これまで仕事にて何人もの歯科医師の先生からお話しを伺っておりますと、時折それらをベースとして不図「何かモノガタリでも書いてみようか・・」と思うことがあります・・。
私はこれまでに創作部分が多いモノガタリ的なものを作成したことがないため、特に自信といったものはありませんが、一方、伺ったお話し、自身が経験したことを統合、整理することにより、何かしらモノガタリに近いものは創作することが出来るのではないかとも思います・・。
そして、モノガタリの題材とは基本的に2009~2013の自身の経験が適当であるのではないかと思われます・・。
「2008年4月、私は**歯科技工専門学校の2年生に進級していた。
そして同月の後半、大学院博士課程(経済学)に進学し、同じく2年生となっていたAが学会にて東京に訪れたことを電話にて知らされ***で約1年ぶりで会うことになった。
その日は幸いなことに実習が比較的早く終わり、急ぎ待ち合わせをしていた***駅に向かった。
***駅に着くとAは既に待ち合わせ場所に到着しており、連れ立って近くの喫茶店に入った。
Aと会って話をするのは修士課程修了以来はじめてのことであり、現在彼が行っている研究、勉強、読んでいる書籍のことなどで大分ハナシが盛り上がった。
この時、修士院生当時と変わらずに手振りを交え話していたAの手がテーブルの上に置かれていた水の入ったコップにあたり、水がテーブル一杯に広がるほどにこぼれたが、Aは途切れることなく話し続け、また私もそのことに特に気を向けることなく話しを聞き続けていた・・・。
この時話していた内容とは、彼の専攻としている経済学者についての新しい発見、知見のタネとなりそうなことであり、また、同時にそれはAの修士院生当時の研究からの継続、発展したものであったため、ほぼ1年振りであったにもかかわらず、特に理解できないということはなかった。
また、私の方も修士課程修了後も継続的に文系学問の著作を読んでいたことによってか、どうにかAの話しについてゆくことが出来たのかもしれない・・。
とはいえ、この時、Aの研究内容の話しよりも、私が大きく興味を示したのは、現在Aが在籍している大学院博士課程での具体的な研究生活のことであり、これは当時歯科技工学校にて手を用いるさまざまな実習に明け暮れていた私にとって、かなり好奇心を抱くに値するものであり、別れ際に近い頃、私はAに向かい「私は現在歯科技工学校に通っていますけれども、ここを出たらいずれ博士課程に行きます!」と宣言したことを覚えている・・。
今回もまた、ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震により被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2016年10月12日水曜日
2016年10月11日火曜日
20161011 言語、語彙体系の相異から感じること・・
A「本日も比較的長距離を歩いて移動したと思います・・。
また気温もこれまでに比べ若干涼しくなり、日中の気温も以前の夏日(30℃超え)ほどはこたえなくなりました。
さて、本日投稿分のブログ記事に関しましても、これまで通り今現在に至るまで、特に主題、テーマを定めておりません・・(苦笑)。
そういえば、昨日投稿の記事において北杜夫著「楡家の人びと」に関して少し記しましたが、その後調べてみますと、この著作に関しては英訳版が存在するようです。
これは原書(日本語)を読了の後、機会があれば是非読んでみたいと思います。
とはいえ、北杜夫といえば個人的な見解として以前もブログ記事にて記しましたが「どくとるマンボウ」シリーズを英訳にて刊行してみましたら、なかなか破天荒な試みであり、面白いのではないかと思われます・・(笑)。
ただし、それに対し(ある程度多くの)読者がいるかどうかはまた少しハナシが異なってくるのかもしれません・・(苦笑)。
その点やはり「楡家の人びと」とは、様々な視点から英訳版を刊行するのに相応しい著作(文学作品)であったようです。
また、英訳版の文学作品といえば、先日より大岡昇平著の「俘虜記」を読んでおりますが、それら(主に英論文)を比較的多く読んでいた時期と比べますと、やはり読むスピード、読解力が落ちていることが明らかに感じられます・・(苦笑)。
とはいえ、この著作もある程度時間をかけても、どうにか読了に至りたいものです・・。
また、英語にて書かれた小説で私が面白く感じた著作の一つとしてジョージ・オーウェル著の「パリ・ロンドン放浪記」が挙げられます。
これは岩波文庫から邦訳が刊行されておりますが、双方共に大変面白く、且つ読み易いと思われます。
加えて、この著作の内容とは、どちらかというと若い時分に読むのに適しているとも思われますので、これにより少しでも興味を持たれた方々、もしよろしければ、一度書店にて手に取り読んでみてはいかがでしょうか?
また、個人的なハナシではありますが、英語にて書かれた小説に関してここ最近思うことは、こうした著作を読んでいる間とは、不思議なことに、あまり日本語の文章が浮かんでこないということです・・。
あるいはこうしたことは、私の能力の現時点のある面での限界を示しているのかもしれません・・(笑)。
こうしたことも、今後継続的に訓練(どのような訓練であろうか?)を行うことにより、徐徐に改善されていくのでしょうか・・?
これに関しては若干興味があり、また今後行ってみる価値があるのではないかと思われます・・。
しかし、考えてみますと、こうしたことは実は言語間(日本語、英語)においてのみ見られる傾向といったものではなく、学問分野間においてもまた存在するのかもしれません・・。
このことに関しては、先日投稿のブログ記事での荒俣宏著「理科系の文学誌」の抜粋引用部から不図思うに至りました・・。
また、それと関連して我が国における様々な学問分野の進化発展に伴う分化により生じるセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化などは、あるいはこうしたこととも関連があるのではないかとも考えさせられます・・。
とはいえ、学問がより進化、専門化していくことにより、こうしたセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化が生じることは、実際問題として、ある程度は仕方がないことであるとは思います・・。
そうしますと、その一方においてセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化が進行するのと同時に、それを包括する考えを随時考案、検討していくことが必要になるのではないかと思われます。
そして、感覚的ではありますが、おそらく我が国とは、この作業に関して、これまでのところあまりその価値を見出せずにいるのではないかと思われます・・。
さて、これを読まれた皆様はどのようにお考えになるでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念します。」
また気温もこれまでに比べ若干涼しくなり、日中の気温も以前の夏日(30℃超え)ほどはこたえなくなりました。
さて、本日投稿分のブログ記事に関しましても、これまで通り今現在に至るまで、特に主題、テーマを定めておりません・・(苦笑)。
そういえば、昨日投稿の記事において北杜夫著「楡家の人びと」に関して少し記しましたが、その後調べてみますと、この著作に関しては英訳版が存在するようです。
これは原書(日本語)を読了の後、機会があれば是非読んでみたいと思います。
とはいえ、北杜夫といえば個人的な見解として以前もブログ記事にて記しましたが「どくとるマンボウ」シリーズを英訳にて刊行してみましたら、なかなか破天荒な試みであり、面白いのではないかと思われます・・(笑)。
ただし、それに対し(ある程度多くの)読者がいるかどうかはまた少しハナシが異なってくるのかもしれません・・(苦笑)。
その点やはり「楡家の人びと」とは、様々な視点から英訳版を刊行するのに相応しい著作(文学作品)であったようです。
また、英訳版の文学作品といえば、先日より大岡昇平著の「俘虜記」を読んでおりますが、それら(主に英論文)を比較的多く読んでいた時期と比べますと、やはり読むスピード、読解力が落ちていることが明らかに感じられます・・(苦笑)。
とはいえ、この著作もある程度時間をかけても、どうにか読了に至りたいものです・・。
また、英語にて書かれた小説で私が面白く感じた著作の一つとしてジョージ・オーウェル著の「パリ・ロンドン放浪記」が挙げられます。
これは岩波文庫から邦訳が刊行されておりますが、双方共に大変面白く、且つ読み易いと思われます。
加えて、この著作の内容とは、どちらかというと若い時分に読むのに適しているとも思われますので、これにより少しでも興味を持たれた方々、もしよろしければ、一度書店にて手に取り読んでみてはいかがでしょうか?
また、個人的なハナシではありますが、英語にて書かれた小説に関してここ最近思うことは、こうした著作を読んでいる間とは、不思議なことに、あまり日本語の文章が浮かんでこないということです・・。
あるいはこうしたことは、私の能力の現時点のある面での限界を示しているのかもしれません・・(笑)。
こうしたことも、今後継続的に訓練(どのような訓練であろうか?)を行うことにより、徐徐に改善されていくのでしょうか・・?
これに関しては若干興味があり、また今後行ってみる価値があるのではないかと思われます・・。
しかし、考えてみますと、こうしたことは実は言語間(日本語、英語)においてのみ見られる傾向といったものではなく、学問分野間においてもまた存在するのかもしれません・・。
このことに関しては、先日投稿のブログ記事での荒俣宏著「理科系の文学誌」の抜粋引用部から不図思うに至りました・・。
また、それと関連して我が国における様々な学問分野の進化発展に伴う分化により生じるセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化などは、あるいはこうしたこととも関連があるのではないかとも考えさせられます・・。
とはいえ、学問がより進化、専門化していくことにより、こうしたセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化が生じることは、実際問題として、ある程度は仕方がないことであるとは思います・・。
そうしますと、その一方においてセクショナリズム、ガラパゴス、タコツボ化が進行するのと同時に、それを包括する考えを随時考案、検討していくことが必要になるのではないかと思われます。
そして、感覚的ではありますが、おそらく我が国とは、この作業に関して、これまでのところあまりその価値を見出せずにいるのではないかと思われます・・。
さて、これを読まれた皆様はどのようにお考えになるでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念します。」
2016年10月10日月曜日
20161010 立ち読みにて思ったこと・・
A「ここ最近はどうしたわけか、あまりブログ記事の題材が思うように浮かんできません・・。
とはいえ、毎日、何かしら記しておかないと、どうも落ち着かないため、ほぼ惰性のような感じにて、記事を書き、書籍からの抜粋引用等を行っております・・。
このうち書籍からの抜粋引用に関しては、常時何かしらの書籍を読んでいるため、特に題材に困るといったことはないのですが、書籍からの抜粋引用を行った場合と、たとえ惰性であったとしても自身の文章にて記事を作成した場合では、後者の方が何といいますか、より多くの達成感らしきものがあり、そこからまた次に繋がる力、意欲といったものになるのではないかと思われます・・。
それ故、本日の記事投稿とは、ここ最近比較的多かった書籍からの抜粋引用を以って充てようと考えたのですが、とりあえず何かしら自身の文章にて記しておいた方が、次に訪れる「文章が湧く時期の波」にスムーズに入れるのではないかと考え、こうして記している次第です(こうした考えとは案外普遍的ではなかろうか・・?)。
本日は特にどこかへ出かけるということもなく、おとなしく過ごし、近くの書店に行く程度でした。
そして行った先の書店にて先日作成したブログ記事にて記しました北杜夫著「楡家の人びと」を見つけ、しばし立ち読みしましたが、大変読み易く、おそらく次に読む長編小説は、この著作になるのではないかと思います・・(笑)。
そういえば、以前は長編小説などをたて続けに数作品読んでいた時期もありましたが、現在では年齢、あるいは環境のためか、あまりそうした無理(?)がきかないようになりました・・(苦笑)。
しかし同時に、現在は、こうした長編小説をはじめ様々な著作を読むにあたり、以前よりも精読をすることが出来るようにはなったのではないかと思われます・・。
そして、そのお蔭で何かの契機により、それら著作での記述、内容をほぼ無意識に思い起こす、取り出すことが出来るようになったのではないかと思われます・・。
また、現在このように書いておりますが、もう少し若い頃とは、こうした頭の回路が現在ほど発達していなかったのではないかと思われます(無論現在でも発展途上ですが・・(苦笑))。
そして『何時頃』こうした回路による思考(?)を行うようになった、あるいは、明瞭にそのような思考を言語化、文章化するようになったかと考えてみますと、おそらくそれは、和歌山在住時の頃ではないかと思われます・・。
また、この時期がおそらくそれまでの私の人生において最も書籍、文献を読み、多くの議論を交わした時期であると思われます・・。
そして、この時期がなければおそらく、その次に在住した鹿児島において、果たしてどうなっていたか分かりません・・。
また、和歌山以前より、ある程度学術的な書籍(分野は特定されますが)などは読むことが出来、また、そうしたことを好んでいたとは思います。
つまり、この和歌山在住時での経験がなければ、何といいますか、読んだ複数書籍内容を統合、あるいはそれらを比較した内容を言語化して人に説明し、そしてその内容を(異なる研究分野の方々に)理解、納得してもらうといった作業とは、出来なかったのではないかと考えます。
そして、この時の経験が、現在このようにブログ記事という形にて何とか継続的な発信が出来る基礎になっているともいえます・・。
また、現在継続的に作成している一連のブログ記事に関しては特に、それらを読んで頂いている方々により支えられておりますので、いわば、これは必然といえば必然、偶然といえば偶然の積み重ねにより成り立っているものといえます。
今回もまた興味を持って読んで頂いている皆様、どうもありがとうございます。
そして、今後どの程度まで継続するか分かりませんが、今後ともどうぞよろしくお願いします。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の今後における諸インフラの出来るだけ早急な復旧そしてその後の復興を祈念しております。」
とはいえ、毎日、何かしら記しておかないと、どうも落ち着かないため、ほぼ惰性のような感じにて、記事を書き、書籍からの抜粋引用等を行っております・・。
このうち書籍からの抜粋引用に関しては、常時何かしらの書籍を読んでいるため、特に題材に困るといったことはないのですが、書籍からの抜粋引用を行った場合と、たとえ惰性であったとしても自身の文章にて記事を作成した場合では、後者の方が何といいますか、より多くの達成感らしきものがあり、そこからまた次に繋がる力、意欲といったものになるのではないかと思われます・・。
それ故、本日の記事投稿とは、ここ最近比較的多かった書籍からの抜粋引用を以って充てようと考えたのですが、とりあえず何かしら自身の文章にて記しておいた方が、次に訪れる「文章が湧く時期の波」にスムーズに入れるのではないかと考え、こうして記している次第です(こうした考えとは案外普遍的ではなかろうか・・?)。
本日は特にどこかへ出かけるということもなく、おとなしく過ごし、近くの書店に行く程度でした。
そして行った先の書店にて先日作成したブログ記事にて記しました北杜夫著「楡家の人びと」を見つけ、しばし立ち読みしましたが、大変読み易く、おそらく次に読む長編小説は、この著作になるのではないかと思います・・(笑)。
そういえば、以前は長編小説などをたて続けに数作品読んでいた時期もありましたが、現在では年齢、あるいは環境のためか、あまりそうした無理(?)がきかないようになりました・・(苦笑)。
しかし同時に、現在は、こうした長編小説をはじめ様々な著作を読むにあたり、以前よりも精読をすることが出来るようにはなったのではないかと思われます・・。
そして、そのお蔭で何かの契機により、それら著作での記述、内容をほぼ無意識に思い起こす、取り出すことが出来るようになったのではないかと思われます・・。
また、現在このように書いておりますが、もう少し若い頃とは、こうした頭の回路が現在ほど発達していなかったのではないかと思われます(無論現在でも発展途上ですが・・(苦笑))。
そして『何時頃』こうした回路による思考(?)を行うようになった、あるいは、明瞭にそのような思考を言語化、文章化するようになったかと考えてみますと、おそらくそれは、和歌山在住時の頃ではないかと思われます・・。
また、この時期がおそらくそれまでの私の人生において最も書籍、文献を読み、多くの議論を交わした時期であると思われます・・。
そして、この時期がなければおそらく、その次に在住した鹿児島において、果たしてどうなっていたか分かりません・・。
また、和歌山以前より、ある程度学術的な書籍(分野は特定されますが)などは読むことが出来、また、そうしたことを好んでいたとは思います。
つまり、この和歌山在住時での経験がなければ、何といいますか、読んだ複数書籍内容を統合、あるいはそれらを比較した内容を言語化して人に説明し、そしてその内容を(異なる研究分野の方々に)理解、納得してもらうといった作業とは、出来なかったのではないかと考えます。
そして、この時の経験が、現在このようにブログ記事という形にて何とか継続的な発信が出来る基礎になっているともいえます・・。
また、現在継続的に作成している一連のブログ記事に関しては特に、それらを読んで頂いている方々により支えられておりますので、いわば、これは必然といえば必然、偶然といえば偶然の積み重ねにより成り立っているものといえます。
今回もまた興味を持って読んで頂いている皆様、どうもありがとうございます。
そして、今後どの程度まで継続するか分かりませんが、今後ともどうぞよろしくお願いします。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の今後における諸インフラの出来るだけ早急な復旧そしてその後の復興を祈念しております。」
2016年10月9日日曜日
20161009 445記事 偽らざる内心との調和、融和
A「おかげさまで昨日のブログ記事閲覧者数もまた1000人に到達しました。
また投稿記事数も本日の記事投稿により445記事となり、とりあえずの一区切りともいえる450記事まで、あともう一歩となります・・。
そして、現在、目標とする投稿記事数は500と設定しておりますが、450記事に到達しますと、以前よりも、この目標が一層現実味を帯びてきます・・。
これまで一連の記事を興味を持って読んで頂いている皆様、どうもありがとうございます。
とはいえ、実際のところ、500記事に到達したならば、何か良い出来事が生じるというわけでもなさそうです・・(苦笑)。
そうしますと「これまで(何となく)目標を定め、それに向かい、一つ一つ記事を作成し投稿してゆくといった作業、行為とは一体どのような影響を私に及ぼしているのであろうか?」という疑問が不図、頭をよぎることがあります・・。
そしてまた、その影響とは、果たして500記事という具体的な目標とする数値に到達した場合においてのみ、発揮、及ぼされるのであろうか?とも思うに至ります。
他方、ブログ記事の作成、投稿という作業、行為によって生じる何らかの影響とは、これまでに投稿した400記事程度により(十分)得られているのであるとすれば、今後のそれはいわば蛇足というものであり、必要ないものとして認識することも出来るのかもしれません・・。
しかしながら、感覚的なことではありますが、こうしたものは、ある数値目標を達成、到達することにより、何かが生じるというものでも、ある一定の適当な量をこなしたから何かが生じるというものでもないと思われます・・。
それは、ただ偽らざる自らの内心(無意識に近いものであろうか?)との調和、融和によって内面において何かが生じるのではないかと思われます・・。
そして、それ(内面での変化)が自身の行動、言動に変化をもたらし、結果的に外部からの要因により、何かしらの出来事が生じたように思われる、感じられるのではないでしょうか・・?
(あるいはそうしたものとして認識した時点で何かが大きく変わるのかもしれない・・。)
もちろん断言はできませんが、これまでブログ記事の作成投稿を行っておりますと、少なくとも私の場合、そうではなかろうかと思われるということです・・(あくまでも一つの仮説です・・。)。
その意味において、容易に自らの内心との調和、融和を図ることが出来る方の方が相対的にこの世間を生きていく上においては有利であるのかもしれません・・(結局それはコトバ、そしてコトバの定義の問題なのであろうか・・?)。
また、それと同時に、この主題、テーマとは以前作成投稿したブログ記事「なかなか大事なことであるかもしれませんが・・」と関連があるのではないかとも思われます・・。
そして、それをさらに長期間、数世代にわたるモノガタリとして考えてみますと、今度は「素戔嗚から菅原道真まで・・」と題した以前に投稿したブログ記事の主題、テーマとも関連が見出せるのかもしれません・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
先日来の熊本、阿蘇山の噴火による、四月に同地域を中心として発生した大地震での被災された地域の復旧、復興作業に支障がないことを祈念します。」
また投稿記事数も本日の記事投稿により445記事となり、とりあえずの一区切りともいえる450記事まで、あともう一歩となります・・。
そして、現在、目標とする投稿記事数は500と設定しておりますが、450記事に到達しますと、以前よりも、この目標が一層現実味を帯びてきます・・。
これまで一連の記事を興味を持って読んで頂いている皆様、どうもありがとうございます。
とはいえ、実際のところ、500記事に到達したならば、何か良い出来事が生じるというわけでもなさそうです・・(苦笑)。
そうしますと「これまで(何となく)目標を定め、それに向かい、一つ一つ記事を作成し投稿してゆくといった作業、行為とは一体どのような影響を私に及ぼしているのであろうか?」という疑問が不図、頭をよぎることがあります・・。
そしてまた、その影響とは、果たして500記事という具体的な目標とする数値に到達した場合においてのみ、発揮、及ぼされるのであろうか?とも思うに至ります。
他方、ブログ記事の作成、投稿という作業、行為によって生じる何らかの影響とは、これまでに投稿した400記事程度により(十分)得られているのであるとすれば、今後のそれはいわば蛇足というものであり、必要ないものとして認識することも出来るのかもしれません・・。
しかしながら、感覚的なことではありますが、こうしたものは、ある数値目標を達成、到達することにより、何かが生じるというものでも、ある一定の適当な量をこなしたから何かが生じるというものでもないと思われます・・。
それは、ただ偽らざる自らの内心(無意識に近いものであろうか?)との調和、融和によって内面において何かが生じるのではないかと思われます・・。
そして、それ(内面での変化)が自身の行動、言動に変化をもたらし、結果的に外部からの要因により、何かしらの出来事が生じたように思われる、感じられるのではないでしょうか・・?
(あるいはそうしたものとして認識した時点で何かが大きく変わるのかもしれない・・。)
もちろん断言はできませんが、これまでブログ記事の作成投稿を行っておりますと、少なくとも私の場合、そうではなかろうかと思われるということです・・(あくまでも一つの仮説です・・。)。
その意味において、容易に自らの内心との調和、融和を図ることが出来る方の方が相対的にこの世間を生きていく上においては有利であるのかもしれません・・(結局それはコトバ、そしてコトバの定義の問題なのであろうか・・?)。
また、それと同時に、この主題、テーマとは以前作成投稿したブログ記事「なかなか大事なことであるかもしれませんが・・」と関連があるのではないかとも思われます・・。
そして、それをさらに長期間、数世代にわたるモノガタリとして考えてみますと、今度は「素戔嗚から菅原道真まで・・」と題した以前に投稿したブログ記事の主題、テーマとも関連が見出せるのかもしれません・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
先日来の熊本、阿蘇山の噴火による、四月に同地域を中心として発生した大地震での被災された地域の復旧、復興作業に支障がないことを祈念します。」
20161009 最近の東京にて思ったこと
A「これまでに投稿された一連のブログ記事を読んで頂いている方々は理解してくださっているとは思いますが、私は特に自信を持って一連のブログ記事を作成しているわけではありません・・。
むしろ私はこれまでに自信を持って何かにあたったということはないと思います・・(苦笑)。
しかし一方、世間一般において「何かを行うにあたり自信を持っていないとダメである。」とはよくいわれることです。
そして、他者による自信の認識とは具体的には、表面的な態度、挙措動作であったりするのですが、私が考えるに、そうした表面上の態度、挙措動作から感じ取ることの出来る自信とは、往々にして(全てではないにしても)ニセモノ(練達した虚勢)ではないかと思われます・・。
そして、特に昨今の我が国の社会においては著しく表面的な見た目が重視される傾向が存在すると思われるのですが、これは実のところ大変マズイことなのではないかと思われます・・。
そして、さらに誤解、非難を恐れずに記しますと、それは主に女性的な感性に基づいているのではないかと思われます。
そして、それに反応、対応するようなカタチで男性側に、さきに述べたような傾向(著しく表面的な見た目が重視される)が社会にて惹起され(無駄に)強化、強調されるに至るのではないかと思われます・・。
とはいえ、これは主に首都圏において看取し得る傾向であり、おそらく国内他地域、地方においては、そうした傾向とは、あたり前のように、むしろ「良からぬもの」として認識されているのではないかと思われますが、さて如何でしょうか・・?
また、そのことと少しハナシが異なりますが、先日朝の通勤電車にて車内に設置してあるモニター(様々なニュース、広告等が流れている)を意識せずに見ておりますと、流れていた百貨店の紳士服売り場の広告映像にて外国人(コーカソイド)のモデルが様々なスーツ、コートを着てポーズを決め、ダンスを踊るものがありましたが、その最後に百貨店の名前と共に「This is Japan」と表示されておりました・・。
それを観て「さすがにそれは違うのでは・・」と思いましたが、私が思うに、昨今の首都圏、東京には、何かしらこうした(欧米的な外装の洗練を誇示する楽屋落ち的な)傾向が存在するのではないかと思います・・(昨今のテレビ番組自体、視聴率の低迷により開き直ったのか、こうした傾向が著しく見受けられるように思います。)
そして、この傾向とは、おそらく主に首都圏、東京のある程度若い年齢層の新住民の見当違いな積極性により惹起せられたのではないかと思われます(明らかではありませんが・・)。
また、こうした現象を認識し、同時に考えることは、こうしたものは明治初期の「東京」において見られた一連の流行(牛鍋、ザンギリ頭、洋服、舞踏会、建築・・)とも類似しているのではないかということです・・。
また当時(明治初期)のこうした傾向とは、たとえ軽薄であっても一国の首府として地方に対し圧倒的に大きな波及力、影響力(同調圧力?)を持っていたのかもしれませんが、様々な情報、傾向が様々な地域、地方で当時よりも容易に入手することが可能になった現代においては、そうした首府における傾向とは、ある地方においては特に参考とするべきものではなく、むしろ反面教師的なものとしてとらえられるのかもしれません・・。
それは、おそらく昨今一連の東京オリンピック開催準備に付随する出来事、築地市場移転に伴い浮上した出来事などと併せ、より強く、そのよう(反面教師)に認識せられるのではなかろうかと思います・・。
そして、こうした一連の首府機能、文化、感性の劣化ともとらえられる出来事、傾向とは一体どのような事情、状況によりもたらされたのでしょうか・・?
また、史家が指摘する江戸末期における徳川幕閣とは、その統治能力を失っていたということは、あるいは、さきに挙げた傾向、出来事とも何かしら関連があるのではないでしょうか・・?
しかし今度は、ハナシを卑近なところに引き戻し、その観察者である人間(私)が(再度)地方に移り住んだ場合、今度はまた他のことでこうした思い、考えをその地方に持つに至り、結句、首都圏を懐かしく思うことになるのでしょうか・・?
「ないものねだり」と「冷静客観的な観察の結果」とは本質的に異なるものなのでしょうか・・(笑)。
あるいは単なる「コトバのあや」であるのでしょうか・・?
とはいえ、多少飛躍するかもしれませんが、私はスマホ、マンガなどは一国の文化の成長、発展といった創造性に関しては、あまり良い効果を持たないのではないかと先日東急東横線渋谷駅の発車メロディを聞きながら不図、思いました・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震により被災された地域の諸インフラの早急の復旧およびその後の復興を祈念しております。」
むしろ私はこれまでに自信を持って何かにあたったということはないと思います・・(苦笑)。
しかし一方、世間一般において「何かを行うにあたり自信を持っていないとダメである。」とはよくいわれることです。
そして、他者による自信の認識とは具体的には、表面的な態度、挙措動作であったりするのですが、私が考えるに、そうした表面上の態度、挙措動作から感じ取ることの出来る自信とは、往々にして(全てではないにしても)ニセモノ(練達した虚勢)ではないかと思われます・・。
そして、特に昨今の我が国の社会においては著しく表面的な見た目が重視される傾向が存在すると思われるのですが、これは実のところ大変マズイことなのではないかと思われます・・。
そして、さらに誤解、非難を恐れずに記しますと、それは主に女性的な感性に基づいているのではないかと思われます。
そして、それに反応、対応するようなカタチで男性側に、さきに述べたような傾向(著しく表面的な見た目が重視される)が社会にて惹起され(無駄に)強化、強調されるに至るのではないかと思われます・・。
とはいえ、これは主に首都圏において看取し得る傾向であり、おそらく国内他地域、地方においては、そうした傾向とは、あたり前のように、むしろ「良からぬもの」として認識されているのではないかと思われますが、さて如何でしょうか・・?
また、そのことと少しハナシが異なりますが、先日朝の通勤電車にて車内に設置してあるモニター(様々なニュース、広告等が流れている)を意識せずに見ておりますと、流れていた百貨店の紳士服売り場の広告映像にて外国人(コーカソイド)のモデルが様々なスーツ、コートを着てポーズを決め、ダンスを踊るものがありましたが、その最後に百貨店の名前と共に「This is Japan」と表示されておりました・・。
それを観て「さすがにそれは違うのでは・・」と思いましたが、私が思うに、昨今の首都圏、東京には、何かしらこうした(欧米的な外装の洗練を誇示する楽屋落ち的な)傾向が存在するのではないかと思います・・(昨今のテレビ番組自体、視聴率の低迷により開き直ったのか、こうした傾向が著しく見受けられるように思います。)
そして、この傾向とは、おそらく主に首都圏、東京のある程度若い年齢層の新住民の見当違いな積極性により惹起せられたのではないかと思われます(明らかではありませんが・・)。
また、こうした現象を認識し、同時に考えることは、こうしたものは明治初期の「東京」において見られた一連の流行(牛鍋、ザンギリ頭、洋服、舞踏会、建築・・)とも類似しているのではないかということです・・。
また当時(明治初期)のこうした傾向とは、たとえ軽薄であっても一国の首府として地方に対し圧倒的に大きな波及力、影響力(同調圧力?)を持っていたのかもしれませんが、様々な情報、傾向が様々な地域、地方で当時よりも容易に入手することが可能になった現代においては、そうした首府における傾向とは、ある地方においては特に参考とするべきものではなく、むしろ反面教師的なものとしてとらえられるのかもしれません・・。
それは、おそらく昨今一連の東京オリンピック開催準備に付随する出来事、築地市場移転に伴い浮上した出来事などと併せ、より強く、そのよう(反面教師)に認識せられるのではなかろうかと思います・・。
そして、こうした一連の首府機能、文化、感性の劣化ともとらえられる出来事、傾向とは一体どのような事情、状況によりもたらされたのでしょうか・・?
また、史家が指摘する江戸末期における徳川幕閣とは、その統治能力を失っていたということは、あるいは、さきに挙げた傾向、出来事とも何かしら関連があるのではないでしょうか・・?
しかし今度は、ハナシを卑近なところに引き戻し、その観察者である人間(私)が(再度)地方に移り住んだ場合、今度はまた他のことでこうした思い、考えをその地方に持つに至り、結句、首都圏を懐かしく思うことになるのでしょうか・・?
「ないものねだり」と「冷静客観的な観察の結果」とは本質的に異なるものなのでしょうか・・(笑)。
あるいは単なる「コトバのあや」であるのでしょうか・・?
とはいえ、多少飛躍するかもしれませんが、私はスマホ、マンガなどは一国の文化の成長、発展といった創造性に関しては、あまり良い効果を持たないのではないかと先日東急東横線渋谷駅の発車メロディを聞きながら不図、思いました・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震により被災された地域の諸インフラの早急の復旧およびその後の復興を祈念しております。」
2016年10月8日土曜日
20161008 筑摩書房刊 山田風太郎著「戦中派虫けら日記」pp.153ー156より抜粋引用
昭和十八年二月十二日の日記
『機械というものはふしぎである。
およそ人間の生んだ偉大なものの極致は機械であろう。
機械によって人は火を駆使し、水を使用し、空を飛び、地を走る。
文明とは機械化のことだといってさしつかえないほどである。
しかし人は機械によって幸福を得たか。火薬は数百人の生命を奪う。
空を飛ぶのは小鳥の快を味わわんがためではなく爆弾を以て都会を粉砕するためであり、水を潜るのは魚の神秘を探らんがためではなく魚雷を以て船を沈めるためではないか。
人間は自分で機械を生み、心血をそそいでその発達をはかり、その結果機械に苦悶している。
今の世界を見るのに、どの民族も、或いは自ら進んで、或いは国家の強権によって自由を捨て、人間を殺戮する船や航空機や大砲の製造に狂気のごとく使役されている。機械というものの典型はあのギロチンであるという印象を深めざるを得ない。
それは機械の罪ではない。戦争の罪である。機械は平和的に利用すべきものであり、それによる大量生産がなければ、人類はどうして文明生活を営むことができようかという人があるかも知れない。
しかし、平和時代といえども労働者は機械の蹂躙に喘ぎ苦しむものである。
大量生産のない時代にも人類は生存し得たのである。
昔は現代より幸福であったとはいわない。
しかし、昔は現代より幸福であったということもできない。
機械は人間の生きんがための必要から生まれたものではなく、単なる脳髄の遊戯的作用によって生じたのがその初めであると自分は断言する。
人間は機械を使用せず、機械に使用されるという自分の印象は、現在自分が働いている軍需工場の日々から、理屈を超えて感得できるものである。
轟轟と回転する車輪、奔流する巨大なベルト、噴きあがり流れる重油、塵埃と煤煙の黒く渦巻く工場の底に、たがいに一語も交わさず黙々と動き続ける工員の群れ。-機械はいわゆる機械的な動きを繰り返す。
空は晴れても鳥は鳴いても、機械は傲然索然冷然としておのれの機能をつくす。
労働者はその前に首をたれて、時たま油を与え、材料たる金属を挿入し、製品を運搬するに過ぎない。-これを以て人間は機械を使用するというのか?
この人々の姿を産業戦士の崇高なものというのか?
或いはそうかもしれない。
しかし自分の、巨大な機械に対する恐怖と小さな人間に対する同情を如何せん。
人間は、自然と芸術の中に呼吸しているのが本来の姿であるとはいわない。
機械に全身の愛情を覚えている人も多いであろう。
しかし機械と人間との間の恐るべき単調な日々は、この二者がとうてい花と人間との間に見るような柔らかで平和な光景とは映らないのである。
自分に関する限り、もし自分が一生、あの人々のように機械と相対しなければならぬ運命となったら、確実に発狂せざるを得ないであろう。
〇機械の前に甘んじて生活を捧げている人々に、一種異様の不思議の念を抱く自分は、神を信じる人々に対しても、一種異様の不思議の念を抱かないわけにはいかない。
神は果たしてあるか?
ない、と高言して心底何やら不安をおぼえるのは、自分の人間としての本性のゆえか、或いは現在に至るまでの教育のせいか知らない。しかし、ほんとうに自分の心を偽らないならば、自分の心は無神論に傾くであろう。
むろん、深夜蒼茫の銀河を仰ぐとき、過去未来、永劫に流れる時間を思うとき、またいずこよりか生れて来て、いずこへか去る人間を眺めるとき、何やら神々しきものの手を感じる。
しかしこんな大きな思想は、もとより現在の胸中に絶えず蹲っているわけにはゆかない。
自分は日常生活に於いて殆ど無信仰であると告白する。
まして世間のいわゆる怪奇な「神」に於いておやである。
人間の姿に象徴された「神」に於いておやである。
自分の周囲を見ると老若男女ーとくに若い人々は、たいてい無信仰である。
しかもこの無信仰者たちが死期迫る落日の年齢に達すると、しきりにお経を唱え、鐘をたたく愚は滑稽千万である。
それもまあ一つの善行なのだからという寛容を、自分の狭量は認めることはできない。
神を信じるならば、彼らの日常はことごとく神の影の下になければならないのに、彼らの日常はほとんど嗤うべき我利我利の狂奔である。
暮色仄かに漂い来たる一瞬時に於いて、口をぬぐって神や仏に対するだけである。
人間が神を信じるのは、俗物に関するかぎり、彼ら自身も意識しないいい気な欲望の一種である。
そして人類の九分九厘までは俗物なのである。』
『機械というものはふしぎである。
およそ人間の生んだ偉大なものの極致は機械であろう。
機械によって人は火を駆使し、水を使用し、空を飛び、地を走る。
文明とは機械化のことだといってさしつかえないほどである。
しかし人は機械によって幸福を得たか。火薬は数百人の生命を奪う。
空を飛ぶのは小鳥の快を味わわんがためではなく爆弾を以て都会を粉砕するためであり、水を潜るのは魚の神秘を探らんがためではなく魚雷を以て船を沈めるためではないか。
人間は自分で機械を生み、心血をそそいでその発達をはかり、その結果機械に苦悶している。
今の世界を見るのに、どの民族も、或いは自ら進んで、或いは国家の強権によって自由を捨て、人間を殺戮する船や航空機や大砲の製造に狂気のごとく使役されている。機械というものの典型はあのギロチンであるという印象を深めざるを得ない。
それは機械の罪ではない。戦争の罪である。機械は平和的に利用すべきものであり、それによる大量生産がなければ、人類はどうして文明生活を営むことができようかという人があるかも知れない。
しかし、平和時代といえども労働者は機械の蹂躙に喘ぎ苦しむものである。
大量生産のない時代にも人類は生存し得たのである。
昔は現代より幸福であったとはいわない。
しかし、昔は現代より幸福であったということもできない。
機械は人間の生きんがための必要から生まれたものではなく、単なる脳髄の遊戯的作用によって生じたのがその初めであると自分は断言する。
人間は機械を使用せず、機械に使用されるという自分の印象は、現在自分が働いている軍需工場の日々から、理屈を超えて感得できるものである。
轟轟と回転する車輪、奔流する巨大なベルト、噴きあがり流れる重油、塵埃と煤煙の黒く渦巻く工場の底に、たがいに一語も交わさず黙々と動き続ける工員の群れ。-機械はいわゆる機械的な動きを繰り返す。
空は晴れても鳥は鳴いても、機械は傲然索然冷然としておのれの機能をつくす。
労働者はその前に首をたれて、時たま油を与え、材料たる金属を挿入し、製品を運搬するに過ぎない。-これを以て人間は機械を使用するというのか?
この人々の姿を産業戦士の崇高なものというのか?
或いはそうかもしれない。
しかし自分の、巨大な機械に対する恐怖と小さな人間に対する同情を如何せん。
人間は、自然と芸術の中に呼吸しているのが本来の姿であるとはいわない。
機械に全身の愛情を覚えている人も多いであろう。
しかし機械と人間との間の恐るべき単調な日々は、この二者がとうてい花と人間との間に見るような柔らかで平和な光景とは映らないのである。
自分に関する限り、もし自分が一生、あの人々のように機械と相対しなければならぬ運命となったら、確実に発狂せざるを得ないであろう。
〇機械の前に甘んじて生活を捧げている人々に、一種異様の不思議の念を抱く自分は、神を信じる人々に対しても、一種異様の不思議の念を抱かないわけにはいかない。
神は果たしてあるか?
ない、と高言して心底何やら不安をおぼえるのは、自分の人間としての本性のゆえか、或いは現在に至るまでの教育のせいか知らない。しかし、ほんとうに自分の心を偽らないならば、自分の心は無神論に傾くであろう。
むろん、深夜蒼茫の銀河を仰ぐとき、過去未来、永劫に流れる時間を思うとき、またいずこよりか生れて来て、いずこへか去る人間を眺めるとき、何やら神々しきものの手を感じる。
しかしこんな大きな思想は、もとより現在の胸中に絶えず蹲っているわけにはゆかない。
自分は日常生活に於いて殆ど無信仰であると告白する。
まして世間のいわゆる怪奇な「神」に於いておやである。
人間の姿に象徴された「神」に於いておやである。
自分の周囲を見ると老若男女ーとくに若い人々は、たいてい無信仰である。
しかもこの無信仰者たちが死期迫る落日の年齢に達すると、しきりにお経を唱え、鐘をたたく愚は滑稽千万である。
それもまあ一つの善行なのだからという寛容を、自分の狭量は認めることはできない。
神を信じるならば、彼らの日常はことごとく神の影の下になければならないのに、彼らの日常はほとんど嗤うべき我利我利の狂奔である。
暮色仄かに漂い来たる一瞬時に於いて、口をぬぐって神や仏に対するだけである。
人間が神を信じるのは、俗物に関するかぎり、彼ら自身も意識しないいい気な欲望の一種である。
そして人類の九分九厘までは俗物なのである。』
ASIN: B00ETNHZMA
20161007 岩波文庫刊 野上彌生子著「迷路」上巻pp.199ー201より抜粋引用
『維新の風雲に乗じて功を成した薩摩派の顕官を父とする後嗣の宮内官は、生みの母の前身を軽蔑して、息子らしい情愛はみじんも示さなかった。
丹羽家においては、麻の葉模様がタブウであった。
着物でも、器具でも、手拭のようなものに至るまで、麻の葉模様をつけたものは厳禁された。
正夫人に直らないまでの母が、薄紫の麻の葉絞りの半襟を好んでかけていたのが、当主の宮内官に屈辱的な思いでをとめているためである。
祖母自らの極端なお上品ぶりも、似たような細心な警戒から来ていた。そうして美しさと悧巧さで、まことに名門の出にひけを取らぬ自然な品格を拵えあげたとともに、五つで母を失った時からその手に引きとった孫娘をも、自分の教育法で訓練した。
その意味から三保子には祖母が母親であり、艶麗さもそっくり受けついだ。彼女は祖母と別邸に住まった。
吉良は勉強を見に来てくれた、同じさつまっぽうながら、祖父が十年戦争に西郷方について以来の不運が祟っている、遠縁の貧しい大学生であった。
祖母が彼に優しかったのは、本邸の冷淡にそれとも凛々しく頼もしげな青年が自分でも気に入っていたのか、両方であったに違ない。
どちらから引いたとも、引かれたともわからず。相寄る若いこころに水を注そうとしなかったのみか、夏休には、箱根の別邸に吉良を内緒で呼んでくれたりもした。
祖母の好意のみが恋人たちには頼みの綱であった。父や継母の反対はわかりきっていたが、祖母だけはきっと二人の味方になってくれるであろう。
しかし阿藤家との縁談に際して、もっとも無慈悲に振舞ったのは祖母であった。
色恋はべつとして、結婚となれば目標を変えなければならいのを、誰よりも厳しく判断したのである。
それは自分が根引きされた時からの信条であり、今日までの生涯で実証されたことであり、すべての女が、愛する男とのみ眠るものではないのを知っているからであり、それ故にこそ死にたがって泣く孫娘に対して、幼い彼女が、なにかお腹にわるい食べものでの欲しがってむずかるのを、宥めすかす調子であの説得をしたのである。
決して染めないで、毎朝、卵の白味で輝くばかりに洗い手入れされた切り下げの白髪で、かえって清麗に匂やかな祖母の顔が、その瞬間、なにか悪鬼じみた気味わるさで打ち守られた。
しかし三保子の怖ろしいのは、祖母の囁いたものが毒草のこぼれ種子のように、また刺青のように心とからだの二つながらに浸みつき、根をおろしたのに気がついたことであった、その罪の深さ、汚らしさが、はじめは彼女を身震いさせた。
どうかしてその呪文から逃げだそうとすればするほど、執拗に枕につけた耳もとに甦り、阿片患者めいた幻想に誘いこまれた。
卒業するとセレベスのゴム会社に行ったとかの噂もたしかでない吉良が、夜とともに戻って来た。
暗さはその呼吸と、体臭と、重さを感じさせ、四肢に触れさせ、愛撫を愉しませた。
三保子は彼に甘えた通りに甘えた。
愛しあったものの結婚は遂げられ、二年目には忠文が生まれた。彼が誰の子供であるかは、普通の母親がもつ特権とはまた別な秘密で彼女のみが知っていた。
同時に昼の夫なる眉目秀麗で、愚かで、金持で、それでいて絶えず小遣いの金額で会計主任と喧嘩する、ゴルフと、麻雀と、食べることのほかには考えない男に対しては、ますます従順な、優しい申分のない妻になって行った。」
「迷路」上巻
ISBN-10: 4003104927
ISBN-13: 978-4003104927
丹羽家においては、麻の葉模様がタブウであった。
着物でも、器具でも、手拭のようなものに至るまで、麻の葉模様をつけたものは厳禁された。
正夫人に直らないまでの母が、薄紫の麻の葉絞りの半襟を好んでかけていたのが、当主の宮内官に屈辱的な思いでをとめているためである。
祖母自らの極端なお上品ぶりも、似たような細心な警戒から来ていた。そうして美しさと悧巧さで、まことに名門の出にひけを取らぬ自然な品格を拵えあげたとともに、五つで母を失った時からその手に引きとった孫娘をも、自分の教育法で訓練した。
その意味から三保子には祖母が母親であり、艶麗さもそっくり受けついだ。彼女は祖母と別邸に住まった。
吉良は勉強を見に来てくれた、同じさつまっぽうながら、祖父が十年戦争に西郷方について以来の不運が祟っている、遠縁の貧しい大学生であった。
祖母が彼に優しかったのは、本邸の冷淡にそれとも凛々しく頼もしげな青年が自分でも気に入っていたのか、両方であったに違ない。
どちらから引いたとも、引かれたともわからず。相寄る若いこころに水を注そうとしなかったのみか、夏休には、箱根の別邸に吉良を内緒で呼んでくれたりもした。
祖母の好意のみが恋人たちには頼みの綱であった。父や継母の反対はわかりきっていたが、祖母だけはきっと二人の味方になってくれるであろう。
しかし阿藤家との縁談に際して、もっとも無慈悲に振舞ったのは祖母であった。
色恋はべつとして、結婚となれば目標を変えなければならいのを、誰よりも厳しく判断したのである。
それは自分が根引きされた時からの信条であり、今日までの生涯で実証されたことであり、すべての女が、愛する男とのみ眠るものではないのを知っているからであり、それ故にこそ死にたがって泣く孫娘に対して、幼い彼女が、なにかお腹にわるい食べものでの欲しがってむずかるのを、宥めすかす調子であの説得をしたのである。
決して染めないで、毎朝、卵の白味で輝くばかりに洗い手入れされた切り下げの白髪で、かえって清麗に匂やかな祖母の顔が、その瞬間、なにか悪鬼じみた気味わるさで打ち守られた。
しかし三保子の怖ろしいのは、祖母の囁いたものが毒草のこぼれ種子のように、また刺青のように心とからだの二つながらに浸みつき、根をおろしたのに気がついたことであった、その罪の深さ、汚らしさが、はじめは彼女を身震いさせた。
どうかしてその呪文から逃げだそうとすればするほど、執拗に枕につけた耳もとに甦り、阿片患者めいた幻想に誘いこまれた。
卒業するとセレベスのゴム会社に行ったとかの噂もたしかでない吉良が、夜とともに戻って来た。
暗さはその呼吸と、体臭と、重さを感じさせ、四肢に触れさせ、愛撫を愉しませた。
三保子は彼に甘えた通りに甘えた。
愛しあったものの結婚は遂げられ、二年目には忠文が生まれた。彼が誰の子供であるかは、普通の母親がもつ特権とはまた別な秘密で彼女のみが知っていた。
同時に昼の夫なる眉目秀麗で、愚かで、金持で、それでいて絶えず小遣いの金額で会計主任と喧嘩する、ゴルフと、麻雀と、食べることのほかには考えない男に対しては、ますます従順な、優しい申分のない妻になって行った。」
「迷路」上巻
ISBN-10: 4003104927
ISBN-13: 978-4003104927
野上彌生子
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの速やかな復旧、そしてその後の復興、またそれに加え、昨晩に鹿児島県奄美地方において発生した地震による被害が出来るだけ軽微であることを祈念します。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本を中心として発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの速やかな復旧、そしてその後の復興、またそれに加え、昨晩に鹿児島県奄美地方において発生した地震による被害が出来るだけ軽微であることを祈念します。
登録:
投稿 (Atom)