2020年10月13日火曜日

20201013 目的意識に基づかない行動の重要性について・・

先日から読み進めている「羊をめぐる冒険」は、その後あまり頁は進まずに、現在、上巻の130頁あたりであり、何やら謎めいた展開となり、今後が楽しみではあるのですが、昨日は多少疲れていたようで早めに寝てしまいました。

以前、ブログ記事をほぼ毎日作成していた時期も同様に疲れてはいましたが、それでも、よく分からない義務感によって、どうにか続けることが出来ていました。しかし、どうしたものか、現在では、以前ほどの義務感は感じることはなく「疲れているのであれば寝てしまおう・・」といった方向に行ってしまうのですが、これは一種の堕落なのでしょうか?

とはいえ、どうにか継続はしており、これまで約5年半にわたり1396件の記事を投稿してきました。そしてまた、今月中に1400記事への到達を目標としています。

しかし、ここまで来て未だに判然としないことは「止めたければ止めても誰も咎めないこの状況で、何故、このブログを続けているか?」であり、これは我がことながら本当によく理解出来ずに続けています。しばしば「目的意識のない行動は無意味だ。」とクリア・カットに仰る方々がいらっしゃいますが、しかし他方で、我々人間の進化の仕方は、必ずしも目的意識による行動の積み重ねによるものだけではなく、目的意識もあまり判然としないままで継続していたことが良い方向に作用するといったことも少なからずあるのではないかと思われます。

そして、その際に重視したいのは、やはり行動する本人の「能動性」や「根源の本能に近い部分にある性質」であるように思われるのです・・。

これを無視して、万人に共通するものとして目的意識に基づく行動の積み重ねのみを正しいとする方々、あるいはそれを是とする社会とは、たしかに発展の速度は速いかもしれませんが、その後における社会の持続可能性、持続的な発展性が乏しくなってしまうのではないかと思われるのです。

そして、まさしくこれを地で行っているのが、19世紀後半から20世紀半ば、そして同じく20世紀半ばから現在に至るまでの我が国ではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか?

これが、ある程度正しいのであれば、この二度にわたる負の轍から脱するためにどのようなことをすれば良いのかと思うに至るわけですが、これこそまさしく社会を構成する個々人の「能動性」や根源的な性質の方向性に関与しているところですので、ここで意見らしきことを書いてみてもあまり意味はないと思われるのですが、自身は社会全般での本当の意味の教養の高度化もしくは知識社会化であると思われます。これを逆説的の述べたと思われるのが、かつて知人の医師から聞いた「医者であるというだけで知識人であると思われるような社会は大体が発展途上国なんだよ。」という、多少乱暴とも云える意見です。

ともあれ、そのように考えてみますと、昨今の我が国はかつてより、その傾向が強くなってきているようにも思われますが、それはまた別の社会メカニズムによるものなのでしょうか?あるいは、たしかに社会の持つ価値観・文化の退行の兆しであるのでしょうか?

ちなみに、お分かりとは思いますが、これは決して医師・歯科医師の方々に対する愚弄ではありません。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!




ISBN978-4-263-46420-5

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