2025年6月2日月曜日

20250601 公的キャラクターの立ち上げと言語感覚の変容について

 過日、かねてより読み進めていたユヴァル・ノア・ハラリによる新作「ネクサス」情報の社会史上下巻を読了して、次に間髪を置かずに、以前に購入して積読状態であった宮台真司著「制服少女たちの選択 完全版 After 30 Years」を読み始めました。こちらの著者である宮台真司先生のことは、かれこれ10年以上前からいくつかの著作や動画などを通じて知っており、以前にも当ブログにて述べましたが、2012年に歯科理工学実習と歯科衛生士学科の歯科英語の講義が重なった時期に、何と云いますか、公的な場で自らが話すキャラクターといったものがないことに気が付き、こちらの宮台先生をはじめ何人かの方々の話し方を真似、それらを混淆させて、急ぎ、自らの公的な面でのキャラクターを立ち上げたわけですが、面白いもので、こうした公的なキャラクターとは、一度立ち上がり、それで自らの公的な側面が駆動しはじめますと、それに引き摺られるのか、それまで既存の話し方などにも変化が生じます。これは以前のホテル・フロント勤務の際とはまた異なり、何と云いますか、より話す際での能動性が求められるようになるのです。つまり、こちらからより多く話さなければならず、その反面、言葉遣いや言い回しなどは、分かり易いながらも、無難なものにせざるを得なくなります。つまり、ある程度の人数を相手として、90~180分程度、それなりに内容のあることを話し続けることは、おそらく、そこまで簡単なことではなく、そのためにも話し方は、より多くの方々が理解し得る無難なものへと落ち着いて行くのが自然であるということになります。とはいえ、では、そうした大勢に向けた無難な話し方の選択肢は、多くないと考えられそうですが、そうでもないところがまた悩ましいところであり、私の場合、先述のように、当時、よく動画を視聴していた宮台真司先生、新潮CDの小林秀雄の講演、そしてDJのピストン西沢氏の三氏の話し方を真似て、自分なりに昇華させようと試みました。また同時に当時はほぼ毎日、何らかの英語の科学論文を読んでいましたので、そのようにして既存のものとは異なる言語文化にしばらくの期間浸っていますと、自然、自らが用いる言語にも変化が生じ、そして、その先に、当時在住の鹿児島市内の洋書が置いてある比較的大規模な書店に行き、それまで興味を持つことがなかった英語小説の背表紙を見て、突然、その題名の和訳が自然と頭に浮び、さらに頁を開いてみると「あら不思議!」大体の文章は読めるようになっていることに気が付くのです…。そしてそこから、米国の空手映画の練習シーンを髣髴とさせますが、つまり重要なことは、こうした能力の進化や向上とは、すぐには実感されることは少なく、黙々と向上を目指して単調ながらも活動していくさなか、突如として気付く契機といったものが自然なカタチで齎されるのではないかと思われるのです。そしておそらく、そうしたことは、たとえ誰かが文章で精確に著しても、理系論文によくある実験メソッドのような種類の普遍性がないため、正しく伝播することが困難であるのではないかと考えます。そしてまた、そうした学問としての性質の根本的な相違が理系・文系双方の間にあるのではないかと思われた次第です。
 今回も、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!


*加筆修正後
 過日、かねてより読み進めていたユヴァル・ノア・ハラリによる新作『ネクサス 情報の社会史』上下巻を読了し、その次に、以前に購入して積読状態となっていた宮台真司著『制服少女たちの選択 完全版 After 30 Years』を読み始めました。
 著者である宮台真司先生のことは、10年以上前からいくつかの著作や動画などを通じて知っていました。一方で、以前にも当ブログで述べたように、2012年、歯科理工学実習と歯科衛生士学科での歯科英語の講義を重なり引き受けた時に、自らの「公的な場で話す」キャラクターがないことに気づきました。
 その際、宮台先生をはじめとする何人かの方々の話し方を参考として、それらを統合や混淆させる形で急ぎ、自分なりの公的キャラクターを立ち上げたわけですが、興味深いのは、そうしたキャラクターが一度立ち上がり、その公的側面が駆動し始めると、それに引き摺られるように、それまでの話し方にも変化が生じていくことです。
 これは以前のホテル・フロント勤務時での状況とは異なり、より能動的に話す姿勢が求められるようになるという点で特に顕著でした。つまり、こちらから積極的に話す必要がある一方で、言葉遣いや言い回しについては、分かりやすく、かつ無難なものとして、落ち着いて対応する必要があると云うことです。
 一定の人数を前に90~180分程度、それなりに内容のある話を話し続けることは、おそらく容易なことではなく、そのためにも、話し方は、前述のように、より多くの人に伝わる無難な表現へと自然に収束していくのではないかと考えます。
 とはいえ、大勢を対象とした「無難な話し方」の選択肢もまた、決して少なくはないようにも見受けられます。そこにまた、ある種、選択肢の多さ故の悩ましさがあるわけですが、私の場合は当時よく動画を視聴していた宮台真司先生、新潮CDによる小林秀雄の講演、そしてDJピストン西沢氏の話し方の三者を真似し、自分なりに昇華させようと試みました。
 また同時期には、ほぼ毎日、英語の科学論文を読んでいたため、既存とは異なる言語文化に一定期間浸っているうちに、言語感覚にも徐々に自然な変化が生じたのだと云えます。
 そして、その延長として、当時在住していた鹿児島市内にある、洋書を扱う比較的大規模な書店に赴いた際、それまでほぼ関心を持たなかった英語小説の背表紙を眺めているうちに、突然その題名の和訳が自然と頭に浮かび、さらに頁を開いてみると「あら不思議!」、大体の内容を読めるようになっていたことに気が付くのです…。
 こうした状況は米国の空手映画に登場する修行シーンを彷彿とさせるような体験でしたが、要するに、こうした能力の進化や向上とは、即座に実感できるものではなく、むしろ地道に継続していくなかで、あるとき突然、自然な形で気づかされる契機が訪れるものなのだと思われます。
 そしておそらく、そのような過程とは、たとえ誰かが精確に文章として記述したとしても、理系論文にあるような普遍性を持つ「実験メソッド」とは異なり、他者に伝播させることが困難であると考えます。
 このような点において、理系と文系の学問のあいだには、根本的な性質の相違があるのではないかと思われます。 
 そして、今回も、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

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ISBN978-4-263-46420-5

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2025年5月25日日曜日

20250524 総投稿記事が2340を超えていたことから思ったこと

 さきほど見たところ、当ブログの現時点での総投稿記事数は2341となっていました。そうしますと、二つ前の投稿により、ある程度キリの良い2340記事に到達していたことになります。また、以前であれば、そうした節目を題材として記事を作成していたものですが、あるいは、投稿記事数への関心は波があるのかもしれませんが、ここ最近はあまり気にしていませんでしたので、冒頭のようになったのだと云えます。とはいえ、来る6月22日には、当ブログ開始から丸10年になりますので、それまでには、もう少しキリの良い2350記事には到達したいと考えています。

 また、総閲覧者数は、現在のところ累計で93万人を少し超えた程度となっています。これについても、日常的に特に注意を払っているわけではありませんが、10年近くという継続期間で93万人と捉えてみますと、単純計算では、年間で約9万3000人、月間でおよそ7800人、そして1日では250人程度の方々に閲覧されていることになります。もちろん、閲覧者数は日毎で偏差があり、1日で1000人を超える日もあれば、他方で、更新を行わずブログ自体を開かない日などは、一桁に留まることもあります。そして、それらすべてを統合した平均が250人となっています。

 この数値が、ブログとして相対的にどの程度の水準であるのかも、ここ最近はとくに関心を持ってはいませんでしたが、私見としては、個人運営のブログとしては、そこまで悪くはないと考えています。また、2015年に開始して、2025年までの10年近く、更新しつつ継続しているブログというのも、そう多くはないと思われますので、内容の良し悪しはさておき、その継続自体が、ある種の個性にはなっているのではないかと思われます。

 前述のとおり、10年近く(どうにか)継続してきたことにより、このブログそのものが、私の思考や志向の変遷や歩みを示すものとなっており、また、それを文章として記録する営みは、年を重ねるごとに、自らの中での意味を徐々に深めているように感じられます。

 とくに2020年以降は、コロナ禍、第二次宇露戦争、ガザ紛争など、国際情勢も徐々に混乱の度合いを強めて現在に至っており、それらの様相を自分なりに理解するため、書籍を読み、情報収集しているうちに、これまで知らなかったいくつかの分野に関しての知見も得ることができました。それもまた、ブログの継続という基盤があったからこそ可能になったのではないかと考えます。

 また、2020年1月からはエックス(旧Twitter)も開始し、それ以来、当ブログとの連携も続けています。これにより、新たな閲覧者層を得ることができたと云えます。実際、ブログ閲覧者数の増加が見られるようになったのも、同時期からであり、そこから、SNSとの連携が一定の効果を持ち得るのだと云えます。

 しかし他方で、エックス(旧Twitter)などのSNSという媒体は、全般的に思考を深めるというよりも、感情的な反応が先行しやすい性質があると思われます。この視点から、ブログという形式が持つ「遅さ」や「長さ」は、依然として有効なものであると、むしろ以前よりも強く考えるようになりました。そして、閲覧者との距離を考慮しつつ、自らの考えを文章化し、さらに掘り下げていくという行為には、それがたとえ不完全なものであったとしても、蓄積されるだけの価値はあるのではないかと考えています。

 そして今後、2350記事、10年間の継続を達成できたとしても、ある程度長い期間の休止はするにしても、ブログ自体を止めることは考えていません。むしろ、その先に、どのような変化があるのかを観察してみたいと考えています。

そして今回も、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

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2025年5月20日火曜日

20250519 歯科理工学と文系ネタの融合について:私見として

 直近、5/17投稿分の記事は、投稿2日目としては比較的多くの方々に読んで頂けていました。当記事を読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。また、鹿児島や和歌山など、具体的な地域をブログ記事題材としますと、閲覧者数が伸びやすい傾向も認められました。

 さて、直近投稿記事の文末にて触れた「さらに続き…」を題材として今回は進めます。すでに述べたとおり、私には少々“文系ネタ”に拘るクセがあります。そのクセに対して、当時周囲におられたた方々からは概ね真面目そして鷹揚に対応して頂いたことは現在においても感謝しています。振り返ってみますと、師匠が退職された2010年末頃から始めた英論文のひとり音読が契機あるいは転機となり、その後の変化が生じたと云えます。もちろん、そこに至るまでの過程は大変苦しかったものの結果的には、現在においては、最低限の挽回はできたのではないかとも考えています…。

 また、当時の専攻であった歯科理工学と、英論文の音読や文系などを随時、行き来するような態度は、当時の私にとっって不可欠な呼吸法のようなものであり、歯科理工学のみを掘り下げても行き詰まるなかで、他分野での何らかの活動をすることによってアイデアが湧いたり、思考を拡げてくれたと思われることが度々ありました。

 もっとも、2010年秋に師匠が退職されて、2013年夏の学位取得に至るまでの約3年間は、私にとっては人生の非常事態と云える期間でした。そこでの精神的な消耗や疲労は、現在にも影響を及ぼしていると考えます。くわえて昨今ではSNSなどでの情報の洪水も重なり、睡眠の質まで蝕まれているようにも思われます…。とはいえ、大抵、どの分野の院生でも、学位取得前に何らかの精神的危機を経験すると聞き及びますし、そしてまた、その辛さの相対的な比較は困難であろうと考えます。

 2010年の教授(師匠)退職の翌年、2011年に准教授の先生も定年退職となり、先輩院生の先生方も次々と修了されて、研究室の人員が一気に減少しました。そして、その穴埋めの役割もありつつ迎えた2012年の歯科理工学実習では、毎回かなりの疲労感を覚えた一方で、自分の裁量が増したことにより、実習工程の説明やその雑談などに文系ネタを(ふんだんに)織り交ぜることも出来ました。しかしもちろん、本題である実習項目の各解説は例年通り、国内外のテキストや関連論文を読み込み、準備しておりましたので、質自体に問題はなかったと考えます。また文系ネタの多用についても、事前に研究室の先生方からご了承を頂いていたため、学位が取れようが取れまいが、この実習を「人生最大の見せ場」として発奮していた記憶があります…(笑)。

 さて、以上、鹿児島の度量の広さと鷹揚さへの感謝から始まり、実習での文系ネタ多用を正当化するような文章になってしまいました…(苦笑)。しかしながら、そうした行為をするためにも、ある程度の下調べと準備が不可欠です。そうしたことから、この時期(非常事態)は、現在では私を支える重要な要素になっているとも云えます。そして、私にとって当ブログを作成することは、そこで培ったものを維持そして発展させるための行為であるとも云えます。さらにまた、今回の当記事も、その延長線上にあると云えます。それ故、これからもしばらく、自らの経験を基礎として、新たな視点や見解を提示しつつ継続することが出来れば良いと考えておりますので、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。また今回も、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

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2025年5月18日日曜日

20250517 過日の投稿記事から思ったこと:鹿児島の地域性?

 過日の投稿記事にて、鹿児島在住時代、私が在籍した研究室周辺におられた方々の鷹揚さには少なからず助けられたと述べましたが、その後、しばらく考えてみますと、この鷹揚さは、地域性の発露の一種であるのではないかと考えるに至りました。九州のなかでも、とりわけ熊本と鹿児島は、未だ女性蔑視的な文化が残存していると、しばしば聞かれますが、そうした女性を蔑視する差別的な感覚と、さきの鷹揚さが、どのようにして併存しているのかと考えてみますと、それなりに興味深く、また、自らが実際にその地域で住んでみますと、その実相をよく理解出来るようになるのではないかと考えます。そして、地域に住み、経験を積み、その実相を理解出来たと思った時には、おそらく多くの場合、そうした性質、地域性をわざわざ言語化して論うことに抵抗を覚えるようになっているのではないかと考えます…。
 私は鹿児島のことを比類なく素晴らしい場所であるとか、逆に、信じられないほど野蛮で危険きわまりない場所であると述べたいわけではありません…。鹿児島は、その歴史が示すように、鎌倉時代の下司職(げししき)そして地頭職(じとうしき)からはじまり、19世紀後半の近現代まで、700年ほど一領主家によって統治されたという、我が国でも珍しい歴史を持つ地域であり、そして、そうした地域の社会では、過去の残渣とも云えるような、封建的あるいは権威主義的な面も少なからずあり、私もそれを度々経験したと云えますが、しかしまた他方では、たしかに前述した鷹揚さもまた、少なからずあったとも云えるのです…。この鹿児島の地域性とも云える鷹揚さについては、以前に引用記事を作成していましたので、以下にその記述をコピペします。

『このように薩摩藩が琉球固有の文化を残したのは、あくまでも政治上の思惑であり、琉球の文化に高い敬意を払ったからではなかった。琉球からみれば薩摩藩は憎むべき侵略者そのものだ。その点を踏まえたうえでなお、薩摩藩には多様な文化が並立して存在することを良しとする、度量の広さがあったーそう言っても差し支えないのではないか。』

 引用文中の「度量の広さ」こそが、さきの「鷹揚」とほぼ同じものを示していると考えます。そう、おそらく、彼等彼女等は意識的に、あるいは良心的に振る舞おうとして、度量が広かったり、鷹揚であったりするのではなく、むしろ、ごく自然に振る舞っていて、他地域の人々の尺度からは、度量が広いであるとか、鷹揚であると感じさせる性質があるのだと考えます。この性質については、私の記憶に比較的強く残っているものがあります。それは、大学院2年目の2010年秋に師匠が退職されて、意気阻喪としていた研究室でしたが、実験や英論文読みなど、やらなければならないことは幾つもあり、そして、そうしたイヤな気分を紛らわすためもあって、実験の空いた時間に英論文を音読していましたが、当初、その音読の音量は周囲への遠慮や配慮もあり、控えめに呟くように読んでいましたが、のちに控えていた国際学会での初の口頭発表に向けて、より実践的なものにしようと、通常の音量、さらに出来るだけ抑揚をつけて情感を込めて読むようにしましたが、それをしばらく続けていても、研究室の先生方、あるいは隣の研究室の先生方から苦情や苦言が届くことは一度もありませんでした。その後、この実験室での英論文の音読の習慣は、翌2011年も継続して、その年の暮れには、師匠門下の最年長で、当時他講座の助教をされていた先生から「歯科衛生士の専門学校で英語の講義をしてみないか?」との打診を頂き、翌2012年春からその講義をさせて頂くことになりました。これはおそらく、さきの習慣を知りつつ打診されたと考えられますので、それは、私の経験としては有益に作用したと云い得ます。そしてまた、たとえ意図せずとも、私のそうした性質を引き出してくださったのは、鹿児島の地域性と云える「鷹揚さ」や「度量の広さ」であると考えることから、さきに述べたように印象深いものとなっているのです。また、これにつきましては、さらに続きがあるのですが、それにつきましては、また別の機会に述べたいと思います。ともあれ、丸10年の継続に近づいたことから、もう少しやる気を出すために、本日も何やら書き始めた次第ですが、思いのほかに筆が乗り、文量も増えました。5月病とも云われるほどに、本格的に春めいて暖かくなりますと、人の精神は浮ついて不安定になるのかも知れず、私の方もあまりブログ記事作成に意欲が湧きませんでしたが、ここに来て、まだ、このくらいの時間で、この程度の文量を作成出来ることが出来ることが自覚されましたので、今しばらく、これを維持そして継続して、来る6月22日の当ブログ開始丸10年を迎えることが出来ればと考えています。
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2025年5月16日金曜日

20250515 継続による変化について思ったこと

 来る6月22日で、当ブログは開始からちょうど丸10年になります。その節目に向けて、ここ最近は多少、ブログの更新に重点を置き、現状としては当記事を含めて、あと2記事、追加で投稿することにより、総投稿記事数は2340に達し、さらに10記事を追加すれば、節目となる丸10年になるまでに2350に到達出来ます。

 さて、2015年6月22日から2025年6月22日までの全日数は3652日になります。そして、その期間での2350記事の投稿となりますと、単純計算で、約3日で2回の更新を継続してきたことになり、異言しますと、10年間の全日数のうち6割以上の日にブログを更新してきたことになります。

 如上のように、3日で2回ほど、継続的に文章(ブログ記事)を作成した場合、それが何らかの有意な変化をもたらすのではないか―そう考えることも時にはあります。しかし実際には、これまでの「丸8年」「丸9年」の節目においても、とくに明確な変化を感じた記憶はありません。そのため、今回の「丸10年」で、たとえ桁が増えるとはいえ、急激に有意な変化が生じるとは考えていません。

 とはいえ、10年という区切りから、何らかの中・長期的な影響を及ぼす可能性があるとも考えています。というのも、私自身、それ以前には「公表を前提とする文章の作成を、10年にわたり継続した」という経験を持っていませんでした。そのため、この点からは、多少の達成感や自信に繋がる部分もあるように思われます。

 もっとも、世の中には私などよりも長期間、多くの読者の方々を得つつ、ブログを継続されている方々も少なからずおられます。それ故、たとえ10年間続けられたとしても、それにより得られる自信や達成感は、絶対的なものではなく、あくまでも、ささやかで相対的なものになると思われます。

 とはいえ、継続からは、たとえ可視的な成果や変容の自覚が乏しくとも、おそらく我々の無意識の層においては、確かに、何らかの変化を生じさせていると考えます。それは、たとえ自覚に乏しくとも、文章の作成という行為そのものに、自らの思考や視点を明晰にする効果があると考えるためです。

 10年近く、当ブログを作成し続けてきましたのは、端的に読んで頂いている方々への発信であると同時に、自分自身との対話でもありました。今後、どのような頻度で更新していくかは定かではありませんが、できれば、もうしばらく継続したいと考えています。ともあれ、多くの場合、変化とは、体感出来るほど急激に生じるようなものではなく、継続された時間のなかに含まれており、ある機会などで振り返ることで、不図、気が付くといったものではないかと思われます。

そして今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

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2025年5月14日水曜日

20250513 異分野でのリテラシーについて(道なき道を行くために…)

 以前より私は文系ネタになりますと、少し拘るクセがあり、それは歯系院在籍時においても同様でした。そして、現在、大変運が良かったと思われることは、歯系院にて周囲におられた方々は総じて、私の文系に拘るクセを否定せずに、鷹揚に構え、さらには、そうした話題をこちらに振ってこられたことです。考えられるその理由は、以前にも当ブログにて述べましたが、私が在籍した歯科理工学研究室とは、国内全ての歯科大学・大学歯学部にある基礎系の研究室の一つであるのですが、臨床系の研究室とは異なり、研究室の長である教授が臨床資格を有する歯科医師(あるいは医師)でないことも少なからずあり、そして、私が在籍した研究室の教授(師匠)も歯科医師ではなく、歯学と工学で博士号を取得された所謂ダブル・ドクターの研究者でした。それ故にか、研究室での駄弁り交じりの会話の内容も多岐にわたるものでした。そうしたなかに、文系ネタに拘る私を入れますと、やはり当初は、色々と波風が立った記憶がありましたが、研究室の長である教授自らが、さまざまな話題の会話を好まれ、また、それらの見解についても、その確からしさの概要は見抜き、あるいは説明しますと、対話により、その概要を理解される、まさに優れたリテラシーの研究者であり、その門下の先生方もまた、ある一つの比較的狭い分野での研究で一生を過ごされるようなタイプの方々はいなく、総じて、それぞれの道なき道を進むようなタイプであると云えます。そのため、納得して頂くまでは本当に大変でしたが、一度納得をされると「なるほど…」と割とアッサリと理解される方々でした。これを端的に云いますと「理屈が通じる」場所であったのです。また私も、先生方に対し、文系ネタで煙に巻こうとはせず、手持ちで最も信憑性のある見解や知見を提供し続けました。そして、これが出来たのは、現在になって考えてみますと、やはり大学という環境があり、そして当時の私に専門(歯科理工学)以外の著作を読む習慣があったからであると云えます。そのように考えてみますと、その当時から、その後も現在に至るまで、おそらく私もまた自らの道なき道を行っているのではないかとも思われてきます。そして近年(特に20年代以降)、世界情勢をはじめ我が国の状況もまた、混乱の様相が強まりつつあるなかでは、私は分かりませんが、こうした道なき道を行くタイプの方々が、本領や真価を発揮されていくようになるのではないかと思われましたが、さて、どうなっていくのでしょうか?
今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

【加筆修正後】
 以前より私は文系的な話題になると少し拘るクセがあり、それは歯系院在籍時においても同様でした。現在、振り返り、きわめて運が良かったと思われることは、その歯系院において、私の文系についての拘りを特に否定せず、むしろ鷹揚に受け止められ、さらには、その文系ネタで、逆にこちらに質問されるような方々が周囲に少なからずおられたことです。

 その理由と考えられることは、以前、当ブログにて述べましたが、私が在籍した歯科理工学研究室とは、国内すべての歯科大学・大学歯学部に設置されている基礎系の研究室の一つであり、そこは臨床系の研究室とは異なり、研究室の長である教授が、歯科医師(あるいは医師)などの臨床資格を有していないことも少なくなく、私が在籍した研究室の教授(師匠)もまた、歯科医師や医師ではなく、歯学と工学の両分野で博士号を取得された、いわゆるダブル・ドクターの研究者であったことです。

 そのためか、研究室での会話の内容も多岐にわたり、そこに、私のように文系ネタに拘る人間が加わると、やはり当初は、多少、波風が立った記憶があります。しかしながら、研究室の長である教授自身が、さまざまな話題を好まれ、また、そこで出た見解についても、その確からしさの程度を見抜かれたり、あるいは追加説明により、さらなる対話を通じて理解されるといった優れたリテラシーから、特に険悪な雰囲気になることはありませんでした。

 そして、その門下の先生方もまた総じて、比較的狭い分野に専心して研究されるようなタイプの方々ではなく、いずれも、それぞれの「道なき道」を進むようなスタイルを持たれた先生方であると云えます。それ故、当初こちらが述べる知見や見解を納得して頂くまでは本当に大変でしたが、しかし一度納得されると、「なるほど、そういうものか……」と、意外なほど、あっさり理解してくださるといった、まさに「理屈が通じる」先生方であると云えます。

 他方、私の方も、先生方に対し、文系ネタで煙に巻くようなことはせず、自身の知り得る最も信頼性の高い見解や知見を提供し続けていました。そして、それができたのは、そこが大学という環境であったこと、そして当時の私に、専門(歯科理工学)以外の著作を読む習慣があったことによるのではないかと考えます。

 斯様に振り返ってみますと、当時から現在に至るまで、私自身もまた「道なき道」を歩んでいるのではないかという思いが、ふと湧いてきます…。近年、特に2020年代以降は、世界情勢をはじめ我が国の状況も混迷の度合いを深めつつありますが、こうした時代においてこそ、私は別としても、道なき道を行くタイプの方々のが本領や真価を発揮されるようになるのではないか――といった予感も不図、抱かれましたが、果たしてこれからどうなっていくのでしょうか。

そして今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!


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2025年5月12日月曜日

20250511 惰性と習慣の間にあるもの:丸10年に近くなって思うこと

 ここ数日間、また新規でのブログの更新はしませんでしたが、それ以外の公開を前提とする文章は幾つか作成しており、また書籍の方は、かねてより読み進めている著作数冊もさらに頁は進みましたが、新規でのブログ記事の作成とまでは至りませんでした。とはいえ、考えてみますと、私の場合、当ブログを継続してきたことから、今現在、必ずしも恵まれているわけではありませんが、どうにか、生きていることが出来ていると云えますので、やはり、その基礎の更新は出来るだけ行った方が良いと云えます。しかし、このように文章を作成している現在の状況とは、さきのように考え、それを実行していると云うよりも、どちらかと云うと惰性に近いと云えます。あるいは、定位置でのブログ記事作成が、惰性のように習慣づいていることから、しばらく作成をしないであいると落ち着かなくなってしまうのかもしれません…。思い返してみますと、当ブログ開始以前では、能動的な文章の作成が習慣となっていた時期はありませんでしたので、その意味で、さすがに9年10カ月程度ブログ記事の作成を継続しますと、ある程度は習慣づくと云えるのかもしれません…。しかし、当ブログ開始当初は、その文章作成で多少悩み、人文系院時代の研究から気になっていた銅鐸について、自分の更なる理解を深める意味もあり、いくつかブログ記事として作成しましたが、その後、関連著作での重要と思われる記述、あるいは以前に読んで興味深いとした記述などで引用記事を作成していますと、次第に、対話形式の記事の作成が出来るようになり、次いで一人称での文体の記事作成も出来るようになり、そしてそこからは、何度かスランプの波はありましたが、これまでどうにか継続することが出来ました。そして、その先にある現在において、何故か、ブログ記事の作成意欲が湧かないのです。とはいえ、一度作成を決意しますと、このあたりまでは、そこまでは苦労せずに作成出来るようにはなりましたので、先日の投稿ブログにおいても述べましたが、ここで多少無理をしてでも、より多くの記事を作成することよりも、後になり、また自然に訪れるであろう文章作成への意欲を待っていた方が良いのではないかと考えるのです。もちろん、このように定期的にはブログを更新しますが、それは以前のように、投稿記事数の増加のために投稿頻度に重点を置くのではなく、ここは内心にしたがいつつ作成するのが良いと考えます。そして、そのようなスタンスで、たとえば今後何年要するか分かりませんが、3000記事あたりまで(どうにか)到達することが出来れば、おそらくその時の私は、現在の私とはまた少し異なっていると思われます。近年では人工知能の普及と高度化により、それらしい文章を比較的容易に生成・作成することが出来るようにはなりましたが、しかし、そうした技術水準に至ってもなお、それを応用しつつも、自らで文章を作成し続けようとする自分を、これまでのブログ記事作成で培ったと云えますので、今後の展開はいまだ不明ではありますが、ともあれ、ブログ開始から丸10年となる、きたる6月22日までは、今しばらく継続したいと考えていますので、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


加筆修正後
 ここ数日間、ブログ更新はしませんでしたが、それ以外の、公開を前提とする文章はいくつか作成して、また、かねてより読み進めている著作数冊は、さらに頁が進みました。しかしながら、新規でのブログ記事の作成には至りませんでした。

 とはいえ、改めて考えてみますと、私の場合、当ブログを継続してきたことにより、今現在、必ずしも恵まれているとは云えませんが、どうにか生きているとも云えますので、やはり、その基礎としてのブログの更新は、出来るだけ行った方が良いようにも思われます。

 しかし、こうしてブログ記事の文章を作成している現在の状況とは、先述のように考え、それを意識的に実行しているというよりも、惰性に近いようにも思われます。あるいは、こうした状況とは、定位置(PC前)でのブログ記事作成が習慣づいて、無意識的な惰性のようになっていることから、しばらく作成しないでいると、逆に落ち着かなくなってしまっているのかもしれません…(苦笑)。

 思い返せば、当ブログ以前には、能動的に、そして継続的に、文章を作成する習慣はなく、そこから、その後、9年10カ月ほど継続してブログ記事を作成したのであれば、それは、ある程度は習慣と評し得るものと考えます。

 さらに思い返せば、当ブログ開始当初は、どうしたわけか文章の作成が困難な状態にあり、そこで、周囲のご助言にしたがい、以前、修士課程院生時代に地域性を検討するための一つの基軸とした銅鐸について、自らの理解を深める意味もあり、いくつか記事を作成することにしました。その後、以前に読み、興味深いと考えた記述による引用記事も作成するようになり、やがて次第に、対話形式の文章が書けるようになっていきました。さらにその後、対話形式から一人称文体での文章も作成することが出来るようになり、そして幾度かのスランプの波はあったものの、今現在まで、どうにか継続することが出来ています。

 さて、そこで最近、どうしたわけか、以前ほどブログ記事の作成意欲が湧かなくなっています。しかし、一度作成を決意すれば、この程度の文量は、自らの文体で、それほど労せずに書けるようにはなっていますので、過日の投稿記事にて述べましたように、ここで多少無理をして徒に記事数を増やすよりも、いずれ自然に湧いてくるであろう意欲を待つ方が良いのではないかと考えています。

 もちろん、今後も定期的に当ブログは更新していくつもりではありますが、以前のように投稿頻度や記事数の増加に拘らず、囚われずに、できるかぎり内心にしたがい作成するのが良いのではないかと考えています。

 そして、このようなスタンスで、今後どれだけの年月を要するかは分かりませんが、どうにか3,000記事あたりまで到達することができれば、おそらくその時の私は、現在の私とは、また少し異なっているのではないかと考えます。

 近年では、人工知能の普及と、更なる高度化により、それらしい文章を比較的容易に生成できるようになりましたが、そうした技術の進化発展があってもなお、それを応用しつつ、自らの手で文章を作成し続けようとする、その態度は、これまで継続したブログ記事の作成によって培われたものであると云えます。

 ともあれ、今後の展開は未だ不明ながらも、当ブログ開始から丸10年となる、来たる6月22日までは、しばらく継続していきたいと考えておりますので、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。