2024年1月8日月曜日

20240108 日本経済新聞出版社刊 ジャレド・ダイアモンド著 小川敏子、川上純子訳「危機と人類」下巻 pp.133‐136より抜粋

日本経済新聞出版社刊 ジャレド・ダイアモンド著 小川敏子、川上純子訳「危機と人類」下巻 pp.133‐136より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4532176808
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4532176808

第二次世界大戦に対する日本の姿勢をアジアがどうみているかを示すものとして、リー・クアンユーの評価を紹介する。リーは数十年にわたりシンガポールの首相を務め、日本、中国、韓国とその指導者をよく知る、鋭い人間観察眼を持った人物だ。

「ドイツ人と異なり、日本人は自分たちのシステムのなかにある毒を浄化することも取り除くこともしていない。彼らは過去の過ちについて自国の若者に教えていない。橋本龍太郎首相は第二次世界大戦五二周年(一九九七年)に際して「心からのお詫び」を、同年九月の北京訪問時には「深い反省の気持ち」を表明した。しかし、中国や韓国の国民が日本の指導者に望むような謝罪はおこなわなかった。過去を認め、謝罪し、前に進むことを日本人がこれほど嫌がる理由が、私には理解できない。どういうわけか日本人は謝りたがらないのである。謝罪するとは、過ちを犯したことを認めることだ。後悔や遺憾の意を示すのは、現時点での主観的な感情を表明しているにすぎない。日本人は南京大虐殺が起こったことを否定した。韓国人、フィリピン人、オランダ人などの女性たちが、拉致あるいは強制によって前線の兵士たちのための「慰安婦」(性奴隷の婉曲表現)にさせられたことを否定した。満州において中国人、韓国人、モンゴル人、ロシア人などの捕虜を生きたまま残酷な人体実験に使ったことを否定した。いずれの事例についての、日本人自信の記録から反論の余地のない証拠が出てきてようやく、彼らは不承不承ながら事実を認めた。今日の日本人の態度は将来の行動を暗示している。もし彼らが過去を恥じるなら、それを繰り返す可能性は低くなるだろう」

毎年、UCLAの私の学部生向けクラスには日本からの学生が含まれており、日本の学校で教えられていることや、カリフォルニアに来て体験したことを教えてくれる。日本の学校の日本史の授業では、第二次世界大戦についてほとんど時間を割かない(「数千年の日本の歴史のうちのほんの数年にすぎないから」)といい、侵略者としての日本についてはほとんど、あるいはまったく触れないし、何百万人もの外国人や数百万人の日本の兵士と民間人の死についての責任よりも、むしろ被害者としての日本(原爆によって十数万人が殺されたこと)を強調し、日本が戦争をはじめるように仕向けたとしてアメリカを非難するという(公平を期して述べておくと、韓国、中国、アメリカの教科書も、第二次世界大戦について自国に都合よく紹介している)。私の日本人の学生たちは、ロサンゼルスのアジア人学生連盟に参加し、韓国人や中国人の学生と出会い、戦時中の日本人の行動を知り、それが今も他国の学生たちの反日感情を醸成していることを知ると、ショックを受ける。

 同時に、私の日本人の学生の数人は、そして多くの日本人が、日本の政治家がこれまでに述べた数々の謝罪の言葉を挙げ、「日本はすでに十分に謝ったのではないか?」という疑問を述べる。短い答えは「ノー」だ。なぜならそれらの謝罪には真実味がなく、日本の責任を最小化、あるいは否定する言葉が混ぜられているからだ。日本とドイツの対照的な手法は主要な犠牲者である中国と韓国を納得させそこねているのはなぜだろうかと問うことだ。第6章で、ドイツの指導者たちが示して来た反省と責任や、ドイツでは子供たちが学校で自国の過去に正面から向き合うように教えられることなど、ドイツのさまざまな対応を紹介した。日本がドイツと同様の対応をすれば、中国人や韓国人は真摯さに納得するかもしれない。たとえば、日本の首相が南京を訪れ、中国人が見守るなかでひざまずき、戦時中の日本軍による残虐行為への許しを請うてはどうだろうか。日本中にある博物館や記念碑や元捕虜収容所に、戦時中の日本軍の残虐行為を示す写真や詳しい説明を展示してはどうだろうか。日本の児童が国内および南京、サンダカン、バターンなど海外のこうした場所を修学旅行や遠足で定期的に訪れるようにしてはどうだろうか。あるいは、戦争の犠牲者としての日本よりも、戦時中に日本の残虐行為の犠牲となった非日本人を描くことにもっと力を入れてはどうだろうか。こういった活動は今の日本には存在しないし、思い浮かべることすらできないが、ドイツでは同様の活動が広く実行されている。こうした活動が実行されるまで、中国人や韓国人は日本流の謝罪を信じることはなく、日本を憎みつづけるだろう。そして、中国と韓国が徹底した軍備を進めているのに日本は十分な自衛力がないという状態がつづく限り、日本の目前には大いなる危険が迫ったままである。