2021年3月30日火曜日

20210330 中央公論新社刊 藤野裕子著 「民衆暴力」―一揆・暴動・虐殺の日本近代 pp.199‐200より抜粋

中央公論新社刊 藤野裕子著 「民衆暴力」―一揆・暴動・虐殺の日本近代 pp.199‐200より抜粋
ISBN-10 : 4121026055
ISBN-13 : 978-4121026057

警察による日常生活の統制に対して、民衆が不満・反感を持ち、暴力が湧き上がった際に、警察に矛先を向けていく。この点で、本庄署の襲撃とその焼打ち未遂は、第3章で見た日比谷焼き打ち事件における警察の焼打ちと驚くほど似ている。軍隊の出動によってすぐさま解散下でも点でも共通する。

このことをどのように考えればよいのだろうか。日比谷焼き打ち事件が警察権力への対抗として評価されるならば、この本庄署の襲撃にも警察権力への対抗的な側面はある。しかし、この襲撃が朝鮮人虐殺と一体のものだと考えると、その側面だけを切り取って評価することはできない。

一方、第1章で見た新政府反対一揆との共通点も浮かびあがる。新政府反対一揆では、県庁や戸長などを襲撃する一揆のプロセスで、被差別部落を襲撃した。本庄署では、朝鮮人に対する差別意識に基づいて「天下晴れての人殺し」をするプロセスで、日常的に潜在していた警察への反感が噴き出して警察署を焼き打ちしようとした。

暴力をふるう過程で、日頃はかなわなかった、さまざまな対象への暴力行為が可能となることは、これまでに論じたとおりである。その可能性には、警察権力への対抗だけでなく、自らが差別する対象への徹底した攻撃になる場合もあった。

歴史を見る際に、権力に対抗する民衆と被差別者を迫害する民衆とは、別の民衆であるかのように分離したくなる。しかし、こうした事実は、その様に民衆像を二分させて歴史を捉えることには問題があるのだと教えてくれる。権力に反発する意識と他民族などを差別する意識は、一人の人間や社会集団のなかに矛盾なく存在し、ひとたび始まった暴力を契機に、両方が引き出されることがあり得るからだ。

2021年3月29日月曜日

20210329 株式会社文藝春秋刊 山本七平著 山本七平ライブラリー⑦「ある異常体験者の偏見」pp.169-170より抜粋

 株式会社文藝春秋刊 山本七平著 山本七平ライブラリー⑦「ある異常体験者の偏見」pp.169-170より抜粋

今、街頭で、西アフリカやバングラデシュの飢饉のため募金が行われている。ところが私の学生時代には、専ら「冷害で餓死に瀕した東北の農民」のために、街頭募金が行われていたのである。今では想像もつくまい。「トチの実もドングリも食べつくし、ワラモチで飢えをしのいでいます。」といって、その実物を机に並べて街頭に立ったグループもあった。私はどうもこういうことは苦手で、「寄付はするが、街頭には立たない」とことわったため、ひどく非難されたので、今でもおぼえている。こういうこと、すなわち「国民が飢えに瀕しても原爆や戦艦を造る」といったことは、多くの民族が通過しなければならぬ一段階なのかも知れない。だがそれはいずれの国民が行おうと結局はすべて無駄なのである。いまどき、一、二個の原爆や水爆をつくるということは、太平洋戦争の直後に戦艦大和をつくるぐらいの愚行であり、軍事的に見れば、栄光を追う老いぼれの老将軍や軍事委員会主席の白昼夢に基づく浪費にすぎない。

だが、ここで誤解してならないことは、そういう状態を、その国民であれ当時の日本人であれ、圧政とは受けとらなかったことである。ここに軍備というものがもつ奇妙な魔力、子供を異様にひきつける、あの魅力にも似た魔力がある。当時の日本人が、物すごい軍備の重圧下に苦しみうめき、かつ怨嗟の声をあげていたかのように言うのは、戦後の創作された虚構であり、当時はそういうことを言う人は例外であり異端者であって、一般はむしろ逆で、われわれのような「いわゆるインテリ」(この言葉は当時は一種の蔑称であるが)が、ちょっとそういった批判を口にすれば、最も苦しんでいるはずの農民から面詰されるのが普通であった。彼らは軍備を、軍艦や戦闘機や砲を、血と汗できずきあげた誇るべき自分たちの共有財産のように考えており、それらにケチをつけるような者は、ただではおかない、といった面があった。

一方、軍の側にも明らかにこれに対応する考え方があった。人間より兵器を大切にしたことは、前にもいったように事実であるが、兵器について必ずいわれたことで、今では忘れられている言葉は、「御紋章」と同時に「お前たちの父母の血と汗の結晶である」という言葉である。この考え方は海軍にもあったようで、大和出撃の動機の一つが「国民に多大の犠牲を強いて造った戦艦を戦わずして敵の手に渡すことは出来ない」ということだったそうである。いわば「身分不相応」な軍備が国民に極限ぎりぎりの犠牲を強いつづけてきたことを実感している当時の軍人には、「共有財産」を活用もせずに、勝手に敵手にわたして平然と「降服」することは、何としても出来ないことだったのだろう。誤解を恐れずにいえば、私がその立場にいれば、やはり同じことをしたであろうということである。

陸軍には一種の「農民尊崇主義」のようなものがあった。これは前に秦郁彦氏も指摘されたが、日本の陸軍には、都会人とかインテリとかを、最後の最後まで、「陸軍という身内」に入れようとしなかったそうで、これは米英軍にもドイツ軍にも見られなかった大きな特徴だそうである。

同時に反射的に「都市のインテリ」は昔から陸軍を嫌った。「どうせ兵隊にとられるんなら海軍に行きなさいよ。陸軍なんてドロ臭い」とは当時のインテリ女性がよく口にした言葉である。従ってインテリの陸軍嫌いは戦後のことでなく、戦前からの伝統であり、おそらく、これが今でも尾を引いて、自衛隊への批判乃至はいやがらせは、ほぼ陸上自衛隊に集中し、海上自衛隊は実質的にはその対象からはずされているわけであろう。だが当時は農村ではこの感じは一変していた。しかし何らかの意見が活字になるのは、ほとんど「都市インテリ」の場合であり。そのため、何となく陸軍は戦前から全日本人の怨嗟の的だったかのような印象が今では一般的になっているから、陸軍と農民との間に非常に強い「身内意識」あるいは「共同体意識」があったことは、今の人には意外であろう。だがこの関係は、軍隊内における「農民出の下士官」と「都市インテリの兵士」との間の、一種の相互的嫌悪感といったものに、良く表れている。下士官とか軍曹とかいう言葉は、戦後はもちろんのこと、戦時中ですら一種の「蔑称」として使われていたことが、上記の関係を象徴的に示しているであろう。


2021年3月27日土曜日

20210327 岩波書店刊 丸山 眞男著 古矢 旬編「 超国家主義の論理と心理 他八篇」 pp.385‐388より抜粋

岩波書店刊 丸山 眞男著 古矢 旬編「超国家主義の論理と心理 他八篇」 pp.385‐388より抜粋
ISBN-10 : 4003810430
ISBN-13 : 978-4003810439

19世紀における世界市場の形成は、従来「世界史」の激動の彼岸にあった広大な「未開地域」を国際社会の中に引き入れた。この歴史的変動は、ふるくから独自の文化と伝統を形成してきた極東諸国にもっとも大きな衝撃として現れた。

日本は種々の歴史的条件によって、いち早くこの衝撃を主体的に受け止めて、一応ヨーロッパ型の主権的民族国家を樹立することに成功し、19世紀末にはやくもヨーロッパ帝国主義と轡をならべて植民地分割競争に乗り出した。

しかし他の極東諸民族は日本の勃興に刺戟されて民族的独立の方向に歩み出す以前に、あるいはその動向の脆弱な間に、集中的な帝国主義の侵略を蒙って植民地ないし半植民地の境涯に陥った。

やがて帝国主義による資本輸出は伝統的生産様式を押し潰し、交通網の発達は多かれ少なかれ閉鎖的な共同体秩序を破壊したために、資本と軍靴の無慈悲な足跡の下から、ほとんど不死身のエネルギーをもった民族解放運動が20世紀に入って至るところに勃興した。

ヨーロッパにおける英・仏・独・オランダなど主要植民帝国の弱化と、今次大戦における日本帝国主義の崩壊といった一連の歴史的過程を経て、現在アジア・アラブの民族運動は世界政治のもっとも重要な因子の一つとなっている。

これをヨーロッパ的なナショナリズムの範疇でどこまで捉えられるかは、大きな疑問が存在するが、やはりそこにはナショナリズムとよばれて然るべき要素が作用していることも否定できない。

むろん、一口にアジア・ナショナリズムといっても、その間にかなりの地域差があるが、その内部的相異を超えて、これをヨーロッパ・ナショナリズムから共通に区別する特性に着目すれば、まずこれら地域の社会構成において、ヨーロッパともっとも顕著な対照をなすのは、いわゆるミドル・クラスの欠如である。

上層部には60パーセントから80パーセントにおよぶ超高率の地代を収奪する半領主的な巨大地主や、先進国の外国商社と結んだ買弁資本が位し、そのすぐ下には人口の圧倒的多数を占め、ほとんど文盲な貧農と、恐ろしく劣悪な労働条件下にある鉱業その他、主として原料生産業および交通関係の労働者、および種々の雑役に従事する半プロレタリアの大群が位する。

その間にわずかに小規模の民族資本、小商人、ヨーロッパ的教養を受けた知識層(官吏・軍人を含む)が擬似ミドル・クラスを形成するにすぎない。

ナショナリズムの巨大なエネルギーを提供するのは、いうまでもなく下層の極貧大衆であり、彼らの非人間的な生活条件と擬似ミドル・クラスの不安定性とは、そのナショナリズムにきわめて急進的な、しばしば熱狂的な性格を賦与している。

富と権力を持った土着支配層は、外国帝国主義との取引を有利にするため、こうした大衆運動を利用し、ある場合には指導するが、決定的な状況ではしばしば帝国主義と結んでこれを押し潰す役割を演ずる。したがってアジアのナショナリズムはイデオロギー的にも政治運動としても非常に屈折がはげしく、その「急進性」も、ときにはコンミュニズムとして、ときにはウルトラ・ナショナリズム(とくに激烈な反西欧主義)の様相を帯びて発動する。

2021年3月26日金曜日

20210326 みすず書房刊 ロバート・グレーヴス著 多田満智子・赤井敏夫訳「この私、クラウディウス」pp.9‐11より抜粋

 みすず書房刊 ロバート・グレーヴス著 多田満智子・赤井敏夫訳「この私、クラウディウス」pp.9‐11より抜粋

ISBN-10 : 462204806X
ISBN-13 : 978-4622048060

この序論の巻を終える前に、シビュラとその予言について、いささか付け加えておきたい。クマエでは、一人のシビュラが死ぬと他の巫女が跡目を襲うが、有名なシビュラもあれば、無名のシビュラもある、と私は述べておいた。きわめて名高い一人はデモフィレといい、アエネアスが冥界へ降る前に宣託を伺った巫女である。時代が下ってヘロフィレというのが有名だが、彼女はタルクィニウス王のもとに来て、彼が払う気がせぬほど法外な高額で予言集を買い取るようにすすめた。王が拒むとー話によればー彼女はその一部を焼きすて、残り部分に同じ高値をつけた。今度という今度は、王は好奇心にかられてそれを支払った、という。ヘロフィレの持参した神託は二種類ある。すなわち、未来に関わる警告、あるいは明るい見通しの予言と、かくかくしかじかの前兆が起ったら、神意を宥めるために捧げるべき生贄についての指示と。その後時の経過とともに、何であれ顕著な、真実と証明された、私人への託宣がこれに付け加えられた。ローマが何か異様な前兆や災禍に脅かされるような時には必ず、元老院は「シビュラの書」を管理している神祇官たちに、それを参照するよう命じる。するとつねに対策が見つかるのである。その書は火災のために二度も一部消失したが、失われた神託は担当責任者の神祇官たちの共同の記憶によって復元された。その記憶は多くの場合きわめて誤りの多いものであり、だからこそ、アウグストゥスは、明らかに霊感によらない挿入や復元を排して、予言集の権威ある定本を作る事業に着手したのである。かれはまた、権威に乏しいすべての個人的シビュラ神託集を、他の入手可能な公けの予言集と共に集められるだけ集めて破棄した。その数は二千を超えた。かれは「シビュラの書」を校訂本を、パラティヌス丘の自分の宮殿近くに建立したアポロ神殿の神像の台座の下の、鍵のかかる戸棚におさめた。アウグストゥス個人の歴史関係の蔵書から、一つの稀書が、かれの死後しばらくして私の所有に帰した。「原典のうちに含まれながら、アポロの神祇官に偽作っとして斥けらるる神託を集めしゆえに、シビュラの珍本」と称せられるものである。神託の韻文は、アウグストゥス自身の美しい筆跡で書写され、かれ独特の誤った字の綴りが見られる。はじめは無知からの間違いだったのに、その綴りに長年固執して、しまいにはそれを誇りとしていたほどであった。それらの文章の大部分は、恍惚状態だろうと醒めた状態だろうと、決してシビュラが述べたものではなく、無責任な連中が自分や自分の名誉を高めようとして、あるいは敵対者の家を呪うために、自家製のでたらめな予言を神の託宣と称しているにすぎない。クラウディウス家はこの手の偽作にとりわけ熱心であったようだ。とはいえ一つか二つの託宣は十分に古雅な言葉で述べられ、その霊感は神に由来すると思われた。その明白で驚愕すべき意味内容のゆえにアウグストゥスはーかれの言葉はアポロの神祇官にとって掟であったー正典の中に編入させぬ決意をしたに違いない。この小さな書はもう私の手許にない。しかし真正の予言と思われるそれらの託宣のうち、もっとも忘れがたいものを、ほとんど一字一句あやまたず想い起こすことが出来る。この神託はギリシャ語で記され、(正典の中の初期の大方の神託がそうであるように)おおざっぱなラテン語の韻文訳がそえてあった。

20210325 株式会社 筑摩書房刊 山田風太郎著 「昭和前期の青春」pp.87‐89より抜粋

株式会社 筑摩書房刊 山田風太郎著 「昭和前期の青春」pp.87‐89より抜粋

ISBN-10 : 4480433317
ISBN-13 : 978-4480433312

もう一つ、試験奇談がある。当時数学の三角法は五年生になってからであった。ところが私はそのはじめの一カ月ほど停学をくらっていたので、出てみてもサイン、コサイン、すべてチンプンカンプンである。もともと数学はニガ手だから、追っかけて勉強する気などさらさらない。とうとうまるっきりわからないで通してしまった。

ところ数年後、医者の学校にはいってみると、微分積分がある。これにサイン、コサインが出て来るのだが、右の始末だからまったくのお手あげである。

ところが学年末の試験で、事前に学校から「一科目でも五十点以下の成績のものがあるときは落第させる」との宣言があった。こちらは五十点以下どころではない。一点もだめだ。

 それは昭和二十年春、戦争はすでに末期に達し、東京は爆撃のまっただ中におかれていた。そこで学生の方から、もし試験中空襲となったらどうするか、と質問したのに対して、学校学側から、その場合は試験は中止、その課目は全員合格とする、いう返答であった。他にも試験はいくつもあり、延期してもまた空襲があるかも知れず、かつまたそれまでの空襲はまず夜に限ったから、学校側もそういう非常の方針をとらざるを得なくなったのだろう。

 ところが、その高等数学の試験当日の朝、いざ登校しようとすると、朗々と空襲警報のサイレンが鳴りわたった。私は狂喜乱舞して、「大東亜戦争はこの日のために起った!」と、絶叫して、下宿していた家の奥さんに叱られたことがある。

 中学後半のこの不勉強ぶりを、長い間私は、とにかく非行に忙しかったからと考えていたが、今思うに、しかしまともにやっていてもやはり不勉強であったかも知れない。その、まともにやる、というのができないのである。先天的に、好きなことはやるけれど、イヤなことはてんで受けつけない性分であるからだ。入学試験は、全科目、まんべんなくやる学生でなければ通らないだろう。

2021年3月25日木曜日

20210324 みすず書房刊 ロバート・グレーヴス著 多田満智子・赤井敏夫訳「この私、クラウディウス」pp.13‐15より抜粋

みすず書房刊 ロバート・グレーヴス著 多田満智子・赤井敏夫訳「この私、クラウディウス」pp.13‐15より抜粋

ISBN-10 : 462204806X
ISBN-13 : 978-4622048060

もしできることならこの物語を両親より前にさかのぼることなく、あっさり自分の幼年期からはじめたかった。系図だの家族の歴史だのは退屈なものだからである。しかし私は(四人の祖父母のうち私の出生時にただ一人存命であった)祖母リウィアについて、いささか長くはなるが語っておかねばならない。というのは不幸にして彼女は私の物語の第一部における主要人物であり、彼女の若いころのことをはっきり話しておかないかぎり、彼女のその後の行動が不可解になるからだ。祖母が皇帝アウグストゥスに嫁いだことはすでに述べたが、これは私の祖父と離婚したあとの二度目の結婚だったのである。わが父の死後、わが母アントニア、(法律上の家長たる)伯父ティベリウス、さらにアウグストゥスその人ー父は遺言によって我々遺児を皇帝の力強い保護にゆだねたーにとって代わって、祖母はわが家の実質上の家長となった。

 リウィアはローマで最も古い家系の一つであるクラウディウス氏の出であり、祖父も同様であった。今でも時おり老人たちが歌っている民謡だが、その折り返し句(リフレイン)はこうなっているークラウディウスの家系の樹には、二通りのりんごが生る。片や甘い実、片や渋い実。数の多いのは渋いりんご。その民謡の作者が渋いりんごのなかに数えているのは、ウィルギニアという自由民の娘を奴隷にして誘惑しようとし、そのあげくローマ全体を騒動にまきこんでしまった〈増長漢〉アッピウス・クラウディウス、共和政時代に全ローマの王となろうとしたクラウディウス・ドルスス、聖なるひよこが餌を食べないのを見て、「それなら飲ましてやれ」と叫んでひよこを海に投げ込み。その結果重大な海戦に敗れた〈美男〉クラウディウスなど。甘い実のうちに数えているのは、ピュロス王との危険な同盟を避けるようにローマを説得した〈盲者〉アッピウス、シチリアからカルタゴ人を追い出した〈木の幹〉クラウディウス、兄である大ハンニバルの軍に合流しようとヒスパニアを出たハスドバルを打ち破ったクラウディウス・ネロ(ネロはサビニ方言で強者を意味する)などである。この三人はみな豪胆で賢明であったばかりか有徳の人物であった。さらに民謡作家がいうには、クラウディウス氏の女たちも、いくたりかは甘いりんご。しかしこれまた数の多いのは渋いりんご。

 祖父はクラウディウス氏の最良の人物の一人であった。ユリウス・カエサルこそはあの困難な時期にローマに平和と安寧をもたらすに足る人物と信じて、かれはカエサル派に与し、エジプト戦役ではユリウスのために勇敢に戦った。ユリウスが専制的権力を狙っているのではないかという疑念が生ずると、祖父はあからさまに仲違いこそしなかったが、それ以上ユリウスの野心に協力しようとはしなかった。そういうわけでかれは神祇官職を求めてそれを手に入れ、ガリアに老兵たちの町を創設するために神祇官の資格でガリアに派遣された。ユリウス暗殺の後、帰国した祖父は、大胆にも、暗殺者たちに専制者殺害の栄誉を与える動議を提出して、当時はオクタヴィアヌスといわれていたユリウスの養子、若きアウグストゥスと、その盟友アントニウスの敵意を買っていまい、ローマから逃亡せざるをえなかった。ひきつづいて起こった争乱の中でかれはその時々に正義があると信ずる側についた。一時期、若きポンペイウスに味方し、次にエトルリアのペルージャでは、アウグストゥスに敵対してマルクス・アントニウスの弟と共に戦った。しかし、アウグストゥスが養父ユリウスの仇を討たねばならぬ立場にあり、その義務を情容赦なく果たしたとはいうものの、かれが専制君主的心情を持たず、人民の古き自由を回復しようとしていることを遂に悟ると、祖父はかれに与して、わが祖母リウィアと、当時まだ二歳であった伯父ティベリウスと共に、ローマに定住したのであった。以後、かれは神祇官の職務に満足して、もはや内戦に関与することはなかった。

2021年3月23日火曜日

20210323 1500記事の到達に際して思ったこと、および今後の記事作成について

 今回の記事投稿によって、総投稿記事数が1500に到達します。また、これまで約5.75年(5年9カ月)程、ブログ記事の作成を行ってきましたので、これを日数に換算しますと約2100日程になります。つまり、概ね2100日間にて1500記事の投稿をしてきたことになりますので、10日のうち7日以上はブログの更新を行ってきたということになります。

これを多いと見るか、少ないと見るかは、自身の中に判断基準となるものがないため分かりませんが、それでも「まあ、やったな・・。」といった思いはないとは云えません。とはいえ、今現在の時点で大きな感情の変化などは全くなく、ここにおいても「今日は1500記事到達のこと自体を記事の題材として書けば良いかな・・。」と思いつつ、キーボード上の指は動いています・・。

また今後、当ブログを継続するかにつきましては、おそらく、続けることは思いますが、その続け方については、具体的には、以前にも書きましたが、もう少し書籍からの引用部を記事としたものを増やして行きたいと考えています。

こうしたある意味「断片的な記述」をあたかもモザイク画のピースのようにして、色々と配列を変えてみて、そのニュアンスや意味合いについて考えてみるというのも、なかなか面白いのではないかと、昨年から始めたツイッターを通じて思うようになりました。

既に周知のこととは思いますが、書籍とは面白いもので、書かれた文章の意味の他に、それが著された時代背景や、その後の評価、そして、そこからの二次創作との関連など、それ単体では終わるものではなく、おそらく、どのような著作であれ、他の著作と何らかの関連性があると云えます。もとより書籍ひいては文章を作成する人間の意識自体が、そうした仕組みになっているのだと云えますが、ともあれ、そうした、さまざまな要素からの視座にて、ボクが興味深いを思った書籍内の記述を、今後さらにある程度(100~200程度でしょうか?)積み重ねることにより、何かしら面白い異なった視座を得ることが出来るのではないかと思われるのです・・。

また、この着想の基層にあるものは、大西巨人による長編小説「神聖喜劇」であると思われます。この小説は全五巻ではありますが、内容が大変に濃密であり、また、その特徴として古今東西文献の引用およびそれらについての所感が随所に散りばめられていることであり、それら全てを文脈をも理解しながら読み進めて行くのは、それなりに大変な作業であると思われます。

個人的には、当著作は、あまり若い頃に読むよりも、20代後半か30代前半のある程度、体力と知力のバランスが取れている頃に読むのが適しているのではないかと思われます。そして、それを過ぎると今度は、体力と旺盛な知的好奇心が減衰してきて、こうした長編小説を読む気力も徐々に損なわれていくのではないかと思われます。

ボクの場合、正直なところ、現在では当著作全五巻を再び通読するのは、時間と気力の双方から困難であると思われますが、しかしながら、そうした著作の面白さを、今後、当ブログを通じて紹介することが出来るのは、面白く、それなりに意味とやりがいがあるように思われます。

ともあれ、今回、1500記事到達に際しても、こうしたことを書いていますので、やはり、あまり到達への実感や感慨といったものはないようです・・(苦笑)。とはいえ、緊張して煮詰まってしまい何も書けないでいるよりかは、今回のような記事であっても、とにかく書くことが出来ているのは、記事作成当初の頃から比べますと、それなりの進化とは云えるのかもしれません・・(笑)。

要は自意識の問題なのでしょうが、記事作成の継続によって何と云いますか、自意識が文章にて表現し易くなったとは、たしかに思えますが、果たしてそれが進化であったのかは、今もってよく分かりません。たしかに「文は人也」と云いますが、しかし逆に「人は文也」とは必ずしも云いませんので、やはり、人には文章にて汲み尽せないものが少なからずあるのだと云えます。そして、その汲み尽せていないものを文章化しようとする試みとは、それがどのような様式の文章であれ、やはり、それなりに面白いのではないかと思われます。また、今後の当ブログにおいては、そうしたものを自身の文章であれ、書籍からの引用であれ、出来るだけ提示してゆきたいと考えています。

これまでどうもありがとうございました。おかげさまで1500記事に到達することが出来ました。そして、今後もまた、どうぞよろしくお願いいたします!

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設



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連絡先につきましては以下の通りとなっています。

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電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。







2021年3月22日月曜日

20210322 記事作成の変遷と誤配について思ったこと

 目標としていた1500まで余すところ当記事を含めて2記事の投稿となりましたが、相変わらず何の実感や感慨も湧かず、今回に関しても、先ほどから、あまり気乗りしないままにて記事作成を始めました。さて、1500記事と云ったところで、そのうち実際にボクが作成したものは、精確に勘定をしたわけではありませんが、1200~1300記事ほどであると思われます。そして、その残りの多くは、書籍からの引用部分を記事としたものであり、これらは特に文章が書けないと悩んでいた、ブログ開始当初の頃に多く作成していましたが、次第に対話形式のオリジナル記事の作成へと移行して行きました。

この対話形式での記事作成は、当時は書き易かったために用いたわけですが、現在になってみますと、不思議なことに、あまり書き易いとは思われないのです。これは習慣の変更をボクの精神が驚いているからであるのか?あるいは、現在主流となっている独白調での記事作成を継続することにより、ボクの精神に何らかの変化が生じたからであるのか分かりませんが、書き手であるボクとしては興味深いと思うところです。

また今後、機会を設けて対話形式での記事作成を、ある程度の期間継続してみますと、何か新たな変化を見出すことが出来るようになるのかもしれません・・。

しかし、そうした変化は上述のように、わずかには感知されるのですが、であるからと云って確立された自分の文体の認識は未だに出来ず、そこから、1500近く記事作成を行ってきても、わずかに文章作成がスムーズになったことを感じる程度であり、独自の文体獲得の認識は未だ訪れないと云うことが出来ます・・(苦笑)。あるいは、こうしたことは人によって異なるのかもしれませんが、何か一般化し得る変化の過程といったものはあるのでしょうか・・。

ともあれ、そうしたことを気にしつつも、現在に至るまで、記事作成を継続出来ているということは、センスの有無は別としても、文章作成自体は嫌いではないということにはなるのでしょうか・・。こうしたことに関しても、ボク自身では明確な判断は出来ず、他方で「では、何故これまで記事作成を続けたのか?」と問われますと、少し考えてしまうのが実情であると云えます・・(苦笑)。

そういえば、先日読んだ書籍の「はじめに」に誤配の重要性が書かれていましたが、その意味では、当ブログもまた、さまざまな誤配あるいは偶然によって始めたものであると云えます。そして、その誤ってボクに配られた「運」によって始められた当ブログが、今に至るまでどうにか続いているということには「何か大きな意味があるのかもしれない」とも思われ、そこからも、やはり現時点では、ブログ記事を作成しているボク自身についての判断や言及は避けておいた方が良いのではないかと思われるのです・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2021年3月21日日曜日

20210320 分野により言語体系(文化)が異なることから思い出したこと・・

今回の記事投稿の後、更に2記事更新することにより、かねてよりの目標であった1500記事に到達します。また当初、今月中での到達を目指していましたが、現状から考えてみますと、それは特に無理なく成し遂げることが出来るのではないかと思われてきます。

とはいえ、未だ目標には到達していませんので、あまりそうした絵空事を書くのも如何なものかとも思われるのですが、それでもなお、今回目標としている1500記事は、1000記事到達以降からは、思いのほかに苦労続きの道のりであり、書いているボクからしても「よくもあそこ(1000記事)から更にここまで書き続けることが出来たな・・。」といった思いがあります。

しかし同時に、こうした思いは不思議なほどに、感動や感慨といった感情的要素には結び付かず、ここにおいては、ただただ文章が先に進むことを急かすばかりと云えます・・(苦笑)。もちろん、であるからと云って、さきに述べた思い自体が捏造というわけではなく、おそらく、ある程度普遍的であると思われるのですが、このように文章作成を行っている時とは、その時の臨在的な感情から、ある程度距離を置くことが出来ていると思われるのです。そして、そのために、さきに書いたような認識が出来るのではないかと思われるのですが、このことは、おそらく、口語と文語との相違と関係があるようにも思われますが、もう少し精査してみますと、何か面白いことが分かるのではないかと思われます。

また、口語と文語を含めた言語にて苦労したのは、歯系院に進んだ時であり、当分野の文献を読んでみても、その内容は分からず、また、さまざまな発表で用いる文章の作成も当初それなりに苦労しました。しかし同時に幸運であったのは、私が入った研究室は、以前にも書きましたが、歯系分野でありながら、研究室の長である教授が歯科医師でないことが少なくない分野であり、そして、私の指導教授もまた歯科医師ではなく、工学と歯学にて博士号を取得された所謂ダブル・ドクターでした。当時、当分野では、そのような研究者はあまりいませんでした。

ともあれ、そうした教授であることからか、当研究室の院生や院生OBの先生方もまた、少し変わっている方が多く、人文社会科学系の大学を卒業されて、社会人生活を経てから歯学部に入学された先生や、浪人や留年にて多少時間を掛けて卒業にまで至った先生もいました。そして指導教授は、どうしたわけか、そうした先生方から大変人気がありました。こういった研究室の事情もあってか、私が人文社会科学系を背景とした歯科技工士であることは、そこまで大きな負い目としては感じられなかったのだと現在となっては思われます・・。

それでも当初は「毛色が違う変なヤツが来た」ということからか、色々と云われた記憶もありますが、実験が次第に進み、学会発表などを重ねていくにつれて「コイツにも長所のようなものがあるのかもしれない・・。」と思われたのか、あまり云ってこなくなり、むしろ、人文社会科学系のことについては訊ねられるようになりました・・。

そして、そうした経緯もあってか近隣の専門学校の歯科衛生士学科での教養科目(英語)を「コイツにやらせてみるか・・」となったのではないかとも思われますが、そこから、どうにか学位取得にまで至り、その後、生きるために色々とやっていますと、書籍を読むという癖は多少衰えたとはいえ続いていますが、ボクの場合、放って置きますと、人文系の乱読に走る傾向があることがわかりました・・(苦笑)。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2021年3月19日金曜日

20210319 本日の外出時の服装から思ったこと【時にはこういう記事も・・】

当記事を含めて、残り4記事の投稿により1500記事に到達します。とはいえ、そうした実感は未だ皆無であり、おそらく、この調子にて実際1500記事に到達してみても、それらしい感慨といったものは生じないように思われてきます。

それでも記事作成を行わないと目標への到達はありませんので、今回につきましても、つい先ほどから記事作成を始めた次第です。

さて、本日は日中は外出していましたが、陽が出ている間は暖かく感じられ、歩いていると少し汗ばんでくるほどでした。また、本日の服装は、白の無地Tシャツの上に同じく白のオックスフォード素材のボタンダウンにの下はリーバイスの505、そしてベルトは愛用しているホワイトハウスコックス社のブラウンメッシュベルトで、靴は以前にも記事にてとり上げた黒のダナー・ライトを履き、ジャケットはバブアー社の黒オイルドコットン生地のインターナショナル・ジャケットを着て、背中には10年来、相変わらずのグレゴリー社のバックパックを背負っていました。

こうした自分の服装については、これまでにあまり書いてきませんでしたが、本日の服装は、現在のボクの中ではお気に入りであり、靴については以前にも書きましたので、ここでは触れませんが、上着のバブアー社のインターナショナルジャケットは、ポケットが多く収納力があり、且つミリタリーっぽく見えず、また、無造作に着ていても、それなりにオシャレに見えると思われることから、ボクのような不精者向きであると云え、さらに、防水機能を持つオイルドコットン地であることから、ある程度の降雨には対応可能であり、かなり優秀なジャケットであると云えるのですが、惜しいことには多少値が張り、現在は程度の良い古着にて購入した2着(黒・紺)を保有するのみとなっています。

また、このジャケットの下に着るシャツについては、かねてよりインディビジュアライズドシャツ社の白オックスフォード素材のボタンダウンを合わせてみたいと考えているのですが、このシャツはボクにとって大変高価であるため、未だに1枚も購入出来ていません・・。

くわえて、ジーンズとベルトについても、今後、このスタイルに合うものをさらに検討したいですが、同時にボク自身の体型についてもあまり変化しないように気を付けた方が良いのかもしれません・・(苦笑)。

ベルトについては、さきに述べましたホワイトハウスコックス社のメッシュベルトは2003年に購入した記憶がありますので、かれこれ18年程用いており、時々手入れはしていますが、未だに全く問題なく現役であり、おそらく、現在私が使用している衣服類で最も古い部類に入ると云えます・・。

このベルトはかなり迷った末に購入したものですが、現在、こうして意識してみますと、同タイプの色違いも今後機会を見つけて購入してみたいと思うようになりました。

ジーンズは、以前ほどの興味はないものの、先ず価格が妥当であることと、穿いた時のシルエットがバランス良く細身になり、ダナーライトを履いた時にダブつかず、動き易くて穿き込んでいくうちにアジが出て来るデニムであれば良いと考えていますが、実際のところ、これら全てを満たすジーンズは未だ見つかっていませんので、良い一着を見つけるためにボチボチと試着を通して探して行こうと思っています。

ちなみに、これまでで良いと思ったのはユニクロのセルビッジレギュラーフィットジーンズであり、この1本は特に高価でもなく、シルエット、素材感も良く、大変コストパフォーマンスの良い1本であると思われます。

そしてここ最近は、再び帽子を被る習慣を身に着けようと思っているのですが、一端帽子を被る習慣から脱した後に再び帽子を探そうと試着してみますと、何故か、どれも似合わないように思われてくるのです。これはおそらく外観の「慣れ」であるとは思うのですが・・こうした心理もなかなか興味深いものであるのかもしれません・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設



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20210318 記事作成に伴う「表出」と「表現」について思ったこと

目標としている1500記事まで残り当記事を含めて5記事の投稿となりましたが、相変わらず欝々とした気分は続き、また、記事作成時に感じる「圧」のようなものも変わりません。

そうしますと、こうした「楽しくはない」状況にて作成した記事に果たして意味があるのだろうか?と考えていますと思い出されるのは先日投稿の記事においても抜粋引用させて頂いた「サイファ 覚醒せよ!」内記載があった「表現」と「表出」の違いです。

当著作内記述によりますと「表現」とは「相手がいて、その表現を理解し、それに対し何らかの印象を持った」ということであり、他方、「表出」とは「エネルギーをある対象に注ぎ、その「表出」行為の後にカタルシス(感情浄化)が生じる」こと、となっていました。

これまでボクは上記のように「表現」と「表出」の違いについて意識したことはありませんでしたが、この記述を読み、そして、これまでの経験を参照してみますと、たしかに、そうした違いはあるように思われてきます。また、その視座から考えてみますと、ここ最近の投稿記事は、「表出」において特徴的である作成後のカタルシス(感情浄化)はあまり感じられず、また「表現」において特徴的と云える、記事を読まれた方々の理解、そして、何らかの印象を持って頂いたかについては、精確には分からないものの多少の反応はありましたので「皆無ではない」といったところになると思われます。

また、「表出」に付随するカタルシス(感情浄化)については、今しばらく記憶に基づいて考えてみますと、記事作成当初の頃は、それなりに感じられており、また、それがあるからこそ継続することが出来ていたのだとも云えます。しかしながら昨今は、それに慣れて麻痺してしまったのか、さきに述べました通り、あまり感じることはありません。しかし他方で、記事作成を止めていますと、調子が悪くなってきたり、あるいは、さらに気分が欝々としてきますので、やはり記事作成によるカタルシス(感情浄化)自体はあるのではないかと思われます。

そうしますと「1500記事近くまで積み重ねてきた「表出」によるカタルシス(感情浄化)の実感は、どこに行ってしまったのだ?」といった疑問が生じるわけですが、ボクが思うに「実名を晒して文章を継続的に公表する」という行為に付随する、さきにも述べた「圧」と「表出」に伴うカタルシス(感情浄化)は互いに相殺し合うものではないかと思われるのです。そして、それを続けること、言い換えますと、その行為を日常化することにより、わずかにカタルシス(感情浄化)が「圧」に勝る状態が醸成され、そうして、さらに記事作成を続けることが出来るようになるのではないかと思われるのです。

つまり、以前にもこの表現は用いましたが、まさに感覚的には「自転車操業」に近いのではないかと思われるのです。とはいえ、やはりボクとしては、何らかの実感し得るカタルシス(感情浄化)も欲しいとは思うところですが、それは今しばらく記事作成を継続していますと、何かがボンヤリと見えてくるか、あるいは突然生じるようなものではないかと、これまでのボクの経験は語ります。

また、私見としてはカタルシス(感情浄化)は別言しますと「生きていて良かった」といった実感であると云えますが、これは、これまでのあまり幸運とは云えないボクの人生においても幾度かはあったと云えますが、しかし、それらの具体的内容を書くことについては、以下の記述が思い出されることから、どうも躊躇してしまうのです・・。

“No, it is impossible; it is impossible to convey the life-sensation of any given epoch of one’s existence-that which makes its truth, its meaning-its subtle and penetrating essence. It is impossible. We live, as we dream-alone.”
Joseph Conrad Heart of Darkness Collins Classic P.32

「・・そう、それは無理だよ。自分の存在の忘れ難い一時点で覚えた生の感覚というものを、他人に伝えるのは不可能なんだよ。その感覚こそが人生の真実、その意味ーその微妙で深く浸透する本質なのだが。無理だな。ちょうど夢を見るのと同じように、僕らは生きているんだーただひとりぼっちでね・・」
ジョセフ・コンラッド著 藤永茂訳「闇の奥」三交社刊 pp..74ー75

しかしそれでも、何時かは書いてみたいと考えてはいますが・・。

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2021年3月18日木曜日

20210317 スパイラルのもとにあるものとしての思想について・・【ヒトは自分がされたことを他者に対しても行う】

 本日の首都圏は日中を通じて温暖であり、既に冬は過ぎたように感じられました。しかし同時にここ最近は、新型コロナウィルス感染症の変異種の感染者数が増加しつつあるとのことから、相変わらずの油断の出来ない不安な状況と云えます・・。

さて、昨日の投稿記事は、思いのほか多くの方々に読んで頂けました。読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。そして、当記事では、主に我が国にて人が人に対応する際の「癖」のようなものを書いたと云えますが、そこから思うことは、我が国にはどうしたわけか、人間に対する考え全般に、あまり思想的な厚み、歴史を経て蓄積されたものが乏しく、あるいはまた、古来より我が国の社会とは、それで済む、分かり合える社会であったようにも思われるのです。

それは「そうしたことを考える機会が歴史を通じて乏しかった」というよりも、さらに深いところの「そうしたことを考えてしまう性質が乏しかった」のではないかと、ボクには思われるのです。(巨視的には民族的な均質性ゆえにか?)

以前読んだ書籍に、たしか19世紀始め頃、帝政ロシアの船が蝦夷地(北海道)周辺にポツポツと出没する頃になりますと当時、蝦夷地を治めていた松前藩か幕府出先機関が、この地の更なる警備強化の命を受け、何れかの数人が蝦夷地北方の海岸付近に見張り小屋を建て外国船に対する警備をすることになったのですが、その記述によりますと、彼等は本州と比較すると寒さの厳しい蝦夷地であっても、あまり寒さを防ぐといった居住についての工夫などはせず、そのまま次第に寒さのため衰弱していったとのことでした。おそらく、全てそうであったとは思われませんが、しかし、往々にして、江戸時代のお侍さんとは、このような感じであったのではないかとも思われるのです。また、そうした振舞いとは、ひと昔前、昭和あたりには珍しくなかった「全く家事をしない一家の主人」にも親和性があり、これらは同じ精神的な系譜上にあるように思われます。

こうした態度は、見方次第でさまざまな表現が出来ると思われますが、一つには「潔い」といったコトバで表すことも出来るのではないかと思われます。そうしますと、それは太平洋戦争時の旧日本軍による決死的な攻撃の背景にある精神構造にも類似すると思われてきます。端的にそれらは「自分の生への執着を少なくし、任務完遂には執着する」といった、ある種、自己犠牲的な精神とも見受けられますが、この精神は、さまざまな組織において、特に従業員や被治者が持つべき徳目としては極めて有効であることから「任務完遂は誰・何のため?」といったことはあまり考えられることはなく、現在に至るまで(金科玉条のように)生き永らえているのだと思われます。

しかしながら一般的に「ヒトは自分がされたことを他者に対しても行う」と云われることから、こうした精神構造を持つ方々が、人々を治めるようになりますと、まさに無意識のうちに、その従業員や被治者に対しても自己犠牲を強いるような施政になることは火を見るよりも明らかであるとも思われるのです・・。

そのように考えてみますと、身体的な快適さを求めることも特に悪いことではなく、また、そこでさまざまな経験を経ることにより「快適さ」の質なども実感を通じて理解出来るようになるのではないかと思われるのです。

そして、そこで初めて「自己犠牲」と「快適さの追求」のバランスを取ることが出来るようになると思われるのですが、しかし、ここでとても重要であると考えるのが、この二つを理論的に結節させる観念・思想の存在です。

おそらく、歴史を通じ我が国の社会では、この観念・思想が不在であるか、あるいは普遍的なものが存在しないのではないかと思われるのです。(ガラパゴス?)

そして、多くの人々は薄々気が付いていたのかもしれませんが、それがないことが明らかになってしまったのが丁度、新型コロナウィルス感染症に社会全体が見舞われている現在といったところではないでしょうか?

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2021年3月16日火曜日

20210316 旧日本陸軍の兵員輸送と戦後の人文社会科学分野でのマスプロ教育について思ったこと・・

数年前からでしょうか、我が国の所謂「官」がおかしくなっているように思われます。あるいはこの流れは、主に民間企業に付随する文化が「官」にも影響を及ぼすようになってきたことから生じているようにも思われるところですが、国の経済状況が停滞・退潮気味になってきますと国は、そうした状況下で、なおも好況である業種・企業を見つけ、そこから次の発展へと繋がる何かを見出そうとするのでしょうが、しかし、かつての自動車や電化製品のように、他国企業が既に製品を製造・販売していても、それよりも安価にて性能の良い製品を製造すれば、国際的販路を開拓・確保出来ていた時代はすでに過去のものとなり、現状は、製造業全般については我が国よりもはるかに安価で性能も問題ない製品を大量に製造できる国があり、また同時に、昨今のコンピューター、インターネットを用いる、各種産業についても我が国は他国から遅れを取り、右往左往している状況と云えます。

つまり端的に、次の時代において、どの産業がより多くの利益を得られるかについて、そして、その産業に、どのように我が国の企業が食い込んでいくかが、現在の我が国にとって大きな課題であるように思われます。(そうしないと国の税収が大きく減りますから。)

そしてまた、こうした大規模な潮目の変化においては、多少キツイ表現を用いますと、近代以降からこれまで、あたかも、さきに述べた自動車や電化製品の製造のように行ってきた高等教育機関での学生教育の手法あるいはそれを支える価値観もまた、大きく考え直す必要があるのではないかと思われるのです。

とりわけ人文社会科学系分野においては、60年代学生運動の一つの契機となった所謂「マスプロ教育」は、少子化によって改善されつつあると聞き及びますが、これは出来る限り早く止めた方が良いと考えます。乱暴な表現を用いさせて頂きますと、人文社会科学系分野における「マスプロ教育」によって現在の我が国の停滞は齎されたとも云えるのではないでしょうか?

元々あまり興味があるか、ないかも判然としない状態で、教え手側の熱意も伝わらない大講義室での講義を受けると、どのようになっていくか考えなかったのでしょうか?これは特に優秀な学生達にとってはあまり関係ないことであるかもしれませんが、ボクを含め、そうではない数多くの平均的な学生にとっては、極めて重要なことであると考えます。

そして、こうしたことから、先日投稿の山本七平著作からの抜粋記事に記載の旧日本軍の輸送船による兵員輸送と類似あるいは同一とも思われる精神構造が見出されるのです・・。(たしかにその間には20年程しか時間の隔たりはありません。)

そのように考えてみますと、現今の我が国の苦境もまた「仕方がない」とも思われてきますが、しかし、これを今後少しでも良い方向に流れを変えたいのであれば、人文社会科学分野全体の学生数を減らし、その代わりに医療・介護系分野の国家資格職種を養成する専門職大学を全国に新設し、あるいは、都市部の経済的に余裕のある比較的規模の大きい私立大学は、国家資格職種の養成を行う近隣の専門学校を吸収し、それを新たな学科・学部として改組するのが良いのではないかと考えますが、さて如何でしょうか?

そこで不図思ったのですが、歯科の単科大学が、歯学科および歯科衛生学科だけでなく、管理栄養学科や言語聴覚学科などを併設してみますと面白いのではないかと思われます。ちなみに歯科技工学科は、今後、歯科技工作業全般のデジタル化に伴い、歯科医師・歯科衛生士の一職分となり、学科的には歯科衛生学科に吸収されるのが妥当と思われることから、記載は省きました。

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2021年3月15日月曜日

20210315 継続的なブログ記事の作成があまりスゴくない理由について・・

以前にも記事題材として書きましたが「ブログ記事の作成は1000記事を過ぎてからが勝負」とのことですが、たしかに1000記事到達以前の頃と比べますと、1500記事への到達を間近に控えている現在は、記事作成時に感じる圧のようなものが、徐々に大きくなっている感じがあります。ここは、何も考えずに記事作成を行うことが出来れば良いのですが、他方で、そのように思えば思うほどに、記事作成時に感じる圧は大きくなるといった性質があるようにも思われます・・(苦笑)。

とはいえ、記事作成時の圧はどうであれ、記事作成自体は今しばらく続けませんと、当面の目標としている1500記事まで到達出来ないことから、本日については、比較的帰宅が遅かったにも関わらず、さきほどから記事作成を始めた次第です。ここで作成した記事が果たして本日(20210315)分として投稿できるかどうかも現時点では全く不明であるとは云えますが、何れにせよ、とりあえずは書き続ける以外ないようです・・(苦笑)。

さて、ボクが作成しているブログ記事を時々読んでいると直接聞いたことがあったのは、文系院時代からの友人のみであり、この方は時折電話にて話していますと、読まれたブログ記事についてのことを会話に交えたりしますが、その他の方々からは、どうしたわけか「ブログを読んでいるよ。」といった反応を聞くことはありません。

それでも、数人の方々からは、ボクが何か継続的に書いていることはご存知であるのか「そこまで継続的に文章を書けるのはスゴイよ。」といった主旨のことは云われたことがありました・・。

しかし、この「スゴイよ。」とは、書いているボクからしますとスゴいものではなく、むしろ、何か強迫観念のようなものによって記事作成を行っているようにさえ感じられ、そこから不図、トーマス・マンの「トニオ・クレエゲル」作中の「文学は天職ではなくて、ひとつの呪いです」という北杜夫のどくとるマンボウ」シリーズにも何度か登場するコトバが思い出されます。

もちろん、私は今現在、文学・著述によって生計を立てているわけではありませんが、それでも、文章を書き続けるということ行為自体に、何かしら、否応のない向き、不向きといったものがあるのではないかと思われるのです・・。それはスポーツでの才能のように。そして、文学の場合は、スポーツでのそれとはまた異なり、簡単には富やそれが齎す市民的幸福には結節し難いといった性質があるのではないかと思われるのです。そして、そうした事情を背景として、以前の投稿記事の「太平洋戦争について述べた著作を読んで思ったこと「シビュラの書」末尾にて「文系の師匠が仰っていた「歴史の女神様はとても嫉妬深くてね、この女神様に好かれると、他の女性はどうしても近寄って来れなくなるんだよ(苦笑)。」といった冗談めいたコトバですが、当時は「何をカッコ付けているのだろうか?」と割合冷やかにこれを眺めていましたが、現在になりますと、何となくその意味、そしてそれ以上に、その背景にある悲哀のようなもののが理解出来るように思われます・・(苦笑)。」にも共通したものがあるのではないかとも思われるのです。

ともあれ、以前であれば、さきの「トニオ・クレエゲル」内のコトバと、文系師匠のコトバを結び付けようとは思わなかったところを、こうして記事を書き進めて行くうちに、繋がったということは、もちろん、その繋がり・関連性自体には議論の余地が多いにありますが、それでも、こうした、いわば文章による抽象化を行ったところではじめて感知されるものとは、ボクとしては、それなりに大事なことであるように思われるのですが、さて如何でしょうか。

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2021年3月14日日曜日

20210313 2日間 記事作成を休んで思ったこと・・経験とアウト・プット?

 ここ2日間ほど、当ブログそしてツイッターからも離れていましたが、そこから、やはり、こうした時期も必要であることが分かりました。特に夕刻過ぎにおいて、ブログ、ツイッターから完全に離れますと、ボクの場合、読書が大変捗ると云えます。また、他方で、読書が進みませんと、新たな作成記事の題材も徐々に枯渇してきますので、それらに充てる時間の配分は、今後もし、記事作成を継続するのであれば、少し考えた方が良いのかもしれません。

また、今後首尾良く1500記事まで到達することが出来ましたら、その後1~2週間ほど、ブログ、ツイッターから離れてみようと思います。そして、その間に集中して読むことの出来なかった書籍を重点的に読んでみようと考えています。ともあれ、これまで5年以上にわたり、どうにかブログ記事の作成を継続してきましたが、その期間とは、明確に断定することは出来ませんが、少なからず、これまでのボクの読書を含めた全ての経験をもととして作成してきたとは云えるはずです。あるいは、人によって程度は異なるのかもしれませんが、さまざまな経験の文章化を可能にするためには、やはり、ある程度の読書経験や、文章を読むことが日常化されていないと困難であると思われますので、端的に現在とは、これまでの読書経験と、その他の経験をもとにして、どうにか5年以上ブログ記事の更新というアウト・プットに至り、そして、現在において、これまでにも何度か経験したスランプ状態にあり「記事作成が出来ないのではないか?」と怯えつつ、こうして新たな記事作成を行っている状態と云えます・・(苦笑)。

しかし、こうして作成した記事に何らかの「読むに値する何か」があるのかどうかについては現時点では全く分からず、ただ、ある人は、1500記事到達まで、あと数記事の投稿の状況に至っても、こうした記事を作成している(た)ということは、ブログ記事作成における典型的な模範とはなり得ないものの、まあ「そうしたものなのか・・。」といった記録の一つとしては、あっても良いのではないかと思われるのです・・(笑)。

そして、まさにそうしたところにこそ、たとえわずかではあれ「読むに値する何か」があるのではないかと書き手としては期待するところなのです・・。

こうした心情を「自分勝手」であると思われる方々もいらっしゃるかもしれませんが、しかし、もともと、こうしたブログなどは、そもそもが「自分勝手」な表現であり、そして、ここもあるいは少し大事なことであると思われるところですが、「自分勝手」でなく「他者への何らかの有益な情報の提供」を、その動機としているブログなどの発信は、往々にしてあまり長期にわたる継続には至らず、むしろ「自分勝手」で始めて、その自発性によって為されているブログの方が、長期にわたる継続に結び付きやすいのではないかと思われるのです。

そして、その「自分勝手」にて作成された記事や文章のなかに、時折何か「面白い」ものがあると思われるのですが、それでも、そうした「面白い」ものとは、書き手の、それまでの、読書を含めたさまざまな経験をもとにしているため、やはり、さきに述べたように新たな文章作成の資源としての読書が必要であり、重要であると思われるのです・・。

また、その意味で1000記事への到達までと、1000記事到達後の現在目指している1500までの期間では、明らかに後者の方が辛いとボクの経験は語ります・・。また、この感覚を認識しているのは、ボクの精神であると云えますが、その精神は何を根拠にそのような判断をしているのかと考えてみますと、もちろん、さきに述べました通り、明確に断定することは出来ませんが、それは「ボクの読書経験が、これまでのアウトプットによって少し目減りしている」からであるのではないかと思われるのですが、それでも、この程度まで自転車操業的ではあっても、継続出来ているのであれば、この先1500記事まで、すなわち、あと9記事程度は、今月内にて、どうにか作成出来るのではないかとも思われるのです・・。

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2021年3月10日水曜日

20210310 「凪」のような状態から発して思ったこと:「靴」から始まり・・

 この先、凡そ2日に1記事の投稿ペースにて、今月中に1500記事への到達が叶いますが、今後も休みは取りつつも、出来るだけ毎日の記事投稿を目指していきたいと思います。とはいえ、本日は「凪」と云って良いのか、PCの前に座りしばらく経ってもなかなか着想・アイデアが湧いてきません。これが調子の良い日であれば、既に記事あらすじが脳裏に浮かんだ状態でPCに向かい、単にそれを文章化していくといった流れになりますが、実際のところ、そこまで調子の良い日はあまりなく、それよりも、本日のような外出らしい外出をしなかった日の記事作成は、さきに述べたように「凪」に近い日が多く、これが地味ながら記事作成に困難さを覚えるのです・・(苦笑)。

そうしたことからも、昨日、一昨日の投稿記事にて述べましたが、ボクの場合「徒歩での移動」が記事作成に少なからぬ意味を持っていると云えます。また、その意味から徒歩を支える「靴」については「服飾品の一つ」と見做されがちですが、ボクにとっては「日常で用いる道具」といった認識の方が強く、また、そうした靴を選んでいると思っています。

そういえば、靴こそは衣服以上に性別によって異なり、男性の靴は、全般的に「道具」的なものが多く、対して女性のそれは「服飾品」に近いといった傾向があるのではないかと思われます。その意味でスポーツ・シューズはユニ・セックスと云えますが、あるいは男女共に同じ型のスポーツ・シューズを履き、そしてジーンズを穿くようになりますと、社会全体のユニ・セックス化の下準備が為されるのかもしれません。その意味で、双方の近現代での発祥地と云えるのがアメリカ合衆国であることは、当然と云えば当然であるのかもしれませんが、それなりに面白いことであるようにも思われます。

また、個人的には、アメリカ合衆国に対する思い入れは、そこまで強いものはありませんが、世代的なものであるのか、こと靴や洋服に関しましては、それとは別次元にて、どうも否応なく魅かれてしまうのです・・(苦笑)。たとえば輸入洋品店に置かれている、多少値が張る革製品の匂いやボタンダウンシャツやチノクロスパンツやジーンズなどの、あの独特の匂いが、おそらくは、それらと遭遇した高校生の頃から好きなのです・・(苦笑)。

そういえば、かつて裏原宿に「プロペラ」という輸入洋品店、というよりも当時の語感でアメカジショップと云った方がスッキリとするお店がありましたが、このお店は、店の軒先にプロペラが掲げられているのが特徴であり、また、その店内が何と云いますか「海外の倉庫」といった雰囲気が強く、現在では分かりませんが、ほぼ同時代の渋谷の「バック・ドロップ」そして代官山の「ハリウッド・ランチ・マーケット」にも相通じるものがあったと記憶しています。

そして、その店内の匂いが、木材の防腐剤(クレオソート?)というのでしょうか、その匂いと、置かれている舶来の服や小物の匂いが混淆として、一種独特な匂いが充満していました。そのためプロペラで購入した商品は、しばらくの間、その匂いが取れずに、おそらくは分かる人には何処で購入したか分かっていたのだろうと思われます。

ともあれ、ボクはそうした中で、先日投稿の記事にて挙げましたダナー・ライトやラッセル・モカシンと遭遇し、双方共に高価であったため、長い間購入出来ませんでしたが、それから10年程経って、ようやく購入することが出来ました・・。

おそらく、前世紀90年代に青春を過ごされた世代の方々には、この嗜好様式をご理解頂けるのではないかと思われますが、しかしまた、現在になって思うことは、おそらく、そうしたモノに基ずく、即物的とも云える感性による価値観のみでは、何と云いますか不充分であり、そうした価値観から出発して更に構築された、他の観念的、抽象的な価値観あるいは思想を持つことにより、さまざまな事物の普遍的性質にまで達することが出来るのではないかと思われるのです・・。

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2021年3月9日火曜日

20210309 1490記事到達、達成感よりも欝々とした心情が勝る中で思ったこと・・

 以前の投稿記事にて「出来るだけブログ記事の文章は、形而上的である方が持続可能性がある。」といった主旨のことを述べましたが、それに対して昨日の投稿記事においては、ホテルフロント時代の経験から始まりましたが、全体としては主にモノについての意見を述べるといった感じの記事となりました。「これは矛盾ではないか?」と考えられる方々もあるいはいらっしゃるのではないかと思われます。しかしながら、多くの神経が集まる足を包むものとは、形而上的な作業を行うにさいしても大変重要な部位であり、ボクの実感からしますと、より多く歩き活動した日の方が、そうでない日と比べて、スムーズな文章作成が出来るといった傾向があるように思われます。

端的には、当ブログとは、主として散歩を含めた徒歩での移動と読書と日々の経験によって成立していると云えます。くわえて、現在もまた”緊急事態宣言下”にある首都圏ですが、昨年春のそれの時は、かつてないほどに人出が疎らであり、帰郷早々カルチャーショックを受けた記憶があります。また、そこから私も世間並に出来るだけ外出を控え、あまり靴を履かない自粛期間を過ごしましたが、同時に、その時のストレスによって悶々とした精神状態をバネとして一連の「架空の話」を書き始めたとも云えます。こちらも、今後、出来るだけ近いうちに続きを書き始めたいとは考えていますが、おそらく、それは当ブログが1500記事に到達した後になると思われます。

さて、1500記事と云えば、今回の記事投稿により総投稿記事数が1490に到達し、あと10記事の投稿にて当面の目標である1500記事に到達することが出来るわけですが、それでも、かねてよりの欝々とした精神状態は好転することなく、また、よく分からない圧のようなものは徐々に高くなり、記事作成を多少困難に感じさせるのですが、それと同時に、これまで記事作成によって得た経験や慣れから、どうにか毎回の記事作成を行っているのが現状と云えます。

おそらく、何であれ、あまり目標を意識し過ぎるのも良くないと云え、そうしたこともあり、以前の大きな到達地点であった1000記事の際は、あまり目標などと意識しないようにして、到達後もしばらくの期間は、何事もなかったかのようにして記事作成を続けた記憶があります・・。

しかし、その点において、今回の1500記事到達は多少事情が異なると云え、おそらく、その到達後は、しばらく書き続けることはせずに休息期間を設けたいと考えています。そして、その後また再度書き進めて行きたいと漠然とながら思ってはいますが、そこで果たして2000記事を目指すかどうかについては、現時点では全く考えていません・・。

また、側聞するところによりますと、ブログを3~4年継続するのは、それなりに希少であり難しく、そして1000記事以上の投稿もまた、それなりに困難であるとのことから、当ブログは、これらの見方によりますと、それなりに頑張っている方であるとも思われるのですが、おかしなもので、そうした情報を認識したこの期に及んでも、その実感は皆無に近く、むしろ欝々とした心情が相変わらず奥に控えて、ただただ記事作成を促しているように感じられるのです・・。

こうした心情の様相をあるいは「強迫観念」と称するのかもしれませんが、私にとっては、この心情がさらに活動を続け、そして次なる文体の相に至ることが出来るのではないかとも思われるのです。

そういえば、ここで突然「文体」というコトバが出ましたが、口語であれ文語であれ、その人独自の文章のリズム、癖というものは、おそらく、その当人が思う以上に強いものであり、また、そうしたものの集合体、あるいは最大公約数的なコトバ・観念が、同時代の時代精神に強く影響を及ぼしているのではないかとも思われます。

そして、この視座から、ここ最近の我々の社会を見ていて思うことは、たとえ明るくない状況にあっても、嘘でもいいから、とにかく明るい、前向きなコトバを発しようとしていることですが、それがやはり嘘(コトバとその本来示す意味が乖離する)ですと、徐々にそのコトバの本来の意味から離れていってしまい、何であっても明晰に考えられなくなってしまうのではないかと思われるのです。

その意味で、ボクが考えるに、現在の社会状況とは、後年になり歴史として記される段階になりますと「平成時代から次の令和時代においては、徐々に進行する経済力の衰退に対応するように、言語とその指し示す意味が乖離してゆき、また、文化においては活字文化が更なる衰退を辿り、それに代わってマンガ・アニメなどが主要文化と見做されるようになっていった。それはあまり文字に依拠しない、視覚・感覚的なものであると云え、この一連の時代では、PCやそれを基礎とした情報技術の進化によって、より一般的な文化は、視覚優位の状況に進んでいった。」といった感じになるように思われます・・。

*最後に、やはり靴だけは、出来るだけ、身の丈より少し上の高品質のものを履いた方が良いと思われます。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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