2022年8月4日木曜日

20220803 以前に棚上げしたものの文脈や意味が不図、分かる経験から

一昨日投稿の引用記事は、おかげさまで思いのほか多くの方々に読んで頂けました。あるいは医療専門職の皆さまも、時には、御自身の専門分野から逸脱し、こうした異なった分野の書籍を読まれてみるのも面白いのではないでしょうか?

さて、先刻、文系の師匠から連絡を頂きましたが、そういえば、9年前、一昨日投稿の引用記事の記載元著作の編者のお一人によるシンポジウムが開催され、これに出席させて頂いた記憶がありますが、このシンポジウムに私を招待してくださったのが文系の師匠でした。

また、その時のことは、当ブログにて記事として作成していましたが、ともあれ、かつて、そうした機会により、こちらから一方的ではあれ、見知った先生方が、現在、動画サイトや報道番組などに、たびたび出演されているのを見ますと、私としては、それらの多くからは、あまり時の流れによる変化は感じられず、むしろ、その研究分野への興味、関心そして情熱が変わっていないことが、発言の内容、その様子から見て取れると云えます。また、そうしたことを感じることが出来るほどに、私も年齢を重ねたのだとも云えますが、他方で、それら興味を持った書籍と、その著者とを、PC動画サイト上の著者が話されている様子の動画を介して、比較的容易に結び付けることが出来る環境が成立したことから、面識が途切れる実感が乏しくなり、そこから、さきの、変化を感じさせることを困難にしているのかもしれません・・。

ともあれ、こうして、ご連絡を頂いた師匠と、一昨日投稿記事の引用元著作の編者の先生が結びついたわけですが、あるいは、そこには偶然だけでない「何か」があったのかもしれないとも感じさせますが、こうした謎は、とりあえず、忘れないようにだけはして、棚上げしておきますと、いずれ何かの思いがけない機会に、その文脈やら意味が(あれば)分かる時が来るのではないかと私は思っています。

そしてまた、如上のような「棚上げ」したものが、書籍を読んでいて、不図、その背後にある文脈や意味が分かるといったことがしばしばあります。こうした時に感じる、ある種の充実感は、その棚上げされた期間が長かったほど、大きくなるのかもしれませんが、実際のところ、その構造は分かりません。ただ、そうした充実感そして、そこから生じる感興、感動のようなものは、私にとっては書籍を読み続けるには十分であったようで、あるいは、読み進めている書籍の内容と、それを読んでいる自分の記憶にあるものが結び付いたと実感することは、その行為をさらに継続することにより、その人なりに、そうした感覚が研ぎ澄まされていくのではないかとも思われるのですが、さて実際のところはどうなのでしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部


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ISBN978-4-263-46420-5

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2022年8月2日火曜日

20220801 一般財団法人東京大学出版会刊 川島真・池内恵 編「新興国から見るアフターコロナの時代: 米中対立の間に広がる世界」pp.176‐177より抜粋

一般財団法人東京大学出版会刊 川島真・池内恵 編「新興国から見るアフターコロナの時代: 米中対立の間に広がる世界」Ⅲ地域のまとまりと分裂 上英明著「キューバ白衣外交の文脈」pp.176‐177より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 413033302X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4130333023

コロナ下でのキューバについては、もう一つ特筆すべきことがある。それは国内におけるコロナとの闘いと並行して、国際的な医療支援、いわゆる「白衣外交」の展開を拡大したことである。

 日本のメディアでも取り上げられたが、基本的にこの「白衣外交」とは、医療サービスが十分に提供されない地域を支援するために、自国の医師や看護師を派遣するという取り組みである。キューバの場合、1960年に大地震に見舞われたチリへの派遣が最初の事例であるが、長期で行われたものとしては、独立後、医師不足に陥ったアルジェリアへの派遣が先例となった。以後、連帯の名の下にキューバの医療従事者たちはラテンアメリカ、アフリカ、中東への飛び立ち、地道な支援活動に尽力してきた。

 こうした活動は冷戦終結後も継続され、白衣外交の場はアジアや太平洋島嶼国にも広がっている。現在までに支援を受けた国の数は164にのぼり、活動に参加したキューバ人医療従事者の数は40万人を超えた。

 また、キューバの国際的な医療支援は医師団の派遣にとどまらず、かつては治療のために、チェルノブイリ原発事故で被災し、白血病を患う子供たちを受け入れたことがある。発展途上国での人材育成を目的に、1998年に創設されたラテンアメリカ医科大学は、留学生の受け入れを無償で行ってきた(Fein-silver 2010)。

 近年ではキューバ自身が経済的に苦しいため、ベネズエラや南アフリカなど資金に余裕のある国への医療支援の場合は経済的な対価を得ている。2018年において、その外貨獲得額は観光業を大きく上回ったとされる(Yaffe 2010)。

 それでも医療スタッフが不足する貧困国や被災国の場合は、2005年のパキスタン北部地震や2010年のハイチ大地震の例に見るように、無償で行われてきた。2014年から2015年にかけて発生した西アフリカ(シェラレオネ、リベリア、ギネア)のエボラ出血熱危機でも、現地政府の要請に応じ、キューバが誇る「ヘンリー・リーブ国際医療支援部隊」(以下、ヘンリー・リーブ部隊)が無償へ派遣されている。

 この医療支援の精鋭部隊は2005年、大型ハリケーン「カトリーナ」が米国ルイジアナ州を襲った際、当時の国家主席であったフィデル・カストロによって創設された。ヘンリー・リーブという名前は、合衆国からキューバ独立戦争に参戦し、落命した将校に敬意を払う形でつけられている。

 ただし、当時のブッシュ政権はキューバの人道支援をあくまで「国策」と見なしていたため、キューバの提案を無視し、米への派遣は実現していない。米政府の見解が変わったのは、ようやくオバマ政権が誕生したあとである。まさに国交正常化交渉を発表した合衆国大統領の口から初めて、医療分野における将来的な両国の協力の発展への期待が表明されたのである。

 では、なぜキューバはこうした無償の人道支援を続けてきたのだろうか。第一の動機は、大国中心の国際政治で生き残るために、道義的影響力や名声を積極的に求めたことである。冷戦期においてもソ連への依存をきらい、独自外交にこだわってきたキューバの歴史に鑑みれば、このことは理解しやすい(Fein-silver2010)。

 第二には、低開発による医療サービスの発達不全、あるいは富の集中に伴う医療サービスの寡占という問題を厳しく批判してきたことである。すなわち、白衣外交の展開は、人命を助けるという医療の原点に立ち、世界共通の問題である貧困と格差の拡大において、危機に晒される弱者との「国際的な連帯」を目指すものであった(Huish 2014; Yaffe 2020)。

 そして第三には、支援する側となるキューバ自身への反響が期待されていることが考えられる。合衆国でさえできないような大規模な医療支援をカリブ海の小国がやってのけるというストーリーは、清貧実直な若者たちに、貧しくても世界に貢献できるという理想と名誉欲を与え、奮起を促すはずだ。そもそもキューバでは、外貨にアクセスできる観光タクシーの運転手の方が医者よりも稼ぐ。金銭目当で医者になる人は、道を間違えている。

 いずれにしろ、こうした動機が絡みあい、白衣外交の伝統はコロナ危機下においても守られた。コロナ感染が世界に拡大していく頃、すでに二万八千人超のキューバ人医療専門家が59カ国で活動中であり、彼ら彼女らは感染の拡大に対応し、現地の医療体制を下支えすることになる。

 そしてキューバは、新たに各国政府から受けた緊急の協力要請を受け、前述のヘンリー・リーブ部隊の派遣に応じた。三月末までに、派遣国の数は友好国のベネズエラやニカラグアに加え、ハイチやグレナダ、スリナム、ジャマイカといったカリブ海諸国、さらには後述する欧州のイタリアを加え、14となる。

2022年7月31日日曜日

20220731 早川書房刊 ジョン・ト―ランド著「大日本帝国の興亡」 3死の島々 pp.219‐220より抜粋

早川書房刊 ジョン・ト―ランド著「大日本帝国の興亡」
3死の島々 pp.219‐220より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4150504369
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4150504366

大西の深く恨みとするところは、戦争の進行状況についてだけではなかった。艦隊司令部とその抱いている「艦隊第一」という時代遅れの思想のために、それよりももっと重要な航空部隊の要請が蹂躙されていると感じていたのである。大西の考えはもちろん置かれた立場からのものであるが、しかしそれは、文官と軍部とを問わず個々の部課相互間の対立の増大を反映していた。

 生産が、ゆっくりとではあるが目に見えて低下してきたために、状況はさらに悪化した。戦闘で資材を失えば、もはやこれを補充することができなくなったのだ。陸海軍の最低限の要求にも応ずることがえきなくなった。占領地域の指揮官たちが、現地資源の開発に失敗したばかりでなく、商船の不足と遠距離を北に向かう船舶に対するアメリカ潜水艦の猛烈な攻撃のため、生産したもので日本本土に到着するのはほんの一部でしかなかった。

 この原料のひどい不足は、しばしば重複したり矛盾したりする統制のせいで悪化していたのである。一方アメリカにおける経済動員は、急速に伸びていた。戦争の刺激におり日本の生産が四分の一増加したのに対し、アメリカでは約三分の二増加していた。しかも日本の製造能率はアメリカのそれの三十五パーセントにすぎなかった。もっと重大なことは、日本の国民総生産(GNP)指数(1940年の基礎指数を100として)は1943年の初頭までにわずか102にしか上昇していないのに対し、アメリカのそれは136に達していた。そのうえアメリカの生産拡大はあらゆる面で実によく計画されていた。日本は生産を多様化することができなかった。武器弾薬の生産は急増したーしかしそれは民需品の犠牲において行われていた。真珠湾攻撃の十年前は生産がきわめて大幅に増加を見たので、指導者たちは大した生産拡張をせずに、大戦争を遂行することができると考えていたのである。

 現実に直面して、彼らは全般の水準を上げようとあらゆる努力をした。数カ月の間に、国民総生産は急上昇した。全生産が著しい増加を示し、軍需品の生産は今までよりずっと上昇した。見とおしは有望であった。しかしもう遅すぎはしなかったか。

 船舶は最大の問題であった。慎重に予算を割当てておいたのだが、アッツの陥落と隣接の島キスカからの秘密撤収のために予定がすっかり狂ってしまった。アリョーシャン列島におけるかれら二つの橋頭保がなくなったので、千島列島を要塞化し、ここに兵力を配置する必要が生じた。そして、こうしたことすべてのために、南方の包囲された地域から大量の船舶を転用しなければならなくなったのである。

2022年7月30日土曜日

20220730 株式会社筑摩書房刊行 山田風太郎著 「戦中派虫けら日記」 pp.212‐214より抜粋

pp.212‐214より抜粋
ISBN-10 : 4480034099
ISBN-13 : 978-4480034090

二十日
○山本連合艦隊司令長官戦死。

このニュースをはじめて定時近い会社のざわめきの中にいたとき、みな耳を疑った。デマの傑作だと笑った者があった。

が、それがほんとうだとわかったとき、みな茫然と立ち上がった。眼に涙をにじませている者もあった。

何ということだ。いったい何ということだ。
ああ、山本連合艦隊司令長官戦死!

二十二日
○先日、大橋図書館にいって芥川龍之介の「大導寺信輔の半生」を読んでいる中に、「本」という一章で、龍之介が幼い日この大橋図書館へ度々通ったことを知って、ふしぎな思いに打たれずにはいられなかった。

信輔、つまり龍之介の、本に対する熱愛、友人に関する一種病的ともいうべき思想、これらをはじめとして、是非は別として、信輔はびっくりするほど、自分と酷似している。もっともいわゆる「文学青年」なるものは、たいていこんなものかも知れない。

それはともかくこの図書館の古びた階段や壁や窓から見て、そう昔ではない龍之介の若い日と今とは、おそらく寸分の違いもないであろう。-この部屋に、この雰囲気に、あの風景を見つつ、あの遠い町のざわめきをききつつ龍之介が熱っぽい若々しい瞳でここの書物をむさぼっていたのだなーあるいは、たび重ねるうちには、彼は今自分の坐っているこの机に向っていたのかもしれない。自分は神秘と憧憬の入り混じった眼を茫然と空中へあげた。

靖国神社は大祭の名残りをひいて、今日も遠い潮鳴りのようなどよめきをあげている。

ああ、時代は変わった。龍之介の生きていた大正末期の頽廃的な日は遠い夢と去って、いま日本は、大アジア帝国建設のために雄渾な戦闘をつづけつつある。自分は龍之介よりも幸福な時代に生きているといわなければならないー但し、「将軍」を書いた彼だから、これはのれんに腕押しみたいなものだがーしかし龍之介だってもし今の時代に生まれたら「辻詳説」くらい書いたかもしれない。

潮は個人を圧倒する。大正時代に戦争を嘲笑した天才も、この苛烈な戦争の中では、その趣味を表面的に現わすことは彼の埋葬を意味するであろう。

三十日
○アッツ島守備隊全滅す。吹雪氷濤の中にアッツ島二千の神兵ことごとく戦死す。自分も戦争にゆきたくなった。ガダルカナル撤退。山本提督戦死。アッツ島全滅。悲報相ついで至る。海軍はいったいなにをしているのか。局部の勝敗に血迷うなかれとは何人がいい得るか。氷獄のごときアッツ島に冬を越した将兵をみすみず見殺しにして、どこに日本軍の真髄があるか。去年の東太平洋作戦の意義は全然霧消したではないか。

神州不敗の信念は国民の熱涙の中にかがやいている。が、キスカ島の安否が気づかわれるのは、いかんともしがたい。

北洋の吹雪に軍旗ちぎれる
潮しずけし夜業の群や天の川


2022年7月28日木曜日

20220728 早川書房刊 ジョン・ト―ランド著「大日本帝国の興亡」3死の島々 pp.217‐218より抜粋

早川書房刊 ジョン・ト―ランド著「大日本帝国の興亡」
3死の島々 pp.217‐218より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4150504369
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4150504366

渡辺中佐は悲しみにうちひしがれながら、山本の遺体の火葬の指図にあたった。遺骨はパパイヤの葉をしいた小さな木箱に収めた。トラックで戦艦〈武蔵〉にそれを安置し、祖国への悲しい旅に移った。五月二十一日にこの超巨大戦艦は東京湾に到着し、ラジオアナウンサーが涙に詰まった声で、山本が「機上において壮烈な戦死を遂げた」ことを国民に伝えた。提督の遺骨は二つの骨つぼに分けられ、二つの式に向けられた。一つは山本の郷里の長岡へ、もう一つは国葬へ。国葬は六月五日に挙行された。この日はもう一人の日本海軍の英雄、東郷元帥の国葬の記念日でもあった。百万の市民が、その行列を見ようと東京の街路上に並んだ。渡辺中佐は将棋の相手であった山本提督の軍刀を携え、遺骨の安置された砲兵弾薬車の真後ろを歩いた。その遺骨は多摩墓地に埋葬された。

 山本の後任者の古賀峯一提督は、「山本の前に山本なく、山本の後に山本なし」と言った。

 戦争の最大の英雄の悲劇の死は、日本国民にとって、忍びがたい打撃であった。しかもアメリカがアリョーシャン列島のアッツ島を奪回したという気がめいる発表が直後に続いた。宣伝家たちはアラスカのこの荒涼たる島の上で倒れた二千三百五十一人の戦死を一大叙事詩にうたい、これを「国民の敢闘精神高揚への最高の刺激剤」たらしめようとした。

 しかし天皇自身はこの玉砕を深く悲しまれた。天皇は杉山参謀総長に「今後は作戦開始前に相当な成功の機会を見通してから行なうように」と言われ、蓮沼侍従武官長の前で次のように細かく心中を打ち明けられた。

「彼ら(参謀総長と軍令部総長)はそのような状況が起ることえお予測すべきであった。しかるに、五月十二日に敵が上陸して来た後に対策を講じ、それに一週間を要している。濃霧についてなにか言及しているが、霧については当然あらかじめわかっていたはずだ。・・・海軍と陸軍とはほんとうに腹を割って話し合っているのか。どうも一方が不可能な要求を出し、他方が無責任にそれを引き受けると約束しているように見えてならない。いやしくも両者が同意したら、これを完遂しなければならない。もし彼らが互いに約束したことを実行しえない場合には、初めに約束した時点よりも事態は悪くなる。もし陸海軍の間に軋轢があるならば、この戦争の成功はおぼつかない。両者は作戦を計画するにあたり、互いに完全に打ち明け合わねばならない。・・・もしわが方がこのような作戦を続けていれば、それはガダルカナルの場合におけるように敵の士気を鼓舞するのを助けるだけになり、中立諸国は動揺し、中国は勢いづくことになろう。そしてそれは大東亜共栄圏の諸国に重大な影響を及ぼすことになろう。どこかでアメリカ軍に抵抗し、これを打破する道はないのか。・・・杉山は海軍が決戦をやれば、この戦争を終結できると語っていたが、それは不可能なことである」

20220727 歯科技工士養成校の閉鎖が続くことから思ったこと

夏バテによるものであるのか、昨日から少しダルイ感じがあり、本日も記事作成を休もうかと思ってしましたが、とりあえず何かしら作成しておこうと思い立ち、さきほどより作成を開始しました。そういえば、一昨日の投稿記事は、当ブログ再開後の投稿記事の中では相対的に多くの方々に読んで頂けました。読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。さて、この投稿記事では、その後半から、我が国の歯科技工士を取り巻く状況について述べましたが、その状況への認識は、近年の歯科医療界隈においては概ね共通したものであると云えます。しかし同時にこれは、他の医療専門職での周辺事情と比較しますと、端的に異なっていると云えます。

具体的に、同じ歯科医療専門職である歯科衛生士の養成校と比較してみますと、来年2023年春にも近畿地区で四年制大学の学科が新設されるとのことでした。他方、古くからの養成校で、施設の老朽化などで閉鎖に至った学校があると見聞きはしましたが、それは、さきに述べた歯科技工士養成校閉鎖の「割合」とで比較してみますと、微々たるものであると云えます。

そう、同じ歯科医療に携わる「手に職」と(国家)「資格」でありながら、片方(歯科衛生士)は、かねてより、そしてさらに養成校の新設が続き、そして他方(歯科技工士)では、過日の投稿記事にて述べましたとおり、養成校の閉鎖が続いているのが現状と云えます・・。

そして、この対照的な状況は、それぞれの伝聞されている労働環境や仕事内容によって生じていると聞き及んでおります。また、たしかにそれはそれで間違いではないと思われますが、しかし、同時に、それのみが主要な原因ではないと思われるのです。

これをもう少し考えてみますと、その背景には、歯科衛生士、同技工士それぞれ仕事内容特性の違いがあると思われます。つまり、歯科衛生士は、さまざまな機器、器具を扱う機会が多くありますが、そうであっても、対応するのは主に患者さんであることから、臨床職であると云えます。他方、歯科技工士は通常、患者さんの対応をすることは(殆ど)ありませんので、さきの臨床職とは異なり、いわば歯科医療技術職であり、対応するのは、補綴装置作成のための各種機器や、その材料が、主たるものであると云えます。

そうした事情から、それぞれの養成校での教育について類推してみますと、歯科衛生士の場合、実際に患者さんと接する機会となる臨床実習が(とても)重要なものとなりますが、歯科技工士の教育課程では、上述しました仕事内容の相違から、特に臨床にて患者さんに接するといった機会はありません。

そして、実際にそれぞれの職種についても、一般的に歯科衛生士は、患者さんへの対応、臨床業務の的確さなどが重視され評価されると云えます。他方で歯科技工士の場合、対面での要素が乏しく、主に作成補綴装置の納期、そして仕事の精確さといったものによって評価されると云えます。

つまり、歯科技工士は歯科医療職ではありながらも、他の医療職と比べ、対人の機会が少なく、主として相手にするのは機器、器具と材料であると云えます。

そこで、昨今から今なお続くDXが出てくるのですが、この流れは既存の歯科技工、そしてまた歯科医療も大きく変えます。その場合、歯科医師、歯科衛生士といった対人を主とする職種であれば、大きく変わることはないと思われますが、歯科技工士の場合、それを成立させている技術体系が、ひとたび全面的に更新されますと、各々養成校では、実習にて用いる機器、材料など一式全てを、新たな技術体系に即したものへと変更しなければ実習が困難になります。

とはいえ、歯科技工界隈にて、こうした流れ(DX)が顕著になってきたのは、ここ十数年ほどであり、あるいは、近年、閉鎖に至った養成校の多くは、このDXの潮流に適応可能な歯科技工士の養成・教育を行うことが困難であると考えたことが大きかったのではないかとも思われるのです・・。

今後しばらく、歯科技工士養成校の閉鎖は続くと思われ、また、それが底を打った後、その次には、どのような養成機関での教育課程を経て、新たな歯科技工士が生まれてくるようになるのでしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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2022年7月26日火曜日

20220726 深夜での文章作成から思い至った、この先の高等教育について・・

20:00過ぎに帰宅し、夕食を摂り、シャワーを浴びて、24:00に目覚まし時計をセットしてから、22:00頃には一度就寝して、深夜24:00に目を覚ましてPCを開き、ニュース動画などをしばらく視つつ、徐々に気が乗ってきますと、おもむろに文章の作成をはじめます。

その文章は、日中での取材に基づいたものであったり、あるいは、同じく事前に大まかな題材と文字数を定められたものであったりするのですが、私の見解として、そうしたご依頼頂いた文章を、集中や弛緩を繰り返しつつ作成することは、時には面倒に思うこともありますが、それでも、作成中には、未だに楽しいと感じることが多いと云えます。

そうして文章を作成しながら段々と窓の外が明るくなってくるのを眺めて、何故だかヒリヒリする、追われるような緊張感を覚えて、そこから作成した文章を軽く読み返して、文字数のカウントを行い、それが指定の文字数にまで至っていますと「よし!ここらで文章を終らせて、あとは、いらないところを削ったり、加筆修正すれば、どうにか出来上がるだろう・・。」と安堵感を覚えるのですが、それは24:00過ぎに記事作成を始めてから5~6時間後であることが多く、また、それまでに作成した文章の文字数は2500~3500字程度であり、こうしたことは、当ブログをはじめる以前であれば、おそらく出来なかったことであると思われますので、これまで(どうにか)継続したブログ記事の作成も、全くの無駄ではなかったと云えるのかもしれません・・。

とはいえ、やはり重要であるのは「その内容」であると思いますので、この先もまた、当ブログ記事の作成とあわせて、またほかの種類の文章を作成を行いつつ、自分なりに文章の洗練を目指していきたいと考えています。やはり継続的に作成しませんと、文章の上達は、より困難になってくると思われますので・・(苦笑)。

さて、では今後は、どのような文章を作成してみたいのかと考えてみますと、現今のコロナ禍では難しいでしょうが、西日本の医療介護系大学への取材を行い、記事作成をしてみたいと考えています。おそらく、そうして作成した記事は、当ブログに掲載してみても、おそらく反響は(今のところ)イマイチであると思われますので、また何か他の媒体を検討したいと思います。

また、より具体的な取材先としては歯科衛生士、歯科技工士の養成学科が適当であると思いますが、そういえば、最近の傾向として、歯科技工士養成校の閉鎖がまたいくつか続き、おそらく、しばらく経ちますと、我が国での四年制大学での歯科技工士の養成は、広島大学のみで行われることになります・・。

時々は、小さくとり上げられることもある歯科技工士の不足や、その高い離職率などから、歯科技工士はいくら養成しても追いつかず「いっそのこと、一度更地にしてしまえ!」といった考えが、その背後にあるのかもしれません・・。

とはいえ、歯科技工自体は昨今のDXにより、その様相は変化するものの、それ自体はなくなるものではないことから、やはりまた、今後しばらく経ちますと、さらに先鋭化されて、その問題が指摘されることになるのではないかと思われるのです・・。

そして、そうした事態に至った時に注目されるのではないかと考えるのが、ツイッターでの私のプロフィールに示されている、歯科衛生士と歯科技工士資格の合一化案そして、その他の資格取得も併せて目指すことが可能な、学費が安価な新たなタイプの大学の設置です。

おそらく、今後、数十年あるいは一世紀ほどの我が国は、かつてのように繁栄した先進工業国になることは難しく、また、そうした状況から、どうにか国としての尊厳を保ちつつ、より多くの外貨を獲得可能にするためには、我が国であれば、その国民性とも云える繊細な感性に付随する手先の器用さ、そして此岸的性質を活かし、他方で、外貨獲得のためには必須とも云える英語・中国語を解する、より多くの医療介護専門職を養成することが重要ではないかと私は考えます。

おそらく、かつて我が国の花形産業であった大規模な設備を擁する近代以来の大企業のような組織は、今後の我が国では、かつてほどの重要性はなくなり、それよりも、むしろゲリラ的とも、あるいは知識集約的とも云える、国際的視野と競争力を兼ね備えた、我が国の中小規模の医療介護系組織が世界で優れたものとして認識されるようにになっていくのではないかと私には思われます。

そして、そのためには、さきに述べたような養成機関(大学・専門職大学)が必要であると思われるのですが、しかし今後一体、我が国の高等教育は、どのような変遷の経路を辿っていくのでしょうか・・?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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