2022年9月29日木曜日

20220929 以前と比べ記事の投稿頻度が低下していることについて・・

おかげさまで、一昨日の投稿記事も、これまで比較的多くの方々に読んで頂けました。こちらの記事を読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。また同時に、総投稿記事数も1855に至り、あと新規で45記事投稿することにより、当面の目標としている1900記事に到達することが出来ます。去る6月13日に1800記事に到達していましたので、その後、概ね3.5カ月にて55記事を投稿したことになりますので、その間2日に1記事の頻度にて投稿してきたことになりますが、この投稿頻度は今後また、出来るだけ上げていきたいとは考えいるのですが、その具体的な方策については、未だ定まったものはありません。ただ、どこに居ようと、何かしら記事の着想を得たら、即座にそれを記述しておくという2016年頃に行っていた方法を再度試みることにより、また新たな流れが生じるようにも思われますので、今後しばらく行ってみようと思います。

思い返してみますと、たしかに2016年の頃は、ほぼ毎日、ブログ記事の作成を行っており、また丁度その頃から、書籍からの引用記事でなく、自らの文章による記事作成が安定してきました。そして、その流れはその後、2018年夏頃まで継続したという実感があります。そうしますと、2016年からの2年半の期間が、これまでブログ記事作成で、最も脂が乗っていたと思われ、また、正直なところ、その期間に記事として書いた内容からは、そこまで大きな考えの変化といったものはないように思われるのです。つまり、その期間にブログ記事に書いた内容こそが、それまで考えて、そして文章として著すこと出来るにまで至った考えであり、それは現時点においても、あまり大きな変化はないということになります。

そのように考えてみますと、2018年の5月26日(夏前)に1000記事に到達したということは、私としては感慨深く、また、それからしばらくは記事作成の勢いは、そのまま続き、そして初夏に至り、一段落したものと見受けられます。

そして、そこから4年以上経ち、新規での投稿記事は850程となりました。この投稿頻度は、たしかに、さきに述べました当初3年間と比較すると低下していると云えますが、しかし同時に、自分なりの考えや見解を3年にわたり、ブログ記事として投稿し、示し続けた後としては、そこまで低いとは思われません、むしろ、それらを一つの流れとして考えてみますと、そこから一つの成長の経緯が示されるようにも思われるのです。無論、であるからといって、それに安心・慢心することは慎んだ方が良いと思われますが、ともかく、そこまで落ち込むこともないと思われるのです。

くわえて、以前に「ブログは1000記事に到達してからが本番」といったご意見を聞いたことがありますが、それとも、さきに述べた様相は関連があるようにも思われるのです。そして、今後、当面の目標である1900記事そして、さらに2000記事まで到達することが出来ましたら、また何かが変化して、それを実感することは出来るものなのでしょうか?何れにせよ、そこまで継続しませんと、それは分かりませんので、今しばらく続けようと思います。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


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~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

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2022年9月27日火曜日

20220927 直近2つの引用記事の閲覧状況から思ったこと

昨日は新規での投稿をしませんでしたが、それ以前直近の引用記事2つは、おかげさまにて、比較的多くの方々に読んで頂けました。これらを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。そこからまた、私のブログは思いのほかに多く医療従事者の方々にも読んで頂いているとも思われました。

そして今後も、こうした医療に関連する興味深いと思われた書籍内記述の引用記事も、引き続き作成していこうと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

また、こうしたことを記していますと、思い出されるのは、ここ最近、何度かブログ記事の題材とした「黒光り」と「無双感」のことです。それら記事では開業医などの外見からよく看取されるのは「黒光り」であり、他方の「無双感」は、人文系の研究者などが、ご自身の専門分野での知見や見解を述べている際の様子から看取されると述べましたが、それらはあくまでも私個人の見解であり、また何れにおいても、それらの傾向から外れる方々も少なからずおられました。

また、そうしたいわば「規格外」とも云える方々の多くは、会話をしていますと「何か少し違う、尋常ではない・・」といった感じを受けるもので、さらに会話を続けますと、それまでに聞いたことがないような意見や考えに触れることもあります。

その一つとして、これまでに度々、当ブログ記事の題材としている医療介護系専門職大学新設が挙げられます。この話をお聞きしたのは2017年頃であったと記憶しており、当初は、あまり気に留めていませんでしたが、その後、私の方が当時勤務していた医療法人での職務から、歯科衛生士・技工士養成校(大学・短期大学・専門学校)へ訪ねることが多くなり、そこから本格的にこれら職種のなりてが不足していることを知り、さきの専門職大学の話を思い出しはじめた頃、再度、さきの専門職大学新設の意見を仰っていた開業歯科医師の先生とお目に掛かる機会があり、そこで「先生、ボクも最近仕事で歯科衛生士や技工士の養成校に度々行くのですけれども、総じて、就職支援室に来る求人数に対しての学生さんの数が少ないことを痛感しました。そこで、以前、先生が仰っていた歯科衛生士と歯科技工士の専門職大学の件ですが、あれは本当に考えておられるのですか?」と少し斜に構えた感じで訊ねたところ、件の先生は「いや、歯科技工士が足りないのは以前から分かっているから、それならば運営に苦慮されている歯科技工専門学校を譲り受けて、その後、CAD/CAMなどの新たな技術にも対応可能な機器・設備を導入し、それに見合ったスタッフも揃えて教育を行えば、新たな歯科技工士の教育が出来るし、それに加えて、歯科衛生士も毎年の求人数に比べて国家試験合格者数はかなり少ないから、歯科衛生学科も設置すれば良いかなと思っていたら、丁度同じ頃に、専門職大学という新たなタイプの大学が設けられたと聞いてね、それで、ウチの**先生にその説明会に行ってもらい話を聞き、そこから色々と事情を調べてみたところ、現時点では未だ動き出す時期ではないと思って、とりあえずは保留にしてあるのです。」という答えが返ってきました。

こうした考えは、これまで人文系の研究者の方々からは、お聞きすることがなかったことから、このような研究分野による視座、あるいはスケール感といったものは、明らかに異なるのではないかと思われたのです。

ともあれ、その時、私は件の先生に「しかし先生、専門学校からの改組とはいえ、ご自分で大学を新設しようと本気でお考えなのですか?」と、さらに訊ねたところ「いやいや、歯科技工士も衛生士も足りていないのは事実だし、最近のデジタル化への対応も歯科では重要だよね。それに、知っているかもしれないけれど、日本の私立の老舗医科大学でも設立の経緯で、分派独立みたいなことは度々あったわけだから、そうした動き自体は、現在の歯科医療専門職の教育であっても、そこまでおかしいとは思えないけれども・・。」といったお返事でした。

そして、こうした視座、あるいはスケール感は何に依拠しているのかと考えてみましたところ、それは全てではないにしても、ご自身が運営する組織に基づく経済感覚にあるのではないかと思われましたが、しかし、こうした考えの歯科医師も決して多くはないと思われますので、あるいは、他の個別的な要因があるのかもしれません・・。

私見としては、こうした若手・中堅の勢いのある先生方が、各地方にて、古くなって、運営が困難になった専門学校等を譲り受けて、学科編制を変えて専門職大学に改組するといった動きが生じ、そして活性化すれば、昨今問題視されている、我が国の高等教育での新陳代謝が、さらに進むのではないかと思われ、それはそれで、少なくとも悪い流れではないと思われるのですが、さて如何でしょうか?

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2022年9月25日日曜日

20220925 碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」 pp.394-396より抜粋

碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」
pp.394-396より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4502125911
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4502125911

以下の記述についてよく考えてほしい。虫歯は予防可能だという事実があるにもかかわらず、歯を失う理由の一番に挙がる慢性疾患であり、2歳から5歳の子供の4分の1以上、12歳から15歳の子供の半数以上、40歳以上の成人の90%以上が虫歯を持つ。虫歯は全世界の50億人を苦しめ、特に低所得世帯に影響を与えている。世界の公衆衛生における関心事に対応する、破壊的イノベーションの機会が存在すべきである。

1つの事例がある。しかし、患者のためにやっているせいで、それを必要とする人々になかなか届けられないでいる。既存の提供者が直接攻撃を受けたときに、規制が患者保護から提供者保護へと、どのように形を変えるかを表した事例として、マサチューセッツ州で起きていることを良く考えてほしい。

 歯科衛生士が法律を制定しようと働きかけている。その法律では、特別に訓練された衛生士が歯科医師の直接の監督下になくても歯をきれいにし、フッ素塗布ができるようになる。マサチューセッツ歯科医師会は住民の安全を引き合いに出して、声高にこれに反対した。さらに、医師会は代替案を出したー歯科医の直接の監督下で、歯をきれいにし、詰め物さえできる特別に訓練された歯科補助者という異なる階級の創設である。マサチューセッツ歯科衛生士協会(MDHA)は、歯科補助者の誕生によって”資格のある歯科衛生士を締め出し”かねないと反対声明を出した。どう見ても、マサチューセッツ州は破壊的イノベーションからの直接的な攻撃を巡る長い闘いに向っている。予想通り、組織や専門家は自らの食い扶持を守るために闘うのである。

しかし、着目する人々が少ない場所では歯科診療は破壊されている。アラスカ先住民族保健コンソーシアム(ANTHC)は2000年に、郊外の歯科サービスの欠如に対応するため、州を説得し歯科保健補助療法士(DHAT)という新種の歯科職種を創設させた。モデルは90年以上前にニュージーランドで導入され、明白な成功を収めたもので、同様のプログラムはカナダやイギリスを含むその他42の国に存在している。実際、歯科治療の教育を受けた最初のアラスカの学生は、米国にそのようなプログラムがないためニュージーランドのオタゴ大学歯学部に通った。DHATの教育期間は歯科医教育の最低4年間に対して2年間であり、給与は年間6万ドルで一般的な歯科医の3分の1程度である。

 2003年以降、アラスカ農村地域のDHATは定期的な症例検討という間接的な監督のみでクリーニング、削る、詰める、抜歯などのサービスを提供している。現在、10人のDHATがアラスカの20の村で役目を果たしているー以前は訪問歯科医による歯科診療が毎年1週間か2週間のみ存在した地域である。ワシントン大学歯学部教授による2005年の質評価報告は以下のとおりである。
                                         

 私はベセル、バックランド、シャングナックの歯科診療所に対する4日間の査察で、2005年初頭からアラスカ原住民にプライマリケアを提供している4人の歯科保健補助療法士の臨床成績を評価した。彼らの成績はあらゆる点で私の定めた診療の基準に合致したものであった。基礎教育と、それに続く研修によって有能な医療提供者が生み出されている。各人が基本的な予防サービスだけでなく、詰め物や抜歯など不可逆の歯科処置を含む簡易な治療を提供する実力を備えている。彼らの患者マネジメントスキルは標準的な診療を上回っている。彼らは診療範囲の限界を熟知しており、それを越えようという素振りは見せなかった。彼らは患者の安全を脅かす可能性のある臨床状況を認識し、それを避ける能力があることを複数の場面で見せてくれた。私は現地調査を通じて、アラスカ原住民に有能で安全なプライマリケアを提供できるような歯科療法士を教育するのは不可能であるとした歯科医や歯科学会の主張は大げさだと確信した。
                                          
米国歯科医師会やアラスカ歯科学会は、DHATの侵入を阻止しようと2006年にアラスカ上級裁判所に差し止めを要求し、監督下にない歯科サービスを提供する許可を彼らに与えることに予想通り反対している。判事はANTHCを支持し、"アラスカ州試験委員が農村地域のアラスカ原住民を対象とした歯の健康を担当した場合、多数の健康目標で・・(中略)未達成が続くだろう”と評価した。歯科医師による十分なサービスを住民が享受していない残り48州の郊外でもDHATがすぐに許可されるようになるだろう。最終的に破壊的イノベーションはマサチューセッツ州にもたどり着くだろう。しかし、2つを結ぶ最短距離は直線ではないのだ。

2022年9月24日土曜日

20220924 碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン/ジェローム・H・グロスマン/ジェイソンジェイソン・ホワン 著 山本雄士/的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」 pp.28-30より抜粋

碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」
pp.28-30より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4502125911
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4502125911

今日の医学教育は、メディカルスクールのカリキュラムの骨子が制定された1900年代前半の3つの状況を反映したものとなっている。第1に、20世紀最初の数十年、医療は科学ではなく直感によるアートであったー医療の提供能力はルールやプロセス、設備ではなく医療従事者に依存していた。したがって、医学教育は直感に基づいて、個人で働く医師を育てる仕組みになっていた。第2に、学生は秋に農作業を終えてから集団で学習を開始した。第3に、現在のメディカルスクールのカリキュラムの骨子が固まった時代の疾患のほとんどは急性疾患であり、ほとんどの症例は教育病院で経験できた。
 今日の医学生が医療を実践する未来の世界は、メディカルスクールが用意したものとは全く異なるものである。相違点の1つは、直感的、または経験的医療の領域にある疾患のほとんどが、20年後の未来には精密医療の領域へと移行しているということである。その結果、多くの疾患が最終的にはナースプラクティショナーやフィジシャンアシスタントによって診断、治療されるようになる。彼らは組織し管理することが、ほとんどの医師の仕事の大部分となるだろう。
 もう一つの相違点は、属人的な専門性とプロセスにおける専門性との比較にみることができる。いつの時代でも、経験豊かで直感的な専門医にソリューションショップで働いてもらう必要がある。多くの疾患にはまだ精密医療が有効でなく、これまでになかった新しい疾患も生まれるであろうからである。医学生を個々人として働けるように訓練する現在の教育方法は、そうしたソリューションショップで働く医師を育てるには十分であろうーしかし、30年度にはそうした医師の必要性は今よりも少なくなっているはずである。未来の医師のほとんどは、個人の能力のみではなく、プロセスや設備に医療提供能力の大部分を頼るような環境で働くようになる。しかし、私たちの知る限り、ミスを防止するための自己改善プロセスのデザイン方法を学ぶことができるクラスを設けているメディカルスクールはない。
 第10章で説明するように、今日の償還制度ではプライマリ医より専門医のキャリアを選んだほうが高収入を得ることが出来るために、米国のメディカルスクール卒業生は専門医教育を受けることを選択し、躊躇なく、上位市場へと進んでいる。結果、現在米国で診療を開始するプライマリケア医のおよそ半数は海外のメディカルスクールー基本的にはカリブ海周辺やラテンアメリカ、インドーの卒業生である。これらの大学は評価を高めつつあり、在職者にとって経済的に全く魅力のないマーケットを手始めとして、米国のメディカルスクールを破壊しつつある。
 これが米国の医学教育機関にとって脅威となりうるのは、将来的に多くの牽引技術によってプライマリケア医が専門医を破壊することになるからである。加えて、そのような技術の進展によってナースプラクティショナーやフィジシャンアシスタントがプライマリケア医を破壊するだろう。そしてまた、米国では慢性的な看護師不足も続いているーこちらも基本的にはフィリピンなど海外で教育された移民看護師によって埋め合わせがされている。看護師不足は米国の看護学校が足りないことが根本にある。つまるところ、米国は将来必然性が増す可能性の高い専門職よりも、先細りになる可能性の高い者たちの育成に医学教育のリソースを向けていることになる。

2022年9月23日金曜日

20220923 過去の投稿記事を読み、生じた変化について(過去を参照して活力を得る?)

現在読み進めているジョン・ト―ランド著「大日本帝国の興亡」第五巻(平和への道)は、そこまで快調に読み進んではいないものの、ポツダム宣言そして広島・長崎への原子爆弾投下に至るまでのくだりとなり、その先の展開が概ね分かっていることから、気が滅入ってきます。それ故、出来るならば、あまり読みたくないのですが、しかし、このあたりの歴史が、近代以降、現代に至るまでの、我が国の大きなターニング・ポイント、つまり、それ以前と以後では、同じ国ではあるものの、社会が異なるものになった基点と云えますので、多少気が滅入ることはあっても、このあたりの歴史を、自分なりに出来るだけ詳細に知っておいた方が良いと思われるのです。もちろん、それは、あまり変わらない「歴史好き」という私の性分に依拠するのでしょうが、しかし、そこでの歴史の流れを自分なりに理解して得られた意見や見解を、当ブログ、あるいは連携投稿でのツイッターなどのSNSを通じて、より多くの方々に読んで頂き、そして、わずかではあれ、何らかの反応や影響があれば、それは自分の性質の、より根源的なところから発信された意見・見解による効果であると思われますので、私としましては、そこに当ブログを継続してきた価値や意味合いといったものを感じ、カタルシスを得ることが出来るのです・・(笑)。

こうした雑記的なブログであれ、ある程度の期間続けていますと、こうしたカタルシスに麻痺してくるのでしょうか、当初にはあった熱意・情熱のようなものが薄れてきます。それでもブログは(どうにか)継続することが出来ていますので、そこには自分なりの、継続のための技術があったのでしょうが、しかし、我が事ながら面白いのですが、作成者側からしますと、継続のための技術をさらに模索するよりも、当初にあった熱意・情熱が甦ってくれることの方を強く願うのです・・。

そして、時折、何かしら書籍などを読んでいますと、その経緯は不明で、さらに未だ再現性を見出すことも出来ていないのですが、当初の熱意・情熱が一時的にではあれ、甦ったように感じることがあるのです。いえ、この感覚は「甦る」というよりも、精確には「思い出す」に近いと思われるのですが、この感覚を思い出し、さらに、それを所望の時に再現出来ればと思うのですが、これに関しては今現在叶っていません。しかし、本日に関しては、さきほど、自身によるいくつかのブログ記事を読んでいたところ、どうした経緯によるものか、さきに述べた感覚が多少思い出されたようで、現在は、その勢いにて記事作成を行っていると云えます・・(笑)。

ともあれ、たとえ以前に一度書いた内容であっても、再度、それを著す際には、おそらくあまり意識せずに、多少の文体の進化や洗練といったものはあるのではないかと思われます。そして、それを何度か繰り返すことによって、より深くからの自分の性質と、人に伝えるための文体が融合して、そして、さらに多くのことを文章にて著すことが出来るようになるのではないかと思われるのです。

たしかに、現在の私は読書も当ブログも停滞気味ではありますが、他方で、さきに述べたような感覚が訪れることも時々はありますので、また後日、そうした感覚を起点として、文章を作成する自分に相変態的な変化が生じるようにも思われますので、無理はあまりせずに、とりあえず当ブログを続けてみようと思います。

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2022年9月22日木曜日

20220922 昨日の投稿記事の閲覧状況から思ったこと

昨日の記事投稿により、総当記事数が1850に到達しました。そして、今後150記事、新規にて投稿することにより2000記事に到達しますが、これは年内に1900記事まで到達し、そして来年の春あたりでの達成を目指していますが、さて、ことは、そこまで上手く運ぶでしょうか・・。

そういえば、昨日の投稿記事はどうしたわけか、比較的多くの方々に読んで頂けました。これを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。やはり、ある程度の身なり・服装といったものも大事な要素であるのかもしれません。

しかし、最近の我が国の報道番組や、時折目にするバラエティ番組などに出演されている方々を拝見しますと、私見としては、やはり総じて、どうしても不自然に小ぎれいであると思われるのです。画面に映る外見は、伝達される情報としては、そこでの言説と同様、あるいはそれ以上に重要なものであるのかもしれませんが、過度に外見に重きを置かれているのが現在の我が国全般の傾向であるように思われます。

その背景には、地上デジタル放送の一般化やネット環境やスマホの普及といった周辺事情があったと思われますが、ともあれ、それにより、私を含めて我が国のリテラシー(読解記述力)は、やはり、以前と比べて低下したのではないかと思われるのです。

このような言説を述べますと「ネガティブな言説を吹聴して衆目を集めたいだけでは?」といった、ご意見が反応として出てきますが、しかし考えてみてください、太平洋戦争末期、我が国の軍隊が南の島々で玉砕、そして兵員装備を運ぶ輸送船も次々と撃沈されていた頃、時の我が国の政府(大本営)は、どのような内容の言説を国民に向けて流していたのでしょうか?

いや、そうした状況下においては、政府見解へのカウンター(反対意見)としてのネガティブな言説などを流したり、また、それを受容出来るような社会的素地も、既になくなっていたのだとは思われますが・・。

そのように考えてみますと、さまざまな意見を受容出来る、寛容な社会的素地とは、おそらく簡単・短期間に醸成できるようなものではなく、しかしまた同時に、醸成されていたとしても、社会での圧力などにより、思いのほか容易に滅んでしまうものであるのではないかと思われるのです。

その意味において、戦後以来、現在に至るまでの社会は、そこまで悪いものであるとは思いませんが、しかし、昨今の我が国社会を眺めていますと、我が国の持つ多くの諸性質が、どうも裏目に出てしまうことが多く、それ故、欠点が目立って、社会全体として劣化しているように見られることが多いのではないかと思われるのです。

いや、実際に我が国は前世期末頃から衰退期に入っているのでしょうが、しかし、それでも、それを認識して、新たな回復・改善策を示して実行していれば、まだ十分に失地回復の可能性も、その当初にはあったのでしょうが、現在に至っては、それは困難であるように思われるのです・・。

また、そのことを異言しますと「付加価値の創造をしなかった」ということになると思われますが、ここで、昨日の投稿記事や、さきに述べたリテラシーの低下とも関連するのですが、付加価値とは、結果的に、製品やサービスの外見にあらわれるのでしょうが、その顕現に至るまでの過程の根源には、やはり議論の営みや、それを基礎とした思想があると思われるのです。そして、これについては、近代以降、いや、それ以前からの我が国は、捨象し続けて、何やら「それらしいもの」をつくってきたのではないかと思われるのです。そして、その意味で、現在の世界情勢では、目に見える外見以前の、抽象的な思想などの重要性が、相対的に大きくなってきたように思われますので、それが、さきに述べた「我が国の諸性質の多くが裏目に出ている」につながっているように思われるのです。

そして、その変革の可能性が乏しい性質に手を加えず、将来の国際社会で我が国が一定の地位を占めて、尊敬を受けるようになるためには、国際的に活動出来る、医療介護専門職の方々を、より多く養成することが一つの有効な打開策となるのではないかと思われるのですが、さて、如何でしょうか?

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20220921 自分の服装・恰好に対する反応から思ったこと・・

私は電車などの乗物に乗った状態にてPCを使うと酔ってしまうことが多く、また、喫茶店などでPCを開いて何らかの業務を行っている方を見ますと、その真剣な様子に気圧されしてしまうのか、自分ではあまり積極的には行いたいとは思いません。つまり、私はPCを持って出て、外出先や移動中にて、出来るだけPCを用いた業務を行いたくありません。そして、それは基本的に現在でも同様ではあるのですが、本日は、インターネットの繋がる環境とPCがあれば出来る業務があったことから、リモートワークでこれを行おうと、ノートPCを持って外に出ました。

リモートワークが出来る喫茶店は都内某所にあり、以前から何度か訪問させて頂いていました。電車を乗り継いで店に着き、注文をして席に座り、PCを開き、アダプターやマウスを接続して電源を入れて立ち上げた丁度そのころ、スマホのラインにて連絡があったため、それに対しての返事をして、また別件にて電話をかけることを思い出し、喫茶店前の歩道に出て、通話を試みていた時、向う側から、ワイシャツにプレスのきいたスーツのパンツを着て、首からIDカードホルダーを下げた20~30代ほどの4人組の男性が、ほぼ横並びに会話をしながら、こちらの方に歩いて来ました。そして、スマホで電話を掛けている私の前を通り過ぎる時、何人かがこちらを一瞥し、そして通り過ぎた後「日雇い労働者Ww」「出稼ぎじゃないの?Ww」と笑っておられました。

さすがに、そうしたことを云われても激昂出する(出来る?)ような年齢ではなくなってしまいましたが、その時「ははあ、私の恰好はそのような感じに見られるのか・・。」と思いました。ちなみにその時の私の恰好は、かれこれ10年以上前、デッドストックにて購入し、現在では色褪せたODグリーンの米軍のジャングルファティーグジャケットの下に淡青色のキューバシャツ、そして、その下に白のクルーネックシャツを着て、リーバイスのデニムブッシュパンツにベージュスエードのダナーライトをはいていました。また、頭にはベージュのブーニーハットを被っていましたので、たしかに、小ぎれいな格好であったとは云えないかもしれません・・(苦笑)。

ともあれ、そのような出来事に際して即座に怒ることが出来なかったことは現在となっては仕方がないのかもしれませんが、同時に、であるからと云って、あまり自分の服装の路線を変えようとは思わないことは、多少考えものであるのかもしれません・・(笑)。

しかしながら、今から、そうした服装の路線を変えて、もう少し小ぎれいにしてみたところで、何かが変わるものなのでしょうか?

そのように考えてみますと、たしかに今さら怒る気持ちは起きないのですが、しかし同時に絶望とは違うものの、何やらとてもイヤな、うすら寒い感覚が残りました。

まあ、生きていますと、時には、そのようなこともとありますね・・。

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2022年9月20日火曜日

20220919 書籍を読んでいて不図、発見・気が付くことについて

いくつかの読み進めている書籍以外で、書棚からある書籍を不図、取り出し立ったままでしばし読むことが度々ありますが、面白いもので、そうした機会に選び、読んだ書籍の記述から、突如として、これまで知ってはいたものの、記憶の片隅に追いやられていた、何らかの知識が想起させられることがあります。

それは、それらの間に認められる、何らかの共通性などの発見ですが、こうしたことは意図して狙ったものではないことから、比較的鮮烈に記憶に残るのだと思われます。直近でのそうした経験は、去る9月17日投稿分の「株式会社岩波書店刊 谷川健一著「日本の神々」pp.186-188より抜粋」の記述にある「元来、山陰地域を根拠とした名和水軍は、南北朝時代に加担した南朝方が敗れて、その残党は、味方である肥後の豪族菊池氏と、その根拠地である肥後国に遷り、そこからさらに南の琉球に進出した」という伝説から、自らの以前の投稿記事「20190323 対話形式2007年10月頃のこと」内、以下の記述が思い出されたことです。

「6世紀の継体天皇の御代に九州北部で生じた磐井の乱はご存じだと思いますが、それで、その筑紫君磐井の墳墓とされる岩戸山古墳周辺地域に特異的に見られる石人石馬もご存じであると思うのですが、この石人石馬が、何と!鳥取県の石馬谷古墳からも、一つだけですが出土しているのです・・。それで、この共通項から遡った地域を考えてみますと、それは古代朝鮮半島南東部にあった新羅ではないかと思われるのですが、これは未だ仮説、いや一応、歴史的背景などは考えてはいるのですが、現段階では空想と云えます・・(笑)。」

厳密には、岩戸山古墳は肥後国には属しませんが、古墳時代、6世紀頃においては、筑後と肥後の有明海をのぞむ地域一帯には、ある程度共通する文化があったものと思われます。そして、その地域での埋葬文化の一つの顕われとして、石人石馬があると云えますが、若干時代は先行するものの、これと同様とも云えるものが、山陰地域にて出土していることは大変に興味深く、おそらくこれら(有明海沿岸の筑後・肥後地域と、伯耆国の山陰地域)での共通する文化を育んだ故地のようなものがあるのではないかと思われますが、おそらくそれは、さきの引用部通り、朝鮮半島南半分の何処か(おそらく旧新羅地域)にあるのではないかと思われます。

また、さきの有明海沿岸と伯耆国について、その他の共通する要素を考えてみたところ、岩戸山古墳が有明海の近く(多少内陸ではありますが、そこに流れ込む矢部川の流域)そして石馬谷古墳が宍道湖・中海と、双方共に内海・潟湖近くの地域に立地していることが共通しており、ここからもまた、居住地域に対する共通した嗜好性のようなものが感じ取れます。

とはいえ、内海を控えた地域での居住を嗜好する生活文化自体は、古墳時代以前の弥生時代から続いており、面白いことに、内海や湖を控えた地域(宍道湖・中海がある出雲、琵琶湖がある近江、浜名湖がある遠江)に、銅鐸もまた集中して出土しているのです。このことは、さきの古墳時代での石馬発見事例とも文化的な連続性があるのか未だ不明ではありますが、他方で、そうした内海・潟湖や湖の近くに居住地を定めるのは、当然であるのかもしれませんが、水稲耕作を主たる生活手段とした集団であると云えます。

ともあれ、このような、一見あまり関係がないように思われる離れた地域から、共通すると思われるものが、時代が変わりつつも、いくつか見出すことが出来る背景には、やはり何かしらの要因があると思われます。そして、この場合であれば、その主たるものは、案外単純であり、列島沿岸を流れる「海流」であったのではないかとも思われます。

こうした事例は、その他にも国内外に多々あるとは思われますが、その着想を、書籍などを読んでいて不図、思い付いた時は、やはり現在でも多少ワクワクしますが、そうした着想は、発見と云うよりも、むしろ(ハッと)気が付くといった感覚の方が、より適切と云えるのかもしれません。

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ISBN978-4-263-46420-5

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2022年9月18日日曜日

20220918 早川書房刊 ジョン・ト―ランド著「大日本帝国の興亡」 2: 昇る太陽 pp.150‐152より抜粋

早川書房刊 ジョン・ト―ランド著「大日本帝国の興亡」
2: 昇る太陽 pp.150‐152より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4150504350
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4150504359

午後零時三十三分、〈レパルス〉は転覆し、ゆるやかな荘厳さで、まず艦尾を先に、艦首を「教会の尖塔」のように突き上げ、恐ろしい紅色の艦底をみせた。千五百メートル上空から壱岐大尉は、艦首がまっすぐ自分に向いていたのを信じられないように見守った。〈レパルス〉は視界から消えた。これはありえないことだ。飛行機はこんなに容易に戦艦を沈められるものか。「万歳、万歳」壱岐は大声を出し、両手をあげた。乗機は舵輪をつっ放されて、前のめりになった。

 搭乗員も狂喜して万歳を叫び、救急箱のブドウ酒で乾杯した。壱岐が下を見ると、海面に何百と点が見えた。二隻の駆逐艦が生存者を救い上げていた。壱岐には機銃掃射を浴びせる気は起らなかった。イギリス人は武士道の伝統の下に勇敢に戦った。しかし今日助命した敵は明日は自分を殺すかもしれぬことを彼は知らねばならなかった。

 〈プリンス・オブ・ウェールズ〉が五発の魚雷で致命傷を受け、ほとんど停止状態にあるとき、九機の水平爆撃機が迫って来た。午前零時四十四分、爆弾が斜めに降って来た。命中弾は一発だったが、三万五千トンの戦艦はよろめき、沈み始めた。原則は水面下にあった。リーチ艦長は総員退去を命じ、フィリップス提督と彼は艦橋に立ち、去って行く部下に手を振った。「グッドバイ」リーチ艦長は呼びかけた、「ありがとう。幸運を祈る。」神の祝福を」午後一時十九分、〈プリンス・オブ・ウェールズ〉-国王陛下の不沈艦と呼ばれたーは撃たれた河馬のように左へ転覆、一分足らずで視界から消えた。小男の提督とリーチ艦長とともに・・・。

 六機のおそまつなバッファロー戦闘機がシンガポールから現れたときには日本機は空のどこにも見えなかった。T・Aビゴーズ大尉は海中でもがく将兵を見おろして、茫然とした。彼らは手を振り、なお親指を突き上げて意気を示した。

 魚雷を投下できなかった高橋大尉は帰投の途中だった。〈プリンス・オブ・ウェールズ〉と〈レパルス〉の運命が極まったことを知り、不思議な同情の気持に襲われた。イギリス海軍は兄貴ではないか。彼はその衝動と戦った。しかし涙がこみ上げてきた。壱岐大尉は悲しみをもって桃井と田上のことを思った。彼は自分の魚雷が最初に〈レパルス〉に命中したことを知っていた。しかし報告には戦死した二人の戦友が最初の二発を命中させたとした。それは彼らのために為しうる最小の、そして最後のことであった。壱岐の隊が着陸すると、喜びに沸く整備員たちが、機を囲んだ。搭乗員は引っ張り出され、胴上げされた。壱岐が、胴上げから脱出すると、パイロットの一人が言った。「突っ込んでいったとき、魚雷を撃ちたくなかった。あまりにも美しい艦だったからなあ」

 東京の軍令部では海軍の高官たちは、戦艦が大海原で航空機に撃沈されたことをとうてい信じられなかった。それは彼らの海戦の概念の終局を意味した。航空隊員は歓喜していた。過去十年彼らが説いて来たことが実証されたのである。東南アジアへの勝利の第三の、そして最後の障害が、わずか飛行機四機の犠牲で除かれたのである。

 翌朝、壱岐は〈レパルス〉と〈プリンス・オブ・ウェールズ〉の墓場を飛んだ。海上低く、沈没地点を通ると、花束を投下した。

2022年9月17日土曜日

20220917 株式会社岩波書店刊 谷川健一著「日本の神々」pp.186-188より抜粋

株式会社岩波書店刊 谷川健一著「日本の神々」
pp.186-188より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4004306183
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4004306184

地名の一致

 沖縄最初の統一王朝、第一尚氏んお根拠地であった沖縄本島の東南部、知念半島の根もとにある佐敷という地名は、じつに私の故郷の熊本県水俣市(もと水俣町)の北にもある。水俣町大字浜に祀る八幡宮は私の氏神であり、「日本の地名」(七八ページ)でも触れたが、幼少の折に、宮詣りする参道の傍に源為朝を祀る小祠のあるのを見て通りすぎていた。そこは江戸時代に浜村の舟津と呼ばれた漁民集落であるが、「肥後国誌」によると、為朝は舟津から琉球にむかって船出したという。曲亭馬琴も「椿説弓張月」の中で、この挿話を取り上げていて、同書の末尾には、

 肥後に佐敷と唱ふる所あり、水俣へ四里半、八代へも遠からず。琉球山南省に、又佐敷と唱ふる間切あり。肥後に浜村といふ漁村あれば、琉球の勝連にも、又浜村といふ村里あり。

 と述べている。

 肥後の浜村は、水俣の大字浜にほかならない。八幡宮のある舟津はその中に含まれる。琉球の勝連に浜村のあることは「中山伝言録」巻四に見える。これは今の浜比嘉島である。私の郷里の水俣の浜(旧浜村)や近傍の佐敷と同じ地名が、第一尚氏の根拠地にも見出せるということは偶然の符合だろうか。それとも、肥後の南部と第一尚氏との間に何らかの関係があることを示す証跡なのだろうか。

 こうして私はいつの間にか折口信夫の「琉球国王の出自」という論考をめぐってあれこれと考えてみるようになった。

 折口によれば、後醍醐天皇の皇子懐良親王が九州に下向した折、肥後に領地を持つ伯耆の名和一族も肥後の菊池水軍と協力して、南朝方に尽くしたが、親王はやがて亡くなり天下の大勢を挽回することもできなくなった。 

 そこで肥後の八代、佐敷などを根拠地としていた名和水軍の残党は、九州西海岸に沿って南下し、沖縄本島の東南部の知念半島一帯を制圧し、佐敷に沖縄の最初の統一王朝の基礎をきずいたという説である。

20220917 「やる気」から「習慣」に変化したところで生じるものについて

 三日前に、ツイッター上に、文系師匠によるオンライン記事が流れてきました。そして、その翌日(二日前)には、文系師匠からメッセージが届き、そこで件のオンライン記事のことを紹介されていました。私は師匠への返信にて、紹介された記事は既にツイッターに流れて来ていたため知っていたことをお伝えし、当該ツイッターURLを返信メッセージにコピペして送信したたところ、すぐに返信が届き、SNS上での情報伝播の早さに感心されていました。

他方、私の方と云えば、先日開催の文系院勉強会から、本日に至るまで、色々と動くことが多かったことから、当ブログの更新は進みませんでした。また、本日に関しても、さきほどまでは書籍からの引用記事にて充てようと考えていましたが、この出来事を題材として作成出来るのではないかと考えなおし、さきほどから記事作成を始めた次第です。そしてそこから、この程度まで文章を作成出来ましたので、少なくとも、失敗ではなかったように思われます。

また、現時点までの総投稿記事数は1845となっていますが、繰り返すようですが、やはりブログの更新頻度も徐々に鈍ってきたと云えます。しかし、そうした状態ではあるものの、年内に当面の目標とする1900記事に達するため、あと55記事を100日ほどで投稿する必要がありますが、これは今後、そこまで大きな労苦を経ずにどうにか、達成出来るのではないかとも思われます。それ故、もう少し自分に負荷を掛けても良いとも思われることから「年内に1900記事+αまで到達すること」を新たな目標としたいと思います。この程度であれば、特に無理を強いるものではありませんので。

とはいえ、このあたりまでブログを続けていますと、内心のどこかで「もういい加減止めてもいいのでは?」と思う気持ちもあり、端的に以前ほどの「やる気」はなくなったと云えます。しかしそれでも(どうにか)継続することが出来ているのは、それが習慣になっているからであると云えます。

私見としては、このことは重要なことであり、当初の「やる気」によって継続していた行為が「習慣」となることにより、当初感じていた面白味や達成感は徐々に減衰したと云えますが、しかし、これら面白味・達成感がなくなったところで、なおも継続することにより、おそらく知覚は困難ながらも、内面での変化は生じており、そこに上達の過程といったものがあるのではないかと思われるのです。

つまり、意識して行ってきた行為が継続により無意識化され、感覚に訴えるものが乏しくなってから、上達の過程は本格的なものになるのではないかと思われるのです。あるいは更に別言しますと、以前投稿のいくつかの記事において、ブログ記事作成の継続では、つまらなく感じる、いわばプラトーとも云える時期があると述べましたが、こうした時期に、尚も継続するなかで、知覚・意識することは困難ながらも、上達の過程が進行しているのではないかと思われるです。

他方で、昨今、更なる進化発展を遂げているさまざまな技術により、退屈な、つまらなく感じられる、さまざまな要素が捨象されていく傾向があると思われます。そこから、この傾向は全面的に良いことであり、それにより我々人類は、より創造的になれるものと考えられがちですが、こうした考えは全面的に間違いではないとは考えますが、しかしながら同時に、それらは個々の具体的な事例について精査されることがとても重要であると思われます。

そして、その精査が何故、重要であるかは、その精査の過程によって示される・生じるモデルが今後の教育にも影響を及ぼすからです。またそこで、参照されるものが古今東西のさまざまな現在と類似する特徴や傾向を持つ時代に為された議論そして、そこから生じたさまざまな思想ではないかと思われるのですが、このあたりの抽象的・観念的なことについて、我々日本人はどうも即物的・此岸的性質が相対的に強いためであるのか、とても苦手であるように思われるのです。

とはいえ、今後、劇的にそうした性質が変化するとは思われませんので、私見としては、我々日本人が比較的得意な分野と云える手作業を通じて抽象的・観念的な発想にも親和性を見出すことが比較的容易に可能と思われる、さまざまな医療介護職の方々を、より多く養成することが重要ではないかと思われるのです。また、その養成課程において重要であると私が考えるのは、発音などを過度に重視しない実践的な職業に用いるための語学と、内発性の継続的な駆動を促す教養科目の充実であるのですが、これはこれで問題があるとは思われますが、しかし、それなりに具体的な方策であるとも思われますので、よろしければ、各人各様にてご検討頂ければと思います。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


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2022年9月14日水曜日

20220913 久しぶりに開催された勉強会に参加して思ったこと

ここ数日間は新規のブログ記事投稿をしませんでしたが、その間、かなり久しぶりに西日本を訪問し、2019年以来コロナ禍によって開催出来なかった文系院の勉強会に参加させて頂きました。それでも、今回の勉強会では、参加者のお一人であり、また当ブログにて何度か扱わせて頂いる先輩は、ご家庭の事情からリモートでの参加となっていました。これもまたコロナ禍以前でしたら、あまり想像出来なかった状況であると云えます。

そしてまた、かねてより当勉強会を主催されている先生が、使用教室の教壇スクリーンに、PCのZOOM画面を映写出来るよう設置して、一方で、教室内をより広角にて映すことが出来るビデオカメラを机上に置いて、さらに、勉強会の開催中は、発言者にビデオカメラが向き、そしてズームするように手許のコントローラーを操作されている様子が不図目に入りましたが、その時は、議論に集中していたことからか、あまり分かりませんでしたが、こちらの典型的な人文系研究者とも云える先生が、ごく自然に、それら機器を使いこなされていたことは、後になって考えてみますと、何かしら感じ入るものがあったと云えます・・。

おそらく、こちらの先生はコロナ禍がなければ、それ以前と同様、板書による講義のスタイルを続けられていたと思われますので、正に幸か不幸か、コロナ禍によって、否応なく、それまでの講義スタイルの変更を迫られて、そして、新たな機器に順応されたのだと云えますが、それら機器を自然に操作されている様子を思い出してみますと、そこに認められる、新たなことへの学習力や吸収力には、驚きの念を禁じ得ません。

ともあれ、おかげさまで、私は去る8月初旬、文系師匠にお目に掛かった時以来、久しぶりに思う存分、人文系の議論をさせて頂きました。こうした勉強会のような機会は、現在の私にとっては大事なものであり、あるいは、こうした経験の機会があり、それが徐々に時間を経て抽象化(昇華?)されて、こうしたブログを書く為の、観念的な意味での材料となっているのではないかとも思われます。

ちなみに、当勉強会を主催されている先生は、去る2018年6月3日の投稿記事「2012年初秋開催の勉強会での記憶から・・」に登場する「魔の山」についての質問をされた先生であり、やはり、その仰るところには、分厚い教養の層を濾過されたとも云える、ある種の深み・含蓄があり、またこれは、医歯薬理工系(自然科学分野)の先生方からは、なかなか看取されない種類のものであるように思われます。

しかし、その「ある種の深み・含蓄」については、今後、さらなる明瞭化のために考えていきたいと思いますが、あるいはそれは、先日来から、当ブログにて扱っている「無双感」・「黒光り」とも多少関連があるのではないかと思われてきましたが、さて、実際のところはどうであるのでしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年9月10日土曜日

20220910 中央公論新社 結城昌治著「軍旗はためく下に」pp.271-273より抜粋

中央公論新社 結城昌治著「軍旗はためく下に」
pp.271-273より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4122069130
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122069138

第二話 従軍免脱

簡単にいえば自傷して従軍を免れようとする行為である。

よくも悪くも平均値的な兵隊が大隊長の当番兵をしているうちに、専用の女にうつつをぬかすような戦陣生活を送っている大隊長や、後方で酒食に耽る余裕のある連隊長以下の将校連中、前線では欠乏しがちの酒・甘味品に限らず多量の糧秣弾薬を抱えこんで、さながらそれが私物であるかのように振舞う主計将校らの所業に腹を据えかね、薬指を切って血書を認め師団長に直訴に及んだ。

 それが、直訴の内容は無視されて、自傷を従軍免脱とこじつけられ、軍法会議に送られて、判決は死刑、処刑は即日行われた、という事件である。

 その背景には、南方の戦局が日に日に傾いて、小康を保っている支那派遣軍各部隊がいつ南方へ送られるかわからないという状況がある。幹部将校の腐敗を目撃したりすれば、欠乏だらけの戦陣生活に厭気がさしている兵隊が、この上さらに南方へ送られてはやりきれないと思うのは、兵隊心理として一般である。場合によっては、指の一本ぐらい自傷してでも避けたいことである。その自傷を正当化するための血書直訴であると疑えば疑えないこともない。

 問題は、しかし、そんなところにあるのではない。直訴などという追いつめられてむき出しになった人間感情を、正当に受理し処理するようなチャンネルと人間的配慮は、よほど英邁で識見豊かな司令官か参謀長でもいない限り、軍という組織にはあり得ないことが問題なのである。

 直訴を行った上等兵が何年兵であったか明らかでないが、上等兵になっていて切捨御免の時代に生きているのと大して変わりはないことを知らずにいたわけでもなかろうに、この測定の甘さはどうしたことか、と、もどかしさが残る。直訴など通る軍隊ではないのである。軍隊は腐敗を抱えたままで、その腐敗の程度が深ければ深いほど、その体制の維持に汲々とし、そのためにはどのような非人間的処置をも辞さない組織である。師団長が兵隊の言うことを聞くと思うのが間違いである。師団長は、その戦略単位における天皇の代理人である。天皇や幕府の将軍が庶民の直訴に関心を示した歴史を私たちは持っているであろうか。もし有力なコネも何もない兵隊が上級将校の非違を質したければ、刺交えるつもりで衆人環視の場で弾劾するほかはない。結果は、兵隊にはおそらく規定の最高刑(五年以下ノ懲役又ハ禁錮ー第七十三条)が、相手は転属か、悪くてせいぜい予備役編入か免官ぐらいであろう。それでも、事実の影だけでも残し得る。これをする勇気を、しかし、ほとんどの兵隊が持ち得なかったのである。ひとつ間違えば兵隊の生命など法によって簡単に消されてしまうのだ。「おほきみ辺にこそ死なめ、顧みはせじ」というのは、兵隊の内発的な美徳の情熱ではなくて、皮肉なことに、国家や法が兵隊の生命をかえりみないのである。

2022年9月9日金曜日

20220909 中央公論新社刊 保坂和志著「書きあぐねている人のための小説入門」pp.99-102より抜粋

中央公論新社刊 保坂和志著「書きあぐねている人のための小説入門」
pp.99-102より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4122049911
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122049918

 世の中には、完全無欠な人間はいない。誰でも欠点はあり、ふつうの見方をすれば大半が「大したことのない人間」ということになる。ただ、その「大したことのない人間」にも、絶対に取り柄の一つや二つはある。あるいは、ちょっとしたことで取り柄が抑え付けられていて欠点ばかりが目立ってしまっていたり、欠点と取り柄が裏腹の関係で、欠点としての面が強く出てしまっていたり、ということもよくある。

 たとえばドストエフスキーは、一面ではどうしようもないギャンブル狂で、性格破綻者寸前みたいなところもあったらしい。しかし、ギャンブルに入れ込む熱狂みたいなものは、彼の作中人物の性格に確実に反映しているし、それ以上に作品の展開そのものにも色濃くあらわれていると私は思う。

 人間が性格を持っていることや特徴を持っているということは、つまり欠点か取り柄を持っているということであり、欠点が、取り柄の時と所を間違った現れであったり、取り柄となるべきもののなりそびれた形なのだという人間観に立てば、すべての人間には取り柄・長所・美質があるということになる。

 小学校の頃を思い出してみれば、先生からほめられて喜ばない子どもは一人もいなかったはずだ。ほめられて喜ぶということは、大げさに言えば「善に向って成長したい」「善を志向している」ということで、それは大人になっても心の底では変わらずにある。誰もが人間として立派に生きたい、正しく生きたい、まじめに働きたい、真剣に恋愛したい、という思いを持っている。-だから、私は小説の登場人物を、人間には誰しもそういうまっとうな思いがある、という前提でつくっている。

 一見そうは見えないかもしれないけれど、私の小説の登場人物が、みんな使命感をもっているか、少なくとも使命感のなさを自覚しているのは、そういう理由による。誰も近所で起こっていることや国際政治には興味はもたないけれど、みな「世界」には関心を持っている。

 まっとうな思いとか使命感とかいうと、日本人は斜に構えて冷笑する傾向があるけれど、生きるということはやっぱりそういうことだと思う。

 現実というものは、そういうポジティブな志向を覆い隠しがちだけれど、だからといって、小説にネガティブな人間ばかり登場させるという考え方は、リアリティの捉え方の間違いだと思うし、小説家としての思考の怠慢だとも思う。日常的な思考様式の中でしか書いていないと言い換えてもいい。

 ただ卑小なだけでもなければ、ただ善を志向するだけでもない。彼・彼女の癖や社会生活で染まってしまった変な考え方やしゃべり方によって歪められてはいるけれど、よく見ればそれらが美質の発露であるーという人物の描き方には、読者の興味を文字に書かれた先にまで向ける力学がある。

 卑小な人間ばかり出てくる卑小な小説は、読んでいて高揚感や解放される気分がわいてこない。これは、テクニック以前の、ほとんど思想の域での話といってもいいが、小説の書き手は、小さなものから大きなものを見ようとする洞察力、欠点から前向きな志向や人生のどこからの岐路で道を誤ってしまったその人本来の可能性をくみとろうとする志が必要だと思うのだ。

20220908 引き続き「黒光り」と「無双感」について:扱う金額の多寡?

ここ数日間は、新規の記事作成・投稿を行いませんでしたが、他方で読書の方は進み、かねてより読み進めているジョン・ト―ランドによる「大日本帝国の興亡」全五巻の四巻目を読了し、次の第五巻を読み進める前に、積読状態であった書籍を二冊読むことが出来ました。とはいえ、この二冊の他にも、積読状態の書籍が数冊ありますので、これらは、第五巻を読了後、順に読み進めて行こうと考えています。

さて、過日投稿した、いくつかの「黒光り」と「無双感」について扱った記事は、おかげさまで比較的多くの方々に読んで頂くことが出来ました。これらを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。そしてまた、ハナシは「黒光り」と「無双感」に戻り、これまでの流れで「黒光り」は、瞬間的、視覚的な表現であり、他方で「無双感」は、ある程度継続する時間に対するものであり、また、それは視覚的な要素をも含む、総合的な状況に対しての表現であると思われます。

そこで、これまでの「黒光り」と「無双感」の対象として、私がとり上げた、ある種の歯科医師、そして他方の人文系師匠について、もう少し考えてみますと、後者の師匠は、確かに、ご自身の専門分野に関しての知見や見解を、原稿ナシで、よどみなく話されるような様子は、まさに並ぶものがない「無双」という表現が適切であると思われますが、しかし同時に、こちらの師匠には、前者の「黒光り」の要素が希薄であると云えます。他方で、以前に私が「黒光り」として挙げたのは、ブランドもので全身をかためたような開業歯科医師でしたが、しかし、これは別に開業歯科医師でなくとも良く、それは開業医師であっても、あるいは若手実業家などであっても特に問題はないと思われます。

そこで、これまでに述べたことをまとめ、開業歯科医師・開業医師・若手実業家と、さきに挙げた人文系師匠、つまり、人文社会科学分野の研究者との間にある違いについて考えてみますと、それは端的に、仕事で個人として扱う金額の多寡に因るのではないかと思われるのです。

つまり「黒光り」とは、ある程、扱う金額によって生じる要素であるとも云え、あるいは、これと類似した言葉として「貫禄」が挙げられるのではないかと思われます。

しかし「貫禄」と云う言葉の対象としては、たとえば、スポーツ選手や芸術家や職人、あるいは、人文系研究者などにも用いること云えます。他方で「黒光り」については、スポーツ選手や職人などに用いることは、十分にあり得そうですが、芸術家や人文系研究者に対しては、あまり適切ではなく、用いることは少ないのではないかと思われます。

これらの言葉の意味やニュアンスの違いは、イマイチよく分かりませんが、しかし、もう少し続けて扱ってみようと思います。そして、これまでは、「黒光り」は「貫禄」にも似ているものの、より経済的な意味合いが強く、仕事にて個人が扱う金額の多寡により生じるのではないか。」という見解に至ったと云えますが、引続きまた、この題材を少し扱ってみようと思います。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年9月6日火曜日

20220905 1840記事への到達 読んでいてあまり心地よくない著作を読む意味?

つい先ほど、不図、総投稿記事数が1840に到達していることに気が付きました。そうしますと、あと60記事、毎日1記事作成・投稿すれば2カ月ほどで1900記事に到達の目途が立ちますが、これからしばらく、毎日の記事作成は困難であると思われますので、少し緩めて、2日に1記事の投稿頻度にて進めれば、4カ月程度、つまり大体年内には1900記事到達への目途が立ちます。

とはいえ、たとえ1900記事に到達したとしても、そこからキリが良いところで気持ちよく当ブログを止めるのであれば、2000記事まで継続する必要があると思われます。そして、これは、さきの2日に1記事の投稿頻度にて進めますと、概ね半年は掛かると思われますので、あるいは首尾よく行けば、来年の6月22日、すなわち、丸8年となる当ブログの開始日付近で、丁度2000記事に到達出来るのではないかと思われます。

そして、この2000記事到達について考えたところ、私はこれまでに、これほど長い期間、人に向けての発信を継続したことはありませんでした。またそれは、現在の1840程度であっても同様であり、つまり、記事を作成・投稿する毎日が、過去最高を更新していることになりますが、こうして文章にしてみますと、我が事ながら少し気分が良く、また、そこから高揚感・感慨なども生じるのであれば、今しばらくは当ブログを継続することが出来るのではないかと思われます。

また、書籍については現在読み進めている結城昌治による「軍旗はためく下に」は100頁過ぎにまで至りましたが、こちらの書籍も読み進めていますと、段々と陰惨な気分になってきます。この感覚は、以前に観た「ゆきゆきて神軍」にも近いものであると云え、また、以前にも何度か当ブログにてとりあげた、大岡昇平による「俘虜記」を読んでいる時に感じた、平和裏の米軍収容所内での卑小且つ陰惨な人間模様とは、少し趣が異なり、描かれる時間が戦中、戦後を行き来するような書きぶりは、あるいは以前に観たカート・ヴォネガットが原作の映画作品(ジョージ・ロイ・ヒル監督)「スローター・ハウス5」(1972年公開)にも近いものがあるのかもしれませんが、しかし「軍旗はためく下に」は「スローター・ハウス5」にあるタイム・リープといった空想的な要素は皆無であり、そして、まさにそのことによって、その陰惨さに救いが感じられなくなるように思われます・・。

しかし、そうであっても、こうした自国にてかつて起きた陰惨な出来事を記録した文章は、誰であれ、出来るだけ多く、大学などでの専攻分野に関わらず、内発性に基づいて読まれたら、後になり、意味を見出すことが出来るのではないかと思われるのです。

そして、そうした人びとの数が増えることにより、国民全体のある種のリテラシーが向上して、現在よりも、もう少し良い国になるのではないと私には思われるのです。

ですので、読んでいて陰惨な気分になって滅入るような書籍も、それが実際の歴史を出来るだけ精確に描いたものであるのならば、やはり、価値や意味はあるものと考えます。

しかし、小説や物語などの著作物の中に描かれている戦時中の、さまざまな陰惨さ、そして、そうした出来事自体を急速に忘れていっているのが丁度現在であり、また、それと同じ時期に第二次世界大戦後の最大規模の国家間戦争が生じていることには、何かしら関連性と云いますか、摂理、あるいは壮大な皮肉があるようにも思われました・・。

ちなみに、私はマンガ・アニメ文化はあまり好きではありませんが、それでも強く否定もしません。しかし、さきに述べたような「陰惨さ」のようなものは、アニメ・マンガのようなデフォルメされた具象によって描くことは難しく、それよりもより抽象的表現と云える文章などによって描かれる方が、往々にして伝わるのではないかと思われるのです。それ故、私は、小説作品のアニメ・マンガ化といった具象化の流れは、それなりに意味はあるのでしょうが、しかし、そうしたものは、どうしても、想像や推論が、具象である映像までで否応なく止まってしまい、その先に伸びず、繋がらないのではないかと思われるのですが、さて、如何でしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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