2017年5月31日水曜日

20170531 文章作成を向上させるものは・・不可知な感覚?

A「昨日投稿分の記事は前二記事ほどではなかったものの、割合多くの方々に読んで頂けました。

また、これまでに気にしていなかったことですが、自身の苗字を著名な検索エンジンにて調べてみますと、ほぼ1頁目に、このブログが掲載されていることが分かりました。

とはいえ、こうしたことは普段使用しているパソコンが使用者の検索のクセなどを加味して、さきの結果になっている可能性もありますので、今後更なる検証が必要であるのかもしれませんが・・。

またそれに加え、もとより自身の苗字はあまり多く見受けられるものではないことから、その検索結果の1頁目に当ブログが掲載されているからといっても、それは特に喜ぶほどのことではないのかもしれません・・(苦笑)。

ともあれ、今後もあまりそういったことを気にせず、考えずに書き続けて行こうと思います・・(笑)。

また、そうこうするうちに、あと数記事の作成、投稿によって総投稿記事が640に到達し、とりあえずの目標である650記事も、あまり先のことではないように思えてきます・・(笑)。

そして、もしも首尾よく650記事まで到達することが出来たなら、その次は700記事目を指すことになるのでしょうか・・?

また、それに関連して時折思うことは『自身の場合、どの程度記事を作成し続ければ、あまり苦もなく1000~2000字程度の(ある程度中身がある)文章を作成することが出来るようになるのであろうか?』ということであり、これに関しては、以前よりかは、多少楽になりつつあることを感じますが、それでも決して簡単というわけでもなく、時折は半ば朦朧としながら作成しているのが現状であるといえます・・(苦笑)。

そして、それに関連して思い出したことは、以前文系の師匠と話していた際に『そうだね、調子の良い時は一晩で4000~5000字程度書けることがあるね・・。」と聞き、それに対し『どうしたらそのように文章がスラスラと書けるようになるのですか?』と尋ねたところ『・・う~ん、決してスラスラというわけではないれれども、他の似たような作業を行う職種の方から聞いたところによると、どうやら創造の神ミューズ、ムーサのようなものがいるのかもしれない・・とのことであるから、自分なりにそういったことを考えてみれば良いのではないかな・・?』とのことであり、あまり明確な回答ではありませんでしたが、こうしたことは、あくまでも個々で異なることから、各自で色々と試みるのが良いのだと思われます。

また、たしかに自身の場合においても、さきに述べた通り、以前よりかは文章が書き易くなっている感はありますので、未だコトバにならない、いわば『不可知な感覚』といっても良いものであるのかもしれませんが、それでも多少は何かを掴みつつあるのかもしれません・・(笑)。

そして、こうしたことを書いておりますと、今度は以前に読んだ森見登美彦著『恋文の技術』という書簡体の小説を思い出します・・。

この作品においても主人公がさまざまな手紙をはじめ文章の作成に呻吟する様子が描かれており、これは概ね笑いながら読んだ記憶がありますが、その主題とは、なかなか深いものであったと現在となっては思われる次第です・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」









20170530 20170527・28の続き

どうしたわけか、昨日投稿の記事もまた、投稿翌日にしては割合多くの方々に読んで頂けたようですが、それ以前に投稿した学会行きの連作記事が多くの方々に読まれていたことから本日投稿分の記事はまた、先日来の続きを書いてみようと思い立ちました・・(笑)。

ホテル到着後、我々は早々にチェック・インを済ませ、用意して頂いていた夕食代わりの軽食を食べ、明朝の朝食会場に行く時刻を決め、各自の部屋に入り休むことにした・・。

案内されたホテルの部屋は、単身の宿泊客にとって聊か広すぎるものであり、またベッドもセミダブル程度のものが二つ置かれていたと記憶している。

部屋に入り荷物を自分なりに所定の場所に置き、旅装を解き、バスルームでお湯が十分出ることを確認した後、旅の垢を落とすつもりで割合長時間入浴した・・。

11月とはいえ、当地では少し以前より雨季に入っており、夜間であっても決して涼しいとは云い難く、どちらかというと蒸し暑いくらいであった。

入浴を終え、歯を磨き、空港にて購入したミネラルウォ―ターを飲みながらしばらく呆然として、少し我にかえり、テレビを点けてみたものの、あまり意味が分からないことからすぐに消し、独り予演を二回くらい行った頃に適度に眠くなり床に就いた。

この時、はじめての慣れない土地での就寝にもかかわらずスムーズに寝入ったと記憶していることから、やはりそれなりに旅の疲れがあったものと思われる・・。

翌朝、ホテルロビーの待ち合わせ場所に行ってみると装飾が施された鍵盤打楽器の演奏が行われており「なるほど、ガムランの国に来たというわけか・・。」と一人合点したものの、どうしたわけかそこで思い出されたのは、アニメ映画の「AKIRA」の冒頭シーンであった・・(苦笑)。

ともあれホテル食堂にて朝食を摂り、大学側が用意してくれたバスに乗り、学会場に向かった。

学会場は大学の大会議室のような場所であり、歴代の学長らしき方の肖像画が壁面に並んで掛けられていた。

また、階下のホールでは、いくつかのグループの学生さん等が石製の床に直接座り話し合ったり、ノートパソコンを操作していた。

おそらく気温の高いこの地では、ヒンヤリとした石製の床は心地よく、勉学も捗るのかもしれない。

しかしまた、我々がその床に靴のままにて入ってしまうことに多少の戸惑いをおぼえたことを憶えている・・。

学会初日は一般発表はあまりなく、招待講演などが多かったと記憶しているが、また我々の発表本番がその翌日であることから、この日、他の方々の発表は、あまり余裕を持って聞くことができなかったのかもしれない・・(苦笑)。

それでも、この日に先日空港にて声を掛けてこられた先生の講演が為され、自身には分からない専攻分野であったにもかかわらず、その講演内容説明の上手さに秘かに感銘を受けたことは憶えている・・。

学会初日の発表が終わり、次は宿泊ホテルにてレセプションが開催されるとのことで、来た時と同様にバスにてホテルに帰り、一通り身支度を済ませ、会場に向かった。

会場には既に開催地であるインドネシアをはじめ、インド、東南アジア、韓国、中国といった、まさしくアジア各国からの参加者が集まっており、壮観と評して良い景色であったと思う。

我々は日本からの出席者が集まっているテーブル区域の一つのテーブルに着いた。

テーブル上には招待状が置かれており、そこにはインドネシアの宮廷式料理が供され、また伝統的なが舞踊が演じられる旨が英語にて記されていた。

概ね出席者も席につき、開宴時刻になると、先方大学の男女の学生さんが、見事な英語で、招待客一つ一つのテーブルに廻り『何処から来たのか、何を楽しみにしてるのか、このレセプションを楽しんでください』といったことを述べて各々の紹介とした。

正直この時の料理のことは憶えていないが、その後で演じられた舞踊が見事であり、またその踊り手が皆、開催大学の学生さんであったことには驚かされた。

そして、この時、かつて師匠がインドネシアを招待講演にて訪れた際に見た踊りの踊り手が開催大学の学生さんであったことを驚きをもって我々に話されたことが想起された。

レセプションは夜半過ぎ(21:00頃)閉会となったが、はじめて飲んだ現地のビールに気をよくした私は、閉会後に独りでホテルから出て、近隣のコンビニ?何でも屋?のようなお店に行き、ペットボトルの飲料を数本購入し、部屋に戻り風呂に入って少し酔いを醒ましてから、昨日と同様、独り予演を何回か行った後、歯磨きをして床に就いた。

今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺の諸地域において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
























2017年5月29日月曜日

20170529 エピソード記憶と意味記憶、音声言語と文字言語などについて・・

A「直近ここ二回の投稿記事は思いのほかに多くの方々に読んで頂けました・・。

また自身としても、かつての記憶に基づいた記事を作成している方が、あまりハナシの展開などを気にせずに書くことが出来ることから、そうした記憶が何らかの契機、刺激によって励起されている状態であれば、かなり書き易いと云えます・・(笑)。

また、こうした記憶とは、先日聞いたハナシによりますとエピソード記憶というものに分類され、それは情動を伴う、かなり具体的な記憶であるとのことです・・。

それに対し、意味記憶というものもまた存在するとのことですが、これは意識して憶えた事柄、つまり学習などによって培うといった性質が強いものであるとのことです・・。

その意味において、冒頭にて述べた直近二回の投稿記事とは、たしかにエピソード記憶に基づく傾向が強いといえますが、自身の場合、おそらくそれ以前に、根本においてエピソード記憶優位といった性質を持っているのではないかと思われます・・(笑)。

そして、このことから多少敷衍して考えてみますと、少なくとも個人レベルにおいて、あるいは一般的な見地からにおいても、エピソード記憶とは、音声言語あるいは口語と親和性があり、意味記憶とは文字言語あるいは文語と親和性があるのではないかと考えられますが、如何でしょうか・・?

さらに文系学問でのさまざまな領域において、ある程度まとまった歴史(思想史、軍事史、文学史など・・)を扱う分野においては、基本的に、エピソード、意味双方の記憶(知識)を持つことが重要ではあるのですが、それをまとめ上げ、モノガタリと為す場合について考えてみますと、されはやはり音声言語、口語、エピソード記憶的な要素の方がより重要であるのではないかと思われますが如何でしょうか・・?

そして、そのように考えてみますと、歴史とはいくら洗練、抽象化し、公式のような普遍性を持った図式にて展開することを説明することが可能になった場合においても、その根本、基層にあるものが、さきに述べたような情動を伴うような記憶であることから、国内地域間、国際間にて共有、認識され得る通史的なもの、モノガタリとは成立が困難ではないかと思われるのです・・。

とはいえ、そうしたこと(国内地域間、国際間における通史の編纂)を実際に試みることによって、さまざまな地域、国レベルでの歴史認識の相違といったものが明瞭化され、それによってはじめて、明瞭化された相違点を包括し説明し得る歴史像の編纂が可能になるとも思われますので、とりあえず専門家、研究者レベルにおいて、そうした試みを為すことは有意義ではないかと考えます・・。

また、そのような経緯を経て、はじめて国レベルでのエピソード記憶とも云えたものが地域、国際間にて通じる意識化された、意味記憶に転化することが出来るのではないかと思われるのです。

さらに、そうしたことから、ある意味我々とは、日常生活におけるさまざまな刺激からも半ば無意識的にではあるかもしれませんが、エピソード記憶を意味記憶に転化する作業を行っているのかもしれません・・・。

今回はとりとめのないハナシではありましたが、以降また、記憶が励起される契機を得次第、これまでの記事の続きを書いてみようと考えています・・。

口承から、それを筆記、そして筆記されたものを更に洗練し、簡潔な文章にする作業』

また、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」









20170528 昨日の知人との会話にて思い出したこと・・【昨日の続き】

本日は久しぶりに文系院時代の知人と割合長時間にわたって話す機会を持つことができました・・。

そのため、その対話から惹起した考えを本日分の記事主題にしようと思いましたが、その一方、昨日分の投稿記事も思いのほか多くの方々に読んで頂けたことから、本日はその続きを書こうと思います。

本日の対話の記憶はまた熟成?された後に題材にします(笑)。

そこで我々は「あそこの日本人グループに飛行機は何時に飛ぶ予定か知っていますか?」と聞いてみようと内輪話をはじめた矢先、我々に話しかけてきた人がいた・・。

「もしかして君たちは***学会に参加する方々ですか?」

それはスーツ姿の若干細身の壮年男性であり、また、その口調は明瞭であり、若干高めの関西イントネーションが入ったものであった。

我々のうちの一人が、おそるおそる「はい、そうですが・・もしかして先生も***学会に参加されるのですか?」と尋ね返すと
「ええ、私も参加者です。どうやらジョグジャカルタ行きの***便は遅れているようで、さきほどまで色々と聞いて廻っていたのだけれど、君たちはこの便が何時頃飛ぶか知っていますか?」とのことであった。

それに対して「はい、実は我々も同じ***便に搭乗予定なのですが、このフライト予定時刻が知りたく、周りに聞いてみようと思っていたところなのです・・。」

「はあ、なるほど、お互いにフライト予定時刻を知りたいところなのですね・・それは困りました・・。」

そしてほんのしばらく沈黙のあと、おもむろに一人の現地人と思しき身なりのキレイな青年がこの男性に近づき、英語で何かを話しかけた。

その内容はこちらまでは明瞭に聞こえないものの、どうやら飛行機のフライト予定時刻に関することのようであった・・。

この会話が終わり、青年が手を振って別れたあと、さきほど話しかけてきた男性は我々の方に向かい「君たち安心してください、今聞いたところ、空港側からの最新の情報によると、あと1時間程で我々が乗る予定の***便はフライトするとのことです。」と云い足早にまたどこかに去って行った・・。

「あと1時間で飛ぶのか・・この情報は信頼して良さそうですね・・。」と一人が云うと別のサイエンス系に詳しい先輩が当初いぶかしげな声で「・・・あの顔、どこかで見たことがあるなあ・・。」と、しばらく考えてから、思い出したように「・・そうだ!多分今の先生は**大学の**先生だ!去年の***学会の招待講演で来ていた先生で、再生医療ではかなり有名な先生だ・・いやあ、すごい人に話しかけられたな・・。」と感激を交えて語った。

それを聞いた私はあまり事情に通じていないことから、ただ、スゴイ先生に話しかけられて、出発予定時刻まで分かったということで満足したが、後になり他の便で来られ現地にて合流した同じく事情に詳しい別の先輩院生に**先生について尋ねてみると「なに!君等空港で**先生に話しかけられたの?それはスゴイな・・!」とのことであり、やはりスゴイ先生であることが分かった次第です・・(苦笑)。

ともあれ、その後約1時間程待ったのち、飛行機は無事に離陸し、1時間程のフライトで目的地のジョグジャカルタに到着した・・。

時刻は既に夜となっていたが、空港では学会が開催される大学側から迎えの車が待機して頂いたことには感激した。

到着時刻が遅いということもあり、我々は空港から泊地であるホテルに直行したが、その途中の街並みは日本のそれとはまた違った感じで明るく賑やかであった・・。

ホテル正面入り口には検問所らしきものがあり、入場する車両を一台一台検査していた。

この光景から不図、この時持参していた小説「影の獄にて」を原案として映画化した大島渚監督「戦場のメリークリスマス」の一場面を思い出した。

ともあれ、ホテル到着後、我々は早々にチェック・インを済ませ、用意して頂いていた夕食代わりの軽食を食べ、明朝の朝食会場に行く時刻を決め、各自の部屋に入り休むことにした・・。
この日はこの日で、なかなか刺激の多い一日でした・・。

*続きはまた後日書いてみようと思います・・。

ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨年2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺を襲った地震により被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」





2017年5月28日日曜日

20170527 本日の知人との会話にて思い出したこと・・

本日は帰宅が遅くなったことから、ブログ記事作成を止めておこうと考えましたが、さきほどまで会っていた方々との会話にて過去のことが思い出されたため、それを題材として何かしら書こうと思い立った次第です。

去る2010年11月初頭、私達はインドネシアのジョグジャカルタにて開催される学会に参加するため、鹿児島を発った。

とはいえ、鹿児島からインドネシアまでの直通便はないことから、一旦関西国際空港まで行き、そこからジャカルタ行きの便に乗ることとなった。

また、関西国際空港発ジャカルタ行きの便の出発時間が割合と早かったことから、前日に大阪入りし、なんばにて一泊することになった。

鹿児島を発ち、伊丹空港まで行き、そこから陸路にてなんばまで行ったが、なんばに到着したのは、たしか夕刻前、午後3~4時くらいであったと記憶している。

そのまま、何もせずに前泊地であるなんばの宿に滞在するのも面白くないと思い、私は南海線にてかつて滞在した和歌山まで足を伸ばすことにした。

南海線の和歌山市駅に着いたのは、夕刻であった。
その駅前の街並みは季節のためか既に薄暗かったが、それでも約3年振りの和歌山市駅に私は大興奮して、そのまま駅前の大通りを直進し、和歌山城を左手に眺めつつ三年坂通りまで出て、そこで左折、直進し、岡公園のところで右手に入り刺田比古神社に参拝した。
また幸いなことに、この時刻でも社務所は開いており、参拝の後に絵馬を一つ頂いた。
この絵馬はインドネシアまで持参し、帰国後お師匠のもとに送った。

この神社が古代豪族大伴氏の氏神を祀る一つの社であると聞いていたからだ・・。

この参拝により、この度の急きょの和歌山行きの目的を果たしたような気分となり、私は軽い足取りにて、和歌山市駅までぶらくり丁を経由しつつ帰った。

時刻は既に午後7時を過ぎており、殆どの店は閉まってはいたものの、かつて時折通ったカレー屋、交差点を渡ったところすぐにある和歌山ラーメン(中華そば)の店は開いており、厨房の排気口から流れてくる匂いにより和歌山在住時の記憶が刺激された・・。

そしてまた、去る四月に勉強会で和歌山を訪れた時もまたこれと同様の経験をした・・。

和歌山市駅に到着すると、特に理由はないものの後ろ髪を引かれる思いでなんば行きの切符を購入し、帰路についた・・。

なんばの宿に着後、既に時刻も遅かったことから私は学会に同行する院の先輩方と会うことなく、そのまま部屋に戻り、風呂に入ったのち、持参した小説ローレンス・ヴァン・デル・ポスト著「影の獄にて」を読みながら寝入っていた・・。

翌朝の出発時刻は早く、ホテルロビーにて先輩院生等と待ち合わせインドネシアに向けて出立した。

学会開催地周辺(ジャグジャカルタ)では以前から続いていた近隣の火山噴火(ムラピ山)によってスケジュール通りの航空機の運航が危ぶまれていたが、関西国際空港発ジャカルタ行きの便は特に支障なく出発した。

飛行時間は概ね7時間程度であったが、この間、私は持参した小説を読んだり、寝入ったりを繰り返していた・・。

そうしてジャカルタには無事に着いたものの、我々の行く先とは、そこからさらに国内便に乗る必要性があり、この国内便が、さきの火山噴火によって、かなりスケジュールが乱れていた。

仕方がないので、我々は一通り空港内を徘徊し、出発便の待合所にてしばし時間を潰すことになった。

しばらく待合所にいると、周囲にも、同じ目的を持った日本人らしきグループが散見していることに気が付いた。

そこで我々は「あそこの日本人グループに飛行機は何時に飛ぶ予定か知っていますか?」と聞いてみようと内輪話をはじめた矢先、我々に話しかけてきた人がいた・・。

*続きはまた思い出した時に書いてみようと思います・・。

ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨年2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。









2017年5月26日金曜日

20170526 新規の知見・論証の仕方などについて・・

昨日分の投稿記事も思いのほか多くの方々に読んで頂けたようです・・。

さて、あらためてこの記事を読み直してみますと、記事前半部と後半部の書籍からの抜粋引用部の間に多少論理の飛躍が認められるとも思われましたが、輿論凝集の速度と、それを構成している各個人の意見、すなわち内面における活力とは、輿論の凝集速度が外部環境(機器の整備、上からの政策など)によって、より早くなると、その構成分子である各個人の内面の活力といったものは、その『速度』によって、一見活発に動いているように見えるものの、それは単に周囲の環境に対しての反応あるいは対応しているだけであり、この判断は難しいのかもしれませんが、厳密な意味での内面活力の発露、能動性、内発性といったものに関しては、必ずしも活性化しておらず、むしろ疲弊、劣化していることの方が多いのではないかと思われます。
特にそうした状態が継続する場合においては・・。

そして、そこまで書いてみてはじめて記事前半部と記事後半部の書籍からの抜粋引用部との間に断層のない何かしらの繋がりらしきものを見出すことが出来るのではないかと思われましたが如何でしょうか・・?

また、それに関連して『これまでに作成した一連の記事において果たして新たな知見の指摘などはあったのであろうか?そしてそれは誰が判断するのであろうか?』といったことを書いたことがありましたが、おそらくその『新たな知見』というものにも幾つかの種類があり、それが比較的明瞭であるのが、おそらく理系学問分野のそれであると思われます・・。

自身は以前、そうした分野の一つにおいて、新たな知見とまでは行かなくとも、その一般化にわずかに寄与する程度のデータを示したことはあったのではないかと考えます。

とはいえ、そのデータも現在となっては既に過去のものであり、かつて私が行ってきた実験の対象であった歯科材料およびその加工機器の系自体がその後大きく進化発展を遂げたのです・・。

また、そのような進化発展が速い比較的新しい材料であったからこそ、当時、さまざまな従来の実験方法によって得た知見が新規のものとして認識されていたのではないかとも思われます・・。

そして、ここまで書き、期せずして記事冒頭部に述べたことと何やら類似するような感じを受けましたが、果たしてそれは気のせいでしょうか・・(笑)?

いや、ともかく、気のせいであろうがなかろうが、あくまでも個人的な考えではありますが、現在継続しているブログ記事の作成とは、一面において、その当時行ってきたことを自身への定着化、血肉化を試みるため、あるいは自身を燃え尽き症候群にしない(戻さない)ために行っているともいえるのです・・(苦笑)。

ここまで書きますと『その間に如何なる関連があるのか?』と思われるかもしれませんが、自身にとってはその間には多いに関連があるのです・・(笑)。

さて、ハナシを少し戻して、その他の『新たな知見』について考えてみますと、文系学問分野においては一般的に理系学問ほど、それが明瞭ではなく、文系学問においてはむしろ文章の運び、論の進め方といった『論証の仕方』に、より新たなものとしてのの価値が置かれていることが多いのではないかと思われます・・。

つまり、文系学問の場合、結果は既出の文献と同様であったとしても、その『論証の仕方』の方がより重要であると云えるのです。

無論、これは理系学問においても同様であり、その過程の厳密さが求められるのですが、しかし、理系学問においては、どちらかというと『結果における新しい要素』が我々の生活の変化に何かしら関与することが多いことから、そちらの方により重点が置かれるのではないかと思われますが如何でしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺の諸地域にて発生した地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」


2017年5月25日木曜日

20170525 意見統一の早さとその内容について思ったこと【書籍からの抜粋引用あり】

既投稿の記事で、多くの閲覧者を得た記事を紹介する記事は時折作成してみると良いのかもしれません・・(笑)。

さて、ここ最近は人と話していても、その人がどちらかといえば保守的な考え方であったとしても、社会におけるさまざまな価値が混乱していると認めることが多いように思われます・・(まだまだNは少ないですが・・)。

あるいは、こうしたことは通常であっても都市部において、より顕著に認められることである(価値の新陳代謝が激しい)と思われますので、現状とは、それに拍車が掛かってきているということになるのかもしれません・・。

そして、その原因の一つであったのか、あるいは結果であったのか分かりませんが『とりあえず表層さえ良ければいい』といった野狐禅的ともいえる考えが(特に都市部、首都圏において)普通、自然となっているように思われます・・。

無論、自身においても、そのことに無縁ではなく、正直なところこの記事を書いていても、多少身につまされるものがあるのですが・・(苦笑)。

また、おそらく社会のある部分においては、変わることなく、脈々と続いている文化といったものも少なからずあるのでしょうが、一方、大々的な宣伝、広告活動が為される都市部、首都圏においてはマスメディアと、そうした広告主企業が連携協力(結託)して、さきに述べたような価値の混乱、そして『表層さえ良ければ・・』といった、見方によれば活気はあるものの、いささか上滑りな一連の文化を惹起、助長しているようにも思われるのです・・。

とはいえ、昨今こうしたことは各方面においても見受けられることであり、あるいはこうした各方面での一連の現象とは聊か短絡的であるかもしれませんが、スマートフォンの普及と何かしら関連があるのではないかと思われますが、如何でしょうか・・?

つまり、スマートフォンの普及した国の社会において周辺国際情勢が緊張すると『より速い速度にて』国内社会における国粋的、排外的傾向の増大、凝集といった現象が認められるようになるのではないでしょうか・・?

そして、それはスマートフォンの普及により増大、凝集といった『我々の内面における動的要素』は早くなるものの、同時にそれは活気はあるものの、いささか上滑りなものとなってしまうのではないかとも思われるのです・・。

そして、ここまで書いており不図想起した文章がありましたので、以下にそれを示します・・。

筑摩書房刊 丸山眞男著 「忠誠と反逆」pp.110-111より抜粋引用


ISBN-10: 4480083987

ISBN-13: 978-4480083982

内面的な被縛感およびそれと不可分に結びついた忠誠の自発性が、忠君愛国象徴の普遍化に比例して弛緩し、体制への大量的なコンフォーミティが造出されるようになった日露戦争頃を境として、青年層とくに知識青年層の「遼陽の大激戦よりも寧ろ壮士芝居の評判に多く心を動かす」気風(徳富蘇峰)、「国家よりも個人を重んじ、政治家よりも俳優を志望する」傾向(三宅雪嶺)がいたるところで語られるようになった。
蘇峰が「憂ふべきは非戦論者にあらず無戦論者なり」として、「吾人は今日生噛りのトルストイ論を受け売りする輩に与せずと雖も、彼等は少なくとも眼中国家あり。
・・聊か与に談ずるに足るを認む。
但だその国家存亡の大事を余所に見て、何等の喜憂を覚えざる、無頓着の輩に至りては、殆ど済度の途に窮せざるをず。
・・・知らず、現在の青年に果たして此の無戦論者無きを証言し得る者ある乎」(「青年の風気」明治三十七年九月)といっているように、こうしたアパシイはまぎれもなく忠誠と反逆との双方からの隠退にほかならなかった。
しかしその由って来るところがどこにあるかは、自由民権的発想の「旧時代性」を指摘し否定することからその「平民主義」を発足させ「将来の日本」を展望した蘇峰によってではなく、かえって三宅雪嶺などの「伝統主義者」によって鋭く認識されている。
すなわち雪嶺は、「国家を無視するの思想の蔓延」憂慮する者が「大抵防止の方法として愈々益々教育勅語を普及すべしと」いうけれども「事実に於いて、勅語の奉読の、徒に形式に流るる」点を衝き、むしろそうした「冷国家」「熱個人」(蘇峰の表現ー前掲論文)の傾向こそ、明治政府が数十年前に、「民権運動の頓に興隆し、之に気勢を添ふるの青年になるより、苟も学校に奉職し又は在学する者は、決して斯かる運動に加はるべからざる旨を訓令し、尚ほ自由民権に類する思想を教科書より除かしめ」るといった教育方針が漸く結実したものである、「権力者は教育の心得のある凡物を使用するの便利を覚え、権威を仮して教育家を支配せしめ、予期の如く平穏無事なるを得たるも」結局「ニ三十年を経て予想以上の結果」をもたらすことになったと指摘した(「国民思想の頽唐を防ぐの便法」『想痕』大正四年、所収)。

今回も、ここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部、福島県周辺の諸地域において生じた地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」



2017年5月24日水曜日

20170524 これまで5月内で最も多く読まれた記事について・・

A「昨日分の投稿記事は思いのほか多く読まれており、少し驚きました。

さて、今月も後半に入ってよりしばらく経ち、もう間もなく6月となりますが今月5月にて最も多く読まれた記事は5月5日投稿分の『再び荷物の整理をしていて思ったこと【書籍からの抜粋引用あり】』であり、次に多く読まれていた記事との差はあまり大きくありませんでしたが、ともかくそのような結果となっております。

おそらくこの記事は記事後半の書籍からの抜粋引用部が興味を惹いたのではないかと思われますが、たしかに、ここで述べられているような考えとは、おそらく我が国において少なくとも広くは認知されておらず、また現今の社会情勢においてもより一層、高等教育≒職業教育の傾向が強まってきているものと考えます・・。

とはいえ、それは社会の趨勢であり、それに対しあくまでも反対し続けるのも実際問題としては困難であると思われますので、たとえば、高等教育における医療・介護科目あるいは技術科目の選択必修化といったことは、自身の経験から、あながち悪いことではないと考えます・・。

何故ならば、我々人間とは、実際に手を用いる何らかの継続的な作業を通じて、より、その思考、思想が練れてくるのではないかと考えるからです・・。

つまりは、そのような実際の作業経験を通じ理系学問に対して興味が湧く方もいるであろうし、一方、そこでの経験から文系学問への興味が加速する方も少なからずいるであろうということです。
おそらく、作業経験が理系あるいは文系学問への能動的な興味に発展するのかとは、その個々人の基層にある天然の資質にかかっているものと考えます。

そして、当然ではありますが、そこには本質的には学問間の上下関係はありません・・。

そこではじめて、さきに挙げた記事抜粋引用部のミルの主張および同著者の文章を引き論を進めた福沢諭吉の精神とも、どうにか折り合いがつくのではないかと思われるのですが、如何でしょうか?

とはいえ、そこで重要なことは、それら科目群【医療・介護・技術】が必修になる場合において、能動的な興味を惹起させずにそれらが単に創造的回避、処理の対象としてしまってはいけないということです・・。

【小林秀雄が『教育とは、教育者が現れることだ』とどこかで述べておりましたが、それはこうした意味もあるのかもしれません・・。
また、このことは高等教育のみならず、どの教育段階においても共通して云えることではありますが・・。】

おそらく、近代以降の我が国の教育制度とは、その早急な近代化、西欧化を推し進めるあまりに、制度、カタチの輸入、定着ばかりにこだわり、その持続的な発展性、持続可能性についてはあまり考えてこなかった、考える余地がなかったのではないかと思われることがあります・・。
【こうしたことは軍隊教育を具体例として述べられることが多い。】

そして、その悪弊とは、戦後期においても受け継がれた結果が現在のあまり芳しくない諸状況ではないかとも思われます・・。

そういえば、ここまで書いており不図思ったことは、先日読了した増田俊也著『七帝柔道記』の登場人物たちのハビトゥス福沢諭吉著『福翁自伝』のそれに近いのではないかということです・・。

興味を持たれた方は是非読み比べてみてください・・(笑)。

ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」





20170523 迷信ではないと考えますが不可思議な現象:集合的無意識・シンクロニティー

本日も若干帰宅が遅くなり、日をまたいだ現在【24:22】より記事作成を開始しております。

また、さきほど気が付いたのですが、昨日の記事投稿によって総投稿記事数が630に到達しておりました・・(笑)。

そしてあと残り20記事にて600記事から700記事到達までの路程の半分に至るわけですが、おそらくそれは来月6月中には達成することが出来るのではないかと思われます・・。

さて、つい先日、文系の師匠より届いた封筒に先月刊行された書籍の序論部が掲載された冊子、別刷が同封されており、本日これを読了しました。

この書籍は主に歴史、国際政治について書かれたものですが、その序論部においては歴史の定義、語源よりはじまり、如何なる経路によって各国が保持する固有の歴史認識がさまざまな国際間での摩擦の原因となっていくかが述べられており、ある意味タイムリーであると思われました・・。

また、それに加えて、これまでに自身が作成したブログ記事においてもいくつか、歴史あるいは歴史認識を主題としたものがありましたのであるいはそれに対する一種の反応、返答であったのかもしれません・・。

また、こうしたことを書いており不図思い出されることは、これまでに開催された勉強会において、発表内容は各々に任され、また、その発表内容について互いに相談することなどないはずであるのに、それぞれの発表内容が関連していたり、あるいはその骨子部分となる論理のメカニズムに類似性が認められたことです・・。

勉強会後にこれを不思議に思い、他の出席者である知人に聞いてみたところ「ええ、それはたしかに不思議かもしれませんね、しかし、そういったことはあまり珍しいことでもないと思いますよ・・。」と、いたって平静な口調で返答されました・・(笑)。

こうした不可思議ともいえる現象がいかなるメカニズムにて生じるのか分からず、あるいはそれ以前に発表された内容などの間に類似性を看取する自身の感性の方が少し普通ではないのかもしれないとも考えましたが、こうしたことを疑いはじめますとキリがなく、本当に普通ではなくなりそうでしたので、自身の日常的な感覚を信頼し、おそらく、こうした現象の背後にあるものとはユング心理学でいうところの集合的無意識シンクロニティーによるものではないかと結論付けることにしました・・(笑)。

とはいえ、たとえその現象が集合的無意識から生じるシンクロニティーと称されるものであったとしても、それが何故、如何なるメカニズムにて生じるのかとは、依然分からず、また、おそらく今後も明瞭、論理的にこれを理解することは出来ないのではないかと思われます・・。

一方、あくまでも私見ではありますが一つ思うことは、こうした現象は、何かしら創造的な作業に熱中し、打ち込んでいる時期あるいはその直後の時期にどうも生じ易いのではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した一連の地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」


2017年5月23日火曜日

20170522 「ジレンマ・悩み」と「慎重さ、思慮深さ」について対話形式

A「本日の首都圏は日中気温も上がり、夏日といっても良い日でした。
地域によっては30℃以上にもなったとのことから、本日は全国的に夏日であったと思われます。

また、自身に関しては帰宅が若干遅くなったことから、本日に関してはブログ記事作成を断念しようと思いましたが、何かしら書いておかないと、多少多少気が咎めることから、現在、日をまたぐ寸前ではありますが、記事作成を開始した次第です・・(苦笑)。
習慣とはなかなか恐ろしいものではありますが、今後もし他の文書等の作成により記事作成を断念する必要がある場合は、躊躇なく記事作成を断念したいと考えております・・(笑)。

そして、本日に関しては対話形式にて記事作成を行います・・。

A「どうです、最近何か変わったことはありましたか・・?」

B「いえ、特にありませんが、また幾つか応募してみようかという公募職種を見つけました。」

A「はあ、そうですか・・それで、その職種とはどんなものですか?」

B「ええ、今回見つけましたのも大学でのコーディネーター職です。
もしかしたら、ここ最近こうした職種の必要性が高まってきているのかもしれません・・。
とはいえ、その職種が自身に合っているのか、再度応募要項、職務内容等をよく読んでみて応募すべきか考えることにします。」

A「・・しかし応募しないことには何も始まらないけれども、一方で、そのあたりはとても重要ですからね、それでもこれまでの経験でBさんも御自身のことが以前よりかは、よく分かってきたのではないですか・・?」

B「・・まあ、たしかにそれはそうなのですが、しかし私の場合は御存知の通り何の因果か、これまでにいくつかの分野、職種を横断してきましたので、他の方々に比べた場合、何といいますか、未だに自身の『専門分野』というものが我が事ながらよく分からない、分かっていないのではないかと思うことがあるのです・・(苦笑)。
とはいえAさんの仰る通り、それらには応募しなければはじまりませんので、その相反する要素【応募しなければはじまらない:自身のことがよく分からない】が自身の中で何とも云えないジレンマらしきものを引き起こしているのではないかと思われるのです・・。」

A「しかしそれは何でも新たなことにチャレンジする時は皆そのような感じではないですか?
はじめから進む方向や答えが分かっていれば、そうした悩み、ジレンマは感じることはありませんが、同時にそうであれば、そこに進化、発展といったものは無いのかもしれませんよ・・(笑)。」

B「ええ、それも仰る通りではあると思いますが、しかし実際に応募する側の立場からしますと『見つけたら、ただ応募すれば良い』といったものでもなく、実際は意味のないことであるかもしれませんが【どうしても】色々と考えてしまうのです・・。何故ならば、それは、自身の職務、自身の人生の方向を変えるものとなるかもしれないですので・・また、私ももう、決して若いとは云えない年齢ですからね・・。
そして、このことに関しては確かに以前よりかは多少は慎重にはなったのかもしれませんが、同時にその慎重さとは、さきほどの悩み、ジレンマと比例して随伴するものではないかとも思われるのです・・。
またその一方で、自身の将来について考えた場合、こうした大学での職種に就き、わずかではあるかもしれませんが、何らかの寄与が出来ること以外、あまり想像することが出来ないのです・・。」

A「・・はあ、そうですか、そうした悩みとは確かに多少は深刻ではあるのかもしれませんが、しかし、そのような感じで考え込むことが出来るのも、さまざまな意味で現在であるからこそ可能なことであるのかもしれませんよ・・。
ですから、とりあえず現在は、そうした悩みから逃げることなく、大事にして、粘り強く応対し続ければ、どのようなカタチであれご自身で納得のいく答えを得ることが出来るのではないでしょうかね・・。」

B「・・そうですね、おそらく多少時間がかかるかもしれませんが、それ以外に有効な解決方法はないのかもしれませんね・・。
また一方で、こうしたことはあわてても仕方がありませんですし・・。」

今回も、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺の諸地域にて発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」










2017年5月22日月曜日

20170521 昨日購入した小説から 【文章から滲出するものとは・・】

本日の首都圏は日中気温が上がり、夏日といっても良い陽気でした。

また、昨日購入した小説も半分以上まで読み進みました。
途中幾つかの箇所にて目頭が熱くなり、身体が火照るのを感じましたが、昨日も書きました通り、小説の読書を通じて、こうした感覚を得ることは久しくありませんでしたので、これは名著、名作であると私は思います・・。

また同時に、あくまでも自身の経験に基づくことですが、この感覚は、昨今世間にて話題となり、各種メディアにて取り沙汰されていることから書店にて立ち読みした幾つかの小説からは得ることが出来なかったものであり、おそらく、それら作品の間には何らかの違いがあるのではないかと思われます・・。

そして、そうした作品間の『違い』から生じることについて、もう少し考えてみますと、その一つの大きな要素とは読者層ではないでしょうか?

たとえば、現在我が国が世界に誇るノーベル文学賞候補ともなる作家の読者層と、冒頭に挙げた作品の読者層とは明らかに違うのではないかと思われます・・。

あるいは両生類をして戦後以来の我が国社会を寓話化した傑作とも云える著作を著し世に問うた作家の読者層とも、冒頭の作品の読者層とは微妙に異なるのではないかと思われます・・。

もしくは、さらに端的に、記事冒頭に挙げた作品を著した作家は、何と云いますか一般的な意味での『女性受け』を考えず【主要登場人物に女性が極端に少ない】に、あるいは、ただただ御自身の経験されたことを小説化しただけであるのかもしれません・・。

とはいえ、そのことから作品内での描写は優れ、同時にノンフィクション作品、ルポタージュとはまた異なった【当事者が語ることによる】迫真性を文章にもたらし、読む者に対し畏怖、感動、喜びといった情動の伝達を可能ならしめているのではないかと思われます。

そして、ここまで書いており不図想起したことは、奇しくも、この要素【当事者、経験者が書くことにより文章に迫真性をもたらし、それが読者に対して何かを伝達する】とは、以前投稿のブログ記事において書いた歴史小説、歴史を扱った著作への自身の考えとも通底しており、さらにそれは以前、自身のブログ記事について尋ねた方が「鹿児島での経験を書いた記事に割合面白いのが多いです。」と返答されたことにも共通する何かがあるのかもしれません・・。

相手の顔、態度が見えない文語、文章ではあっても、そこから感知される情報の信憑性、真偽などは、読み手によっては【ある程度】精確に伝わってしまうものであるのかもしれません・・。


とはいえ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した一連の地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。







2017年5月21日日曜日

20170520 新たに読み始めた小説から・・能動性と継続について【書籍からの抜粋引用あり】

本日は所用のため市ヶ谷~神保町方面に出向き、さきのブログ記事にて書いた夢野久作著「犬神博士」以来の新たな小説を購入しました。

この作品は以前から話題になっていたものと聞かされ、本日書店にて立ち読みしてみたところ、たしかに面白いと思われたため、購入に至った次第ですが、この作品の面白さとは、これまでに読んだ小説のなかでも特異なものであり、また大変読み易いため、読後3時間程度にて200頁ほどまで読み進むことが出来ました。

とはいえ、そのためか、アタマの中は未だボーッとし、意識の半分程度は作品のなかにあり、正直なところ、本日はブログ記事の作成を止め、この作品を読むことに集中してみようかとも思いましたが、同時に、その作中に描かれている『何かを継続することの大事さ』といった意識が励起され、本日分の記事作成を開始した次第です・・(苦笑)。

この作品を読んでいて思い出すことは、自身もかつて部活動にドップリ浸かっていたことです・・。
また、この時期の記憶とは現在となっては、随分と縁遠いものとなっていたと感じておりましたが、やはり、そうした記憶とは、失われるものではなく、何らかの契機、刺激により、思い出すことが出来るようです・・。

そこから、小説をも含め文章を読むということには、その内容を感じつつ【自然に】記憶するのと同時に、自身の記憶に対し刺激を与え、想起の契機を与えるといったデュアルな意味合いがあると云えます・・。

また、勉強や研究などの本質もそうしたところにあるものと考えます。

それ故に、そうした行為とは継続が大事であり、また、ある程度継続して行っておりますと、何と云いますか、それが自転するようになり、あまり痛痒を感じずに、そうした行為をすることが可能になってくるのではないかと思われます・・。

そして、我々の社会において一般的に『本を読みなさい』と云われるその主たる理由とは、あまり明確に語られることはありませんが、こうしたところにあるものと考えます。

とはいえ、本を読むという習慣とは、本来、徐徐にそして能動的に得ていく、あるいは身体化されるものであり、決して人に云われたり、指図されたり、もしくは功利的な目的によって得られる、身体化されるようなものではないと考えます・・【このことも部活動に類似しているかもしれない】。

また、近代以降より現代に至る我が国において、さきに挙げた読書と同様『良い』とされる、さまざまな行為の根本における価値や意味といったものとは、どうも【浸透し易く、分かり易くするためか?】『経済功利的な目的一色』にて染め上げてしまっているようにも思えるのです・・【そうした目的によるものは厳密には能動性に基づくとは云えないと考えます・・】。

そして、これはおそらく現代においても高く評価されている明治日本において脱亜論および学問、特に実学の重要性を説いた思想家、教育家の考えに則していると思われがちですが、おそらくそれは間違いです・・。

さて、そこで以下に書籍からの抜粋引用を示します。

慶應義塾大学出版会刊 福澤諭吉著 「文明論之概略」pp.74-75

ISBN-10: 4766416244

ISBN-13: 978-4766416244

『又英国の学士「ミル」氏著述の経済書に云く、或人の説に、人類の目的は唯進で取るに在り、足以て踏み手以て推し、互に踵を接して先を争うべし、是即ち生産進歩のために最も願うべき有様なりとて、唯利是争うを以て人間最上の約束と思う者なきに非ざれども、余が所見にては甚だこれを悦ばず、方今世界中にてこの有様を事実に写出したる処は亜米利加の合衆国なり。
コウカス」人種の男子相合し、不正不公の羈軛を脱して別に一世界を開き、人口繁殖せざるに非ず、財用富饒ならざるに非ず、土地も亦広くして耕すに余あり、自主事由の権は普く行われて国民又貧の何物たるを知らず、斯かる至善至美の便宜を得ると雖も、その一般の風俗に顕れたる成跡を見れば亦怪しむべし、全国の男児は終歳馳駆して金円を遂い、全国の婦人は終身孜々としてこの遂円の男児を生殖するのみ、これを人間交際の至善と云わんか、余はこれを信ぜずと。
以上「ミル」氏の説を見ても亦以て合衆国の風俗に就き其の一班を窺知るに足るべし。
右所論に由て之を観れば、立君の政治必ずしも良ならず、合衆の政治必ずしも便ならず。
政治の名を何と名るも必竟人間交際中の一箇条たるに過ぎざれば、僅かにその一箇条の体裁を見て文明の本旨を判断すべからず。
その体裁果して不便利ならば之を改るも可なり、或は事実に妨なくば之を改めざるも可なり。
人間の目的は唯文明に達するの一事あるのみ
之に達せんとするには様々の方便なかるべからず。
随て之を試み随て之を改め、千百の試験を経てその際に多少の進歩を為すものなれば、人の思想は一方に偏すべからず。』

今回も、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」




2017年5月20日土曜日

20170519 「具体的な事象の文章による写生」と「抽象的にして分かりやすい文章」

A「本日は若干帰宅が遅くなりました。現在【24:46】より記事作成を開始するのも、いささか面倒ではありますが、とりあえず書いていくうちに何かしらの着想も生まれるであろうと考え、記事作成に取り掛かった次第ではありますが、どうやらそこまで簡単には行かないようです・・(苦笑)。

さて、本日も五月らしい陽気でしたが、この時期ですと南紀の場合は既に海開きが為され、また更に南の鹿児島では汗ばむほどの陽気であったように記憶しております・・。

このように思い出してみますと、鹿児島では年間を通じて、汗ばむほどの陽気の時期が長く、現在に比べて盛んに発汗していたように思います。

また、定期的に温泉に浸かっておりましたので、これも良い発汗作用をもたらしていたと思われます。

そして、こうした気候風土に慣れ親しんだ後、突如、関東、首都圏に戻り、住むことになりますと、若いうちは早々に順応することが出来、そうでもないのかもしれませんが、生活環境のギャップに心身共にショックを受け、朝の通勤電車や街の雑踏などに対しうろたえてしまい、よく分からない挫折感を味わったものでした・・(苦笑)【現在の私は路面電車が走る街の方が好きです。】。

しかしながら、現在ほぼ毎日のように作成している、このブログ記事とは、そのごく初期のものを除き、そうした環境での経験のなかで作成されたものです・・。

そうしますと、この決して良いとは決して云えない環境の中で受ける刺激がブログ記事作成に対してはある程度効果的であるのかもしれません・・【しかし、果たしてこの場合の「良い」とは、どういった意味なのであろうか・・?】。

とはいえ、同時に、そこで気付かされることは、それら記事の多くとは、自身の直接的な環境についてはあまり言及していないということです。

より多くの記事とは、書籍などを通じて得た知見に対しての経験からの言及であったり、以前在住した地域に対しての書籍、経験を通じての言及であると思われます・・。

これは半ば無意識的にそのようになったと云えますが、その理由とは、自身のことながらよく分かりません・・。

ただ、これはあくまでも私見ではあり、普遍的な見解であるかは分かりませんが、自身【主体】の具体的な周囲の事象に対する文章による写生よりも、幾分か抽象度を上げた観念的ともいえることを文章によって著す方が、何と云いますか、自身【主体が】の文体を得る上においては適しているのではないかと思われるのです・・。

そして、こうした文章にてある程度、分かりやすく明晰な文章を書くことが出来るようになれば、自然と具体的な事象の文章による写生もまた、ある程度は出来るようになるのではないかと思われますが、さて、如何でしょうか・・?

また、さらに思うことは、さきの抽象度を上げ、且つ分かりやすく明晰とも云える文章を書くことが可能になれば、それは環境の変化に対しても、ある程度の柔軟性を以って対応することが出来るのではないかとも思われるのですが、これも如何でしょうか・・?
現在これらは未だ感覚的な仮説ではありますが・・。

今回も、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」

2017年5月18日木曜日

20170518 さまざまな関連性について思い付く時とそれを書き著す時・・

A「どうしたわけか、昨日の投稿記事は1日でかなり多くの方々に読んで頂けました・・。

時折こうしたことが生じるのですが、それらの理由とは、今もってよく分かりません・・(苦笑)。

さて、ここ最近の朝の通勤時は、必要により、ある種の文献を読むことにしているのですが、やはり朝の時間にて読んでいる方が多少はアタマに入り易いようであり、とりわけ、自身がこれまでに取り組んだことのない分野での概論的な文献の読み込みとは、この時間【朝】が最も有効ではないかと思われます・・。

それに対し、夜の時間の読書とは、これまでに読んだ書籍の再読あるいは、それに関連するものを追加的に読むのに適しているようであり、その効果とは現時点においてはよく分かりかねるところではありますが、同時にそれはほぼルーチンと云っても良いのではないかと思われます・・。

そして、そのような読書スタイルにて得た知見とは、何かの機会でボーッとしている時に突如として脳裏に想起され、次いで、それに関連すると思われる、普段は意識されない他の既存の知見と結び付き、思わぬ繋がりを発見することになるのですが、この時点で多少、意識は明瞭化されるものの、それでも「ああ、この繋がりは面白いな・・憶えておいて、いつかブログ記事のネタにしよう・・」といった感じに収束し、再度ボーッとした状態に戻るといった感じが多いです・・(笑)。

これに関しては本日帰宅時の電車内にて生じたことから比較的明瞭に記憶しており、現在このように文章として著している次第です・・。

では、そこから書いている内容の相を変え「具体的にどのような知見における関連性を見出したのか?」について書いてみようと思います。

それには先ずはじめに、昨日投稿記事の主題であった「地域性より影響を受けた会話の仕方、文体」が挙げられます。

そして、その具体的なものとして、つい先日ブログ記事にて書いた「矢屏風と古墳時代に呪術的要素の抽出により、さまざまな造形のモデルとなった靫との継続的もしくは隔世的な背景観念の類似性」が挙げられます。

さらに、それに関連するものとして挙げられるのは、大分以前に投稿した「古代の寺社における武器庫的側面の存在」に加え「鹿児島市の地名である鴨池、騎射場と近隣の神社である荒田八幡宮における放生会、喜捨そして流鏑馬を基軸とした【矛盾をも含む】結合あるいは包括」です。

これらは、さきほど電車内のボーッとした状態においては、何かしら関連し合う要素があるように強く思われましたが、現在こうしてそれを文章にて書き著しておりますと、不思議なことにさきほどは強く思った関連性が大分薄れてしまうように思えます・・(苦笑)。

おそらく、これは私の文章表現力が拙いことに由来しているものと考えます・・(苦笑)。

そして、その代替のように、不図想起されたことは、さきに書いた「ボーッとした状態における、いくつかの記事主題の関連性の明瞭とはいえない認識」と、以前ブログ記事に書いた「ユング心理学におけるコンステレーションについて」との関連性です・・。

・・こうしたことを、もう少し抽象度を変え、明晰に書き著すことが出来るようになりたいものです・・(苦笑)。

とはいえ、最後にこれら全てを包括するコトバが「持続する重低音・バッソ・オスティナート」であるのではないかと考えましたが、さて如何でしょうか・・?

今回も、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺を襲った地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」






2017年5月17日水曜日

20170517 会話の仕方、文体と地域性について・・

A「今回の記事投稿によって総投稿記事数が625となります。
これにより600記事から700記事への路程の四分の一に到達したことになりますが、毎度のことながら、そうした実感は皆無です・・(苦笑)。

その実感を感じることが出来れば、もう少しは新たな記事作成への意欲が湧くのかもしれませんが、こうしたものは無理をしても湧く性質のものではないようです・・(苦笑)。

とはいえ、一応記事作成は継続出来ておりますので、むしろ、このままの調子にて書き続け、実際に何かしらの変化が生じた際に、それを記事として書いた方が、後になり多少は面白くなるのではないかと思われます・・(笑)。
(果たしてこの一連のブログ記事とは何時まで保存するのであろうか・・(笑)?)

さて、現在新たに応募書類などを作成しておりますが、それら書類にて用いる文体と、当ブログ記事における文体とは、やはり多少異なるようであり、そのことから、気のせいであるのかもしれませんが、ここ最近、ブログ記事を滑らかに書くことが困難であるようにも思われるのです・・(苦笑)。

しかし、であるからといって記事作成を躊躇するのも、如何なものかと思われますので、とりあえず、あまりそうしたことを意識しないで書こうと思いつつ、現在、こうして記事作成を行っている次第です・・(案外こうした思い込みは有効であるのかもしれない・・)。

また、ここで書かずにいると、今後、さらに環境が大きく変化した場合においては、尚更、文章を書くことが困難になると思われますので・・(笑)。

そういえば、鹿児島在住時においては、概ね週に一回程度、ミクシィにて、こうした文章を作成していたと、以前ブログ記事にて書きましたが、その当時に作成された文章と比べ、現在作成している一連のブログ記事の文章とは、多少は読み易く、あるいは洗練されたものとなっているのでしょうか・・?

これに関しては、残念ながら、当時作成した文章が残っておりませんので、比較が困難ではあるのですが、さらに以前の和歌山在住時に作成した研究のネタ帳に書かれている内容と比べますと、ある程度の進化は認められるようですので、さきの鹿児島在住時のものと比較しても、現在【ここ最近】の文章とは、幾分かは読めるものになっているのではないかと考える次第です・・(笑)。

ただ、それと同時に現在思うことは、鹿児島在住当時に作成された文章の方が、全体的に即物的、簡潔であり、端的には理系的な文章としての傾向が強かったということです・・。

これは在籍していた研究分野の影響であるのか、あるいは地域性によるものであるのか判然とは分かりませんが、多少そうしたことをよく知る方々に聞きますと、概して九州とは、少なくとも文章においては即物的、簡潔なもの云いを好む地域特性があるとのことであり、これに関しては自身も肯定します・・。

また、そうした地域特性と関連してか、九州全体とは、医学を含めた理系学問分野の方が圧倒的に強い地域、社会であり、それは大学での学部、学科の編成などを見ても概ね理解出来るのではないかとのことでしたが、これも自身は肯定出来ます・・。

さらに、そこから彼の地における自身の会話の仕方もまた、さきに述べた文体と同様、現在とは明らかに違ったのではないかとも思われるのです・・(笑)。

とはいえ同時に、現在でのそれもまた、彼の地での会話の仕方から多大な影響を受けたものであり、その点において、現在の自身の会話の仕方とは『典型的な首都圏特有のそれ』といったものではなく、また、そこから首都圏における対話者が密かに違和感を感じることも少なからずあり得るのではないかと考えております・・(苦笑)。

しかし、そうであるからといって、たとえ都会的ではあっても、地域における会話の仕方(のみ)に通じていれば良いというわけでもなく、そうしたもの(会話の仕方、文体)を、ある程度、複眼的に保持している方が、こうした文章の作成、あるいは、さまざまな表現を用いる抽象的な議論を試みる上においては幾分かは好都合であるのではないかと思われますが、さて、如何でしょうか・・?

とはいえ、今回もまた明確な結論といったものがない文章を書いてしまいました・・(苦笑)。

今回も、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」







2017年5月16日火曜日

20170516 言語文化の背景にある社会文化そしてそこにある【圧力】

A「本日は久しぶりにホンモノの理系、技術方面のハナシを伺うことが出来ました・・。

そうしたハナシはやはり聞いていて大変面白く、また勉強になります。

また、同時に、そうしたハナシには【我々が日常的に接する】ウソや変に婉曲的な言い回しがなく、概して率直であり、聞いていて大変気持ちが良いものです・・。

こうした率直なモノの云い方『のみ』にて世の中を渡ることができれば、さぞかし気持ちが良いだろうとは思うところではありますが、おそらく、我が国の言語文化いや、その背景にある社会文化には、そうした言語の使用を封じ込める圧力のようなものがあるのではないかと思われます・・(苦笑)。

とはいえ、そうした要素もまた、我が国古来からの文化、伝統であり、またそれが我が国特有とされる『繊細な感性』とも密接に関与しているとも思われますので、そう簡単には、非難あるいは除去できるようなものではないのかもしれませんが・・。

しかし、そうであったとしても、そうした社会文化に存在すると思しき圧力に呑み込まれ、【知らずに】屈服し、自身の言語を失う、放棄してしまうことは、出来る限り避けた方が良いのではないかと考えます・・。

また、山本七平が、その著作内にて軍隊教育に関して、類似したことを述べていたと記憶しておりますが、著作では、日々生活にて用いる言語の統制、強制、徹底化により、徐々に話し方、考え方なども固定され、パターン化されてしまい、さらに、さきに述べたような古くからの社会文化による圧力も加わり、独特の社会、雰囲気(内務班)が形成されるといったことが述べられていましたが、ここまで書いておりますと、自然、大西巨人著の「神聖喜劇」が思い起こされてきます・・(笑)。

この著作は、これまでに何度か当ブログにて扱いましたが、現在、この記事を書いており、ある程度判然としたことは、山本七平著の旧日本軍(帝国陸軍)を扱った諸著作とは「神聖喜劇」を読む際の良い参考資料となることであり、また、その関係性とは、可逆的なものであるとも云えるということです・・。

そして、ここまで書いていて、次に思い起こされる欧米の著作とは、察しの良い方はお分かりになっていたかもしれませんがジョージ・オーウェル著「1984」です・・。

この著作においては意図的な言語の改変、集約化(言語の削減)の様子が書かれておりましたが、ここでも、その結果として、話し方、考え方などが固定、パターン化され、ある意味『理想的な』全体主義社会が成立するとのことですが、このことは現在の東アジア情勢を考える上において、未だなお解決されず、示唆するものが多分にあるのではないでしょうか・・?

加えて、我が国の社会もまた、決してそれを『嗤う』ことは出来るものではないとも考えますが・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺を襲った地震によって被害を被られた地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」


2017年5月15日月曜日

20170515 女性の男装、男性の女装から思ったこと・・

一週間ほど記事作成を休んでおりましたが、特に大きな変化は生じなかったように思えます。

ただ、少し睡眠時間が増えたことからか、心持ち身体が楽になったようにも感じました。

とはいえ、その一方、やはり2年近く記事作成を継続していますと、習慣化するようであり、記事作成をしない日々とは、多少何かが抜け落ちたようにも感じられるのです・・(苦笑)。

それ故、本来はもう少し長く休息期間を設けるつもりではありましたが、昨日より再び記事作成を始めた次第です・・(苦笑)。

さて、そういえば、先日不図思ったことですが、我が国においては社会が混乱の時期に差し掛かると女性が男装、また男性が女装するような傾向が強くなるのではないでしょうか・・?

また、同時に、我が国は、他国より物真似が巧みであるとの評価を受けることが多いようですが、あるいはその基層にあるものとは、こうした傾向ではないかとも思われます・・。

つまり、我が国において、他国の物真似をしなければならない時期とは、どちらかというと混乱している時期が多いと思われますので、それが、さきに述べた女性の男装、男性の女装が為される時期とも同調し易いのかもしれません・・。

しかし、私見となりますが、それらさまざまな真似の中で、性倒錯を基調とした文化とは、後世の日常文化、社会に影響を与えることは少なく、ただ非日常ともいえる演劇文化などの中で生きながらえ、後世に伝えられているのではないでしょうか・・?

また、こうしたことは、おそらく既に研究されてはいるのでしょうが、我が国の特徴の一側面を知る上において、なかなか面白く、興味深い視点であると考えます・・。

具体的なそれらとは、弥生時代の戦の先頭に立つ巫女素戔嗚八岐大蛇退治、日本武尊の熊襲征伐、とりかへばや物語白拍子、女歌舞伎、歌舞伎、ええじゃないか、宝塚歌劇団、リボンの騎士ベルサイユのばら、などが挙げられます。

そして、感覚的ではありますが、おそらく、我が国における、性倒錯を基調とした文化全般とは、どちらかというと、東北アジアに起源があるものではなく、東南アジアなどの南方に起源があるのではないかと思われます。

その理由を象徴的あるいは物理的に表現しますと、アジア北方地域においては、その気候風土の寒冷さが性差を溶解、混淆に至らしめることを許さなかったのではないかとなりますが、このことに関しても更なる精査が必要であり、我が国における性倒錯を基調とした文化の流行とは、あるいは地球規模での平均気温の変化などとも関連があるのかもしれません・・(笑)。

とはいえ、たとえそうであっても、その流行の背後に、一体如何なる集団真理、集合的無意識が作用しているのかとは、なかなか面白いのことではないかと思われるのですが・・如何でしょうか?

今回も、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。









20170514 青銅の使用と都市国家の成立年代の結節点【車軸受け?】

以前投稿したブログ記事において青銅の使用と都市国家の成立とは、その関連性はよく分からないものの、概ね同じ時代であると書きました。

そのことで、さきほど不図思い出したことは、それらの具体的な結節点とは、戦闘用馬車(Chariot)の発明、進化であると、どこかに書かれていたということです。

つまり、金属の精錬、冶金技術の進化発展により、戦闘用馬車の『車軸受け』に金属である青銅を用いることが可能となることにより、その活動範囲ひいては支配可能領域が拡大し、それまでの小規模であった村邑国家的なものから、より大規模な都市国家が成立し得るということですが、これには一理あるように思われます・・。

ともあれ、こうした技術の進化発展に伴う社会構造の変化とは、この他にも古代から現在に至るまで、多く見受けられますので、特段珍しいことではないと云えます・・。

しかし、ここで面白いと思われることは、青銅の道具としての使用の『方向性』の仮説です。

そして、そのことを敢えて他の方向性にて考えてみますと、はじめに青銅を用いた『武器』を広く装備する国家が成立すれば、他のそうでない周辺国家を屈服することが容易となり、そのことから、より大規模な都市国家が成立し得るとも考えられるのかもしれませんが、この仮説においては人間の活動可能範囲に対する言及がないのです・・。

たとえ、手に持つ武器がいくら優れていたとしても、それを用いるのはあくまでも生身の人間であり、そのことによって活動可能範囲がより広くなると考えることは困難です。

むしろ、武器を持つ人間の活動可能範囲がより広くなる戦闘用馬車あるいは戦闘と直接には関与しない物資、交易品などを運ぶ馬車の『車軸受け』への青銅の使用こそが、都市国家成立の年代との関係性を説明するうえにおいては、より効果的【史実を的確に表現している】であるものと考えられるのです・・。

また、こうした遺跡、遺物から推論される、当時のさまざまな社会における状況を統合し、説明する際のセンスというものが、こういったところに表れ、また、一面において歴史を学ぶ、知る面白さとは、こうしたところにも存するのではないかとも思われるのです・・(笑)。

とはいえ、さきの仮説とは、あくまでも古代ユーラシア大陸でのハナシであり、我が国においては青銅、鉄ともに、あまり時間差なく齎されたと考えられていることから、さきの『車軸受け』の仮説を応用し、社会構造の変化を説明することが困難であるとされているようです・・。

そもそも我が国古代社会においては戦闘用馬車の存在すら、かなり珍しかった(ほぼ皆無に近い)のではないかと考えられておりますので・・。

それは国土の平地が概して狭小であり、山あいの地形であるからかもしれませんが、しかしまた今度は、そうした地域において見受けられる金属使用の方向性、そして社会構造変化の特性といったものもまた、存在するのではないかと思われるのです・・。

そして、その意味においても、以前投稿のブログ記事に書いた中国南部および東南アジアにおける銅鼓と西日本各地に多く出土する銅鐸の関係性、さらにはそれら地域を包括する生活文化としての水稲耕作、そして照葉樹林文化といった文化概念が見直されるのではないかと思われるのですが・・。

今回も、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。







2017年5月9日火曜日

20170509 620記事到達に際し、意識的な休息期間【書籍からの抜粋引用あり】

昨日の記事投稿によって総投稿記事数が620に到達しました。

つい先日600記事に到達したばかりであったと記憶しておりますので、今回の620記事到達は意外に早かったものと思われます・・。

また、記事作成についても、特段困るということもなく、現在のところ進行しておりますが、その一方で、この辺りで一度、意識的にブログ記事作成を休んでみるというのも悪くないのではないかと考えはじめました・・。

これは感覚的なハナシではありますが、おそらく、今の段階にて、しばらく休息を入れても、再度記事作成を開始するにあたり、特に問題はないと思われるのです・・。

さらに、一度意識的に休息期間を設けることによって、新たに書き始める際において、また新たな着想も(より多く)湧くのではないかとも思われるのです・・。

そして、こうしたことは実際に行ってみないと分かりませんので、過日600記事に到達した後、特に問題なく記事作成を継続出来ることを自身にて見届けた現今、行ってみるのは悪くないものと考えます・・。

また、記事作成をしばらく休息するのであれば、特に予告なしに行えば良いのではないかとも思われましたが、一応このように書いておけば、これまで読んで頂いている方々も特に不審に思うことなく、それを納得することが出来ると思われますので、本日このように記事として書いている次第です・・。

加えて、こうした伝達事項をも一記事とすることにより、一つでも記事数を増やそうとする、いわば下心もまたあるのです・・(笑)。

さて、本日の主題に関しては、先日より書いてきた古の物についてのことに加え、これまで作成してきたブログ記事に共通して関連すると思われる書籍からの抜粋引用を充てようと思います・・。

中央公論社刊 中公クラシックス ベルクソン著『哲学的直観ほかpp.11-13

ISBN-10: 4121600355

ISBN-13: 978-4121600356

単なる分析によるのではなくて、内部から直観によってわれわれのすべてがとらえられる実在が少なくとも一つは存在する。それは時間のうちを流れているわれわれ自身の人格であり、持続しているわれわれの自我である。

われわれは他の何ものとも知的に、あるいはむしろ精神的に共感しえないとしても、われわれ自身の自我とはたしかに共感する。

私自身の自我(しばらくこれを活動しないものと想像して)へ内省の目を向けた場合、まず認められるものは、表面に固まった殻さながらの、物質界から入ってくるいっさいの知覚である。

それらの知覚は明晰、判明で、並置されているが、あるいは並置できるものであり、それらは集まって物objectsになろうとする傾きをもっている。

ついで認められるものは、多少ともそれらの知覚に粘着して知覚を解釈するのに役立っている記憶である。

そうした記憶はいわば私自身のから剥離され、それらと類似した知覚のため表面へ引き寄せられたものであり、絶対的な意味で私の自我であるのではなくて、自我の表面に憩うているものである。

最後に、それらの知覚や記憶と何ほどか固く結ばれている、いろいろな傾向や運動習慣のうごめき潜在的行動の群れ感じ取れる。

明確な輪郭をもったそれらすべての要素は、互いに離れていて区別が分明なほど、はっきり私の自我から区別されたものとして見える。

それらの要素は内部から外部へ向かって放射し、集まって一つの球体の表面を形づくり、そして次第に大きさを増していくその球体は、ついに外部の世界のうちへ没していく、しかし周辺から内部の中心へ向かって引きこもっていき、私の存在の深みのうちでもっとも均一的、もっとも定常的、もっとも恒存的に私自身の自我であるものを探すならば、私はもあったく異なった面目をそこに見出すのである。

そこには明確に切り取られた結晶とその凝固した表皮の下に、かつて私が見たどういう流動とも比較の出来ない、一つの連続した流動がある

それは状態と状態との継起であって、各状態は続く状態の先触れとなり先だつ状態を含んでいる。

本当を言えば、それらが多数の状態を形づくっているということは、それらを通過し終わってふたたびその通過した跡を眺めようとして私が立ち戻ったときに言えることなのである。

それらの状態を経験しつつある間は、それらは互いに緊密に有機的につながっており、一貫した深い共通の生命によって生かされているために、どこである状態が終わったのか、どこである状態が始まったのかを言うことはできなかったであろう。

真実を言えば、どの状態も、始まったのでも終わったのでもなく、あらゆる状態が互いのうちへ延び入りとけ込んでいるのである。

この内的な生は、巻糸が解けるのになぞらえても良いかもしれない。

なぜなら、およそ生物であってその役割が次第に終点に達しようとしていることを感じさせないものはないからである。

かくして、生きるということは老いゆくことである。

しかしそれはまた、間断なく糸巻へ糸が巻き付けられていくことにたとえられてもよいである。

なぜならわれわれの過去は、われわれの跡をつけてきて、その途上、現在を拾い上げてはたえず大きくなっていくからである。
それゆえ、意識とは記憶を意味している。』

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。明日よりしばらくの間記事作成を意識的に休みます。

再開の後はまた、どうぞよろしくお願いします。

昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺を襲った地震によって被害を被られた地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」



2017年5月8日月曜日

20170508 先日の靫と矢屏風の関連性から思ったこと・・銅鐸と銅鼓など

A「先日端午の節句にちなんで書いた記事は、その後思いのほか多くの方々に読んで頂けました。

こうしたことは日常生活においては、なかなか考える機会はありませんが、一度文章として書き、改めてそれを読んでみますと『あるいは、こうした考え、説を述べたのは私が初めてであるかもしれない・・?』といった、いささか誇大妄想と評しても良い思いが湧いてきます・・(苦笑)。

とはいえ、こうした日常生活においてあまり意識しないことを、それまでに得た何らかの知見と符合、対応させ、ある程度まとめ、考えとして述べることは、多少は面白いことであり、また、本来の研究であれば、この先、さらに関連文献等を読み込み論証、精査しなければならないところですが、残念ながら現在の私はそうした職に就いていないため、とりあえず、この『考えとして述べる』に留めておく次第です・・(苦笑)。

さて、ここまで書いており新たに想起したことは、さきの記事にて書いた古墳時代における(ゆぎ)の呪術的な意味合いと、その後の時代に見られる矢屏風およびその意味合いとの関連性と多少類似するのではないかと思われる、我が国弥生時代後期~末期(紀元前2世紀~紀元2、3世紀頃)の青銅器である銅鐸と中国南部、東南アジア(主に非漢民族居住地域)にて紀元前5世紀から近年に至るまで祭器として用いられてきた青銅器の銅鼓との関連、類似性です

さまざまな説がありますが、それらの中で一つの有力な説として、銅鐸とは通常、地中に埋納、保管され、それが祭りなどの際に掘り出され、供えられるといったものがありますが、これはまさしくさきの中国南部、東南アジアにおける銅鼓と同様の扱い方であり、地域こそ異なりますが、それら祭祀背景の思想には、何かしらの類似性があるのではないかと考えられております。

さらに、これら地域に共通する他の要素として水稲耕作文化あるいは、もう少し、その文化を広く見て中尾佐助佐々木高明等が提唱した照葉樹林文化などが挙げられるのではないかと考えます。

つまり『地域は異なるものの、ある程度共通する生活文化にて用いられる青銅祭器とは、自然、その背景思想および扱いも類似してくるのではないか?』といったことになるのです・・。

また、こうした類似性の背後には、生活文化の共通性以上に、(当時の)人種的な意味での共通性があったのではないかという説があります。

これは、神話、年中行事などの類似性から、あるいは北方内陸からの漢民族の侵出に圧迫された在来の非漢民族が押し出され、南方へ、あるいは山東半島から海路朝鮮半島へ、さらにはその先の日本列島西部に到達し、弥生文化の主要な担い手となったということから説明されておりますが、これは我が国への水稲耕作文化伝播の経路ともほぼ重なることから、特に無理な説明ではないと考えます・・。

とはいえ、その後、古墳時代になりますと、徐徐に独自の文化を歩み始め、我が国それは東、東南アジアなどにおいて特徴的な傾向を持つに至ったということが出来るのではないかと考えます。

ともあれ、面白いと思うことは時代、地域が異なるとはいえ、類似した背景思想を持つと思しき文化が見られることであり、また、これにより単純に『歴史は繰り返す』などとは云えませんが、それ以上に面白い、奥深い何かがあるのではないかと考えさせられるのです・・(笑)。

今回も、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」


20170507 2年前のこの時期を思い出して・・

A「昨日の投稿記事はあまり多くの方々に読まれることはないと予想しておりましたが、この予想に反し、投稿翌日にしてはそこそこ読まれておりました・・(笑)。

また、この記事は転居後第一号の記事となりますが、それ以前と比べ、記事内容の面白さ、文体などには多少は変化は認められるのでしょうか・・(笑)?

あるいは、そういった変化とは今後、徐徐に生じていくものなのでしょうか・・?

ともあれ、現在は、とりあえず記事を更新していくことが目標ですので、そうしたことは、またしばらく経過した後に改めて、それぞれを読み直して考えていこうと思います・・。

さて、本日の首都圏もまた日中気温が上がり、暑いといっても良い陽気でした。

また、こうした陽気になりますと2年前2015年の6月初旬にブログ記事の作成を開始した当初を思い出します・・。

・・そうしますと今後1ヶ月程度記事作成を継続すれば2年間ブログ記事の作成を継続したことになりますが、果たして2年間の継続は達成されるのでしょうか・・(笑)?

とはいいましても、そのようなことは(ほぼ毎日)習慣的に記事を作成しておりますと、あまり考えないことであり、どちらかというと『今日も書いた・・』程度の感興です。

それ故、今後何らかの事由により記事作成を止める状況となっても、少なくとも、しばらくの間はあまり大きな心境の変化などは生じないのではないかと考えております・・。

しかしながら、やはり、こうして継続的に記事作成を行っておりますと、現在関与している何らかの事象と関連することがらの想起、そして、それを文章として著すといったことは、ある程度洗練されてくるようであり、日によって多少のブレ、偏差もありますが、概ね記事作成を開始しますと、どうにかこうにか現在このような感じのも含め、なんとか出来るようにはなるようです・・(笑)。

そして、たしかにこれはブログ記事作成を開始した当初においては、まさにやりたいと願いながら出来なかったことですので、我が事ではありますが、やはり、その間には何等かの進歩発展があったと評しても良いのではないかと思われます・・(笑)。

また、それと同時に、この先にも多少は進歩発展の余地があるとも考えておりますが・・(笑)。

そして、そこまで書いており不図、2年前のこの時期に読み、苛立ちと共に興味をおぼえた書籍のある部分を想起しましたので、その箇所を下に示します。

岩波書店刊 バートランド・ラッセル安藤貞雄訳『幸福論』 P.47

ISBN-10: 4003364937

ISBN-13: 978-4003364932

『文学者のグループは、社会生活と生き生きとした接触を保っていない。
もしも、人間の感情に、悲劇と真の幸福の双方が営まれる際の真剣さと深みを待たせたいのであれば、そうした接触は不可欠である。
世界には自分のすることなど何もない、という思いをいだいてぶらぶらしているあらゆる才能ある若者たちに、私は言いたい。
「ものを書こうとするのをやめて、それよりも、書かないように努めてみたまえ。
世の中へ出ていき、海賊なり、ボルネオの王様なり、ソビエト・ロシアの労働者なりになってみることだ。
基本的な身体の要求を満足させることで君のエネルギーの全部が費やされるといった、そういう生活に飛び込んでみることだ。」私は、なにもすべての人にこの行動指針をお勧めするのではない、ただ、クルーチ氏の診断する病気にかかっている人たちにだけお勧めするのである。
私の信じるところでは、このような生活を何年か送れば、元インテリ青年は、いくら書くまいとしても、もはや、ものを書かずにはいられなくなっているのに気づくだろう。
そして、この時が来たとき、彼の書き物は彼にとって空しいものとは思えないだろう。』

改めて、上に示した箇所を読んでみますと、2015年5月当時の自身とは『書きたくとも書けない状態』であり、それは、さらに以前の『書けると思い込んでいた時期』と比べ、明らかに認識出来ることから、より一層苦しむこととなりました・・。

また、それは、おそらく自身(主体)のみしか感じることが出来ない種類の苦しみであり、同様の経験がある他者もまた、その苦しみに関して、観念的には理解することは出来るかもしれませんが、その苦しみを共有することは(たとえ望んでも)不可能です・・。

それ故、さきの引用部と自身の事情とは若干ニュアンスが異なりますが、しかし、この『書きたくとも書けない状態』に苦しんでいたからこそ『より深く書くことを望み』そして、どうにか現在に至っているのではないかとも思われるのです・・。

また、追記しますと、偶然ながら丁度この時期に複数の知人からブログ作成への背中を押してもらったことも功を奏しました・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」








2017年5月7日日曜日

20170506 昨日の端午の節句にて思ったこと・・靫・矢屏風から

昨日投稿の記事は投稿翌日にしてはかなり多くの方々に読んで頂けました・・。

とはいえ、昨日の記事も含め、それらがどのように読まれているかの方がより重要であると思われますので、この記事の場合、特に書籍からの抜粋引用部に関しては、全面的な肯定などはもとより望んでおらず、また自身も、その引用部においてさえ全ては肯定しておりませんので、ただ『なるほど、それも一理あるのかもしれない・・。』といった感じにて心の片隅に留めて頂ければ上出来であると考えます・・(笑)。

さて、本日の首都圏は日中気温がかなり上昇し、ほぼ夏日といっても良い一日であったのではないかと思われます。

また、昨日は端午の節句、子供の日でもあることから不図思ったことですが、古墳時代を通じ、古墳に供えられる埴輪の題材、あるいは古墳時代後期からの横穴式石室横穴墓などの石室における壁画、線刻画の題材として、矢の入った(ゆぎ・武具の一種、携帯用の矢のケース)といったものがあります。

勿論、他の武具もまた、埴輪の題材となり、石室に描かれ、刻まれたりもしますが、その中でもとりわけ、この靫とは、おそらく当時、何らかの呪術的な意味合いを付与されていたようであり、他の武具に比べ、割合多くの出土、発見例があります。

そうしますと、当然「では当時、靫の持つ呪術的な意味とは、どのようなものであったのか?」といった疑問が生じます。

そして、その呪術的な意味のさまざまな書籍からの概ね統一された見解では、破邪、墓域侵入者への威嚇、神聖な領域を設定する標識であると認識されています。

つまり、本来矢が持っていた武器的性格から、他を威圧するといった要素を抽象、呪術化し、そして再度物質化したものが、これら埴輪、壁画、線刻画であるといって良いと思われます・・。

では、そこでハナシは端午の節句に戻り、五月人形の背後に置かれる屏風の一種で矢屏風というものがあります。

これは、かつて実際の日常生活に用いられた道具の一つであり、矢羽根を上にして矢を木製の架のようなものに並べ屏風状にしたものであり、五月人形以外では、時代劇、映画などで時折見受けられます(たしか黒澤明監督の蜘蛛巣城にて見受けられました。)。

この矢屏風のたしかな起源については分かりませんが、臨戦態勢の武士の日常生活から生み出された他者への威圧を兼ねた道具であったのかもしれません・・。

あるいはまた、日常の家屋内にて何らかの境界を示す標識的な意味合いを持った道具であったのかもしれません・・。
はたまた、それらが折衷したものであるのかもしれません・・。

ともあれ、ここで面白いと思うことは、そうした考え、観念(矢を立て並べたものが境界を示す標識となる)が古墳時代から現代に至るまで継続し、あるいは継続はしていなくとも、隔世的に呪具、道具として顕れることです・・。

このことはあるいは、もう少し考えてみますと、深くなるかもしれませんが、とりあえず思ったこととして書いた次第です。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震によって被害を被った諸地域の出来るだけ早期のインフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。





2017年5月5日金曜日

20170505 再び荷物の整理をしていて思ったこと【書籍からの抜粋引用あり】

本日の首都圏は気温も上がり、日中は暑いといってもいい程の陽気でした。そのような中、本日もまた、ほぼ一日を通し荷物の整理をしておりました・・(苦笑)。
いや、今現在もさまざまな荷物に囲まれ、本日投稿分の記事を作成しています・・。

つい先日投稿したブログ記事にても書きましたが、引越しなどの際の荷物の選別などは、以前の方が素早く出来ていたと記憶しております。これは年齢のために動きが鈍くなったからでしょうか?あるいは以前よりも思慮深くなったからでしょうか・・(笑)?

ともあれ、こうしたことを考えておりますと、また時間のみが経過してしまい、目下必要とされる荷物の整理、片付けが遅れてしまう次第ですが、しかし、今現在はブログ記事作成の時間としましたので、あまりそういったことは考えないことにします・・(苦笑)。

とはいえ、こうしたことは少なくともブログ記事の題材にはなりますので、もう少しこのことについて書いてみようと思います・・。

さて、只今行っている荷物の整理、片付けにおいて、現在日常的に使用しているものは、最後の方にまとめておき、主にこれまでに使い、所蔵してあるものについての整理、片付けについてですが、それらの中で最も分量的に多いのが書籍であり、それらも、これまでの整理によって、大分減り、まとめられましたが、それでも今現在ブログ記事を作成している自身の周囲にいくつかの島を成して積まれているものは書籍であり、また、それらの題名を一巡し眺めると、さまざまな想念やら、読んでみたいといった欲求が湧いてくるのですが、あくまでも現在はブログ記事作成の時間と決めたことから、そうした思いを封印し、先を続けます・・(笑)。

そして、次に多いのが生活道具、衣類などですが、これらに関しても整理、片付けを行っていますと、一つ一つの品々に何かしらの思い出、思い入れといったものが想起され、そう簡単にはコトは運んでくれません・・(苦笑)。

しかし、ここで立ち止まってしまっても、整理、片付けは進みませんので、とりあえず『現在の自身に必要かそうでないか』を基準とすれば、こうした作業とは、より一層スムーズに進むのかもしれませんが・・(苦笑)。

また、書籍に関してですが、大分前に購入して途中まで読み、置いておき、ここ最近、不図思い浮かぶ書籍が、現在のこうした機会にてフイッと現れることは、なかなか嬉しいものであり、こうした書籍は転居先(すぐ近くですが)にてすぐ読めるように、別に置き、そして、そうしたジャンルに分類した一群の書籍が、さきに述べた自身の周囲にある、いくつかの(平積みにされた)書籍の島の一つとなっております・・(苦笑)。

加えて、大変面白いことに、今現在においても自身が明日から転居するといった実感がまったくなく、そして、明日もまた記事作成を行うのであろうか?とも考えておりませんでした・・(笑)。

果たして、こうした自身の心的傾向とは良いものなのであろうか・・(苦笑)?

とはいえ、もしも明日、ブログ記事の更新が為されなければ、転居先での作業、あるいは何らかの事情により、作成することが出来なかったものとしてください・・(笑)。

さて、さきほど述べた転居後に読みたい書籍として分類された一冊として岩波文庫刊J.S.ミルの「大学教育について」があります。

この著作は、大変読み易く、それ以上に面白いことが書かれていると思いますので、興味のある方々は是非読んでみてください。
また、それは特に医療をはじめとするいわゆる理系学問分野の方々にとって、なかなか興味深いことがらが述べられているのではないかと思われます・・。

そして、ここまで書きましたので、いささか前言を翻すようではありますが、せっかくですので、以下に少し同著冒頭部から抜粋引用を試みます。

岩波書店刊 J.S.ミル著 竹内一誠訳 『大学教育について』pp.12-14より抜粋引用

ISBN-10: 4003910117

ISBN-13: 978-4003910115

『大学が国民教育のなかで果たすべき役割については、十分に説明されていると思われます。

少なくとも大学がこうあってはならないということについては、ほとんどの人々の間で意見の一致がみられます。


大学は職業教育の場ではありません。


大学は、生計を得るためのある特定の手段に人々を適応させるのに必要な知識を教えることを目的とはしていないのです。


大学の目的は、熟練した法律家、医師、または技術者を養成することではなく、有能で教養ある人間を育成することにあります。


専門職の養成のための公的機関があるのは至極当然であり、したがって、法律学校、医学校があるのは結構なことです。


そしてさらに、工科学校や産業技術を学ぶ学校があれば、なおさら結構なことでしょう。


このような学校制度を持つ国々は、その制度をもつことによって一層発展することでしょう。


しかも、これら学校をいわゆる本来の意味での教育のために設立された施設としての大学と同一の場所に、そして同一の監督下に置くことには多少の利点もあるにはあるでしょう。


しかし、技術を伝えるということは、各世代が次の世代に手渡すべき義務を担っているもの、つまり各世代の文明の価値を支えているもののなかには入りません。 (ここが少し疑問です。)


そのような技術は、自らの努力でそれを獲得したいという強い個人的動機を持つ比較的少数の人々にのみ必要とされるものであり、そしてその少数の人々ですら、正規の教育課程が修了するまでは、その技術を有効には使用できないのです。



専門技術をもとうとする人々が、その技術を知識の一分野として学ぶか、単なる商売の一手段として学ぶか、あるいはまた、技術を習得した後に、その技術を賢明かつ良心的に使用するか、悪用するかは、彼らがその専門技術を教えられた方法によって決まるのではなく、むしろ、彼らがどんな種類の精神その技術のなかに吹き込むかによって、つまり教育制度がいかなる種類の知性と良心を彼らの心に植えつけたかによって決定されるのです。

人間は、弁護士、医師、商人、製造業者である以前に、何よりも人間なのです。


有能で賢明な人間に育てれば、後は自分自身の力で有能で賢明な弁護士や医師になることでしょう。


専門職に就こうとする人々が大学から学び取るべきものは専門的知識そのものではなく、その正しい利用法を指示し、専門分野の技術的知識に光を当てて正しい方向に導く一般教養(general culture)の光明をもたらす類のものです。


確かに、人間は一般教養教育を受けなくても有能な弁護士となることはできますが、しかし、哲学的な弁護士、つまり、単に詳細な知識を頭に詰め込んで暗記するのではなく、ものごとの原理を追求し把握しようとする哲学的な弁護士となるためには、一般教養教育が必要となります。


このことは、機械工学を含むほかの有用な専門分野すべてについても言えることです。


靴づくりを職業としている人について言えば、その人を知性溢れた靴職人にするのは教育であって、靴の製造法の伝達ではないのです。


言い換えますと、教育によって与えられる知的訓練と、それによって刻み込まれた思考習慣とによってであります。

ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震によって被害を被った諸地域の出来るだけ早期のインフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。




20170504 似像、投影像の操作によって出来ること・・

A「つい先ほど、自身のブログを開いたところGWにて休日ということもあってか、本日のブログ閲覧者数はこれまでにない程に伸びていました・・。

また、閲覧されている記事のいくつかもまた、直近の記事への大変面白い反応であり、これも早速取り入れさせて頂きました。
どうもありがとうございます。

そして、そのような経緯から、現在こうして新たな記事作成に取り組んでいます・・(苦笑)。

とはいえ、本日に関しては(も)記事の主題は定まっておりません・・(苦笑)。

そういえば、昨日、一昨日の投稿記事は主に思想、哲学関連のことを書きましたが、こうしたことは自身の場合、何らかの契機により突如思い出され、そしてある程度まとまり、想念となり、それを文章化することが出来るようです・・。

そして、この契機が具体的に何であるか分かれば、その契機となる具体的な刺激を所望に応じ自身に与え、そういった内容の文章を書き続けることが出来るのかというと、どうもそういったものではないようです・・(笑)。

また、こうした内容を書いておりますと、そこから想起されることは、奇しくも、さきのブログ記事にて書いた精神、記憶の本質としてのイデアと、その似像、投影像たる現実における具体的な存在の関係性です・・(笑)。

しかしながら実際に我々とは、具体的な何か(似像、投影像)を指標として、それをさまざまな判断基準としています。

また、それらは数値化出来るものであれば、尚更分かりやすく、簡便に、そして普遍的に通用するものと考える傾向があります。

そして実際、この考え方とは、我々に大変な恩恵をもたらし、さらには我々の通常思うところのいわゆる合理的思考とは、その多くの部分がこうした判断基準に依拠しているのではないかと思われます。

・・・しかし、もしも、その判断基準とされるものが実際の精神、記憶(この表現もまた、いささか微妙ですが、しかし、こうしたものは存在すると考えます。何故ならば、こうした実際の精神、記憶がなければ長年にわたり、普遍的にその価値が認められる観念的なるもの、宗教、哲学、思想、文学などは、その本質的な価値、意味が分からなくなったであろうから・・。)たる本質、イデアではなく、その似像、投影像としての何らかの具体的な事物に依拠するものであったならば、それに基づいた思考とは、それを積重ねるにしたがい、徐徐におかしなことになっていくことも少なからずあるのではないかと思われます・・。

とはいえ、その一方において、以上の書いてきた内容もまた、具体的なモノを対象とした実験に基づいた感覚、感想より得られたものであり、言い換えると、本質、イデアとは異なる似像、投影像の操作によって考えるに至った内容であるといえます・・。

そして、そのように考えますと、あるいは、我々とは、おかしな方向に行くこともしばしばありながらも、似像、投影像の操作によってのみしか、ものごとの本質に迫る経路を持っていないのであり、また、たとえその操作によって本質に迫り、それを巧みに言語化したとしても、他者がそれを認識、理解する場合には、あくまでも再び、その道程にあった経験を追体験しなければならないのかもしれません・・。

たとえ幾つかの経路がそこにあるにしても・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」









2017年5月3日水曜日

20170503 思想、哲学と実際の経験・・活きたコトバとは?

A「600記事到達以降も記事作成を継続し、今回の投稿によって15回目の投稿となります。

この調子にて記事作成を継続すれば案外650記事程度までは、あまり苦もなく到達することが出来るのではないかとも思われますが、どうなるものでしょうか・・(笑)。

さて、昨日の投稿記事はあまり多くの閲覧者数を得ることが出来ないのではないかと思われましたが、その予想に反し、割合多くの方々に読んで頂けました・・。

一般的に思想、哲学といったものは、我が国においてはあまり面白いものとされておらず、また、たとえその種子を学生時代に蒔かれたとしても、社会人、実社会において、その興味を失ってしまうことが多いように思われます・・。

これは今もって不思議に思うところであり、また同時に、それが我が国の西欧文化の受容における一面の限界であるのかもしれません・・。

そして、正直なところ、こうした我が国の社会における傾向とは本質的に変わることはないと思われます。

あるいは変わるとしても、それは『角を矯めて牛を殺す』ような結果になると思われますので、案外、このままの方が我が国の場合は良いのではないかとも思われます・・。

とはいえ、自身の場合もまた、ほぼ独学、耳学問に基づくものであって特に思想、哲学といったものを専攻したわけでもありませんので、畢竟この意見もまた、単なる思い込みであるのかもしれませんが・・。

しかし他方、こうして考えてみますと、我が国における思想、哲学といったものの学校、社会での伝達の仕方、つまり教え方にも、また多少は問題があるのではないかとも思われます・・。

とはいえ、こうした思想・哲学といったものの知識あるいはその体系もまた、他の学問と同様、そう簡単に扱うことが出来るようになるものでもなく、むしろ、こうした形而上的なことがらを扱う学問とは、対象となるものの多くが、実体としては存在しないことから、ある程度の期間を要する学習、独学と、実際の経験を加味・化合することによってのみ、何といいますか、そうした思想、哲学のフィルターを通して事物・事象を観ることが可能となり、そして、それを能動的に言語化することが出来るようになるといった性質であるように思われます。

また、さきに述べたこととも関連するかもしれませんが、我が国の実社会においては、そうした思想、哲学のフィルターを通してものごとを観ることは、何故であるかよく分かりませんが(かなり)タブー視されている感がありますので、おそらく、その時点でも、そうした学問に対する興味の芽は概ね摘み取られるのかもしれません・・。

そういえば、このことは山本七平加藤周一もどこかで述べていた記憶があります。

ともあれ、以上のような経緯によって我が国の文系学問分野においては大学にて得た知識・知見と実社会が大きく離れたものとなってしまっているのではないかと思われます・・。

そして、以前にもブログ記事にて書いたと記憶しておりますが、この点において、上記の文系学問一般とは、少なくとも医療介護系などとは、大きく背景にある価値観が異なると評しても良いのではないかと思われます・・。

また、我々日本人とは、伝統的に即物的な世界観、つまりモノとコトバの対応関係が比較的明確な世界については明るいといった傾向があると思われますので、敢えて文系であるからといって、そうした思想、哲学を教える学部、学科を持ちたがる、あるいは当初から教えるのではなく、医療、介護、社会福祉などの実習、経験を要する学習を通じ、自然にそうした思想、哲学に興味を持つような経路、システムに多少改めてみても良いのではないか思うことが少なからずあります・・。

現在になって考えてみますと、自身の場合もまた、そのような感じであったと思われますので・・。

根本的に思想、哲学もまた活きたコトバで語られなければ、それは空虚なカタチだけのものとなってしまい、伝達の力を失います。
そして、活きたコトバによる思想とは、実際の経験から内発的に生じるものではないでしょうか・・?

今回も、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて生じた地震により被災された諸地域の出来るだけ早期のインフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」