2017年7月23日日曜日

20170722 奇妙ともいえる偶然の把握および書籍からの抜粋引用(伊波普猷著 『古琉球』より)

A「昨日投稿分の記事も投稿翌日にしては多くの方々(30)に読んで頂けました。

読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

さて、さきほどつい先日(7/19)に投稿した『読んでいた小説から思ったこと、歴史認識の方法について・・』との関連にて昨年4月2日の投稿記事『野上彌生子著『迷路』について』を読んでおりましたら、この記事においても、さきの著作『迷路』とマンガ『はいからさんが通る』の関連性、類似性について書かれていることを見出しました。

この当時(2016年4月)の自身とは『はいからさんが通る』が2017年の11月にアニメ映画として公開されることは知らなかったと思われますので、この言及(2016年4月)とは偶然ではあるのでしょうが、同時に多少面白くも思われた次第です(笑)。

しかし、そうしたことを考えてみますと、この一連のブログ記事作成をはじめて以来、それに類するような出来事は、幾度か経験しておりますので、今回の件もまた、特に驚くべきことではなく、さきに書いたように『多少面白い』といった程度のことではないかと思われます。

とはいえ、その一方でなお、こうした出来事が発生する、あるいはそれが認識されるメカニズムに関しては少なからず興味がありますが・・。

そしてまた、そのメカニズムを把握することが出来れば、さらに理解することが出来る事象が多くなるのではないかと思われるのです。

加えて、これも未だ感覚的なことではありますが、こうした奇妙ともいえる偶然の把握とは、人によっては多少時期のズレもまたあるのかもしれませんが、年齢とも関連があるのではないかと思われ、さらにそれ(奇妙ともいえる偶然の把握)とは、何といいますか、本質的に定量化しうる要素の相対的な評価(のみ)によっては達し得ることが出来ないのではないかと思われます・・。

おそらく、そこには内発性のさらに基層にある精神と関連し、またそれは総じて創造なるものの根源にある精神とも同根ではないかとも思われるのです。

さて、ここまで書いてきた内容とは、あまり関係がないとは思われますが、先日読んでいた書籍にて面白いと思われる記述を見出しましたので、以下にそれを示します。

岩波書店刊 伊波普猷外間守善校訂 『古琉球』pp.58-59より抜粋引用

『琉球語では城のことをグスクというが、八重山では石垣で囲うた所をグスクといっている。
金沢(庄三郎)博士がかつて沖縄教育会で述べられた演説の一節に、
このグスクということばは、沖縄人が大和民族であることを証する好材料となるのであります。
朝鮮の古語では村のことをスキ村主のことをスクリ(宿禰と同意義)と申します。
この言葉は日本語にも這入って日本の位の名にもなっていたのでありますが、それと同意義の言葉が日本語では城と書いてシキと読んでおります。
大和の地名にシキという所がありますが、またシキシマ(敷島)という日本国の名にもなっています。
シキは城ということになります。シキという言葉を研究して見ると先ず二つに分けることが出来ます。
シは住むという意味で、キは囲の中という意味であります。即ち囲の中に住むという意になります。(中略)
然らば日本語でシキ朝鮮語でスキという事は一体どういう所を指してそういうたのであるかというと、高い所にあって石の壁で取囲まれている所という意味であります。(中略)
それで日本語のシキも朝鮮語のスキも琉球語のスクも皆城壁という意味であります。
是らの名詞で、正鵠を得た判断が出来るので、沖縄は敷島即ち日本の一部分であるという事は争うべからざる事実であります。
歴史がなくとも、伝説がなくとも、記録がなくとも、神話がなくとも、沖縄人の祖先は日本人のそれと同じくシキの中に住んでいた事が証明されます。

という事であったが、アマミキヨ種族は沖縄島に上陸して後もグスクを築いてその中にいたのである。(グスクのグは敬語である。)
佐敷はもと「狭いスキ」または「小さいスキ」ということで、これはその地勢から考えてもなるほどと思われる。(佐敷という地名は熊本辺にもあるのである。)
これらは皆沖縄人の祖先が北方の同胞と共同なる根源地に住していた事を証明する好材料である。』

*これは昨日投稿分記事の内容とは少しは関係があるかもしれません・・(笑)。

ともあれ今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年より現在に至るまでに発生した一連の地震・大雨・水害といった大規模自然災害により被災された地域の生活諸インフラの早期の復旧および、その後の速やかな復興を祈念しています。』