朝日新聞出版刊 朝日新書 東浩紀著「訂正する力」
pp.105-108より抜粋
ISBN-10 : 4022952385
ISBN-13 : 978-4022952387
人間は「じつは・・・だった」の発見によって、過去をつねにダイナミックに書き換えて生きています。よく生きるためには、この書き換えをうまく使うことが大事です。それが訂正する力ということです。
もちろん「じつは・・だった」は万能ではありません。その力を野放図に使うと、過去を都合よく書き換える場当たり的な人間になってしまいます。歴史修正主義の問題です。
とはいえ、それは人生の転機においては必要になる力です。長く続けてきた仕事を辞める、長いあいだ連れ添ってきたひとと別れる、そういうときに、多くのひとが、いままではまちがっていた、これからは新しい人生を送るんだと考えます。リセットの考えかたです。
これども、いままでの仕事はたしかに苦しかった、いままでのひととは性格が合わなかった、でもそれは「じつは」こういう解釈ができて、その解釈をすると未来ともつながっている、だから、過去と切れるのはむしろ人生を続けるためなんだ、と考えたほうが前向きになれると思います。それが訂正の考えかたです。
いまはそんな訂正する力をネガティブな方向で使っているひとが多い。「じつはずっと騙されていた」「じつはずっと不幸だった」「じつはずっと被害者だった」という「発見」はネットに溢れています。
しかし、同じ力はポジティブにも使えるはずです。訂正する力を人生に応用する方法については、あらためで第3章で話します。
リベラル派は新しい歴史を語るべきだ
「じつは・・・だった」の発想は共同体の物語にも応用できます。
いま日本は危機を迎えています。急速に進む少子化、深刻な国際情勢、経済的な凋落、低迷するジェンダー指数やエネルギー問題、頭の痛いことが山積みです。
そこでどう舵を切るか。過去はまちがっていた、昭和の日本とは手を切るというのもひとつの方法です。多くのひと、とくにリベラル派はそういうリセットを望んでいるように見えます。
けれども、そこでも訂正の考えかたを取ったほうがいいのではないでしょうか。具体的には、今後の日本を見据えたうえで、未来とつながるようなかたちで「じつは日本はこういう国だった」といった物語をつくるべきだということです。
これは歴史修正主義を推進しろということではありません。歴史とは、過去の事実を組みあわせ、物語になってはじめて成立するものです。エビデンスに反しなくても、複数の物語がありえます。
そのような作業が必要なのは、じつはいまは保守派よりもリベラル派のほうです。保守派はもともと物語をもっている。リベラル派は独自の歴史観に乏しい。
たとえばリベラル派には、自民党の支持母体ということもあり、神道を警戒するひとが多くいます。たしかに戦前の国家神道には大きな問題があった。しかし、神道そのものについて言えば、これは日本の土着宗教、というよりも文化習慣と不可分なものであって、その価値を否定して政治的な影響力をもつのは難しい。それならば逆に、「じつは神道にはこのような歴史がある、それは保守派が想定するよりもはるかにリベラルで、私たちの未来に続いている」ぐらいの物語をつくってみたらいいのではないか。
日本のリベラル派は戦後80年弱の歴史しか参照できず、その点でたいへん弱い。アメリカだと、共和党も民主党も独立宣言やゲティスバーグ演説に戻る。左右問わず国家の歴史が利用可能なリソースになります。
日本でも同じように歴史に接するべきです。左右ともに歴史を参照して、はじめてバランスが取れる。別に天照大神や神武天皇に溯れとは言いません。それでもいろいろな歴史が語れると思います。
2024年3月7日木曜日
2024年3月5日火曜日
20240305 株式会社 河出書房新社 三島由紀夫著 対談集「源泉の感情」 pp.66‐69より抜粋
株式会社 河出書房新社 三島由紀夫著 対談集「源泉の感情」
pp.66‐69より抜粋
ISBN-10 : 4309407811
ISBN-13 : 978-4309407814
言語だって、二十世紀になってから、ずいぶん意識的に考えられるようになったわけだろう。言語に対する、ある種の不信といってもいいかな。
そこできみに聞きたいのだけど、どうだろうね、純粋に意味というものを媒介にして、言語を普遍化する場合、それは意味の普遍性に対する信頼だね、ちょうど数字の記号みたいに、記号に対応する内容は、一応客観的な普遍性をもっている。もう一つ、言語はさまざまなイメージを誘発する。同時に一つのイメージが、さまざまな言語を必要とする。しかし、その間の操作さえ適切であれば、その言語が、ある普遍的イメージを誘発し得るという信念がありうる。第三は、言語自体に対する信頼だ。意味やイメージは疑わしいものだが、言語そのものを、それ自体として信じる立場。言語に対する信頼にも、こんなふうに、いろんな立場や見解があるわけだな。これも結局、二十世紀になって、言語に対する総体的な信頼が失われたために、そんなふうに分析的になっちゃったわけだが、どうだろうね、われわれとしては、今後の文学上の課題として、いったいどういう立場を選ぶべきなのか・・・。
三島 文明社会のなかのセックスの映像は言語で媒介されるのだから、言語はばい菌みたいなものだからな(笑)。
安部 それはそうさ。言語を媒介しなければ、なんだって無害なものさ。
三島 有害じゃない。言語というのは非常に猥雑だからな。
安部 しかし、なにも疑わないで言語を使っている文学が、依然としてわれわれの周辺には多いのだよ。
三島 それはもうどんな時代でも、きっとあったのだろうと思うよ。いまほどではないが。
安部 でも、言葉に対して、一見いかにも厳しそうなことを言う人がいるね。日本語の美しさとかなんとか・・・。
三島 おれもよく言うのだよ(笑)。
安部 きみも言う。おれはあまりいい傾向だとは思わないけれどね(笑)。だいたい、そういうことを言う人が、本当に言葉に疑いを持ってみたことがあるのかどうか。その疑わしさを前提にしないで、厳しさだけを言ったところで、それはただ規範を外に求めるだけだろう。そういう疑わしさも持たない前時代的な文学が、無神経に文学として通用しているとことは・・・。
三島 きみのを聞いていると、つまり日本のくだらん小説を頭のどこかにおいてる・・?
安部 うん、大多数の小説の普遍的状況だな。
三島 そうか。
安部 それはおく必要ないか。
三島 おく必要はないのではないか。おれはきみの話を聞いていてね、きみが三つ出したから、その三つの類型について一人一人具体的にきみのあれを聞きたいな。その一つにはこういう作家がいる。第二にはこういう作家がいる。日本人でも西洋人でもいいけれども。
安部 類型は図式だから、それほどすっきり現実に適用するわけにはいかないな。しかし、アンチ・ロマンの出現なんかは、やはり意味とイメージと言語の関係の再検討だろうし・・。やはり言語の疑わしさというものを、これからの文学を考える場合には、考えざるをえないのではないか・・。
三島 なるほど。それでね、純粋言語という問題が出てくるけれども、いま言語から夾雑物を取り除いて、そうして言語からコンベンショナルな観念をみな取り除いて、言語が成り立つかどうかということは、シュールレアリストがやったことだよね。それから十九世紀にそういう試みはたいていされていったのだけれども、絵なら絵というものが、絵の言語を、どうしても絵だけしか通じない言語をもちたいというのが、印象主義の芸術だと思うのだよ。そういう傾向はどこから出てきたかといえば、ロマンティックが何もかもごちゃまぜにしちゃった。これではいけないというので、みながそれぞれ考え出したのが、それからあとの傾向だと思う。二十世紀にきたら、そういう純粋言語に関する実験というものは、少し古くなっていると思うのだ。
pp.66‐69より抜粋
ISBN-10 : 4309407811
ISBN-13 : 978-4309407814
言語だって、二十世紀になってから、ずいぶん意識的に考えられるようになったわけだろう。言語に対する、ある種の不信といってもいいかな。
そこできみに聞きたいのだけど、どうだろうね、純粋に意味というものを媒介にして、言語を普遍化する場合、それは意味の普遍性に対する信頼だね、ちょうど数字の記号みたいに、記号に対応する内容は、一応客観的な普遍性をもっている。もう一つ、言語はさまざまなイメージを誘発する。同時に一つのイメージが、さまざまな言語を必要とする。しかし、その間の操作さえ適切であれば、その言語が、ある普遍的イメージを誘発し得るという信念がありうる。第三は、言語自体に対する信頼だ。意味やイメージは疑わしいものだが、言語そのものを、それ自体として信じる立場。言語に対する信頼にも、こんなふうに、いろんな立場や見解があるわけだな。これも結局、二十世紀になって、言語に対する総体的な信頼が失われたために、そんなふうに分析的になっちゃったわけだが、どうだろうね、われわれとしては、今後の文学上の課題として、いったいどういう立場を選ぶべきなのか・・・。
三島 文明社会のなかのセックスの映像は言語で媒介されるのだから、言語はばい菌みたいなものだからな(笑)。
安部 それはそうさ。言語を媒介しなければ、なんだって無害なものさ。
三島 有害じゃない。言語というのは非常に猥雑だからな。
安部 しかし、なにも疑わないで言語を使っている文学が、依然としてわれわれの周辺には多いのだよ。
三島 それはもうどんな時代でも、きっとあったのだろうと思うよ。いまほどではないが。
安部 でも、言葉に対して、一見いかにも厳しそうなことを言う人がいるね。日本語の美しさとかなんとか・・・。
三島 おれもよく言うのだよ(笑)。
安部 きみも言う。おれはあまりいい傾向だとは思わないけれどね(笑)。だいたい、そういうことを言う人が、本当に言葉に疑いを持ってみたことがあるのかどうか。その疑わしさを前提にしないで、厳しさだけを言ったところで、それはただ規範を外に求めるだけだろう。そういう疑わしさも持たない前時代的な文学が、無神経に文学として通用しているとことは・・・。
三島 きみのを聞いていると、つまり日本のくだらん小説を頭のどこかにおいてる・・?
安部 うん、大多数の小説の普遍的状況だな。
三島 そうか。
安部 それはおく必要ないか。
三島 おく必要はないのではないか。おれはきみの話を聞いていてね、きみが三つ出したから、その三つの類型について一人一人具体的にきみのあれを聞きたいな。その一つにはこういう作家がいる。第二にはこういう作家がいる。日本人でも西洋人でもいいけれども。
安部 類型は図式だから、それほどすっきり現実に適用するわけにはいかないな。しかし、アンチ・ロマンの出現なんかは、やはり意味とイメージと言語の関係の再検討だろうし・・。やはり言語の疑わしさというものを、これからの文学を考える場合には、考えざるをえないのではないか・・。
三島 なるほど。それでね、純粋言語という問題が出てくるけれども、いま言語から夾雑物を取り除いて、そうして言語からコンベンショナルな観念をみな取り除いて、言語が成り立つかどうかということは、シュールレアリストがやったことだよね。それから十九世紀にそういう試みはたいていされていったのだけれども、絵なら絵というものが、絵の言語を、どうしても絵だけしか通じない言語をもちたいというのが、印象主義の芸術だと思うのだよ。そういう傾向はどこから出てきたかといえば、ロマンティックが何もかもごちゃまぜにしちゃった。これではいけないというので、みながそれぞれ考え出したのが、それからあとの傾向だと思う。二十世紀にきたら、そういう純粋言語に関する実験というものは、少し古くなっていると思うのだ。
20240304 2150記事に達して思ったこと:即自的から対自的への過程について
直近、3月2日の引用記事投稿により、総投稿記事数が2150に到達しました。そして、そこからさらに50記事更新することにより、当面の目標としている2200記事に到達することができます。
50記事は、毎日1記事の更新により、2カ月弱の期間で達成可能ですが、若干余裕を持たせ、来る5月半ばでの到達を目指し今後も継続したいと思います。また、5月半ばでの2200記事到達を想定しますと、当ブログ開始から丸9年となる6月22日も近く、おそらく、そこまでは継続するものと思われます。
50記事は、毎日1記事の更新により、2カ月弱の期間で達成可能ですが、若干余裕を持たせ、来る5月半ばでの到達を目指し今後も継続したいと思います。また、5月半ばでの2200記事到達を想定しますと、当ブログ開始から丸9年となる6月22日も近く、おそらく、そこまでは継続するものと思われます。
しかしながら、以前にも述べましたが、9年間の継続が出来たのであれば、さらに1年追加して、10年間継続することも、そこまで困難ではないようにも思われてきますので、あるいは、2025年の6月まで、どの程度の記事数になるかは分かりませんが、続けることになると思われます。
とはいえ、ブログ開始当初は継続期間などは全く考えず、ただ、自らの吐露したいことをブログ記事として作成してきましたが、そうした思いや考えが思いのほかに多かったのか、300記事程度までは、そのような感じであったと云えます。
また、当時の記事は、現在読んでみますと、さまざまな考えが重複しつつ、繋がり合っていたことに気付かされ、また、それが現在に、どのように結節しているのかといった疑問も惹起され、そこから、当時、記事の題材としたことが、現在に至るまであまり変わらない、私の興味の方向性なども看取され得ます。
とはいえ、ブログ開始当初は継続期間などは全く考えず、ただ、自らの吐露したいことをブログ記事として作成してきましたが、そうした思いや考えが思いのほかに多かったのか、300記事程度までは、そのような感じであったと云えます。
また、当時の記事は、現在読んでみますと、さまざまな考えが重複しつつ、繋がり合っていたことに気付かされ、また、それが現在に、どのように結節しているのかといった疑問も惹起され、そこから、当時、記事の題材としたことが、現在に至るまであまり変わらない、私の興味の方向性なども看取され得ます。
そうした題材は、当ブログを継続的に読んでくださっている方であれば、おそらく、お分かり頂けると思われますが、銅鐸や古墳などであると云えます。そして、私がこれらに興味を抱くようになったのは、現在から20年ほど遡る、今世紀初頭、南紀白浜に在住していた時期でした。
それ以前の私は、そうしたことにはあまり興味を持つことなく、ただ、漠然と大学院のヨーロッパ文化専攻に進みたいと考えていました。しかしながら、当時の私の日常はヨーロッパ文化とはほど遠い南紀白浜にあり、この地域はあまり多くの人々が住んでいないにもかかわらず、古くからの人跡が数多くあり、それが古社であったり、その境内に立地する古墳であったり、あるいは何かの遺構であったりしました。
くわえて面白いことは、そうした古社や古墳、遺構などにまつわる現代まで伝わっている伝承や口碑があることでした。こうしたことは首都圏で育った私としては大きな驚きであり、また同時に、我が国の歴史文化については、ある程度の知識を持っていると、秘かに自負していた私にとっては、大きな挫折ともなりました。
そうしたなか、紀伊田辺の書店での立ち読みや、当時普及したてのインターネット検索などで、面白そうな著作を見つけては、少しずつ読んでいますと、さきの地域の言い伝えや口碑の内容とも類似あるいは相通じるものがあることが、ボンヤリとながら認識されてくるのです。こうした経緯は、現在、振り返って、こうして文章化しますと、おそらく、その通りであったとは云えるのですが、しかし、その実際の経緯には、我がことながら、明確な意図や計画といったものはありませんでした。また、自然な興味の推移といったものは、概ね、そのような様相になるのではないかとも思われます。
ともあれ、さきに述べたような経緯で、徐々に読む著作にも変化が生じ、やがて現代語訳版の「日本霊異記」(「日本国現報善悪霊異記」にほんこくげんほうぜんあくりょういき)などの古典もごく自然に読むことが出来るようになりました。
そういった意味で、和歌山を含む近畿圏とは全般的に、歴史文化の重層化の仕方、そしてその現代での有様といったものは、そこに住んでいますと、徐々に、そして自然と感覚的に理解出来るようになり、そしてそこからの文献、著作などを通じた対自的なものとしての認識へもまた、比較的自然に至ることが出来るののではないかと思われますが、ここで面白いと思われることは、地域の歴史文化を生きたモノとして見るためには、自らが生れ育った場所・地域での生活経験のみでは困難であり、どこか他の地域での(数年にわたる、埋没した)在住経験・日常生活を経て、そうした認識の仕方を得て、そしてそれを用いて、自らの故郷や、あるいはまた、他の地域を対自的なものとして理解・認識することが出来るようになると思われるのです。
とはいえ、現在の私を鑑みますと、そうした異郷での在住期間が長く、そしてまた、その過程において自分自身も変わってしまい、全体としては疲れてしまったように思われるのです。それはおそらく鹿児島在住期間での生命の燃焼度が、それまでと比べ、顕著に強かったからであるのではないかと思われるのです。
時折、研究室でご一緒させて頂いた先生方や、その他で知遇を得た先生方から、当ブログを読まれているのかいないのか「よく昔のことを憶えているね。」といった主旨のことを仰って頂きますが、それは端的に、先述の生命の燃焼度が強かったからであり、その要因は、人の情感を励起させる当地の風土や習俗、あるいは個人的には、兄の死や指導教員の予期せぬ退職などにより、精神が「危機モード」になっていたからであると思われます。
そして、そうした緊張はあまり長い期間続けることは出来ず、学位取得を頂点として徐々に弛緩そして緩慢なものになり、それをどうにか制御するために、学位取得の2年後である2015年より、当ブログをはじめたのだとも云えます。また、この公表を前提とするブログが現在まで(どうにか)継続することが出来ているのは、さきに述べた鹿児島在住期間に「危機モード」になり、生命の燃焼度も強まり、公開の文章を作成するような(してしまうような、ある種、躁的とも云える)精神のスタンスを覚えた(覚えてしまった)からであるのではないかと思われるのです。
このことにつきましては、まだ思うところがありますので、後日、またの機会に述べたいと思います。
今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

それ以前の私は、そうしたことにはあまり興味を持つことなく、ただ、漠然と大学院のヨーロッパ文化専攻に進みたいと考えていました。しかしながら、当時の私の日常はヨーロッパ文化とはほど遠い南紀白浜にあり、この地域はあまり多くの人々が住んでいないにもかかわらず、古くからの人跡が数多くあり、それが古社であったり、その境内に立地する古墳であったり、あるいは何かの遺構であったりしました。
くわえて面白いことは、そうした古社や古墳、遺構などにまつわる現代まで伝わっている伝承や口碑があることでした。こうしたことは首都圏で育った私としては大きな驚きであり、また同時に、我が国の歴史文化については、ある程度の知識を持っていると、秘かに自負していた私にとっては、大きな挫折ともなりました。
そうしたなか、紀伊田辺の書店での立ち読みや、当時普及したてのインターネット検索などで、面白そうな著作を見つけては、少しずつ読んでいますと、さきの地域の言い伝えや口碑の内容とも類似あるいは相通じるものがあることが、ボンヤリとながら認識されてくるのです。こうした経緯は、現在、振り返って、こうして文章化しますと、おそらく、その通りであったとは云えるのですが、しかし、その実際の経緯には、我がことながら、明確な意図や計画といったものはありませんでした。また、自然な興味の推移といったものは、概ね、そのような様相になるのではないかとも思われます。
ともあれ、さきに述べたような経緯で、徐々に読む著作にも変化が生じ、やがて現代語訳版の「日本霊異記」(「日本国現報善悪霊異記」にほんこくげんほうぜんあくりょういき)などの古典もごく自然に読むことが出来るようになりました。
そういった意味で、和歌山を含む近畿圏とは全般的に、歴史文化の重層化の仕方、そしてその現代での有様といったものは、そこに住んでいますと、徐々に、そして自然と感覚的に理解出来るようになり、そしてそこからの文献、著作などを通じた対自的なものとしての認識へもまた、比較的自然に至ることが出来るののではないかと思われますが、ここで面白いと思われることは、地域の歴史文化を生きたモノとして見るためには、自らが生れ育った場所・地域での生活経験のみでは困難であり、どこか他の地域での(数年にわたる、埋没した)在住経験・日常生活を経て、そうした認識の仕方を得て、そしてそれを用いて、自らの故郷や、あるいはまた、他の地域を対自的なものとして理解・認識することが出来るようになると思われるのです。
とはいえ、現在の私を鑑みますと、そうした異郷での在住期間が長く、そしてまた、その過程において自分自身も変わってしまい、全体としては疲れてしまったように思われるのです。それはおそらく鹿児島在住期間での生命の燃焼度が、それまでと比べ、顕著に強かったからであるのではないかと思われるのです。
時折、研究室でご一緒させて頂いた先生方や、その他で知遇を得た先生方から、当ブログを読まれているのかいないのか「よく昔のことを憶えているね。」といった主旨のことを仰って頂きますが、それは端的に、先述の生命の燃焼度が強かったからであり、その要因は、人の情感を励起させる当地の風土や習俗、あるいは個人的には、兄の死や指導教員の予期せぬ退職などにより、精神が「危機モード」になっていたからであると思われます。
そして、そうした緊張はあまり長い期間続けることは出来ず、学位取得を頂点として徐々に弛緩そして緩慢なものになり、それをどうにか制御するために、学位取得の2年後である2015年より、当ブログをはじめたのだとも云えます。また、この公表を前提とするブログが現在まで(どうにか)継続することが出来ているのは、さきに述べた鹿児島在住期間に「危機モード」になり、生命の燃焼度も強まり、公開の文章を作成するような(してしまうような、ある種、躁的とも云える)精神のスタンスを覚えた(覚えてしまった)からであるのではないかと思われるのです。
このことにつきましては、まだ思うところがありますので、後日、またの機会に述べたいと思います。
今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。
連絡先につきましては以下の通りとなっています。
メールアドレス: clinic@tsuruki.org
電話番号:047-334-0030
どうぞよろしくお願い申し上げます。
2024年3月2日土曜日
20240302 株式会社新潮社刊 新潮選書 高坂正尭著「歴史としての二十世紀」 pp.150-151より抜粋
株式会社新潮社刊 新潮選書 高坂正尭著「歴史としての二十世紀」
pp.150-151より抜粋
ISBN-10 : 4106039044
ISBN-13 : 978-4106039041
戦後資本主義は社会福祉を制度内に組み込んで、以前にも増して強固になりました。だが、問題がないでもない。今の社会が民主主義ならば、国民の力は強いはずです。しかし、別のものが大きくなっていないでしょうか。
ISBN-10 : 4106039044
ISBN-13 : 978-4106039041
戦後資本主義は社会福祉を制度内に組み込んで、以前にも増して強固になりました。だが、問題がないでもない。今の社会が民主主義ならば、国民の力は強いはずです。しかし、別のものが大きくなっていないでしょうか。
五〇年前を思い出せば、町役場、市役所、区役所は規模が今の五分の一くらいでした。古い役所と新しい役所、有楽町の旧都庁と新宿の東京都庁を比べれば、庁舎がいかに大きくなかがわかります。そして、その分、行政権力も強大になっている。一方、当の住民の力が強くなったとはいえない。「みんな」と言いながら、本当のところ役所が大きくなっているのです。
そのように、政治機能がとてつもなく大きくなり、政治家がやらなければいけない仕事は桁外れに増えました。今の政治家は気の毒です。私は年に二回くらい永田町に行く用事があるので知っていますが、朝七時五〇分の自民党本部前、日本中であそこほど、人が頻繁に出入りしている場所ではありません。他は警察と自衛隊関連の施設くらいでしょうか。八時前から勉強会、会議に出て、宴会の後帰るのが一〇時、一一時。
そのように、政治機能がとてつもなく大きくなり、政治家がやらなければいけない仕事は桁外れに増えました。今の政治家は気の毒です。私は年に二回くらい永田町に行く用事があるので知っていますが、朝七時五〇分の自民党本部前、日本中であそこほど、人が頻繁に出入りしている場所ではありません。他は警察と自衛隊関連の施設くらいでしょうか。八時前から勉強会、会議に出て、宴会の後帰るのが一〇時、一一時。
議会の審議でときどき居眠りでもしなければ身がもたない。彼らが特に優秀になったという話も聞きません。私は固い信念がありまして、人間の頭が動くのは一日に四時間が限度です。それ以上の頭脳労働は絶対無理です。仕事は増えて、時間は足りないので、オーバーワークで、頭がズタズタの綿みたいになっているはずです。寝る暇もないようなオーバーワークをぜざるをえない理由は、政治機能の肥大化にあるのです。
福祉国家と民主主義の両立、資本主義の将来性には、依然としてそのような問題が残っていますが、共産主義が潰れたので、資本主義が手放しにいい、ということになってしまいました。
福祉国家と民主主義の両立、資本主義の将来性には、依然としてそのような問題が残っていますが、共産主義が潰れたので、資本主義が手放しにいい、ということになってしまいました。
その点については、私が敬愛するケインズによる「自由放任の思想がここまで人々に信用されてきたのは、それを攻撃した社会主義や共産主義の人たちがよほど出来が悪かったからだ」という誰も引用しない名言があります。半世紀前によくこんな傲慢でありながら鋭い指摘をしたと感心させられますが、今の時代、この意味をもう一度噛み締めるべきでしょう。
ケインズは経済学者ですが、難解な理論は専門家にまかせておいて、彼の素晴らしいのは人物評伝であり、ちょっとした発言であり、さらにその中の批判や悪口です。「自由放任の思想がこれまでのさばってきたのは、資本主義と自由放任を批判する思想があまりにもくだらなかったから」と一刀両断です。共産主義との対抗関係があったから、自分たちのシステムが本当にいいのか悪いのか考えてくるのを怠ってきた。その点を今こそ考えるべきではないでしょうか。
2024年3月1日金曜日
20240229 株式会社講談社刊 養老孟司・茂木健一郎・東浩紀著「日本の歪み」pp.131‐133より抜粋
株式会社講談社刊 養老孟司・茂木健一郎・東浩紀著「日本の歪み」pp.131‐133より抜粋
ISBN-10 : 4065314054
ISBN-13 : 978-4065314050
養老 防衛費の拡大で気になるのは、戦前の轍を踏まないかということです。「天皇制」といっても、天皇の下にはいつも武力をもった幕府がありました。日本の歴史を見れば、天皇制の中から鎌倉幕府という暴力集団が成立し、江戸幕府まで続きます。尊王攘夷の明治政府も同じ構造です。一〇〇〇年近く続けてきたものから簡単に抜けられるのでしょうか。
言い換えると、暴力をいかに言語で統制するかという問題を本気で考えているのかということです。「シビリアン・コントロール」といいますが、そもそも英語ですから。自分の国の言葉にもできないようなことが身につくのかよ、と思います。
東 重要な指摘だと思います。おっしゃるように、日本は武家支配が長い軍人国家です。鎌倉幕府以降、一九四五年までずっと武士や軍人の時代だったわけで、むしろ戦後日本のほうが軍政の影がない様な稀な時期でしょう。だから軍人以外の人たちこそが社会の実体だ、ということをあまり真剣に考えたことのない国なのかもしれませんね。
茂木 戦後日本の出発点となってGHQだって、つまりは「アメリカ軍」だもんな。つまり日本国憲法は「軍政」の下でできた。
東 軍政下で作った平和主義です。だから朝鮮戦争が起きたら即、脱臼されてしまう。
茂木 第九条だって本当は、「戦力は保持しない、但しアメリカ軍を除く」というのが実態で、日本国内に軍はずっとあったんですよね。
東 日本の民主主義の起源として、「船中八策」とか「五箇条の御誓文」を持ち出してくる人がいるでしょう。けれど、僕の理解では、民主主義というのはまず人民が力を持つ、人民こそが社会の本体であるという発想が必要なんですよね。「和が大切」というのとはちょっと違うし、「みんなで決める」といっても「偉い人がみんなに意見を聞く」だけではだめなんです。自分たちで決めないと。けれども日本では、みんなでわいわい言ったあと、「偉い人」が決めて丸く収めてくれるのを民主主義だと思っているふしがある。ある意味で権威主義的な国だとも言えますよね。
養老 そうですね。憲法の問題にせよ、民主主義の問題にせよ、今の状況だとどうも空中戦のように思いますね。
ISBN-10 : 4065314054
ISBN-13 : 978-4065314050
養老 防衛費の拡大で気になるのは、戦前の轍を踏まないかということです。「天皇制」といっても、天皇の下にはいつも武力をもった幕府がありました。日本の歴史を見れば、天皇制の中から鎌倉幕府という暴力集団が成立し、江戸幕府まで続きます。尊王攘夷の明治政府も同じ構造です。一〇〇〇年近く続けてきたものから簡単に抜けられるのでしょうか。
言い換えると、暴力をいかに言語で統制するかという問題を本気で考えているのかということです。「シビリアン・コントロール」といいますが、そもそも英語ですから。自分の国の言葉にもできないようなことが身につくのかよ、と思います。
東 重要な指摘だと思います。おっしゃるように、日本は武家支配が長い軍人国家です。鎌倉幕府以降、一九四五年までずっと武士や軍人の時代だったわけで、むしろ戦後日本のほうが軍政の影がない様な稀な時期でしょう。だから軍人以外の人たちこそが社会の実体だ、ということをあまり真剣に考えたことのない国なのかもしれませんね。
茂木 戦後日本の出発点となってGHQだって、つまりは「アメリカ軍」だもんな。つまり日本国憲法は「軍政」の下でできた。
東 軍政下で作った平和主義です。だから朝鮮戦争が起きたら即、脱臼されてしまう。
茂木 第九条だって本当は、「戦力は保持しない、但しアメリカ軍を除く」というのが実態で、日本国内に軍はずっとあったんですよね。
東 日本の民主主義の起源として、「船中八策」とか「五箇条の御誓文」を持ち出してくる人がいるでしょう。けれど、僕の理解では、民主主義というのはまず人民が力を持つ、人民こそが社会の本体であるという発想が必要なんですよね。「和が大切」というのとはちょっと違うし、「みんなで決める」といっても「偉い人がみんなに意見を聞く」だけではだめなんです。自分たちで決めないと。けれども日本では、みんなでわいわい言ったあと、「偉い人」が決めて丸く収めてくれるのを民主主義だと思っているふしがある。ある意味で権威主義的な国だとも言えますよね。
養老 そうですね。憲法の問題にせよ、民主主義の問題にせよ、今の状況だとどうも空中戦のように思いますね。
2024年2月29日木曜日
20240228 株式会社ゲンロン刊 東浩紀著「訂正可能性の哲学」 pp.93‐95より抜粋
株式会社ゲンロン刊 東浩紀著「訂正可能性の哲学」
pp.93‐95より抜粋
ISBN-10 : 4907188501
ISBN-13 : 978-4907188504
pp.93‐95より抜粋
ISBN-10 : 4907188501
ISBN-13 : 978-4907188504
保守もリベラルも抽象的な目標では一致する。たとえば弱者を支援しろといわれて反対する政治家はいない。けれどもリベラルはそこで、できるだけ広く「弱者」を捉え、国籍や階級、ジェンダーなどを超えた普遍的な制度を構築しようとする。それに対して保守はまず「わたしたち」のなかの「弱者」を救おうとする。むろん、その「私たち」の内実は事例により異なる。「わたしたち日本人」のこともあれば「わたしたち男性」「わたしたち富裕層」のこともある。いずれにせよ、そのような共同体を優先させる発想、それそのものがリベラルにとっては反倫理的で許しがたいということになる。他方で保守にとっては、身近な弱者を救わなくてなにが政治だということになろう。いまの日本の保守とリベラルの対立は、抽象的な主義主張の対立としてというより、そのような連帯の感覚の対立として捉えたほうが理解しやすい。
これは、いまの日本で使われている保守とリベラルの対立が、本書でいう閉鎖性と開放性の対立にほぼ重なっていることを意味している。保守は共同体が閉じていることを前提としている。そのうえで仲間を守る。それに対してリベラルは共同体は開かれるべきだと信じる。だから保守を批判する。
それゆえ、ここまで検討してきた開放性をめぐる逆説は、保守とリベラルの非対称性を考えるうえでも重要な示唆を与えてくれる。法や制度は万人に開かれねばならない。それは正しい。だれも反対しない。けれども肝心の閉鎖性と開放性の対立がそれほど自明なものではない。
現在は左派に階級闘争のような実質的な理念がない。それゆえ、いまの左派、つまりリベラルは、自分たちの倫理的な優位を保証するため、形式的な開放性の理念に頼るほかなくなっている。けれども、ここで繰りかえし指摘してきたように、開かれている場を志向すること、それそのものが別の視点からは閉鎖的にみえることがある。これはけっして抽象的な話ではない。現実にいま日本のリベラルは、彼らの自意識とは裏腹に、閉じた「リベラル村」をつくり、アカデミズムでの特権や文化事業への補助金など、既得権益の保持に汲々としている人々だとみなされ始めている。
そんな意見は一部の「ネトウヨ」が言っているだけだ、と鼻で笑う読者もいるかもしれない。その認識は誤っている。左派への厳しい視線はもはやネットだけのものではないし、日本だけのものでもない。たとえば二〇二一年には、作家のカズオ・イシグロのあるインタビューが話題になった。彼はつぎのように述べている。「俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなど飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです」[★43]。イシグロは二〇一七年のノーベル文学賞受賞者で、リベラルを代表する世界的な作家である。そんな彼が漏らしたこの述懐は、現在の「リベラル知識人」たちが、世界の市民と連帯しているかのようにふるまいながら、じつのところは同じ信条や生活習慣をもつ同じ階層の人々とつるみ、同じような話題について同じような言葉でしゃべっているだけの実態を鋭く抉り出している。
保守は閉ざされたムラから出発する。リベラルはそれを批判する。けれども、そんなリベラルも結局は別のムラをつくることしかできないのだとすれば、最初から開き直りムラを肯定する保守のほうが強い。いまリベラルが保守よりも弱いのは、原理まで遡ればそのような問題なのではないか。
これは、いまの日本で使われている保守とリベラルの対立が、本書でいう閉鎖性と開放性の対立にほぼ重なっていることを意味している。保守は共同体が閉じていることを前提としている。そのうえで仲間を守る。それに対してリベラルは共同体は開かれるべきだと信じる。だから保守を批判する。
それゆえ、ここまで検討してきた開放性をめぐる逆説は、保守とリベラルの非対称性を考えるうえでも重要な示唆を与えてくれる。法や制度は万人に開かれねばならない。それは正しい。だれも反対しない。けれども肝心の閉鎖性と開放性の対立がそれほど自明なものではない。
現在は左派に階級闘争のような実質的な理念がない。それゆえ、いまの左派、つまりリベラルは、自分たちの倫理的な優位を保証するため、形式的な開放性の理念に頼るほかなくなっている。けれども、ここで繰りかえし指摘してきたように、開かれている場を志向すること、それそのものが別の視点からは閉鎖的にみえることがある。これはけっして抽象的な話ではない。現実にいま日本のリベラルは、彼らの自意識とは裏腹に、閉じた「リベラル村」をつくり、アカデミズムでの特権や文化事業への補助金など、既得権益の保持に汲々としている人々だとみなされ始めている。
そんな意見は一部の「ネトウヨ」が言っているだけだ、と鼻で笑う読者もいるかもしれない。その認識は誤っている。左派への厳しい視線はもはやネットだけのものではないし、日本だけのものでもない。たとえば二〇二一年には、作家のカズオ・イシグロのあるインタビューが話題になった。彼はつぎのように述べている。「俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなど飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです」[★43]。イシグロは二〇一七年のノーベル文学賞受賞者で、リベラルを代表する世界的な作家である。そんな彼が漏らしたこの述懐は、現在の「リベラル知識人」たちが、世界の市民と連帯しているかのようにふるまいながら、じつのところは同じ信条や生活習慣をもつ同じ階層の人々とつるみ、同じような話題について同じような言葉でしゃべっているだけの実態を鋭く抉り出している。
保守は閉ざされたムラから出発する。リベラルはそれを批判する。けれども、そんなリベラルも結局は別のムラをつくることしかできないのだとすれば、最初から開き直りムラを肯定する保守のほうが強い。いまリベラルが保守よりも弱いのは、原理まで遡ればそのような問題なのではないか。
2024年2月27日火曜日
20240226 現在読み進めている著作の淵源にあるもの・・
昨日の引用記事の投稿により、総投稿記事数が2146に到達しました。私の場合、記事作成の方に注力していますと投稿記事数への注意が乏しくなる傾向があるようです。また、昨日の引用記事の作成により不図、判然としたことは、引用記事作成の場合、ある程度、作成に要する時間が読めるため先の予定も組み立てやすいと云うことです。このことは、あらためて重要であると思われました。しかしながら、そのために引用記事作成が習慣化しますと、自らによる記事作成が困難になると思われるのです。そのため以前に述べましたように、たとえ現在が「引用記事作成のレジーム」であったとしても、出来る限り、こうした記事の作成をした方が良いと思われるのです。
さて、かねてより読み進めているオーランド ・ファイジズ著「クリミア戦争」は、先日ようやく下巻に至り、その後も興味深く読み進めてはいますが、やはりこの年齢(40代後半)になり、あまり読む機会がなかった歴史的出来事について、ある程度、専門的に扱った著作を読み進めることは、それなりに困難が伴います。しかし同時に云えることは、当著作は去る2022年2月以来の第二次宇露戦争がなければ読むことはなかったということです。
さて、かねてより読み進めているオーランド ・ファイジズ著「クリミア戦争」は、先日ようやく下巻に至り、その後も興味深く読み進めてはいますが、やはりこの年齢(40代後半)になり、あまり読む機会がなかった歴史的出来事について、ある程度、専門的に扱った著作を読み進めることは、それなりに困難が伴います。しかし同時に云えることは、当著作は去る2022年2月以来の第二次宇露戦争がなければ読むことはなかったということです。
他方、2022年の露軍による侵攻以前から当地域の情勢は緊迫化していたことは周知であり、そうした情勢をもう少し知るために、私も2022年以前からロシアの軍事を扱った新書などは数冊読んでいました。それでも現在思い返してみましても、何故当時、それらの著作を選び、読んでいたのかは判然としないのです。そしてまた、そうした経緯から、今回の第二次宇露戦争を「予言」したと思うことは全くありません。
とはいえ、こうした感覚自体はおそらく私にとって初めてであり、また、いまだ明確に言語化することは出来ていません。それでも、こうした認識の感覚を記憶しておくことにより、今後認識する過去・未来の出来事に対しても、この認識の感覚を一つの指標、基準として用いることが出来るのではないかとも思われるのです。ともあれ、それ故に、出来るだけ理解を得つつ書籍を読み進めるのことは、多少難しいのかもしれませんが、なお面白いのかもしれません・・。
そして、そうした経験が年数の経過と共に蓄積していきますと、やがて井筒俊彦が儒教の教えとして挙げていた「脱然貫通」のような、さらに相変態した認識へと至るのではないかとも思われるのです。
とはいえ、こうした感覚自体はおそらく私にとって初めてであり、また、いまだ明確に言語化することは出来ていません。それでも、こうした認識の感覚を記憶しておくことにより、今後認識する過去・未来の出来事に対しても、この認識の感覚を一つの指標、基準として用いることが出来るのではないかとも思われるのです。ともあれ、それ故に、出来るだけ理解を得つつ書籍を読み進めるのことは、多少難しいのかもしれませんが、なお面白いのかもしれません・・。
そして、そうした経験が年数の経過と共に蓄積していきますと、やがて井筒俊彦が儒教の教えとして挙げていた「脱然貫通」のような、さらに相変態した認識へと至るのではないかとも思われるのです。
また、こうした「認識の相」といったものはSNSなどを見ていますと、しばしば看取され、そして、そこから「文は人なり」という諺の由来をあらためて認識させられもします。また、先日投稿の記事にて述べた「ギャップの認識が創造を生む」もまた、そこに何らかの関連があるようにも思われます。
そのように考えますと、ブログ記事作成のような活動の継続のためには、出来るだけ内向的にならず、自らにとって新たな経験を求めた方が良いのだと思われます。しかし、今現在、春は近いとは云え、いまだ寒い日が続いていますので、内に籠りたくもなります。そうした時に敢えて外向きにするのは好奇心なのでしょうか、あるいは、何らかの義務感なのでしょうか、はたまた、それらが混合したものなのでしょうか・・。いずれにしましても、これまで読まなかった、否、読めなかった分野の、ある程度踏み込んだ著作を読めるようになったことは、ポンコツを基調とする私としては、それなりに進歩であるとも思われるところですが、さて実際のところはどうなのでしょうか?
今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
そのように考えますと、ブログ記事作成のような活動の継続のためには、出来るだけ内向的にならず、自らにとって新たな経験を求めた方が良いのだと思われます。しかし、今現在、春は近いとは云え、いまだ寒い日が続いていますので、内に籠りたくもなります。そうした時に敢えて外向きにするのは好奇心なのでしょうか、あるいは、何らかの義務感なのでしょうか、はたまた、それらが混合したものなのでしょうか・・。いずれにしましても、これまで読まなかった、否、読めなかった分野の、ある程度踏み込んだ著作を読めるようになったことは、ポンコツを基調とする私としては、それなりに進歩であるとも思われるところですが、さて実際のところはどうなのでしょうか?
今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。
連絡先につきましては以下の通りとなっています。
メールアドレス: clinic@tsuruki.org
電話番号:047-334-0030
どうぞよろしくお願い申し上げます。
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