2017年2月13日月曜日

20170213 総閲覧者数20万到達・・【歯科理工学・文系それぞれの師匠について】

本首都圏は日中は気温がそこそこ上昇しましたが、陽がかげるにつれ、また寒くなってきました・・。

そして、そのような中、週初めの月曜日から多少飛ばし過ぎの感がありますが地下鉄四駅程度分は徒歩にて移動しました・・(苦笑)。

首都圏、特に都心部にて複数の目的地に出向く際、地下鉄を用いると逆に遠回りになることも往々にしてあるため、これは妥当な選択であったのではないかと考えます・・。

とはいえ、やはり一方において飛ばし過ぎの感もまたありますが・・(苦笑)。

さて、投稿記事数ですが、今回の投稿を以て一区切りともいえる540記事に到達します。

そして今現在、特に大きな変化といったものはありませんが閲覧して頂いている方々の数は、以前記事に書いたとおり、ここ最近上昇しており、おそらく本日の記事投稿により200000人に到達するのではないかと思われます・・。

他の人気があるブログに比べた場合、その数とは大したものではないのかもしれませんが、ともかくブログ開設後1年8ヶ月程度にて、ようやくここまで到達しました(笑)。

これもひとえに読んで頂んでくださっている方々皆様のお蔭です。
どうもありがとうございます。

さて、以前投稿した歯科理工学のテキスト冒頭の文章を題材として記事を作成しましたが、これまで師事した師匠とは、そうした一見関連のなさそうな事物間の関連性を場面に応じ述べられる傾向がありました・・。

また、それは日常的な会話においても然りであり、歯科理工学の師匠とは、登山の最中、さまざまな植物を見て「これは食べることが出来る、これは出来ない」さらにはその調理法についても解説をされることもありました・・。

後になり北杜夫著「どくとるマンボウ医局記」内にてこれと類似した描写を見つけた時は、いささか驚きました・・(笑)。

また、それまで都会を離れ暮らした経験はありましたが、こうした植物の知識を得ることはなかったため、それを熱心に聞き、丁度この時期(2月半ば)の登山の折であったと記憶しておりますが、多くの「ふきのとう」を見つけ、帰宅後それで佃煮を作ったことが思い出されました・・(笑)。

この時作った佃煮とは、それまで自作した料理の中で、最も野趣に富み、且つ美味であったものと記憶しております・・。

「ふきのとう」には植物の「芽吹きの力」のようなものが詰まっているのかもしれません・・。

そして、そうした経験を通じ野菜類を好きになったのではないかとも思えます・・(笑)。

また別の文系学問分野での師匠は、さきの師匠とはまた異なり、主として都会的な文化全般について独特の(良い)センスを持たれており、記憶にあり現在即座に思い起こすことは高田馬場界隈の昔ながらの映画館にて日活の超大河映画のリバイバル連続上映を観た後、これまた古めかしい近隣の喫茶店にて観た映画についてのさまざまな視点から説明を試みられていたことです・・。

この時は丁度今しがた観てきた映画の時代背景の中に我々がいるのではないかと錯覚を生じさせるといった、よく分からない感覚がありました・・(笑)。

とはいえ、そうした記憶、感覚があったことから後になり大西巨人著「神聖喜劇」、野上彌生子著「迷路」といった長編および同時代について扱った数々の著作を楽しみながら読むことが出来たのではないかとも思えます・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺において生じた大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。



















20170212 今後の希望について・・

本日は休日ということもあり、ブログ記事の更新は止めておこう・・と考えておりましたが、閲覧者数が思いのほか増加していたことから、記事作成をはじめた次第です・・(苦笑)。

また、その原因、理由は分かりませんが記事閲覧者数が顕著に増加しております。

興味を持って読んで頂いている皆様、それらの中に一つでも「面白い!」「有益であった!」「考えさせられた!」という記事があれば、それは作成者にとって『幸い』です。

今後も少なくとも600記事程度までは更新する予定ですので、どうぞよろしくお願いします(笑)。

さて、昨年秋より現在に至るまで大学職種求人への応募は行っておらず、また公募サイトも閲覧しておりません・・。

これには幾つか理由がありますが、その主たるものとは「とりあえず1年以上は現在就いている職にてある程度は頑張らなければ・・」と考えるからです・・。

たとえ胃粘膜の炎症程度が生じたとしても・・(苦笑)。

また、現在の職には不満もありますが、同時にそれなりにやりがい、意義もあり、そして今後大学職種に就いた場合において何かしら役に立つ部分も少なからずあると思われるのです・・。

時折、周囲の方々から「今から大学の教授になることはまずあり得ないから、現在の仕事を継続した方が良いのでは・・?」といった助言を頂くことがありますが、たしかに私は今後大学の教授になることはもとより望んでおらず、また、それに向いているとも考えておりません・・(笑)。

私もさまざまな学問分野での本当に優秀、スゴイ人々を見てきたという実感はありますので・・(苦笑)。

しかし一方、さまざまな学問の面白さを関連させながら伝える導入部での教養系学問あるいは研究支援専門職については、職務に就いた後、更なる努力が必要ではありましょうが、どうにか務めることができるのではないかと考えます・・。

また、それが幾つかの学問分野を横断してきた私の「強み」ではないかとも思われるのです・・。

そして、それに加え、先程述べたとおり、現在の職務での経験もまた何かしら補強・強化する要素となるのではないかと考えるのです・・。

当然といえば当然ですが、私は優秀、頭脳明晰でもなく、時には改良・改変を試みながらも基本的には愚直に何かを継続することにより、いくつかの分野において幾ばくかの知識を積重ねてきたと自覚しております。

また、その際において、さまざまな種類の読書の習慣を持っていたことは、かなり大きな意味を持っていたと考えます。

とはいえ、これはどちらかというと本能に近い習性といったものであり、またこの習性のため、何か他の大事なものを犠牲にしてきたのかもしれません・・(苦笑)。

いずれにせよ、今しばらく現在の職務を継続し、その後になり機を見て大学職種の公募サイトの閲覧そして応募を再度開始しようと考えております・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございました。

昨2016年に熊本、山陰東部、福島周辺において発生した大地震によって被災された地域のできるだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。





2017年2月12日日曜日

20170211 昨日投稿の記事からの試み・・対話形式

A「どうしたわけか昨日の閲覧者数はこれまでになく増加しました・・。

読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

それらの中で一つでも「面白い!」と感じられる記事があれば幸いです(笑)。

さて、昨日投稿記事もまた思いのほか、多くの閲覧者を得ることが出来ました。
それ故、後になり関連する動画を急きょ探し共有した次第です・・(笑)。

しかし一方、本日作成分の記事に関しては、今現在その主題が定まっておりません・・(苦笑)。

毎回とはいえませんが、多くの場合、こうした状況から書き出し、そしてある程度の文量をスジを持って書くという作業とは、これまでのブログ記事作成経験により、多少向上したのではないかとも思われます・・(笑)。

また、不思議なもので当初記事作成において多く用いてきた対話形式とは、現在となっては、どうもその様式を以て書くことが難しいのではないかと思われるのです・・。

しかし、これはおそらく単なる『思い込み』ではないかと思われますので、以下にその挑戦として対話形式にて書くことを試みます・・(笑)。

A「昨日の記事はなかなか面白く読ませてもらいましたよ
特にヴェルヌの「海底二万里」が我が国における幕末期を舞台にしているという指摘は当たり前かもしれないけれども、文章にて指摘されるとまた面白い視点が浮かび上がってきますね・・。」

B「はあ、それはどうも恐縮です・・
世界史的な通説では潜水艦を含む現代の戦争に用いられる多くの兵器が広く用いられるようになったのは20世紀初頭の第一次世界大戦であると云われていますけれども、さらにそれらの元祖といえるものは、実は1860年代のアメリカ合衆国南北戦争に多く登場していたと云われていますので、その時代、つまり幕末期でもある1860年代あたりを舞台として潜水艦の活躍?威力が示される物語が書かれたことには、それなりに歴史的な意味合いがあるのかもしれない・・と考えた次第です(笑)。」

A「なるほどねえ・・。
そのように考えてみると幕末維新の多くの戦闘に用いられた兵器の多くが南北戦争の後、処分に困った兵器であったことにも何かしら歴史的な意味合いがあるのかもしれませんね・・(笑)。
つまり当時、南北戦争の終結によって大量の余剰兵器を売りさばくための市場を欲していなければ、幕末期の幾多の戦闘も、その勝敗がどちらのものになっていたか分からないということになるのですが、しかし一方、それら兵器を用いた近代戦の戦場を若年において経験した薩長土肥あるいは幕府側将兵の多くが後年日清・日露両戦役において戦場での指揮を執ったということもまた、同時に一つの歴史的な意味があるのかもしれません・・。」

B「ええ、そうですね・・。
その意味において我が国は運が良かったのか、近代戦の初期の段階に滑り込み、それをどうにか自身のモノとすることには成功したのではないかと思います。
また、日露戦争(1904~1905)においては、そうした1860年代の諸戦争に示された近代戦の特徴、傾向といったものが、より一層明瞭化、洗練され、その様相とは欧米各国の観戦武官、記者等により国元に報告され、約10年先の第一次世界大戦(1914~1918)にて応用されることになるのです・・。
しかし司馬遼太郎曰く「日露戦争の当事者であった我が国とは、その後から、どうもおかしな方向に行き始めた。」とのことなのです・・。
さらに、その後に勃発する第一次世界大戦の戦禍を我が国は殆ど全く被らなかったことから、それらを経験した国々との間に戦争、戦闘に対する観念、思想にズレが生じ、それが紆余曲折を経て太平洋戦争(1941~1945)の開戦、そしてそこで経験するさまざまな戦禍の遠因になったとも考えることが出来るのです・・。」

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の復旧およびその後の復興を祈念しています。」









2017年2月11日土曜日

20170210 『ゴジラ』と『海底二万里』導入部が・・

A「本日も首都圏は時折雪が舞う大変寒い一日でした・・。

こうした寒い日はあまり外出はしたくありませんが仕方がありません・・(笑)。

さて、さきほど偶然見たインターネットでの広告によると昨年公開された映画「シン・ゴジラ」が来月後半にはDVD化されるようです。

この作品は以前ブログ記事にて触れ、そして観てみたいと思っておりましたので、この案外早いDVD化とは私にとっては少し嬉しいです・・(笑)。

また元祖モノクロ版は既に何度か観ておりますので、そのストーリーがどの様にアレンジされているかもまた楽しみです。

そしてここまで書いており不図思いついたことは元祖モノクロ版「ゴジラ」とは、その出現に至るまでの経緯がジュール・ヴェルヌ著「海底二万里」冒頭における描写をモデルとしたのではないかということです・・。

それは頻発する未知の巨大生物らしきものによる船舶の事故、調査団の派遣・・といったところですが、さて如何でしょうか?

また後者「海底二万里」は現在読んでも大変面白いのですが、この著作とは発行されたのが1870年であり、また、その作中年代とは1866年からはじまりますので、我が国でいえば丁度、維新回天の幕末期を舞台としていることになります・・。

さらに作中には「日本近海」といったコトバも何度か出てきておりますので、これら状況を関連させ新たな幕末を舞台とした物語もまた創作できるのではないでしょうか・・(笑)。

たとえば「いろは丸の衝突沈没事件とは実はノーチラス号によるものであった・・」などはどうでしょうか・・(笑)?

また、何故だかよく分かりませんがビーチ・ボーイズのある曲が思い出されます・・(笑)。

とはいえ、ハナシを戻し、丁度その当時(19世紀半ば)とは、現代の船舶、潜水艦においても通じる全体を金属で覆われた船舶が登場し、また南北戦争(1861ー1865)において、そうした構造を持つ潜水艦(艇)が実戦にはじめて使用された史実としての背景があります。

それ故、この「海底二万里」もまたそうしたことを踏まえて創作されたのではないかと思われます。

また、そのように考えてみますと元祖「ゴジラ」とは太平洋戦争での英霊の象徴あるいは原爆による破壊の象徴であると一般的に説明されることが多いですが、このたびの「シン・ゴジラ」とは一体何の象徴あるいは如何なる時代精神の要請によるものであったのでしょうか・・?

いや、あるいはそのような観念的な要請などといったものではなく、単に昨今流行しているかつての名作映画の焼き直しの一つであったのでしょうか・・?

それは来月DVD化されて観てからもう少し考えてみます・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震によって被災された地域の早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」



2017年2月9日木曜日

20170209 真似の『型』から脱する、破るについて・・

本日も首都圏は降雪もあり大変肌寒い一日でしたが天気報道によりますと西日本の方が全体的に降雪が多かったとのことです。

さらにこうした西日本の状況は今後数日続くとのことから、日本列島全土の春の訪れとは、まだ先のようです・・(嘆)。

さて、昨日投稿の記事とは投稿翌日にしては、これまた比較的多くの閲覧者を得ることができました。そして同時に昨日ブログ開設以来の総閲覧者数が199000人に到達しました。

今後おそらく550記事に到達するのとほぼ同時期に総閲覧者数が200000人に到達するのではないかと思われます・・。

しかし、こうした皮算用はあまりせずに、ただ記事作成を継続しようと思います・・(笑)。

そういえば、昨日投稿記事に記した事柄とは、また面白い偶然であるのか、ほぼ全員の師匠がこうしたことを好んでおられました・・。

そして、そうした効果により自身も更にその傾向を強めたのではないかともいえます・・(笑)。

とはいえ、こうした博識ぶりについては各々師匠に傾向といったものが認められ、さらに面白いことに独特の語り口、話し方もまた認められるのです・・(笑)。

そして、以前はそうしたことを積極的に真似しようとしておりましたが、何時の頃か「自身は自身の語り口、文体などのスタイルを持たなければ・・」と考えるようになりました。
また、そうした以前に受けた師匠からの影響とは、未だどこかに残存しているものとも思われます・・。

さらに、こうしたことは一般化され得る性質でもあると云え、時代をさかのぼると「金枝篇」内にて述べられている類感呪術のように、はるか太古より我々が保持していた(原始的な)性質ではないかとも思われるのです。

小林秀雄は、こうした古来よりの感覚に依って『教育』とは成り立っていると、どこかで述べていましたが、これは自身の経験からもその通りであると考えます。

その一方で、概して我々は徹頭徹尾他者から真似される、真似することを好まないことから、皆どこかで、その真似の『型』を脱する、破らなければならないのでしょう。
それこそが個々人の成長にとって重要な要素ではないかと思われるのです。

そして、これを自身に適用して考えてみますと、この一連のブログが自身の場合『型』を脱した、破った形態の一段階ではないかと評することが出来るのではないかと思われるのです・・。

無論それは決して真似した対象と比べ上等な内容を持つとはいえませんが、それでも自身が選らんだ手法を採り、その述べたいところを述べてきたものであることから、これは自身による一つの『型』であるとはいえるものと考えます・・。

そして願わくは、今後更なる発展、展開を期待したいところではありますが、こうしたことはあまり急ぐことなく、その経過を辿るのが良いのではないかと思われます・・。

その先に、おそらく自身の文体の獲得といったものがあるのではないかとも思われます。

さて、そうした経験、感覚とは、一体どのようなものなのでしょうか・・?

ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震によって被災された地域の早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。








2017年2月8日水曜日

20170208 頭の中の歯牙、あるいは頭部(口腔を含む)内の歯牙・・(笑)?

本日もまた一日を通して肌寒く、そして風の強い一日でした・・。さらに明日は主に西日本、東海にて降雪が予想されるとのことです。

立春も過ぎましたが、まだまだ春らしい日々は先のようです・・。さて、昨日投稿した記事は投稿翌日にしては多くの閲覧者数を得ることが出来ました。

読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
そしてまた、本日の記事投稿により総投稿記事数が535に到達します。

これはあまり区切りの良い数ではありませんが、あと15記事の投稿によって投稿記事数が550に到達するという実感を得ることは出来ます・・(笑)。

また、昨年末に500記事から再スタートし、現在この程度というのは妥当であると思われます。

そして、この調子にて記事作成を継続すれば4月内に600記事に到達することも可能であるかもしれません・・。

とはいえ、あまり無理はせずに書いていこうと思います。

そういえば、昨日投稿記事にて「欧米の文学作品あるいは時折論文などにおいても冒頭に聖書の一句、格言などが書かれている」と記しましたが、これで不図思い出したのが米国の学生向け歯科材料テキストブックであり、その冒頭には以下のことが記されておりました・・。

This book is dedicated to Dental Students, for they are the future of dentistry, and to the Faculty Staff of Dental Schools because their expertise, dedication, and hard work make it all possible.

‘‘Every toooth in a man’s head is more valuable than a diamond.’’


Miguel de Cervantes, Don QuiXote (1605)

こうして読んでみますと、なかなかウィット、ユーモアがあると思われるのですが如何でしょうか・・・?

またそれに加え、当テキストブックの主題である歯科材料とはまったく関係のない著作(・・いや作中にて歯科医(当時は床屋も兼ねていた)が移動中は帽子、ヘルメットのように被っていた術中に用いる金属製の皿を、主人公が伝説の兜と思いこみ、これ(歯科医)に決闘を挑み奪い取るといった場面がありましたが・・)から、こうした文句を引用するのは我が国においては下手をすれば『衒学的』と評されるのかもしれませんが、それでもやはり何かしらの文化水準を示すのではないかと思われるのですが、これも如何でしょうか?

また、自身のこれまでの経験によると、欧米人からこうした種類のウィット、ユーモアを示されると、何故かわかりませんが固まってしまうのが我々戦後日本人の多くではないでしょうか・・(苦笑)?

ともあれ、これもまた文化の相違によるものであると思われますので悪しざまに論うつもりはありませんが、果たしてこうした傾向の淵源とは太平洋戦争の敗戦にあったのか、あるいはそれ以前の鎖国期より醸成されていたものなのでしょうか・・?

また現在、特に首都圏では英語熱が盛んなようですが、我々日本人がもっとも狂的であったともいえる昭和の15年戦争期に書かれた文章の多くは、それを読んでみると最も英語のそれに近かったのではないかとも思われるのですが、これは何か関係、意味があることなのでしょうか・・(笑)。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年の熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧およびその後の復興を祈念しています。」





2017年2月7日火曜日

20170207 『物語』として述べることにより・・関連性

本日の首都圏は日中より風が強く、その体感温度は実際の気温よりも低かったのではないかと思います・・。

さて、町中を歩いておりますと、その中で洋服の流行などが大体理解できることがあります。

このことは以前投稿した記事においても書きましたが、果たしてそれら流行とは一体どのようなメカニズムで生じているのでしょうか・・?

さらにまた、人によると、それら流行の具体的な内容にも周期らしきものがあるとのことですが、これについてもそのメカニズムが気になるところです・・(笑)。

そして、こうしたことを書いておりますと、不図、イギリスの経済学者で太陽黒点数の増減と景気循環の関連性を述べた方がいたことを思い起こします・・。

たしかに太陽の黒点数の増減により地球全体の気候に変化が生じ、それにより農作物の収穫高もまた変化し、さらにそれが景気循環に影響をもたらす大きな要因にはなるとは考えられます・・。

とはいえ、それは各々の『現象だけ』を時系列的に並べ観察してみても各々を結び付ける関係性を認識することは難しいものと考えます・・。

その意味では我々の日常において認識出来る現象とは雑多すぎるのかもしれません・・(笑)。

そうしたことから一つの説とは『物語として述べられる』ことにより、はじめて理解、認識することが出来、また、そうして得られた複数の物語(説)の間から、さらに異なった次元の関係性もまた理解、認識することが出来る可能性も生じてくるといえます・・。

それ故、現象の精確な認識と同時に、何かしら関係性があると思われる複数の現象を心に留めておき、それらを機に応じ(つながりのある)物語として形成する作業もまた理系、文系を問わず日常的に行っていた方が良いのかもしれません・・(我田引水)。

また、そう考えてみますと、欧米の文学作品あるいは時折論文などにおいても冒頭に聖書の一句、格言などが書かれていることが思い出されます・・。

またこれは欧州騎士の紋章に記されている文句も同様であるのかもしれません・・。


ともかく、おそらく、これらもまたさきに述べた事柄に関連するのではないかと思われるのです・・。

つまり、こうしたコトバとは著作『内容』全体を極度に集約したものであったり、同様にそれを明確に特徴付けるためのものであったりするのですが、何れにしましても、それは『物語全体を包括し抽出、表出された言語の連なり』という意味において、さきに述べた『何かしら関係性があると思われる複数の現象を心に留めておき、それらを機に応じ物語として形成』の一種であるといえます。

一方、我々日本人の場合、こうした伝統文化を全く見出せないというわけでもなく、おそらくそれと類似したものとして短歌、俳句などが挙げられるのではないかと思います・・。

ただ、欧米と我々との間で大きく異なっていることは、その思弁性、理屈っぽさではないかと思われます・・(笑)。

そして、こうしたことはさまざまな場面における彼我双方の軋轢、衝突そして対立の原因ともなっているのではないでしょうか?

しかしながら、これらはあくまでも双方培ってきた文化の相違であるともいえますので、それこそ理屈よって相手を捻じ伏せたり、あるいは感情的に怒り散らすのも、その過程においてはあるいは必要であるのかもしれませんが、一本調子であり続けると、あまり良いものではないのかもしれません・・(苦笑)。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧およびその後の復興を祈念しております。