2023年10月24日火曜日

20231023 慶應義塾大学出版会刊 ジャレド・ダイアモンド、ジェイムズ・A・ロビンソン 編著 小坂恵理 訳「歴史は実験できるのか」pp.215-217より抜粋

慶應義塾大学出版会刊 ジャレド・ダイアモンド、ジェイムズ・A・ロビンソン 編著 小坂恵理 訳「歴史は実験できるのか」pp.215-217より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4766425197
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4766425192

インド各地を対象にした比較分析からは、どんな結論を導き出せるだろうか。最も重要な結論は、イギリスの植民地統治下で採用された地税徴収制度の違いによって、その後の発展の軌跡が大きく異なったことだろう。なかでも、地主ベースの地税徴収制度が採用された地域は、工作農民が地税を直接徴収された地域に比べ、学校や道路など公共財の普及が遅れた点には注目すべきだ。植民地支配が幕を閉じて40年、地主ベースの地税徴収制度が正式に廃止されてから30年が経過しても、これらの違いは確認できる。違いを引き起こしたのは地理や人口に関する条件の違いによる影響だけではないことを本章では立証した。さらに植民地時代のほかの制度の影響は考えられない。グラフのうえで発展の軌跡は、土地改革の変遷をたどるかのように非線形の曲線を描いているからだ。(図6・4)。今回の分析ではひとつ、イギリスが植民地インドに導入した制度全体の影響ではなく、特定の制度の影響が確認されたことが大きな成果として挙げられる。インドのどの県もかつては同じ宗主国の支配下にあり、今日では政治の面でも行政の面でも同じ制度が採用されているのだから、地税徴収制度がいかに長いあいだ強い影響力を発揮してきたかわかる。

 今回発見されたような結果がもたらされた理由は、経済的不平等と政治参加の二つの面から説明できると私たちは考えた。しかし、地主ベースの地税徴収制度が採用された地域とそうでなかった地域の二つのタイプのあいだで、経済的不平等はそれほど大きくなかった。大きな理由としては、地主の支配下だった地域が経済的不平等を減らすための手段として、土地改革に積極的に取り組んだ可能性が考えられる。一方、地主の支配下だった地域では政治への参加率と識字率が低く、これら数字とインフラ普及率の低さのあいだには相関関係が見られる。ただし、二つのタイプの地域での公共財の普及率の違いを、これらの変数だけで十分に説明することはできない。

 歴史が長期的におよぼす影響を解明すりためには、二つの目立つ要因以外にも目を向けなければならないことが、今回の結果からは重要な教訓として得られた。政治的影響を説明する手段はほかにもたくさんあるが、今回は取りあげることができなかった。以下に一部を紹介しよう。たとえば、地主に支配されなかった地域は識字率も住民の政治意識も高く、優秀な政治家が選出される可能性が高いことは考えられる。有権者が博識ならば、選挙の地元に多くの公共財を供給するだろう。二番目の可能性としては、エリートによる支配の歴史が長いと政治制度への関心が冷めて、十分な知識のないまま一票を投じてしまうことが考えられる。あるいは三番目の可能性として、地主ベースの地税徴収制度が採用された地域にとって、公共財の普及の遅れは自然の結果だったのかもしれない。これらの地域では当初、過去を消し去る作業に専念したので、かつての地税徴収制度は解体されて土地への平等なアクセスで促されたのかもしれない(これに関する証拠は、注22に記されている)。このように優先すべき課題があったため、発展を目的とするほかの政策に費やす資源も政治的資本もほとんど残らなかったとも考えられる。あるいは、エリートによる支配の歴史が長い地域では有権者の二極化が進み、選ばれた議員が公共財普及に協力しづらい環境が創造されたのかもしれない。

 長期的な発展の結果に特定の歴史的制度がおよぼす影響について、今回は比較分析という手段を用いて注目した。そして、地税徴収に関する制度が異なると、その後の発展の軌跡にどのような影響がおよぶのか、そのメカニズムに関して二つの考えられる仮説を紹介した。ただしいずれも、私たちの結論の正しさを経験によって裏付けるだけの説得力に欠けている。本章ではほかにも可能性のある複数の仮説を紹介した。今後、新たに比較歴史分析の研究があ進めば、これらについての理解はさらに進むだろう。これから詳しい研究が行われれば、歴史的制度が長期にわたっておよぼす影響について新たな仮説を生み出すことも可能だ。