2017年12月16日土曜日

20171215 840記事到達 人生万事塞翁が馬?

直近に投稿した記事により総投稿記事数が840に到達しました。

そうしますと、あと10記事の投稿にて年内の達成目標である850記事に到達することが出来るわけですが、また自身としては年内出来るだけ早めの到達を望んでおります。

それ故、また新たに記事作成を開始した次第であるのですが、面白いことに記事内容が異なると、その文体もまた、どうしたものか変わってくるようです・・(笑)。

また、あくまでも自身の感覚に基づくことではありますが、自身がこれまである程度長く取り組んできた文系学問のいくつかの分野での記事に関しては、硬軟何れの文体においても、どうにかその述べたいことを述べることが以前に比べて出来るようになってきているようにも思われます。

以前はこうしたことが出来なかったと記憶しておりますので、これも継続的なブログ記事作成による一つの効果と云って良いのかもしれません。

とはいえ、それでも自身の文体を確立・獲得したといった実感はありませんので、今後もそうしたことをある程度明瞭に実感そして認識することが出来る程度までは記事作成を継続していきたいと考えています。

そして、おそらく1000記事程度まで継続してみますと何かしら見えてくるものがあるのではないかと思われます。

しかし、このブログ記事の作成に関しては、意見を伺える先達・師匠といった方の存在が周囲にないため、時折インターネットにてそうした情報を検索することがありますが、そこで書かれている見解がある程度普遍的に正しいのか、あるいは普遍的に正しい見解であったとしても、逆に自身がその見解に適応するかが分からないため『よく分からないけれどもとりあえず継続している・・』といった状態のままであると云えます(苦笑)。

くわえてブログ記事作成当初は周囲より時折中傷めいたことを云われることもありましたが、現在に至っては特にそうしたこともなく、おそらくあきらめたのではないかと思われます・・(笑)。

そういえば、何故であるかよく分かりませんが、私は幼い頃からそうした中傷めいた、悪意的とも取れることを云われることが多かったようにも思われます。

それは一種の教育・精神の鍛え方であったのかもしれませんが、同時にそうした行為・言動が云われた人間の負けじ魂の発育にのみ寄与するとは限らないことも(もう少し)念頭に置かれた方が良かったとは思うところですが、しかしながら、それに関しては『時既に遅し』といったところであると云えます・・(苦笑)。

一方で巡り合った師匠の方々についてはかなり運が良かったのではないかと思われ、また、こうした師匠との出会いがなければ、おそらく私は良い意味においても、悪い意味においても現在とは違ったものになっていたと云えます(当然と云えば当然ですが・・)。

そして、現在どうにか継続して作成することが出来ている当ブログもまた、これらの出会いに大きく因っていると云えるのです。

また同時に、それ故に現在のようなあまり良いとは云えない状況においても、どうにか、心が折れず、さまざまな活動を継続することが出来ているとも云えます。

おそらくこうしたことは以前の私ではさまざまな意味から出来なかったと考えます。

あるいは、さきの師匠との出会いとともに、現在のあまり良くない逆境とも云える状況もまた継続的なブログ記事の作成を為さしめている一つの要因であるのかもしれません・・。

そうした意味からも人生万事塞翁が馬と云えるのかもしれませんが、これに関しては、今しばらく記事作成を継続したのちに再度検討してみようと思います。


ともあれ今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。


昨年から現在に至るまで列島各地にて生じた一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被害を受けた諸
地域のインフラの復旧・回復そして復興を祈念しています。

昨今から再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。



















2017年12月15日金曜日

20171215 ロストワックス鋳造法・鋳造収縮などについて

歯科医療において多く用いられる鋳造方法はロストワックス法と呼ばれるものであり、これは鋳造体原型模型をワックス等の成形・加工が容易な樹脂系材料を用いて作成し、これを耐火性質を持つ鋳型材(埋没材)内部に包埋し、乾燥した後、包埋された樹脂による鋳造体原型模型を炉内にて熱して焼去、焼き飛ばし、それにより生じた空隙部に溶湯状態の合金を鋳込むことにより樹脂製鋳造体模型が合金による鋳造体に置き換わるといった手法である。

このロストワックス鋳造法とは歯科医療のような精密な寸法精度が要求される鋳造体の作成に適した手法であり、その歯科医療への応用の公的な起源は20世紀初頭(1907年)米国の歯科医師タガートによるニューヨーク市での歯科医学会における講演であるとされている。

とはいえ、ロストワックス鋳造法自体は歯科医療以外の分野においては相当古くから用いられた手法でもあり、我が国においては奈良時代に朝鮮半島・大陸よりもたらされたと考えられており、この手法により当時の仏像、銅鏡などが多く制作されている。【当時のワックスとは蜜蝋であった。】

さて、歯科医療における鋳造とは一般的な工業界における鋳造とは異なり金・銀・銅の三元合金さらに高カラット合金を早くから多用していたことから、当初は得られた鋳造体の化学的・機械的性質については合金そのものが優れていたことからあまり問題とされなかった。

しかし、この鋳造法にてインレーを作製する場合においては、その窩洞への適合性に対してはかなり厳しく、その精度についての議論とはかなり鋭いものであった。

鋳造体の精度について、はじめてその理論を公表したのは米国の国立標準技術研究所のコールマンでありコールマンは合金の鋳造収縮に着目し、それが鋳造体が不適合となる要因であると述べた。

当時(1928年)この鋳造収縮の理論とは画期的なものでありコールマンはそのなかで純金の鋳造収縮を約1.25%であると発表していた。

後年、我が国の歯科理工学研究者の始祖の一人とされる金竹哲也が公表した値は1.7%であり、現在においてはこの値が妥当とされている。

ともあれ、この鋳造時に生じる収縮を何らかの方法により克服することが出来なければ、鋳造精度の向上ひいては精密な歯科補綴物の製作は為し得ない。

他方、1913年にフェンナーにより石英の高温結晶であるクリストバライトの熱膨張の性質が解明された。

そこで歯科界はこのクリストバライトの熱膨張の性質を鋳造に用いる鋳型材(埋没材)として利用し、さきに述べた合金の鋳造収縮を補う・相殺することを試みた。

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在に至るまで列島各地にて発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された
諸地域のインフラの復旧・回復および復興を祈念しています。

昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。















2017年12月14日木曜日

20171214 IT化により生じる歯科医療・技工業界における変化について

近年、さまざまな機器がコンピューターに接続され、そこで得られた情報がデータ化され、それらがインターネットを介し相互に送受信することが可能となった。

現在作成しているこの文章がインターネットウェブ上にてブログ記事として何処でも閲覧可能になることは現在においては当然であるが数十年前においては考えられないことであった。

こうしたコンピューター技術に基づく所謂技術革新とは、さきの記事においても少し触れたが医療、歯科医療に対してもまた少なからぬ影響を及ぼしており、なかでも画像診断に用いるCT、MRIなどの機器は、まさしくこれまでの伝統的なX線画像による診断を過去のものにしたと云える。

さらには、これらCT、MRI機器にて得られたデータを3Dプリンターなどを用いて三次元的に模型化・実体化することが可能であることは、まさしく、さきのコンピューターによる技術革新が具現化されたものの一つであると評し得る。

こうした新たな機器とは医療スタッフの治療技術の更なる向上、患者さんへ提供する医療の質の向上、そして医療スタッフの作業の軽減あるいは質を担保した効率化・簡便化を企図したものであるとも云える。

そして精密な手技により巧拙が多く決せられる歯科医療分野においてもまた、この技術革新による影響とは著しいものであり、とりわけ各種被せもの、義歯の作成などを行う歯科技工分野においては既存業界の在り方自体に変革が迫られているとも云える。

これを具体的に述べると、これまで印象材を用いて口腔内様相の印象採得を行い、得られた印象に石膏を注ぎ、口腔内様相の石膏模型を得て、そこから各種補綴物の設計、作成が為されていたものが、コンピューターに接続した光学印象機器により口腔内様相が即座にデータ・画像化され、それに基づいて各種補綴物の設計がCAD機器を用いコンピューター上にて為され、そこで設計された補綴物データを用いCAM機器にてバルクから削り出し作成されるようになるといった変化である。

これに伴い従来の
技工作業とは、ほぼ最終段階にある色彩の調整、マージンの微調整、仕上げ研磨などといったごくごくわずかな一部分のみとなってしまう可能性もないとは言い切れなくなる。

また、他の補綴物においても用いる材料の更なる進化発展により、この傾向とは今後さらに進行するものと思われる。

しかしながら、さきにも少し触れたが歯科技工をも含めた歯科医療機関とは、その大半が中小あるいは零細企業であり、彼らがどのようにして、このある程度大きな設備投資を要し、さらには事業主、従業員共に既存の知識、意識、技術の大きな変革が要求されるこの技術革新の波に対し果たして適切な対応をとることが可能であるのかとは未だ疑問のままであると云える。

くわえて
単なる杞憂であるのかもしれないが行政・国の方々とは、どの程度まで、あるいはどのように、こうした歯科医療、歯科技工業界にて生じている事態(技術革新の波)を把握されておられるのだろうか?


今回もまたここまで読んで頂きどうもありがとうございます。


昨年から現在に至るまでに列島各地において発生した一連の地震・大雨・水害等といった大規模自然災害により被害を受けた諸
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2017年12月13日水曜日

20171213 鋳造について(歴史的視点から歯科鋳造に至るまで)

金属製品とは一般的に鍛造、圧延、切削などの方法により加工・製作されるが、その本質である優れた機械的強度により、かなり多くの労力が費やされると云える。

とりわけ複雑な形状の製品を製作する場合は困難であると云える。

そして、それを解決するための方法が鋳造であると云える。

鋳造においては金、銀、銅、鉄、亜鉛、スズ、アルミニウムなどを単独あるいはそれらを合金化して用いる。

鋳造に用いる合金、金属としては青銅あるいは銅がもっとも古いとされている。

以前の記事においても述べたが古代メソポタミア(両河地方)においては紀元前3500年頃すでにその合金が存在し鋳造に用いられていた。
 
また古代エジプトにおいては紀元前2000年頃より為され、古代中国においては殷・周の時代すなわち紀元前1500年以降が青銅器時代とされている。

わが国においては弥生時代にそれらが大陸、朝鮮半島からもたらされ、またそれは鉄器伝来とほぼ同時代であったことから明確に青銅器時代として区分される時代はなかったと云える。

昨今は弥生時代の鋳造遺跡が多く発見され、その最古のものは現在のところ和歌山県御坊市の堅田遺跡(紀元前200年頃)であるとされているが、おそらくほぼ同時期の西日本、特に北部九州地域などにおいては、鋳造技術とは特に稀なものではなかったと考えられている。

弥生時代における我が国の青銅器とは当初、渡来元の朝鮮半島にて製作されたが、後代に至り製作技術が流入・定着し当時の我が国の(地域ごとの)嗜好、文化にあわせた独自の青銅器の製作が為されるようになった。

その際、我が国にて製作されたのは銅剣、銅矛、銅戈、銅鐸、銅鏡などであり、それら青銅器およびその鋳型とは、これまで主に西日本各地にて出土している。

また、こうした祭器の製造とは軌を異にするものであるか未だ不明であるが、統一国家の成立に至ると鋳造技術とは、貨幣の製造(造幣)と密接な関係を持つようになる。
これはある程度普遍的な歴史発展の図式、様相ではないかと考える。

世界最古の鋳造貨幣とされるものは紀元前700年頃、リディア(現在の小アジア・トルコ共和国西側)にて製造されたエレクトロン貨幣であり、これは自然に産出された金銀合金を材料として用いている。

また中国では紀元前200年代の秦の始皇帝の時代に貨幣鋳造が国家事業として為された。

我が国においては7世紀末天武天皇の御代に製造された富本銭、707年の和銅年間に製造された銅貨の和同開珎が古いものとして有名であり、その後、天平宝字年間(700年代中頃・淳仁天皇の御代)に我が国初の鋳造金貨である開基勝宝が製造された。

鋳造を行う職人をわが国では一般的に鋳物師と呼び、古くは大宝律令において大蔵省の典鋳司(いもののつかさ)の下におかれた雑工部に十名程度の職工官が勤務していた。

後代の鎌倉時代においては各地の村々にてさまざまな農工具を鋳込んだり、寺社などの招きにより梵鐘、仏像を鋳造するフリーランスとも云える職人も存在していた(このあたりを欧州における石工と比較して考察してみるのも面白いのかもしれない・・)。

さて、具体的な鋳造技術の種類としては平板の鋳型に溶湯を鋳込む方法、上下の型を合わせ、その中に生じる空隙に溶湯を鋳込む方法、そして実物を砂で埋めその実物を抜き取った後に溶湯を流し込む方法といったものが挙げられるが、歯科鋳造とは精密さが要求されることから、その用いる材料の選択にはじまり鋳造に至るまで細心の注意が払われる。

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年から現在までに列島各地にて生じた一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を被った
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2017年12月12日火曜日

20171212 『歴史に対しての考え』・『歯科材料について』の記事を作成する際の相違について

思いのほか昨日投稿分記事もまた多くの方々(60)に読んで頂けました。

記事を作成する際の所用時間について考えてみますと歯科材料に関する記事とは複数の書籍(教科書など)を参照しながら作成することが多いためか、ある程度の時間を要すると云えます。

一方、昨日投稿分のような歴史などに対しての考えを述べる記事に関しては、時折書籍を参考とすることもあるものの、その多くは自身の記憶にある歴史の情報を参照元としていますので、さきの歯科材料に関する記事に比べますと概ね短時間にて作成される傾向があります。

こうしたそれぞれ記事の所用作成時間の相違の傾向とは、これまで自身がその学問分野に費やした経験・時間の程度がそのまま反映したものではないかと思われます。

また、そのように考えますと、やはり私は文系側の人間であると改めて認識するのですが、それでも、考えようによれば、双方分野の文章を、ブログ記事としてであれ、ある程度の学問的基盤を背景としつつ作成可能であることは、全く無価値というわけでもないやうにも思われます(笑)。

あるいは、さらに自己を恃みにしますと、その先にこれら双方分野の言語が混淆そして調和した文章、文体といったものがあるのではないかとも思われるのです・・(笑)。

無論、そうした文章、文体がこれまで自身によって既に創造されたとは考えませんが、あくまでも自身の理想とする文章、文体とは、そういったものであると云えます。

くわえて、当然であるのかもしれませんが、そうした体得された文章、文体とは(おそらく読み手側からしても)自然なものであり、その意味において歯科材料に多くの記事とは、一種の不自然さ、ぎこちなさといったものが少なからず感ぜられ、歴史などに対しての考えを述べる際の文章に比べ、何と云いますか『角が多い』と感じられるのではないでしょうか?

また、こうした読み手側としての感覚から、おそらく書かれた文章の内容、主題が書き手により咀嚼、消化され当人のものとなっているかが判断されるのかもしれません。

さらにこうしたことは文語のみならず、口語においても同様のことが云えるのではないかと思われます【口語の場合はまた他の要素があるかもしれませんが。】

ともあれ、ブログ記事の作成をある程度継続していて時折思うことの一つに、さきに述べた感覚がいくらか向上、洗練されつつあるのではないかということであり、これは単なる思い込みともなり易い傾向があるため、警戒が必要ではありますが、それでも全体的には間違いではないと思われます。

そして、よくよく考えてみますと、我々が幼い頃よりさまざまな勉強をする一つの大きな意味とは、こういったところにあるのではないかとも思われてくるのですが、さて如何でしょうか?


ともあれ、今回もまたここまで読んで頂きどうもありがとうございます。


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2017年12月11日月曜日

20171211 我が国におけるナショナリズムの顕現の仕方について思ったこと

昨今さまざまな国々にてナショナリズム(国家主義)の勢いが強くなり、そうした勢力が伸長してきているようです。 

しかし、ある程度大きな歴史的視点から見ますと、こうした世界的現象は、我が国の近代化以降においてもおそらく何度か生じており、また、第一次世界大戦後、欧州内のそうした勢力(国家主義を掲げる)が国の覇権を握り、そして国際間のさまざまな反応が為された結果として生じたのが第二次世界大戦であるとも云えます。

また、それ以前に生じた第一次世界大戦においては、多少背景となる事情が第二次世界大戦と異なり、それは国民国家による国家主義の衝突というよりも、それ以前(おそらく16世紀あたりからではないだろうか)からの皇帝・王様を頂点に頂く帝国同士の植民地およびそこから生じる富を巡る争いに、さきの国家主義・国民国家とも関連のある民族自決・独立といった動きが連動、重なり合ったところにこの大戦の本質的な原因があったと云えます。

とはいえ、こうしたいわば認識し得る過去の歴史の流れに基づき、そこから精確に推論を重ね、現在および未来の世界の状況が理解出来るかというと、そうでもなく、むしろそうした目的意識(実用に役立てようとする)に基づいて歴史を理解し、そして説明しようと試みると多くの場合、その推論とは間違った方向に行ってしまうのではないかと思われます。

それにより『なんだ、じゃあ歴史は役に立たないのか・・』といった評価に我が国の場合は多く陥りがちであり、むしろ、そうした重苦しい抑圧や多くの犠牲が払われた苦痛まみれの歴史など忘れ、ひたすら明るい・キレイな、平和な世界を希求すれば良く、戦闘などはアニメである程度リアル(特に兵器などは)に、さらには美少女キャラを戦わせるといった奇妙な世界が醸成されるのではないかと思われます。

そして、おそらく現在の我が国における国家主義の一つの現れ方がまさしくそういったもの(アニメの美少女キャラに多少色気を加味した軍服らしきものを着せ、前大戦の兵器にて戦わせる)ではないかとも思われます(その原因はよく分かりませんが・・)。

また、そうした独特とも云える世界観にて多く重要視されるものは、さきにも述べた具体的な存在としての個々の兵器、あるいは何となくインパクトのあるコトバ(横文字系)といったあくまでも点的なものであり、そうしたところからも、さきに少し触れました我が国の一般的傾向としての(思想的なものとしての)歴史的感覚・意識の欠如に結節するのではないかと思われます(おそらく我が国の一つの性質として幾つかの要点を感覚的に捉え、それを以って満足してしまうといったところがあるのかもしれない。その意味において西欧的な徹底さ、執拗さ(哲学・宗教に見られるような、あるいは植民地の獲得・保持に対しても見せたような)といったものが良くも悪くも欠如しているとも見受けられます)。

そして、そうした感覚を一般的とするわが国民と歴史認識を巡り日常的に議論が為されている国民(あるいはそうした中で鍛えられた人々)が歴史認識を巡り議論を交わしたところで、おそらく知的なレベルでの国際世論とは、我が国にとってありがたい方向には行ってはくれないように思われるのです・・。

しかし、それでも、さきに述べたように現実的な有用性から歴史を捉えることは危険であり、それは竹山道雄がどこかで述べていた『演繹的な発想にて歴史を捉えていくと必ず間違った方向に行く』と通底するものがあるように思われます。(もしも竹山道雄が現在存命であったならば、この国内、国際情勢をどう論じるのであろうか・・?)

とはいえ、それでも、否、それだからこそ歴史には価値があるといった、もう一つ奥にあるとも云える未だ不可知な見解・仮説に対して、どうも我々日本人は疑念を持ってしまうようなところ(あくまでも此岸的な性質)があるのではないかと思われます。


今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。


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20171210 昨日より本日にかけて生じたことから思ったこと・・偶然の意味?

どうしたわけか昨日から本日にかけて文系・歯科理工学双方分野の師匠よりご連絡を頂きました。

こうした偶然とは、これまでにあったと記憶しておりませんでしたので『さて、どうしたものだろうか?』と不図考えてしまいます。

おそらく、この偶然の背景に何らかの有意な背景・意味合いなどはないと考えますが、しかし一方で、全くないとも断じ切ることも出来ませんので、とりあえずそうした出来事があったことをブログ記事として記録しておこうと考えました。

また、この出来事についてもう少し考えてみますと、おそらく人には、そうした偶然の出来事がやけに重なる時期といったものがあるのではないかと思われますが如何でしょうか?

そして、そうした経験を一度経ると『一体あの時期とは何であったのか?』と否応なく、その意味について考えてしまうようになるのです・・。

自身は特に神秘主義者ではありませんが、こうした経験により『自身を含めた人間も自然の一部』であることが何となく分かってくるようになるのではないかと思われます。
(おそらく我が国にはこれといった規範となるような宗教がない代わりに、めいめいがそうした経験を通じて、西欧社会における道徳感情に近いものを獲得していたのではないかとも思われ、またそれはおそらく今現在においても地方では生きているのではないだろうか・・?)

また、こうした経験とは遊園地のアトラクションのように意識的に経ることは出来なく、よく分からない時期・拍子に突如として生じる・訪れるといったところがあるのではないかと思われます。

あるいはその感覚とは、実際の経験はありませんが、パチンコにて当たり玉が入ると急激ににぎやかになるといった事態にもどことなく似ているのではないかとも思われます。

これまでのブログ記事においても書きましたが、自身にとってそうした時期とは2011年頃から2013年春くらいまで続いたのではないかと記憶しています。

もしくはこの時期のことをD2病と称するのかもしれませんが、こうした時期とは、一面において自身の精神が不安定にもなるのですが、同時に理由はよく分かりませんが、この時期がとても大切であるように思われるのです・・。

おそらくこの時期を経ることがなければ、自身はこれまでのような継続的なブログ記事の作成は到底出来なかったものと考えます。

ここに書いたことに共感される方々が、どの程度いらっしゃるか分かりませんが、出来れば多ければ多い方が良いのではないかと思います・・(笑)。

ともあれ今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

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