ブロガーにて現時点で公表している記事数は1237記事であり、あと63記事を作成投稿することにより1300記事に到達します。そして、今後、毎日のブログ記事作成を前提としますと2か月程度にて1300記事の投稿を達成出来ることになりますが、さすがにこれは困難であると思われることから、2日に1記事の投稿として考えてみますと、4ヶ月程度、つまり5月末頃までには、どうにか到達出来る見込みがつきます。とはいえ、2日に1記事であっても、現在では難しいと思われますので、その中間、2.5日に1記事程度の更新頻度にて、今後、来る6月22日まで記事作成を進めて行こうと思います。
そして、本日は「善は急げ」とのことで、新たに対話形式にて記事を作成していこうと思います。
A「最近もまた色々と本を読んでいるようですね。」
B「ええ、ここ最近は夜行バスに乗る機会が度々ありまして、そうした時はどうも上手く寝付けないことが多いため、どうも本を読んでしまいますね・・(苦笑)。しかし、そうしますと、向うに着いた後がなかなか大変でして、ここ最近は、そうしたよく分からない疲れのようなものがいくらか溜まっているようにも感じられますね・・。」
A「ふーん、夜行バスで読書ですか・・。私はあまりそうした機会は、これまでにありませんでしたね。しかし、その本を読む程度の座席スペースが確保出来るような夜行バスでしたら、寝ることもそんなに難しくはないようにも思われますが。」
B「ええ、実際によく寝れることもあるのですが、それでも何だか緊張して目が冴えてしまうことの方が多いように感じられます。また、それは夏目漱石の「三四郎」冒頭部で、主人公の三四郎が名古屋にて宿泊した時のような感じを薄めたようなものではないかとも先日の夜行バスの中で不図思いましたね・・(苦笑)。」
A「・・いや、しかし、あれは三四郎が一人でなかったから緊張したのでしょう。なので夜行バスの車内とは、また趣が大分違うようにも思われますが・・。」
B「ええ、まあ細かく分析してみますとたしかにそうですが、自分の感覚としては、そうしたものがあるように感じられるのです・・。」
A「なるほど・・まあ、詳細な状況よりも、そこから生じる感覚という意味では似ているということなのでしょうね。それで最近はブログに書かれている以外で何か面白い著作を見つけましたか?」
B「いえ、それがあまりないのです・・。最近読み進めている岡義武による『国際政治史」は、大変面白いのですが、そこで描かれている時代については、そこまで知識がありませんので、それなりに苦労しつつ読んでいます。しかし、こうした時にスマホはとても便利ですね。夜行バス車内の決して十分に明るいとは云えない読書灯の下で読書をしつつ、分からないコトバが出てきますと、一先ず栞を頁に挟んで本を閉じ、スマホで検索し、そのコトバの意味が大体分かりましたらスマホを傍らに置き、再度頁を広げ読み始めるわけですが、思いのほか私は、こうした少し暗い閉鎖的な空間での作業といったものが好きなのかもしれません・・(笑)。」
A「それは何だか面白いですね。たしか何かで読んだ記憶があるのだけれど、「大東亜戦争肯定論」で有名な評論家で作家の林房雄は、通常では普通の家に住んでいるのだけれど、文章を書く時は、真っ直ぐには立てないような狭い屋根裏部屋の中で書いていたということですが、これに通じるような何かがBさんにはあるのかもしれませんね・・(笑)。」
B「いえ、おそらく、そんな大層なものではありませんが、しかし、こうした作業を苦役としてでなく、割合好んで継続出来るような人々の多くは、何と云いますか、こうした場所に閉じ込められる・幽閉されるといった経験を持っている方々が多いのではないかとも思われますね・・。」
A「・・うん、実際、そうした典型例とも云える監獄にて著作を書いていた人も多いですからね。そうしますと、文章での表現を比較的得意とするような所謂、思想犯が多い時代は同時に作家・著述家が多く現れる時代であるのかもしれませんね・・(笑)。・・いや、あるいはニワトリ・タマゴの順番が逆であるのかもしれません・・(笑)。」
B「ええ、仰ること大体は理解出来ていると思います。また、おそらく文章表現のみならず、我々の創造的な作業の多くは、こうした比較的暗く、孤独な環境で行われるようなものではないでしょうか? また、そこから思うことは、おそらく現在の我々の社会は、こうしたギャップから何かが創造・生じるといった原理の様相を忘れ、何やら似非西洋的・浅知恵的な合理性で物事を判断するような癖が固着し、現在に至っているのではないかと思われるのです。」
A「・・ええ、それも何となくですが理解できますね・・。そしてこの先には、もっと明るい考えを自然に創造出来るような時代がやってくるのでしょうかね・・。」
B「どうでしょうか・・。しかし、それがどちらであったとしても、私は押付けではない教養教育と、手を用いる実習教育の双方が大変重要であるように思います。」
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
2020年2月3日月曜日
2020年2月2日日曜日
20200202 ブログへの反応から思ったこと、および最近の読書から
これまで、ある程度の期間、ブログ記事の作成を行ってきましたが、当初の2年ほどは、しばしば直接・間接にて当ブログのことをくさすようなご意見を頂くことがありました。また、これは現在においても、なくはないと云えますが、それでも、当初の時期と比べますと、どうしたわけか減っているように感じられます。
他方で、当ブログに対し、褒めるとまでは行かなくとも、肯定的なご意見を頂くといったことも滅多になく、これまで1、2度ほど、そうしたことがあったと記憶しています。これは、当ブログを読んで頂いている方々が減少したことから、それに伴い、反応も少なくなってきたとも考えられますが、当ブログの閲覧者数は、開始後3年目がもっとも多く、その後、徐々に減少し、現在の水準にて落ち着いてきていますので、その考えは精確には当て嵌まらないと思われます。
ともあれ、記事閲覧者数の多寡ではなく、否定・肯定のいずれであれ、記事に対して少なからず反応があるということは、必ずしも、記事作成の継続のために、そこまで重要ではないと思われますので、端的に、あと70記事程度を今年の6月後半あたりまでに、どうにか投稿出来ればと考えています。
さて、つい先日から読み始めました岡義武著「国際政治史」は、その後も頁が進み、本日までで、全体の4分の1程度まで読み進みました。この時代のくだりもまた大変面白く、具体的には、19世紀前半のナポレオン戦争後の欧州を主とした世界情勢については、これまであまり概説的な著述を読んでいなかったことから、かなり新鮮な感じを受け、また同時に、トーマス・マンによる「魔の山」の社会背景様相がさらに深化して理解出来たようにも思われました。
その一方で、昨年暮れに購入した梶田昭著「医学の歴史」を少し手に取って読んでみたところ、これもまた興味深く、とりわけ、同著11章の「西欧医学と日本人」の、我が国における西欧医学萌芽期(江戸時代後期~)の記述が大変新鮮であり、今後、機会を見つけて、これに類する他の著作をあたってみようと思います・・(苦笑)。
とはいえ、経験上、あまり手を広げすぎるのも良くないと考えることから、とりあえずは、さきのブログにて述べましたように岡義武著「国際政治史」を半分程度まで読み進め、次いでユヴァル・ノア・ハラリによる新著「21 lessons :21世紀の人類のための21の思考」を並行して読んでみようと思います。しかし、さきにとり挙げましたあまり意図せずに読み始めた面白い著作も大事にし、そして機会を見つけてある程度集中的に読んでみたいと考えています。
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設
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ともあれ、記事閲覧者数の多寡ではなく、否定・肯定のいずれであれ、記事に対して少なからず反応があるということは、必ずしも、記事作成の継続のために、そこまで重要ではないと思われますので、端的に、あと70記事程度を今年の6月後半あたりまでに、どうにか投稿出来ればと考えています。
さて、つい先日から読み始めました岡義武著「国際政治史」は、その後も頁が進み、本日までで、全体の4分の1程度まで読み進みました。この時代のくだりもまた大変面白く、具体的には、19世紀前半のナポレオン戦争後の欧州を主とした世界情勢については、これまであまり概説的な著述を読んでいなかったことから、かなり新鮮な感じを受け、また同時に、トーマス・マンによる「魔の山」の社会背景様相がさらに深化して理解出来たようにも思われました。
その一方で、昨年暮れに購入した梶田昭著「医学の歴史」を少し手に取って読んでみたところ、これもまた興味深く、とりわけ、同著11章の「西欧医学と日本人」の、我が国における西欧医学萌芽期(江戸時代後期~)の記述が大変新鮮であり、今後、機会を見つけて、これに類する他の著作をあたってみようと思います・・(苦笑)。
とはいえ、経験上、あまり手を広げすぎるのも良くないと考えることから、とりあえずは、さきのブログにて述べましたように岡義武著「国際政治史」を半分程度まで読み進め、次いでユヴァル・ノア・ハラリによる新著「21 lessons :21世紀の人類のための21の思考」を並行して読んでみようと思います。しかし、さきにとり挙げましたあまり意図せずに読み始めた面白い著作も大事にし、そして機会を見つけてある程度集中的に読んでみたいと考えています。
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
日本福祉大学
オープンキャンパス
~書籍のご案内~
~勉強会の御案内~
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祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
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歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。
~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
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どうぞよろしくお願いいたします!
20200202 最近の読書から思ったこと・内容と著者の文体から
先日来から読み進めていました岡義武著「転換期の大正」を、つい先日、移動中の電車内にて読了しました。次いで同著者による「国際政治史」を新たに読み始めましたが、こちらは扱っている時代が以前に読んだポール・ケネディ著「大国の興亡」と概ね同様であることから、時折、意味が分からない言葉が出ては来るものの、それらの意味を調べつつ、比較的スムーズに読み進めることが出来ていると思われます・・。
また、当著作も、先日読了の「明治政治史」上下巻、「転換期の大正」同様、大変興味深く、特に著者である岡義武氏のテクニックであるのか、あるいは癖であるのか分かりませんが、著述にしばしば、そこに記されている人物についてのエピソードが挙げられているのですが、これが大変にセンスが良いと云いますか、秀逸であるように思われます。
後日、興味深いと思われた、こうした記述を当ブログに抜粋引用してみようと思いますが、その前にとりあえず、現在読み進めている「国際政治史」をもう少し読み進めたいと思います・・(苦笑)。また、ここまで書いていて不意に思い出されたことは、以前に、当ブログにてユヴァル・ノア・ハラリの新著「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」を次に読んでみたいと述べていたことです・・(苦笑)。
おそらく、自分からの読み易さとしては、後者の方が優れていると思われますが、折角ようやく「国際政治史」の著述の間(ま)・文体に乗ることが出来るようになってきたと感じられることから、当著作を半分程度まで読み進みましたら、様子を見て、後者の方に手を出してみようと思います・・(笑)。
つい先日、日本近現代史についての著作を読み終え、そこから間を置かず主に16世紀以降の欧州を舞台とする国際政治・歴史についての著作を読み始めますと、やはり当初は相当に面食らうと云えますが、同時に両著とも、同じ著者によって書かれていることから、用いられている言葉・タームは、それなりに違うものの、その歴史著述の運びなどは、当然と云えば当然であるのかもしれませんが類似しており、そこから、何とか日本近現代からウェストファリア条約以降の欧州社会に飛び移ることが出来ているのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、こうしたことは書籍を読み進める上ではそれなりに重要であり、専門書はもとより、それは小説などの所謂「物語を読ませる」性質のものであれば、より一層重要であると云え、あるいは、こうしたことを人々に感じさせることの出来る文体を、どうにか体得することが出来るのであれば、それなりに苦労をしてみるのも悪くはないのかもしれません・・(笑)。
また、そこから思ったことですが、ここ数日は以前に投稿したブログ記事の加筆を行い再度投稿してきましたが、これはこれでやってみますと、色々と考えさせられて面白く、また、過去の自分(の文体)を、ある程度まで客観視することが出来るようにも思われることから、今後も継続して行きたいと思います。そして、案外、こうした過去の投稿記事への加筆作業の過程において、また、新たな記事作成の契機ともなるような、ひらめきを得ることが出来るのではないかとも思われるのです・・(笑)。
今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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また、当著作も、先日読了の「明治政治史」上下巻、「転換期の大正」同様、大変興味深く、特に著者である岡義武氏のテクニックであるのか、あるいは癖であるのか分かりませんが、著述にしばしば、そこに記されている人物についてのエピソードが挙げられているのですが、これが大変にセンスが良いと云いますか、秀逸であるように思われます。
後日、興味深いと思われた、こうした記述を当ブログに抜粋引用してみようと思いますが、その前にとりあえず、現在読み進めている「国際政治史」をもう少し読み進めたいと思います・・(苦笑)。また、ここまで書いていて不意に思い出されたことは、以前に、当ブログにてユヴァル・ノア・ハラリの新著「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」を次に読んでみたいと述べていたことです・・(苦笑)。
おそらく、自分からの読み易さとしては、後者の方が優れていると思われますが、折角ようやく「国際政治史」の著述の間(ま)・文体に乗ることが出来るようになってきたと感じられることから、当著作を半分程度まで読み進みましたら、様子を見て、後者の方に手を出してみようと思います・・(笑)。
つい先日、日本近現代史についての著作を読み終え、そこから間を置かず主に16世紀以降の欧州を舞台とする国際政治・歴史についての著作を読み始めますと、やはり当初は相当に面食らうと云えますが、同時に両著とも、同じ著者によって書かれていることから、用いられている言葉・タームは、それなりに違うものの、その歴史著述の運びなどは、当然と云えば当然であるのかもしれませんが類似しており、そこから、何とか日本近現代からウェストファリア条約以降の欧州社会に飛び移ることが出来ているのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、こうしたことは書籍を読み進める上ではそれなりに重要であり、専門書はもとより、それは小説などの所謂「物語を読ませる」性質のものであれば、より一層重要であると云え、あるいは、こうしたことを人々に感じさせることの出来る文体を、どうにか体得することが出来るのであれば、それなりに苦労をしてみるのも悪くはないのかもしれません・・(笑)。
また、そこから思ったことですが、ここ数日は以前に投稿したブログ記事の加筆を行い再度投稿してきましたが、これはこれでやってみますと、色々と考えさせられて面白く、また、過去の自分(の文体)を、ある程度まで客観視することが出来るようにも思われることから、今後も継続して行きたいと思います。そして、案外、こうした過去の投稿記事への加筆作業の過程において、また、新たな記事作成の契機ともなるような、ひらめきを得ることが出来るのではないかとも思われるのです・・(笑)。
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2020年1月26日日曜日
20200125 「言語と事物の関連性」の明瞭化・深化について思ったこと
おかげさまで1月23日投稿分記事の『手紙形式:クラシック楽曲と映画について【20200123】』がアメーバブログにて20位にランクインしました。これまでにも、何度か投稿記事がランクインしたことがありましたが、今回のランクインは、これまでで最も順位が高いことから、少し高揚しました・・(笑)。これを読んでくださった皆様どうもありがとうございます。
また、当ブログ開始から5周年を迎える、来る6月22日までに66記事の新規投稿があれば、総投稿記事数が1300に至り、同時に、それまでの5年間で10日のうち7日以上、記事作成を行ってきたことになります。そうしますと、今後、6月22日に至るまで、5日のうち2~3日程度、記事作成を行う必要がありますが、どうにか達成してみたいと思います。
これまで、約4年半にわたりブログ記事の作成を継続してきましたが、以前と比べて容易に記事作成が出来るようになったわけでもなく、また、記事内容については、当初の方がいくらか深みがあったようにも思われます。他方で、書かれた文章の読み易さについては、以前と比べますと、いくらかは上達したようにも思われます。これは、書く内容の深みが減衰してきた分、それを表現するための文章も単純化することが出来、いくらか適切な文章を(容易に)書くことが出来るようになったとも見て取れるのですが、これについては、今後、更なる高水準での均衡(文章の読み易さと深みの)を目指していきたいと思います。
また、当ブログ開始から5周年を迎える、来る6月22日までに66記事の新規投稿があれば、総投稿記事数が1300に至り、同時に、それまでの5年間で10日のうち7日以上、記事作成を行ってきたことになります。そうしますと、今後、6月22日に至るまで、5日のうち2~3日程度、記事作成を行う必要がありますが、どうにか達成してみたいと思います。
これまで、約4年半にわたりブログ記事の作成を継続してきましたが、以前と比べて容易に記事作成が出来るようになったわけでもなく、また、記事内容については、当初の方がいくらか深みがあったようにも思われます。他方で、書かれた文章の読み易さについては、以前と比べますと、いくらかは上達したようにも思われます。これは、書く内容の深みが減衰してきた分、それを表現するための文章も単純化することが出来、いくらか適切な文章を(容易に)書くことが出来るようになったとも見て取れるのですが、これについては、今後、更なる高水準での均衡(文章の読み易さと深みの)を目指していきたいと思います。
また、それらを書いてきた自分については、人文社会科学系と歯科生体材料学分野双方にて研究活動を行ってきた経験があるからこそ、これまでブログ記事の作成を継続することが出来たと考えています。
しかし、多くの閲覧者数を得ている、所謂トップ・ブロガーの方々の多くは、こうした経験など経ずとも、多くの閲覧者数を得ておられることから、上記に述べたことは「本当にそこまで大きな意味・必要性があったのか?」と思われるところではあるのですが、少なくとも自分については、双方分野での研究活動により、単に文体の表層に留まらず、その背景にある「言語と事物の関連・結びつきが明瞭化・深化」され、具象・抽象何れの表現対象であっても、著される文章の明確さ、解像能がいくらかは向上し、これまでの継続に至ったものと認識しています。
これを異言しますと、表現の対象と、その表現に用いる言語との関係性が、研究活動を通じてある程度、書き手にとって明確になりますと、それに伴い、書かれた文章表現の解像能も自然と向上し、読んで頂く方々が増え、そこから書き手の精神が励起し、ここまでのブログ継続に至ったということになります。
しかし、多くの閲覧者数を得ている、所謂トップ・ブロガーの方々の多くは、こうした経験など経ずとも、多くの閲覧者数を得ておられることから、上記に述べたことは「本当にそこまで大きな意味・必要性があったのか?」と思われるところではあるのですが、少なくとも自分については、双方分野での研究活動により、単に文体の表層に留まらず、その背景にある「言語と事物の関連・結びつきが明瞭化・深化」され、具象・抽象何れの表現対象であっても、著される文章の明確さ、解像能がいくらかは向上し、これまでの継続に至ったものと認識しています。
これを異言しますと、表現の対象と、その表現に用いる言語との関係性が、研究活動を通じてある程度、書き手にとって明確になりますと、それに伴い、書かれた文章表現の解像能も自然と向上し、読んで頂く方々が増え、そこから書き手の精神が励起し、ここまでのブログ継続に至ったということになります。
とはいえ、このことは、そこまで単純なことではなく、また容易く一般化出来ることではないと思われますが、ここで多少大風呂敷を広げさせて頂きますと、この「言語と事物の関連・結びつき」の明瞭化・深化こそが、その言語を使う国・地域の興廃を決する大きな要素になるのではないかと思われるのです。これは、さまざまな時代の著述物をいくらか読み、あるいは具体的な著作としては、ジョージ・オーウェルによる「1984年」のニュー・スピークに関してのくだりを読んでみますと「あながち嘘ではないのかもしれない・・。」とも考えさせられるところですが、さて、皆様はどのようにお考えになるでしょうか・・。
ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
2020年1月24日金曜日
20200123 手紙形式:クラシック楽曲と映画について
早速のお返事どうもありがとうございます。
また、興味深いクラシック音楽に関しての情報どうもありがとうございます。
大変勉強になり、また肯く部分が多くありました。
さて、私がクラシック音楽を好んで聴くようになった契機は、先日ご一緒させて頂いた**先生からの影響であり、また**先生も、映画にて用いられているクラシック楽曲に関しては該博といって良いほどの知識をお持ちであると云えます。
ともあれ、私の場合は、その後、自分で稼ぐようになりますと、映画作品を観て、その中で気になる楽曲に出会いますと、さまざまな方法で、その楽曲の題名、作曲者等を調べてはCDを購入していました。サントラ盤がある映画ですと、これは簡単ですが、そのような作品ばかりでもありません。また、当時はインターネットも現在ほど普及していなかったため、それらを探すのは、それなりに苦労した記憶があります・・(苦笑)。
そうした中で、クラシック楽曲の映画での用い方が秀逸であると思われた映画監督が、今となってはベタではあるかもしれませんが、スタンリー・キューブリックでした。さきのメッセージにおいて示しましたが、同監督の最後の作品となった「アイズ・ワイド・シャット」の冒頭にショスタコーヴィチによるオーケストラのためのジャズ組曲第2番が用いられていましたが、こうした組み合わせのセンスは、現在他の映画監督で比肩する方はいらっしゃるのでしょうか。
また、そこまで有名とは云えない同監督による作品「バリー・リンドン」は、その映像の美しさと、用いられている楽曲の組み合わせにより「あるいは本当に当時の様子を撮影した映像を見ているのでは」と感じさせられるほどでした。とはいえ、この映像・楽曲双方にこだわった作品にも、ケチをつけられないわけでもなく、映画の時代背景であった18世紀中頃には、この作品で多く用いられたシューベルトによるピアノ三重奏曲第2番変ホ長調第2番は存在しなく、この楽曲は19世紀前半に作曲されたものです。
この異なった時代の楽曲を映画に用いることに反対したさらにこだわるスタッフが製作チームから脱退したという話をどこかで聞いたことがありますが、こうしたことは、おそらく、現在の我が国ではあまり生じ得ない現象と云えるのではないでしょうか。
とはいえ、やはりこの「バリー・リンドン」は映像美と楽曲の組み合わせにおいて突出した作品であるように思われます。また、映像であれば、リドリー・スコットの出世作となった「デュエリスト・決闘者」もまた、かなり美しいと云えます。この作品は「バリー・リンドン」の後の時代、さきのピアノ三重奏曲第2番変ホ長調第2番の作曲者であるシューベルトと同時代(ナポレオン戦争の頃)を舞台としたものであり、また、この作品の原作は、私が一時期耽読といって良いほどに読んだジョセフ・コンラッドによるものであることを、後に知りました。このように映画とクラシック楽曲を通じて、色々と繋がったり考えが浮かんだりすることは、なかなか面白く、興味深いと思われますので、引き続き、自分なりに続けようと思っています。また何か面白いと思った考えが浮かびましたら、メッセージ差し上げます。いまだ寒い日が続きますので、どうぞご自愛専一でお過ごしくださいませ。
また、興味深いクラシック音楽に関しての情報どうもありがとうございます。
大変勉強になり、また肯く部分が多くありました。
さて、私がクラシック音楽を好んで聴くようになった契機は、先日ご一緒させて頂いた**先生からの影響であり、また**先生も、映画にて用いられているクラシック楽曲に関しては該博といって良いほどの知識をお持ちであると云えます。
ともあれ、私の場合は、その後、自分で稼ぐようになりますと、映画作品を観て、その中で気になる楽曲に出会いますと、さまざまな方法で、その楽曲の題名、作曲者等を調べてはCDを購入していました。サントラ盤がある映画ですと、これは簡単ですが、そのような作品ばかりでもありません。また、当時はインターネットも現在ほど普及していなかったため、それらを探すのは、それなりに苦労した記憶があります・・(苦笑)。
そうした中で、クラシック楽曲の映画での用い方が秀逸であると思われた映画監督が、今となってはベタではあるかもしれませんが、スタンリー・キューブリックでした。さきのメッセージにおいて示しましたが、同監督の最後の作品となった「アイズ・ワイド・シャット」の冒頭にショスタコーヴィチによるオーケストラのためのジャズ組曲第2番が用いられていましたが、こうした組み合わせのセンスは、現在他の映画監督で比肩する方はいらっしゃるのでしょうか。
また、そこまで有名とは云えない同監督による作品「バリー・リンドン」は、その映像の美しさと、用いられている楽曲の組み合わせにより「あるいは本当に当時の様子を撮影した映像を見ているのでは」と感じさせられるほどでした。とはいえ、この映像・楽曲双方にこだわった作品にも、ケチをつけられないわけでもなく、映画の時代背景であった18世紀中頃には、この作品で多く用いられたシューベルトによるピアノ三重奏曲第2番変ホ長調第2番は存在しなく、この楽曲は19世紀前半に作曲されたものです。
この異なった時代の楽曲を映画に用いることに反対したさらにこだわるスタッフが製作チームから脱退したという話をどこかで聞いたことがありますが、こうしたことは、おそらく、現在の我が国ではあまり生じ得ない現象と云えるのではないでしょうか。
とはいえ、やはりこの「バリー・リンドン」は映像美と楽曲の組み合わせにおいて突出した作品であるように思われます。また、映像であれば、リドリー・スコットの出世作となった「デュエリスト・決闘者」もまた、かなり美しいと云えます。この作品は「バリー・リンドン」の後の時代、さきのピアノ三重奏曲第2番変ホ長調第2番の作曲者であるシューベルトと同時代(ナポレオン戦争の頃)を舞台としたものであり、また、この作品の原作は、私が一時期耽読といって良いほどに読んだジョセフ・コンラッドによるものであることを、後に知りました。このように映画とクラシック楽曲を通じて、色々と繋がったり考えが浮かんだりすることは、なかなか面白く、興味深いと思われますので、引き続き、自分なりに続けようと思っています。また何か面白いと思った考えが浮かびましたら、メッセージ差し上げます。いまだ寒い日が続きますので、どうぞご自愛専一でお過ごしくださいませ。
2020年1月20日月曜日
20200120 昨日の続き、久しぶりの対話形式
A「最近また歴史についてのブログ記事を書いているどうですね。」
B「ええ、ここ最近何となく記事を書いていましたら、自然とそちらの方向に行くようになりました。これは正直なところ書いている自分でも、多少不思議に思うところです(笑)。」
A「うん、何かしら書いているうちに導かれるようなことは、ごく普通にあると思いますので、それはそれで良いのではないでしょうか? また、その書かれている内容についても、そこで扱っていた、馬の冑ですか?について、私はあまり知りませんが、その背景にある云わんとすることは、概ね同感できますね。」
B「はあ、そうですか!そう仰って頂けるとありがたいです。また、さらに言わせて頂きますと、博物館あるいは、そうした歴史に属するモノについてを扱った写真集のような著作の意味合い、価値といったものは、そういったところにあるのではないかと思います・・。
A「うん、博物館で古代に作られたものなどを見ますと、私は少し放心したような状態になることがあるのですが、おそらく、この放心に近い状態において、私の精神は、現在を生きている自分と、その目の前に置かれているものとの間にある遠大な時間を超えようと、あるいはそのものと繋がろうとしているのではないかと思うのです・・。無論、こうした試みは簡単に達成出来るわけではありませんが、それでも、いくらか書籍を読んで調べたりしていますと、よく分かりませんが、何かが繋がったと感じることも時々はあるのです。そして、歴史を学ぶということは、この決して多くはない実感を得るために行っているとも云えるのかもしれません・・(苦笑)。」
B「ああ、それは私も同感です。銅鐸などを見ていますと、何故この時代の人々はこうしたデザインにカミのようなものを見出したのだろうか?などと漠然と思い。また他方で、それを作成した鋳造技術について「これが出来るまでに何回失敗したのだろうか・・?」などと、まあ少し邪な考えが湧いてくることがありますが、そうしたことを、関連する書籍なども読みつつ繰り返し行っていますと、ある時、その銅鐸のカタチや紋様から現在の我々が持つ感覚とも繋がる「何か」が不図脳裏によぎることがあるのです・・。そして、さきほどAさんが仰ったことは、おそらく、私にとっては、こうした現象が相当するのではないかと思われるのです・・。」
A「・・なるほど、それはたしかに全く違う感覚であるとは云えません・・。あるいはかなり似たような感覚であるのかもしれません・・。また、当然ではあると思いますが、それは継続的なインプット、刺激によってはじめて生じるということが、とても重要であるように思いますね・・。そしてまた、おそらく、何であっても、勉強や研究というものは、こうした背景の地均し、あるいは耕すという意味があるからこそ、重要であるのではないかと思うのですが、これは今後、人工知能が発達してきますと、一体どのようになっていくのでしょうかね・・(笑)。」
B「ええ、ここ最近何となく記事を書いていましたら、自然とそちらの方向に行くようになりました。これは正直なところ書いている自分でも、多少不思議に思うところです(笑)。」
A「うん、何かしら書いているうちに導かれるようなことは、ごく普通にあると思いますので、それはそれで良いのではないでしょうか? また、その書かれている内容についても、そこで扱っていた、馬の冑ですか?について、私はあまり知りませんが、その背景にある云わんとすることは、概ね同感できますね。」
B「はあ、そうですか!そう仰って頂けるとありがたいです。また、さらに言わせて頂きますと、博物館あるいは、そうした歴史に属するモノについてを扱った写真集のような著作の意味合い、価値といったものは、そういったところにあるのではないかと思います・・。
A「うん、博物館で古代に作られたものなどを見ますと、私は少し放心したような状態になることがあるのですが、おそらく、この放心に近い状態において、私の精神は、現在を生きている自分と、その目の前に置かれているものとの間にある遠大な時間を超えようと、あるいはそのものと繋がろうとしているのではないかと思うのです・・。無論、こうした試みは簡単に達成出来るわけではありませんが、それでも、いくらか書籍を読んで調べたりしていますと、よく分かりませんが、何かが繋がったと感じることも時々はあるのです。そして、歴史を学ぶということは、この決して多くはない実感を得るために行っているとも云えるのかもしれません・・(苦笑)。」
B「ああ、それは私も同感です。銅鐸などを見ていますと、何故この時代の人々はこうしたデザインにカミのようなものを見出したのだろうか?などと漠然と思い。また他方で、それを作成した鋳造技術について「これが出来るまでに何回失敗したのだろうか・・?」などと、まあ少し邪な考えが湧いてくることがありますが、そうしたことを、関連する書籍なども読みつつ繰り返し行っていますと、ある時、その銅鐸のカタチや紋様から現在の我々が持つ感覚とも繋がる「何か」が不図脳裏によぎることがあるのです・・。そして、さきほどAさんが仰ったことは、おそらく、私にとっては、こうした現象が相当するのではないかと思われるのです・・。」
A「・・なるほど、それはたしかに全く違う感覚であるとは云えません・・。あるいはかなり似たような感覚であるのかもしれません・・。また、当然ではあると思いますが、それは継続的なインプット、刺激によってはじめて生じるということが、とても重要であるように思いますね・・。そしてまた、おそらく、何であっても、勉強や研究というものは、こうした背景の地均し、あるいは耕すという意味があるからこそ、重要であるのではないかと思うのですが、これは今後、人工知能が発達してきますと、一体どのようになっていくのでしょうかね・・(笑)。」
2020年1月19日日曜日
20200119 昨日の続き、歴史の理解・認識について
さて、昨日投稿分の記事にて「歴史の理解・認識」について書きました。その主旨は、歴史など手に触れたり、見ることが出来ない、所謂「抽象的」なものに対しては、それについて書かれたさまざまな著作を読み続け、油絵の重ね塗りのようにして、その様相を理解・認識していくといったものでしたが、それと同時に、その歴史と同時代に作成されたさまざまな物を通じた理解・認識もまた、重要であると云えます。
そして、それら双方による理解・認識を通して、はじめて明瞭・クリアな歴史像を得ることが出来るように思われます・・。たとえば、具体的なハナシとしては、和歌山県和歌山市の紀ノ川北岸に立地する大谷古墳から、我が国では出土が珍しい戦闘時の馬に装着する「馬冑」というものが出土しています。この「馬冑」は、古来から乗馬文化を持っていた北東アジアを淵源とするものであり、中国北部や朝鮮半島の墳墓からも出土、さらに墳墓内壁画での描写、副葬品陶俑での表現などが見受けられます。
我が国における「馬冑」の出土は、さきの和歌山県、その他は福岡県、埼玉県の古墳からの3例のみであり、それらの時代はいずれも5~6世紀代とされています。また同時に、この時代は、記紀が伝えるように朝鮮半島内部での国々の争いに、ヤマト朝廷が派兵していた時期でもあり、そこから、おそらく上記3古墳の埋葬者は、この朝鮮半島への派兵に強く関与していたと考えるのが妥当と云えます。
つまり彼等は、ヤマト朝廷の朝鮮半島派兵に従って渡海し、現地にて「馬冑」を入手したのではないかということです。とりわけ、さきの大谷古墳に関しては、5世紀後半に在地豪族である紀氏に属する紀小弓また、その子である紀大磐が朝鮮半島での軍事活動に従事したという記録があることから、その信憑性は高いと云え、あるいは大谷古墳に前記二者(紀小弓・大磐)のいずれかが埋葬されていなくとも、同時期に朝鮮半島派兵に従った紀氏に連なる誰かが埋葬されているとも十分に考え得ることから、さきの「馬冑」の出土と、その背景にある記録されている歴史像は、整合性を持ち結節することが出来ると云えます。
そして、そのようにして抽象的な歴史像と同時代における作成物を重ね合わせますと、そこには、単に抽象的とは云いきれない、具体的なイメージを伴った歴史像が形成され得るのではないでしょうか。また、こうしたことは、歴史を扱ったマンガ・映画などにおいてはその評価をも左右する極めて重要な要素であると云えます。とはいえ、欧米で製作された歴史を題材とした映画と、我が国のそれを比較しますと、我が国の場合、製作された時代が現在に近づくにつれ、その描写が「必ずしも妥当とは云えない」といった作品が多くなっているという印象を受けます。あるいは端的に、我が国の歴史を題材とした映画作品は、全体的に過去と比べ、背景となる歴史への考証が必ずしも適切に為されていないといった感じを受けます。
この意見には、おそらく異論を持たれる方々も少なからずいらっしゃるとは思いますが、それでも、いくらか、そうした作品を読み、観てきた私からしますと、どうしても、そのような印象を受けるのです・・。さて、皆様、こうしたことについて、どのようにお考えになるでしょうか?
今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設
そして、それら双方による理解・認識を通して、はじめて明瞭・クリアな歴史像を得ることが出来るように思われます・・。たとえば、具体的なハナシとしては、和歌山県和歌山市の紀ノ川北岸に立地する大谷古墳から、我が国では出土が珍しい戦闘時の馬に装着する「馬冑」というものが出土しています。この「馬冑」は、古来から乗馬文化を持っていた北東アジアを淵源とするものであり、中国北部や朝鮮半島の墳墓からも出土、さらに墳墓内壁画での描写、副葬品陶俑での表現などが見受けられます。
我が国における「馬冑」の出土は、さきの和歌山県、その他は福岡県、埼玉県の古墳からの3例のみであり、それらの時代はいずれも5~6世紀代とされています。また同時に、この時代は、記紀が伝えるように朝鮮半島内部での国々の争いに、ヤマト朝廷が派兵していた時期でもあり、そこから、おそらく上記3古墳の埋葬者は、この朝鮮半島への派兵に強く関与していたと考えるのが妥当と云えます。
つまり彼等は、ヤマト朝廷の朝鮮半島派兵に従って渡海し、現地にて「馬冑」を入手したのではないかということです。とりわけ、さきの大谷古墳に関しては、5世紀後半に在地豪族である紀氏に属する紀小弓また、その子である紀大磐が朝鮮半島での軍事活動に従事したという記録があることから、その信憑性は高いと云え、あるいは大谷古墳に前記二者(紀小弓・大磐)のいずれかが埋葬されていなくとも、同時期に朝鮮半島派兵に従った紀氏に連なる誰かが埋葬されているとも十分に考え得ることから、さきの「馬冑」の出土と、その背景にある記録されている歴史像は、整合性を持ち結節することが出来ると云えます。
そして、そのようにして抽象的な歴史像と同時代における作成物を重ね合わせますと、そこには、単に抽象的とは云いきれない、具体的なイメージを伴った歴史像が形成され得るのではないでしょうか。また、こうしたことは、歴史を扱ったマンガ・映画などにおいてはその評価をも左右する極めて重要な要素であると云えます。とはいえ、欧米で製作された歴史を題材とした映画と、我が国のそれを比較しますと、我が国の場合、製作された時代が現在に近づくにつれ、その描写が「必ずしも妥当とは云えない」といった作品が多くなっているという印象を受けます。あるいは端的に、我が国の歴史を題材とした映画作品は、全体的に過去と比べ、背景となる歴史への考証が必ずしも適切に為されていないといった感じを受けます。
この意見には、おそらく異論を持たれる方々も少なからずいらっしゃるとは思いますが、それでも、いくらか、そうした作品を読み、観てきた私からしますと、どうしても、そのような印象を受けるのです・・。さて、皆様、こうしたことについて、どのようにお考えになるでしょうか?
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日本福祉大学
オープンキャンパス
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祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
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conrad19762013@gmail.com
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