」に比べて、わざとそうした硬い文体にしているのかわかりませんが、あれは何やら理系の論文を彷彿とさせますね・・。
そしてこれと類似した著作を挙げるとすれば北杜夫の「どくとるマンボウ青春記」などがそうであるかもしれません・・。
あ!そういえば北杜夫といえば、先日おすすめしました「どくとるマンボウ医局記」は読まれましたか?」

B「うーん、たしかに森見登美彦氏の文体は理系的な感じがしますね。
また同時にそれは、いくつかの北杜夫の著作にもそうした傾向が認められますね・・。
あと医局記は少し前に読みましたが、文系の研究室とはまた大分違うようですね、もっとも時代も違いますが・・。
ともあれ、著者が専攻した学問分野とは、その文体にある程度影響するのかもしれませんね・・。
しかしそうすると私などは一体どうなるのでしょうかね・・?」


A「うーん・・・色々な学問分野を渡り歩いた私からいわせていただきますと、文系の文体は全体的に直線的でなく、また、その本質、本音を匂わせる程度であったり、後の注釈などを読み、はじめてその意味がわかったりすることが割合多くあると思います。
ですから一般的には多少わかりにくく、あるいはそれは読者に考えさせることを狙っているのではないかと思うこともあります・・。
その点理系の場合、その直接的な始原が西欧にあるためか、文体が直線的であり、起承転結いや、緒言、材料と方法、結果そして考察といった具合に、型らしきものが確立されていますので、文章、文体もどちらかというと、より純粋に情報伝達の為の道具として見做しているような感じを受けます。
私個人としては、どちらも一長一短であるとは思いますが、ただ私は根がせっかちであるためか、文体に関しては理系の方が読みやすいような気がしますね・・。
そうしますと、これは以前ブログにて書いたかもしれませんが、私個人の好みとは、理系の文体で書かれた文系の内容の著作ということになりますかね・・()。」


B「なるほど、その見解はいかにもAさんらしいですね()
ただ、理系を非難するわけではないですが、理系分野に多く見られるあの断言的な言い回しの文体とは、盲目的に信じさせるような要素、つまり何といいますか、そこに酒精的なものが多くに含まれているのではないかと思うのです・・。
しかし考えてみますと、そうした要素の起源とは、西洋科学が流入した近代以降特有のものでもなく、実は近代以前の漢文的なものともかなり親和性があるのではないかと最近不図思いつきました・・。
またそれ故にこそ、明治初期に漢学的素養を持った人間の多くが割合スンナリと洋学つまり西洋科学に移行、移植できたのではないかと思います。」


A「・・なるほど、たしかにそういった要素は少なからずあると思います。
現在ではもうおそらく絶滅種でしょうが、戦前などは漢詩を作り、ドイツ語でカルテを書くような医者も割合多くいましたからね・・。
まあそれは医者に限らず戦前の国産インテリゲンチャと言われるような連中とは、多少のブレはあっても大体そのような感じであったのではないかと思います。」


B「しかしそう考えますと、教育のための有用な道具立ては現在の方が余程進化しているはずなのに、何故そうした我が国の和洋並存の伝統は現在閑却・・あるいは滅却されてしまったのでしょうかね・・?」


A「・・ううむ、端的にいいますと、それは太平洋戦争に負けてしまったからではないでしょうか?
しかし、そうした戦後現代を含む近代以降の学問的伝統の閑却の程度、度合いとは、私の経験に照らして考えてみますと、地方による偏差が大きいのではないかと思います・・。
北海道を含む東北日本に関しては実体験がないのでよくわかりませんが、少なくとも西日本、特に九州などは、そういった要素が特に意識されないような自然な形で継続して現在なお生きているのではないかと思います・・。」


B「西日本ですか・・ええ、たしかに近畿、関西圏はなんといいますか伝統全般が自然な形で残されていると思いますからね・・。
それにノーベル賞などの世界的な賞で認められるのは首都圏などよりも近畿、関西圏に出自を持つ方々が多いですからね、やはりそういった傾向は何かしらあると思います・・()。」


A「・・ううむ、一応首都圏出身の私からすれば、関西人らしい憎まれ口ともとれますが、同時にそれは特に間違ってもいないと思います・・(苦笑)
しかし、そこで九州を近畿、関西圏の延長として考えますと、当てはまる部分もあるのですが、同時に違うと思われる部分も多くあるように思われるのです・・。」


B「九州ですか・・それは私よりAさんの方がよく御存知であると思いますので、今後更に深められてはいかがでしょうか?」


A「ええ現在行っている求職活動も九州を含む主に西日本を対象として行っておりますが、今後の展開は未だよくわかりませんねえ・・(苦笑)
ともあれ、また何か進展等がありましたら御連絡します。」


B「ええ、そうですね。
朗報を期待しています。」

2015年12月24日木曜日

20151224

A「最近Bさんのブログの閲覧者の数はどうですか?」

B「ええ、以前とあまり変らず大体1100人程度です・・。」

A「そうですか・・100人はそんなに悪くないと思いますよ。
むしろコンスタントに1日に100人は難しいのではないかと思いますが、しかし、そうしますと現在までの全期間の閲覧者は18000人程度ということになるのでしょうか?」

B「そうですね、大体そのくらいです。
現在までの全閲覧者数は19000人程度になっています。
しかし一方、私のブログのページの表示回数はつい先日80000回を越えました。
それでよくわからないのは「ページの表示回数とは一体どういう意味であるのか?」ということですね。」

A「・・私もよくはわかりませんが閲覧者数とは文字通りブログを閲覧した人数であり、表示回数とはその閲覧した方々が開いた、表示した回数であるのではないでしょうか?
ですから単純に考えればBさんのブログを閲覧した方々は大体4つの投稿を見ているということになるのではないでしょうか?」

B「はあ、なるほど・・そういうことになるのですか。
それは知りませんでした。
どうもありがとうございます。
それで、閲覧された各々ブログの回数を見てみますと、直近で書かれたブログと類似、関連する内容のものが何故か多くなるのです・・。
こうしたことは以前からそのようなことが続いていたのですが、何だか面白くもあり、また一面において「いい加減なことは書けないな・・。」となるのです。
このことは私にとっては大変ありがたいのですが同時に「一体これは誰の仕業なのだろうか?」とも思うのです。
そしてその正体を自分なりにプロファイルしてみますと、それは人文社会科学系の知識、見識をかなり有した人ではないのかと思うのですが、そうしますと私の知人である場合、かなり限定されてきます・・。」

A「ブログを書いていると、そうした楽しみも出てくるのですね()
ともあれ、その正体が何時の日か判明する日はくるのでしょうかね?
また、そのためにもBさんのそのブログはもう少し続けた方がいいのではないかと思います()
あと、あらかじめお伝えしておきますが、その正体は私ではないですよ()。」

B「はあ、そうですか・・
この質問は以前、別の方にもしたことがあるのですが、その方も「私ではない。」とおっしゃっていました・・。
そうすると私の知人の中で該当しそうな人はかなりに少数に絞られてきますが・・では一体誰がその閲覧者の正体なのでしょうかね?」

A「・・ううむ、そうなるとそれはBさんがすぐに思いつく人ではないと思います・・。
とはいえ、少なくともそれらは悪意のある行為ではないようですので別に気にすることはないのではないでしょうか?」

B「ええ、まあそれはそうですし、以前はあまり気にもしなかったのですが、ブログ作成について考えたりしますと、そういったことも自然と考えてしまうようになるのです・・。
しかしながら、だからといってそれが作成するブログに大きく影響するというわけでもないのですが・・。
ただ、それもまたブログのネタにはなるのではないかとも思いますが()。」

A「・・ええ、その調子でいいと思いますよ()
それにいつか機会があればそれが誰だかわかる日もくると思いますし・・。
まあ、気長にブログを書き続けていれば、また何か違った面白いことも起きるのではないかとも思います(笑)。」

B「はあ、そのようなものでしょうかね・・。
それでしたら、まあ特に深く考えずにブログを書き続けようと思います。
しかし私はそういった誰かをプロファイルして探索するセンスみたいなものはないのでしょうかね?」

A「いえ、それは私もよくわかりませんし、また、それは今考えてみても特に有益ではないと思いますので、まあ、そのまま放置安定でいいのではないでしょうか・・?」

B「なるほど・・放置安定ですか、まあ、そうですね。
とりあえず求職活動と同様、地道に続けて行くことにします。
あと地道といえば、先日新しく購入したブログのネタ帳がもうすぐ最後のページまで行きそうです。
ここ最近、自身の対話形式のブログの数を増やそうとしていましたので、その影響がこのような形で表れたのではないかと思います・・。」

ABさんのブログのネタ帳はもしかして今も無印のリングノートですか?」

B「・・ええ、そうです。
しかし何故そのことを御存知なのですか?」

A「それはBさん修士院生の頃から同じノートを使っていませんでしたか?
あの頃はたしか万年筆で色々とノートに書き込んでいましたが、その時のノートはまだ残っていますか?」

B「・・ええと、多分どこかに残っているはずであると思います。
あれも今読み返してみますと多分ブログのネタになりそうなことがいくらかは書かれていると思いますが・・
しかし、ブログのネタになりそうなことがより多く書かれているのは在鹿児島時代に記したノートではないかと思いますが・・。」

A「鹿児島時代のノートはどのようなことを多くかれていたのですか?」

B「そうですね・・日々起きたことや、実験の進行に関しての感想などが多かったと思います。
あとは読んだ本、論文の感想なども書いていたと思います。
Aさんが御存知であると思われる本は、そうですね会田雄次の「アーロン収容所」や大岡昇平の「俘虜記」あとは小松真一という方の「虜人日記」ですかね・・あの頃は何故か国内外の収容所ものの著作を集中的に読んでいましたね・・。」

A「・・それもなかなか興味深い現象ですが、ともあれBさんはそれらを何といいますか客観的に読んでいたのですか?それとも感情移入して読んでいたのですか?」

B「・・ええと、それは概ね後者であると思います。
しかし私は思想系の著作にしろ大抵は感情移入して読んでいると思います。
そうしたことを判断する好例としてニーチェの「ツァラトストラかく語りき」で挙げられると思います。
あの著作を読んで落ち込むのはそこで語られている対象を自分に近いと感じているからであり、逆にそれを読んで奮い立つのはどちらかというと他者の物語として感じているのではないでしょうかね?
しかし、それで私が思うことは我々日本人とは、どこかそういった著作を前者、つまり他者の書いたものとして読むような傾向があるのではないかと思います。」

A「ええ、たしかにそうであるかもしれません。
また、それは論文と散文を読む時における立場の違いにも通じるものがあるのではないかと思いますが・・?」

B「基本的に論文などは客観的な立場、他者の書いたものとしてで読みますからね・・。
そうしますと我々は物語、思想系の著作も論文と同じスタンスで読んでいるのですかね?」

A「・・ううむ、多分その根底には能動性の多寡があるのではないでしょうか?
我々はあまり人が専攻しないような分野の院に進みました。
そしてそこではとりあえず文献を多く読まないとどうにもなりませんよね?
ですから、そういった専攻分野に進む連中というのは一般的に見れば、かなりの変わり者、変人であり、それがどのように変っているかといえば、思想系や重い内容の著作を能動的に読めるという何かよくわからない情熱があることではないかと思います。
そしてそこには現代社会における効率性、功利性と相反する何かがあるのではないかと思います。
ですから、理系学問分野は別ですが、人文社会科学系の学問が浮世離れしている、実利的でない、コスパが悪いなどといわれるのはそういったところにあるのではないでしょうかね?
まあ、戦前の高等教育とは、そうばかりでもないようでしたが・・。」

B「そうですね。
それはたしかにあると思います・・。
ですからやはり著作を読む時の立場、能動性、モチベーションとは、なかなか重要ではないかと思います。
こういっては何ですが書籍自体を自然に読む習慣のない方々はおそらくその能動性の重要さを認めようとしないでしょうが・・。
それでも実はそれが現代の我々の社会に見られる反知性的な傾向の一つの根源ではないかと思いますが、どうでしょうかね?」

A「・・ええ、おっしゃることはよく分かります。
それは日本社会が基層において性悪説に基づき、それではどうもカッコが悪いから表層を性善説で取り繕っているようなことが原因ではないでしょうかね?
あるいは福沢諭吉がどこかで述べていた明治政府に対する批判として「多情の老婆」と評していたことをも想起させますね・・。」

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