2022年10月1日土曜日

20220930 碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」 pp.396-399より抜粋

碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」
pp.396-399より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4502125911
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4502125911

読影のために世界のどこかへデジタル画像を転送する。時間外または”深夜営業”の放射線診断サービスから始まった遠隔放射線診断の活用が、過去10年にわたり大きな成長を見せている。
たとえ患者が真夜中にやってきた場合であっても、放射線画像は米国やオーストラリア、インド、フランスにある別センタ0の放射線科医によって数分のうちに読影される。病院は放射線科医師数の伸びが極めて鈍いにもかかわらず、この遠隔放射線診断の導入によって信頼できる効率的なサービスを24時間体制で維持し、CTスキャナー(毎年14%の成長をしている)やその他の画像診断に対する爆発的な需要に応えることができている。
アイダホに拠点を置くナイトホーク放射線サービスが最王手であり、米国の病院の時間外の放射線診断サービスを提供している。

 遠隔放射線診断サービスは非消費者層を標的にするところから開始したー放射線科医は新サービスが夜や週末といった望ましくない時間帯に運用されることを喜んで受け入れた。

しかし、彼らが日中のサービスを提供し始めると放射線科医から予想通りの反論が出始めた。米国放射線医学会のリーダーたちは、別の州や国に拠点を置く個人の資質、正確性、説明責任の保証に対する懸念を表明した。放射線科医と依頼医が非常に離れていた場合のコミュニケーションに関する問題についても取り上げられた。マサチューセッツ総合病院がインドの非営利企業と提携するという2002年の試みには抗議の手紙が殺到し、最終的に新事業は失敗に終わった。患者プライバシーの危機と主張する議員が介入し、患者データの海外転送に制限がかけられたのである。

 医師の資格要件に焦点を当てた直感的医療の時代の規制が再強化されたことを受けて、ほとんどの遠隔放射線診断サービスは、それが海外に立地していようとも米国で教育を受け、免許を持った放射線科医のみを採用し、彼らはサービスを提供する病院からの資格認定を受けなくてはならなくなった。
さらに、彼らによる読影は米国の放射線科医によって評価ないし”読み直し”されるまでは、仮読影とみなされることも多かった。JCAHOは、放射線科医によるソリューションシップ型事業向けに整備したライセンスや認証標準に合致した遠隔放射線診断サービスを要求する形で介入している。そして、その結果は以下のとおりである。
ナイトホークの一般的な放射線科医は38州の免許を持ち、400以上の病院から資格認定を受けている。会社は手続き等の管理運営のために35人から40人を雇用しているーそして、それにもかかわらず、病院が院内で運営することを選んだ場合よりも低いコストでサービスを提供できている。

 しかし、この膠着状態の隅で面白い事態が生じている。解剖学的構造を読影し、それを患者の既往歴や身体状況と結びつける仕事の大部分が、もはや放射線科医の専門的な眼力や臨床経験に依存しなくなりつつあるのである。静止画像よりも動態研究や分子トレーサーなどの”機能”放射線医学や”量子”放射線医学ー測定や記録アルゴリズムに関連した領域ーが、放射線医以外の医師が生理学的異常を解明する能力を大きく高めた。
超音波や蛍光透視法のような基本技術から始まり、放射線科医の直感に頼った診断技術のいくつかをアルゴリズムに組み込むことによって、こうした機械は画像取得や解析を自動化している。また、機械に必要なスペース、遮蔽設備、電力は小さくなり、価値付加プロセス型診療所に勤務する心臓専門医や整形外科医の診察室に設置可能となってきている。

 典型的な破壊的イノベーションによって、放射線科医ではない医師が簡易な撮影と読影を始めるためのドアは開かれた。そして、地域病院の放射線科にあるソリューションシップ型事業への患者紹介を減らし続けている。放射線科医が業務の海外流出を防ぐ手段を見つけ出そうとしている一方で、他の医師たちがまさに自身の診察室や地域の中でその業務の一部を行い始めているのである。

 この規制回避から得られる重要な知見は、心臓専門医や整形外科医は規制による承認を受ける必要がなかったという点である。放射線科医は、その他の医師からの画像読影依頼による出来高払いによって収入を生み出している。遠隔放射線診断は、低価格の破壊的イノベーションによってこの事業に参入しようとしているがー市場の特定セグメントを獲得するために低コストのビジネスモデルを活用するー、相変わらず出来高払いのままである。キャピテーションやアウトカムに基づく支払いの中で働く心臓専門医や整形外科医は、画像の読影によって収入を得ているわけではないため、認証規制について心配する必要がなかった。彼らは心臓や骨を修復することで収入を得ているのである。まさに放射線医学はより多くの心臓や関節をより確実に、より速く修復できるように手助けしているのだ。

 心臓専門医や整形外科医、その他の医師がコンピューターの補助によって放射線科医と相違ない結果をもたらす画像技術を活用してから数年のうちに、規制は最終的な医師の資格よりも、プロセスやアウトカムに焦点を当てたものへと変化するだろう。実際のところ、放射線診断の時間外外注サービスについては、安全に対する当初の懸念はすでに払拭されている。現場の医師が副操縦士としての放射線科医を必要としない時代さえ来る可能性がある。

 老子は”届かない場所から始める”規制撤廃の戦略を私たちよりも的確に組み立てた。”水は柔らかくしなやかで形を変える。しかし、固く形を変えない岩をもすり減らす。一般的に柔らかく弱いものが、固く強いものを打ち破る。ここにもう1つのパラドックスがあるー柔よく剛を制す。”