2023年12月31日日曜日

20231231 株式会社講談社刊 池内紀著「悪魔の話」pp.64-67より抜粋

株式会社講談社刊 池内紀著「悪魔の話」pp.64-67より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4061490397
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4061490390

白人種といったものがフィクションであることは、言葉が正確に示している。白は元来、晴れた日の雲や、神が棲む雪をいただいた山をいうための色だった。父なる神のための聖なる色であって、白馬が神を選び、白衣の神官が祭儀を司る。

 聖なる白は無垢の純潔の色となったが、せいぜいが象徴的な用い方にとどまって、それが「実用化」にいたったのは意外に新しい。聖職者たちは、とりたてて白にこだわらなかった。激しい戒律の修道会ですら、どちらかというと自分たちをアピールするための色の特徴を重んじた。ロジーナ・ピゼスキーの「モードのイタリア史」によると、中世のカルメル会修道士は七つの布切れを縫い合わせた衣服を着ていたが、それは白4、赤3の割合いのおそろしく派手なもので、そのため「かささぎ会士」などとからかわれた。

 今日はすっかりおなじみの白い花嫁衣裳にしても、ようやく二十世紀の産物である。これについてはピゼスキー女史がイタリアの例で述べているが、リュリー女史のいうアメリカの場合でみると、一九二〇年代以前は、花嫁は自分に似合う色なら何でもよく、新品のイヴニング・ドレスでありさえすればよかった。白はもとより、ピンク、黄色、ブルー、グリーンと何色でも可。婚礼のあともずっとそのドレスは彼女のとっておきのパーティ・ドレスとして使われた。

 純白のドレスに白いヴェールというおなじみの花嫁衣裳は、もしかすると、無垢と純潔が下り坂になったころに急速にひろがっていったのかもしれない。不足を補うための「制服」の効用であって、悪魔の発明品の一つである。それは花嫁のそれまでのいろいろな体験をいっさい帳消しにして、ともかく無垢の人として聖なる祭壇へとおくり出す。

 ついでながら、近ごろは白い花婿衣装が大はやりらしい。これは悪魔の発明品というよりも道化の衣装を思わせる。大英帝国はなやかなりしころ、植民地司令官の大佐などが白いスーツに白ズボン、頭には王冠のような白いヘルメットをのせてカッポしていた。蛮地にやってきた新しい王であり、「聖なる人種」というつもりだったのだろう。力を背にしてせっせと搾取にはげむ一方で、ひとりよがりの正義と信仰をおしつけた。その度しがたいまでの生態については歴史の本にくわしい。私には賢明な今日の女性たちが、どうしてあのコッケイな男性のいでたちを見すごしているのか理解できない。それとも力を背にして搾取にはげむ一方で、ひとりよがりの人生観と生活哲学をおしつけてくる〈植民地司令官〉が、もんざらでもないというのだろうか。

 悪魔は、ときおり死や異端者と関連して鉛色だったり青白かったりするが、通例は黒く、暗い。ふつうは裸であるが、腰衣をつけているだけ。ひどく痩せている。なぜか肥っちょの悪魔というのはいないようだ。ともあれ、どんな姿にでも返信することができる。

 髪の毛が逆立っていて、先端が針のように尖っている。地獄の炎の名残りらしいが、別の説によると、髪を油で天を突く形に固めて敵をこわがらせようとした辺境民族の風習をとどめるものだという。

 長く垂れた鉤鼻。この特徴は、ユダヤ人が悪魔視される過程で、しばしば引き合いに出される。

 蹄、あるいは鉤爪をもち、山羊の脚として描かれた。責苦を与える道具として三叉の鉾やフォーク、鉤などをかかえている。ラッセルの本に引かれているものから、その中のとびきりの大物をひとりー十一世紀に生まれた「タンデールの幻」という地獄見聞記によると、信じられないほど巨大なけものであって、カラスのように黒く、体は人間そっくりだが尾があり、手が無数にあった。

 指の爪は騎士の槍より長く、足の指の爪も同様だった。また長くて厚いくちばしと、長く鋭い尾をもち、尾には釘が生えていて、それで亡者の霊魂を傷つけるのである。このおそろしい怪物は、デーモンの大群が風を送って燃やしている石炭の上の格子にうつぶせに寝ていた。・・・

 息をするたび亡者の霊魂を吐き出し、息をするたびにまた吸いこんで噛み砕いた。これがルシファーで、神が造った「最初の被造物」だという。

 もっとも、これもまたいまだ中世の悪魔であって、以後、しだいに変わっていく。黒い天使として多様化し、美しく、かつは知的に洗練されていった。