2016年1月25日月曜日

20160125 政体の平均寿命、易姓革命、源平政権交替思想などについて

A「一応今回記事を作成して投稿すると丁度200回目となるわけですが、動画サイトからの投稿も幾つかありますので、今後も引き続きこの調子で記事を投稿し続けようと思います。ともあれ、一日の閲覧者数は相変わらず100~200人程度のままです・・。これは私としては上々の出来であるとは思うのですが、内容の大きな変化を行わなくても多少閲覧者数を増加させることは出来るのでしょうか?」


B「・・さて、それはどうでしょうか?
それにAさんのブログは当初よりあまり多くの閲覧者を望めるようなものではないと思いますからね・・(笑)。
ですから、とりあえずこのまま書き続けてみて、また閲覧者数のケタが増えたりした場合、はじめてそういったことを考えれば良いのではないでしょうか?
しかしそれはそうと、最近何か変ったことはありましたか?」


A「いえ、相変わらずです。
とはいえ、現在もまたいくつか応募しております・・。
それらのうちのどこが私を採用していただけるかはわかりませんが、もし採用していただけましたら熱意を持って真摯に職務に取組んでゆきたいですね・・。」


B「そうですか・・今後Aさんがどのような仕事に就くかはわかりませんが、そろそろ落ち着いてみるのも悪くないのではないかと思いますが・・。」


A「ええ、それは仰るとおりであり、また私もそのように望んでいるのですが、しかし周囲の状況を考えてみますと「どのような仕事、職務に就くのがよいのだろうか?」とも考えてしまうのです・・。」


B「ううむ、しかしそれよりも、どういった仕事に就けばAさんのこれまでに得た経験等のより多くを生かすことが出来るのかと、能動的に考えた方が良いのではないでしょうか?
そちらの方が結果的に仕事に対し能動的、積極的に取組めると思いますし、また持続可能性も高まるのではないでしょうか?」


A「それはたしかにそうなのですが、同時に様々な仕事を巡る状況もまた重要なのではないかと思います。
実際、今後様々なものに取って代わられると考えられている仕事、職務も色々と論じられていますし・・。
そして、そういったものの中には、一般的に決して単純な仕事と思われないものも含まれていますから・・。」


B「・・ああ、それもたしかにそうですね・・。
Aさんは既に御存知であると思いますが、昨今普及しつつある3-DプリンターCADCAM装置などにより歯科技工の世界などは現在大きく変化しつつあるということも聞きますからね。」


A「ええ、そうです、歯科技工などはこれまでの職人的なものから丁度変化しつつある最中ではないかと思います。
ですから、現在従事している方々が高齢化している歯科技工業界が新しい世代の手に移った時、どのような変化を遂げるかとは、我が国の様々な業界における将来像を示す一つの具体例、エグザンプルになるのではないかと考えております。
その意味において現在とは、丁度様々な意味における大きな変革期に差し掛かっているのではないかと思うのです・・。
そして、それで思い出すのは、明治維新は西暦1868年であり、そこで設立した政体は1945年の太平洋戦争の敗戦により、潰えた、あるいは大きな変革を余儀なくされました。
つまり、この1868年に設立した政体とは77年、80年未満継続したことになります。
そして、現代2016年とは、直近の大きな変革があった1945年から71年経過しています。
ですから、今後も1945年から80年未満の近い将来に現在の政体が潰える、大きな変革が生じるとはいいませんが、それでもこうした期間とは、一つの政体の平均寿命のようなものと考えてみますと、なかなか示唆するものがあり、面白いのではないかとも思います。
加えて、こうしたことは我が国を含め実生活に即した歴史などの学問、研究がある程度行われている国においては、何かしらの深い洞察に基づいた知見があるのではないでしょうか・・?」


B「・・一つの政体の平均寿命ですか・・。
そうしますと何だか古代中国の易姓革命あるいは我が国の太平記などで描かれている源平交替思想などを彷彿させますね・・。
しかし、これを現今の我が国社会に適応してみると、具体的にどのような変革がどのような形で生じるのでしょうかね?
また、それはともかく現在の国際化の波は今後も進展するであろうし、また少子高齢化も同様でしょう・・そうしたなか、我が国は国際的にはどのような態度で臨み、また国内においてはどのような施政を行うのが良いのでしょうか?」


A「・・とりあえず国際的な態度は置いておいて、国内では、まさに施政者側と我々一般国民が向いている方向が違っていること、つまり同床異夢であることがまさに問題であるのではないでしょうか・・?
これがかつての時代であれば施政者側は恣意的な情報操作により、自身の施政に都合の良い状態を物語的に広め、一応国民の大部分はそれを納得していた(させられていた)と思うのですが、戦後、特に情報化の進んだ現在の状態とは、そうした施政者側の情報操作の手練手管がなかなか効かない、通じなくなってきたのではないでしょうか?
そして、そうした現在の状態とは概ね、様々な科学技術の進化発展によるものでしょうが、一方それを受け取る側である我々の情報の取捨選択の能力、つまり様々な情報を適切に解釈しているかが大きな問題なのではないかと思います。」


B「つまり情報リテラシーの向上であると思いますが、そうしたことは国内では丸山真男また海外ではカール・マンハイムオルテガ・イ・ガセットあたりが類似したことを各々著作で述べていたと思います。
ですから、情報リテラシーに関する問題とは、近代に産業革命を遂げた国、社会においてある程度普遍的に見られる問題なのではないでしょうか・・?
そして、その中で我が国において特に問題であると思われることはどういったことなのですか?」


A「ええ、それは度々指摘されることなのですが、我が国の近代化以降に為された変革とは、外圧に対する反応として為され、おそらく今後為される変革も同様に外圧からの反応、あるいは外からの指導下によって為されるのではないかということです。
それはたしかにこれまではそうであるのですが、今後の変革もまたそうであるとすれば、先の世代の日本人に対し大変恥ずかしく、また国際社会においても同様にかなり恥ずかしいという意見があります。
そして私はその意見に同意します。
そうしますと司馬遼太郎がその晩年に我が国の将来に対しておぼえた危惧の意味が理解できるのではないかと思います・・。
また、その危惧を言い換えると、少なくとも我が国の昭和期からの社会とは、近代以降の自身の社会の歴史に対して付け焼刃的あるいは外来思想に基づく知的スタイル、虚栄心に基づく程度の認識しか出来ていなかった、あるいは施政者側、上の世代からそうなるように指導されてきたということになるのではないかと思います・・。
そして、その危惧がある程度妥当であれば、それは今後簡単に変革することができないのではないでしょうか?」


B「はあ、なるほど・・そうすると外圧からの反応、リアクションとしての変革には能動性がなく、たとえその反応が適切であっても、それ故にその後の発展、持続可能性が乏しくなってしまうといったところでしょうか?
しかし、そうしたこと御存知でしょうがこれまで様々な方が指摘してきたことですね・・。
ともあれ、たしかに我が国の歴史を見てみますと、少なくとも全くの間違いではないと思います・・。
では、どうすればそうした危惧を良い意味で裏切ることができるのでしょうかね?」


A「・・そうですね、我々が出来ることは選挙に行き、その施政方針、各々政策に賛同できる政党、候補者に投票することに加え、様々な事柄について他者と真剣に議論をしてある種の言語の扱いの経験を積むことではないでしょうか?」


B「我々日本人は議論が苦手ですからね・・(苦笑)
それよりも根回し、禅問答のような腹の探りあいなどの方が得意であり、重要とされますからね(笑)。
ですから、後者の「議論」に関しては仰ることは同意できるのですが、実際問題としてかなり難しいのではないでしょうか?」


A「ええ、それは重々承知していますが、それもまた教育によって漸進的にそうした能力を進化発展させてゆく以外にないと考えます・・。
また、我が国における施政者とは、古くから議論が盛んになると政治が不安定になることを知っていたために、それを遠まわしに盛んにならないような施政を行ってきて、それに対し我々はその成果を第二の天性のように体得して現在に至っているのではないかと思います・・。
ですから私は議論によって生じる不安定さとは、ある意味、社会が熱を帯び、活気をもたらすために不可欠な要素であるのではないかと考えます・・。
議論の表層に生じる怒気と見られるものは、それが本当に真剣な議論であるならば、情熱の発露であると思うのですが・・。」


B「仰りたいことはよくわかりますが、それでも本質的に我々日本人とは表層から本質を推察する癖がありますので、まあ、良くも悪くも即物的であるのだと思いますよ・・(苦笑)。」


A「ええ、分かります、そして、そうした傾向を改善するためにも教養教育と医療、理工学系学問の拡大、充実が大事なのではないかと考えますが・・。」


B「なるほど、やはり最後は教育になるのですね・・。」

A「ええ、天然資源に乏しい我が国は人材こそが最も貴重な資源であると思いますので・・結局はそこに行き着くのではないでしょうか?」