2018年10月23日火曜日

20181023 【対話形式】地域による帰属意識と背景文化の違いについて・・

A「昨日もブログの更新が為されていませんでしたが、どうかされたのですか?」

B「ええ、昨日は単純に帰宅が遅かったことからブログの更新はしませんでした。それでも21日投稿分の記事は思いのほかに多くの方々に読んで頂いており、そこから、時には対話形式にて書くのも悪くないなと思いましたね・・(笑)。また、それと同時に、どうした理由によるものか対話形式にて文章が書き易い時期と、そうでない時期があるようで、現在は対話形式の文章は比較的湧いてくるように思われます。」

A「頭の中の口語脳と文語脳みたいなものがあるのでしょうかね・・?あるいは左脳と右脳の機能の違い、もしくはそれらをつなぐ脳梁に何かしら微細な変化が生じるのでしょうかね・・?まあ、それはともかくとして、私も21日投稿の記事は読ませて頂きましたが、それに関連してBさんは徳島に在住していて、かつて淡路島は徳島の一部であったというようなご意見を聞くことはありますか?」

B「いえ、それはこれまでのところありませんね・・。また、その意味で面白い対称を示すのが、鹿児島県と宮崎県の都城市ですね・・。昔は薩摩飛脚というコトバがあるくらいに閉鎖的であった薩摩藩ですが、当時、都城は薩摩藩の藩領であり、同時に薩摩島津家発祥の地とも云われているのですが、どうした経緯によるものか、都城は現在の都道府県では鹿児島県に隣接していながらも鹿児島県ではなく、宮崎県の一部なのです・・。宮崎県と云いますと北部の延岡市なども宮崎県の一部ですが、都城市と延岡市を比較してみますと、その違いはおそらく、同じ千葉県に属する浦安市銚子市よりも大きく違うのではないかと思われるのです・・。」

A「ああ、都城ですか・・たしかにあそこは何故鹿児島県でなく宮崎県であるのか不思議なほどに鹿児島の文化が強い地域ですね・・。しかし、地方などに行きますと、割合そうした地域がありますね・・。たとえば、以前Bさんが在住していた和歌山県、紀伊半島の南東部、内陸の山間地域にある東牟婁郡北山村は周囲を三重県、奈良県に囲まれている中での和歌山県の飛び地であり、かなり特徴的ですよね・・。」

B「ええ、北山村は和歌山在住時に何度か行ったことがありますが、あそこは新宮川の支流である北山川が村内を流れていまして、往時はこの北山川を利用して、山林で伐採した樹木を以て筏を組み、下流にある新宮まで流していたことから、特に新宮との関係が深くなり、後に自身の属する地域を定める際、新宮と同じ和歌山県にしたというハナシを聞かせて頂いたことがあります。」

A「はああ、北山村にはそんな経緯があったのですね・・。まあ、それでも昔は現在以上に河川が大きな交流手段であったのでしょうね・・。それに多くの国の古くからの都市には大体河川が流れていますからね・・。」

B「そうです。・・そしてこの視点が和歌山県での銅鐸の出土傾向を考えてみる上で、なかなか重要な視座といいますか基軸でして、単純により多くの人口を水稲耕作によって養うことが出来る広い沖積平野を持つ河川流域に多くの銅鐸が出土するというわけはなく、また同時に、出土した銅鐸の新旧様式の相違を河川流域毎にプロットしてみますと、それはそれでなかなか面白く、そこから自分なりに仮説を立てて、それを念頭に置きつつ、あらためて関連する書籍などを読んでみるのがなかなか面白いのです・・(笑)。」

A「はああ、以前の専門分野のネタに近づいてきますと、さすがに話すトルクが上がってきますね・・(笑)。」

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!
~書籍のご案内~
増刷決定!
ISBN978-4-263-46420-5

医歯薬出版株式会社


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前掲著作の筆頭著者である師匠による歯科材料全般、あるいはいくつかの歯科材料をトピックとした勉強会・講演会の開催を検討されておりましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年にわたり大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂きます。

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