2015年8月28日金曜日

岡 正雄論文集 大林太良編 「異人その他 他十二篇」岩波書店刊 pp.64-67より抜粋

要するに日本固有文化は、南中国、江南地域、インドネシア方面から渡来したいくつかの農耕文化の分厚い地盤の上に、支配者文化が被覆してできあがった混合文化であるといってよい。もともと農耕民族は定着的で生産的で受容性に富んでいるために、外来文化を受容し蓄積する性格がいちじるしく、したがって農耕民社会の蔵する文化目録(インヴェンタール)は、移動的戦闘的な騎馬遊牧民社会のそれに比して格段に豊富である。
農耕民社会は定着的で自己の耕作地に拘束され、その耕作地の広さにも限度があるため、その生活圏が狭小なのが普通である。農耕民文化には、外来文化の受容、蓄積のためもあって、異系・異質の文化や文化要素が併存し同居している混合的性格が顕著で、相互に対立し矛盾する文化が併存・同居しているにもかかわらず、これを包摂した統一ある共同体文化を形成している、栽培植物が農耕民の最大関心事であり、植物的世界に生活しているのであるから、植物の萌芽、開花、結実、枯死という生命の循環を反映した世界観や循環的論理、あるいは陰陽二元的論理が特徴的である。ものの考え方は混合文化のゆえもあって、おのずから分析的「論理的」でなく、包括的で「理解的」な傾向をもっている。
こうした農耕民文化に対して遊牧民文化はきわめて対照的である。この社会は牧草を追って絶えず移動する移動社会で、定着的な地縁的組織は発達しない。かれらを結合するものは基本的には血縁と系譜である。この社会は移動社会であるために、いきおい軍隊的性格と組織を持つようになり、きわめて行動的で侵略的で、政治力と組織力にすぐれている。また移動的であるために、文化は蓄積されない。その文化目録は武器、馬具を除き極度に貧弱である。遊牧民は行動的ではあるが生産的ではない。牧畜経済は家畜が「資本」で、富の増大は家畜の数の増大を意味し、その増大は家畜の自然的繁殖にまつのであるが、これは資本と利潤の関係に似ている。家畜資本は数量的に取り扱うことができるし、牧民はただ家畜を管理し、適当な牧草地を発見し、畜群を外敵や疫病から保護することがその仕事で、あたかも資本主義経済の経営者に似た立場にあって、農民の生産経済形態とは根本的に異なっている。農耕民の循環論的、二元論的なのに対し、直線論理的で、一元論的であり、前者の宗教が霊魂崇拝的、アニミスティックで、「水平的」信仰形態であるのに対し、これにおいては、主神的信仰、天神信仰が顕著で、私のいう「垂直的」信仰形態を特徴としている。両者の文化の対照的性格への理解は、日本固有文化の性格を考えるうえに少なからぬ意味を持つであろう。

天皇種族は政治力と組織力にすぐれてはいたが、文化的には貧しかった。これに反し、被征服民たる農耕民は文化的には豊かで、生産的ではあったが、政治力も組織的行動力も乏しかった、だから天皇族は政治的・軍事的には勝ったが、文化的にはむしろ被征服民の文化に吸収されたといってよいだろう。農耕民や漁労民だけで大規模な国家広域社会はできないし、また遊牧民だけで永続的な国家を作りえない。定着的な農耕民社会の地盤の上に政治的にすぐれた種族が被覆し、これを組織して、はじめて永続的な国家が成立する場合が多い。

日本文化の雑多で、多様で、矛盾的な性格は、こうした農耕文化の一般的性格や、さらにその農耕文化そのものが、すでにいくつもの農耕文化の混合から成立しているということや、騎馬遊牧民文化の性格を持った支配者文化と先住農耕民文化との混合、というよりもむしろ支配者文化は農耕民文化によって深く影響されたというこれらの事実から理解し説明することが、少なくとも一つの途であろう。
さらにもう一つの文化をここに付け加えなければならない。これは男性的・年齢階梯制的・水稲農耕―漁労民の文化であるが、この文化は農耕民の文化としては、既に述べた。

しかしこの文化のもう一つの特徴は、年齢階梯的な漁労民であるということである。この社会はきわめて男性的で、強い年齢組的結合力を有し、年齢・世代的な厳格な上下秩序によって律せられてはいるが、同年齢者間はきわめてデモクラティックで、ある種の男らしさ、勇気などを理想とする行動・態度型もあったようである。この種族は後年に至っては階層化されて一部は主農副漁民となり、一部は主漁副農民となったのであろう。上古の末から中世にかけて成立した武士階級は、中央からきたって土着した氏族的・家長権的な開拓土豪が右の農民や漁民を配下に統率して形成されたものではないかと思う。というのは武士階級の社会構造において二重の構成・秩序原理が存在するらしく見えるからである。武士階級の社会構造、習俗、生活様式にどの程度この文化が浸透しているかということは、今後の研究にまつほかないが、少なくとも、日本民族文化または日本人の性格形成に、この農・漁民が大きく参加していることは、否定できないと思う。

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