本日も特に日中は気温が上がり、蒸し暑い一日でした・・。
また、おかげさまで昨日もまたブログ記事の閲覧者数が1000人に到達しました。
さて、ここ最近の閲覧者の傾向にて多少面白いことは、当ブログとは、これまで主にアメリカ合衆国、日本から閲覧されている傾向がありました。そして、その傾向には大きな変化は見られないものの、ただ、それに加え、西欧からの閲覧者が以前に比べ徐々に増加してきたことです。
ここには如何なる原因が存在するのであるか判然としませんが、あるいは最近共有した動画サイトの動画が原因ではなかろうかとも思われます・・。
また、昨今は、投稿した記事数も今回の投稿にて390代の半ばに達し、400記事への到達も(これまでの道程からすれば)まあ、目前と評しても良い状況になるのではないかと思います・・。
とはいえ、今後もし無事に400記事に到達した場合、その次は一体どうするのでしょうか・・?
とはいえ、おそらく、その後も何かしら記事を書き続けるとは思われますが・・。また、それにくわえて行いたいことは、これまでに投稿した記事の加筆修正です。
これら既投稿記事の中には現在読んでみますと、不適切、言葉足らずとも思われる部分が少なからず見受けられますので、こうした作業とは(多少は)有意義なものであると思われます。
しかし、その際において問題であると思われることは、既存の投稿記事の状態をどうするかということであり、新たに加筆修正した記事に置き換えることが、もしかしたら自然であるのかもしれませんが、同時にそうしたことを(少なからず)行うと、目的は異なるのかもしれませんが、ジョージ・オーウェル著「1984年」での新聞記事作成および修正における記述を思い起こさせるため、どうもあまりいい気持がしません・・・(苦笑)。
そのため、もし既投稿記事の加筆修正を行った場合、オリジナルの記事はそのままにして、加筆修正が為された記事は(201****加筆修正分)と名付け、新たな記事として投稿するのが良いのではないかと考えております。
しかし、そうしますと、今度は「その方法を採ることにより、投稿記事数のより安直なカサ増しを狙っているのではなかろうか?」といった疑念もまた読んで頂いている方々に生じるのではないかと思われます(杞憂であるかもしれませんが)。
しかし、それ(既存記事の加筆修正)ばかりであれば、たしかに問題視される可能性もあると思われますが、それと並行し、新たな記事をも継続して作成するのであれば、そこまで問題視されることもないと考えます・・。
やはり自身としても、何かしら創造性の維持発展は図りたいと考えておりますので・・(笑)。
また「創造性」にて思い起こしましたが、最近は1950年代半ばに第一作が製作された我が国の代表的な怪獣映画の何度目かの改作が公開され話題になっているようですが、個人としては、あの怪獣よりもむしろ「大魔神」の改作を現代の我が国を舞台にして為された方が余程インパクトがあるのではないかと思いますが如何でしょうか・・?
これら怪獣、大魔神に共通する要素として、よく分からない強大な力を持つ何か過去のものが、何らかの契機により目覚め、それが(映画の)舞台となる時代、地域を蹂躙、大暴れするといったことが挙げられます。
一方、異なる要素として、怪獣は本来自然が生み出した「生物」であり、大魔神は古代の人為的な「意図」に基づいて製作された「もの」であることが挙げられます。
そして、もしかすると我々日本人とは、このような恐怖の対象となる存在を何らかの生物として具現化したがるといった特徴、指向性があるのかもしれません・・。(地震のなまず絵等々)
その場合、大魔神とは、元々人為的な製作物(おそらく観念的背景も強い)であるため、それが目覚め、暴れるためには、その起因となる出来事も、必然的にある程度限定された人為的、観念的なものとなるのではないかと思われます・・。
そして、そうであれば、そこから受けるインパクト、恐怖もより限定され、映画作品として観る立場からは一層、第三者的となり、あまり感情移入をする(怖がる)ことが出来ないものになってしまうのかもしれない・・。
また、それに加えて、我が国の戦後より、その傾向がより一層顕著となった自国の歴史(古代を含む)についての無関心といった要素もまた強く存在するのではないかとも考えさせられます・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
そして、さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念します。」
2016年8月21日日曜日
20160820 下書きノートにて作成・・
A「本日は所用のため外出した先にて若干空き時間が出来たため、近くの喫茶店に入り久しぶりに本日分のブログ記事の下書きをノートに記すことにしました。
以前は概ね、このノートに下書きを記す方法にてブログ記事を作成しておりましたが、昨今は主に時間的な制限によりPCへの直接入力にて作成しております。
こうしたブログ記事の作成方法の変化により、記された記事の文体、内容に変化は生じるのでしょうか・・?
しかしながら、こうしたことは、ある程度継続してみないと判然としてこないのではないかと思われます。
そして、ある程度継続してみた結果として、その間(下書き・直接入力)に顕著、有意な差異が見受けられないであれば、それはそれで(私としては)新たな発見となり、少なくとも退屈なことではないものといえます・・(笑)。
しかし、その際において重要なことは、結果そのものではなく、そうした現象が判然とするまでの過程、経緯をどのように解釈、理解し、さらにそれを適切に表現することではないかと思われます。
このように記しておりますと、これは思いのほか重要なことではないかと思いはじめました・・(笑)。
また、私がこうしたことを考えるに至ったのは、本格的に実験というものに取り組んだ在鹿児島の頃でした。
一般的に実験を行うに際し、事前に、あるいは並行して類似、関連する他の実験について記された国内外諸文献(先行文献)をあたり、それらの実験、観察結果において、どのようにそこで生じた現象が解釈され、記述されているかを知ることが必須になります。
そして、それを自身の行った実験の過程、結果と比較検討するのですが、実際に実験の全過程を手掛けていますと、概ね、先行文献の解釈、記述に対し多少なりとも疑問が生じてきます。
それは、たとえ実験結果データが示す傾向が類似したものであったとしてもです。
そうしますと、次のステップ、つまり更なる検証の方向、方法が異なってきますので、これ(実験結果の解釈、記述)とは、大変重要な要素であるといえます。
また、次の方向性、更なるステップの方法の検討といったところでまさしく、実験、研究に従事する人のセンス、学識といった背景が顕現あるいは問われるのではないかと思われます・・。
その意味で私が行った実験とは、特にその方向、方法の検討、結果の解釈などにおいては、お師匠からの御意見を多く参考にさせて頂いたものであったため、その際に何といいますか(私としては)異次元的な学識の深さを感じさせられることが多々ありました・・(笑)。
また、それに関連して思い起こすことは、この師匠を含め、これまでに私が見知った物理、理工学系の(おそらく)突出しているであろう研究者の方々とは、概ね一般的な意味で決して(「かつての」をも含む)美男子(ばかり)というわけではなく、また体型も特にスリムといったわけではないのですが、ジブリ映画の「紅の豚」にて主人公が決闘前夜にランプの灯りで機関銃の弾丸を点検しているところを偶然見かけると、何だかカッコよく(豚が人間に)見えたというような感じ、あるいは根源的に、生物の雄(オス)としてカッコいいと感じさせる何かがあるのではないかと思われます・・。
しかしながら、こうしたことの実証とは(少なくとも現在においては)科学的に困難であることから、信ぴょう性がなく、うさん臭く思われがちですが、それでも個人の全体像に付随する「よくわからない何か」とは実際に存在するのではないかと思っております・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」
以前は概ね、このノートに下書きを記す方法にてブログ記事を作成しておりましたが、昨今は主に時間的な制限によりPCへの直接入力にて作成しております。
こうしたブログ記事の作成方法の変化により、記された記事の文体、内容に変化は生じるのでしょうか・・?
しかしながら、こうしたことは、ある程度継続してみないと判然としてこないのではないかと思われます。
そして、ある程度継続してみた結果として、その間(下書き・直接入力)に顕著、有意な差異が見受けられないであれば、それはそれで(私としては)新たな発見となり、少なくとも退屈なことではないものといえます・・(笑)。
しかし、その際において重要なことは、結果そのものではなく、そうした現象が判然とするまでの過程、経緯をどのように解釈、理解し、さらにそれを適切に表現することではないかと思われます。
このように記しておりますと、これは思いのほか重要なことではないかと思いはじめました・・(笑)。
また、私がこうしたことを考えるに至ったのは、本格的に実験というものに取り組んだ在鹿児島の頃でした。
一般的に実験を行うに際し、事前に、あるいは並行して類似、関連する他の実験について記された国内外諸文献(先行文献)をあたり、それらの実験、観察結果において、どのようにそこで生じた現象が解釈され、記述されているかを知ることが必須になります。
そして、それを自身の行った実験の過程、結果と比較検討するのですが、実際に実験の全過程を手掛けていますと、概ね、先行文献の解釈、記述に対し多少なりとも疑問が生じてきます。
それは、たとえ実験結果データが示す傾向が類似したものであったとしてもです。
そうしますと、次のステップ、つまり更なる検証の方向、方法が異なってきますので、これ(実験結果の解釈、記述)とは、大変重要な要素であるといえます。
また、次の方向性、更なるステップの方法の検討といったところでまさしく、実験、研究に従事する人のセンス、学識といった背景が顕現あるいは問われるのではないかと思われます・・。
その意味で私が行った実験とは、特にその方向、方法の検討、結果の解釈などにおいては、お師匠からの御意見を多く参考にさせて頂いたものであったため、その際に何といいますか(私としては)異次元的な学識の深さを感じさせられることが多々ありました・・(笑)。
また、それに関連して思い起こすことは、この師匠を含め、これまでに私が見知った物理、理工学系の(おそらく)突出しているであろう研究者の方々とは、概ね一般的な意味で決して(「かつての」をも含む)美男子(ばかり)というわけではなく、また体型も特にスリムといったわけではないのですが、ジブリ映画の「紅の豚」にて主人公が決闘前夜にランプの灯りで機関銃の弾丸を点検しているところを偶然見かけると、何だかカッコよく(豚が人間に)見えたというような感じ、あるいは根源的に、生物の雄(オス)としてカッコいいと感じさせる何かがあるのではないかと思われます・・。
しかしながら、こうしたことの実証とは(少なくとも現在においては)科学的に困難であることから、信ぴょう性がなく、うさん臭く思われがちですが、それでも個人の全体像に付随する「よくわからない何か」とは実際に存在するのではないかと思っております・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」
2016年8月20日土曜日
20160819 読書について・・【書籍 ラッセル著『幸福論』からの抜粋引用あり】
現在三度目の野上彌生子著の「迷路」(上巻)を読んでおります。そして、その記述から、また新たに色々と思う、考えさせられることが出てきます・・。
以前読んだ時においては特に気に留めなかった記述を今回の読書において興味ある箇所として見出すことは、おそらく皆様においても同様に少なくないと思われます。
しかし、同時に、そうしたことが「何故生じるのか?」とは、イマイチよく分かっていない、自覚していないのではないでしょうか・・?
表層的には「それを読んでいる時の自分の心持、感情が変わっているから生じるのであろう。」となるのでしょうが、ではなぜ、どのように自分の心持、感情とは変化するのでしょうか?
また、おそらく、このあたりをも自身の意識などで制御、操作が出来るようになれば、それはそれでスゴイことなのではないかと思われます・・。
また、そう(自身の心持、感情を意識などで制御、操作出来るように)なれば、このようなブログ記事などを継続的に作成することは、おそらく何の苦でもなくなるのかもしれません・・(笑)。
そして、このようなことを記しておりますと、不図、小林秀雄がどこかで述べていた「文章を書く際には間(ま)というものが極めて重要であり、その間(ま)に乗らないと決して文章というものは書けない。」といったことを思い起こしました・・。
なるほど、これはたしかに自身の体験、経験からもその通りであるかもしれません・・。
また、本日のブログ記事を書く際においても、なかなかまとまった着想が思い浮かばず、幾度か主題を変更した結果、上のようなものとなっているのです・・(苦笑)。
そして、その主題にて、この程度まで文章を書き続けることが出来れば、とりあえず自身としては、及第ではあるのですが、同時にそれが読んで頂いている方々(のより多く)にとって面白いものであるかどうかとは、極めて遺憾ながら、また別問題であるようです・・(苦笑)。
とはいえ、どのように才能豊かな著述家であろうと、その著作の最初から最後まで全編が面白いといったものは存在しないのではないかと思われます・・。
そして、もし、そのような著作が存在するとすれば、それは先ほど記した我々が持つ心持、感情の特徴から敷衍しますと、逆説的にあまり深みのない、面白くないものとなってしまうのではないでしょうか・・?
また、それに付随して、深みのある読書の面白さ、楽しさとは、一つに、そういったところに存するのではなかろうかとも思われますが、如何でしょうか?
また、ここから一気に卑近な事情にハナシを移しますと、はじめに記した主題によってここまでハナシをある程度拡張し、引張ることが出来れば、それは自身としては、及第以上ではなかろうかとも思われます・・(笑)。
さらに、ここまで記しておりますと、不図、以前読んだバートランド・ラッセル著岩波文庫刊「幸福論」の一節を思い起こしましたので、下に示します。
PP.68ー70
『偉大な本は、おしなべて退屈な部分を含んでいるし、古来、偉大な生涯は、おしなべて退屈な期間を含んでいた。
現代のアメリカの出版業者が、初めて持ち込まれた原稿として旧約聖書を目のあたりにした場合を想像してみるがいい。
たとえば、家系について彼がどんなコメントをするかを想像するのはむずかしくない。
「ねえあなた」と彼は言うだろう。「この章はぴりっとしていませんな。ほとんど説明もなしに、ただ固有名詞をずらずら並べたって読者の興味を引きつけることはできませんよ。確かにストーリーの冒頭は、スタイルもなかなか見事です。それで、私も初めはすこぶる好ましい印象を与えられたのでした。でも総じて、何もかも洗いざらい語りたいという気持ちが強すぎます。さわりの部分を選び出し、余計な箇所を省いてください。そして、適当な長さに縮まったら、もう一度原稿をお持ちください。」
こんなふうに現代の出版業者は言うだろう。
現代の読者がどれほど退屈を恐れているか承知しているからだ。彼はまた、孔子の古典や、コーランや、マルクスの「資本論」や、そのほかこれまでベストセラーになったすべての聖典についても、同様なことを言うだろう。
このことは、聖典のみにあてはまることではない。
最もすぐれた小説は、おしなべて退屈なくだりを含んでいる。
最初のページから最後のページまで才気がひらめいているような小説は、まずまちがいなく、偉大な本ではない。
偉人の生涯にしても、二、三の偉大な瞬間を除けば、興奮にみちたものではなかった。
ソクラテスも、おりふしは晩餐会を楽しんだし、また、あおいだ毒ニンジンが回りはじめたときも、自分の会話に深い満足をおぼえたにちがいない。
しかし生涯の大部分は、妻のクサンチッペとともに静かに暮らしたのだ。
そして、午後には健康のために散歩をし、もしかすると、途中で二、三の友と人会ったことだろう。カントは、一生涯、ケーニヒスベルクの町から十マイル以上離れたことは一度もなかった、といわれている。
ダーウィンは、世界一周したあと、その後の生涯をずっとわが家で過ごした。
マルクスは、いくつかの革命を起こしたあと、残りの日々を大英博物館で過ごすことに決めた。
総じてわかることは、静かな生活が偉大な人びとの特徴であり、彼らの快楽はそと目には刺激的なものではなかった、ということだ。
偉大な事業は、あまりにも注意を奪い、あまりにもむずかしいので、骨の折れるような娯楽をするためのエネルギーがほとんど残らないのである。例外は、休暇中に肉体的エネルギーを回復するのに役立つような娯楽で、その最もよい例は山登りであるかもしれない。』
さて、このあたりは如何にもバートランド・ラッセルらしい文章であると思われます・・。
また同時に、抜粋引用部前半からは、モンティ・パイソン調の笑いを誘われることから、こうしたことにおかしさを見出す精神とは英国特有のものであるのかもしれません・・(笑)。
とはいえ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月の熊本での大地震によって被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。
以前読んだ時においては特に気に留めなかった記述を今回の読書において興味ある箇所として見出すことは、おそらく皆様においても同様に少なくないと思われます。
しかし、同時に、そうしたことが「何故生じるのか?」とは、イマイチよく分かっていない、自覚していないのではないでしょうか・・?
表層的には「それを読んでいる時の自分の心持、感情が変わっているから生じるのであろう。」となるのでしょうが、ではなぜ、どのように自分の心持、感情とは変化するのでしょうか?
また、おそらく、このあたりをも自身の意識などで制御、操作が出来るようになれば、それはそれでスゴイことなのではないかと思われます・・。
また、そう(自身の心持、感情を意識などで制御、操作出来るように)なれば、このようなブログ記事などを継続的に作成することは、おそらく何の苦でもなくなるのかもしれません・・(笑)。
そして、このようなことを記しておりますと、不図、小林秀雄がどこかで述べていた「文章を書く際には間(ま)というものが極めて重要であり、その間(ま)に乗らないと決して文章というものは書けない。」といったことを思い起こしました・・。
なるほど、これはたしかに自身の体験、経験からもその通りであるかもしれません・・。
また、本日のブログ記事を書く際においても、なかなかまとまった着想が思い浮かばず、幾度か主題を変更した結果、上のようなものとなっているのです・・(苦笑)。
そして、その主題にて、この程度まで文章を書き続けることが出来れば、とりあえず自身としては、及第ではあるのですが、同時にそれが読んで頂いている方々(のより多く)にとって面白いものであるかどうかとは、極めて遺憾ながら、また別問題であるようです・・(苦笑)。
とはいえ、どのように才能豊かな著述家であろうと、その著作の最初から最後まで全編が面白いといったものは存在しないのではないかと思われます・・。
そして、もし、そのような著作が存在するとすれば、それは先ほど記した我々が持つ心持、感情の特徴から敷衍しますと、逆説的にあまり深みのない、面白くないものとなってしまうのではないでしょうか・・?
また、それに付随して、深みのある読書の面白さ、楽しさとは、一つに、そういったところに存するのではなかろうかとも思われますが、如何でしょうか?
また、ここから一気に卑近な事情にハナシを移しますと、はじめに記した主題によってここまでハナシをある程度拡張し、引張ることが出来れば、それは自身としては、及第以上ではなかろうかとも思われます・・(笑)。
さらに、ここまで記しておりますと、不図、以前読んだバートランド・ラッセル著岩波文庫刊「幸福論」の一節を思い起こしましたので、下に示します。
PP.68ー70
『偉大な本は、おしなべて退屈な部分を含んでいるし、古来、偉大な生涯は、おしなべて退屈な期間を含んでいた。
現代のアメリカの出版業者が、初めて持ち込まれた原稿として旧約聖書を目のあたりにした場合を想像してみるがいい。
たとえば、家系について彼がどんなコメントをするかを想像するのはむずかしくない。
「ねえあなた」と彼は言うだろう。「この章はぴりっとしていませんな。ほとんど説明もなしに、ただ固有名詞をずらずら並べたって読者の興味を引きつけることはできませんよ。確かにストーリーの冒頭は、スタイルもなかなか見事です。それで、私も初めはすこぶる好ましい印象を与えられたのでした。でも総じて、何もかも洗いざらい語りたいという気持ちが強すぎます。さわりの部分を選び出し、余計な箇所を省いてください。そして、適当な長さに縮まったら、もう一度原稿をお持ちください。」
こんなふうに現代の出版業者は言うだろう。
現代の読者がどれほど退屈を恐れているか承知しているからだ。彼はまた、孔子の古典や、コーランや、マルクスの「資本論」や、そのほかこれまでベストセラーになったすべての聖典についても、同様なことを言うだろう。
このことは、聖典のみにあてはまることではない。
最もすぐれた小説は、おしなべて退屈なくだりを含んでいる。
最初のページから最後のページまで才気がひらめいているような小説は、まずまちがいなく、偉大な本ではない。
偉人の生涯にしても、二、三の偉大な瞬間を除けば、興奮にみちたものではなかった。
ソクラテスも、おりふしは晩餐会を楽しんだし、また、あおいだ毒ニンジンが回りはじめたときも、自分の会話に深い満足をおぼえたにちがいない。
しかし生涯の大部分は、妻のクサンチッペとともに静かに暮らしたのだ。
そして、午後には健康のために散歩をし、もしかすると、途中で二、三の友と人会ったことだろう。カントは、一生涯、ケーニヒスベルクの町から十マイル以上離れたことは一度もなかった、といわれている。
ダーウィンは、世界一周したあと、その後の生涯をずっとわが家で過ごした。
マルクスは、いくつかの革命を起こしたあと、残りの日々を大英博物館で過ごすことに決めた。
総じてわかることは、静かな生活が偉大な人びとの特徴であり、彼らの快楽はそと目には刺激的なものではなかった、ということだ。
偉大な事業は、あまりにも注意を奪い、あまりにもむずかしいので、骨の折れるような娯楽をするためのエネルギーがほとんど残らないのである。例外は、休暇中に肉体的エネルギーを回復するのに役立つような娯楽で、その最もよい例は山登りであるかもしれない。』
さて、このあたりは如何にもバートランド・ラッセルらしい文章であると思われます・・。
また同時に、抜粋引用部前半からは、モンティ・パイソン調の笑いを誘われることから、こうしたことにおかしさを見出す精神とは英国特有のものであるのかもしれません・・(笑)。
とはいえ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
さる四月の熊本での大地震によって被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。
2016年8月18日木曜日
20160818 閲覧されたブログ記事から・・
これまでに作成したブログ記事も390を越え、あと10記事の投稿に満たず、どうにか400記事に到達します。
また、以前は366記事(閏年であるため)を目標として定め記事作成を行ってきましたが、それに到達しますと、今度は、その次のキリのいい数として400記事を目標として定め、現在は、その(到達に近い)途中であるといえます。
また、最近は読んで頂いている記事も最近投稿のもののみならず、大分前(たかだか一年程度ではありますが・・)に投稿した記事がどうしたわけか多く読んで頂いていることがあり、こうした現象とは、もしかすると、そこに何かしら現在(さまざまなレヴェルにおける)との関連性の指摘が為されているのではないかとも考えさせられます・・・。
そして、そのようなことを頭のどこか片隅に置き、何かしら文章を記していると、どのようなメカニズムに因るものであるかわかりませんが、つい先日に投稿した「「山鹿灯篭まつり」から・・」のようなことが生じるのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、このようなことは、決して語義通りの意味で「科学的」であるとは到底いえません・・。
しかし一方において、こうした現象もまた少なからず世の中に存在することは、大抵の方々が理解、納得していただけるのではないかとも思われます・・・。
このようなことは不思議といえば不思議ではあるのですが、同時にそこに偶然・必然いずれかのコトバであれ、それを以って(現象に対し)充たそうとすると「どうも違う・・」、「いや、それだけではない!」といった感じを受けてしまうのです・・(苦笑)。
あるいは、もしかすると、心のそのあたりの動きに「創造性」といったものが脈打っているのかもしれません・・(笑)。
しかし、このようなことを(ボンヤリと)考える(ことができる)ようになった時期とは、私の場合、そこまで古くはなく、昨日のブログ記事における鹿児島在住の頃(特に後半)であったと記憶しております・・。
この時期とは、現在になり考えてみますと、さきに記した「山鹿灯篭まつり」記事のようなことが(比較的)継続的に生じていた時期であり、そして、おそらくそのような(継続的な)現象を自我が感知するところから、一種の自意識の肥大化が生じ、その結果、何かしら精神に(良い悪いは抜きに)変化が生じるのではないかと思われます・・(笑)。
また、こうしたことを現在言語化を試みているということは、次に生じるそれに適切に応対する為であり、同時にそれを「望んでいる」ともいうことが出来ます・・(笑)。
つまりここで重要なことは「それ(自意識の肥大、精神の変化)に適切に応対するということが大事なのであり、それを望むということは、決して悪いことではないのではなかろうか?」ということです。
そしてそのように考えてみますと、反語的に在鹿児島時代の私とは「それ(自意識の肥大、精神の変化)に適切に対応出来ていなかったのではないだろうか・・?」と考えさせられるのです・・。
あるいは、そうしたこともまた、当時の私は薄々ながら感じ取っていたのではないかとも思われます。
そして、何れにせよ、どうにかそれ(自意識の肥大、精神の変化)に押し潰されず生きてこれたことに対し薩摩、鹿児島の風土そしてその地域社会そしてそこでお世話になった人々(鹿児島が地元でない人々をも含む)に対し、少なからず恩義を感じざるを得ないのかもしれません・・。
ともあれ、以降もまたしばらく記事を書き続けます・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域における出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。
また、以前は366記事(閏年であるため)を目標として定め記事作成を行ってきましたが、それに到達しますと、今度は、その次のキリのいい数として400記事を目標として定め、現在は、その(到達に近い)途中であるといえます。
また、最近は読んで頂いている記事も最近投稿のもののみならず、大分前(たかだか一年程度ではありますが・・)に投稿した記事がどうしたわけか多く読んで頂いていることがあり、こうした現象とは、もしかすると、そこに何かしら現在(さまざまなレヴェルにおける)との関連性の指摘が為されているのではないかとも考えさせられます・・・。
そして、そのようなことを頭のどこか片隅に置き、何かしら文章を記していると、どのようなメカニズムに因るものであるかわかりませんが、つい先日に投稿した「「山鹿灯篭まつり」から・・」のようなことが生じるのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、このようなことは、決して語義通りの意味で「科学的」であるとは到底いえません・・。
しかし一方において、こうした現象もまた少なからず世の中に存在することは、大抵の方々が理解、納得していただけるのではないかとも思われます・・・。
このようなことは不思議といえば不思議ではあるのですが、同時にそこに偶然・必然いずれかのコトバであれ、それを以って(現象に対し)充たそうとすると「どうも違う・・」、「いや、それだけではない!」といった感じを受けてしまうのです・・(苦笑)。
あるいは、もしかすると、心のそのあたりの動きに「創造性」といったものが脈打っているのかもしれません・・(笑)。
しかし、このようなことを(ボンヤリと)考える(ことができる)ようになった時期とは、私の場合、そこまで古くはなく、昨日のブログ記事における鹿児島在住の頃(特に後半)であったと記憶しております・・。
この時期とは、現在になり考えてみますと、さきに記した「山鹿灯篭まつり」記事のようなことが(比較的)継続的に生じていた時期であり、そして、おそらくそのような(継続的な)現象を自我が感知するところから、一種の自意識の肥大化が生じ、その結果、何かしら精神に(良い悪いは抜きに)変化が生じるのではないかと思われます・・(笑)。
また、こうしたことを現在言語化を試みているということは、次に生じるそれに適切に応対する為であり、同時にそれを「望んでいる」ともいうことが出来ます・・(笑)。
つまりここで重要なことは「それ(自意識の肥大、精神の変化)に適切に応対するということが大事なのであり、それを望むということは、決して悪いことではないのではなかろうか?」ということです。
そしてそのように考えてみますと、反語的に在鹿児島時代の私とは「それ(自意識の肥大、精神の変化)に適切に対応出来ていなかったのではないだろうか・・?」と考えさせられるのです・・。
あるいは、そうしたこともまた、当時の私は薄々ながら感じ取っていたのではないかとも思われます。
そして、何れにせよ、どうにかそれ(自意識の肥大、精神の変化)に押し潰されず生きてこれたことに対し薩摩、鹿児島の風土そしてその地域社会そしてそこでお世話になった人々(鹿児島が地元でない人々をも含む)に対し、少なからず恩義を感じざるを得ないのかもしれません・・。
ともあれ、以降もまたしばらく記事を書き続けます・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域における出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。
20160817 灰の降る街について・・
本日の首都圏は台風一過によるものか大変天気も良く、また気温も思いのほか上昇しました・・。
これは町なかを歩く際に若干つらく感じる程度のものでした。
しかし、以前より何度も記すようですが、その日差し、そして気温とは、和歌山、九州(特に鹿児島)に比べると特に耐え難いという程のものではありません。
また、九州(特に鹿児島)の日差しに対しても能動的に慣れることを試み、それを継続すれば、どうにかしのげる程度までは慣れていくことも特に難しいことではないと考えます。
いや、むしろ鹿児島(市街)の夏季においては、その日差しよりも日常的ともいえる桜島の噴火による降灰に悩まされるかもしれません・・。
この(降灰の)ため、彼の地(鹿児島市街周辺)における夏季の洗濯物は、その強い日差しにもかかわらず露天にて干すことが困難です。
これには在住当初なんともいえない矛盾を感じておりました・・(笑)。
また鹿児島市街から電車、自動車などで離れて気が付くことは、路地の隅などに(火山)灰およびその痕跡がないことです。
また、それに伴い空気も幾分かキレイになっているのではないかとも錯覚します。
たしかに夏季の鹿児島(市街)においては、シャワー、入浴の際、身体の様々な部位に火山灰が付着していることに気づき、そのことから「ここの大気とは火山灰によって汚染されているのではないか?」と感じることが往々にしてありましたが、他の(空気がキレイな)地方都市と比べてはわかりませんが、少なくとも現在の首都圏と比べますと、まだ大分マシなのではないかと思われます・・。
とはいえ、鹿児島在住時は、この火山灰により洗濯以外においても悩まされ、当時乗っていた原付の運転時におけるゴーグルとは、必需品(に近いもの)でした・・。
また、それと関連することとして、彼の地の(特に夏季における)火山灰が飛散、浮遊する状況により生じる一種独特な大気の環境とは、大気を媒質であると考えた場合、他のそうでない環境と比べた場合、より強い(場の)空気の凝集性を生じさせるのではないかとも考えられますがさて、如何でしょうか・・?
そしてそうした自然環境が、戦国、幕末およびその後において(主にその団結力の強さにより)武勇、精強さを誇った島津兵、薩摩藩の物理的な意味での(まさしく微細な!)礎の一つとなったのではないかとも考えさせられます・・。
そしてまた同時にそうした環境とは、鹿児島の女性(薩摩おごじょ)達の(女性特有の)感受性に対しても少なからぬ影響を与えているのではないかとも考えさせられます・・。
こうしたことは、鹿児島在住時には、特にあらためて言語化して考えてみることがありませんでしたが、現在、彼の地から離れ、且つこうした気温が高い日になりますと、不思議なことに、そうしたことが自然と思い起こされ、そして現在それを題材として文章を記している次第です・・(笑)。
そのように考えてみますと、当然ではあるのかもしれませんが、我々人間一般とは、畢竟、自然の所産、産物であり、そこからの影響を受けつつ何かしらものごとを考えている(考えさせられている)のではないでしょうか・・?
その意味において、日常的な桜島の噴火および降灰が存在する一種独特、特徴的な大気(媒質)の環境を持つ鹿児島とは、やはり、その風土においてもまた、良い悪いといった価値判断を抜きに一種独特、特徴的な「何か」があるのではないかと考えさせられます・・。
また、最後に蛇足となりますが、野上彌生子の「迷路」内においても幾度か記されていたことでもありますが、鹿児島人によく見られるパッチリとした瞳とは、さきに記した桜島の噴火および降灰による自然環境とは、どうも相矛盾するのではないかと思われます。
そうしますと、これ(鹿児島人によく見られるパッチリした瞳)とは、自然環境(桜島の噴火および降灰)以外の、この地の人々特有の種族的な特徴ではないかと考えられますが、私見としましては、どうもそれだけではないような感じを受けます・・。
ここから先はまだ上手く言語化できませんが、機会がありましたら、また考えてみたいと思います。
今回もここまで興味を持って読んで頂いてどうもありがとうございます。
そして今回の記事題材の北隣の熊本において、さる四月に発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」
これは町なかを歩く際に若干つらく感じる程度のものでした。
しかし、以前より何度も記すようですが、その日差し、そして気温とは、和歌山、九州(特に鹿児島)に比べると特に耐え難いという程のものではありません。
また、九州(特に鹿児島)の日差しに対しても能動的に慣れることを試み、それを継続すれば、どうにかしのげる程度までは慣れていくことも特に難しいことではないと考えます。
いや、むしろ鹿児島(市街)の夏季においては、その日差しよりも日常的ともいえる桜島の噴火による降灰に悩まされるかもしれません・・。
この(降灰の)ため、彼の地(鹿児島市街周辺)における夏季の洗濯物は、その強い日差しにもかかわらず露天にて干すことが困難です。
これには在住当初なんともいえない矛盾を感じておりました・・(笑)。
また鹿児島市街から電車、自動車などで離れて気が付くことは、路地の隅などに(火山)灰およびその痕跡がないことです。
また、それに伴い空気も幾分かキレイになっているのではないかとも錯覚します。
たしかに夏季の鹿児島(市街)においては、シャワー、入浴の際、身体の様々な部位に火山灰が付着していることに気づき、そのことから「ここの大気とは火山灰によって汚染されているのではないか?」と感じることが往々にしてありましたが、他の(空気がキレイな)地方都市と比べてはわかりませんが、少なくとも現在の首都圏と比べますと、まだ大分マシなのではないかと思われます・・。
とはいえ、鹿児島在住時は、この火山灰により洗濯以外においても悩まされ、当時乗っていた原付の運転時におけるゴーグルとは、必需品(に近いもの)でした・・。
また、それと関連することとして、彼の地の(特に夏季における)火山灰が飛散、浮遊する状況により生じる一種独特な大気の環境とは、大気を媒質であると考えた場合、他のそうでない環境と比べた場合、より強い(場の)空気の凝集性を生じさせるのではないかとも考えられますがさて、如何でしょうか・・?
そしてそうした自然環境が、戦国、幕末およびその後において(主にその団結力の強さにより)武勇、精強さを誇った島津兵、薩摩藩の物理的な意味での(まさしく微細な!)礎の一つとなったのではないかとも考えさせられます・・。
そしてまた同時にそうした環境とは、鹿児島の女性(薩摩おごじょ)達の(女性特有の)感受性に対しても少なからぬ影響を与えているのではないかとも考えさせられます・・。
こうしたことは、鹿児島在住時には、特にあらためて言語化して考えてみることがありませんでしたが、現在、彼の地から離れ、且つこうした気温が高い日になりますと、不思議なことに、そうしたことが自然と思い起こされ、そして現在それを題材として文章を記している次第です・・(笑)。
そのように考えてみますと、当然ではあるのかもしれませんが、我々人間一般とは、畢竟、自然の所産、産物であり、そこからの影響を受けつつ何かしらものごとを考えている(考えさせられている)のではないでしょうか・・?
その意味において、日常的な桜島の噴火および降灰が存在する一種独特、特徴的な大気(媒質)の環境を持つ鹿児島とは、やはり、その風土においてもまた、良い悪いといった価値判断を抜きに一種独特、特徴的な「何か」があるのではないかと考えさせられます・・。
また、最後に蛇足となりますが、野上彌生子の「迷路」内においても幾度か記されていたことでもありますが、鹿児島人によく見られるパッチリとした瞳とは、さきに記した桜島の噴火および降灰による自然環境とは、どうも相矛盾するのではないかと思われます。
そうしますと、これ(鹿児島人によく見られるパッチリした瞳)とは、自然環境(桜島の噴火および降灰)以外の、この地の人々特有の種族的な特徴ではないかと考えられますが、私見としましては、どうもそれだけではないような感じを受けます・・。
ここから先はまだ上手く言語化できませんが、機会がありましたら、また考えてみたいと思います。
今回もここまで興味を持って読んで頂いてどうもありがとうございます。
そして今回の記事題材の北隣の熊本において、さる四月に発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」
2016年8月16日火曜日
20160816 昨日投稿の記事から・・
本日首都圏は夕刻より雨が降りはじめ、それが徐々に強くなってきております。
最も雨が強くなるのは明朝にかけてとのことですが、交通機関への影響が出ないことを願います・・。
現在もまた、若干雨が強くなってきておりますが、その雨音は全般的に和歌山、九州在住時におけるそれよりかは、あまり強いものではありません・・。
さて、ハナシは変わりまして、どうしたわけか、昨日投稿した概ね書籍(「丸山眞男著「忠誠と反逆」)からの抜粋引用であった投稿記事(20160815)は、思いのほか閲覧者数が伸び、加えて、その後に多く読まれている記事もまた、当記事に関連するものが多く、これらの記事を読んで頂いている方々の見識、センスには感服すると同時に驚異(脅威)の念すら持ちます・・(苦笑)。
ともあれ興味を持って読んで頂きたいへんありがたく思っております。
また、それ以上に、こうした反応がなければ、これまでのブログ記事作成は到底為し得なかったものと考えます。
また、このことは以前のブログ記事においても記しましたが、大切なことであると思いますので、またここに改めて記す次第です。
さて、以前のブログ記事に現在のような暑い季節(夏季)においては、思想系の書籍を読むことが面倒、億劫になると記しましたが、それでも一度手に取り読みはじめ、興に乗ってきますと、こうした書籍もまた段々と面白くなってくるようです・・。
・・いや、これもまた丸山眞男曰く「既成事実への屈服」の一つであるかもしれません・・(苦笑)。
とはいえ、多少言い訳じみますが、丸山眞男の著作の面白さとは、また一種独特なものではないかとも思われます・・。
硬質な文体、口語に近い文体の何れにおいても・・。
そして、おそらくそうした部分が海外(特に欧米)において丸山眞男の我が国に関しての著作が著名であることに何らかの関連があるのではないかと思われます・・。
しかし、それはさておき、この記事、抜粋引用部を読んでいただいている方々が如何なる学問的背景を持たれているかは分かりかねますが、何れであれ、昨日投稿した記事の書籍からの抜粋引部とは、現代の我々の社会を考える上において、なかなか興味深く、示唆的、そして面白いものではなかったでしょうか・・?
・・いや、こうした評価を強いることは決して良いことでありませんでした・・(苦笑)。
しかし一方、昨日作成記事の閲覧者数を確認しますと、多少こうしたことも書いてみたくもなるようです(苦笑)・・。
また、文系学問の面白さとは、一つに、こうしたものをはじめ様々な主張、意見、思想を読み、聞きそして、それらを統合し、自分なりに当時の状況(実際の状況)などを再現し、てそれを様々な手段に依り表現するといったことではないでしょうか・・?
その意味において、おそらく私は根本的には文系型の人間であると考えます。
しかし、それと同時に思うことは、多くの理系諸学問が持つ「実験」という手続き、手段とは、極めて重要、有効であり、多くの文系諸学問において、この「実験」という手続き、手段を用いることが出来ないことは、学問の性質上仕方がないのかもしれませんが、どうも「もったいない」のではないか?ということです。
つまり、文系学問分野においても、その教養的なものとして、実験的なものの見方、考え方が自然に出来るような科目群を設置し、それを各自が能動的に取り組むことが出来る環境があれば、また色々と面白い方に変わってくることも少なくないのではないかと思われます・・。
これも現在においてはあくまでも理想論ではありますが・・。
しかし、かつての我が国における中等~高等教育教養段階とは、概ね上に述べられているようななものであったのではないかとも思われます・・。
そして、それが変化した(してしまった)のは、一体どのような原因、経過を経てそのようになった(なってしまった)のでしょうか・・?
今回もここまで読んで頂いてどうもありがとうございます。
おかげさまで今回の投稿にて390記事となります。
さる四月に熊本にて発生した大地震により被災された地域における諸インフラの早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。
最も雨が強くなるのは明朝にかけてとのことですが、交通機関への影響が出ないことを願います・・。
現在もまた、若干雨が強くなってきておりますが、その雨音は全般的に和歌山、九州在住時におけるそれよりかは、あまり強いものではありません・・。
さて、ハナシは変わりまして、どうしたわけか、昨日投稿した概ね書籍(「丸山眞男著「忠誠と反逆」)からの抜粋引用であった投稿記事(20160815)は、思いのほか閲覧者数が伸び、加えて、その後に多く読まれている記事もまた、当記事に関連するものが多く、これらの記事を読んで頂いている方々の見識、センスには感服すると同時に驚異(脅威)の念すら持ちます・・(苦笑)。
ともあれ興味を持って読んで頂きたいへんありがたく思っております。
また、それ以上に、こうした反応がなければ、これまでのブログ記事作成は到底為し得なかったものと考えます。
また、このことは以前のブログ記事においても記しましたが、大切なことであると思いますので、またここに改めて記す次第です。
さて、以前のブログ記事に現在のような暑い季節(夏季)においては、思想系の書籍を読むことが面倒、億劫になると記しましたが、それでも一度手に取り読みはじめ、興に乗ってきますと、こうした書籍もまた段々と面白くなってくるようです・・。
・・いや、これもまた丸山眞男曰く「既成事実への屈服」の一つであるかもしれません・・(苦笑)。
とはいえ、多少言い訳じみますが、丸山眞男の著作の面白さとは、また一種独特なものではないかとも思われます・・。
硬質な文体、口語に近い文体の何れにおいても・・。
そして、おそらくそうした部分が海外(特に欧米)において丸山眞男の我が国に関しての著作が著名であることに何らかの関連があるのではないかと思われます・・。
しかし、それはさておき、この記事、抜粋引用部を読んでいただいている方々が如何なる学問的背景を持たれているかは分かりかねますが、何れであれ、昨日投稿した記事の書籍からの抜粋引部とは、現代の我々の社会を考える上において、なかなか興味深く、示唆的、そして面白いものではなかったでしょうか・・?
・・いや、こうした評価を強いることは決して良いことでありませんでした・・(苦笑)。
しかし一方、昨日作成記事の閲覧者数を確認しますと、多少こうしたことも書いてみたくもなるようです(苦笑)・・。
また、文系学問の面白さとは、一つに、こうしたものをはじめ様々な主張、意見、思想を読み、聞きそして、それらを統合し、自分なりに当時の状況(実際の状況)などを再現し、てそれを様々な手段に依り表現するといったことではないでしょうか・・?
その意味において、おそらく私は根本的には文系型の人間であると考えます。
しかし、それと同時に思うことは、多くの理系諸学問が持つ「実験」という手続き、手段とは、極めて重要、有効であり、多くの文系諸学問において、この「実験」という手続き、手段を用いることが出来ないことは、学問の性質上仕方がないのかもしれませんが、どうも「もったいない」のではないか?ということです。
つまり、文系学問分野においても、その教養的なものとして、実験的なものの見方、考え方が自然に出来るような科目群を設置し、それを各自が能動的に取り組むことが出来る環境があれば、また色々と面白い方に変わってくることも少なくないのではないかと思われます・・。
これも現在においてはあくまでも理想論ではありますが・・。
しかし、かつての我が国における中等~高等教育教養段階とは、概ね上に述べられているようななものであったのではないかとも思われます・・。
そして、それが変化した(してしまった)のは、一体どのような原因、経過を経てそのようになった(なってしまった)のでしょうか・・?
今回もここまで読んで頂いてどうもありがとうございます。
おかげさまで今回の投稿にて390記事となります。
さる四月に熊本にて発生した大地震により被災された地域における諸インフラの早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。
2016年8月15日月曜日
20160815 主に書籍からの抜粋 立国の根本とは・・【書籍からの抜粋あり】『忠誠と反逆』より
本日2016年8月15日分のブログ記事とはインターネット接続が出来ない環境にて作成しております。
とはいえ、このような若干の環境の変化により記事が思い浮かばなくなるということもなく、何かしら記しはじめた次第です。
いわゆる絶対的な名分論がもし純粋に自我に内面化されたものならば、それは「盲目」であり「愚鈍」ではあっても、こうした滔々とした転向は生まないはずである。
とすれば「今の所謂大義名分なるものは、唯黙して政府の命に従ふに在るのみ。」したがって万一、西郷の企てが成功したならば、おそらく現在西郷に逆賊のレッテルをはっている役人どもも「寝返りの易くして神速なるべきは智者を俟たずして明」らかであり、「其、新聞記者の如きは展転反側の最も自在にして最も妙を得たる者なるが故に、忽ち筆を倒にして後へを攻め、以て正三位陸軍大将西郷隆盛公の盛挙を賛成」するだろう。
「実は人民の気力の一点に就て論ずれば、第二の西郷を生ずるこそ国の為に祝すことなれども、其これを生ぜざるを如何せん。余輩は却て之を悲しむのみ」。
この立地点が、後年、勝海舟と榎本武揚の行動を「三河武士の精神に背くのみならず、我日本国民に固有する痩我慢の大主義を破り、以って立国の根本たる士気を弛めた」ものとして痛烈に論破した「痩我慢の説」にまっすぐ連なっていることはもはや喋々を要しない。
福沢における「痩我慢」の精神と「文明」の精神と、「士魂」と「功利主義」との矛盾あるいは二元性ということがしばしば指摘される。
あたかも幕末動乱に面して武士における家産官僚的要素と戦闘者的要素とが分裂したことに照応して、忠誠対象の混乱は、「封建的忠誠」という複合体の矛盾を一挙に爆発させた。家産官僚的精神によって秩序への恭順のなかに吸収された君臣の「大義」は一たまりもなくその醜い正体をあらわした。
こうし環境にてブログ記事作成を行うのは、かなり久々であり、仕方なく白紙のワード文書にて作成しはじめました。
とはいえ、このような若干の環境の変化により記事が思い浮かばなくなるということもなく、何かしら記しはじめた次第です。
さて、本日は終戦(敗戦)記念日であり、また同時に我が国の暦上においてはお盆(祖霊を祀る行事)ということもあってか、本日の通勤電車は普段に比べ幾分か空いておりました。
また特に本日8月15日は終戦(敗戦)記念日ということからではありませんが、久々に丸山眞男著・筑摩書房刊の「忠誠と反逆」を取り出し読んでみました。
この著作表題となっている「忠誠と反逆」とは、現代の我々が読んでみてもたいへん興味深い内容であり、就中その中の福沢諭吉の思想について触れた部分とは、我々日本人の近現代史(あるいはそれ以前をも)を考える上で大変興味深い記述が散見されるのではないかと思われます。
では、その一節を下に示します。
PP.55-58
「天下の大勢」という客観的な法則はあくまで法則であり、「勝てば官軍」という事実はあくまでも事実である。
しかしこの法則なり事実が自我の次元において忠誠転移の根拠になり口実となることに福沢は我慢がならなかった。
いわゆる絶対的な名分論がもし純粋に自我に内面化されたものならば、それは「盲目」であり「愚鈍」ではあっても、こうした滔々とした転向は生まないはずである。
とすれば「今の所謂大義名分なるものは、唯黙して政府の命に従ふに在るのみ。」したがって万一、西郷の企てが成功したならば、おそらく現在西郷に逆賊のレッテルをはっている役人どもも「寝返りの易くして神速なるべきは智者を俟たずして明」らかであり、「其、新聞記者の如きは展転反側の最も自在にして最も妙を得たる者なるが故に、忽ち筆を倒にして後へを攻め、以て正三位陸軍大将西郷隆盛公の盛挙を賛成」するだろう。
「実は人民の気力の一点に就て論ずれば、第二の西郷を生ずるこそ国の為に祝すことなれども、其これを生ぜざるを如何せん。余輩は却て之を悲しむのみ」。
この立地点が、後年、勝海舟と榎本武揚の行動を「三河武士の精神に背くのみならず、我日本国民に固有する痩我慢の大主義を破り、以って立国の根本たる士気を弛めた」ものとして痛烈に論破した「痩我慢の説」にまっすぐ連なっていることはもはや喋々を要しない。
福沢における「痩我慢」の精神と「文明」の精神と、「士魂」と「功利主義」との矛盾あるいは二元性ということがしばしば指摘される。
抽象的に二つの「イズム」をとりあげるならば、たしかにそうもいえるだろう。
しかし思想史の逆説と興味は、まさにそうした抽象的に相容れない「イズム」が、具体的状況のなげかけた「問題性」に対する応答としては結合するというところにある。
あたかも幕末動乱に面して武士における家産官僚的要素と戦闘者的要素とが分裂したことに照応して、忠誠対象の混乱は、「封建的忠誠」という複合体の矛盾を一挙に爆発させた。家産官僚的精神によって秩序への恭順のなかに吸収された君臣の「大義」は一たまりもなくその醜い正体をあらわした。
しかもいまやその同じ「秩序への恭順」が皮肉にも「上から」もしくは「外から」の文明開化を支える精神として生き続けているではないか。
矛盾したものの結合は実は福沢の批判する当の対象のなかにあるものであり、「近来日本の景況を察するに、文明の虚説に欺かれて抵抗の精神は次第に衰頽するが如し」という状況判断に立った福沢は、右のような形の「封建性」と「近代性」の結合を逆転することで―すなわち、家産官僚的大義名分論から疎外され現実の主従関係から遊離した廉恥節義や三河(戦国!)武士の魂を、私的次元における行動のエネルギーとして、客観的には文明の精神(対内的自由と対外的独立)を推進させようとしたのである。
たしかに福沢は「封建的忠誠」の分解をラディカルに推しすすめたが、その作業は、単純に「封建的」に代わって「近代的」なものをすげかえるのではなくて、現実に進行していた解体を利用して、その構成契機の役割を転換させることにあった、封建的忠誠における外面化の傾向をしてむしろ徹底させ、これをパブリックなものに高めよ。そのことによって私的=心情的契機はかえって個人の内面に定着するだろう―これが維新後の「集団転向」の現実を前にした福沢の苦肉の処方箋であった。
「葉隠」の非合理的な忠誠が逆説的に強烈な自我の能動性をはらんでいたのとちょうど裏腹の関係で、福沢はむしろ非合理的な「士魂」のエネルギーに合理的価値の実現を託した。
「本来忠節も存ぜざる者は終に逆意これなく候」というのが「葉隠」のダイナミズムであったとするならば、逆に、謀叛もできないような「無気無力」なる人民に本当のネーションへの忠誠を期待できるだろうかというのが、幕末以来十余年のあわただしい人心の推移を見た福沢の心底に渦まく「問題」だったのである。」
・・さて、上掲の著作が著されて(1960)から半世紀以上経過しております。
そして、意外ではあるかもしれませんが、ここに述べられていることは現在の我が国諸々を考える上においても示唆するものが多いのではないでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂いてどうもありがとうございます。
さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。
正調 田原坂
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