2023年12月11日月曜日

20231210 株式会社新潮社刊 新潮選書 鶴岡路人著「欧州戦争としてのウクライナ侵攻」pp.226‐229より抜粋

株式会社新潮社刊 新潮選書 鶴岡路人著「欧州戦争としてのウクライナ侵攻」pp.226‐229より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4106038951
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4106038952

アフガニスタンでの作戦は、NATOにとって重大であり、二〇〇〇年代半ばからの一〇年間、NATOの変革の原動力になったのはISAFだった。豪州や日本を含むパートナー諸国との関係が強化されたのもアフガニスタンがきっかけであったし、安全保障と開発のリンクに関連して「包括的アプローチ」が唱えられたのも、国連やEUとの協力が模索されたのも、すべてこの文脈だった。
 アフガニスタンがなければ、NATOがここまで変革を遂げることもなかった。

一方的な米国に噴出する憤り

 そうしたなかでの、米国による一方的な撤退方針の決定だったため、欧州諸国は憤ったのである。バイデン政権は、撤退に関するトランプ政権の決定事項を引き継いだのみという立場だった。しかし、同盟国軽視のトランプ政権とは異なり、バイデン政権の基本方針は前項でみたように、「ともに協議し、ともに決定し、ともに行動する」だったはずである。それと、アフガニスタン撤退のプロセスの相違は非常に大きい。
 なかでも最も大きな衝撃を受けているのだ、米国の最も緊密な同盟国を自任し、米国に次ぐ規模のアフガニスタン関与をおこなってきた英国である。八月一比に休暇を中断して開かれた下院本会議では、野党のみならず、伝統的に米国との同盟関係を重視してきた与党保守党の議員からも、ジョンソン政権の対応に加え、米国に対する厳しい批判が渦巻くことになった。
 例えばメイ(Theresa May)元首相は、「我々のインテリジェンスはそんなに貧弱だったのか?」、「我々のアフガン政府理解はそんなに不足していたのか?」、「米国に従う他なかったのか?」とジョンソン首相(当時)に迫った。さらに、今回の件は、「NATOをいかに運営するかの再検討を迫るものだ」とした。
 陸軍兵士としてアフガニスタンに派遣された経験を持つ下院外交委員長のトゥーゲンハート(Tom Tugendhat)議員は、カブール陥落で「怒り、悲嘆、憤怒」の感情に包まれたとしたうえで、しかし「(我々がこのように)敗北する必要はなかった」と述べた。そして、一連の過程の教訓として、「我々は、たった一つの同盟国、たった一人の指導者の決定に依存しなくて済む新たなビジョン」を構想できるはずだ、と述べた。戦場で仲間を失った当事者としても、バイデン政権の一方的対応に振り回されたことへの怨嗟の念があらわれていた。
 バイデン大統領が八月一六日の演説で、アフガニスタンでの作戦における同盟国の貢献にまったく触れなかったことも、欧州にとっては衝撃的だった。バイデン政権としては、まずは国内の批判に応えることが、内政上不可欠だったのだろう。そうした事情は分からないでもない。しかし、アフガニスタン作戦は米国のみのものではなく、同盟国の貢献に謝意を示すのは、外交上最低限求められる姿勢だったのではないか。
 そうした批判を考慮したのか、八月二〇日の演説と会見では、「アフガニスタンは二〇年にわたり、NATOの同盟国との共同の努力だった」などと述べている。しかし、「後付け感」しか残らないというのが欧州の当事者にとっての偽らざる受け止め方であろう。
 さらにバイデンは、「アフガニスタンにおける我々のミッションが国家建設であったことは一度もない」(八月一六日)と主張し、「アル・カイダがいなくなった現在、アフガニスタンにどのような我々の利益があるというのだ?」(八月二〇日)とまでいい切った。米国とともに戦い、アフガニスタンの国家建設にともに尽力してきた欧州にとっては、ほとんど侮辱とでもいってよい発言であろう。
 米国がアフガニスタンの国家建設を目的にしたことがないとの主張に対して、ボレル(Joseph Borrell)EU外交・安全保障政策上級代表は、欧州会議での審議で、「それは議論の余地がある。我々はアフガニスタンで国家を建設するために多くのことをやってきた。法の支配や基本的人権を遵守する国家を目指してきた」と反論した。
 国会建設など目指したことがないといわれてしまっては、我々の努力は何だったのかということになってしまう。実際米国は、アフガニスタン国軍への装備と訓練の支援で主導的な役割を長年果たしてきた。新たな国家にとって、国軍建設はまさに国家建設の中核だったはずであり、米国も国軍の重要性を理解していたがゆえに支援してきたのである。

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