2020年9月27日日曜日

20200927【架空の話】・其の41

とはいえ「他の場所に住むということは、そうしたことも全て含めてのことであり、若いうちは、そうしたことを経験しておいた方が良いのだろう・・」と、ここ最近、頭では考えるようになっていた・・。

また、そのように考えてみると、18歳で地元のKを離れてから6年間、ここ首都圏に住んでいたBに対して「スゴイものだ・・。」とも思われてきた。

さて、Kでの住む場所を探しに行く日も近づいてくると、それと同時に「生まれ育った場所から離れなければいけない。」という「恐れ」らしき感情も大きくなってきたが、しかし、それは自分の選んだ途であることから、そうした不安を両親に披露するのも如何なものかと考え、つとめて平静を装うことにした。

そして、そうした中で引越しの準備も少しづつはじめたわけであるが、今後、Kの専門職大学での専攻内容は、これまでのものとは大きく異なることから、入手した書籍の多くは実家に置いていくことにして、それらを段ボール箱に詰め、現在Wに住んでいて空いている兄の部屋に置かせてもらうことにした。そうして幾日か経つと、自分の部屋は大分スッキリとしてきて、クシャミの音の反響具合も以前と違って聞こえるほどであった。

Kに向かう前日の夜、偶々少し父親と話していると、苗字の話題に転じて「ウチの苗字は、K市街地から少し離れた場所に比較的多くて、あとは大隅半島の方にもいて、どうやらそちらの方が本筋らしいけれども、江戸時代での転勤(?)や西南戦争での混乱によって各地に四散したらしいとのことであった・・。そういえば、専門職大学の面接でも、面接官の一人が私の苗字に興味を示していたが、おそらく、そこにも何らかの事情があったのだろうと思われた。また、ウチの直接のご先祖のお墓は市街地の方にあるとのことであったが、これはまた別の機会に教えるとのことであった。

そして当日、寒い中早起きをして成田空港に向かい、編入試験の際に利用したのと同じLCCの便にて鹿児島に発った。以前と同様、2時間程度のフライトで飛行機は無事に山あいの中を切り拓かれたとみられるK空港に着陸した。預けた荷物はないことから、そのまま、以前降り立った時とは季節が異なる到着ロビーに出てみると、南国とはいうものの、空気はそれなりに冷たかったが、同時にそれは首都圏よりも澄んでいるように感じられた。

さて、到着ロビーにて事前に約束をしていたBを探していると、降車場への出入り口の方から「こっち、こっち!」と耳慣れた声が聞こえたことから、そちらを見ると、紺の厚手のウィンド・ブレーカーの下に白の洗いざらしたボタンダウンシャツを着て、少し色落ちしたジーンズを穿いたBが手を振っていた。私も大きく手を振ってからすぐに荷物である小型ダッフルバッグのショルダー・ストラップを肩に掛けて、Bのいる方に足早に向かった。声が普通に届く程度の距離になるとBは「そこまで車で来ていて、今ハザード出して停まっているから、すぐに移動しよう。」と言い、私は急ぎ気味でBの後をついて行き、停めてある年季の入った商用と思しき白い軽のバンの後部座席にバッグを積み込み、助手席に座った。

Bはすぐに運転席に乗りハザード・ランプを消してから発車した。この間おそらく1分も掛からなかった。なかなか息の合った行動であったように思われる。

助手席のダッシュボードには、電子タバコの吸い殻が入った灰皿が置かれており、また車内は普通の紙巻きたばこの匂いも残っており、また後部座席には、荷物を載せる際にわずかに気を引いたが、釣り道具やクーラーボックスが載せてあり、明らかに家庭用ではないことが看取出来た。

車内の様子を少し訝し気な様子で見ている私に対しBはハンドルを執りつつ「これは父親の釣り用の車でね、仕事の傍らで結構釣りにも行っているんだ・・。それに、最近こっちにも電子タバコが出回ってきて普通のタバコから乗換えたらしいけれども、まだ前のタバコの匂いが残っているんだよ・・。」と運転前方を見ながら話した。

そして車は以前にも乗った覚えのある高速道路に入り、さらにしばらく走ると、左前方に海が見えて来た。天気は良く、わずかに日光が首都圏より強いように感じられたが、気温は決して高いというわけでもなく、それは首都圏であっても冬といった陽気であった。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!





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20200926 村上春樹著「風の歌を聴け」の読了、およびこれまでの大岡昇平著「俘虜記」から

 一昨日から読み始めた村上春樹著「風の歌を聴け」は昨夜、読了に至りました。読後の感想は「どうも小説らしくない不思議な小説だな・・。」といったところですが、同時に「面白くない」という感覚はありませんでした。してみると、当著作を含め、村上春樹氏による小説の多くは、こうした謂わば「雰囲気を読ませる・感じさせる」物語であるのかもしれません・・。また、その雰囲気について考えてみますと、これまた不思議と、40年以上前に著された作品であるとは自身には感じられませんでした。(もっとも考えてみますと、私は最近の小説を(殆ど)読んだことがありませんが・・(苦笑)。)

ともあれ、そこから多くの批評家の方々が云うように「氏の小説作品は場所性といった概念を出来るだけ捨象している。」のと同様、時代性についても、同様であり、敢えて、あまりそういった要素を深掘りしないといった傾向があるのではないかと思われました。また、それにより、より多くの読者層を得ることが可能になるとも云えることから、これはこれで少なくとも、悪い作風ではないようにも思われます。

また、当著作は「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」との三部作であるとのことから、今後は機会を見つけ、とりあえず両作品を読んでみようと考えています。

他方で、もう一つ読み進めている大岡昇平著「俘虜記」は200頁過ぎまで至りましたが、そこでは、未だ収容所社会様相の描写はそこまで深彫りされておらず、周囲の収容者達、監視米兵の様子が主に描かれていると云えます。そして今後、徐々に収容所社会様相の描写が詳細になっていくのですが、おそらく、それらの描写が、現代の我が国社会との対比によって、憂鬱さ(多分それは司馬遼太郎が晩年「昭和という時代は実に不健康な時代です・・。」と宣っていたのと類似するか同根の感覚であるように思われます。)を生じさせるのだと思われます。しかしまた同時に、当作品の重要性の配分は、これまでの前半部に多く描かれていた「何故、目の前の米兵を撃たなかったか?」という著者自身の内的な問いよりも、後半部分での収容所社会の描写、および、それに対しての洞察に大きく因っているものと私は考えます。

さて、突然ハナシは変わりますが、最近は主にツイッターでのインプレッション数を注視していたため、ここに来て当ブロガーの全期間での総閲覧者数が493000人を超えていることに気が付きました。

そして現在の調子にて書き進めて行きますと、おそらく、本格的に冬に入る前には、以前から目標としていた50万人に到達することが出来るのではないかと思われます。

もとより、所謂アルファ・ブロガーと呼ばれる方々と比較しますと、本当に大したことではないのかもしれませんが、それでも自身としては一つの目途が立ち、区切りになるとは云えます・・。

さらに、これまた現在の調子にて書き進めますと、来月には総投稿記事数が1400に至るとも予測されることから、とりあえずは、これらを目標として、さらに書き続けて行こうと考えています。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!





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