2021年1月22日金曜日

20210122 【架空の話】作成の参考として、いくつかの小説の頁を広げて思ったこと

 ここ最近は投稿記事数のことを考えずに記事作成を行っていたようで、昨日の記事投稿によって総投稿記事数が1461件となっていました。そうしますと、残り39記事の投稿により、当面の目標である1500記事に到達することになりますが、とりあえずは、あまり慌てず、この先も続けて行ければと考えています。

とはいえ、このあたりまできますと「どうにか到達可能かもしれない・・。」とも思えてきますが、それは多少余裕を持たせて4月中にでも到達出来ればと考えていますが、さて、ことは上手く運ぶでしょうか・・?

そういえば、さきに投稿した記事にて述べましたが、現在【架空の話】の作成について少し悩んでいるのですが、その打開へのヒントを得ようと、以前読んだ小説を適当にいくつか開いては読んでいたのですが、その中でも岩波書店刊のトーマス・マン著「魔の山」は、読み始めますと惹き付けられる何かがあるようで、ついつい読み入ってしまいます・・。また、東京創元社刊のウンベルト・エーコによる「プラハの墓地」もまた、その独特な一種躁的とも云える独白調の文体に引き込まれてしまいますが、これは、それぞれの作品に描かれている、いわば時代の雰囲気・精神が、活き活きとしているため、そうした効果が生じるのだと思われます。

その意味で、著者が実際に生きた時代を舞台とした物語を書くことは、そうでない時代を舞台とする作品を書くよりかは容易であるようにも思われるのですが、後者の「プラハの墓地」は、著者であるウンベルト・エーコが生きた時代よりも100年近く前の時代が舞台であるにも関わらず、さきに述べたような独特の文体により「今・此処感」が醸成され、どうも読み入ってしまうのです・・。

そして、現在のものとしては感知し得ない過去の歴史を背景とした諸作品においては、まさしく、この読み手が感じる「今・此処感」(臨場感?)が極めて重要であると云えます。その点、映画や演劇あるいはマンガ、アニメといった「即視覚的な表現様式」であれば、背景解釈の手法として、ある程度「今・此処感」の表現の仕方に遊びを持たせることが可能であると思われますが、これが文章による作品(小説・戯曲など)である場合、それはあまり適応される余地はないと思われます。また、おそらく、そのあたりに欧米文化と我が国の文化の間の一つのギャップがあるようにも思われます。(あるいは、そうした事情が基層にあり、我が国特有とも云えるガラパゴス化現象が生じるのかもしれません・・。)

その意味でもやはり、我が国のマンガ・アニメには現実を離れた一種独特な「今・此処感」(臨場感)があるように思われます。

ともあれ、ハナシを戻しますと、そうしたところから、学問的な歴史観とも齟齬のない「今・此処感」(臨場感)を感じさせる「プラハの墓地」著者であるウンベルト・エーコの学識および、それを著す才能も理解出来るのではないかとも思われます。これは口語的な文章が多くなることから、一見容易いように思われるのですが、実はかなり難しいのではないかと私には思われます。

そしてまた、文化水準の程度とは、こういったところに如実に顕れるのではないでしょうか?

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!





ISBN978-4-263-46420-5

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