2018年4月13日金曜日

20180412 閲覧者数の変遷、自身ブログおよび文章、文字について

かれこれ三年近く当ブログを運営しており、当初は1日の閲覧者数が10人にも届きませんでしたが、その後徐々に閲覧者数は増え、また急激に増えるというわけでもなく、ここ最近では1日の閲覧者数は凡そ400~1000人程度となっています。この閲覧者数が多いのか少ないのかは分かりませんが、自身の感覚としては『ブログ記事内容の割には多くの方々に読んで頂いているのではないか・・』といったところです。時折、他の人気があるブログを閲覧させて頂きますが、そうした記事の真似は到底出来なさそうに思われ、今後もこの調子にて、とりあえずキリの良い1000記事まで作成し続けるほかないように思われます・・(笑)。

また首尾よく1000記事まで到達することが出来ましたら、是非とも1ヶ月ほどブログ記事の作成を休んでみようと考えています(笑)。そして、これが一体どのような効果をもたらすのか検証してみようと思います・・(笑)。とはいえ、よくよく考えてみますと、自身は現在においてもほぼ毎日、当ブログ記事作成以外で合計して1日に1000文字程度の文章は作成していると思われます。それはメールの作成、返信などが主なものですが、それに加えて今後はもう少しハガキ・手紙などで文章を書いてみようと考え付きました。それはつい先日所用にてペンにて文章を作成していたら、その文字が我ながら下手なことに驚いたからです・・(苦笑)。元来自身は文字が上手ではありませんが、それでもある程度書き続けていれば、もう少しはまともな文字を書くことが出来ると思われるのです・・。また、文字の上手さに関しては、自身の歯科理工・文系の師匠は共にどちらかといえば悪筆の部類であり、そのことから、時折聞くことがある『文字が下手な人は教育水準が低く人間的にも問題がある』といった見解は、単なる偏見に属するものであると考えています。

とはいえ、であるからといって、文字の上手い方々を批判するわけではありませんが、事実とはむしろその反対の傾向があり独創性のある才能、卓越した学識を持つ方々は特に個性的な文字、表現を変えると悪筆の方が多いのではないかと思われるのです・・。また、そのように考えてみますと、ここからもまた、表層・外見(のみ・ばかり)を評価の基準とする古来から我が国が連綿として持つ性質・傾向を見出すことが出来るのではないかと思われます・・。

また、そうした性質・傾向とは書かれる言語に対してだけでなく、話される言語においても、主に評価の基準となるのは、その内容よりも口調であり、そうした世の中では丁寧な口調にて虚偽の内容を堂々と、もしくは平然と、押し出しも良く明朗に話すことが出来る、身だしなみの良い方々の方が好感を以て受け入れられるのかもしれません・・(笑)。

いや、もしかすると現在の我が国社会にて生じていること、およびそれらの報道とは、大きな意味でのバカ発見器のようなものであるのかもしれませんが、それは自国民度に対する過大評価なのでしょうか・・(笑)。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

ここ数年来、列島各地において発生した、もしくは現在も継続して発生している地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模自然災害により被害を被った(被っている)諸地域の諸インフラの復旧および安全確保そしてその後の復興を祈念しています。


~書籍のご案内~
昨年暮に師匠による著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5






 









2018年4月12日木曜日

20180412 中央公論社刊 岸田秀著「ものぐさ精神分析」pp.255-257より抜粋引用

中央公論社刊 岸田秀著「ものぐさ精神分析」pp.255-257より抜粋引用
ISBN-10: 4122025184
ISBN-13: 978-4122025189

『エリクソンがさかんにアイデンティティの確立ということを説いているが、このアイデンティティなるものも、たとえば自分の土地に自分の家を建てるような具合に、自分の人格のなかに一つの実態的存在として構築できるわけのものではない。わたしがほかならぬこのわたしであるということの根拠は、わたしのうちにはない。わたしがわたしであることを支えているのは、わたしが属する集団の共同幻想であり、わたしがわたしであることを、わたしの性質、考え、身分、地位、能力などがかくかくであることを他の人びとが認めてくれているからにほかならない。この支えが崩れれば、わたしのアイデンティティは一瞬にして瓦解する。

さきにわたしは、幼児は多形妄想的であると言ったが、実をいえば、おとなだって大して変ってはいないのである。いわゆる正常なおとなとしての人格は、その多形妄想、その私的幻想の一部分の共同化によってかろうじて支えられているに過ぎない。いわば、大きな紙を数個のピンで壁にとめているようなもので、そのピンが外れれば、たちまち紙は落っこちてしまう。わたしの見解によれば、精神分裂病と呼ばれているところのものは、多い形妄想の再現または再現の途中の状態である。あるいは、その再現を防止しようとする必死の努力である。我々は誰でも、我々の超自我および自我、アイデンティティまたはセル・フイメージが、われわれの属する集団の共同幻想による支えを失えばたちまち精神分裂病となるであろう。

したがって、ある個人の属する集団のメンバーが全員一致して、当の個人を精神分裂病者にしようと思えば、理論的にはそれは可能であろう。彼が彼自身について、世界について抱いているさまざまなイメージ、感情、観念などを、単に間違っているとか、不道徳だと非難するのではなく、どうしてそう思えるのか見当もつかない、とんでもないたわごとと見なし、そのレベルでの彼とのコミュニケーションをいっさい断ち、そしてかつ、彼には本当と思えない架空のイメージ、感情、観念のレベルでなら、コミュニケーションに応じるのである。このレベルでなら、彼に対してどれほどやさしく献身的につくしてやってもよい。つまり、集団の共同幻想と彼の私的幻想とを切り離す、いいかえれば、彼の私的幻想の共同化を阻止し、それが共同化されたものでないところの共同幻想を押し付けるのである。彼の人格は二重構造を持つようになるだろう。つまり、集団に受け容れられるために押し付けられることに甘んじた共同幻想と、共同化を目指して挫折し続ける私的幻想との二重構造である。レインの用語を借りれば、前者が外的自己、後者が内的自己である。この二重構造ができれば、精神分裂病の発病の条件は整ったわけで、そのうち彼は押し付けられた共同幻想をかなぐり捨てて、その私的幻想を噴出させるだろう。

実際問題としては、おとなの個人に対してこのような企てが成功するのは、非常に難しいであろう。おとなは一般に、一つの限られた集団だけに属しているのではないから、彼の属する集団のメンバーが全員一致してそんな芝居を打つなんてことはなかなか起こり得ないであろう。また、こういうことは意識的に芝居を打つつもりでやったのでは、うまくゆかない、少なくとも意識的には、そうすることが正しいのだと思い込んでいる必要がある。したがって、実際にこういうことが可能なのは、個人がまだ幼児期にあって家族という狭い集団しか知らないときだけであろう。

精神分裂病の治療の場合は、これと逆のことをやればよいわけである。病者の私的幻想を共同化(病者と治療者との関係において)した形の擬似現実を提供し、その擬似現実を、一般社会で現実とされているところの擬似現実にだんだんと近づいてゆけばよい。そして、病者の私的幻想を社会の共同幻想に共同化するところまでもってゆけばよい。』

20180411 突如として読まれる記事があること、および記事作成を行う時間帯について思ったこと

これまでにも度々あったことですが、突如、以前に投稿した記事が集中して読まれるといった現象が生じることがあります。こうした現象が何故生じるのかは、よく分かりませんが、これを機会にそうした記事を読み返し、その原因についてあれこれと考えてみることは、決して面白くないことではありません・・(笑)。

そしてまた、時々は、そこで思い巡らした内容が新たに作成する記事の題材になることもありますので、それはそれで記事作成に対しては良い効果をもたらしてくれているといえます。あるいは、そうした現象の蓄積により、無意識ながら自身内部にぼんやりとした疑問が蓄積され、時としてそれが睡眠中の夢となり顕れることもあるように思われます。

また、その意味において昨日は、ここ数年間ほぼ毎日のルーチンとしていた記事作成を行わないで寝入ったことにより自身の精神に対して何らかの変化が生じたようであり、昨晩は久しぶりに夢を見ました・・(笑)。

残念ながら夢の内容は忘れてしまいましたが、特に良い夢でも悪い夢でもなかったこと、およびその夢の終わりと同時に目覚めたのが朝5時45分であったことは覚えています。ブログ記事の作成を行わないと、起床時間も多少早くなるようであり、今朝は目が覚めてしばらくの間『今後しばらく早朝にブログ記事の作成を行ってみるのも悪くないかもしれない・・』とも思いましたが、これはおそらく今後1000記事に到達するまでは実行するはないと思われます。現在に至っては、この夜半における記事作成がほぼ組み込まれていますので、それは敢えて現在変える必要性はないのです。

しかしまた、もしも今後無事に1000記事にまで到達し、しばらくの休息ののち、また記事作成を再開するのであれば、その時はまた記事作成の時間帯について考えてみようと思います。どうなるのかは今もって分かりませんが・・。

さて、ハナシは変わりまして、ここ最近新たに歯科医療機関を主として求人情報を頂きました。今後も新たに当ブログでの求人情報を増やしていこうと考えていますが、他方で求職者側の医療機関(主に歯科)への求人などに関しての情報を得たいと考えておられる方がいらっしゃいましたら、こちらも出来るかぎり対応させて頂きますので、ご遠慮なく下記メールアドレスまでお問い合わせ頂ければと思います。どうぞよろしくお願いします。

conrad19762013@gmail.com(アドレス内@を半角英数に替えてください。)

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

ここ数年来、現在に至るまで列島各地において発生した、もしくは現在も継続して発生している地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模自然災害により被害を被った(被っている)諸地域の諸インフラの復旧および安全確保そしてその後の復興を祈念しています。



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2018年4月11日水曜日

20180411 PCの急な不具合により1日記事作成を休むと・・

昨晩はPCの不具合によりブログ記事の更新が出来ませんでした。不測の事態とはやはり時折生じるもののようです。ともあれ、そのためか昨日は久しぶりに集中して読書出来たように思われます。読んだ書籍は現在電車内にて読み進めている新書ではなく、既に読み、そしてこれまでに何度か当ブログにてその文章を抜粋引用した竹山道雄著『昭和の精神史』であり、この著作は現在読んでみますと、あらためて大変興味深いことが書かれていることに気が付かされます。興味のある方はご是非一読をおススメします。

とはいえ、著者である竹山道雄は、おそらく著した文章が後世、このようにして読まれることはあまり考えず、ただ、ご自身の知識・知見などを踏まえて当時あるいは往時の出来事についての考えを述べたのであると思われますが、そうした文章が後世たる現在において、単にかつての時代精神・雰囲気を知るための材料としてでなく、現在の社会を知る上においても有効であると認識されることは、そこに書かれた考えの射程が長く、ある程度の普遍性があることを示し、同時に書かれる対象の普遍的な性質をも示すのではないかとも考えられます。また、それは具体的な内容であればあるほど、その洗練の具合は高まり鮮明な著述となり、そしてまた、それに伴い受容・拒絶の様相も明確になってくるのではないかと思われます。

さて、おそらく我が国の特に近現代史を扱う人文社会科学系学問においては、さきに述べた事情がいまだ生々しいものであり、単なる(昔の)学説の認識の仕方などに留まらず、現在の個人の思想・信条といった、より深い部分にも密接に関与・影響することから、特に公的な場面におけるその取り扱いが難しいのではないかと思われます。

これは思想・信条の自由という環境の中で自身の考えを正直に述べれば良いというわけでもなく、またそこで変に学識の程度などが論われることもまた、少しおかしいのではないかと思われますのです。

ある考えを持っているから、その人の学識は高くないなどと判断することは、恥ずかしながら自身においても身に覚えがあるのですが、しかしそれは表層のみを見て判断していることであり、それはある種の効率性を装った知的怠惰であるように思われるのです・・。

では、何を以てある見解の本質あるいはその背後にあるものを判断するかと考えてみますと、それはやはり、よく会話してみることと、書かれた文章をある程度読んでみることではないかと思われます。

正直なところ以前に比べれば大分マシにはなりましたが、私は自身の作成した文章を読むのがあまり好きではなく、当ブログにて記事を作成、投稿した後は、加筆修正を行うため近い日付の投稿記事に関しては開くことがありますが、大分以前(2年程)に作成した記事に関しては、あるいはそちらの方が現在と比べて深い内容が書かれていることが多いのかもしれませんが、同時に自身が書いたものとして認識し難い、読み難くさせるような何かがあるように思われるのです。おそらく、その間に自身に何らかの変化があったものと思われますが、しかしながら面白いことにそうした実感は全くないのです・・(笑)。

それ故、文体の獲得もまた、同様のことの延長線上にあり、明瞭に認識できるような変化などは生じないのかもしれないと思われてきます・・。ともあれ、これに関しては未だ未経験のことですので、あくまでも予測ではあるのですが・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

ここ数年来、現在までに日本列島各地にて生じた、もしくは現在も生じている地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模自然災害により被災された(被災されている)諸地域の安全の確保・復旧そしてその後の復興を祈念しています。



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2018年4月9日月曜日

20180409 文章の奥にあるもの、見えるものについて・・

昨日投稿分の記事にて述べましたが、残り40数記事の投稿により1000記事へ到達するという実感はほぼありません。またそこからさらに、今後1000記事に到達することが出来たとしても、ある程度の達成感を実感することはないようにも思えてくるのです・・(苦笑)。

とはいえ、この程度までどうにか継続することが出来ますと、達成感よりも自身の作成する文章がより明確に著されていることの方が重要に思われてくるのです。もとい、元来文章とはそうであるべきものではあるのですが、しかしこれを継続していますと、なかなかそれが難しい行為であることも分かってくるのです・・(苦笑)。

また、そうしたことから、作成記事それぞれの閲覧者数に偏差が生じ、くわえて、そこから自身の作成する文章に波のようなものがあることも分かってくるのです。これまで作成した記事(文章)を見ますと、自身はある程度温暖な時季に作成した文章の方が相対的に多く読まれている傾向があり、また、実際にそうした時季に作成された文章の方が活性が上がっているためか、より観念的・抽象的な傾向があり、文章として読む分においては多少は読み易いようにも思われるのです・・(笑)。

しかしながら他方、活性と作成する文章の面白さはあくまでも随伴するものであるのかと考えてみますと、必ずしもそうではなく、そうしたことが、あくまでも身体の物理的な活動を基礎とするスポーツと、こうした活動の大きく異なるところではないかと思われるのです・・。

あるいはまた文章となりますと、その判断基準がさまざまであり、これに関してはスポーツの方がより単純でより分かり易く、そして、それがスポーツの持つ普遍性の根源であり、一つの偉大なところであると云えます。文章はこのようには行きません。ただ、これもまた記事作成の継続を通じて思うところですが、自身が読んでみて分かり易い、読み易い文章といったものが、ある程度明瞭になってきたという実感が以前にくらべてあるのです。もしくは、より精確に云いますと、書かれた文章の背景を以前に比べて多少深く理解することが出来るようになってきたということなのでしょうか?

これは新聞記事・小説などにおいても同様であるのですが、他方で、面白いことに特に自然科学系学問分野の学術的・硬質な文章とは、敢えて意図的にそうした要素をその独特の文体によって打ち消している・排除しているのではないかと思われるのです。

たしかに客観性や再現性を重視する自然科学系学問分野においては、そうした文章・文体の方が簡潔で適しているように思われますが、しかし一方で、そうした表層の文章・文体を真似して何かをカッコよく知的に表現したと思われてしまう、評価される社会は、やはりその全体的な価値観を疑われても仕方がないようにも思われるのです・・(苦笑)。

そしてまた、現在の我が国の文化全般には、何やらそういった傾向が認められるのではないでしょうか・・(笑)?

ともあれ、今でもよく分かりませんが、何れにせよ文章の奥には一体何があるのでしょうか、見えるのでしょうか・・?

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

近年来から
現在に至るまで列島各地にて発生した、もしくは現在も継続して発生している地震・大雨・水害・火山噴火などの大規模自然災害によって被害を被った(被っている)諸地域の諸インフラの復旧、安全確保そしてその後の復興を祈念しています。



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2018年4月8日日曜日

20180408 950記事到達から思ったこと および新たに読んでいる著作について

昨日の記事投稿により総投稿記事数が950に到達しました。今後50記事の投稿にて1000記事へ到達となりますが、このことは昨日すっかり忘れていました(苦笑)。
こうしたことは常時気に留めているというわけでもありませんが、意識してみますと、それなりに大事なことであり、且つ、かように作成記事の題材ともなってくれるのです(笑)。

また、これまで記事作成を行い割合強く思うことは、作成する記事の題材に困った場合、作成した記事・当ブログそのものを何らかの視点にて書くことにより、大抵の場合はどうにかなり、また、そのようにして、ある程度の文量を書くことが出来たならば、何と云いますかそれが一種のウォ―ムアップとなり、そこから先の文章も比較的スムーズに作成することが出来るようになるということです・・(笑)。

とはいえ、ある程度硬質な文章を作成する場合においては、この手法はおススメ出来ませんが、一方で、さきの手法にて文章を作成した後、そこから硬質な文章を作成する際の骨子・エッセンスとなり得る要素を抽出し、新たに硬質な文章を作成することは可能であると思われることから、とりあえず、さきの手法にて何かしら書き始め、文章作成の波に乗り、継続的に文章を作成することは、それなりに意味があると思われるのです。

そのようにして、ある題材について幾度も書き著すことにより、思わぬところでそれらの中から新たな着想が湧いたり、あるいは他の新たな考えに結節することなども度々ありますので、当初は無駄と思われるこの行為は、継続することにより、たしかに思考の轍らしきものは形成されるのかもしれません・・(文章化することにより自身内部に思考・発想の核のようなものが生じるのか?)。

もちろんそれは、当初から明確に企図していたことではなく、部活動や実験などを含む研究活動などと同様、ある程度継続してみて、はじめて見えてくる・認識出来るものであり、また、こうした現象は、ある程度普遍性があるのか分かりませんが、それでも自身の感覚としては当初『また文章を作成することが出来るようになりたい』から『自身の文体を獲得したい』へと徐々に変化し、そして現在においては『文体の獲得には至っていないものの、同時に以前と比較すると容易に文章を作成することが出来るようになった』といった実感はたしかにあります。それでも、その実感の延長線上に文体の獲得があるのかどうかは未だ不明ではあるのですが・・(苦笑)。

そして、今後1000記事到達まで記事作成を続け、それを通じて新たな何らかの変化を見出すことが出来るかどうかは分かりませんが、何れにせよ継続してみないことには変化も生じようがないと思われますので、今後も出来る限り、これまでのペースにて記事作成を継続していこうと思います。また、繰り返しにはなりますが、ここまで読んで頂いている皆さまのおかげにて、どうにか1000記事まで残り50記事までに到達しました(これまで通り、あまり達成感・実感・感興といったものはないのですが・・(苦笑))。

さて、そういえば、ここ最近は大学・高等教育を題材としていくつか記事を作成してきましたが、そうした興味関心によるものか、先日新たに購入した新書は、まさにそのことを扱っており、これまで読み進めた部分においては、未だ我が国の大学については扱っていませんが、他方、これまであまり知らなかったヨーロッパにおける諸大学設立の経緯が簡潔にまとめられており、そしてまた、以前読んだウンベルト・エーコ著『薔薇の名前』の背景・世界観を多少深化して認識することが出来たようにも思われます。ともあれ、この著作は後日読了の後、興味深いと思われた部分を抜粋引用してみようと考えています。

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

ここ数年来、現在に至るまでに列島各地において生じた、もしくは現在も生じている地震・大雨・水害・火山噴火など大規模自然災害により被災された(被災されている)諸地域の安全の確保・復旧そしてその後の復興を祈念しています。



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2018年4月7日土曜日

20180407 この時季の重ね着、春夏のジャケットについて思ったことおよび求人情報について

本日の首都圏は時折わずかな降雨があり、また終日を通して曇天模様でした。それに伴い気温もあまり上がらず、夕刻にはここ最近では珍しいほどに肌寒く感じられました。やはりこうした時季において大事であると思われるのは衣服による調節、すなわち重ね着ではないかと思われます。冬季に関してはとりあえずあまり嵩張らずに暖かい衣服を重ね着することにより大抵の状況は対応出来ると思われますが、この時季に関しては、季節の移行期であることから一日内での寒暖差が大きく、朝方は多少寒いからといって冬季の衣服を着て出ますと昼頃にはかなり暑く感じられ、そしてまた夏季の衣服で出ますと今度は朝夕が辛く感じられるのではないでしょうか?

そうした事情のため、この時季から春夏ものの上着類が重宝するのですが、自身はこの春夏ものの上着は和歌山在住期にまとめ買いをして、現在に至るまでそれを用いています。その上着とは米軍納入品のファティーグ・ジャケットと呼ばれるものであり、和歌山在住期の2007年当時、市内ぶらくり丁のはずれにある古くからの洋品店にて1960~1970年代に作られたこのジャケットの死蔵品(デッド・ストック)が大量にあり、くわえて値段が信じられないくらいに安く、かなり驚いた記憶があります。残念ながらこの洋品店は既にありませんが、こういったところもまた地方都市の文化の蓄積のすごいところであり、また同時に、店内奥に供えられた神棚がかなり古めかしく本格的であり、これについては聞いてみるのも躊躇する程でした・・。

ともあれ、そこから十年以上が経過し、この時まとめ買いしたファティーグ・ジャケットも段々と少なくなり、それを補うためにレプリカや状態の良い古着を探してみても、現在では良心的な価格の状態の良い古着は品薄であり、且つレプリカも購入したいと思うほどに良いものではないのです・・。また、それに加えて、このジャケットを着ていますと時折変な目(偏った政治思想の持主では?)で見られることもあるのです・・(苦笑)。

このジャケットは綿製であり、清潔さを保つための頻繁な洗濯にも十分耐え、そしてポケットが多いことから春夏にかけて特に重宝するのですが、おそらく我が国のホワイトカラー文化では、色落ちする(した)布地はどうしたわけか忌諱されるようです。また、こうした傾向とは東アジア特有であるのかもしれませんし、また同地域における変に歪曲した迷信的な清潔意識(美意識)とも結び付いているようにも思われます。

とはいえ、このようなことで世間に抗い続けてもあまり益することはないと思われますので、今後はあまりこのジャケットは普段着としては着用せず、むしろ着用回数を減らして温存しておこうと思います。

さて、ハナシは変わりますが、ここ最近新たに歯科衛生士求人のご依頼を何件か受けました。自身としては、かねてよりお世話になっている医療機関(主に歯科医院)に対し、それぞれに立派なところがあり、何かのお役に立てればと考え、こうしたことを行っている次第であり、また同時にその効果は未だ未知数であることから、あまり大々的に行う予定はありませんが、何らかの伝手にてご依頼を頂けましたら、出来るだけ対応させて頂きたく考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

近年より
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