2021年11月13日土曜日

20211112 先日のツイッターでの反応を見て思ったこと

ここ数日間は記事作成を休みましたがインプットの方の読書は進み、かねてより読み進めている「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は残り50頁ほどとなり、おそらく来週中には読了に至るものと思われます・・。

また、去る11月6日に、ツイッターにて「かつて、そういうこと(専門職大学の新設)を企図されていた若手の先生方から聞いた耳学問でしたが、やはり、時勢を鑑みるに現実的であるのかもしれません・・ 学科は管理栄養・言語聴覚・口腔衛生・歯科技工にて、ダブルライセンス取得も(6年制にて)可能なカリキュラムにて・・」とツイートをしましたが、こちらについては「いいね」を頂くことはありませんでしたが閲覧数の方は比較的伸びました。おそらく興味を持って頂いた方々が多かったのだと思われます。また、そこから「若手で(専門職)大学の新設など可能なのだろうか?」と思いつつツイートをご覧になった方々も少なからずいらっしゃったのではないかと思われます・・。

私もこれを聞いた当初は「何だか雲を掴むようなハナシだなあ・・」と思いましたが、他方で、医療専門職の養成を目的とした専門学校は少なからずあります。そして、それらの中で全般的に苦境にあると云えるのが、歯科技工士の養成を行う専門学校であり、私の知る限りでも、既に複数校が募集停止、閉校となっています。

その背景にあるのは、昨今のCAD/CAM加工技術の進化発展により、これまでの技工作業を経ずに、以前と同様の歯科補綴装置を容易に作成することが可能となったことから、これまでの歯科技工に関する技術体系全体が大きく変化せざるを得なくなり、さらに、そうした変化のただ中にあって、歯科技工業界は、労働と、その全体的な経済(給与)条件のキビしさで知られていることから、その「なり手」が継続的に減少し、そして、さきに述べた「複数専門学校の募集停止、閉校」といった事態に至っていると云えます・・。

しかしながら、如上のような状態であっても、歯科医療に付随する歯科技工自体はなくならないことから、さきのツイートで述べたように、若手の先生方が協力し、閉校予定の歯科技工専門学校を買い取り、これからの歯科技工において一般化するであろう諸技術への対応を可能にする講義・実習をしようと考えるのは、そこまで大きなことではなく、また、雲を掴むようなハナシでもなくなってきます・・。

そしてまた、近年、専門職大学という新たな種類、枠組みの高等教育機関が設置されることを知りますと「自らが関与する専門学校を専門職大学に改組出来るのであれば試みよう。」と考えることもまた、特に不思議はなく、そしてまた、雲を掴むようなハナシでもなくなってきます・・。

こうした背景がありますと、おそらく、さきに述べました「若手による専門職大学の設置」も、現実的にありうる一つの流れであると、ご理解頂けるのではないかと思われます。

また、専門学校であれ専門職大学であれ、医療系などによくある国家資格の取得を目的とする、いわば「養成機関」とは、資格の職といった実社会との密接なつながりがあることから、その資格職での知識・技能を担保するために教育カリキュラム、養成課程はカッチリと組み立てられています。

そこから、既存養成機関の運営に携わり、そして新規諸技術に対応できるような教育カリキュラムを模索検討し、順次そちらに切り替えていくことは、少なくとも、今後の歯科技工士養成において必要となる過程であることから、速やかに、そうしたモデルとなる医療介護系の資格取得を目指した養成機関(専門職大学)を(取り急ぎ)設置するのが良いと思われます・・。

ともあれ、こうした経緯を知って思うことは、医療分野の先生方の多くは、医療を通じ実社会と密接に関与しており、そこから医療の受益者そして、その未来の様相を考えると「自らで大学を設置した方が良いのでは?」と考えることも、そこまで突拍子もないなことではなく、さらに、たしかに彼等には、そうした行動力や活性のようなものがあると思われます。

もちろん、そこには経済事情といったものも少なからずあるのでしょうが、そうであっても、こうした発想力や行動力は、自分にはないものと云えますので、今後の展開は楽しみであり、是非、いくつかは成就して頂きたいと願うばかりです。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
順天堂大学保健医療学部


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2021年11月9日火曜日

20211108 「負の自覚」を持つ意味と変化について・・

ここ最近は投稿記事数のことを考えずにブログ記事の作成を行ってきましたが、つい先ほど、投稿記事数を確認したところ当作成記事の投稿により、それが1650に到達することに気が付きました。これは、あと50記事の投稿により、当面の目標としている1700記事に到達することを意味し、また、ほぼ毎日記事投稿を続けますと、年内のうちに1700記事到達への到達の目途も立つとも云えますが、しかし、それは現在の私にとっては多少難しいように思われ、現実的であると思われるのは、来年1月前半での到達と云えます。

さて、一昨日投稿の記事も、投稿後二日としては比較的多くの方々に読んで頂きましたが、これまでに述べた私の南紀、和歌山での経験の大本には、当初、首都圏から出たくないにもかかわらず赴任することになった北海道札幌から2年後、今度も首都圏に戻りたかったにもかかわらず、南紀白浜への転勤となった(なってしまった)という背景、経緯があります。

現在であれば、それはそれで「悪くはなかったのでは・・」と思われるのですが、当時の私としては、特にはじめの頃はなかなか辛く感じられ、日々、望郷の念を募らせていました。また他方で、以前の投稿記事にて述べたように、これまでに経験したことのない、当地の特徴的な何とも温暖な自然風土から、その歴史や文化などに関心を持つことにより、さきの「募る望郷の念」から徐々に解放され、そして、より「そこでの生活を楽しもう」と、それまでのことを肯定的に捉えるようになっていったのだと云えます・・。

もとより、こうした内面での変化の様相は、自分がその真っ只中にいる時では、あまり判然としないのでしょうが、しかし、それは当時の「願望に基づく計画」からは明らかに反するものであり、あるいは若い頃こそが、こうした、望まない居住地の移動などの経験をしても、あまりひずみを残さず、将来の自分に資するよう、柔軟に対応することが出来るのではないかとも思われるのです・・。

そして、まさしく、この過程にこそ、つまり、自分の生き方が当初の願望、計画に沿わないと思われる期間が続いていても、その周囲には、現実の世界があり、その中にある「何か」に興味を持つことにより、それを基点として、自分自身を変えていくことが可能となり、また、そうした変化の過程を通じて、その人なりに賢くなっていくのではないかと思われますが、ここでとても大事であると思われることは「当初の願望、計画に沿っていない」という、何と云いますか「負の自覚」であるように思われます。

こちらにつきましては、また後日、あらためて記事を作成したいと思います・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
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2021年11月7日日曜日

20211106 頂いたご連絡から、紀州 和歌山の食文化について・・

おかげさまで、一昨日の投稿記事も、比較的多くの方々に読んで頂けました。こちらを読んでくださった皆さまどうもありがとうございます。しかし他方で、こちらの閲覧者数は、それ以前に投稿した数記事と比べますと、投稿後2日目としては、わずかに少なくもありました。これは、一昨日の投稿記事では、自分の実体験のようなものはあまり書かずに、全体を通じて多少観念的であったからではないかとも思われましたが、また同時に、当記事にて述べていたことと類似することを以前投稿した記事にて述べ、また、そこでは比較的多くの方々に閲覧して頂いていたことから、あるいはツイッターとの連動以前と以後では、当ブログを見てくださっている方々が変わったのではないかとも思われました。

以前にも述べたことがありましたが、当ブログはツイッターとの連携により、閲覧してくださっている方々が具体的存在として分かるようになり、あるいは何かしらの反応を頂くことも度々あり、こうしたことは、作成記事に対しての反応が薄いなかで6年以上ブログを続けてきた私にとっては、驚くべきことであり、また、そうしたことから生じるプレッシャーによりスランプとなり、そこから多少、記事作成が困難になっていた時期があり、そしてまた現在も、多少は自分のペースを取り戻しつつあるように感じられますが、とはいえども、そうした「見られること」によって生じるプレッシャーをおぼえつつ毎回の記事作成を行っていると云えます・・。

さて、そうしたなか、つい先日、人文系の師匠よりご連絡を頂きました。こちらは在和歌山時代の師匠であり、修了の後も色々とお世話になっておりますが、とりわけ、これまでの当ブログ全体の文脈から考えてみますと、紀州 和歌山の食文化に関しては、おそらく、こちらの師匠に並ぶ方はあまりいらっしゃらないのではないかと思われます。また、そのような方であるからこそ、大学にて教鞭を執られていたのだとも云えますが、そこからも分かるように、私が当ブログにて述べた紀州 和歌山の食文化に関しての記事の元ネタの多くは、こちらの師匠からご教示を受けたものであり、それらに自分なりの解釈、見解等を加えたものが一連の当ブログにて述べていることであると云えます。

とはいえ、私の紀州 和歌山の食文化に対しての興味の淵源とは何であったのかと、もう少し検討してみますと、それはかつて、南紀白浜にて勤務していた業種がホテルであり、食べ物に関係していたことであると思われました。

勤務していたホテルは、おそらく現在もそうであると思われますが、その料理にて少し名前が知られており、私もまた、何度か、その料理を食べる機会がありましたが、たしかに、とても美味しかったと云えます。

そして、こうした経験からさらに遡り、個人の記憶ではないところをあたりますと、あまり周知されていないことであるかもしれませんが、紀州 和歌山は、和食に欠かせない醤油や鰹節の発祥地とされており、さらに、これまた、日常的な和食に欠かせない食品の一つと云える梅干しの生産量もダントツの一位であることから、さらに別の視座からは、紀州 熊野本宮大社の主祭神とされる家都御子神または家都美御子神(けつみ(み)このかみ)は実は出雲系の神である素戔嗚尊であり、また、この神は、木の国だけに樹木の神であると同時に穀物の神でもあり、そこから食の神とされていたことなどから、紀州 和歌山と我が国の古くからの食文化との繋がりを見出すことが出来るのではないかと思われますが、しかし、こうしたことを書いていて、そして、さきの師匠を思い出しますと、多少書き進める勢いが落ちてくることに気が付くのです・・。

とはいえ、それは特に恥ずべきことではなく、また、こうしたブログなどを通じて紀州 和歌山の食文化に興味を持って頂ける方々が少しでも増えましたら、それはそれで私としては僥倖であり、また師匠にとりましても、そこまで悪いことではないようにも思われます。

また、この紀州 和歌山の文化や歴史については、今後も機会を見つけて記事を作成していきたいと思います。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
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2021年11月5日金曜日

20211104 書籍を読み進める中で思ったこと「傾向や特徴」

おかげさまで、去る11月1日の投稿記事もまた、投稿後3、4日としては多くの方々に読んで頂きました。そして、ここ数日は新規の記事作成は行いませんでしたが、読書の方は順調に進み、先日来より読み進めている「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は300頁近くにまで至りました。こちらは、ここ最近で読んだ著作の中では、かなり興味深く、また印象的であると云えます。

ここまで読み進み、今更ながらの感はありますが、当著作は、これまでに読んだユヴァル・ノア・ハラリによる「サピエンス全史」や、ジャレド・ダイアモンドによる「銃・病原菌・鉄」などのテーマとも、相通じるものがあるように思われました。

それは、人類の歴史全体の中から抽出された、何かしらの傾向や特徴などを、具体体を示しつつ、比較などをしながら論じていくといった「スタイル」のことであり、私見になりますが、こうした「スタイル」による著作は、著者独自の「特徴」のようなものが如実に顕われることから、類似する要素もまた、それぞれ著者で互いにありつつも、他方で、それらの特徴が強く出ており、著作全体としては、あまり類似性は感じられないのかもしれません・・。くわえて、それらは、日本語にしますと「史観」と称するには、それぞれ具体例が多く示されており、全体としての抽象度は浅いように思われるのですが、しかし、この段階こそが歴史を学ぶ上で最も重要なところであるように思われます。

つまり、それは実験で云うところの、標準偏差を下げるために、分析試料のNを増やすことであり、あるいはまた、帰納法による推論の精度を上げるために、新たな事実を記録として積み重ねることであると云えます・・。

そして、この「積み重ね」の段階を経る、継続することにより、以前、当ブログにて扱った柳田國男の云う「国民の予言力の培養」もまた為されていくのではないかとも思われるのです・・。

さらに、それは歴史の進展において、少なからず意味を持つものであると思われるにも関わらず、これまで、こうした視座から歴史の重要性があまり説かれてこなかったこと、あるいは説かれたとしても、そうしたことが速やかに形式化、形骸化してしまうことは、やはり我が国全体としての何かしらの特徴を示すものであるように思われるのです・・。

そして、そうした特徴が何に由来しているのか、また、何時の時代に始まったのかなどと考えてみますと、どうしたものか、今度は加藤周一による「日本文学史序説」という以前に読んだ著作が思い起こされるわけですが、当著作は博士課程の修了後にはじめて読んだ、ある程度文量がある人文系著作であり、また、一連の当ブログにも複数の引用記事があることから、2013年後半あたりから2016年にかけて継続的に機を見て読み続けていたようです。

その意味で、さきの「ウンベルト・エーコの世界文明講義」もまた、未だ読み進めている途中ではありますが、後日、そうした著作になるものと思われます・・。

そして後日、こうした人類史から抽出された傾向や特徴などについて扱った著作を集中的に再読してみますと、また何か面白い発見があるようにも思われるところです・・。

最後に、つい先日「ウンベルト・エーコの世界文明講義」を読んでいて驚いたことは、著者のウンベルト・エーコは、谷崎潤一郎による「鍵」を読んでいたことです・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。



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2021年11月2日火曜日

20211101 南紀での興味関心の変化の経緯について・・

おかげさまで、一昨日投稿の記事もまた、比較的多くの方々に読んで頂けました。当記事にて述べたことは、記憶に残っていることであり、現在においても、その記憶を思い返してみますと、当時、五感にて感じていた感覚もまた思い出され、特に「大気のかおり」のようなものはそれぞれ地域によって異なるため、まさしく特徴的であると云えます・・。

そして、その中でも特に強く印象に残っているのは南紀白浜の「それ」であり、その勤務地は白良浜のすぐ近くであり、また、住んでいたアパートは自転車を5分も走らせずに、海の近くに辿り着けるような場所に立地し、住んでいると次第に分からなくなっていくのでしょうが、そこでは、始終、大気に少し潮のかおりが混ざっていたのではないかと思われます。そして、これに当地で幾つか湧き出ている温泉のかおりが加わって、この土地の大気の特徴的な部分の多くは形成されているものと思われます。

また、それは同じ温泉地であり、それまでにいくらか馴染みがあった静岡県伊東市の城ヶ崎海岸あたりの大気にも近いものもありましたが、やはり異なり、何といいますか、南紀白浜の方がより南方的であり、あるいは当初、そこでの雨の降り方には、それまで経験のない、何やら異国的な感じを受けたことが思い出されます。

しかしまた、この地域は、大都市圏からははなれているにも関わらず、かなり昔から人が住んでおり、仕事のためもあり、近隣の名所旧跡などを休日を利用して訪れていましたが、それを通じて南方熊楠が名前だけ知っている偉人ではなくなり、また、勤務地からすぐの神社の境内には、古墳時代後期を特徴付ける横穴式石室の構造を持ち、玄門が開口して、内部石室には、板石による組み合わせ式石棺が置かれている火雨塚古墳があり、これを初めて見た時は何やら衝撃的でした。つまり、それまで首都圏、札幌といった都市部に住んでおり、そのなかでは、日常生活の中で、いわゆる「大昔のお墓」といったものが身近に存在しなかったからであると思われますが、ともあれ、そうした具体的な存在を通じて何かしらの感覚をおぼえ、そして、そこを基点として徐々に深まって行ったのであると思われますが、その際にまた、他の「大昔」の要素、ここ南紀では弥生時代の青銅製祭器である銅鐸などにも関心を持つようになり、そして、そこからさらに、古墳時代の説話も収録され、また紀伊国を舞台とした説話が多く収録された「日本霊異記」などにも関心を持つようになるわけですが、このような進展の具合は、文章にしてみますと、この通りではあるのですが、しかし、それはかなり遅いものであり、また、その意味においては、南紀在住時にアマゾンにて書籍を購入することが出来るような環境が成立していたことはありがたいことであったと云えます。もちろん、白浜町のすぐ隣にある田辺市は、古くから栄え、そこには立派な書店がいくつかありましたが、そうであっても、アマゾンのすごいところは、自宅を出ずに不図思い立った時に書籍を購入出来るようになったことであり、これは他のネットショッピングサイトにおいても同様であるかもしれませんが、やはり、たしかにスゴイことであり、また、地方都市の商店街などの多くは、こうしたネットショッピングサイトと郊外型の大型ショッピングモールの出現により、それまで保持していたシェアが大きく減ったものと思われます・・。

ともあれ、こうした環境のなかで漸進的にではあれ、何やら感覚が変わって行った私に、さきの投稿記事にて述べた時折届く師匠からのいわば「都会の文物」は、良い刺激あるいは何かしらのフックになっていたのだと云えます。つまり、そこから「今、ここからは出ることが出来ないが、この現在住んでいる場所のことを、これまでにまで読んで来た書籍での視座を用いて眺めてみると何だかオリジナリティーがあって面白いのかもしれない・・。」と、ハッキリ思ったのか分かりませんが、結局、そのような流れとなりました・・。

つまり、それまでに愛好していた(つもりの)ヨーロッパ的な文化全般から日本土着のものに興味関心の対象が変化していったということです・・。また、過日の投稿記事にて述べましたが、私は南紀白浜在住以前には、考古学や我が国の古代史等に興味関心を持ったことはなく、まさに空白の分野でしたが、これが面白くなってきますと、さらにエスカレートして、書籍によって記載があったりなかったりする古墳を、あまり整備などされていない野山にて足で見つけた時などは、あのハリウッド名作映画の遺跡発見シーンでのBGMが脳内を流れ、また、それなりに充実感も得られましたが、しかし、考えてみますと、ここ最近は我が国の古代史関連、就中古墳に関しての書籍を進んで読んだという記憶がなく、以前と比べますと、明らかに興味が減退していると云えます・・。

これについては、実は以前から少し気にしていたことでもあり、近いうちにまた、その興味を甦らすためにも、実地に訪問する必要があるのではないかと思われるところです。

そういえば、先日、渋谷の東急ハンズを訪れた際、たしか1階に古墳をキャラクターとした商品を特集したコーナーがありましたが、私の場合、あのキーホール様(前方後円)の墳形などにはあまり興味はなく、むしろ、その玄室の構造あるいはその壁面の装飾などの方に興味があり、そちらの方が人の手の痕跡、すなわち「精神の顕われ」をより高倍率にて観察することが出来るように思われるのです・・。

どこか、近くに古墳がたくさんある西日本の大学さまにて、月に何度か訪問して、その大学さまの特徴的な取組みを取材して記事を作成するようなパートの職があれば良いと思うのですが、そうしたことにつきましては、また後日、検討してみたいと考えています・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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2021年10月30日土曜日

20211030 ウンベルト・エーコの著作を読んでいて想起された別の著述家から・・

おかげさまで昨日投稿分の記事は、投稿翌日としては珍しいほどに、多くの方々に読んで頂けました。こちらを読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。そしてまた、これを機にウンベルト・エーコの著作に興味を持たれる方が少しでも増えれば良いと思います・・(笑)。

以前にも書きましたがウンベルト・エーコは、20年以上前に文系の師匠との雑談にて知り、その後、これまでに何冊か読んできましたが、その書きぶりからは、私の場合、どうしたものか、ロバート・グレーヴスの作品が思い出されるのです・・。そこで手近にあった、その著作である「さらば古きものよ」上巻を手に取り、しばし、読んでみますと、その書きぶりのおそらくは別の要素から、今度はジョージ・オーウェルの著作が想起されるのです・・。

また、このうちのロバート・グレーヴスの方も、さきの師匠とのやり取りを通じてその著作を知ったわけですが、こちらは就職して3年程経った頃、南紀白浜での勤務の際でした。当時、師匠は比較的頻繁にハガキや手紙などを送ってきてくださいましたが、その中には度々、師匠が執筆した書評、コラムあるいは別刷などが入っており、私の方は、そうしたものを分からないなりに、分かる部分を読んでいましたが、そうした冊子の中に別の方によるロバート・グレーヴス著「この私、クラウディウス」の書評があり、それを読み、そして当時、はじめたばかりのアマゾンを利用して当著作を購入しましたが、当時の私はこれを大層面白く感じ、これも、昨日投稿の記事にて述べた「ウンベルト・エーコの世界文明講義」と同様、外出にも持って出て、当時よく通っていた田辺市宝来町の「うどん そば あそこ」にて読み、そしてまた、合川ダムでのブラックバスの釣行の際にも濡れないようにビニール袋に入れて持って行き、ボートの上で、釣りの合い間に読んでいました・・。

そう、書籍が本当に面白いと感じはじめますと、自然、よく持ち歩くことになりますが、その点、現在では、比較的重いと云えるハードカバーの書籍を数冊、その他の荷物と一緒にデイパックに詰め、10㎞程度を歩くことは辛く感じられ、それが普通に出来ていた最後の時期は、鹿児島在住の頃であったと思われます。

当時は、デイパックに、ダウンロードした(歯科理工学関連の)英論文数編をバインダーにはさんだものをいくつかと、メモ帳と、何かのために常時持っていたフェイスタオルと、電子辞書と、そして書籍を何冊か入れており、その重さは10㎏近くはあったように思われます。

そして、週末になりますと、このデイパックを背負い、市電にて天文館まで出向き、多くの場合、照国神社の表参道沿いにあるドトールコーヒーの2階にある喫煙席にて、一人の世界に入り、さきに述べた、文献や書籍などをひたすら読み、夕刻前になりますと、店を出て、徒歩にて天文館から脇田、宇宿まで歩いていきました。

その後、千葉県市川市に戻りますと、首都圏ということもあり、とにかく人が多く、これは現在となっても、未だ苦手のままであるのですが、また、そうした地域にあっては、ハードカバーの書籍やバインダーに綴じた英語文献などを、喫茶店などで落ち着いて読むことが出来るような余裕や雰囲気は乏しいと感じられ、外では主に、ブックカバーを被せた文庫や新書などを持ち歩くことになり、重さの軽減も為されはしましたが、他方で、何だか自分が弱くなったようにも感じられました・・。

ともあれ、さきのロバート・グレーヴスもまた、ウンベルト・エーコと同様、文系師匠とのやり取りを通じて知ったわけですが、そうしたやり取りが続き、そこから私の方にて何やら自転運動のようなものが生じますと、徐々に、また自然と「これは院に進むべきではないか・・」と思い悩むようになり、そこから紆余曲折を経て現在の私に至ると云えますが、それでも、私の性質から考えてみますと、このルートにて「まあ良かった」のではないかと思われるのです・・。

しかし、そうであっても、もう少しは諸事良くなるようにも思われますので、今しばらく、1700記事程度までは当ブログを続けてみようと思います。

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2021年10月29日金曜日

20211029 現在読み進めている著作からの影響?

 先日来から読み進めている「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は、ここ最近では珍しいほどに読書に身が入り、本日で230頁ほどまで進みました。ここ最近は、年齢のためであるのでしょうか、ハードカバー書籍を電車内にて読むことは、以前と比べ、少なくなりましたが、当著作については、身が入っているためかリュックに詰めて持ち歩き、電車での移動時にも読んでいます。

当著作については、過日投稿の記事にて述べましたが、著者の特徴的な「読ませる文章」で書かれ、さらに、その述べるところは、全体的に、さまざまな事象を低倍率(形而上的)にて観察しているような書きぶりではありつつも、それら記述に符合する具体的存在の図像等が豊富に示されており、さらに、読んでいる際に新たな興味深い発見があるのです。

事物を低倍率にて観察した際の文章は、おそらく多くは概要的となり、また同時に、抽象的になり易いとも云えます。あるいは、そうした文章は、一般的に「ベタな能書き的」なものになり易い傾向があると思われることから、そうであってもなお、その記述に惹かれるということには、やはり興味深く、新しい「何か」があるからであるように思われるのです・・。

さて、その「何か」につきましては、また後日に機会を見つけ、何らかのカタチの記事として作成・投稿出来ればと考えていますが、また、その意味からも、やはり、当ブログが現在に至るまで(どうにか)継続している背景には、私の場合、読書があるのだと云えます・・。

つまり、未だ判然とはしていませんが、読書の際に入っている精神のギアと、ブログ記事を作成している時のそれは、同一ではないにしても、似通ったものと思われ、双方行為を継続することにより、習慣的に、そのあたりに精神のギアが入れ易くなっていくのかもしれません。

しかし他方で、記事作成に関しては、慢性的にスランプ気味であると云えますが、そうであっても(どうにか)当ブログが続いていることの背景には、やはり、さきに述べたような事情があるのではないかと思われるのです・・。

また、そういえば、さきほど「低倍率にて観察した」と書きましたが、歴史などを検討するに際して、この「倍率云々」といった表現もしくは(まさしく)視座の置き方は、一般的ではないものの、いくらかは理解を助けるのではないかとも思われました。

ともあれ、さきのウンベルト・エーコの著作を読み進めている影響からか、上述のようなことを、あまり意識や躊躇せずに書くことが出来ているのではないかと思われるのです。さらに、ここ直近の数記事に関してもまた、その影響下にて作成されたものであると云えますが、これらについては後日、また何か新たなことが分かるようになるのでしょうか・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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