2017年7月17日月曜日

20170717 ブログ記事を書き続けていて徐々に変わったことについて・・

A「これまで2年以上継続的にブログ記事作成に取り組んできましたが、ここ最近はどうもやる気が湧いてきません・・(苦笑)。

しかし
、そうした状態であっても、いざ書き始めますと、どうにか、ある程度の文量は毎日書くことが出来るようにはなりましたので、ブログ記事作成の開始当初であった2年前と比較しますと、文章を書く能力の向上は(多少)為されているのではないかとも思われます・・。

また、
当ブログ開始当初の目的が『自身の文章を書けるようになりたい』というものでありましたので、あるいはその目的は既に遂げられているのかもしれません・・。

しかし、それでも、もうしばらくは記事作成を継続しようとは考えておりますが・・(笑)。

具体的には1000記事まで到達すれば良いとは思うのですが、その場合、この調子にて記事作成・投稿を継続し、来年の晩春・初夏あたりに達成となる目算が立ちますが、そこまで考えてみますと、それはかなり先のことのように感じられますので、とりあえず毎日目先の一記事一記事を積み重ねていくことにします・・(苦笑)。

また、それに関連し、ここまでブログ記事作成を継続してはきましたが、ここまで続けることが出来た自身内部での要因とは、いくつか考えられ、そして当初これを始めた理由とは、さきに書いた通りではあるのですが、それは同時に投稿記事数の増加に伴い、徐々に変化していき、最近強く感じることは『読んでくださっている誰かのために書いている』ということであり、おそらく現在では、その思いにて書き続けている部分が少なからずあるといえます・・。

とはいえ、それは特定の誰かというわけでもなく、ただ、投稿された記事に対しての反応を見ておりますと、その中に適切さ・鋭さ・才知の煌めきといったものが感じ取られ、こちらとしても、どうもさらに反応し、書き続けてしまうのです・・(苦笑)。

おそらく、こうした反応を見出すことが出来なければ、これまでのようなカタチでの記事作成は為されなかったものと考えます。

また、その意味において特に最近は『読んでくださっている誰かのために書いている』と評しても良いのではないかと思われるのです。

同時にこのことは、開始当初にはなかった『感じ・考え』でもありますので、その意味でも自身はいくらかは進歩したのではないかとも思われるのです・・(笑)。

しかし、とはいうものの、実際の私とは、それと同時に、以前のブログ記事に書いた通り、さきに応募した公募での結果により、落ち込んでいる部分が未だ少なからずあり、これをどうにか(概ね)克服したいとは考えているのですが、なかなか『次に行こう!』といった元気を取り戻せないでいる状態と云えます。

そのために色々と自分なりに行動し、そして以前にこのことを書いた時に比べれば、またさらに多少は良くはなってきたのですが、それでも、もう少し自分なりに動き続けなければ、これを(概ね)克服し、また次の応募に対して手が付かないように思われます。

それ故、今後もとりあえず活性が上がり、勢いがつくまで動き続ける以外にないとに思われます・・(笑)。
(季節が(活性が上がる)初夏であって本当に良かったです。)

ともあれ、このさき、これまでの経験を生かすことが出来るような大学での職種に本当に就くことが出来るのであろうか・・?

*おかげさまで昨日投稿分の記事も比較的多くの方々(30程度)に読んで頂けました。

昨年より現在に至るまでに生じた一連の地震・大雨・水害といった大規模な自然災害によって被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧および、その後の速やかな復興を祈念しております。』














20170716 地域にて共有される認識と措辞への能動性について・・南北九州の違い

A「7月13・14日投稿分の記事の閲覧者数はその後も伸び続け、併せて150近くとなっております。

また、こうした題材を書いておりますと思い起こされるのが、以前読んだ野上彌生子著の『迷路』であり、この著作内にたびたび描かれている我が国近現代あるいはそれ以前からの歴史と絡めたさまざまな社会の様相およびその変化とは、大変興味深く、また、そうした著者の視点に13日投稿分記事に出た夢野久作の著作とのある種の類似性を考えさせられます。

また、その類似性とは、その他のこの地(北部九州)が輩出した多くの研究者・著述家などについても、ある程度共通した何かがあるのかもしれないと考えさせれます。

そのように考えてみますと、北部九州一帯には、古来より歴史などを含めた『何かを物語る・措辞する』ことについて古来より続く何かがあるのかもしれないと考えさせられます。

そして、その基盤となるものが、おそらく表立って主張されることは少ないのかもしれませんが『我々こそが古来からの正統な日本人である』といった、いわば『真っ当ともいえる矜持』ではないかと思われます・・。

こうした矜持があってこそ、はじめて現今生じている出来事の価値・意味合いといったものを精確に認識し、歴史上に配置出来るといった一種の能動的な認識に結節することが出来るのではないかと思われます・・。

また、こうした認識とは、往々にして男性的とも称されるのでしょうが、それもまた、当地が古来よりさまざまな海外からの影響・圧力に対して真っ先に対応を迫られた地域であったことに起因しているのではないかと考えられます。

こうしたことを私見を交えて別言しますと
『あなた方中央におられる方々には分からないかもしれないが、我々は古来より外から訪れるものに対し、真っ先に対応してきたからこそ、現在の我が国があるのです。それ故、現在中央にて問題となっている種々案件の多くは、その根源を辿ってみれば、既に我々がどこかで経験し対応してきたことでもあるのです。また、そうした経験を持つ我々の為す判断、述べる意見であるからこそ、そこには少なくとも、ある一定(以上)の価値があるということを認識して頂きたい。』

といった感じになるのではないかと思われますが、こうした地域からの主張とは、時代の状況によって語調強弱のトーンが変化するのでしょうが、何れにせよ、その基層にあるものとは、さきに書いたような地域にて共有化された認識ではないかと思われます・・。

また、そうした(地域特有の)認識がなく、どの地域もこれといった特徴がなく、平均化されてしまった我が国とは本当にツマラナイのではないかと考えます。

しかし他方において、極論ではありますが、こうした認識およびその価値とは、その地域を一つの市場としてか見做していない他の地域・国々にとっては、おそらく、どうでも良いことなのです・・。

ただ、その地域が自らに利益を齎してくれるのであれば・・。

そしてまた、ハナシは戻り、そのことを古来からの歴史およびそこでの経験を通じて強く認識している地域であるからこそ『何かを物語る・措辞することについて』の価値を認め、そうした認識の共有が為されているのではないかとも思われます・・。

とはいえ、こうしたことは南九州および南西諸島においては、多少事情が異なるようであり、また、そうしたことが現在に至るまでの当地域が含まれる領土問題における我が国の対応にも影響を与えているのではないかと思われます・・。

また、その意味で西南戦争とは、やはり少なからぬ影響を今なお、この地域に与えているのではないかと考えます・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年より現在に至るまでに発生した一連の地震・大雨・水害といった大規模自然災害により被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧および、その後の速やかな復興を祈念しています。』