2022年1月14日金曜日

20220114 昨日からの英論文を読んでいて思った「口頭にて英語を用いる経験の経緯について」

 昨年の暮れ、犬の散歩を利用して年賀状を投函しようと、作成した年賀状の束をコートの胸ポケットに収めて出て、郵便局前のポストに投函し、犬の散歩も終えて帰宅しました。そして、年があらたまった、ある日、また犬の散歩をしようと、その時と同じコートを着用して出たところ、胸ポケットに少し違和感があったことから手を入れてみると、昨年暮れに投函したと思っていた年賀状が何通かありました。

これら年賀状の宛先を見てみますと、歯科理工学の師匠を含め、それぞれ(大変)お世話になっている先生方であり、そこから、あわてて投函しましたが、遅れてしまい大変申し訳なく思う次第です・・。

さて、先日来から読み進めている師匠による英論文ですが、電車内などでも読み進め、半分ほどにまで至りましたが、考えてみますと、以前、歯科理工学を専攻していた際は、師匠の英論文をまとめた冊子を、始終持ち歩いて読んでいましたので、その文体には慣れていると云えます。

また、3年前の10月に奈良で開催された日本デジタル歯科学会学術大会の際には、師匠は英語にて特別講演をされていましたが、その時の内容も、私としては分かり易く、概ね理解出来ていたものと思われます。これは、当時(2019年)にあっては懐かしくも新鮮な感覚であり、その翌日に和歌山にて開催された人文系の勉強会において、そのことを多少興奮気味に話していた記憶があります・・。

しかし、何時頃から、こうした自分の研究内容あるいは、その近接分野での、英語による講演等の内容を理解出来るようになったのかと思い返してみますと、それは2009年、鹿児島に移り住み、数カ月経った、歯科理工学会の九州支部会での夏季勉強会に参加させて頂いた時であったように思われます。

この年の夏季勉強会は、福岡県の柳川市にて開催され、九州各地の歯科理工学分野の研究者が集まり、そこでは、若手院生による、学会発表の練習なども兼ねての発表があったり、他方で、ベテラン研究者による経過報告のような発表もあって大変活発なものでした、さらに、そこで私が驚いたことは、玄界灘の向こう側の韓国の研究者の方々が多数参加されていたことでした。そうした事情から、当勉強会での公用語は英語となっており、そうした中で師匠とQ大のI教授による英語での議論は、なかなか白熱したものであり、しかも、その内容が、それまでに読んできた英論文とも相通じる内容があり「おお、こんな難しそうなことを議論しているのに、その内容が少しは理解出来ているぞ・・。」といった感じを受け、その驚きを休憩時間に先輩院生に話したところ「ああ、しばらく英論文を読んでいると、その分野での口頭のやり取りも大体は分かる様になるよね。」といったお返事を頂きました。

さて、そのように考えてみますと、では私は何時頃から本格的に口頭での英語を用いるようになったのかと思い至るのですが、それは、これまでにも当ブログにて何度か述べましたが、ホテル会社(三井観光開発株式会社)に就職してからであったと云えます。

入社1年目の頃は、そうでもありませんでしたが、2年目にフロントへ転属になってからは、月に何度かは英語を用いる機会がありました。またそれは、その翌年に南紀白浜へ転勤になってからは少し増え、私としては、この業務が特に好きというわけではありませんでしたが、それでも休日には英語の勉強になりそうな映画作品DVDを英語字幕にて鑑賞したりしていました・・。

さらにその後、和歌山にて人文系の大学院生となってからは、そこでは留学生が比較的多く、自然、そうした場での公用語は英語となりましたが、そうした中で私はいくらか積極的に彼等彼女達と交渉を持っていたのではないかと思われます。

そのように考えてみますと、私の口頭による英語を用いる経験は、その後の歯科技工専門学校在学時代(2007~2009)はほぼ空白であったと云えますが、それまでには、少しはあったことが思い出されました。そして、この歯科理工学分野での英論文の読解や試料作製の日々がしばらく続いた後、こうした機会(夏季勉強会)に自身のいわば「進化」と評しても良い変化を認識しますと、何と云いますか、精神が励起されるのでしょうか、その後、柳川市から博多そして広島まで出て、そこからフェリーに乗り、当時、松山市に在住していた親戚と会った時には、そのことを半ば喜々として話題にしていた記憶があります・・。そして、この状態がさらに亢進するとD2病に至るとも云えます・・(苦笑)。

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年1月13日木曜日

20220113 久しぶりに歯科理工学分野での英論文を読んで思ったこと

先日、歯科理工学の師匠から、御自身が執筆された新たな英語論文が論文サイト上にあることを教えられ、早速それをダウンロード、プリント・アウトして、昨日よりこれを、他の読み進めている書籍と併行して読み進めています。そして、それらを交互に読んでみますと、読み始めの頃は、読むための脳?の切替が出来ておらず、少々難儀しつつ、いわば、自身をチューニングすることになります。これは、その分野での文章を読み進めることにより、徐々に為されていくものであり、しばし読んでいますと、その文章の背景概容も思い出され、そして、理解をしつつ読み進めることが出来ているといった感覚を覚えますが、これが、上述のチューニングとなります。

しかし、考えてみますと、こうしたこと(切替)は、以前の自身は、もっと自然・無意識に行っていたと記憶しています。かつては実験などの作業を行いつつ、英論文などを読んでおり、その後、帰宅してからは、小説や他分野の専門書などの読書を日常的に行っていましたので、そうした「チューニング」などと、考えることもなかったのだと思われます。

また、そのように考えてみますと、私にとって歯科理工学分野での、そうした背景概容となるものは、2007年の歯科技工専門学校入学からはじまるものであり、他方で、人文系のそれに関しては、いわば、それまで学んできた期間全てとも云えますので、それら比率で云いますと、人文系の方が、より長いと云えます。くわえて、私の元来の性質は、人文系の方が好きであると考えていますので、そこに耽溺し停滞しないためにも、敢えて私にとっては、この分野での英論文に触れることに、重要な意味があるのではないかと思われました。

そしてまた、ここで新たに思ったことは、そうした前述の「チューニング」を要するような、いわば感覚の断層を経験した際に、何と云いますか、文章のもとになるような「言語による意識の流れ」を知覚することが出来るのではないかということであり、そこから、さきに述べた、元来、私にとっては異質とも云える歯科理工学分野での英論文に触れておく大きな意味があると思われるのです。

さまざまな分野での英文文体がありますが、私としては、歯科理工学分野でのそれにより、いわば、すり込みが為され、その後、しばらく経ってから、書店にて偶然手に取った英語版の小説が意外にも読めることが分かり、英語の勉強も兼ねて、しばしば洋書を購入するようにはなりましたが、ここで、久々に読む歯科理工学分野の師匠による英論文は、私にとってはかなり新鮮であり、また、卑近には、今回のブログ記事の題材となりました。そしてまた同時に、そこで覚えた感覚は【架空の話】の題材にもなると思われましたので、それにつきましては、また後日、作成したいと思います。

しばらく【架空の話】の続編を作成していませんが、近日中での作成を考えていますので、どうぞよろしくお願いいたします。また、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2022年1月12日水曜日

20220111 1690記事の到達、これまでの継続期間について思ったこと【変化の種類と、その知覚について?】

今回の記事投稿によって、総投稿記事数が1690に達します。そして、当面の目標である1700記事への到達まで、残り10記事となり、また、それを今月1月内にて達成することの目途も立ちますが、それでも、未だ目標に到達したわけではありませんので、今しばらく、記事作成を継続したいと思います。

過日投稿の記事においても述べましたが、ブログ開始当初から1000記事到達までと、その後、1700付近といえる現在に至るまででは、それぞれの過程にて覚えた困難さの程度は、明らかに後者の方が大きく感じられ、また、それは、それまでに要した期間によっても理解出来るのではないかと思われます。

それは、はじめの1000記事到達までに約3年の期間を要し、その後、更に690記事の追加に至るまでは、そこから約3.5年を要し、それは、当初の1000記事到達までに要した期間と比べ、記事投稿頻度が下がっていると云えます。そして、その要因は、モチベーションや記事材料の減少によると思われますが、それでも、作成してきた私からしますと、2018年の1000記事への到達から、現在に至るまで、当ブログが(どうにか)続いていることに対して、多少、驚きの念を禁じ得ないのが正直なところです。

この上述の自身ブログに対する感覚は、一般的なものであるのか未だ分かりませんが、当初、ほぼ毎日1記事の投稿を続け(どうにか)1000記事にまで至り、その後はあまり無理をしないように更に継続し、そして、そこから約3年半後に(これまたどうにか)1690まで至ったということは、さきに述べたとおり驚きであると同時に、それまでの毎日1記事の投稿頻度から下がってしまうことは、自然なことであるようにも思われるのです。

実験などで云いますと、それは期間の経過に付随する投稿記事数が、ある程度にまで達し、その割合が下がったものの、止まることはなく、続いているといった状況、あるいは、当初の投稿頻度から下がり、プラトーな状態に至ったとも云えますが、そうした、あまり芳しいとは云えない状況の中で、自分の不調さに耐えきれず、ある程度まではブログを継続したこともあり、記事作成自体を止めてしまうことは、これまでの経験から、もったいないことであると云え、そこで多少踏ん張り、続けるその先にのみ、新たな、経過期間に対しての投稿記事数の割合などによってはかることが困難な、いわば「量から質」あるいは「相変態的」な変化があるのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、そうしたいわば「劇的」とも云える変化は、これまでに感じたことはなく、残念ながら今現在においては、これはあくまでも自分が考える「仮説」であると云えます・・。

しかし、そうした「相変態的」な変化が、もしも瞬時、あるいは短期間のうちに生じるのではなく、ある程度の期間をかけてなされるのであれば、それを体感に基づき感じ取ることは困難であるのかもしれません・・。

そしてまた、この見解がある程度妥当であるならば、それと同じ理由により、ブログの継続を止めることが、今度は何といいますか「怖く」感じられてくるのです・・。

ともあれ、ここに至っては、そうしたモヤモヤを抱えたままであっても、あと10記事新規に投稿し、今月内での1700記事の到達を目指したいと思います。

そして、この目標をどうにか達成出来ましたら、またしばらく、記事作成を休んでみようと思います。


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2022年1月10日月曜日

20220109 久しぶりに、対話形式のブログ記事を作成したことから思ったこと

 一昨日の投稿記事は対話形式にて作成しましたが、これは、かなり久しぶりであった割には、思いのほかスムーズに作成することが出来たと思われます。ここ最近は、以前にも述べましたように【架空の話】もしくは書籍からの抜粋にて記事作成を行うことが多かったことから、その他の文章形式については、あまり考えていませんでしたが、不図した思い付きで、どうにかこの形式にて作成出来たことは、2015年のブログ開始当初の頃は、それを困難に感じていた記憶があることから、この6年半程度の継続で、その点については、多少進化したのではないかと思われました。

これをもう少し述べますと、アドリブにて文章を継続的に作成し、それらをブログ記事として公表することは、6年半前の私にとっては、能力的に、そして精神的に難しいことであったのです。また、そうした事情もあり、開始当初の頃は、自分で記事を作成する必要がない、書籍からの引用記事が多かったのだと云えますが、この引用記事の作成も現在、振り返ってみますと「自分の文章」を作成するための練習になったと思われます。

換言しますと、普段、読んでいると思っている書籍の記述ではあっても、それをキーボードを通してブログ記事としていますと、その記述部について、また新たなことに気が付かされ、そこから、その記述の意味などについて、さらに考えさせられ、そしてまた、自分がこれまでに知っていた他のそうした知識と関連させて考えることが出来るようになり、そして、その考えを「自分なりに文章として著してみたい」と思うようになるのです。

そして、その「思い」が原動力となって、能動的にブログ記事を作成、投稿した後、それが思いのほか多くの方々に読んで頂いていますと、作成者としては、さらに、記事作成に対しての能動性が強くなるのですが、こうしたことは、開始当初から3年ほど、あるいは1000記事到達のあたりまでは、たしかにそうであったと記憶していますが、そこからの、現在に至るまでの期間(3年半)のなかで、そうした新鮮さは徐々に乏しくなり、他方で、ブログ記事の継続的な作成については、ある程度の経験があることから、たとえ、能動的とは云えない記事作成ではあっても、さきの経験に基づいて、どうにか記事作成をこなすことは出来るようになっていたのですが、おそらく、端的にこれが6年半前の私では(能力的・精神的に)出来なかったことであると云えます。

そうしますと、どの程度まで普遍化することが出来るか分かりませんが、さきに述べた記憶と関連させますと、ブログは開始後3年あるいは1000記事程度まで継続しますと、その先からは、当初からの能動性よりも、それまで継続してきた経験によって記事作成が可能となるのではないかと思われますが、あるいは、以前に知った「ブログは1000記事を越えてからが勝負だ」との見解の意味は、このことに何か関連があるのではないかと思われます・・。

その意味において、たしかに1000記事到達の前後では、後の方が困難さを感じたと云えますが、そうであっても、現在に至るまで、どうにか継続はしていることから、もう少し続けてみようと思います。そしてまた、その先には、また前記の自分の能力や精神の変化を感じ取ることが出来るようなことがあるのでしょうか・・。

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2022年1月7日金曜日

20220107 久しぶりの対話形式「記憶にある経験の文章化について」【架空の話】から

A「新年になりましたが、相変わらずブログ記事の作成は続けているようですね。」

B「ええ、相変わらずで、どうにか続けています。それで、あともうしばらく続けますと1700記事に到達出来るのですが、そこまで到達しましたら、今度こそは、しばらくブログ記事の作成もSNSも、しばらく休んでみたいと考えています・・。」

A「ええと、たしか6年間でしたっけ、そのブログを続けてきたのは・・それで、その期間は大体、どのくらいの頻度で投稿してきたのですか?」

B「ええ、これまでの期間全体を均しますと、大体10日のうち7日は新規で投稿してきたことになりますので、自分としては割合続いている方であると云えます。また、その一方で、その止め時については、考えていませんので、1700記事に到達しましたら、そのあたりのことも、また落着いて検討してみたいと思います。」

A「うん、まあ、そのくらいの期間続けているのであれば、予め目標を決めていなかれば、ズルズルと続けてしまうかもしれませんからね・・。しかし、この場合、あえて止めなくとも、折角ここまで続けることが出来たのであれば、続けてみても良いのではないでしょうかね・・。」

B「ええ、まあ、たしかにそうではありますが、そうであっても、次の良い区切りに到達出来たら、本当に長い休みを一度入れた方が、心機一転して良いのではないかと思われるのです。ここ最近は、これまで多かった独白形式よりも、以前から断続的に書き継いでいる【架空の話】を書く事が多いのですが、この作成に少し慣れますと、面白いことに今度は、独白形式の記事を書く事が難しく感じられるようになるのです・・(苦笑)。とはいえ、そうした感じは、昨今においては、あくまでも書き始めの当初のみであり、しばし我慢して腰を据えて書き続けていますと、次第に調子が出てきて、どうにか適当な区切りまでは書けてしまうのです・・。こうした、ある種の芸当はブログ開始当初の頃は出来なかったと記憶していますので、この点においては、わずかではあれ進化したのかもしれません・・。」

A「Bさんのブログは現在も更新されていて活動中でしょうから、なかなか、そうした自分の変化には気が付きにくいのかもしれませんが、それでも、この6年間での気が付いたその他の変化のようなものはありますか?」

B「・・そう云われますと、すぐには出て来ませんが・・ええと、これまでに80程度作成しました【架空の話】のような様式の文章は、以前の私では書く事が出来なかったと思われます。つまり、これら【架空の話】は、もちろん創作部分もあるのですが、その記述の多くの基には、実際の経験があり、そして、それら経験の記憶に対するアプローチの仕方が、なかなか掴むことが出来なかったのではないかと思われるのです・・。もしくは「記憶を文章化する際の記憶への距離感のとり方」のようなものが分からなかったのだとも云えますが、この【架空の話】については、最近では、書き始めのエンジンがかかるまでには時間がかかることが多いのですが、いざ書き始めてみますと、徐々に調子が出て来て、やがて、近年の私としては珍しく、時間を忘れていることもあるのです。また、その記述内容の確認の為に書籍を開いたり、あるいはネット検索をすることが度々あるのですが、こうした作業も【架空の話】作成のためであると、どうしたわけか割合面白く感じられるのです・・。」

A「ふーん、そうしますと作成に熱中しているのでしょうね・・。そして、そうして作成した【架空の話】が多くの人に読まれると、やはり、嬉しいものなのでしょうか?」

B「ええ、それは端的に嬉しいと云えますが、それでも、ここ最近は【架空の話】の先の展開について考えさせられるようになりましたね・・。」

A「はあ、それはどういうことですか?」

B「【架空の話】が自分の作成した文章としては、比較的多くの方々に読んで頂いていることは、もちろん、とても嬉しいのですが、その先の展開によっては、読んでくださる人数も変わってくるとも思われるため、恥ずかしながら、どうすれば、さらに多くの方々に読んで頂けるかといったこと考えてしまうのです・・。また、それについて最近考えが落着いたのは、この【架空の話】では、私が経験した家族の死や、師匠の退職といった、いわば「大きい負の出来事の記憶」に関しては、敢えて【「架空」の話】に入れるのは如何なものかと考えて、それらの影を話の中に落とさないようにしようといことです・・。」

A「ああ、たしかにそうした出来事の記憶を【架空の話】ではあっても、文章で表現することは難しそうですからね・・。それに、たとえそれで【架空の話】を作成しても、読まれる方々はどう思うか分かりませんからね・・。それで良いのではないでしょうか。」

B「ええ、しかし今後も続けていきますと、そうした記憶も、たとえ【架空の話】であってもなくても自在にとは云いませんが、文章化出来るようにはなりたいですね・・。しかし、同時に思うことは、案外と、こうした、何と云いますか、意思を伝達するものである文章表現の練達のためには、そうした、いわば功利的動機が上手く作用しないのではないかと思われるのです・・。これも未だ上手くは云えないのですが・・。」

A「ああ、説得と対話の違いのようなものでしょうか・・。たしかにそういったことは全面的ではないにしても、あるかもしれません・・。」

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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20220106 岩波書店刊 岡義武著「近代日本の政治家」内「最後の元老・西園寺公望」pp.283-285より抜粋

岩波書店刊 岡義武著「近代日本の政治家」内「最後の元老・西園寺公望」pp.283-285より抜粋
ISBN-10 : 4003812654
ISBN-13 : 978-4003812655

西園寺公望は、嘉永二年(1849年)10月京都において生まれた。西園寺家は九清華の一つ、公家中の名門である。彼が生まれて3年余りの後に浦賀にペリーの黒船が現れ、そして、これを糸口として幕末動乱の世となる。過去まことに久しい間その存在を世の中から半ば忘れられ政治的にもいわば仮死の状態にあった朝廷は、やがて急速に高揚してくる尊攘運動に、そして、のちには尊王討幕運動に擁せられて、激動、変転する時代の風雲の只中に登場し、歴史の脚光を華やかに浴びることになった。

 このように正に騒然たる世の姿は、年少の西園寺の心を烈しくゆり動かすにはいなかった。彼は馬術を試みた。剣術を学び始めた。但し、剣術は途中で関白から差し止められた。『日本外史』をよみ、王政復古を論じたりするようになった。そのような彼は、古格・先例に呪縛され、煩瑣な伝統的な儀式・慣行の中に明け暮れる朝廷生活の日々を次第に大きな苦痛と感じるようになった。「事々物々が嘆息の種」と彼は後年当時のことを回想している。

 このような気持は、西園寺と限らず、この幕末の若い気概ある公卿たちに多少とも共通した風潮であった。ただ西園寺の場合に注意をひくことは、文久年間14・15歳の頃、いまどき弓術を学ぶのは迂遠であり、今後の武器は銃器だといい、また福沢諭吉の『西洋事情』をよんで、「こういう天地に生まれたならば、さぞ面白かろう」と考えたりしていた、という点である。彼は、多くの公卿たちのように世を王政の古にかえすことにひたすらに憧れて、それのみを夢みていたのではなく、西洋の事物にも関心を寄せていたのであった。幕末・維新の朝廷には排外・攘夷の雰囲気が冬の霧のように深く垂れこめていたことを考えるとき、このことは注目に価する。幕末公卿の子弟に漢学を授けていた儒学者伊藤猶斎は西園寺を柳原前光と並べて年少公卿中の俊秀と評したといわれているが、西園寺は聡明であったとともに、すでに開明的でもあったといえる。

慶応三年(1867年)10月に将軍慶喜によって大政奉還の上表が提出され、12月には王政復古の大号令の渙発をみて、明治新政府が誕生した。それとともに、西園寺は参与職に任ぜられた。時に19歳である。しかし、まもなく戊辰戦争の開幕(慶応4年1月)を迎えると、彼は山陰道鎮撫総督に任ぜられ、烏帽子・直垂をつけ、馬に打乗り、薩長両藩の兵を率いて錦旗を風に翻して丹波にむかった。幕末の日にいそしんだ馬術が、このときはからずも役に立った。家臣から馬上の姿が似合うと誉められたという。やがて大阪に凱旋すると、今度は北陸鎮撫使として越後に出動、同地の平定をみたのちは会津に転戦した。なお、越後に出立する前に西園寺は洋服をつけて参内し、きわめて守旧的・排外的な朝廷のひとびとを驚愕させ、大いに物議をかもした。今後西洋の軍制を大いにとり入れるには先ず服装から、というのが、当時の彼の考えであった。なお、西園寺の回顧によれば、洋服で参内したのは彼が初めてであったともに、公卿の中で断髪したのも彼が最初であったという。


2022年1月5日水曜日

20220105 1700記事への到達を目指して思うこと、頂いた年賀状から・・

一昨日の記事投稿によって総投稿記事数が1685に到達しました。そうしますと、当面の目標である1700記事への到達まで、あと15記事となり、そしてまた、今月1月内での到達も十分に視野に入ってくるとも云えます。

他方、直近数回の記事投稿は、この年末年始休暇を利用して作成したものであり、この期間にもう少し努力をして、さらに数記事程度投稿しておいても良かったのではないかとも思われました。とはいえ、この休暇期間においても、ブログ記事作成に時間を費やすのであれば、それは果たして「休暇」と云えるのだろうかとも思われたことから、それら考えが妥協した結果として、さきの投稿記事数になっていると考えれば、それはそれで「妥当」ではあるまいかと思われてきます・・。

そういえば、今年頂いた年賀状では「ブログ読んでいますよ。」と、一言メッセージのように記されていたものがいくつかありましたが、そうしたことは、これまでブログを続けていて初めてであり、それなりに嬉しいと云えます。また同時に、そこで面白いと思われたのは、そうしたコメントを年賀状に書かれた方々が共通して大学研究者であったことであり、また、それら方々の専攻分野については、特に共通性は認められませんでした。

2015年に当ブログ開始以来、これまで何とか続けることが出来、また今後については、おそらく今月中に1700記事、さらに、今年6月22日の当ブログ開始丸7年までには、そこまで無理をせずに、1800記事まで到達することが出来るのではないかとも思われます。そして、どうにかそこまで達することが出来れば、また、新たな眺望・視野といったものはひらけてくるのでしょうか・・。

そして、そうしたことを考える際に、年賀状にて頂いたメッセージは、私の中で新たに追い風のようなものを起こしてくれるため、やはり嬉しく、そして、ありがたいとも云えます。しかし、今年頂いた年賀状に至るまで、そうした機会は殆どありませんでした。

そこから、これまでのブログ記事作成の熱源となる経験については、以前にも当ブログにて何度か述べたことから、その具体的内容は繰り返しませんが、ここにおいて私が強調してお伝えしたいと思うことは、その当時、私のことを「コイツ(この人)は多少イカれているかもしれないが「何か」があるのではないか?」と感覚的に判断された方々が「この感覚は、全くの正解とは云えないにしても、同時に、少なくとも間違いではなかったようだ。」と思い、納得され、また、その経験が、御自身のそうしたセンサーに対する自信に寄与するものとして作用してくれるのであれば、僥倖であるということです・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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