2021年7月14日水曜日

20210713 朝日新聞出版刊 木村誠著「大学大崩壊」 pp.189-193より抜粋

朝日新聞出版刊 木村誠著「大学大崩壊」
pp.189-193より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4022737905
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4022737908

2016年に中央教育審議会(中教審)が答申した「専門職大学」は、2019年からスタートするはずであった。国立大学をリストラし、定員割れの私大に対して助成金を減らし、私立大学を見捨てるという大学崩壊時代に、なぜ専門職大学が必要なのか、まずはそのあたりから説明していこう。

 答申には、こう書かれている。少し長いが引用する。

「産業界からはより実践的な教育へのニーズや、学び直しのニーズへの対応が求められ、変化の激しい社会に対応した人材、すなわち、より高度な「実践力」と新たなモノやサービスを創り出せる「創造力」を有する人材の育成強化が急務となっています。「専門職大学」は、大学制度の中に、実践的な職業教育に重点を置いた仕組みとして制度化するものである」

 要するに、若くて実践力と創造力のある人材が欲しいという産業界の要請に応えたものである。また人材不足が進行する中、中高年の能力再開発のための学び直し(リカレント)教育も視野に入れている。

 もともと専門学校には、学校教育法1条に想定される大学と同列になりたいという長年の願いがあった。両者の願いがマッチングして実現するはずだったのが専門職だいがくなのだ。専門職大学になれば、1条校として私学助成の対象になり、また受験生に広くアピールすることができるメリットは大きい。

 2017年11月6日に文部科学省が開催した専門職大学説明会には、700名余の参加者があり、会場には空席がほとんどないといった状況だった。専門学校や大学や短大などの関係者だけでなく、報道陣も多かった。

 実際の申請は、専門職大学が13校、短大は3校だった。また、名古屋産業大学が専門職大学と同じねらいを持つ専門職学科を申請した。ほとんどの母体は専門学校である。

 当初は2018年8月ごろの正式認可といわれていたが、「1校のみ認可」の審査結果が出たのは10月5日であった。審議が難航したのだろう。申請校と設置審査の結果は図表20の通りである。1校が認可され、1校と1短大が「保留」、残る14校は、申請を取り下げるというかたちになった。

 話を専門職大学新設の要因に戻そう。背景を含め次の3点にまとめられるだろう。

①専門職業人の養成には専門学校の現状では限界がある、という認識はすでに定着していた。実力のある専門学校では、神田外語大学や新潟医療福祉大学、東京工科大学のように、大学を新設した法人もある。ただ、技能習得に特化した多くの専門学校は2年や1年の修学期間といった短いコースが多い。当然、語学など教養教育や研究を行う余裕はない。もともと外国語専門の神田外語大学は、大学を新設しやすい条件下にあった。

②グローバル化が進み、海外で活躍する職業人も増えており、専門学校でも技術やスキルだけでなく、語学も含めたコミュニケーション能力や経営管理能力も要求されるようになった。新たに大学になれば、海外大学との連携協定締結などが期待できる。

③既存の大学に対しては、企業と連携した職業教育が不十分だという産業人の不満があった。もっとも大学サイドとしては、有力企業はそれほど職業連携教育に協力的でないという声もある。

専門職大学と専門職短大は、このように産業界をはじめとする社会の期待を反映している大学を目指すことになっていた。ただ、繰り返しになるが、大学並みの扱いを求める専門学校の長年の願いに応えるという事情もある。

 日本経済が低成長時代に入って、企業は終身雇用制を前提にした正社員の大量採用を続ける余裕がなくなった。一方、大学(4年制)も高卒の52%が進学する時代になった。大学教育や企業内教育だけでなく、職業社会も個々人が一定の職種で経験を積み重ねてプロになるジョブ(仕事・職・任務)型の到来が想定されている。企業内でキャリアを積み上げる今までのような方式ではなく、個々人の働き方がジョブを中心にプロとして自立し、転職も今よりオープンになる職業社会である。

 見方を変えれば、今までのように企業が従業員の経済生活の面倒を見るのでなく、必要に応じて契約解除ができる職業社会と言うこともできる。企業にとって、いつでも雇え、またいつでも契約を打ち切ることができるジョブ型職業社会は望ましい。

 ただその前提として、求職する若者が企業と対等な契約を結べるプロのジョブ能力をつけるような教育制度の設計がしっかりできていなければならない。

 その発想が、今回の専門職大学新設に加え、既存の大学に専門職学部(学科)を設ける制度設計に大きく反映している。しかし、求職する学生サイドの立場を重視しているとは言えない面もあるようだ。