A「本日も若干帰宅が遅くなりました・・。
さて、昨日投稿のブログ記事に関連して思うことはネガティブ・ケイパビリティ―というコトバであり、これは和訳すると消極的能力、消極的受容力といった感じになるものと思われます・・。
そして我が国の通史的な傾向として、多くの史家、研究者等が指摘するものに上に示したコトバとも関連があると思われる「受容性」が挙げられます・・。
この「受容性」については、今更帰納法的に様々な具体的史実・事実を取り上げるまでもないと考えますが、たしかに我が国の持つ通史的な傾向の一つとして、この性質(受容性)が挙げられるものと考えます。
今までの自身のブログ記事においては、どちらかというと、内面からの「能動性」に多くの価値を払ってきたのではないかと思われますが、しかし、その能動性が如何にして、その場その場の現実に適合、噛み合い、駆動させる形で発露されるのであるかと考えてみますと、実はそこに、こうした消極的能力、消極的受容力の価値があるのではないかと考えさせられるのです・・。
そして、その意味において、多くの試練ともいえる苦行的なもの全般の持つ価値があるのではないかと思われます・・。
しかしながら、おそらく我が国においては総じて、そうした試練、苦行的なものに「のみ」価値を払う、認めるようになり、それ(試練、苦行)をさらに締め付けたり、解放したりといった「制御」(人知に関わる)の部分に関しては概ね、その出来具合が不明な個々の精神をも含めて大らかに扱い、あるいは専ら「神の見えざる手」に委ねているのではないかと思われるのです・・。
また、これにに関しては「いじめ」についても本質的には同様な考えが我が国社会の基層に根強く存在するのではないかとも思われます・・(良い悪いは抜きにして)。
そして、そうした古来よりの人間社会をも包括した我が国の自然観、社会観とは、人間と自然を切り離す傾向が強い欧米的な価値観とは本質的いや最終的にはソリが合わないのではないかと思われます・・。
しかしながら、明治から現代に至るまでの我々の近現代史とは、反動的な傾向を持つ時代(それはいつの時代にもあった)もありましたが、それは概ね段階的な社会の欧米化であったのではないかとも思われます・・。
またそれは国内地域においても時代により濃淡があるのではないかと思われます・・。
そして、そうした視座から現代の我が国の社会を眺めて見ますと、なかなか興味深い光景が広がっているのではないかとも思われるのです・・。
また、それはさておき、ここまで記してして、今回のブログ記事投稿により総投稿記事数が490に到達することに気が付きました・・。
そうしますと500記事まで残り10記事ということになりますが、全くそうした感慨もなく、おそらく500記事に到達しても、何かしら書き続けることになるのではないかと思います・・(苦笑)。
そしてそれが私なりの深層からの能動性により惹起せられた消極的能力、消極的受容力といったものではないでしょうか・・(苦笑)。
いや、案外これが大事であるのかもしれない・・(笑)。
何れにせよ、今後も気負うことなく、思ったことを記し続けようと考えております・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございました。
さる熊本、山陰東部そして昨今の福島周辺にて発生した大地震にて被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」
2016年11月26日土曜日
2016年11月25日金曜日
20161124 文章の率直さと、その持続・・循環論法、トートロジー?
本日は帰宅が若干遅くなりました。
また、天候の方も昨日の天気予報通りとなり、首都圏では珍しい11月での降雪となりました・・。
降雪とはいっても、決して嬉しいものではなく、私は概して寒い季節が好きではありません・・。
とはいえ、こうした傾向とは特に昔からという訳でもなく、かつてはむしろ夏の暑さを冬の寒さよりも毛嫌いしていたように記憶しております・・。
しかし、同時にその時期とは、まさしく夏の盛りに屋外にて盛んに運動(部活動)をしていた時期でもあり、むしろ暑さの耐性に関しては当時の方が強かったのではないかとも思われます・・。
こうしたことも考えてみるとなかなか不思議なものです・・(笑)。
また、そのように考えてみますと、現在継続して作成している一連のブログ記事の文章、文体とは、現在に比べ比較的文章がよく浮かんでいたと思われる以前の時期(2012~2013)に比べ、果たして上達しているのであるか?という疑問に結び付いてくるのです・・。
しかし、以前の文章がよく浮かんでいた時期とは同時に、あまりにもその記す内容が率直に過ぎ、その意味において、ある種の賢明さを欠いていたのではないかと思われるのです・・(苦笑)
【もともとそしてまた現在においても賢明さは少ないかもしれないが・・(苦笑)】。
そして、私見ではありますが、そうした(率直過ぎる)文章を記すことが出来る期間とは、あまり持続するものではなく、さらに、それらをSNSなどで公表するという行為は、かなりの危険を伴うものであったとものと思われます・・(苦笑)。
また、その詳細な様相の変化を記すことは現在の私には難しいのですが、これを異言すると、上記のような率直過ぎる文章での発露とは、感覚的には、定量入った水タンクから最大限に開栓した状態にて内部の水を放出するようなものであり、そのことから、持続しないのではなかろうか?と思われるのです・・。
その意味において、これも私見且つ感覚的なハナシではありますが、現在記している一連のブログ記事とは、内容の率直さにおいてはかつて程ではないものの、ある大きな一つの主題に対して、様々な視点から記述を試みているといった感じを受けることが多く、これが時折面白く感じ、また何よりも継続的なブログ記事作成に少なからず寄与しているのではないかと思われるのです・・。
しかし、その一方において否応なく認識することは、自身が記すことの出来る内容、主題の有限性であり、世の中には私がいくら頑張ってみても記すことが出来ない内容・主題の存在です・・。
とはいえ、こうしたことは嘆いてみてもどうにもなりませんので、自身は自身の掘れるだけの範囲を出来るだけ丹念に掘り続ける以外ないものと思われます・・。
そして、そうこうしているうちに、何かしらの機運に恵まれたならば、そこから生じ得る自然な変化らしきものが訪れるのではなかろうかと思われるのです・・。
そのためには、自身が適当な目標として定めた500記事到達までは、このようにブログ記事を作成し続けるほかはないものと考えますが・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そして、その後の復興を祈念しております。」
また、天候の方も昨日の天気予報通りとなり、首都圏では珍しい11月での降雪となりました・・。
降雪とはいっても、決して嬉しいものではなく、私は概して寒い季節が好きではありません・・。
とはいえ、こうした傾向とは特に昔からという訳でもなく、かつてはむしろ夏の暑さを冬の寒さよりも毛嫌いしていたように記憶しております・・。
しかし、同時にその時期とは、まさしく夏の盛りに屋外にて盛んに運動(部活動)をしていた時期でもあり、むしろ暑さの耐性に関しては当時の方が強かったのではないかとも思われます・・。
こうしたことも考えてみるとなかなか不思議なものです・・(笑)。
また、そのように考えてみますと、現在継続して作成している一連のブログ記事の文章、文体とは、現在に比べ比較的文章がよく浮かんでいたと思われる以前の時期(2012~2013)に比べ、果たして上達しているのであるか?という疑問に結び付いてくるのです・・。
しかし、以前の文章がよく浮かんでいた時期とは同時に、あまりにもその記す内容が率直に過ぎ、その意味において、ある種の賢明さを欠いていたのではないかと思われるのです・・(苦笑)
【もともとそしてまた現在においても賢明さは少ないかもしれないが・・(苦笑)】。
そして、私見ではありますが、そうした(率直過ぎる)文章を記すことが出来る期間とは、あまり持続するものではなく、さらに、それらをSNSなどで公表するという行為は、かなりの危険を伴うものであったとものと思われます・・(苦笑)。
また、その詳細な様相の変化を記すことは現在の私には難しいのですが、これを異言すると、上記のような率直過ぎる文章での発露とは、感覚的には、定量入った水タンクから最大限に開栓した状態にて内部の水を放出するようなものであり、そのことから、持続しないのではなかろうか?と思われるのです・・。
その意味において、これも私見且つ感覚的なハナシではありますが、現在記している一連のブログ記事とは、内容の率直さにおいてはかつて程ではないものの、ある大きな一つの主題に対して、様々な視点から記述を試みているといった感じを受けることが多く、これが時折面白く感じ、また何よりも継続的なブログ記事作成に少なからず寄与しているのではないかと思われるのです・・。
しかし、その一方において否応なく認識することは、自身が記すことの出来る内容、主題の有限性であり、世の中には私がいくら頑張ってみても記すことが出来ない内容・主題の存在です・・。
とはいえ、こうしたことは嘆いてみてもどうにもなりませんので、自身は自身の掘れるだけの範囲を出来るだけ丹念に掘り続ける以外ないものと思われます・・。
そして、そうこうしているうちに、何かしらの機運に恵まれたならば、そこから生じ得る自然な変化らしきものが訪れるのではなかろうかと思われるのです・・。
そのためには、自身が適当な目標として定めた500記事到達までは、このようにブログ記事を作成し続けるほかはないものと考えますが・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そして、その後の復興を祈念しております。」
2016年11月24日木曜日
20161123 呉爾羅(ゴジラ)から思ったこと・・生贄・人身御供
A「首都圏および関東地方においては本日夕刻より雨が降り始め、これが明朝にかけては降雪に変化するのではないかとのことです・・。
ここ最近若干この季節にしては温暖と思える日が続いた後、突如こうした天候、気温になるのは、正直あまり嬉しいものではありません・・。
とはいえ、その一方で少し嬉しかったことは昨日投稿したブログ記事が投稿翌日ではあるものの、少なからぬ閲覧者数を得たことです。
興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます・・。
そして、本日はそうした状況に促され、ブログ記事作成をはじめた次第といえます・・(笑)。
さて、以前もブログ記事にて記しましたが、ここ最近映画(DVDを含む)を観る習慣を無くしておりましたが、昨日、何を思ったか、かなり久々に映画作品をDVDにてレンタルして観ました。
その映画は1954年(昭和29年)に公開されたモノクロ版の「ゴジラ」であり、この作品は、以前何処かで観た記憶がありましたが、最近色々と話題になっておりますので、その元祖、原点を観てみようと考えた次第です・・(笑)。
さて、この作品からの所感、感想とは、先ず、出演されている俳優陣(エキストラを含む)の顔、身体の動きが21世紀の現代と随分異なるのではないかということです。
次いで、作中内のセリフの背景に古来よりの我が国の民俗を(強く)感じさせるということです・・。
一番目につきましては、各々作品をご覧頂いて判断されるのが良いと思います。
また、二番目につきましては、具体的には、ゴジラが当初「大戸島」(架空の島、伊豆七島あたりがモデル?)の漁船を沈め、また不漁が続く状況にて村の古老が
「これは古い言い伝えにある呉爾羅(ゴジラ)の仕業に違いない・・」といったところ、島の女性が「また爺様のゴジラがはじまった(笑)」と返し、それに対し古老が「古い言い伝えをバカにしていると、今にお前ら「あまっこ」(女性)を呉爾羅(ゴジラ)の生贄として差し出さなければならなくなるぞ!」と怒気を含んで言い返していたところです・・。
こうしたやりとりとは、現在では(おそらく)あり得ないのでしょうが、おそらく昭和20年代においては(地域によっては)自然なものであったのではないかと思われます・・。
あるいは、それは1933年(昭和8年)のアメリカ映画「キングコング」の舞台設定とも類似する部分があるとも思われますが・・。
何れにせよ、科学知識が発展する以前、さまざまな自然現象の作用機序が分からない状態において超自然的、人知では解決不能と思われる災害現象が発生した場合、広く我々人類とは、その現象を支配する存在を何かしら見立て、それに対し様々な種類の祈願・祈祷を試み問題解決を図ってきたようです・・。
そして、その中の一つが人身御供つまり生贄です・・。
以前、私はそうした祈願・祈祷の一つである「雨乞い」について調べたことがありましたが、そこでもこうした種類のハナシには少なからず出くわしました・・。
とはいえ「雨乞い」において何かしらの生贄を捧げる場合とは、概ね一地域にて数段階に種別される「雨乞い」手段・方法の中でも、最終段階近くにて用いられる、いわばとっておきの手段・手法であることが多かったです。
そして、そうした意味からも、この映画内状況(大戸島の漁村)での呉爾羅(ゴジラ)による被害の大きさが示されるのではないかと考えられます・・。
また一方、私は今年公開された「シン・ゴジラ」は観ておりませんが、作中にこうした民俗あるいは土俗性と結び付ける要素は見受けることは出来ないと考えております・・。
とはいえ、そうした要素とは作中に描かなくとも困ることはありません。
しかし、そこで危惧されることは、かつて我々もまた、こうした祈願・祈祷の手段・手法を採っていたことを忘れてしまうことにより、今後、未知の災害現象が発生した場合、(忘れてしまっているので)再び無意識的な歴史での記憶に則り、現代では常識から考えて無意味ともいえる生贄・人身御供を捧げるような始末になるのではないかということです・・。
時折、我々にはそうした傾向が強くあるのではないかと思うことがあります・・。
それ故、さきに記したゴジラ作中内、大戸島の古老の怒気を含んだコトバに関心を持った次第でもあります・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部での大地震および昨今の福島周辺における地震にて被災された地域の早期の復旧そして復興を祈念しております。」
ここ最近若干この季節にしては温暖と思える日が続いた後、突如こうした天候、気温になるのは、正直あまり嬉しいものではありません・・。
とはいえ、その一方で少し嬉しかったことは昨日投稿したブログ記事が投稿翌日ではあるものの、少なからぬ閲覧者数を得たことです。
興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます・・。
そして、本日はそうした状況に促され、ブログ記事作成をはじめた次第といえます・・(笑)。
さて、以前もブログ記事にて記しましたが、ここ最近映画(DVDを含む)を観る習慣を無くしておりましたが、昨日、何を思ったか、かなり久々に映画作品をDVDにてレンタルして観ました。
その映画は1954年(昭和29年)に公開されたモノクロ版の「ゴジラ」であり、この作品は、以前何処かで観た記憶がありましたが、最近色々と話題になっておりますので、その元祖、原点を観てみようと考えた次第です・・(笑)。
さて、この作品からの所感、感想とは、先ず、出演されている俳優陣(エキストラを含む)の顔、身体の動きが21世紀の現代と随分異なるのではないかということです。
次いで、作中内のセリフの背景に古来よりの我が国の民俗を(強く)感じさせるということです・・。
一番目につきましては、各々作品をご覧頂いて判断されるのが良いと思います。
また、二番目につきましては、具体的には、ゴジラが当初「大戸島」(架空の島、伊豆七島あたりがモデル?)の漁船を沈め、また不漁が続く状況にて村の古老が
「これは古い言い伝えにある呉爾羅(ゴジラ)の仕業に違いない・・」といったところ、島の女性が「また爺様のゴジラがはじまった(笑)」と返し、それに対し古老が「古い言い伝えをバカにしていると、今にお前ら「あまっこ」(女性)を呉爾羅(ゴジラ)の生贄として差し出さなければならなくなるぞ!」と怒気を含んで言い返していたところです・・。
こうしたやりとりとは、現在では(おそらく)あり得ないのでしょうが、おそらく昭和20年代においては(地域によっては)自然なものであったのではないかと思われます・・。
あるいは、それは1933年(昭和8年)のアメリカ映画「キングコング」の舞台設定とも類似する部分があるとも思われますが・・。
何れにせよ、科学知識が発展する以前、さまざまな自然現象の作用機序が分からない状態において超自然的、人知では解決不能と思われる災害現象が発生した場合、広く我々人類とは、その現象を支配する存在を何かしら見立て、それに対し様々な種類の祈願・祈祷を試み問題解決を図ってきたようです・・。
そして、その中の一つが人身御供つまり生贄です・・。
以前、私はそうした祈願・祈祷の一つである「雨乞い」について調べたことがありましたが、そこでもこうした種類のハナシには少なからず出くわしました・・。
とはいえ「雨乞い」において何かしらの生贄を捧げる場合とは、概ね一地域にて数段階に種別される「雨乞い」手段・方法の中でも、最終段階近くにて用いられる、いわばとっておきの手段・手法であることが多かったです。
そして、そうした意味からも、この映画内状況(大戸島の漁村)での呉爾羅(ゴジラ)による被害の大きさが示されるのではないかと考えられます・・。
また一方、私は今年公開された「シン・ゴジラ」は観ておりませんが、作中にこうした民俗あるいは土俗性と結び付ける要素は見受けることは出来ないと考えております・・。
とはいえ、そうした要素とは作中に描かなくとも困ることはありません。
しかし、そこで危惧されることは、かつて我々もまた、こうした祈願・祈祷の手段・手法を採っていたことを忘れてしまうことにより、今後、未知の災害現象が発生した場合、(忘れてしまっているので)再び無意識的な歴史での記憶に則り、現代では常識から考えて無意味ともいえる生贄・人身御供を捧げるような始末になるのではないかということです・・。
時折、我々にはそうした傾向が強くあるのではないかと思うことがあります・・。
それ故、さきに記したゴジラ作中内、大戸島の古老の怒気を含んだコトバに関心を持った次第でもあります・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部での大地震および昨今の福島周辺における地震にて被災された地域の早期の復旧そして復興を祈念しております。」
2016年11月22日火曜日
20161122 本日発生した地震から思ったこと・・「歴史の価値」とは・・
本日早朝に福島周辺を中心として再度、大規模な地震が発生したとのことでした・・。今年に入り熊本、山陰東部、そして今回の福島周辺と、大規模な地震が幾度か発生しておりますが、これで打ち止めとなって欲しいものです・・。
そして上記一連の大地震にて被災された地域の早期の復旧およびその後の復興を祈念します。
また、それと多少関連するかもしれませんが、そこから思い起こされたことは、昭和18年(1943年)から4年連続(鳥取、三河、南海×2)にて発生した一連の大地震のことです・・。
これら大地震とは、我が国において、ある程度周期的に発生しているとのことですが、今回の一連の大地震に加え2011年3月11日に発生した東日本大震災とは、さきに記した昭和18年からの一連の大地震と周期的に何かしら関連があるものか分かりませんが、何れにしても、現在の情勢とは、これら地震以外においても不安感を惹起・助長する要素が散見されるものと考えます・・。
また、そのように考えてみますと、どうもその「周期」というものに対し興味をおぼえるのです・・。
私はこれまで記したブログ記事にて歴史上の出来事を記す際「こうした出来事とは周期的に生じているのではないか?」と幾度か述べてきましたが、これは特に理系学問分野で使われる厳密な意味での「周期」といったものではなく、どちらかというと、記した内容理解促進のための便宜的な語の選択であり、一方、歴史とは、その本質において「周期」(循環して生じる現象の繰り返し)ではなく、あるいは歴史学とは、繰り返し反復されない出来事、現象を科学的に取り扱う学問であるともいえます・・。
また、それに加え思うことは、たとえ歴史が周期的にある出来事、現象が循環して生じるものであったとしても、それを我々が認識、概念化(内面化)することにより、それ(広く概念化・内面化された歴史)が予防接種、ワクチンの様な役割を果たし、未来に生じる出来事、現象を改変(良くも悪くも)することが出来ているのではないかということです・・。
そして「学問」としての、いや「認識される歴史」の一つの大きな価値とは、そうしたところに存するのではなかろうかと思われます・・。
故に歴史を軽く扱うことは避けた方が良いと考えるのです・・。
とはいえ、その一方において、これら認識される「歴史の価値」とは、世界的に見て「地域性」らしきものがあり、我が国のように四季がある程度明瞭に巡り(循環し)、また大地震が周期的に生じるような自然風土の環境においては、自然環境からの影響による周期的な循環を打破・分解するような概念・内面化された歴史観は成立し難く、むしろ、そうした自然環境に慣れることにより、ある意味、逆転した意味にて、そうした自然環境を馴致したという認識を得るに至るのではないかと思われます・・。
そして、こうした考えが以前ブログ記事にて記した和辻哲郎著「風土」における我が国をも包括する「モンスーン型文化風土」であり、また同時に、それはベン図において、大きな重複領域を中尾佐助の生活文化分類における「照葉樹林文化」と共有するのではないかとも思われます・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
そして、繰り返すようではありますが、これまでに生じた大地震(熊本・山陰東部・福島)により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。
そして上記一連の大地震にて被災された地域の早期の復旧およびその後の復興を祈念します。
また、それと多少関連するかもしれませんが、そこから思い起こされたことは、昭和18年(1943年)から4年連続(鳥取、三河、南海×2)にて発生した一連の大地震のことです・・。
これら大地震とは、我が国において、ある程度周期的に発生しているとのことですが、今回の一連の大地震に加え2011年3月11日に発生した東日本大震災とは、さきに記した昭和18年からの一連の大地震と周期的に何かしら関連があるものか分かりませんが、何れにしても、現在の情勢とは、これら地震以外においても不安感を惹起・助長する要素が散見されるものと考えます・・。
また、そのように考えてみますと、どうもその「周期」というものに対し興味をおぼえるのです・・。
私はこれまで記したブログ記事にて歴史上の出来事を記す際「こうした出来事とは周期的に生じているのではないか?」と幾度か述べてきましたが、これは特に理系学問分野で使われる厳密な意味での「周期」といったものではなく、どちらかというと、記した内容理解促進のための便宜的な語の選択であり、一方、歴史とは、その本質において「周期」(循環して生じる現象の繰り返し)ではなく、あるいは歴史学とは、繰り返し反復されない出来事、現象を科学的に取り扱う学問であるともいえます・・。
また、それに加え思うことは、たとえ歴史が周期的にある出来事、現象が循環して生じるものであったとしても、それを我々が認識、概念化(内面化)することにより、それ(広く概念化・内面化された歴史)が予防接種、ワクチンの様な役割を果たし、未来に生じる出来事、現象を改変(良くも悪くも)することが出来ているのではないかということです・・。
そして「学問」としての、いや「認識される歴史」の一つの大きな価値とは、そうしたところに存するのではなかろうかと思われます・・。
故に歴史を軽く扱うことは避けた方が良いと考えるのです・・。
とはいえ、その一方において、これら認識される「歴史の価値」とは、世界的に見て「地域性」らしきものがあり、我が国のように四季がある程度明瞭に巡り(循環し)、また大地震が周期的に生じるような自然風土の環境においては、自然環境からの影響による周期的な循環を打破・分解するような概念・内面化された歴史観は成立し難く、むしろ、そうした自然環境に慣れることにより、ある意味、逆転した意味にて、そうした自然環境を馴致したという認識を得るに至るのではないかと思われます・・。
そして、こうした考えが以前ブログ記事にて記した和辻哲郎著「風土」における我が国をも包括する「モンスーン型文化風土」であり、また同時に、それはベン図において、大きな重複領域を中尾佐助の生活文化分類における「照葉樹林文化」と共有するのではないかとも思われます・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
そして、繰り返すようではありますが、これまでに生じた大地震(熊本・山陰東部・福島)により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。
2016年11月21日月曜日
20161121 「研究の進化・深化・未来そして「語るに落ちる」・・
本日の首都圏は夕刻より雨が降っております。
また、現在は小降りにはなってきておりますが、このまま明日早朝までは降るとのことです・・。
さて、昨日投稿の記事により総投稿記事数が485に達しました・・。
そして500記事到達まで残り今回の投稿記事含め15記事ということになりますが、ここに至ってまた、不図考えたことは以下の通りです。
「たしかにその通りではあるのだが、その一方で、あまり芳しくない出来と思しき記事も中には少なからず存在するものと考えられる・・これらに関しては、それら記事を削除するよりも、そのままにし、更なる記事の投稿を以て、実質的な意味で500記事到達にすれば良いのではないか、そして、それ以前にとりあえず目標としている、全体としての500記事到達を目指す方が先決はあるまいか・・?」
と考えるに至り、勇気をもって棚上げし(笑)以降、記事作成を続けることにしました・・(笑)。
そういえば、先日の「楡家の人びと」読了以来、大きな著作、長編には手を出しておりませんが、先週末に不図、朝永振一郎著の「量子力学と私」を読んでおりましたら、ついつい引き込まれてしまいました。
無論、そこに記されている専門的な概念、用語などは分からないものが数多くありましたが、それでも我が国の量子力学の黎明期である昭和初期(大学にその研究を教えることが出来る先生がいなかった)に著者を含む若い知性等が文字通り泥縄式に様々な手法を試み、互いに切磋琢磨し、徐徐にその学問(量子力学)を我が国に確立していく様が感じ取れ静かな興奮をおぼえました・・。
また、それと同時に今現在の未知の分野に挑んでいる方々も、おそらく表層からはあまり分からないのでしょうが、この著作に記されているのと類似した状況にあるのではないかと思います・・。
また、これが文系学問における研究となりますと、ハナシは多少異なってくるようであり、何と言いますか「自身が研究している内容に世の中の動きが追いかけてくる」といったところがあるのではないかと思われます・・(笑)。
このようなことを記しますと「それは単なる勘違い、迷信である!」と仰る方々が少なからず出てくるのではないかと思います・・。
また、自身も他者の研究にて、そうした現象を何度か認識、発見する以前は、概ねそのよう(勘違い、迷信)に考えておりました・・(自身もそうした錯覚(?)らしきものを感じたことはあります・・(笑)。)
そして、こうしたことを記しておりますと「何か世の中の重大な秘密を漏らしているのではないか?」といった幾分誇大妄想的な考えが湧いてくるのですが(笑)、果たしてこれは、そこまで重大な「秘密」であるのでしょうか・・?
あるいは単なる勘違い、迷信といったものであるのでしょうか?
ともあれ、それは何れであっても構いませんが、ただ思うことは、我々人間とは、何かに継続的に無心に打ち込んでいる時に得ている不可知の感覚により、半ば無意識的にではあるのかもしれませんが、一時的に少し先(未来)の集合的無意識の世界への視野が開かれるのではないでしょうか・・?
しかしながら、これを記していて不図思ったことは、こうした感覚を得ることは、何も文系学問に限らず、理系学問においても同様に生じており、また、さきに挙げた著作「量子力学と私」に描かれている内容の一側面も実はそうしたものではないかということです・・(笑)。
「語るに落ちる」とは、こうしたことかもしれません・・(苦笑)。
ともかく、そのように考えが落ち着いてきますと、私は「文系学問とは・・・」と、その重要性や特徴を述べながらも、次第にその内容が広がり、文系のみに適応する内容ではなくなるといった傾向があるのかもしれません・・(苦笑)。
これは、よく云えば内容に普遍性があるのか?あるいはベッタリとして特徴がないということになるのか分かりませんが、しかし、それでもこうした考えを文章として記しておくことは、未来の笑いのタネを提供するかもしれないという意味においては、わずかに有益であるものとします・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部の大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。」
また、現在は小降りにはなってきておりますが、このまま明日早朝までは降るとのことです・・。
さて、昨日投稿の記事により総投稿記事数が485に達しました・・。
そして500記事到達まで残り今回の投稿記事含め15記事ということになりますが、ここに至ってまた、不図考えたことは以下の通りです。
「たしかにその通りではあるのだが、その一方で、あまり芳しくない出来と思しき記事も中には少なからず存在するものと考えられる・・これらに関しては、それら記事を削除するよりも、そのままにし、更なる記事の投稿を以て、実質的な意味で500記事到達にすれば良いのではないか、そして、それ以前にとりあえず目標としている、全体としての500記事到達を目指す方が先決はあるまいか・・?」
と考えるに至り、勇気をもって棚上げし(笑)以降、記事作成を続けることにしました・・(笑)。
そういえば、先日の「楡家の人びと」読了以来、大きな著作、長編には手を出しておりませんが、先週末に不図、朝永振一郎著の「量子力学と私」を読んでおりましたら、ついつい引き込まれてしまいました。
無論、そこに記されている専門的な概念、用語などは分からないものが数多くありましたが、それでも我が国の量子力学の黎明期である昭和初期(大学にその研究を教えることが出来る先生がいなかった)に著者を含む若い知性等が文字通り泥縄式に様々な手法を試み、互いに切磋琢磨し、徐徐にその学問(量子力学)を我が国に確立していく様が感じ取れ静かな興奮をおぼえました・・。
また、それと同時に今現在の未知の分野に挑んでいる方々も、おそらく表層からはあまり分からないのでしょうが、この著作に記されているのと類似した状況にあるのではないかと思います・・。
また、これが文系学問における研究となりますと、ハナシは多少異なってくるようであり、何と言いますか「自身が研究している内容に世の中の動きが追いかけてくる」といったところがあるのではないかと思われます・・(笑)。
このようなことを記しますと「それは単なる勘違い、迷信である!」と仰る方々が少なからず出てくるのではないかと思います・・。
また、自身も他者の研究にて、そうした現象を何度か認識、発見する以前は、概ねそのよう(勘違い、迷信)に考えておりました・・(自身もそうした錯覚(?)らしきものを感じたことはあります・・(笑)。)
そして、こうしたことを記しておりますと「何か世の中の重大な秘密を漏らしているのではないか?」といった幾分誇大妄想的な考えが湧いてくるのですが(笑)、果たしてこれは、そこまで重大な「秘密」であるのでしょうか・・?
あるいは単なる勘違い、迷信といったものであるのでしょうか?
ともあれ、それは何れであっても構いませんが、ただ思うことは、我々人間とは、何かに継続的に無心に打ち込んでいる時に得ている不可知の感覚により、半ば無意識的にではあるのかもしれませんが、一時的に少し先(未来)の集合的無意識の世界への視野が開かれるのではないでしょうか・・?
しかしながら、これを記していて不図思ったことは、こうした感覚を得ることは、何も文系学問に限らず、理系学問においても同様に生じており、また、さきに挙げた著作「量子力学と私」に描かれている内容の一側面も実はそうしたものではないかということです・・(笑)。
「語るに落ちる」とは、こうしたことかもしれません・・(苦笑)。
ともかく、そのように考えが落ち着いてきますと、私は「文系学問とは・・・」と、その重要性や特徴を述べながらも、次第にその内容が広がり、文系のみに適応する内容ではなくなるといった傾向があるのかもしれません・・(苦笑)。
これは、よく云えば内容に普遍性があるのか?あるいはベッタリとして特徴がないということになるのか分かりませんが、しかし、それでもこうした考えを文章として記しておくことは、未来の笑いのタネを提供するかもしれないという意味においては、わずかに有益であるものとします・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部の大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。」
2016年11月20日日曜日
20161120 伝統・文化 「肌あるいは骨身に知る」
これまでに幾つかの地域にて在住した経験から、それら地域での文化、価値観と、現在住んでいる首都圏のそれとで異なっていると感じたことが少なからずあります。その中の一つについて、先日ある機会により思い起こしましたので、それを記そうと思います。
首都圏あるいは我が国を代表する伝統芸能として「歌舞伎」が挙げられます。そして、特に首都圏などの都市部においては「歌舞伎」の観劇とは、どちらかというと高級な趣味とされているのではないかと思われます・・。またそれに伴い、歌舞伎役者もまた、どちらかというと、通常の俳優、役者とはまた異なった種類の有名人として認識されているのではないでしょうか?こうした価値観に対し、首都圏以外での在住経験のない頃は、特に疑問を持つこともなく、ただ、当然・所与のものとして受け入れてきました。しかし、これまでに住んだ幾つかの地域での生活、日常会話などにおいて時折、そうした自身が所与の、当たり前の価値観としているものについての相違が認識されることがありました。その中で印象的であった一つが「歌舞伎」についてです・・。
A「君の実家はたしか千葉県の市川市のようですが、何故幼稚園から中学校まで東京の学校に通っていたのかね?」
B「ええ、やはり同じ公立校とはいっても都心部の学校の方が色々と進んでいると云われていましたし、また、祖父母の家がそちらにありましたので、当時千葉県の市川市に住んではおりましたが、実際に育った場所は、その半分は都心部であるといっても良いのではないかと思います・・。まあ、それでもあくまでも出身は千葉県ではありますが・・(笑)。
しかし、それら都心の公立校においては、私のような生徒は少なからずいましたので、そこまで珍しいことでもないように思いますが・・。」
A「ふーん、B君の祖父母は東京の人なのですね、それでその方々は東京には何時頃から住んでいたのですか・・?」
B「父方は明治以降に上京してきたようですが、母方は明治以前から、つまり東京が江戸であった頃から住んでいたようでして、聞いたハナシに拠ると日本橋人形町あたりで商家を営んでいたようです・・。ですから、祖母などは現在考えてみますと着物の着方から様々な趣味に至るまで、江戸からの文化を受け継いでいたのではないかと思います・・。」
A「・・・そうですか・・それで、その江戸からの文化の趣味とは、具体的にはどのようなものですか?」
B「ええと、そうですね・・祖母は歌舞伎の観劇が随分と好きな方でして、私も幼い頃連れられて何度か観に行った記憶もあります・・。」
A「はああ・・歌舞伎ですか・・それが東京での伝統的な江戸文化なのですか・・?」
B「まあ、現在では様々な地域、地方で興行されるようですが、そういっても良いのではないかと思いますが・・。」
A「しかし、君、歌舞伎とは元々、なんだね、君も知っているとは思うけれども、あまり良いとされる文化ではなかったし、現在でもそれは基本的には変わっていないでしょう・・?梨園といったって、あれは要するに疑似皇室みたいなものではないかと思うよ・・。まあ、昨今は、マスコミの話題作りの一環で随分もてはやされてはいるようですがね・・。」
B「はあ、なるほど・・・しかし、ここ***では、そうした観劇文化自体があまり盛んでなかったことから、そのようにお考えになるのであって、江戸、東京においては、そこそこの歴史があり一般的に伝統芸能と認識されているものと考えますが・・。」
A「・・ふうむ、まあ、たしかに、此処には昔からあまり観劇といった文化自体があまり盛んではなかったし、また歌舞伎といっても、地方巡業に来るような旅芸人一座の一種として認識されているのかもしれないね・・。それでも東京では歌舞伎が立派な伝統芸能とされているのがよく理解できないね・・。」
B「しかし、地方巡業でしたら相撲なども行いますけれど、あれはかつて盛んに行われた地域の村相撲などとは、また別のものとして認識されますよね・・?」
A「いや、相撲は歌舞伎とは違うよ、あれこそまさしく伝統ではないかね・・?だから、村相撲には村相撲の良さみたいなものがあって、大相撲にはまた別のそれがあるのだと思うのだが・・。」
B「それでしたら歌舞伎もそれと同じように考えれば良いのではないでしょうか・・?」
A「まあ、それは理屈としてはそうなのかもしれないが、実際にそうした文化を肌身に知らないと、いくら君が力説・説得したところで、こちらは納得できないよ・・(笑)。」
B「ええ、それは仰る通りであると思いますし、またそれ(肌あるいは骨身に知ること)が文化そしてそれを認識する価値観にて不可欠なことであるとは思いますが・・。
かといって、これ以上、この話題では、あまり有意義な進展は望めないようですね・・(苦笑)。」
こうした経験とは、実際には往々にして、もう少しナマグサイものでしたが、それこそ数多くあります。しかし、現在では貴重な経験をさせて頂いたと考えています。
少なくとも、都心部の文化、価値観が「絶対」ではないということは肌あるいは骨身に知り得ました。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本の大震災、山陰東部での大震災により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そして、その後の復興を祈念しております。
首都圏あるいは我が国を代表する伝統芸能として「歌舞伎」が挙げられます。そして、特に首都圏などの都市部においては「歌舞伎」の観劇とは、どちらかというと高級な趣味とされているのではないかと思われます・・。またそれに伴い、歌舞伎役者もまた、どちらかというと、通常の俳優、役者とはまた異なった種類の有名人として認識されているのではないでしょうか?こうした価値観に対し、首都圏以外での在住経験のない頃は、特に疑問を持つこともなく、ただ、当然・所与のものとして受け入れてきました。しかし、これまでに住んだ幾つかの地域での生活、日常会話などにおいて時折、そうした自身が所与の、当たり前の価値観としているものについての相違が認識されることがありました。その中で印象的であった一つが「歌舞伎」についてです・・。
A「君の実家はたしか千葉県の市川市のようですが、何故幼稚園から中学校まで東京の学校に通っていたのかね?」
B「ええ、やはり同じ公立校とはいっても都心部の学校の方が色々と進んでいると云われていましたし、また、祖父母の家がそちらにありましたので、当時千葉県の市川市に住んではおりましたが、実際に育った場所は、その半分は都心部であるといっても良いのではないかと思います・・。まあ、それでもあくまでも出身は千葉県ではありますが・・(笑)。
しかし、それら都心の公立校においては、私のような生徒は少なからずいましたので、そこまで珍しいことでもないように思いますが・・。」
A「ふーん、B君の祖父母は東京の人なのですね、それでその方々は東京には何時頃から住んでいたのですか・・?」
B「父方は明治以降に上京してきたようですが、母方は明治以前から、つまり東京が江戸であった頃から住んでいたようでして、聞いたハナシに拠ると日本橋人形町あたりで商家を営んでいたようです・・。ですから、祖母などは現在考えてみますと着物の着方から様々な趣味に至るまで、江戸からの文化を受け継いでいたのではないかと思います・・。」
A「・・・そうですか・・それで、その江戸からの文化の趣味とは、具体的にはどのようなものですか?」
B「ええと、そうですね・・祖母は歌舞伎の観劇が随分と好きな方でして、私も幼い頃連れられて何度か観に行った記憶もあります・・。」
A「はああ・・歌舞伎ですか・・それが東京での伝統的な江戸文化なのですか・・?」
B「まあ、現在では様々な地域、地方で興行されるようですが、そういっても良いのではないかと思いますが・・。」
A「しかし、君、歌舞伎とは元々、なんだね、君も知っているとは思うけれども、あまり良いとされる文化ではなかったし、現在でもそれは基本的には変わっていないでしょう・・?梨園といったって、あれは要するに疑似皇室みたいなものではないかと思うよ・・。まあ、昨今は、マスコミの話題作りの一環で随分もてはやされてはいるようですがね・・。」
B「はあ、なるほど・・・しかし、ここ***では、そうした観劇文化自体があまり盛んでなかったことから、そのようにお考えになるのであって、江戸、東京においては、そこそこの歴史があり一般的に伝統芸能と認識されているものと考えますが・・。」
A「・・ふうむ、まあ、たしかに、此処には昔からあまり観劇といった文化自体があまり盛んではなかったし、また歌舞伎といっても、地方巡業に来るような旅芸人一座の一種として認識されているのかもしれないね・・。それでも東京では歌舞伎が立派な伝統芸能とされているのがよく理解できないね・・。」
B「しかし、地方巡業でしたら相撲なども行いますけれど、あれはかつて盛んに行われた地域の村相撲などとは、また別のものとして認識されますよね・・?」
A「いや、相撲は歌舞伎とは違うよ、あれこそまさしく伝統ではないかね・・?だから、村相撲には村相撲の良さみたいなものがあって、大相撲にはまた別のそれがあるのだと思うのだが・・。」
B「それでしたら歌舞伎もそれと同じように考えれば良いのではないでしょうか・・?」
A「まあ、それは理屈としてはそうなのかもしれないが、実際にそうした文化を肌身に知らないと、いくら君が力説・説得したところで、こちらは納得できないよ・・(笑)。」
B「ええ、それは仰る通りであると思いますし、またそれ(肌あるいは骨身に知ること)が文化そしてそれを認識する価値観にて不可欠なことであるとは思いますが・・。
かといって、これ以上、この話題では、あまり有意義な進展は望めないようですね・・(苦笑)。」
こうした経験とは、実際には往々にして、もう少しナマグサイものでしたが、それこそ数多くあります。しかし、現在では貴重な経験をさせて頂いたと考えています。
少なくとも、都心部の文化、価値観が「絶対」ではないということは肌あるいは骨身に知り得ました。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本の大震災、山陰東部での大震災により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そして、その後の復興を祈念しております。
2016年11月19日土曜日
20161119 根源的な変化と継続的な文章の作成の関係について・・
これまでに480記事以上を既に投稿しているため、本日に関しては特にブログ記事の作成、投稿を行わないでも良いのではないかと不図考えましたが、あとになり500記事到達を前にして書けなくなる可能性も否定できないため、とりあえず何か書きはじめようと思いたちました・・(苦笑)。
しかし、このような、いい加減ともヨコシマともいえる考えに基づき書きはじめてみても、何かしら書いておりますと、それなりに主題、テーマは思いつくようです・・(笑)。
さて、そういえばここ最近は映画をレンタルDVDをも含め観ていないことに気が付きました・・。
以前の鹿児島在住時は週末によく映画をDVDにてレンタルして観ておりましたが、その後からは不思議なことに、その習慣がほぼなくなっておりました・・。
しかしそれは「日常の生活が映画よりも面白いからである」といった考えには結び付きません・・。
それとは異なる次元にある、自身の根源的な「欲求」において何かしら変化が生じたからではないかと思われます・・。
また、こうしたことは、ある程度の年齢になりますと、頻繁に生じることはないように思います。
そして、変化が生じた後になると、むしろ変化以前の状態、嗜好を不思議に思ってしまうようなところもまた、あるのではないでしょうか・・?
そして、このような現象を「憑き物が落ちた」と表するのではないでしょうか?
そのように考えてみますと、現在、どうにかブログ記事を継続的に作成を出来ている状態とは、「何かに憑かれているのではない!」と断じ切るのは困難であるように思います・・。
加えて、昨春に強烈に感じた「文章を書くことが出来ない!」という思いは、さらにそれ以前の、ある程度文章を書くことが出来ていた時期と比べた結果であり、それは正直なところ、精神的な圧迫・苦痛を伴うものであり、漠然とした生命力の枯渇を感じさせる自身としては極めて恐ろしいものでした・・。
そして、その当時に比べますと、現在の状態とは、どうにかブログ記事として継続的に文章の作成が出来ていることから、かつてほど強烈な危機感(生命力の枯渇)を感じさせる状態ではありません・・。
とはいえ、あくまでも、これまでの継続的なブログ記事作成とは、その次(大学での研究支援、コーディネーターなどの職に就くこと)に目標を据えた、創造力の枯渇を防ぐためのものであり、その目標とは今現在、残念ながら達しておりません。
あるいは、今後それを達した場合においても、何かしらの方法に依り、こうした文章の作成そして発信を継続したいと考えております・・。
そして、それは、克己心といった積極的・前向きな性質のものではなく、どちらかというと、自身の鹿児島在住時における週末の散歩のように、自身の精神衛生を保つための消極的、防御的な性質のものであると判断されます・・。
しかし、そこで面白いと思うことは、こうした消極的・防御的な手段に拠って積極的といえる創造性の保持を図っているということです・・(笑)。
とはいえ、こうしたことは、さまざまな運動などの練習目的においてもいえるのでしょうが、このように、その「流れ」をこれまでの文章の流れにより書いてみますと、なかなか面白いものであると感じると同時に、命題、反対命題の止揚・揚棄により(創造的な)新たな統合された意見を得るといった考えにも一脈通じるのではないかと思われることです・・(笑)。
しかしながら、これもまた一つの仮説ですので、その実相とは、今後更なる検証を通じ判断していくのが良いのでしょう・・。
また、最後に不図思ったのは、もし今現在のブログ記事の継続的な作成が、何かに憑かれて為し得ているのであるとすれば、それは一体何に憑かれているのでしょうか・・?
あるいは、それは単に自己の行ってきた結果、自然に付随するものであると判断しても良いものであるのだろうか・・?
また、そうであると判断出来る自信とは、どこに由来するのであろうか・・?
しかし、現時点の自身としては何れでも構わず、とりあえず500記事まで作成するのみではあるのですが・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部での大地震により被災された地域の今後の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
しかし、このような、いい加減ともヨコシマともいえる考えに基づき書きはじめてみても、何かしら書いておりますと、それなりに主題、テーマは思いつくようです・・(笑)。
さて、そういえばここ最近は映画をレンタルDVDをも含め観ていないことに気が付きました・・。
以前の鹿児島在住時は週末によく映画をDVDにてレンタルして観ておりましたが、その後からは不思議なことに、その習慣がほぼなくなっておりました・・。
しかしそれは「日常の生活が映画よりも面白いからである」といった考えには結び付きません・・。
それとは異なる次元にある、自身の根源的な「欲求」において何かしら変化が生じたからではないかと思われます・・。
また、こうしたことは、ある程度の年齢になりますと、頻繁に生じることはないように思います。
そして、変化が生じた後になると、むしろ変化以前の状態、嗜好を不思議に思ってしまうようなところもまた、あるのではないでしょうか・・?
そして、このような現象を「憑き物が落ちた」と表するのではないでしょうか?
そのように考えてみますと、現在、どうにかブログ記事を継続的に作成を出来ている状態とは、「何かに憑かれているのではない!」と断じ切るのは困難であるように思います・・。
加えて、昨春に強烈に感じた「文章を書くことが出来ない!」という思いは、さらにそれ以前の、ある程度文章を書くことが出来ていた時期と比べた結果であり、それは正直なところ、精神的な圧迫・苦痛を伴うものであり、漠然とした生命力の枯渇を感じさせる自身としては極めて恐ろしいものでした・・。
そして、その当時に比べますと、現在の状態とは、どうにかブログ記事として継続的に文章の作成が出来ていることから、かつてほど強烈な危機感(生命力の枯渇)を感じさせる状態ではありません・・。
とはいえ、あくまでも、これまでの継続的なブログ記事作成とは、その次(大学での研究支援、コーディネーターなどの職に就くこと)に目標を据えた、創造力の枯渇を防ぐためのものであり、その目標とは今現在、残念ながら達しておりません。
あるいは、今後それを達した場合においても、何かしらの方法に依り、こうした文章の作成そして発信を継続したいと考えております・・。
そして、それは、克己心といった積極的・前向きな性質のものではなく、どちらかというと、自身の鹿児島在住時における週末の散歩のように、自身の精神衛生を保つための消極的、防御的な性質のものであると判断されます・・。
しかし、そこで面白いと思うことは、こうした消極的・防御的な手段に拠って積極的といえる創造性の保持を図っているということです・・(笑)。
とはいえ、こうしたことは、さまざまな運動などの練習目的においてもいえるのでしょうが、このように、その「流れ」をこれまでの文章の流れにより書いてみますと、なかなか面白いものであると感じると同時に、命題、反対命題の止揚・揚棄により(創造的な)新たな統合された意見を得るといった考えにも一脈通じるのではないかと思われることです・・(笑)。
しかしながら、これもまた一つの仮説ですので、その実相とは、今後更なる検証を通じ判断していくのが良いのでしょう・・。
また、最後に不図思ったのは、もし今現在のブログ記事の継続的な作成が、何かに憑かれて為し得ているのであるとすれば、それは一体何に憑かれているのでしょうか・・?
あるいは、それは単に自己の行ってきた結果、自然に付随するものであると判断しても良いものであるのだろうか・・?
また、そうであると判断出来る自信とは、どこに由来するのであろうか・・?
しかし、現時点の自身としては何れでも構わず、とりあえず500記事まで作成するのみではあるのですが・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる熊本、山陰東部での大地震により被災された地域の今後の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
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