2018年7月8日日曜日

20180708 有用な発明の伝播の仕方について【書籍からの抜粋引用より】

先日からの、おもに西日本各地での大雨により、未だそれら地域にて災害発生の危険性があるとのことです。これまでに被害が生じた地域の速やかな復旧、そして今後の被害が出来る限り生じないことを祈念しております。

株式会社 草思社刊 ジャレド・ダイアモンド倉骨 彰訳『銃・病原菌・鉄』下巻pp.84-86より抜粋引用
ISBN-10: 4794218796
ISBN-13: 978-4794218797

『有用な発明は、一つの社会から別の社会に二つの方法で伝播する傾向がある。一つは、その発明を実際に目撃したり教わったりした社会が、それを受容し、取り入れる方法である。もう一つは、その発明を持たない社会が、自分たちが不利な立場にたたされることを認識し、その発明を取り入れる方法である。後者の例は、ニュージーランドのマオリ族のあいだでマスケット銃がどのように普及したかを考えるとわかりやい。ニュージーランドでは、1818年頃に、マオリ族の一部族であるナプヒ族がヨーロッパの貿易商からマスケット銃を手に入れてから、マスケット戦争とよばれる戦いが15年間続いた、その結果、マスケット銃を持たなかった部族は、銃を手にした部族によって征服されてしまうか、あるいは自分たちも銃を持つようになり、1833年になると生き残ったすべての部族がマスケット銃を持つようになっていた。
新しい技術は、発祥地から別の社会にさまざまな方法で伝播する。トランジスタ(半導体)が1954年に合衆国から日本へ伝わったのは、平和的な交易を通じての例である。蚕が西暦552年に東南アジアから中東へ密輸されたように、技術がスパイ行為もどきに伝播することもある。1685年に、20万人のユグノー教徒がフランスから追放されて、フランスのガラス製造技術や衣服製造技術がヨーロッパじゅうにひろまったように、技術を持った人びとが移住することによって伝播することもある。そして戦争によって技術が広まった例が、中国の製紙技術のイスラム圏への伝播である。イスラムの製紙技術は、中国人の製紙職人が、西暦751年の中央アジアのタラス川の戦いでアラブ側の捕虜になり、サマルカンドに連れてこられたのがきっかけではじまった。第12章において、われわれは、文化が「実体の模倣」や「アイデアの模倣」で伝播することを考察し、実際に文字システムがどのように伝播したかに言及した。そしてわれわれは、この章のここまでの考察において、技術の伝播にも「実体の模倣」や「アイデアの模倣」があることを示す例をとりあげてきた。前の段落で紹介した事例はどれも「実体の模倣」によって技術が伝播している。ヨーロッパ人は、中国で発明された陶磁器技術を、長い時間をかけて自分たちで独自に考えだしたが、これは「アイデアの模倣」によって技術が伝播した例である。硬質の半透明な陶磁器は、7世紀頃に中国で誕生し、14世紀になると、シルクロード経由でヨーロッパに伝わり、非常に珍重された。だが、その製造方法はまったく知られていなかった。そして、それを模倣しようといろいろ試みられたものの、すべて失敗に終わっていた。今日のマイセン磁器が登場するには、1707年になってからのことである。これは、ドイツの錬金術師(アルケミスト)ヨハン・ベトガーが、長い時間かけてさまざまな実験を繰り返し、各種の鉱物と粘土の混合割合を編み出した結果である。その後、フランスやイギリスでも多かれ少なかれ独自の研究成果を踏まえて、セーブル磁器、ウェッジウッド磁器、そしてスポード磁器が誕生している。このように、ヨーロッパの職人たちは、中国で発明された製造法を自分たちで独自に考え出した。しかし、彼らが陶磁器の製造を思いついたのは、目標とするお手本が目の前にあったからである。』

今回の抜粋引用部は、あるいは比較的幅広い方面の方々にとって興味を持って頂けるかもしれません。
と云いますのは、まず前半部に述べられている19世紀ニュージーランドでのマスケット戦争を知りますと『持ち上げられ(神聖視され)がちな我が国の幕末維新・維新回転期の歴史も、あるいはそうした歴史(マスケット戦争のような)の流れの一つであったのかもしれない・・。』と考えさせられること、次いで、後半部にて述べられている陶磁器に関しての記述は、無機物・セラミックス等の研究をされている方でしたら、当記述を参考として用いることも出来るのではないかということ、です。ともあれ、今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。


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増刷決定!
ISBN978-4-263-46420-5


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前掲著作の執筆者である師匠による歯科材料全般もしくは特定の歯科材料に関しての勉強会・講演会などのご要望がございましたら、よろこんで承ります。師匠はこれまで長年にわたり大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。


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conrad19762013@gmail.com 
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

数年前から本日に至るまで列島各地、特に西日本において発生した大規模自然災害によって被災された地域の諸インフラの回復および、その後の速やかな復興を祈念しています









20180707 道具の進化と社会の変化との関係について【書籍からの抜粋引用より】

昨日より引き続き、おもに西日本各地にて大雨による災害の発生の危険性があるとのことです。これまで被害が生じた地域の速やかな復旧、そして今後の被害が出来る限り軽微であることを祈念しております。

講談社刊(講談社学術文庫) 中村勝己著『世界経済史』pp.48-49より抜粋引用
ISBN-10: 4061591223
ISBN-13: 978-4061591226
『弥生中期には土地や水利をめぐる集落間の対立・抗争が激化し、集落相互間に統合が進行した。二世紀後半の集落連合の対立は、畿内および瀬戸内地方の石製武器の発達と瀬戸内海沿岸の軍事的高地集落の急速な発達と消滅としてあらわれた。北九州および畿内・瀬戸内沿岸において鉄器が普及し、鉄器の生産力および軍事力をふまえて畿内政権による北九州政権の制圧がおこなわれた。古墳時代には主として朝鮮半島経由大陸文化の摂取が盛んにおこなわれた。半島や大陸からは多くの手工業者や農業技術者が渡来した。その結果わが国文化が急速に発展した。しかしその他方において輸入文化は社会にひとしく滲透したとはいい難かった。たとえば精巧な須恵器と並んで、旧来の土器器(はじのうつわもの)が多く存在していたのであって、二種類の土器が併存したのは、この時代の社会に貧富の懸隔がいちじるしくなっていることを示している。朝鮮半島南部および国内(出雲・吉備など)産の鉄を支配し、鉄製武器(鉄鏃・直刀・甲冑)を所有することにより、政治的支配が可能となった。前期および中期古墳出土の鉄製農具(鍬・鋤・土堀用唐鍬・万鍬・犂・鎌)はきわめて貴重なものであり、一般農民はまだ所有するに至らなかった。奈良時代に至っても、鍬が位階・官職のある者や功労のあったものに下賜せられ、一般農民は依然木鍬を使用していた。豪族は性能のすぐれた鉄製農具を用い、農民を駆使して灌漑用溜池の築堤・水路の掘削・台地・原野の開墾をおこなった。これによって古墳を造営する経済的基礎がつくり出されたのである。』

おそらく、この記述からも、かつてヤマト王権側から見て辺境の地にある神を祀る社は、社であると同時にヤマト王権からの出先機関といった性質をも持ち、またその意味から、社にて当時最先端の道具であった各種鉄器類(武器・農具)が管理・格納されていたことは、奈良県天理市在の石上神宮の起源・来歴とも符合あるいは共通するものと思われる。くわえて、この記述、特に後半部は考古学者の森浩一そして作家の司馬遼太郎が述べていた見解とほぼ同一であることから、当記述部は、あるいはその著作を参考として書かれたのではないかとも考えられた。

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。


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増刷決定!
ISBN978-4-263-46420-5


~勉強会の御案内~
前掲著作の執筆者である師匠による歯科材料全般もしくは特定の歯科材料に関しての勉強会・講演会などのご要望がございましたら、よろこんで承ります。師匠はこれまで長年にわたり大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。


~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com 
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

数年前より本日にまでに列島各地、特に西日本にて発生した大規模自然災害により被災された地域の諸インフラの回復および、その後の速やかな復興を祈念しています