2017年12月11日月曜日

20171209 記事作成をある程度継続していて思うこと・・集合的無意識?

昨日分の投稿記事もまた、おかげさまにて投稿翌日にしてはかなり多くの方々(90以上)に読んで頂けました。

これは去る12月3日投稿分の『 国民性の由来・・歴史が重視される理由?』に次ぐ値であり、また歯科医療を題材とした記事にて、これほど多くの閲覧者数を一日で得ることが出来るとは思っていませんでした・・(笑)。

それ故、これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

そしてまた、この記事から新たな知見や、それぞれが持つお考えに対して、わずかでも資するところがあれば幸いです。

とはいえ、昨日に関しても同様ですが、記事を作成している際とは、文章の推敲などを行いまた、割合集中して文章入力・作成を行っている時間もありますが、この文章の入力・作成をしている時とは、面白いことにあまり周囲のことも気にならず、目に入らずPC画面とキーボード上にて動く自身の指の動きのみが視界に入っている状態ではあるのですが、その一方で文章が今現在このようにして入力されているのです(笑)。

そうしますと、自身は『何も考えずに文章を作成・入力しているのか?』といったことにもなりますが、どうやらそういうわけでもなく、上手く表現することは出来ませんが、文章の作成がある程度スムーズに為されている時とは、何らかの『波』のようなものがあり、これに一度乗ることが出来ると、ある程度継続して文章の作成が出来るようであり、またその際に入力された文字の変換などがスムーズに為されなかったりしますと、多少のストレスを感じ、何と云いますか、この訪れた『波』と自身の精神の同期化が乱されるといった感覚をおぼえるのです・・。

また、昨日においてもそのようにして記事文章を作成し、それにより多くの方々に読んで頂きますと、何故であるかよく分かりませんが、その記事が自身が作成したものではないようにも思えてくるのです・・。

無論それら記事文章は書籍からの抜粋引用・コピペなどではなく、自身オリジナルの文章ではあるのですが、どうもそのように(自身の作成した文章ではないように)感じさせる何かが文章作成の継続を通じ涌出してくるのではないかと思われるのです。

そしてまた、多少おかしなことであるかもしれませんが、その感覚こそが、あまりその因果関係・作用機序を上手く説明することは出来ませんが、ある程度の数の記事量産を可能ならしめている一つの要素ではないかと思われるのです。

ともあれ、そうしますと、この文章作成の際に訪れる『波』と自身の精神が同期化なされていない時のいわば通常状態の自身とは、ある意味それぞれ別の人格?であることから、どうにか継続的な文章作成が為されているといったことになるのかもしれません・・。

人は真に創造的になっている時は決して自己の客観視を許さない』と云われますが、その残像らしきものについておぼろげに書き記してみますと、以上のような感じとなります。

しかしそれでもやはりよく分からないことは『ある程度集中して(多少は)内容があると思われる文章といったものを作成している際に記す内容すなわち考えとは一体何処から訪れ文章化されているのだろうか?』ということです。

あるいは、そのさきにあるものというのがフロイトユングが述べた集合的無意識に繋がる大きな何かであるようにも思われるのですが、実際はどうなのでしょうか?

ともあれ、何れにしても文章作成の継続を通じ、他にも何かしら思うところが涌出してくるといった現象は大変興味深く面白いことから今後もいましばらく記事作成を継続してみます。

そしてまた今回もここまで読んで頂きましてどうもありがとうございます。

昨年から現在までに列島各地において発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を被った
諸地域のインフラの復旧・回復そして力強い復興を祈念しています。

昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。