2015年10月5日月曜日

20150924 「Read between the lines.」、「眼光紙背に徹す」・・

A「Bさんのブログの投稿もついに100回を超えましたね。」


B「ええ、お陰さまです。
それでもまだ抜粋してみたい文章、書いてみたいことが多くあるような気がします。
しかしその一方で「一体私は何をやっているのだ?こんなことをやっているのなら、ダメもとでいいから、就職活動を、応募書類の発送をした方が良いのではないか?」と思うことが多々あります。
しかしそういった気持ちは応募職種の内容を読み本当に自分に適した職種であるかどうか慎重に判断することにより、以前に比べ大分抑えられています。」


A「色々なスポーツの試合の流れみたいなものが多分こういうのにもあると思います。
ですから、ここは慎重でいいと思います。それにBさんみたいな人が活躍できる場所、職種はあると思いますし、また、そういった情報は自然に入ってきます。」


B「そんなものでしょうかね・・?
しかし、どうもありがとうございます。
その様に云ってくれる方々がほんのわずかでもいることが現在の私をどうにか支えてくれています。
しかし、ここ最近どうも胃が痛むようになってきました。
元々体は頑丈な方なので、多分これはストレスによるものだろうと思います・・。
それにしても今年に入ってから本当に色々なことがありました。
最近では自分の専門分野、研究内容が何であるのかさえよくわからなくなってきました・・。
しかし私の場合、得たものも多くありましたので、それはそれでいいのかもしれません・・。」


A「ええ、それでもBさんは元々は多分文系だと思います。
ですから***でのレジュメを箇条書きで持って来られた時には「一体何が起きたのか?!」って思いましたよ()
ですから、今の感じでブログを続けて色々と考え続けていけば、たとえまた理系の環境に入っても、ある程度そこに浸かっていればまた馴染んでいくことができると思いますよ。」


B「ええ、どうもありがとうございます・・。
それは確かに自分でもある程度はそうではないかと思います。
そして、その先に多分、自分にしかわからない、自身の能力の限界みたいなものがあるのではないかと思います。
そうした中で応募要項などを読み、応募の可否を判断するのが
なかなか難しいです・・。」


A「ああ、そういうのはわかります。
Read between the lines.」や「眼光紙背に徹す」みたいな感じですよね。」

B「ええそうです。
そしてそれに関連して、またブログの話に戻るのですが、毎回ブログを投稿しますと、その投稿したブログに関連する内容を記した既に投稿したブログに+1を敢えてつけてきたりすることがあるのですが、これは見ていて「こいつやるなあ!」って思いますが実はこれAさんのしわざではないでしょうか?」


A「いやあ、私はそこまでやりませんよ・・()
しかし、そこまで読んでくれている人がいるというのはありがたいかぎりじゃないですか?」


B「ええ、それはおっしゃる通りです。
その様なよく分からないけれども面白い反応にも支えられて、どうにか投稿数3桁までいくことができたのだと思います。ただ、こういった反応ができるのは、果たして運用できる知識の量に基づいているのか?
あるいは論理的な思考能力の高さに基づいているのか?
はたまたその双方によるものであるのかイマイチよくわからないのです。
案外単なる自意識過剰、幽霊の正体見たり枯尾花というような感じかもしれませんが、なんといいますか、あのモビルスーツのテレビアニメ初代の主人公が相対する敵の動き、反応などを見て、感じてそれが因縁の宿敵であると了解するようなものかもしれません・・()


ABさん、それは面白いですけれども中二病全開の発言ですね()
それでも楽しんでブログを作成されている様子がよく伝わってきますよ。」


B「いやいや、それは少し違いますよ(笑)。
ブログを作成している根本の理由とは、あくまでも今の私の状況では、そういったことを何かしらしていないとどうも落ち着かないといった理由からであり、たとえて云いますと、一応好きで入った部活でも雨の日で練習が中止になると嬉しいみたいな感じではないでしょうか?
しかしそれでも、ブログを続けていきますと、先ほどの様な反応の発見があったり、さらに抜粋文章を見ておりますと、そこから何かしら小さな発見を見つけることもあります。
たとえば林屋辰三郎著の「日本の古代文化」での抜粋で示した斧鉞とファスケスの間における意味合いの類似などはこれまでに書籍で読んだことがありませんので、もしかしたら初の発見、指摘であるかもしれません。
もちろん別に違っていても一向に構わないのですが、二つ目として同じ抜粋内における紀生磐の朝鮮半島における行動と和歌山県和歌山市の大谷古墳から出土した馬冑とは何か関係があるのではないかとも考えさせられます。
三つ目は谷川健一著「古代学への招待」での抜粋が挙げられますが、これは読んでいただければお分かりになると思います。そのような自分なりの発見があることから続けていくうちに楽しくなってきた部分は少なからず確かにあります。」


A「うーん、はじめの方のたとえはあまり上手いとは思えませんがニュアンスは伝わってきました。
また、その後におっしゃたことはよくわかります。そして早いところ良い就職口が見つかり、その後、Aさんのブログの更なる洗練を楽しみにしてます。」


B「ええ、私も早いところ自身が納得のできる職に就きたいところですが、そうなったら、このブログは止めるか、あるいは更新は少なくなると思います。
就いた職を本業とするわけですから・・現在のこのブログ作成は健康維持、精神衛生のために行っているようなものなのです・・。」


A「それでもBさんの声は以前とあまり変らずお元気そうですね。」


B「ああ、声といいますかAさん達と話す時に用いる言語体系が多分、私にとって使い心地が良いので多分そうなるのではないかと思います。
しかし現実では笑顔を出すのも以前に比べ自然にできなくなってきたと思います・・。
この様なことは一見よくわからないかもしれませんが、以前ブログで投稿した中井久夫著「アリアドネからの糸」に書かれており、また以前より読み続けている著作の中においても最近見つけましたので、今度その抜粋を投稿しようと考えております。
あとは前に確かCさんが仰っていたのですが「指導教員が留学生を相手に英語で話している時にはどうもテンションが変わる」というのと類似した現象がここで起きているではないかと思います。
あるいはこういったものは昔の映画の「マイ・フェア・レディ」の主題にも近いかもしれませんね・・。
いや、あの映画の場合、言語体系というよりも、より表層に近い発声、発語のあたりに重点を置いているかもしれません。
ああ、あと、それでしたら、ウンベルト・エーコ原作の小説あるいは映画の「薔薇の名前」がそういった言語体系とか笑いを主題にしていましたね。
この著作は多分私がはじめて挑んだ海外作家のある程度難解な長編小説でした。」


A「マイ・フェア・レディ」は観たことがありませんが「薔薇の名前」は以前観ました。確かショーン・コネリー出演の中世末期修道院を舞台にした推理ものですよね。私はあれを観るとどうも「インディ・ジョーンズ」の「最後の聖戦」を思い出してしまいますが、小説の方は面白いのですか?」


B「ええ、確かに「最後の聖戦」を思い出しますね()
それで「薔薇の名前」の小説は面白いですよ。
今でも本箱の中に入っているはずです。
ちなみに私はそれを読んだのと前後して岩波文庫版ニーチェ「ツァラトゥストラかく語りき」を読んだのをよく覚えています。「薔薇の名前」に関しては学問・研究の成果そして真理の保存およびそれら真理の進化、発展と笑いとの関係が重要なテーマとして扱われていると思います。
いずれにしても笑いとは、様々な進化、発展の成果の硬直化を防ぐために大事な要素であるとは思いますが、同時に今度はそれが勝ち過ぎた社会とは、これまたニヒリズムに陥り、先ほどのニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」と関係あるのかもしれませんが、スタンリー・キューブリック監督の映画「時計仕掛けのオレンジ」の様な社会になってしまうのかもしれません。
ちなみにこの映画は大分昔に制作されたものですが、現在こそ観るべき価値のあるものではないかと思います。
内容に関してはただ大変興味深いとしか云いませんが、スタンリー・キューブリックはまた、音楽の使い方が大変上手いと思います。「時計仕掛けのオレンジ」ではベートーベンの第九交響曲が多用されています。
そして同時にほんの少しですが、ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲終幕の「スイス兵の行進」という曲が同映画内で使われています。
ベートーベンの第九の第四楽章合唱の歌詞シラーの詩が基にあり、同時にロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」もその基がシラーなのです。
こういうよくわからない共通性は果たして制作の際に監督が意図したものであるのか、あるいはそうでないのかよくわかりませんが何れにしても面白いものです。」

A「ええ、今度「時計仕掛けのオレンジ」を観てみます。
私も同監督作品の「博士の異常な愛情」という作品を先日観ましたが、あれも現在なお面白い映画ですね。またおっしゃった映画内の音楽についてはよければブログの中で示してください。後日拝聴します。」

B「ええ、了解しました。」



時計仕掛けのオレンジ ベートーヴェン交響曲第9番


バルトの楽園(予告編)
これもまたベートーベンの第九交響曲にまつわる映画です。 



My Fair Lady - The Rain In Spain








20150918

A「ブログの投稿数もだいぶ増えてきましたね。」


B「ええ、あともう少しで3桁に達します。
それで最近思い出すのは、以前ミクシイやフェイスブックでも結構な数を投稿してきたことです。
フェイスブックの投稿はそのまま放置してありますが、ミクシイに関しては完全にアカウントごと削除してしまっているので、これは今考えてみると多少惜しいことをしたかもしれません・・。」


A「そうだったのですか・・ちなみにミクシイでの投稿はどんな内容だったのですか?」


B「ミクシイでの投稿は大体自身の書いた文章でした。
しかし同時にその内容は今考えてみると、かなり恥ずかしいものが多かったのではないかと思います(笑)。
いや、それでも現在と比べると間違いなく勢いみたいなものはありましたが・・。」


A「はあ、複雑ですね。まあ、何れにしましても、そういったものは最悪でも笑いのタネにはなると思いますので、やはりとっておいた方が良かったのではないかと思います。」


B「笑いのタネですか・・・そう考えると、現在のブログでの投稿は書籍からの抜粋が大半なのですが、これは以前ミクシイなどで投稿していた時期に比べ勢いが衰えたことと、ネット社会で自己を守りつつ、何かしら発信するためにそうしている、あるいはそうなったのかもしれません。
さらに自身の文章の場合、対話形式を用いているのも直接的な発信を避けた結果であるのかもしれません・・。
しかしそれと同時に対話形式の文章とは、意見、思考の成立過程の一面を提示することができるのではないかとも考えます。
加えて、これまでに書いた対話内容は、感覚的ではありますが、七・八割は過去の実体験に基づいていますから、まあ、そこまで非常識なことは書いていないのではないかとも思います。
ただ実際の会話はもう少しくだけた調子ですけれども・・()。」


A「はあ、何だか現実と対話内容の世界の境界がややこしくなってきましたね()
れでしたら、この会話もブログのネタになる可能性があるのですか?」


B「ええ、この会話内容は結構面白いと思いましたので、全部ではありませんが、多少内容をボカし、個人特定につながる要素を除いて書いてみようと思います()。」


A「それでしたら、この会話内容に関係あるのではないかと思ったものを丁度先日読みましたので、その部分のコピーかPDFファイルを今度お送りしますよ。
しかし、それはそうと誰がAさんのブログを読んでいるのでしょうか?
Aさんのブログは多分、全部が全部面白くて読み易いということはないと思うのですが・・?」


B「なかなか手厳しい御意見ですが同時にその通りであるとも思います・・(苦笑)
それでもつい先日***時代の同級生からクラス会の連絡をかなり久しぶりで頂きましたよ。
しかし現在私は求職活動中の身であり、且つ多くの人と陽気に話せる状態でもありませんので、残念ではありますが、欠席にさせて頂きました・・。
あとは、ブログを書いた後に、知人から批評めいたメールが届いたり、SNSにて殆ど投稿しない人が投稿しているのを見つけますと「あれ、読んでくれているのかな?」と思ったりしますが、これは先日書いたブログでも記しましたが、まあ自意識過剰でしょうね・・()。」


A「うーん、どうでしょうか・・まあ、Bさんが感じたもののうち半分くらいは自意識過剰であると思います。しかし同時に不思議なことも起きたりしますからね・・。」


B「ええ、それは確かにあると思います。
偶然であるとは思いますが、先月久しぶりにCさんから電話があった直後にDさんから電話がかかってきましたよ。
二人がしめし合わせているということはないと思いますので、ああいうのは不思議ですね・・。
どういった偶然が働いているのでしょうかね?」


A「ああ、そういうことがあったのですか・・それでCさんとDさんはお元気でしたか?」


B「お元気そうでしたよ。どちらかと云えば私が話を聞いていた様な感じでしたが・・。」


A「それじゃあ、相変わらずですね()。」


B「それでちょっと思い出したのですが、前に読んだ北杜夫の小説の中で「不思議な事に躁気味の時に躁気味の人から連絡がくる。」っていうのがありましたけれど、これは先程の現象と何か関係あるのかもしれません・・。
こういうのは科学的には多分解明できないと思いますが、何かあるのかもしれません。
ただ、前の電話の件については、私が躁気味ということはないと思いますよ。
しかし、お陰さまでか電話で話した後に少し元気になったかもしれませんね・・()。」


A「それじゃあ結果的には良かったということですね?」


B「ええ、そうです。それでまあ、さらにこのトピックの追加なのですが、小林秀雄がどこかで「会話を通じて生きた知恵ってものが火花の様に生じるんだ。」と云っていたのですが、先ほどのCさん、Dさんとの会話であれ、現在のAさんとの会話であれ、その際に生じた火花から発生した要素の蓄積により、その後、不思議な出来事が生じるのかもしれません。
ですから人との会話であれ、読書による著者との対話であれ、そういったことの繰り返しにより徐々に知恵、知識が蓄積していくのではないかと思います。
ただ、こういった考え方はどちらかというと文系的であり、理系に関しては少し違うのかもしれません。
あるいは以前ブログでも書きましたが、帰納、演繹の考え方の違いについても云えるのかもしれません。
そして、これを言い換えますと一般的に文系とは、多くの書籍の熟読玩味を通じ、内部からその本質に迫る方法であるのに対し、理系は、はじめにその本質を把握し、そこから個別的事例への応用に至るという学問的方法が採られるのではないかと思います。
それに多くの理系の場合、規模の大小はあれ、実験が付きものですから書籍に対する価値観が文系とは異なるのではないかもしれません。」


A「はあ、そんなものですか・・そういえば確かに私の理系の友人もそんなところがありました。
自分の研究に必要な論文の部分だけをジャーナルから抜き取りファイルしているのを見たことがありますが、あれは特に古い文献、古典を扱う文系分野から見ると「スゴイことしているな!」って思いますね()。」


B「ええ、確かにAさんは書籍を大事にしていますよね。
その点今の私は現在本棚も置けない様な住環境ですので、書籍は畳の上に直積みしています。
ですから、何か不図思った時に即座に本棚から所望の書籍を取り出せる様な住環境は心底希望していますね・・。」


A「ええ、それはよくわかります。Bさんは色々な所から話を引っ張ってくるところが面白いのですから。」


B「どうもありがとうございます。
ともあれ、書籍の置かれた物理的な環境とは、ある意味自分の脳の延長上であり、それがある程度整理されていることが大事であることは最近痛感しました・・。
とはいえ、あくまでも私は有機的混沌の方が好きですけれども・・そういった環境、状況こそが面白い、新奇なことを呼び起こすのではないかと思います。」

20150905 国民性について小説、映画などから・・

A「どうも、久しぶり。その後お元気ですか?」


B「どうもありがとうございます。しかし、最近どうも無気力で何をするのも億劫といいますか、とても面倒くさいのです・・もしかしたら鬱気味かもしれないなどと、少し不安に思うこともあります。」


A「しかし、その割にはブログの更新は割合マメに行っているようですが・・?」


B「そうです。
といいますのは「こういう落ち込んだ状態でブログでも更新していなかったら一体どうなってしまうのか?」という不安で更新している部分も多いのです。
あと、書籍の抜粋、自身の文章であれブログの文章を書いている時はそういうのをキレイに忘れているので、それはそれで良い効果があると思うのです・・。」


A「ええ、それはよくわかります・・しかしまたそういう時期も必要ではないかとも思います・・。」


B「どうもありがとうございます。それも自分でもよく分かっているつもりなのですが「この落ち込んだ感じからどうにか脱出できたらいいなあ・・。」とはつくづく思います。まあ、Aさんは既にこういった経験をされていることは重々承知はしていますが・・。」


A「いえ、それは別にいいのですが・・ともかく、ああいう時期はなんとも云えないものがありました・・。
よくわかりませんが、丁度、収容所で生活している様な感じに少し似ているのではないかと思います・・。」


B「ああ、それは確かにあたっているかもしれません。・・そう云われると私は収容所ものの著作や映画が好きなのもそれに何か関係しているのかもしれない・・(苦笑)。」


ABさんのオススメの収容所ものの作品って最近は何がありますか?」


B「収容所ものでしたらたくさんあります・・オススメでしたら書籍では会田雄次の「アーロン収容所」ですが、これはもう御存知だと思います。
あと、映画でしたら「第十七捕虜収容所」、「大いなる幻影」などでしょうか?
あと太平洋戦争中の日本軍の捕虜収容所を扱った映画は少なくて、サントラが有名になった大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」とあとは「太陽の帝国」ぐらいじゃないでしょうか?
そういえば、最近アメリカの有名女優が監督して制作されたのがあるらしいのですが、これに関しての詳細はまだわかりません。
ともあれ、先ほどの「戦場のメリークリスマス」ですが、これは音楽も良いのですが、映画内容の方も日本人を考える際に参考になるものが多くあるのではないかと思います・・。
この映画で特に考えさせられたのは、主人公の一人で日本文化に詳しいイギリス人捕虜が日本兵(監守側)に向って「また殺しておいて礼を捧げるのか!?」って叫ぶシーンがあるのですが、そう云われると「日本人とは敵対相手を死をも含む無抵抗な状態にしておいてから自分なりに礼を捧げる、神格化する様な傾向があるなあ。」って気付かされましたね・・。

我々日本人とは、古来より政争にて敗れた個人、中央に反抗した部族、現代の冤罪や過剰報道などにより死に至らしめた人々に至るまで、どうしても、どうしてもその様にしか対応できないのではないかと考えさせられます。

さらにこれは学校、会社等の組織におけるいじめにも同根の部分が多いのではないかなとも思います。

また、こういったものの起源に近いものの具体例として魏志倭人伝の中に出て来る倭人の風習の持衰(じさい)が挙げられますが、そこからあまり変化していないのかもしれません・・。

ついでに云いますと、これはその根源においてはマレビト信仰にも親和性があるのではないかと思います。

もちろん海外にもこういった理屈のつかない風習、習慣いや、社会のメカニズムと云っていいものは多くあるとは思います。

しかし、日本の場合、そういうのが議論やら審議などの手続きをあまり経ずに変にスムーズに行われる様な気がするのですが?」


A「ええ、確かにそう云われるとそうかもしれませんが、そういえば、海外の小説でしたらカフカの小説で「審判」ってのが確かそういうのを彷彿とさせる内容でしたね・・。
まあ、この作品の怖さの真髄とは、裁判の審理過程が不明瞭で、いきなり死刑の判決が下り、執行、殺されることであって、これは期せずしてか後のナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を予言していたのかもしれません。
カフカはチェコのユダヤ人ですし・・。
あとはジョージ・オーウェルの「1984」も大枠で見るとそんなニュアンスがあるかもしれませんね・・。」


B「なるほど、そうですね・・それらの著作から共通して抽象されるのは多分、全体主義国家、管理、監視社会でしょうね・・。
何でも定量化、数値化して考えるようになった社会とは、施政者側から見た、より最適な状態に、なし崩し的に持って行こうとするのかもしれませんね。」


ABさんは多分、社会、組織のそういった傾向、特徴を書籍や映画を通して見る、いや見抜こうとする癖があるのかもしれません・・。
しかし同時にそれらは杞憂である場合も多いと前提にした方が精神衛生上いいかもしれないし、また、現在の社会においてはある程度の管理、監視は必要であるかもしれませんよ・・。」


B「なるほど、犯罪等を未然に防ぐと云った意味では確かにそうかもしれませんね。
あるいはこれを自分自身に当てはめて考えると、無気力や落ち込んだ状態の時にそういった考えに囚われる傾向があるのかもしれません・・。
要は原因を自分の外側に見ようとするのかもしれませんね。これはあまり良い傾向ではありませんね・・。
しかし実際のところ一体どうなのでしょうか?
つまり我々が考える対象である歴史、社会などは解釈程度でその本質が変るものではないはずです。
歴史、社会での出来事は全てパラレルワールドで生じたものでなく各々一回きりのものですよね?
それを解釈により、その出来事が持つ意味、比重を変えてしまうと昨今よく見かける明治維新陰謀論みたいなものに行き着いてしまうのではないでしょうか?
その様な歴史観とは、歴史をある一つの大きな目的なり観念でまとめ上げる様な嗜好、志向により生じた、あまり良い意味でない演繹的な発想によるものではないかと思います。
こういったことについては、確か竹山道雄がどこかで書いていた「演繹的な発想、つまりある大前提に基づき、個々の事例の解釈、意味付けを行っていく方法を歴史に対して用いると、それは必ず間違った結果に結びつく。」ということでしたが、それは確かに自身の経験で照らしても合っていると考えます。
それ故、本来、歴史などの世界とは、様々な思想、思考、先ほどの陰謀論をも含み乱立するガラパゴス、カオス、混沌な状態で良いのだと思います。
そういう状態とは、言い換えれば帰納法の要素が沢山ある状態ですからね。
ですから、少なくとも歴史を学ぶ、社会を考える際においては効率性みたいなものをある程度度外視して行う必要があるのではないかと思います。
そういった、いわば雑然とした状態から取り掛かると当初は確かに雑然として作業は難航するかもしれませんが、逆にそういう状態から始めなければ結果的に自分なりのクリアな歴史、社会像へピントを合わせることが難しくなってしまうのではないかと思います。
そしてその意味で理系的な方法論とは、その時の取っ掛かりの一つとして適しているのではないかと思います。
また、それに加えて、自分が扱う歴史、事物に関連する具体的な物に触れる、作製するなどをして、その本質に自分なりに触れるといったことが大事ではないかと思います。
こういった作業は3-Dプリンターの様な便利な機器が出てきた現代だからこそ、それに逆行して行う、つまり効率性を無視して行うことに大きな意味があるのではないかと思います・・。
このことを端的に云いますと学問、研究に対し身体性を付与するということではないでしょうか?
その意味で、昔の学者、研究者とは、便利な周辺機器が発達していなかったという時代状況もあり、無論、個々人の多大な努力が前提ですが、今では考えられないような知の巨人が生まれたのではないでしょうか?
具体例として南方熊楠牧野富太郎柳田邦男金関丈夫宮崎市定加藤周一あたりがそうではないでしょうか?
また、それに加え、戦争経験等により身体性を自身の思想、知識体系に否応無く取り入れざるを得なかった方々もいます。
これは全体的にもう少し年代が下り司馬遼太郎、会田雄次、山本七平大岡昇平などの方々がそうではないでしょうか?
これらの方々は平時であれば、そのまま当時の研究者、会社員などとして平穏に過ごすことが出来たのですが、まあ、そういう時代に当ってしまった方々です。
また彼等の文章は読んでいて、やはり戦後世代の著述家のそれよりも全体的に内容が重厚であり、その思想の射程は長く、より多くの普遍性を有するのではないかとも思います・・。」


A「しかしそういう特殊な経験を経た著述家は現代においてはもう既に絶滅種に近いもので、その読者も現在では価値観を共有できないことから今後徐々に離れていくのではないかなと思いますが・・。」


B「それは悲観的過ぎる意見であると思います。
どのような作品であれ、本当に良いものは歴史を越えて生き残るのではないかと思います。
外国の話になりますが、例えばカエサルの「ガリア戦記」なんて二千年以上前に書かれた文章ですよ。
あれは英訳で読んでみても、文章の運び方などから「古代ローマの人間とはこういうものだったのだろうな・・」というのを強く感じさせますね。」

B「なるほど「良いものは歴史を越えて生き残る」ですか、本当にそうでしょうか・・?私は逆に「歴史を越えて生き残るのが良いもの」であるのではないかと思いますが、こうなるとまたニワトリとタマゴの話になって更にややこしくなってくる様な気がしますね・・。」

20150904 日本刀について・・

A「やあ、久しぶり。最近調子はどうですか?」


B「ええ、相変わらずです。パートで働きながら求職活動を続けています。」


A「そうですか・・今度はあまり以前ほど手当たり次第に応募しない方が良いですよ。」


B「ええ、アドバイスどうもありがとうございます。
ですから今回は結構絞って行っているつもりです。
しかし、あまり絞り過ぎるのも良くないですからね・・この見極めが結構難しいのです・・。
そういえば、先日本屋に行きましたら、最近はどうも日本刀が静かなブームの様ですね。
関連する雑誌、書籍が多く出ていましたよ。
これは大変面白いですね。
最近の日本社会の排外的いや国粋主義的な傾向を示しているんでしょうかね・・?」


A「確かに城、甲冑、日本刀みたいなものが流行るのは大体そういう時期だと思いますから・・。
それに日本人の特に男性は日本刀にどうも強い思い入れがあるようですからね・・・
終戦直後にGHQがテコ入れしたくらいですから。
あと、それに加えて特に最近の特に若い世代について云えるのは幕末を舞台にしたものや、舞台、時代設定が和洋折衷の海賊を扱ったマンガからの影響などがあるのではないでしょうか?」


B「そうですね。バスケットボールのあの有名なマンガから例の海賊ものや巨人と戦うものまで、大勢でその背景世界、価値観を共有できるこれらのいわゆる「国民的」なマンガとは、ある意味、現代の神話といってもいいかもしれません。」


A「ああ神話ですか・・確かにそうかもしれませんね。
しかしそうだとすると、我々の世代の神話って何でしょうかね?」


B「我々の世代には沢山の操縦ロボットものに加え、昔からのマンガの巨匠の作品がまだ同時代のものとしてありましたから、それらが神話としてのマンガにあたるのではないでしょうかね?
しかし、私の場合どういうわけか途中から小説ばかり読むようになってしまいましたが・・。


A「それでしたら私もそうかもしれません・・。
あと私の場合はこれまたどういうわけだか古典ばかり読むようになりましたね・・こういうのは環境あるいは自身の性質によるものなのかは今でもよくわかりません・・。
ちなみにBさんはどういう小説を読むようになったのですか?」


B「色々な話でよく出しているのでお分かりかもしれませんが司馬遼太郎はよく読んでいて、小学校高学年あたりから現在に至るまで、何となく引っ張り出してきては読んでいます。
そしてその当初の時期と被りながら夏目漱石、海外の作品などにも徐々に手を出すようになっていきましたね・・。
そういえば、先ほどの話に戻りますが、司馬遼太郎の作品にも日本刀にまつわる話が結構ありました・・。
例えば清河八郎七星剣についてや、近藤勇虎徹沖田総司菊一文字や、高杉晋作田中光顕をとり結んだ刀とか、坂本龍馬陸奥守吉行とか、まあ今ざっと思い出してもこれくらいあります。
しかし、よく考えてみると司馬遼太郎は戦時中に軍刀ですが実際に御自身で日本刀を扱っていたわけですが、それについての記述はこれまでに読んだ記憶がありませんね・・。」


A「まあ昭和の軍刀と日本刀はまた別物ですからね、確かに双方共に形状は似ていますが、大半の軍刀は大量生産のいわば工業製品ですからね。
さらに下士官用の軍刀などになりますと見るからに工業製品でして、これはこれで工業製品に見られるような実用的な美しささえ感じさせます。そしてこれらは当時、アメリカから輸入されたスクラップの自動車の板バネからも作られていた様で「スプリング刀」という言葉も確かその当時のものではないでしょうか?」


B「そうです。そしてそのあたりのことは確か山本七平の著作に多く書かれています。彼も戦時中フィリピンの戦場にて実際に軍刀を扱っていましたから。
しかし、戦場における軍刀の様々な生々しい記録を読みますと、現在の日本刀ブームも何やら日本社会の持続する重低音の様な、あるいは流行神(はやりがみ)信仰の様にも見えます。
何故なら日本刀であろうと他の国のどの武器であろうと、武器は武器つまり人を殺す道具ですから、本質的に中国の青竜刀、コサックのシャシュカ、古代ローマのグラディウスなどと変りはないはずです。
しかしそれでもその背景の物語、伝説などを絶対化し、特別視、神聖視しようとするのは北清事変における義和拳と同じ様な傾向があるのではないでしょうか?
そういうものは確かに人々をまとめ上げ、気勢を上げるのには有効であるのかもしれませんが、科学技術、知識がここまで発展、普及した現在においてはどうしても(局外者、部外者から見れば)アナクロニズム、時代錯誤的にしか見えないはずです。
そして、そういった時代状況においてもなお、こういった流行現象が見られるのはどうも不思議であり傍目からのん気に見れば面白いわけです。
さらに加えてこのテーマを戦時中に置いてみますと、第二次世界大戦当時の各国軍隊で指揮官クラスが戦場において帯刀していたのは旧日本軍ぐらいだったのではないでしょうか?
日本に西洋式の軍隊が導入された当時、つまり19世紀後半あたりにおける西欧諸国の軍隊では、それ(帯刀)が中世の騎士からの伝統で普通であったのかもしれませんが、その後の更なる銃火器の発展等による戦闘様相の変化から指揮官クラスの帯刀とは西欧諸国において不要、不都合なものとなり、徐々に廃れていった(下に示す動画を御覧ください。)のですが、日本においてはそれがおそらく同時期あたりから不思議なことに逆に活性化、強化された様に思われます。
これは日本が第一次世界大戦をその主戦場にて経験しなかったからであるという様な単純な外的要因によるものだけではないと考えます。
そして、さらにこれと類似の現象として、東アジア規模における日本の銅鐸、そして日本国内地域毎における銅鐸の意匠を含む形状、寸法などの相異が挙げられるのではないかと考えます。
そしてここまで考えると、今度は福沢諭吉の「文明論の概略」で述べられている日本人の好ましからぬ傾向としての「惑溺」が挙げられるのではないかと思います。
この福沢諭吉の云うところの「惑溺」とは、まあ平たく云えばフェティシズムみたいなもので、何らかの物体なり観念を絶対化して神聖視する様な傾向です。
こういうのは、あるいはまた別の云い方をすればカルトともなりますが、どうも我々日本人とはこういうものに大変弱いというか、受容的というか、よく分からない性質を持っていると思います。
そしてその背後にあるのがそういったフェティシズム、カルトの核となるものに対しての凝集性の強さ、あるいは凝固の早さが挙げられると思います。
これについて最近思うのは、よく云われる「空気を読む」の「空気」そしてその起因の背景には日本が比較的温暖湿潤な島国であることからこの様になるのではないかということですが。これは今後更に考える必要があります・・。」


A「最後の方はどうもよくわかりませんが、何となくは分かりました。して追加として、先ほど私が云った舞台、時代設定が和洋折衷の海賊のマンガの作者は確か熊本県御出身なのですが、熊本と云えば、明治初期確か9年(1876)でしたかね?神風連の乱が起きた場所でしてね、これはその前に出された廃刀令に反対、抗議するものであり、先ほど仰った日本刀に対する、何ですか、その「惑溺」に関連するのではないかと思いました。
しかし同時に、こういった解釈で両者(神風連の乱、マンガ作者の出身地)を短絡的に結びつけるのも「如何なものか?」あるいは少し云い方は悪いかもしれませんがいかにも第三者的、外国人的すぎる発想であるのではないかとも思います。
何故ならば、この神風連の乱が生じるまでの経緯を在地者の視点で述べられている「石光真清の手記」などを読みますと、どうもその様な解釈とは、表層的過ぎる、あるいはその当時の決起した人々の止むに止まれぬ状況を無視し過ぎているのではないかと考えさせるからです。しかし一方において歴史とは、その様な主体者の事情、内実をも吞み込んで進行してゆくものであることから、こういうものを結びつける考察、解釈とは実に難しいのではないかと考えさせられます・・。」


B「それはまったく仰る通りであると思います。
そしてそれだからこそ、西郷隆盛は逆賊の将であると同時に英雄でもあるのではないでしょうか?
そして、これを一面的、一方的に解釈してしまっては、それこそ「歴史の神様に申し訳ない」のではないでしょうか?
また、本来こういったことは国内の歴史のみならず国家間の歴史の認識においても適応できるのではないかとも考えます。・・しかし、まあ、これが国際的なものだけに更に難しいのでしょう・・。」


Young Winston - British cavalry charge at Omdurman
開始後1分15秒あたりから

上に示す書籍「チャーチル」のp.81あたりを読んでみてください
動画との関連性がわかります。