2021年10月16日土曜日

20211015 筑摩書房刊 ちくま新書 小泉悠著「現代ロシアの軍事戦略」 pp.60-62より抜粋

筑摩書房刊 ちくま新書 小泉悠著「現代ロシアの軍事戦略」
pp.60-62より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4480073957
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4480073952

ところで、「ハイブリッド戦争」という言葉は、ウクライナ危機に際して発明されたものではない。この言葉を最初に用いたのは米海兵隊のジェームズ・マティス中将(のちにトランプ政権下で国防長官を務めたことで知られる)と米海兵隊退役大佐のフランク・ホフマンであった。

米海軍の機関紙「プロシーディングス」に掲載された2005年の論文「将来戦ーハイブリッド戦争の台頭」(Mattis and Hoffman 2005)で両名が主張していることを、筆者なりに簡単にまとめてみよう。

 両名が第一の前提とするのは、戦争の相手は独自の創造性を持った人間なのだという点である。したがって、米国が通常型の軍事力で今後とも世界最強の地位を維持するのだとしても、米国の敵が「我々のルールでプレイしなければならないということはない」。むしろ、米国の敵は在来型軍事力の劣勢を挽回するために、テロやゲリラ戦といった多様な手法を駆使して小さな戦術的成功を積み重ね、そのために、テロやゲリラ戦といった多様な手法を駆使して小さな戦術的成功を積み重ね、その効果をメディアや情報戦によって増幅するといった「非在来型」の方法に訴えてくる可能性が高い。

また、こうした事態は単独で発生するとは限らず、国家間戦争と同時に発生したり、その最中にサイバー攻撃に対処したりしなければならなくなるかもしれない、と両名は述べる。つまり、ここでマティスとホフマンが指摘している将来戦争の形ーハイブリッド戦争ーとは、古典的な戦争概念に当てはまらない方法を含めた、多様な主体と手法を混合(ハイブリッド)したものということになろう。

 当時、マティスとホフマンの念頭にあったのは、イラクやアフガニスタンでの対テロ戦争や、いわゆる「ならずもの国家」との戦争が複合的な様相を呈するような事態であったと思われる。両名の論文が発表された後、米陸軍の野外教範3-0C・1「作戦」には「ハイブリッド脅威」という概念が初めて盛り込まれたが、これは「非集権的でありながら我が方に対して結束し、従来は国民国家が独占していた能力を有する正規、非正規、テロリスト及び犯罪グループの組み合わせ」と定義されており、多様な非国家主体の連合体が想定されていたことがわかる。

 いずれにしても、2014年にロシアがウクライナに対して行った介入が「ハイブリッド戦争」として理解されたのは、その前提となる文脈が西側の軍事思想家たちの間に存在していたためであった。つまり、次世代の戦争は主体と手段の混合を特徴とするに違いないという議論が、ロシアの軍事力行使が持つ様々な側面の中から、そのハイブリッド性を特に際立たせる効果をもたらしたのである。

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