2017年4月6日木曜日

20170406 高等教育における文系学問と実学系学問との正反合・止揚の具体案・・?

以前より続く不景気の影響によってか、あるいはそれ以前からの文化的土壌によるものか、我が国の高等教育における文系諸学問の価値とは、軽視されがちであると云えます・・。

こうした状況の直接の淵源とは、近代以降の我が国において、欧米文化が大々的に流入、そしてそれ以前の社会に接ぎ木されたことではないかと思われます・・。
現代日本の開化

さらにそこから、実学系の一部の分野を除き、高等教育にて為される学問、研究の内容が、実際の日常生活から縁遠いものとなり、卒業後においては、実質的にその学問に接する機会は限局され、そしてそれに対する興味とは減衰してゆくものと思われます・・。

しかし一方、そこで為される教育が、近代以前から連綿と続く、接ぎ木ではなく、一枚岩的なものであったとすれば、さきに述べたような高等教育と実際の日常生活との乖離は生じなかったのでしょうか・・?

これに対しても簡単に返答することは困難であり、あるいは我が国において高等教育として位置づけられる学問(実学、実務的なもの以外)とは、古来より日常生活を基盤とする感覚、観念から必然的に乖離するような(普遍的な)性質を持っているのではないかとも思われることがあります・・。

いや、こうしたことは世界においても少なくない類例もしくは傾向があるのかもしれませんが・・。

ではそこで特に我が国において何が問題であるかと考えてみますと、文系諸学問の高等教育にて得たことが、その後に接する実社会において役立てられることなく打ち捨てられ、忘れ去られ、単に学歴を示す指標となることではないかと考えます・・。

しかしながらその一方で、自身はこれまでの経験から、何らかの技術体系の習得を要する実学的な学問もまた極めて重要であると考えております。

また、それは同様に自身の経験から文系諸学問とも何らかのカタチで結節することが可能なものではないかと考えます。

さて、そのような状況、考えを正反合、止揚させてみますと、具体的にはどのような考えが浮かぶのかと申しますと・・。

我が国の文系学問を主軸とする諸大学と端的に実学系といえる医療、介護系の諸専門学校とが合併し、ある個人が一つの学部、学科での四年あるいは六年間の科目履修を通じ、双方を融合させたような学問体系を会得し、そして医療、介護系の資格を得ることが出来るようにすることです

これは現時点においては荒唐無稽ではあるかもしれませんが、同時に来たるべき時代情勢に対する一つの創造的そして持続可能性のある対応の仕方、方法ではないかと考えますが、さて如何なものでしょうか・・?

とはいえ、その前提として極めて重要なことは、双方共にホンモノを感知し学問に対する能動性を得ること(それがまさしく持続可能性の基盤、原動力となる)ではないかと思われます・・。

そしてまた、このことはイギリスの経済学者が云う『経済騎士道』あるいは『冷静な頭脳と温かな心』の礎になるのではないかとも思われるのです・・。

また、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。


去る2016年に発生した熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして復興を祈念しております。