2020年9月23日水曜日

20200923 記事の共有をしていて時折生じることから思ったこと・・【ブログ記事作成の継続のために大事なこと】

 当ブロガーにて作成した記事をツイッター、フェイスブックなどで共有していますと、時折、ある特定の記事にインプレッション、閲覧者が集中するといった事態が生じることがあります。そこから「何故、この記事が今読まれるのだろうか?」といった疑問が生じるわけですが、こうした疑問はこれまで自身の中で明解な答えに至ったことはありません・・。

そして、ここにこうしたことを記している理由は、本日また、それに類する事態が生じたことによるのですが、これについても、さきと同様、答えらしきものは思いつかず、見つかっていません・・。

あるいは今後、そうしたことも分かるようになってくるのでしょうか・・?いや、こうしたことの精確な経緯とは、自身にとって、あまりにも複雑であるように思われることから、今後も分かるまでには至らないと思われます。多少残念ではありますが・・(苦笑)。

とはいえ、こうした時折生じる事態は、少なくとも、自身に新たなブログ記事作成のネタを与えてくれるものでもありますので、それはそれでありがたく、あまり過度な理解への期待など抱かず、とりあえず、こうして記録に留めるだけでも、自身にとっては、それなりに意味があるのではないかとも思われます。

昨日投稿の記事にも書きましたが、現在はスランプ気味といって良い状態であり、調子が良い時のような「この題材をもとに記事作成をしよう・・」といった感情は湧かず、中身が乏しくなったチューブから無理やり押し出しているような感さえ多少感じます・・(苦笑)。

あるいはしばらくの期間、記事作成を止めて、そのネタとなる読書や他の経験に時間を割いた方が、その後の記事作成にも弾みがつくのかもしれません・・。

しかし、一方で、現在よりもさらに記事作成を面倒に感じるようになり、そのまま止めてしまう可能性もなくはないと思われることから、やはり、ここは出来るだけ記事作成を行った方が良いのではないかとも思われるのです。

そうした状況下で、さきに書いたような記事題材となり得る事態が生じることにより、現在の記事が作成されていると云えますが、ともあれ、それでこの程度まで書くことが出来れば、それはそれで自身としては及第の域には達したと云えます・・(笑)。

また、その背景には、現在読み進めている大岡昇平著「俘虜記」の文体があるのではないかと考えます。たとえ記事題材となり得る事態が存在しても、それを文章として表出するためには文体が不可欠であり、それは題材となる事態と等価に重要なものであると考えます。そして、この文体とは、それまでの経験の蓄積によって個人に定着しているものであると同時に、その最表層は、直近の文章的な刺激に左右される性質があるのではないかと思われます。そのため、ブログ記事ではあっても、個人を感じさせる文章の継続的な作成のためには、作成者にとって良質と感じられる読書もまた継続した方が良いのだと思われるのです・・。

そして、ここに自然科学系学問のさらに根幹部・基礎にある人文社会科学系学問の重要性があるのではないかとも思われるところです。多少ハナシを広げ過ぎた感はあるかもしれませんが、さて、如何でしょうか?

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!




ISBN978-4-263-46420-5

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