ここ数日間の首都圏は日中と日が暮れてからの温度差が大きいように感じます。
また、季節が春へと移行するこの時季とは、そのようなものであるのかもしれません・・。
さて、昨日投稿の記事も投稿翌日にしては多くの閲覧者を得ることが出来ましたが、現在この(昨日投稿)記事を読み返してみますと、恥ずかしく思うところもあります・・(苦笑)。
そして、そこから『このようなことを書いて果たして意味があるのだろうか・・?』と考えてしまうのですが、そうしますと、一連の作成記事の大半(あるいは全て)の意味を疑問視せねばならなくなりますので、出来るだけ、そうした『思い』に(継続的に)捉われず、書き続けることが重要ではないかと考えます。
そして、多くのこうした散文的なものとは、書き続けることにより、何か新しい着想に至ることが多いのではないでしょうか?
また、こうした文章に対する姿勢とは、感覚的ではありますが理系、文系学問間において相違があるのではないかと思われます。
当たり前のハナシではありますが理系学問とは、その内容の普遍性、再現可能性がその根幹に存在します。【存在しなければなりません。】
そのことから、その内容とは、誰が、何回行った場合においても、同様の傾向、結果を得られる性質のものでなければなりません。
そして、上記の前提思想に基づき作成される文章とは、文章そのものが重要であるのではなく、そこに書かれている方法、結果、考察が『現実に生じた現象を精確に描写していること』が重要であるといえます。
また、それを異言すると、その文章を読んだ他者一般が、そこで得られた認識に従い、同様の方法を用い、同様の結果が得られ、書かれた考察が妥当なものであるという認識に至ることが重要であるともいえます。
つまり、この場合、文章を構成する個々言語の『役割および目的』とは、実際に存在する『何か』の様相【その大きさ、様子はどうであれ】に対しての『普遍的認識に至るため精確に描写すること』であるといえます。
また、こうした言語の使用法とは、おそらく言語本来の原初的な用途でもあり、極めて重要であるといえます。
さらにまた、一般的に、ある学問分野において、一定の知識を有していることが理解され得るのは、その学問分野における専門的な言語群を用いた発言、文章等により(分野における)普遍的認識を得ることが出来ることから為されることが多いのではないでしょうか?
そしてそれは、さらにある程度複雑な文脈を有する使用法により一層精確に理解され得るのではないかと思われます・・。
このことは特に理系学問分野において、その傾向が著しく、その点、文系学問分野においては、一つの言語に対する認識において、その主体、学派等の持つ思想的背景により意味合いが微妙に異なることが多く、さらに、それら言語を含んだ、ある程度複雑な文脈の使用により、一層その主体、学派の持つ思想的背景は明瞭化されるのですが、同時にそれは、理系的な意味での普遍的認識とは幾分異なるのではないかと思われるのです・・。
とはいえ、であるからといって、どちらが良い、悪い、上、下というのではなく、ただ当記事冒頭にて述べたように絶えず双方が接触、交流し続ける経験を通じ、何か新しい着想、創造に至ることが肝要なのではないでしょうか・・?【果たしてこれは普遍的認識であるのでしょうか(笑)?】
また、今回の記事とは、そうしたことを題材として一つの着想が得ることが出来たものと思われます(笑)。
そして今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部そして福島周辺において生じた地震によって被害を受けられた地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年3月18日土曜日
2017年3月16日木曜日
20170316 先日の勉強会後の会話にて想起された2年前6月のこと・・
A「2015年6月、さまざまな事情から帰郷することに決め、大阪から自動車にて出立の晩、兵庫県東部在住の知人と会うことになり、大阪北部の某所にて待ち合わせ、食事を摂り、時刻も遅くなったことから自動車にて御自宅まで送ったことを先日参加した勉強会後の会話にて思い出しました。
また、出立の日は生憎の大雨であり、途中道路が混雑し、待ち合わせの時間に遅れてしまい申し訳なかったのですが、車中での会話が大変面白く、途中給油しなければならないことを忘れ、ガス欠で危うく立往生するところでした・・(苦笑)。
そして、この車中の会話にて『ブログを書き続けると良いのでは・・』という意見を頂き、またそれから数日後の入院していた叔父を見舞った際『何か書き続けなさい・・』と云われたため『そこには何かあるのかもしれない・・』と考え、現在までどうにかブログ記事の作成を継続してきました。
そして、その後のことを考えますと、たしかに、このブログ記事作成を行っていなければ、何か更に自身としては恐ろしいことになっていたのではないかと思われるのです・・。
こうしたことは科学的根拠を示すことが困難であることから、その見解の正しさとは分からず仕舞ではありますが、それでも自身の感覚としては『間違いない』と云い得ます・・。
また、それに類似する経験とは、多くの方々が経験されているのではないでしょうか?
そして上記のことを思い出す契機となった勉強会後の会話にて、
『なぜ、あの時、わたしにブログを書くことを勧められたのですか?』とその知人に尋ねてみたところ
『いや、当時の**さんは5月に***の喫茶店で話した時と同様、何か吐き出せずに溜め込んでいる感じがしまして、ああいった状態が続いてしまうと、とんでもないことになると思ったからです・・。』
とのことでした。
自身としては、そのような知恵、知見がなかったことを痛感した次第ですが、ともかく我々とは、こうした会話を通じて、さまざまな『人間に関する知恵』といったものを学んでいくことが多いのではないでしょうか・・?
また、ここから少しハナシは飛躍しますが、このようなところにも文系学問の重要性、存在意義があるのではないかと思われるのですが、如何でしょうか?
しかし一方、私見としては、その知人の示した見識とは、理系学問での実験を伴う研究における『現象を捉える視点』とも共通する何かがあるのではないかとも思われるのです・・。
そして、そこからさらに抽象を試みますと寺田寅彦が述べた
『物理学を理解するにはギリシャ神話を理解しなければならない』そして河合隼雄が述べた
『心理学にて用いる概念とはギリシャ神話をモデルとしたものが多い』といったコトバが想起されるのですが、さて、こうした想起の背景には『共通する概念の存在』が、ある程度は認められるのでしょうか・・(笑)?
今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
また、出立の日は生憎の大雨であり、途中道路が混雑し、待ち合わせの時間に遅れてしまい申し訳なかったのですが、車中での会話が大変面白く、途中給油しなければならないことを忘れ、ガス欠で危うく立往生するところでした・・(苦笑)。
そして、この車中の会話にて『ブログを書き続けると良いのでは・・』という意見を頂き、またそれから数日後の入院していた叔父を見舞った際『何か書き続けなさい・・』と云われたため『そこには何かあるのかもしれない・・』と考え、現在までどうにかブログ記事の作成を継続してきました。
そして、その後のことを考えますと、たしかに、このブログ記事作成を行っていなければ、何か更に自身としては恐ろしいことになっていたのではないかと思われるのです・・。
こうしたことは科学的根拠を示すことが困難であることから、その見解の正しさとは分からず仕舞ではありますが、それでも自身の感覚としては『間違いない』と云い得ます・・。
また、それに類似する経験とは、多くの方々が経験されているのではないでしょうか?
そして上記のことを思い出す契機となった勉強会後の会話にて、
『なぜ、あの時、わたしにブログを書くことを勧められたのですか?』とその知人に尋ねてみたところ
『いや、当時の**さんは5月に***の喫茶店で話した時と同様、何か吐き出せずに溜め込んでいる感じがしまして、ああいった状態が続いてしまうと、とんでもないことになると思ったからです・・。』
とのことでした。
自身としては、そのような知恵、知見がなかったことを痛感した次第ですが、ともかく我々とは、こうした会話を通じて、さまざまな『人間に関する知恵』といったものを学んでいくことが多いのではないでしょうか・・?
また、ここから少しハナシは飛躍しますが、このようなところにも文系学問の重要性、存在意義があるのではないかと思われるのですが、如何でしょうか?
しかし一方、私見としては、その知人の示した見識とは、理系学問での実験を伴う研究における『現象を捉える視点』とも共通する何かがあるのではないかとも思われるのです・・。
そして、そこからさらに抽象を試みますと寺田寅彦が述べた
『物理学を理解するにはギリシャ神話を理解しなければならない』そして河合隼雄が述べた
『心理学にて用いる概念とはギリシャ神話をモデルとしたものが多い』といったコトバが想起されるのですが、さて、こうした想起の背景には『共通する概念の存在』が、ある程度は認められるのでしょうか・・(笑)?
今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年3月15日水曜日
20170315 600記事に到達した後について考えたこと・
A「本日の首都圏での気温は、日中においてもあまり上がらず、また時折小雨、霙?も混じり大変寒く感じました。
これも三寒四温の一過程であるとは思いますが、そうは思っても、やはり寒い日は今一つ活性が上がりません・・(苦笑)。
本日に関しても、こうした状況のため、ブログ記事作成を断念しようと考えましたが、直近の投稿記事に関連すると思われる既投稿記事の大変興味深い指摘が見受けられたため、記事作成へ方向転換し、現在このように書いている次第です・・(苦笑)。
ともあれ、記事を書いている自身よりも(少なくとも場合によっては)記事を深く読んで頂けていることは、やはり嬉しいことではありますが・・(笑)。
しかし一方、昨日投稿の記事および指摘された既投稿記事を読んだ後考えたことは、とりあえず600記事までは継続的に記事を作成するものの、その後は現在のようなブログというカタチを採らず、何かしら書いていく方が良いのかもしれないということです。
このことは今後さらに考え、その答えを見出していこうと思いますが、ブログというカタチを採ることを疑問に思った要因とは、このような弱小ブログではあるものの、その直接、間接から生じる影響を多少真剣に考えてみますと『それは必ずしも良いものとは云えない・・』と考えたことに因ります。
しかし、こうした考え、および、そこに至る視点とは、畢竟、自意識過剰の所産であり、実のところ、そこまで考える必要性がないことであるのかもしれません・・(苦笑)。
一方、これまで記事を作成し、こうしたカタチでの『自身のブログに対する考え』の分水嶺らしきものを感じたことはありませんでしたので、そこには何かしら意味があるとも考えられます・・。
何れにせよ、今後600記事に到達するまでは記事作成を継続するつもりですので、このことはしばらく棚上げ、保留することにしますが・・(笑)。
ともあれ、さきに書いた通り、自身のブログより生じる影響がごくわずかであることはさて置いても、我々の互いに対する『気くばり』あるいは異言すると『相互監視』により生じる皮相、表層的な真似の応酬とは、自身も全く身に覚えがないわけではありませんが、もう少しその『意味』『深層』といったものを意識し考えた上で為される方が良いのではないかと思うことがしばしばあります・・。
また、そうしたことは国内に限らず、昨今のインターネットによるさまざまな情報の共有化を通じ、世界的に知れ渡っているということ、それに加え『我々が近隣の幾つかの国々の特性を批判めいて指摘する際、実はそうした特性の多くが実は我々においても強く認められるのではないか?』と考えてみることは、まんざら無益ではないものと考えますが如何でしょうか?
そして上記のことは、さきの600記事への到達後、ブログ記事作成の継続について考え『それは必ずしも良いものとは云えない・・』へと至った経緯と、その規模は大きく異なるもののモデルとしては類似しているとも云えます・・。
そして『出来る限り正直』に文章を書くということは、時として、こうした考えに至るということでもあり、それは必ずしも良い、健康的、精神衛生上良いものではなく、むしろ出来る限り避けた方が良いのではないかと思われます・・。
それ故、そうした状態に『自らの意志にて』(ここが大事です)どっぷり浸漬する時期とは、たとえそれが『三十路過ぎのいい大人』であったとしても、その精神が一時的にでも荒廃し、疾患気味に陥ることが少なからずあるのではないでしょうか・・?
また、こうしたことは実際に経験してみるのが最も確実な理解への方法であるのではないかと思われます。
そして、それはそれで各自にとって大変意義深いものになると確信します・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において生じた大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
これも三寒四温の一過程であるとは思いますが、そうは思っても、やはり寒い日は今一つ活性が上がりません・・(苦笑)。
本日に関しても、こうした状況のため、ブログ記事作成を断念しようと考えましたが、直近の投稿記事に関連すると思われる既投稿記事の大変興味深い指摘が見受けられたため、記事作成へ方向転換し、現在このように書いている次第です・・(苦笑)。
ともあれ、記事を書いている自身よりも(少なくとも場合によっては)記事を深く読んで頂けていることは、やはり嬉しいことではありますが・・(笑)。
しかし一方、昨日投稿の記事および指摘された既投稿記事を読んだ後考えたことは、とりあえず600記事までは継続的に記事を作成するものの、その後は現在のようなブログというカタチを採らず、何かしら書いていく方が良いのかもしれないということです。
このことは今後さらに考え、その答えを見出していこうと思いますが、ブログというカタチを採ることを疑問に思った要因とは、このような弱小ブログではあるものの、その直接、間接から生じる影響を多少真剣に考えてみますと『それは必ずしも良いものとは云えない・・』と考えたことに因ります。
しかし、こうした考え、および、そこに至る視点とは、畢竟、自意識過剰の所産であり、実のところ、そこまで考える必要性がないことであるのかもしれません・・(苦笑)。
一方、これまで記事を作成し、こうしたカタチでの『自身のブログに対する考え』の分水嶺らしきものを感じたことはありませんでしたので、そこには何かしら意味があるとも考えられます・・。
何れにせよ、今後600記事に到達するまでは記事作成を継続するつもりですので、このことはしばらく棚上げ、保留することにしますが・・(笑)。
ともあれ、さきに書いた通り、自身のブログより生じる影響がごくわずかであることはさて置いても、我々の互いに対する『気くばり』あるいは異言すると『相互監視』により生じる皮相、表層的な真似の応酬とは、自身も全く身に覚えがないわけではありませんが、もう少しその『意味』『深層』といったものを意識し考えた上で為される方が良いのではないかと思うことがしばしばあります・・。
また、そうしたことは国内に限らず、昨今のインターネットによるさまざまな情報の共有化を通じ、世界的に知れ渡っているということ、それに加え『我々が近隣の幾つかの国々の特性を批判めいて指摘する際、実はそうした特性の多くが実は我々においても強く認められるのではないか?』と考えてみることは、まんざら無益ではないものと考えますが如何でしょうか?
そして上記のことは、さきの600記事への到達後、ブログ記事作成の継続について考え『それは必ずしも良いものとは云えない・・』へと至った経緯と、その規模は大きく異なるもののモデルとしては類似しているとも云えます・・。
そして『出来る限り正直』に文章を書くということは、時として、こうした考えに至るということでもあり、それは必ずしも良い、健康的、精神衛生上良いものではなく、むしろ出来る限り避けた方が良いのではないかと思われます・・。
それ故、そうした状態に『自らの意志にて』(ここが大事です)どっぷり浸漬する時期とは、たとえそれが『三十路過ぎのいい大人』であったとしても、その精神が一時的にでも荒廃し、疾患気味に陥ることが少なからずあるのではないでしょうか・・?
また、こうしたことは実際に経験してみるのが最も確実な理解への方法であるのではないかと思われます。
そして、それはそれで各自にとって大変意義深いものになると確信します・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において生じた大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年3月14日火曜日
20170314 再び時間をかけて読んでみたい著作などについて・・
A「今回の記事投稿により総投稿記事数が565となります。
そして600記事まで残り35記事ということになり、この調子にて記事作成を継続すれば来月中に目標とする600記事に到達することが出来るのではないかと思います・・。
しかし600記事に到達した場合『その次はどうしようか・・?』といった先のビジョンは、これまでと同様、特に考えておりません・・(苦笑)。
また、その一方で先日の勉強会への参加から強く思ったことは『何か硬質な書籍』を通読、精読してみたいといったことであり、具体的にはバートランド・ラッセル著『西洋哲学史』全三冊に再チャレンジしてみたいと思います・・。
この著作は修士課程院生時代に知り、院修了に至る時点においても読んでいたのですが、結局読了には至ることが出来ませんでした・・。
とはいえ、この著作とは当時の感覚にて大変面白く、また、そのいささか断定的ともいえる高い見地からの論述には魅了され『このラッセルという人は天才であろう・・』と思い、また現在においても『少なくとも、こうした才能を持った人物は稀であろう・・』といった認識は保持しております・・。
今後、再度この書籍を手にして読んだ場合、一体どのような感慨が湧き、そして読了にまで至ることが出来るのでしょうか・・?
また、自身の感覚として、この著作に類似するものは加藤周一著『日本文学史序説』全二巻であり、これは幾度か集中して読む期間がありましたが、読了に至ったのは2013年冬であり、その後も折を見て読んでおりますが、それは当ブログ記事の特に初期の記事にて、そこからの抜粋引用が多いことからも理解されるのではないでしょうか・・?
この著作もまた、今後随時、再読、更なる精読を試み、また、この著作に関しては、特に英訳本での読了に至りたいといった願望もあります・・。
さらに、硬質な書籍として、小説ではありますが大西巨人著『神聖喜劇』全五巻が挙げられます。
この著作は文系の師匠に勧められたものでしたが、読了後、師匠にそのことを話しますと『君はあれを全部読んだのかね?』と多少驚かれた記憶があります・・(笑)。
この著作はその文体により、大変魅力的ではあるのですが、同時に読み進める速度が遅くなってしまい、読了に至るまで、半年程度の月日を費やしたことが思い起こされます・・。
(ちなみに、もし、この著作が英訳にて刊行されたら、それはそれで問題であるかもしれません・・。)
そして、私見として、この著作から内容的に類似したものを感じさせるのは作家ではありませんが南方熊楠、金関丈夫です・・。
ともあれ、現代の我々日本人の中で、これら方々の著作と比肩する程度の内容の緻密さ、独創性、博識さを示す文章を書くことが出来る人は果たして存在するのでしょうか・・?
しかし一方、かつては時代もまた現代に比べ、多少はのんびりしていてさまざまな著述には良かったのかもしれませんが・・。
また、そこから人間の創造的行為という点に関して考えてみますと、それは多少の負荷があるものの、全体的にはゆったり、のんびりしていた環境の方が長期的視野に立つ良い仕事が出来ることが多いのかもしれません・・。
そして、その意味から『近代以降、東京出身の長編を書ける作家が少ない』という意見の確からしさが再考され得るのかもしれません・・。
さらに、そのように考えてみますと、現在、自身が継続しているブログ記事の作成に対しては果たしてどのような分析が為されるのでしょうか・・(笑)。
また今後、記事を書く環境が変化した場合、書かれるものにどのような変化が生じるのでしょうか?
ともあれ、ただ自身が願うことは、ブログあるいは文章を書く時間を出来るだけ減じることなく、長い著作を精読さらにそれに付随する調べものが出来る環境を手に入れることでしょうか・・(苦笑)。
もちろん、困難であることは承知しておりますが・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
そして600記事まで残り35記事ということになり、この調子にて記事作成を継続すれば来月中に目標とする600記事に到達することが出来るのではないかと思います・・。
しかし600記事に到達した場合『その次はどうしようか・・?』といった先のビジョンは、これまでと同様、特に考えておりません・・(苦笑)。
また、その一方で先日の勉強会への参加から強く思ったことは『何か硬質な書籍』を通読、精読してみたいといったことであり、具体的にはバートランド・ラッセル著『西洋哲学史』全三冊に再チャレンジしてみたいと思います・・。
この著作は修士課程院生時代に知り、院修了に至る時点においても読んでいたのですが、結局読了には至ることが出来ませんでした・・。
とはいえ、この著作とは当時の感覚にて大変面白く、また、そのいささか断定的ともいえる高い見地からの論述には魅了され『このラッセルという人は天才であろう・・』と思い、また現在においても『少なくとも、こうした才能を持った人物は稀であろう・・』といった認識は保持しております・・。
今後、再度この書籍を手にして読んだ場合、一体どのような感慨が湧き、そして読了にまで至ることが出来るのでしょうか・・?
また、自身の感覚として、この著作に類似するものは加藤周一著『日本文学史序説』全二巻であり、これは幾度か集中して読む期間がありましたが、読了に至ったのは2013年冬であり、その後も折を見て読んでおりますが、それは当ブログ記事の特に初期の記事にて、そこからの抜粋引用が多いことからも理解されるのではないでしょうか・・?
この著作もまた、今後随時、再読、更なる精読を試み、また、この著作に関しては、特に英訳本での読了に至りたいといった願望もあります・・。
さらに、硬質な書籍として、小説ではありますが大西巨人著『神聖喜劇』全五巻が挙げられます。
この著作は文系の師匠に勧められたものでしたが、読了後、師匠にそのことを話しますと『君はあれを全部読んだのかね?』と多少驚かれた記憶があります・・(笑)。
この著作はその文体により、大変魅力的ではあるのですが、同時に読み進める速度が遅くなってしまい、読了に至るまで、半年程度の月日を費やしたことが思い起こされます・・。
(ちなみに、もし、この著作が英訳にて刊行されたら、それはそれで問題であるかもしれません・・。)
そして、私見として、この著作から内容的に類似したものを感じさせるのは作家ではありませんが南方熊楠、金関丈夫です・・。
ともあれ、現代の我々日本人の中で、これら方々の著作と比肩する程度の内容の緻密さ、独創性、博識さを示す文章を書くことが出来る人は果たして存在するのでしょうか・・?
しかし一方、かつては時代もまた現代に比べ、多少はのんびりしていてさまざまな著述には良かったのかもしれませんが・・。
また、そこから人間の創造的行為という点に関して考えてみますと、それは多少の負荷があるものの、全体的にはゆったり、のんびりしていた環境の方が長期的視野に立つ良い仕事が出来ることが多いのかもしれません・・。
そして、その意味から『近代以降、東京出身の長編を書ける作家が少ない』という意見の確からしさが再考され得るのかもしれません・・。
さらに、そのように考えてみますと、現在、自身が継続しているブログ記事の作成に対しては果たしてどのような分析が為されるのでしょうか・・(笑)。
また今後、記事を書く環境が変化した場合、書かれるものにどのような変化が生じるのでしょうか?
ともあれ、ただ自身が願うことは、ブログあるいは文章を書く時間を出来るだけ減じることなく、長い著作を精読さらにそれに付随する調べものが出来る環境を手に入れることでしょうか・・(苦笑)。
もちろん、困難であることは承知しておりますが・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年3月13日月曜日
20170313 ある地域に見られる特徴・パターンについて・・
違う地域に久しぶりに訪れますと、その地域の人々の顔、身体的特徴にある種のパターン、傾向があるのではないかと思うことがあります。
また、現代ほど人々の行き来が多くない過去の時代での異邦人とは、より一層そうした地域のパターン、傾向を感じることが多かったのではないかと思われます。
かつての毛人、蝦夷(エミシ)といったコトバも、そうした身体的特徴を古代らしく即物的に表現したものであるとも云われております。
自身の場合、知っている限り主に東海地方の混血であると聞いておりますが、そこには長身、細身といった現代にウケる要素は皆無であると密かにコンプレックスを抱いております・・(苦笑)。
そしてまた、その身体的特徴(鹿児島弁では『横ばいのこじっくい』というらしいです・・)とは、意外と古くからのものではないかと、以前に見たご先祖が写されたいくつかのモノクロ写真から思うこともあります・・(苦笑)。
それ故、こうしたことはコンプレックスに感じても仕方のないことであるのかもしれませんが・・(笑)。
それはともかく、こうしたことは、さまざまな地域においても同様に存在すると思われることから、冒頭に書いた地域における最大公約数的な顔、身体的特徴のパターン、傾向といったものが存在するのではないかといささか短絡的ながら考える次第です(笑)。
そういえば、こうしたことは明治政府のお雇い外国人医師のベルツも何処かで述べていたかもしれません・・。
また、自身としては、それぞれ滞在した地域における在地、土着の人々のそうした特徴は関西、九州共にどちらかというと憧れの対象ではあったものの、在地、土着の所作、コトバ使いをはじめとする文化全般をなかなか真似できないことに対し苛立ち、次第に開き直り、結句、自前の所作、コトバ使い(関東弁)で押し通すようになっていきました・・(苦笑)。
そしてその結果、さらに自身を異邦人であると強く感じ、その地域を殊更に客体化して見てしまうという姿勢が身に着いてしまったのではないかとも考えられます・・(苦笑)。
また、そうしますと、今度は首都圏へ帰郷後、今度は首都圏の文化に対してもまた、そうした姿勢を身に着けてしまったようにも思われるのです・・(苦笑)。
あるいはこれは滞在期間に幾ばくかの書籍を読んできた結果によるものであるのでしょうか・・?
ともあれ、こうした経験の後にはじめて上京を歌ったさまざまな歌など意味あい、感覚がわかるという実感もまた湧いてくるのです。
しかし一方『そうしたことを現在こうして文章にて書き著している自身とは一体何者であるのだろうか?』と考えてしまうのです・・(笑)。
あるいは、こうしたことは明確な結論が出そうにないものであることから『出来れば考えることがない方が幸せ』であるのでしょうか・・?
しかし、そうしますと、そうしたことをマクロの視点で考える『歴史』の意味、価値もまた、よく分からなくなってきます・・。
今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
金関丈夫著『日本民族の起源』
岡正雄著『異人その他ー他十二篇』
また、現代ほど人々の行き来が多くない過去の時代での異邦人とは、より一層そうした地域のパターン、傾向を感じることが多かったのではないかと思われます。
かつての毛人、蝦夷(エミシ)といったコトバも、そうした身体的特徴を古代らしく即物的に表現したものであるとも云われております。
自身の場合、知っている限り主に東海地方の混血であると聞いておりますが、そこには長身、細身といった現代にウケる要素は皆無であると密かにコンプレックスを抱いております・・(苦笑)。
そしてまた、その身体的特徴(鹿児島弁では『横ばいのこじっくい』というらしいです・・)とは、意外と古くからのものではないかと、以前に見たご先祖が写されたいくつかのモノクロ写真から思うこともあります・・(苦笑)。
それ故、こうしたことはコンプレックスに感じても仕方のないことであるのかもしれませんが・・(笑)。
それはともかく、こうしたことは、さまざまな地域においても同様に存在すると思われることから、冒頭に書いた地域における最大公約数的な顔、身体的特徴のパターン、傾向といったものが存在するのではないかといささか短絡的ながら考える次第です(笑)。
そういえば、こうしたことは明治政府のお雇い外国人医師のベルツも何処かで述べていたかもしれません・・。
また、自身としては、それぞれ滞在した地域における在地、土着の人々のそうした特徴は関西、九州共にどちらかというと憧れの対象ではあったものの、在地、土着の所作、コトバ使いをはじめとする文化全般をなかなか真似できないことに対し苛立ち、次第に開き直り、結句、自前の所作、コトバ使い(関東弁)で押し通すようになっていきました・・(苦笑)。
そしてその結果、さらに自身を異邦人であると強く感じ、その地域を殊更に客体化して見てしまうという姿勢が身に着いてしまったのではないかとも考えられます・・(苦笑)。
また、そうしますと、今度は首都圏へ帰郷後、今度は首都圏の文化に対してもまた、そうした姿勢を身に着けてしまったようにも思われるのです・・(苦笑)。
あるいはこれは滞在期間に幾ばくかの書籍を読んできた結果によるものであるのでしょうか・・?
ともあれ、こうした経験の後にはじめて上京を歌ったさまざまな歌など意味あい、感覚がわかるという実感もまた湧いてくるのです。
しかし一方『そうしたことを現在こうして文章にて書き著している自身とは一体何者であるのだろうか?』と考えてしまうのです・・(笑)。
あるいは、こうしたことは明確な結論が出そうにないものであることから『出来れば考えることがない方が幸せ』であるのでしょうか・・?
しかし、そうしますと、そうしたことをマクロの視点で考える『歴史』の意味、価値もまた、よく分からなくなってきます・・。
今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
金関丈夫著『日本民族の起源』
岡正雄著『異人その他ー他十二篇』
2017年3月12日日曜日
20170312 学問分野の違いから思うこと、今後の社会について・・
一連のブログ記事を読んで頂いている方々に『どのような記事を面白いと感じるのですか?』と尋ねてみますと
『院生時代の出来事を扱った記事に比較的面白いものが多い。』とのことであり、その理由とは『知らない分野での院生の様子が垣間見られるから。』とのことでした・・。
たしかに分野が異なりますと、院生達がめいめいの所属する分野にて、どのように研究が為され、また、どのように毎日を過ごしているのかといったことはなかなか分からないようです・・。
私も人文社会科学系の博士課程院生がどのような生活を送っているのかとは、知人等からのさまざまなハナシを聞くまでは見当も付きませんでした。
しかし、実際にハナシをしておりますと、やはり各々専門分野での知識がより深化、洗練されていることが感じられ、それは以前の修士課程在籍時での議論と比べますと、より本質的、突っ込んだ議論になっていることが実感されます。
その点、自身は修士、博士課程間で専攻が大きく変わり、それに伴い研究進行の仕方も人文社会科学系のそれとは大きく変化したため、しばしば、そこからの質問を受けることがあります・・。
自身の場合、そうした質問に対し、精確ではないにしても、大きな分野間の背景文化の相違に関しては、概ね的外れとは云えない返答をしているのではないかと考えます・・(笑)。
そうした中でもっとも疑問に思われることは『研究が行われる過程』についてです。
多くの理系学問分野の場合、研究の進行に際し、さまざまな実験、分析機器を扱う必要性が生じます。
また、そうした機器は必ずしも所属する講座に全て設置されているものではないことから、何処か他の講座、研究室、大学等で機器を使用させて頂いたり、あるいは試料の機器分析を依頼することになります。
そうしますと、その一連の実験とは、主体一人で為されるものではないことから、その発表に際し、協力頂いた方々の名前を連名することになります。
そして、それらを監督、統括するのが指導教員であることから、その顔の広さ、人脈とは、講座所属の院生達の研究進行に対し、少なからぬ影響を及ぼす要素であると云えます。
さらに講座所属の院生達は各々研究テーマがあるのですが、それらも部分的に重複していたり、あるいは機器分析の手法が類似していたり、または先行研究論文の抄読会、発表用のポスター、スライド作成、予演会に同席することから、概ね必然的に同じ時期に講座に在籍していた院生の研究テーマの内容に関しては理解を得ることが多いと云えます。
そして、そうした環境、背景文化とは、やはり同じ『院生』とは云っても、分野毎に大きく異なり、また文系、理系の間では、そう簡単に相互理解をはかることが出来る性質のものではないのかもしれません・・。
また、その意味から自身は『大変面白い経験をさせて頂いた』と云うことが出来るのかもしれません・・(笑)。
しかし同時に、そこで強く思うことは、院生時に自身の所属する分野とは異なる『興味を持てる』分野にて、ある一定期間研究に従事するというのは、研究に不可欠な創造性を養う上でかなり効果的ではないかということであり、さらには、出産休暇、育児休暇のように、企業等に在籍している状態を保持し、企業から一時的に離れ、大学にて研究に従事することが出来れば、大学、企業双方に加え、社会全体にとっても(中・長期的に見れば)有益ではないかと思われるのですが、如何でしょうか?
こうしたことは医歯薬看護分野においては、比較的それに近い状況にあると云えるのかもしれませんが、文系分野については、あまり(短期的に見て)実質的な効果が望めないことから、ほぼ為されていないように思われます・・。
『専門職大学院は?』と考えられる方々がいらっしゃるかもしれませんが、そうではなく、より『古来よりの文系』つまり思想、哲学、歴史学分野といった(到底)実利的とはいえない分野にて、それを学び、研究することを自ら(内発的に)望む方々が増えることが、社会に対し何かしらの良い変化、影響をもたらすのではないでしょうか?
あるいは医療系専門職にして、上記の文系分野にて本気で知見を深めたいというのは、大変意義のあることではないでしょうか・・?
また一方において、昨今さまざななハナシを聞いておりますと、今後は医師、歯科医師免許を持ったミュージシャン、学位を持った芸術家といったものが以前に比べ多く出てくると思われますので、それは多少期待が持てるように思います・・(笑)。
その意味でも森鴎外、夏目漱石、斎藤茂吉、金関丈夫、安部公房、山田風太郎、横溝正史、北杜夫、加賀乙彦、辻邦夫、手塚治虫、加藤周一、なだいなだなどは先駆者であったと云えるのではないでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年熊本、山陰東部そして福島県周辺において生じた大地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
『院生時代の出来事を扱った記事に比較的面白いものが多い。』とのことであり、その理由とは『知らない分野での院生の様子が垣間見られるから。』とのことでした・・。
たしかに分野が異なりますと、院生達がめいめいの所属する分野にて、どのように研究が為され、また、どのように毎日を過ごしているのかといったことはなかなか分からないようです・・。
私も人文社会科学系の博士課程院生がどのような生活を送っているのかとは、知人等からのさまざまなハナシを聞くまでは見当も付きませんでした。
しかし、実際にハナシをしておりますと、やはり各々専門分野での知識がより深化、洗練されていることが感じられ、それは以前の修士課程在籍時での議論と比べますと、より本質的、突っ込んだ議論になっていることが実感されます。
その点、自身は修士、博士課程間で専攻が大きく変わり、それに伴い研究進行の仕方も人文社会科学系のそれとは大きく変化したため、しばしば、そこからの質問を受けることがあります・・。
自身の場合、そうした質問に対し、精確ではないにしても、大きな分野間の背景文化の相違に関しては、概ね的外れとは云えない返答をしているのではないかと考えます・・(笑)。
そうした中でもっとも疑問に思われることは『研究が行われる過程』についてです。
多くの理系学問分野の場合、研究の進行に際し、さまざまな実験、分析機器を扱う必要性が生じます。
また、そうした機器は必ずしも所属する講座に全て設置されているものではないことから、何処か他の講座、研究室、大学等で機器を使用させて頂いたり、あるいは試料の機器分析を依頼することになります。
そうしますと、その一連の実験とは、主体一人で為されるものではないことから、その発表に際し、協力頂いた方々の名前を連名することになります。
そして、それらを監督、統括するのが指導教員であることから、その顔の広さ、人脈とは、講座所属の院生達の研究進行に対し、少なからぬ影響を及ぼす要素であると云えます。
さらに講座所属の院生達は各々研究テーマがあるのですが、それらも部分的に重複していたり、あるいは機器分析の手法が類似していたり、または先行研究論文の抄読会、発表用のポスター、スライド作成、予演会に同席することから、概ね必然的に同じ時期に講座に在籍していた院生の研究テーマの内容に関しては理解を得ることが多いと云えます。
そして、そうした環境、背景文化とは、やはり同じ『院生』とは云っても、分野毎に大きく異なり、また文系、理系の間では、そう簡単に相互理解をはかることが出来る性質のものではないのかもしれません・・。
また、その意味から自身は『大変面白い経験をさせて頂いた』と云うことが出来るのかもしれません・・(笑)。
しかし同時に、そこで強く思うことは、院生時に自身の所属する分野とは異なる『興味を持てる』分野にて、ある一定期間研究に従事するというのは、研究に不可欠な創造性を養う上でかなり効果的ではないかということであり、さらには、出産休暇、育児休暇のように、企業等に在籍している状態を保持し、企業から一時的に離れ、大学にて研究に従事することが出来れば、大学、企業双方に加え、社会全体にとっても(中・長期的に見れば)有益ではないかと思われるのですが、如何でしょうか?
こうしたことは医歯薬看護分野においては、比較的それに近い状況にあると云えるのかもしれませんが、文系分野については、あまり(短期的に見て)実質的な効果が望めないことから、ほぼ為されていないように思われます・・。
『専門職大学院は?』と考えられる方々がいらっしゃるかもしれませんが、そうではなく、より『古来よりの文系』つまり思想、哲学、歴史学分野といった(到底)実利的とはいえない分野にて、それを学び、研究することを自ら(内発的に)望む方々が増えることが、社会に対し何かしらの良い変化、影響をもたらすのではないでしょうか?
あるいは医療系専門職にして、上記の文系分野にて本気で知見を深めたいというのは、大変意義のあることではないでしょうか・・?
また一方において、昨今さまざななハナシを聞いておりますと、今後は医師、歯科医師免許を持ったミュージシャン、学位を持った芸術家といったものが以前に比べ多く出てくると思われますので、それは多少期待が持てるように思います・・(笑)。
その意味でも森鴎外、夏目漱石、斎藤茂吉、金関丈夫、安部公房、山田風太郎、横溝正史、北杜夫、加賀乙彦、辻邦夫、手塚治虫、加藤周一、なだいなだなどは先駆者であったと云えるのではないでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年熊本、山陰東部そして福島県周辺において生じた大地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
20170311 先日出席した勉強会から思ったこと・・議論、正反合、創造
A「先日久しぶりに関西に赴き、勉強会に参加させて頂きました。
そこで行われる議論とは、かつては日常的に行われていたものでしたが、現在になりあらためて思うことは『そうした場での経験を通して創造とは為されるのではないだろうか・・。』ということです。
そこで参加者各々が真摯に自分のコトバで意見を語り合い、議論の紆余曲折を経て、正反合として『新しい考え』に至るのではないでしょうか・・?
またそこから弁証法(Dialectic)と対話(Dialogue)の語源が同一ではないかと思い至るのですが、少なくとも双方に相通じる要素はあるのではないかと考えます。
一方、かつてのブログ記事に書いた通り、我が国には伝統的に『議論』という文化が乏しく、何かしらそれを乱暴な口論と見做すようなところが多分にあるのではないかと思います・・。
(我が国の場合、女性が参加することが困難、躊躇する文化、遊戯等は、それを軟化させるか排除するかの二択であると云える。)
『議論では何も変わらない』というのは、よく聞くコトバですが、それは少なくとも、自国を(文化的な意味でも)先進国と見做している国においては『如何なモノか・・?』と思われます・・。
(実は議論によって何か変えられることが怖くて仕方がないのかもしれない・・誰が・・?。)
とはいえ、たしかに我が国における議論では抽象的、観念的である場合が多い議題、論点に対する各々の考えを述べることよりも、直接的な議論参加者そのものをイジル能力が長けた人間が注目され、それが『優れた人物』と見做されるといった悲しい風土があるように思われます・・。
(それは昨今のテレビ番組をいくつか観てみればわかることではないでしょうか?
また、希望的観測によると昨今テレビがネットに押されつつある現状とは、こうした風土が見透かされてきたということかもしれません・・。)
いや、もとい、こうした風土とは、昨今の世界でのさまざま出来事を見た場合、ある程度世界共通のものとなってきているのではないかとも思われます・・。
そうしますと、現代社会とは、全般的に以前に比べ、議論そのもの自体に変化が生じているのではないかとも考えされられます。
また、それは現在では概ね古本となっている時代(1960~1990年代周辺)に刊行された対談集を数冊読んで頂きますと、その意味が分かって頂けるのではないかと思います・・。
そしてそこには、昨今よく聞く『活字文化の衰頽』といった現象がある程度関与しているのではないかと思われるのです・・。
また、そうした一連の同時代の現象をより大きな視点にて捉えてみますと、時代精神といったものが透けて見えてくるのではないでしょうか?
さらにここまで書いており不図想起されたことは、かつてどこかの喫茶店で話していた折に聞いた『しばらくその人とハナシをしていると、その人が普段から本を読む人か、どういった本を読む人か、あるいはカッコつけてわざとそうしたコトバを使っているだけかが大体分かってしまうのです・・。』といったことで、これには少し考えさせられました・・。
とはいえ、いや、それだからこそ、こうしたことを書き、あるいは読んでみたとしても、実際にそうした対話の経験がなければ、それはあくまでも事実を基点、核とした創造ではないことから結果としてその創造された文章とは内容のないものとなってしまうのではないかと思われるのです・・。
(であるからといって経験さえあれば内容のある文章が書けるわけでもないようですが・・(苦笑)。)
そして、それ故に苦しみ且つ楽しんで真摯に対話をすることが出来る環境をどこかである程度以上の期間持つことが大事なのではないかと思われるのです・・。
また、こうしたことはトーマス・マン著「魔の山」の一つの大きな主題ではないかと思われます。
そしてまた、社会における大学が存在する根源的な意味とは、一つにこういったところにあるのではないでしょうか?
今回もここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
2011年の東日本大震災から6年が経過しました。この大地震および、去る2016年の熊本、山陰東部にて発生した地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
そこで行われる議論とは、かつては日常的に行われていたものでしたが、現在になりあらためて思うことは『そうした場での経験を通して創造とは為されるのではないだろうか・・。』ということです。
そこで参加者各々が真摯に自分のコトバで意見を語り合い、議論の紆余曲折を経て、正反合として『新しい考え』に至るのではないでしょうか・・?
またそこから弁証法(Dialectic)と対話(Dialogue)の語源が同一ではないかと思い至るのですが、少なくとも双方に相通じる要素はあるのではないかと考えます。
一方、かつてのブログ記事に書いた通り、我が国には伝統的に『議論』という文化が乏しく、何かしらそれを乱暴な口論と見做すようなところが多分にあるのではないかと思います・・。
(我が国の場合、女性が参加することが困難、躊躇する文化、遊戯等は、それを軟化させるか排除するかの二択であると云える。)
『議論では何も変わらない』というのは、よく聞くコトバですが、それは少なくとも、自国を(文化的な意味でも)先進国と見做している国においては『如何なモノか・・?』と思われます・・。
(実は議論によって何か変えられることが怖くて仕方がないのかもしれない・・誰が・・?。)
とはいえ、たしかに我が国における議論では抽象的、観念的である場合が多い議題、論点に対する各々の考えを述べることよりも、直接的な議論参加者そのものをイジル能力が長けた人間が注目され、それが『優れた人物』と見做されるといった悲しい風土があるように思われます・・。
(それは昨今のテレビ番組をいくつか観てみればわかることではないでしょうか?
また、希望的観測によると昨今テレビがネットに押されつつある現状とは、こうした風土が見透かされてきたということかもしれません・・。)
いや、もとい、こうした風土とは、昨今の世界でのさまざま出来事を見た場合、ある程度世界共通のものとなってきているのではないかとも思われます・・。
そうしますと、現代社会とは、全般的に以前に比べ、議論そのもの自体に変化が生じているのではないかとも考えされられます。
また、それは現在では概ね古本となっている時代(1960~1990年代周辺)に刊行された対談集を数冊読んで頂きますと、その意味が分かって頂けるのではないかと思います・・。
そしてそこには、昨今よく聞く『活字文化の衰頽』といった現象がある程度関与しているのではないかと思われるのです・・。
また、そうした一連の同時代の現象をより大きな視点にて捉えてみますと、時代精神といったものが透けて見えてくるのではないでしょうか?
さらにここまで書いており不図想起されたことは、かつてどこかの喫茶店で話していた折に聞いた『しばらくその人とハナシをしていると、その人が普段から本を読む人か、どういった本を読む人か、あるいはカッコつけてわざとそうしたコトバを使っているだけかが大体分かってしまうのです・・。』といったことで、これには少し考えさせられました・・。
とはいえ、いや、それだからこそ、こうしたことを書き、あるいは読んでみたとしても、実際にそうした対話の経験がなければ、それはあくまでも事実を基点、核とした創造ではないことから結果としてその創造された文章とは内容のないものとなってしまうのではないかと思われるのです・・。
(であるからといって経験さえあれば内容のある文章が書けるわけでもないようですが・・(苦笑)。)
そして、それ故に苦しみ且つ楽しんで真摯に対話をすることが出来る環境をどこかである程度以上の期間持つことが大事なのではないかと思われるのです・・。
また、こうしたことはトーマス・マン著「魔の山」の一つの大きな主題ではないかと思われます。
そしてまた、社会における大学が存在する根源的な意味とは、一つにこういったところにあるのではないでしょうか?
今回もここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
2011年の東日本大震災から6年が経過しました。この大地震および、去る2016年の熊本、山陰東部にて発生した地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
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