2021年3月30日火曜日

20210330 中央公論新社刊 藤野裕子著 「民衆暴力」―一揆・暴動・虐殺の日本近代 pp.199‐200より抜粋

中央公論新社刊 藤野裕子著 「民衆暴力」―一揆・暴動・虐殺の日本近代 pp.199‐200より抜粋
ISBN-10 : 4121026055
ISBN-13 : 978-4121026057

警察による日常生活の統制に対して、民衆が不満・反感を持ち、暴力が湧き上がった際に、警察に矛先を向けていく。この点で、本庄署の襲撃とその焼打ち未遂は、第3章で見た日比谷焼き打ち事件における警察の焼打ちと驚くほど似ている。軍隊の出動によってすぐさま解散下でも点でも共通する。

このことをどのように考えればよいのだろうか。日比谷焼き打ち事件が警察権力への対抗として評価されるならば、この本庄署の襲撃にも警察権力への対抗的な側面はある。しかし、この襲撃が朝鮮人虐殺と一体のものだと考えると、その側面だけを切り取って評価することはできない。

一方、第1章で見た新政府反対一揆との共通点も浮かびあがる。新政府反対一揆では、県庁や戸長などを襲撃する一揆のプロセスで、被差別部落を襲撃した。本庄署では、朝鮮人に対する差別意識に基づいて「天下晴れての人殺し」をするプロセスで、日常的に潜在していた警察への反感が噴き出して警察署を焼き打ちしようとした。

暴力をふるう過程で、日頃はかなわなかった、さまざまな対象への暴力行為が可能となることは、これまでに論じたとおりである。その可能性には、警察権力への対抗だけでなく、自らが差別する対象への徹底した攻撃になる場合もあった。

歴史を見る際に、権力に対抗する民衆と被差別者を迫害する民衆とは、別の民衆であるかのように分離したくなる。しかし、こうした事実は、その様に民衆像を二分させて歴史を捉えることには問題があるのだと教えてくれる。権力に反発する意識と他民族などを差別する意識は、一人の人間や社会集団のなかに矛盾なく存在し、ひとたび始まった暴力を契機に、両方が引き出されることがあり得るからだ。