2023年12月11日月曜日

20231211 株式会社幻冬舎刊 野口悠紀雄著「2040年の日本」 pp.140-145より抜粋

株式会社幻冬舎刊 野口悠紀雄著「2040年の日本」
pp.140-145より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4344986830
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4344986831

未来の医療技術の第一の柱は、ナノマシーンだ。これは、10万分の1メートル程度の大きさの機械である(これは細菌や細胞よりもひとまわり小さいウィルスのサイズである。なお、「ナノ」とは10のマイナス9乗を意味する言葉)。

 これにより、血液の状態、ウィルスやHIVやガン細胞を検知する。そして、周囲には影響を与えずに、それらを殺したり、血栓を除去したりする。こうして、外科手術なしに治療が可能になる。また、目や耳の神経を入れ替えることも可能になる。

「細胞療法」で皮膚、骨、臓器を再生

 未来の医療技術の第二の柱は、PSC(Pluripotent Stem Cell:多能性幹細胞)を用いる「細胞療法」だ。これが2030年頃から、一般の患者でも利用可能になると予測されている。

 再生医療は、肝細胞薬を使うことで、疾患治療における新たな革命になっている。幹細胞薬とは、特定の疾患の薬として使用される生きた幹細胞ベースの製品だ。

 幹細胞技術を使用すると、欠陥のある細胞や損傷・病気によって失われた細胞を置き換えるためのヒト細胞を提供することができる。つまり「細胞療法」であり、皮膚、骨、臓器などの身体の失われた部分を再生するのだ。

 再生医療は、慢性肝疾患、糖尿病、神経変性疾患の治療などに活用できる。パーキンソン病、アルツハイマー病、虚血性脳障害、脊髄損傷、心不全、腎不全、糖尿病、黄斑変性症など、多くの病変の治療に応用できると期待されている。これが、従来の組織療法(tissue therapies)に取って代る。

 前記の文献は、バイオプリンティング(bioprinting)が利用できるようになる夢のような未来の治療法を描いている。バイオプリンティングとは、人体の組織や臓器を製造することだ。

 生きた細胞や生の生体材料を用い、コンピュータ支援の3次元プリンティング技術を利用することによって、複雑な3次元構造を製造ずるのだ。

 こうなると人々は、病院に行ってDNAサンプル(口腔粘膜細胞から抽出できるのだろう)を示すだけでよい。そして、即座に、その人の遺伝子に合った細胞を入手できるようになる。これは、その人が必要とする用途に使える。例えば、腎臓、皮膚移植などだ。

「ゲノム編集」でアルツハイマー病に対処

 未来の医療技術の第三の柱は、「ゲノム編集」(Gene editing)だ。

 2012年に重要な発見がなされた。それまでの「遺伝子組み換え」ではなく、遺伝子を「編集する」という新しい技術が開発されたのだ。

 これによって、ゲノム編集が可能となった。これは、生物が持つゲノムDNA上の特定の塩基配列を狙って変化させる技術だ(「ゲノム:genome」とは、生物の持つ遺伝子geneの全体。これはDNAという物質で構成されている)。ゲノム編集技術の基礎研究を行った科学者2人は、2020年にノーベル化学賞を受賞した。

「遺伝子組み換え」とは、別の生物から取り出した遺伝子を導入することにより、細胞に新たな形質をつけ加える技術だった。

 それに対して、「ゲノム編集」では、遺伝子を切ったりつなげたりする。狙った性質の遺伝子だけを編集することができるため、優れた特徴を持つ品種に新たな性質をピンポイントで追加できるようになった。

 「遺伝子組み換え」では、外来の遺伝子を細胞に導入して新しい軽質をつけ加えるのだが、「ゲノム編集」では、細胞が元々持っている性質を細胞内部で変化させる。今後数十年の間に、この技術を用いたさまざまな医療の開発が期待されている。

遺伝性心疾患を、根本的に遺伝子から治すための遺伝子治療法への応用がある。血液ガンを対象とした「CAR-T療法(T細胞療法)」という治療法が、日本でも保険適応となった。白血病をはじめとする各種ガンの新規治療法にも期待が高まっている。

 ゲノム編集を用いた治験は、アメリカた中国で多数行われている。いくつかの遺伝性疾患に対して治験も始まっている。そのほとんどが、ガンや感染症に対するものだ。

 今後は、視力や聴力を失った人、アルツハイマー病、パーキンソン病の治療も可能になるのではないかと期待されている。

AIの活用で病変の見落としを防ぐ

 未来の医療技術の第四の柱は、医療分野でのAIの利用だ。

 医療の現場にはCTスキャン画像、MRI(磁気共鳴画像装置)画像、レントゲン画像などさまざまな画像がある。ところが、検査数に対して、読影医が不足している。したがって、AIに期待されるところが大きい。AIの画像認識が用いられるようになれば、素早く、低コストで診断できる。

 また、医師によって読影判定にバラツキが起こることもあって、正しい判断がされていない可能性もある。AIによる自動診断は医師の負担を減らし、病変の見落としも防げる。 

 正常な状態との差異を判別できる画像認識技術によって、病気を判別できる。とりわけ、ガンの発見に威力を発揮する。ビッグデータを扱ったAI利用は、医師の目や耳、脳の能力を拡張できるとされる。

20231210 株式会社新潮社刊 新潮選書 鶴岡路人著「欧州戦争としてのウクライナ侵攻」pp.226‐229より抜粋

株式会社新潮社刊 新潮選書 鶴岡路人著「欧州戦争としてのウクライナ侵攻」pp.226‐229より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4106038951
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4106038952

アフガニスタンでの作戦は、NATOにとって重大であり、二〇〇〇年代半ばからの一〇年間、NATOの変革の原動力になったのはISAFだった。豪州や日本を含むパートナー諸国との関係が強化されたのもアフガニスタンがきっかけであったし、安全保障と開発のリンクに関連して「包括的アプローチ」が唱えられたのも、国連やEUとの協力が模索されたのも、すべてこの文脈だった。
 アフガニスタンがなければ、NATOがここまで変革を遂げることもなかった。

一方的な米国に噴出する憤り

 そうしたなかでの、米国による一方的な撤退方針の決定だったため、欧州諸国は憤ったのである。バイデン政権は、撤退に関するトランプ政権の決定事項を引き継いだのみという立場だった。しかし、同盟国軽視のトランプ政権とは異なり、バイデン政権の基本方針は前項でみたように、「ともに協議し、ともに決定し、ともに行動する」だったはずである。それと、アフガニスタン撤退のプロセスの相違は非常に大きい。
 なかでも最も大きな衝撃を受けているのだ、米国の最も緊密な同盟国を自任し、米国に次ぐ規模のアフガニスタン関与をおこなってきた英国である。八月一比に休暇を中断して開かれた下院本会議では、野党のみならず、伝統的に米国との同盟関係を重視してきた与党保守党の議員からも、ジョンソン政権の対応に加え、米国に対する厳しい批判が渦巻くことになった。
 例えばメイ(Theresa May)元首相は、「我々のインテリジェンスはそんなに貧弱だったのか?」、「我々のアフガン政府理解はそんなに不足していたのか?」、「米国に従う他なかったのか?」とジョンソン首相(当時)に迫った。さらに、今回の件は、「NATOをいかに運営するかの再検討を迫るものだ」とした。
 陸軍兵士としてアフガニスタンに派遣された経験を持つ下院外交委員長のトゥーゲンハート(Tom Tugendhat)議員は、カブール陥落で「怒り、悲嘆、憤怒」の感情に包まれたとしたうえで、しかし「(我々がこのように)敗北する必要はなかった」と述べた。そして、一連の過程の教訓として、「我々は、たった一つの同盟国、たった一人の指導者の決定に依存しなくて済む新たなビジョン」を構想できるはずだ、と述べた。戦場で仲間を失った当事者としても、バイデン政権の一方的対応に振り回されたことへの怨嗟の念があらわれていた。
 バイデン大統領が八月一六日の演説で、アフガニスタンでの作戦における同盟国の貢献にまったく触れなかったことも、欧州にとっては衝撃的だった。バイデン政権としては、まずは国内の批判に応えることが、内政上不可欠だったのだろう。そうした事情は分からないでもない。しかし、アフガニスタン作戦は米国のみのものではなく、同盟国の貢献に謝意を示すのは、外交上最低限求められる姿勢だったのではないか。
 そうした批判を考慮したのか、八月二〇日の演説と会見では、「アフガニスタンは二〇年にわたり、NATOの同盟国との共同の努力だった」などと述べている。しかし、「後付け感」しか残らないというのが欧州の当事者にとっての偽らざる受け止め方であろう。
 さらにバイデンは、「アフガニスタンにおける我々のミッションが国家建設であったことは一度もない」(八月一六日)と主張し、「アル・カイダがいなくなった現在、アフガニスタンにどのような我々の利益があるというのだ?」(八月二〇日)とまでいい切った。米国とともに戦い、アフガニスタンの国家建設にともに尽力してきた欧州にとっては、ほとんど侮辱とでもいってよい発言であろう。
 米国がアフガニスタンの国家建設を目的にしたことがないとの主張に対して、ボレル(Joseph Borrell)EU外交・安全保障政策上級代表は、欧州会議での審議で、「それは議論の余地がある。我々はアフガニスタンで国家を建設するために多くのことをやってきた。法の支配や基本的人権を遵守する国家を目指してきた」と反論した。
 国会建設など目指したことがないといわれてしまっては、我々の努力は何だったのかということになってしまう。実際米国は、アフガニスタン国軍への装備と訓練の支援で主導的な役割を長年果たしてきた。新たな国家にとって、国軍建設はまさに国家建設の中核だったはずであり、米国も国軍の重要性を理解していたがゆえに支援してきたのである。