2017年1月18日水曜日

20170118 「孤独な作業」について・・

本日の記事投稿により総投稿記事数が515記事になります。昨年12月はじめの500記事到達以来、これは早いものであるのかは、よく分かりません。

とはいえ、あまり先を急がず、且つ休み過ぎないで年半ばに至るまでに600記事に到達すれば良いのではないかと考えています。

さて、本日も多少帰宅時間が遅くなったため、ブログ記事の作製・投稿は止めておこうと思いましたが、昨日の記事投稿後の反応(読まれている記事の傾向)が大変面白かったことから、本日分の記事作成をはじめた次第です・・(苦笑)。

このことからも、これまで一連のブログ記事とは、こうした読んでくださっている方々の大変面白い反応により為されているこことが分かります・・(笑)。

また、そのように考えてみますと「さきに挙げた読んで頂いた方々が示す傾向・特徴が、如何なる経路・作用により自身の(新たな)記事作成意欲に結びついているのであろうか?」は、ほぼ当然のものとして感じ、そしてそれに基づいて行動してきましたが、考えてみますと、そこには、なかなか面白い「何か」が潜んでいるのではないかとも考えさせられます・・(笑)。

また、そのように考えてみますと、世に多く存在すると思われる、いわゆる「孤独な作業」とは、その孤独度において多寡があるものの、それら行為が何らかのカタチを為すものであれば、それは「絶対的な孤独」とはいえないものであり「誰かか見ているのではないか?」とも考えることができます・・。  『集合的無意識』

このことを書いていますと不図思い起こされることは2009年11月に兄が亡くなり、茫然自失としていた12月の講座の忘年会の帰路、鹿児島中央駅(西駅)近くにて、お師匠が『おい、がんばれい!必ず誰かが見ておるぞ!』と云われたことに触発されてか年末年始も一人で実験室に通い詰め最適と思われる試料作製に挑んでいたことでした・・。

それが功を奏したのか翌2010年には学会発表に適う程度の精度を持つ試料作製のメソッドを得ることが出来るようになったのかもしれません・・(笑)。

また、そこでさらに思い起こしたことは、試料を試作し、師匠の研究室に持っていき、その出来を見てもららいますと、おもむろに試料を窓際に置いてある実体顕微鏡の試料台に乗せ、ランプを点灯し、観察しながら評価を述べ「おおし、これで接着強さを測ってみい!」あるいは「よっしゃ上等、上等やってこい!」と云われ、意気込んで試験機まで持って行き、実験を行っていたことです・・(笑)。

そこで私もその真似をして、実体顕微鏡とまではいきませんでしたが、高倍率のルーペを購入し試料作製のさまざまな段階において観察を行うようになりました・・(笑)。

そして、こうした行為を重ねていきますと、先日のブログ記事にて述べた『ある程度多くの試料を見ておりますと、そのうちに向こう(試料)の方から何かしら語りかけてくるような感じがあるのではないかと思います・・。』といった感じになるのではないかと思います・・(これが高じるとD2病となる・・(苦笑))。

それ故、あらためて2010年秋とは、そうしたことを実感として感じていた時期であったと云えます・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

さる熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。