2016年7月27日水曜日

20160727 文章の質の向上と相変態 分裂と統一

A「大分前に投稿した記事が何故であるかわかりませんが、突然閲覧者数が増加する現象が時折生じます。

こうした現象を見て、その記事を読んでみますと「おそらく現今記している一連の記事よりもよく書けているのではないか?」と考えさせられます・・(苦笑)。

そして、直近のそうした記事とは昨秋に記した「迦微、神、カミについて・・」であり、何故であるかよくわかりませんが1日で閲覧者数が急激に上昇しました。

また、そのことを不思議に思い、その記事を読み返してみますと、たしかにここ最近ほぼ日課のように記している一連の記事に比べて内容が深いように思われます・・(苦笑)。

また、そこで述べている考えについては、現在なお特に大きく変化しておらず、何れ機会があれば続編らしきものを書いてみようとも思います・・。

さて、そこまで記していると、これからのブログ記事作成の新たな手法として、これまでに投稿した記事に対する加筆訂正、そして、それら内容の更なる検討、考察を行うのもまた、悪くないのではないかと思いましたが如何でしょうか?

とはいえ、そうしたことも、今後ある程度記事作成を行った後にしてみようと思います・・(笑)。

そして、その具体的な「ある程度」とは、区切りの良い400記事ということにします。

ブログ記事作成をはじめて1年以上が経過し、投稿記事数も400に近く(370)なってきましたが、そうした状況においてもよく分からない、判然としないのは、果たして自身の作成する記事、文章の質が(多少は)向上しているのかということです・・(笑)。

さらに一体何を以って「文章の質が向上しているのか」といえるのでしょうか?

これを単純に閲覧者数として認識、考えることも出来ます。
また、たしかに「閲覧者数が多いブログ記事の方が、少ないそれよりも面白い」という蓋然性は高いと思われます。

しかし、それは決してイコールというわけではありません。

そして科学全般の弱味の真髄とは、もしかしたら、ここにあるのかもしれません・・・。

いうなれば、それ(ブログ記事における閲覧者数)とは、あくまでも指標に過ぎず、そのものの実態を絶対的な精確さで評価、表現しているというわけではありません・・。

さらに、振り返って考えてみますと、こうしたことは、実験等を行っていた際に度々考えていたことであり、あるいは、そうした思考のある程度の蓄積の先に、何かしら意識における相変態・相転移といった現象が生じるのかもしれません・・(笑)。

とはいえ、そうした現象がこれまでに実際に生じていたか、生じていなかったか、あるいは、今後生じるか、生じないかとは、今もって分かりませんが、とりあえず出来ることとして、以前よりかは更に肩肘を張らず、力まずにを意識しつつ(・・しかし意識してそうするのもおかしなハナシではありますが(笑))またしばらくブログ記事の作成を継続しようと思います・・(苦笑)。

暗中模索とはこうしたことを示すのかもしれません・・(笑)。

そして、ここまで書いて突然、昨日のブログ記事の概要である「意識、タマシイが分裂している状態である方がそれが統一されている(感動している)状態に比べ、文章などを記す際においては適しているのではないか?」といった主張とは、もしかすると渡辺美里の「My Revolution」の歌詞にも近いのではないかと思うに至りましたが、如何でしょうか(笑)?

そして、ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

さる四月の九州・熊本における大地震で被災された地域における諸インフラの早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」













20160726 意識の統一と分裂 ナンセンスの暴走そして氾濫

先日記した記事において「何かしら文章などを作成している時の自身と日常生活における自身とは少なくとも、その意識表層の次元において異なり、この時、双方は分離しているのではないか。」と記しました。

では、それとは反対の状態つまり、自身の意識が統一されている時とは、如何なる状態であるかと考えてみますと、それは一つに何かに感動している時ではないかと思われます。

こうしたことを書きますと、そういえば、小林秀雄がどこかで「人は感動している時はタマシイが一つとなり誰であれ自分自身になっている。」といったことを述べていたことを思い起こさせます・・。
また、それは自身の経験、実感より、たしかにそうではないかと思われます。

さて、これらの想起、思い描いたことを前提として、もう少しハナシを進めてみますと「では、文章を記しているときの自身とは、自分自身になり、感動を以って記しているのではなく、意識、タマシイが統一されていない分裂した状態にて記しているのであろうか・・?」と考えさせられますが、これは確かに間違いではなく、少なくとも現在の私の場合とは、感動している状態にて何かしら文章を書くことは、かなり難しいといえます・・。

文章を書く際において、意識上に想起される様々な観念、事象などを意識的に留意し、さらにそれらの取捨選択を為し、その適当な配列、配置を検討し、とりあえず書きはじめ、そして、ある程度記した段階において、それがハナシ、物語としてどうにかカタチになっているか、筋が通っているかを実際に読み検討し、さらに推敲、加筆訂正を行うといった行程の繰り返しを辿ることが多く、その場合、さきの「感動」とは、この一連の行程作業を行う上において(積極的に)あまり歓迎されるものではありません。

しかし一方、そのようにして作成された文章を誰かが読み、時として感動するということは、なかなか面白い現象ではないでしょうか・・(笑)。

あるいはそれと関連しているかどうか明確ではありませんが、ゲーテがイタリアに赴いた際、法王庁の誰かに言われたコトバとして「人は決して一つのことを考え続けてはなりません、そのようなことをしているとおかしくなります。人は常時様々なことを心のなかに浮かべておくべきです。」といったものが記録されております。
あるいはこれもまた、何かしら、さきに述べたことを支持する内容を含んでいるのではないかと考えさせられますが、如何でしょうか?

とはいえ、同時にそこにはまた、限度、センスあるいはコトバのニュアンスといった微妙且つ重要な問題もまた存在し、短絡的にハウツー本の要領で鵜呑みにして真似すれば良いというものではないと思われますが如何でしょうか?

そして、何かを学ぶということの真髄とは、こういった感覚の認識、知覚にあるのではないかとも考えさせられます・・。

ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

また、さる四月の九州、熊本における大地震で被災された地域の諸インフラの早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」


Hyoe-Murakami [Japan the years of trial 1912-52] Kodansha America, Inc (1983/8/1) pp.64-65

「Ishihara addressed the group in a friendly manner,
explaining the aims of the central authorities and
expressing his own hopes that the Kwantung Army would
show prudence.
This prompted Lieutenant Colonel Muto, the staff officer
in charge of operation in Inner Mongolia, to ask with a
smile, Are you merely voicing the opinions of your
superiors or do you yourself truly believe what you are
saying?
That’s enough!
Ishihara retorted, his voice suddenly stern.
I’m opposed to any operations whatsoever in Inner
Mongolia.
Just when the building of Manchukuo is finally under
way, you want to risk stirring up trouble with Russia and
China with these clumsy plots.
Doesn’t common sense tell you what the results will be!
You amaze me, Muto said, the smile still on his lips.
At the time when you were so active in the Manchurian
Incident, Imamura and I were working at General Staff
Headquarters.
It was your actions then that opened our eyes; we admired
you.
We are only putting into practice in Inner Mongolia what
we learned from you.
The staff officers laughed in unison when Muto finished,
as if to voice approval of what he had said.
Ishihara, shocked into silence, turned to Itagaki, but his
old friend and ally made no move to speak.
A sudden chill fell over the meeting.
Assistant Chief of Staff Imamura stepped in to act as
mediator.
What do you say sir-he said, addressing Chief of staff
Itagaki, it’s time to eat, so why don’t we discuss this
further tomorrow, when there’s more time…Yes, Itagaki
agreed, greatly relieved, let’s move to the dining room and
relax.
The following day Ishihara reiterated the aims of the
central command to the commander, Itagaki, and
Imamura, but he was fully aware they were not listening
in earnest to what he had to say. It was Ishihara himself,
together with Itagaki, who had created these headstrong
tendencies
in the Kwantung Army.
Now he was partaking of the bitter fruit of a tradition he
had helped create. It was like preaching to a blank wall.
For the first time in his life, Ishihara tasted defeat.
When Imamura saw him off at the airfield, it seemed to
him Ishihara was a different man from when he arrived,
that a shadow of forlornness had fallen upon him. 」


ISBN-10: 087011610X
ISBN-13: 978-0870116100







2016年7月26日火曜日

20160725 文語と口語との関係について、語り得ぬものとは・・

本日は若干帰宅が遅くなり、既に366記事は作成したので、ブログ記事作成は止めて早めに寝ようかと思いましたが、日常性もしくは慣れというものはなかなか恐ろしいものであり、こうして本日分ブログ記事の作成を始めていました・・(苦笑)。

ともあれ、こうして記事を作成していますと「さて、では次の目標は400記事にしてみようか・・。」と考える私が他方におります・・(笑)。

そうしますと「ここでブログ記事を作成している私とは、日常生活を送っている私とは、また別の相にいるのではないか?」と不図考えてしまいます・・(笑)。

これを異言しますと、文章を書く相の私と、日常生活を送る私とは、その基層の部分においては同一であるものの、その表層(?)においては分離しており、あるいは分離しているように見え、このことは、さきに抜粋引用したエルンスト・ユンガーの記した文章と何かしら関連があるのではないかとも考えさせられます・・。

また、この主題ににこだわっているようにも見受けられるかもしれませんが、それは、こうした文章を記す私がはじめて経験していることであるからと云えます。

また、こうした経験とは、通常文章を記す際において書き著すことがないのが通常であるのかもしれません・・。

いや、あるいは、こうした経験とは、特に普遍性を持つものではなく、私自身がそうした経験をしているように他者に対して見せるために記しているだけという可能性も否定できません・・(苦笑)。

そして、こうした、いわゆる精神内部の動態、状況をできるだけ精確に書き記そうという行為とは、そもそもが徒労に終わることの方が多いのかもしれません・・。

それ故、様々な宗教および宗派が併存しながらも、その平和的な相互理解があまり進まず、それとは逆にそれらの間での観念上の対立が実際の闘争にまで至るのではないでしょうか?

まあ、こうした意見とは比較的陳腐なものではあるのですが・・(苦笑)。

ともあれ、「では、そうした精神内部の動態、状況の精確な記述を妨げているものは一体何であろうか?」と考えた場合、おそらくそれはコトバでいうと割合簡単であり「自己欺瞞」といったものではなかろうかと思います・・。

もちろん自身を含め、我々とは、この自己欺瞞を日常的に行っているのではないでしょうか?

そしてそれは、様々な事物に対して自己欺瞞を思考のなかに置かないようにする学問が再現可能性・普遍性を重視する理系学問分野一般の特徴ではないでしょうか?

それ故、理系的な哲学の著作ともいえるヴィトゲンシュタイン著「論理哲学論考」の最終章、結語において「人は語り得ないものについては沈黙するほかない。」という結論にたどり着いたのかもしれません・・。

とはいえ、後年著者は自身で、この結論を含め、この著作での主張を撤回しております。

それはつまり、新たな創造・思索を行うために我々人間とは、語り得ない対象についてもコトバを用いて認識あるいは認識の共有を試みなければならならないという現実が、沈黙することよりも有効であるという考えに達したからであると思われます・・(我々日本人はこの認識がイマイチ苦手であるのではないだろうか?)。

また、たとえ、認識の共有が図られず、逆に対立に終わったとしても、まだそちらの方が持続可能性・発展持続性があると考えたのかもしれません・・。

そして、このように記していると「日常生活における自身と文章を書く自身の相が少なくとも表層においては分離しているのではないか?」といったさきの意見も、たとえ、それが無意識的な自己欺瞞によるものであるとしても、少なくとも、故意にその現象を歪めようとする意図に基づかないという意味においては、まあ、許容されても良いのではないかと思われましたが如何でしょうか?

ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

そして、さる四月の熊本における大地震によって被災された地域の今後の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。







2016年7月25日月曜日

20160724 さまざまな地域性に対して思うこと・・ 

A「昨日(20160723)投稿した記事により投稿記事総数が366となり、1年分として適当な量に達しましたが、本日現在も相変わらず記事を作成しております・・(苦笑)。

物事、行為の日常化とはなかなか恐ろしいものです・(笑)。

あるいは、様々なことについて生じる「中毒」もまた、これと何かしら類似したものがあるのではないかと考えさせられます・・(苦笑)。

とはいえ「文章作成中毒」なるものは、これまでに聞いたことがありませんので、もし、そういったものがあるのであれば、一度かかってみたいと思わなくもないです・・(笑)。

さて、ハナシは変わりまして、昨日のブログ閲覧者数もおかげさまで1000に到達することが出来ました。
1年分として良い区切りであった昨日にこうした結果となり大変嬉しく思います。

また、ここまでブログ記事作成を継続するエネルギーの源泉となった和歌山、鹿児島、福岡の自然風土、地域社会、文化そして、より具体的にはお世話になった方々どうもありがとうございます。

・・しかし、よく考えてみますと、以上のことは以上のことで変わりはないのですが、それに加えて、これらの地域にてお世話になった、刺激を受けた方々とは、全て皆土着、地元の方々というわけでもなく、私同様、各地方から移り住んでいる方々が多かったことが思い出されます・・。

それでも、その範囲にはある程度の限界といったものがあるようで、和歌山であれば、大体地元を含めた近畿・関西圏、遠くとも瀬戸内、東海圏そして鹿児島であれば概ね九州一円そして遠くとも近畿・関西圏からであり、福岡では概ね全国からいらっしゃっていたようですが、それでも大半は九州を中心とする西日本の方々であったように記憶しております・・。

そして、それらの場所に在住した私が記す一連のブログ記事が、一体どのような方々に、どのように読まれているのかとは、なかなか興味深いところではありますが、こうしたことを追究するのは、もう少しそれらの具体像が見えるようになってからにしようと思います・・。

とはいえ、読まれている記事の内容を随時追っていきますと、おそらく、それらを記した私よりも深く読まれているのではないかと考えさせられることが度々いや、多々あり、そのことから、やる気と共に「あまり変なコトは書けないな・・。」といった感じを強く与えられます・・(笑)。

また、さきに記した具体的な地域に関してですが、私の場合、修士課程在籍時に地域学という、地域性についてある程度調べる機会を持つことができたため、そうした見方、考え方については、基層に存在する、それら地域に対する好意、肯定といった感情に基づきながらも、何かしら具体的な知見が得られ、そして、そうしたことを述べる、記す必要性がある場合、客観的(純粋客観的とは無理ですが・・)な意見を述べることが出来るのではないかと多少僭越であるかもしれませんが考えております・・。

それに加え、過去に著された地域性に関する名著といえるものも割合多く存在しておりますので、それらを随時参照し、与えられた現象と比較検討し、その関連を考察するといった方法もまた採ることが出来るのではないかと思います・・。

そして、ここまで記していて思うことは、さまざまなセンスの良い、洗練された文物を生み出す西欧諸国の文化を愛好することは、我々日本人としては極めて自然なことであるとは思いますが、その他面において、自国の(ホンモノの)文化風土を知ること、いや能動的な関心そしてそこから発生する知識、見識を持つことは思いの他大事であるのではないかということです・・。

とはいえ、それと同時に思うことは、少なくとも我々日本人とは、如何なる理由によってであるかわかりませんが、自国の歴史、文化、風土を知る場合においても、直接的に知ることがどうも困難であり、一端西欧、欧米等異文化へのある程度の理解を経て、自国のそれの関心、理解に回帰することが多いのではないかと思われますが如何でしょうか?

ここまで興味を持って読んで頂いた方々、どうもありがとうございます。

またさる四月の九州、熊本での大地震により被災された地域における諸インフラの早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」




2016年7月24日日曜日

20160723 366記事到達・・

今回のブログ記事投稿で投稿記事総数が366記事となります。

しかしながら、特に大きな心境の変化などはなく「とりあえずプロフィールの写真でも変更しておこうか・・。」といったところです。

以前プロフィールに用いていた写真は2011年秋に撮影したものであり、今回新たに変更したものは2010年秋に撮影したものです
(その後再度2011年秋に撮影したものに変更)。

このほぼ1年間(2010~2011)の間に多少、顔貌は変化したようではありますが、果たして、どちらがいいかとは、よくわかりません・・(笑)。

このことから、自身の顔写真についての評価とは、なかなか難しいものであることが分かりました(苦笑)。

また、直近に撮影した履歴書などの応募書類に用いている顔写真はアップしておりません・・。

それは「こうしたものは、ここで用いるのはどうかな・・?」と考えるからです。

さて、履歴書といえば、ここ最近は公募サイトを見ておらず、今回のブログ記事投稿でキリのいい366記事まで到達したこの後、再び折を見て公募サイトを閲覧し、自身に向いていると思われる職種があれば応募してみようと考えております。

応募を試みる職種は大学での研究支援業務を専門に行うリサーチ・アドミニストレーター(URA)といった職種になると思われます。

また、こうした職種は現在、任期付がほとんであり、安定した将来の展望が持ちにくく、今後処遇の改善を希望しておりますが、それでもやはり、少なくとも私の場合、和歌山、鹿児島を含む、気候が温暖な地域の大学にて、さきに述べた職種に就いた方が持続可能性、発展持続性があると考えております。

そして、その際、これまでに作成した一連のブログ記事が何かの役に立つか分かりませんが、少なくとも、ここまでの一連の行為とは、自身に対する何らかの証にはなったのではないかと思います・・。

しかし、このようなことを記しますと「証を立てたのであれば、以後ブログ記事作成を止めるのでは?」と思われる方が、いらっしゃるかもしれませんが、投稿するペースは今後、多少変わるかもしれませんが、ブログ記事作成自体は継続するつもりです。

といいますのは、1年以上(ブログ記事作成を)継続しておりますと、今度は(大抵毎日)記事を作成することが日常に近くなってきた部分も(少なからず)ありますので・・(苦笑)。

とはいえ、この日常を成立することが出来た主な原因とは、繰り返すようですが、これまで決して面白いものばかりとはいえない私の記したブログ記事を読んでくださった方々が(私にとって)少なからずいらっしゃったことです。

これまで一連のブログ記事を読んで頂いた国内外の皆様、どうもありがとうございます。

今後もおそらく記事作成を行う所存ですので、引き続きどうぞよろしくお願いします。

そしてまた同時に、作成した記事の中から何かしら新たな知見およびそのヒントを得られた方々がいらっしゃったのではあれば、それこそ私にとって僥倖であり、今後も何かしら、そうした新たな知見の発見あるいはそれに寄与できるよう、継続的にインプット・アウトプットを行うつもりです。

さらにそうした自身の性質に合致したものとして、さきに述べたような職種が挙げられるのではないかと思いますが、如何でしょうか?

そして、さる4月に大地震が発生した九州、熊本での被災地の早急な諸インフラの復旧そしてその後の復興が速やかに為されることを祈念します。






2016年7月23日土曜日

20160722 エルンスト・ユンガー、ロバート・グレーヴス、ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインについて・・

心的外傷(トラウマ)によるフラッシュバックといった人間の心、精神における現象(?)と理系学問分野における様々な物質の相変態・相転移の現象が類似しており、さらにそれがエルンスト・ユンガーがその著書「労働者・支配と形態」にて述べている「技術と人間の結びつきとは間接的である方が良い。」ということに何かしら関連があるのではないだろうか?といった内容を先日のブログに記しましたが、これは現在になり考えてみますと、我々人間にとって奥が深い主題であるのかもしれません・・。

また、そのように考えてみますと、エルンスト・ユンガーと同時代の異なる戦場にいたイギリスの詩人ロバート・グレーヴス著の岩波書店刊「さらば古きものよ」からも同様に、上に記した内容に近い要素が何かしら看取されるのではないかと思いましたが如何でしょうか?

私見とはなりますが、この当時(20世紀初頭~第一次世界大戦)のイギリスをはじめとする西欧社会の歴史的背景、価値観を知るうえでこの著作はかなり有益であるのではないかと考えます。

とはいえ、この著作とはトーマス・マン著の「魔の山」ほど著名でもありませんので、この著作とは少なくとも我が国においては「隠れた名作」という評価が適当であるのではないかと思います・・。

また、当著作文量は上下巻に分かれていますが、おそらく「魔の山」の6・7割程度であると思われます。

興味を持たれた方々、是非一度手に取って読んでみてください・・(笑)。

あるいは、時代的にもタイムリーであるのかもしれません(そうでなければ本当に良いですが・・)。

そして、ここまで記していて、不図思い出したのが、ほぼ同時代人のオーストリア・ハンガリー帝国に出自を持つ哲学者ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインです。

彼もまた前掲二者同様、第一次世界大戦の激戦に身を置いた一人であり、その著作「論理哲学論考」内の思索の多くは、戦地での勤務にて為されたということです・・。

たしかに、この二者(エルンスト・ユンガー、ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン)には相通じるものがあるように思えますが、如何でしょうか?

おそらくヴィトゲンシュタインの方が普遍的、科学的な現象面により注視し、端的には理系的な発想、著述の色彩が強く、そのことから、理系学問優勢の我が国における両者の知名度の相違を決しているのかもしれません・・。

さて、ハナシは変わって、今回投稿する記事により投稿記事数が365となりますが、特にこれといった変化はなく、また同時に今現在そういったものを望んでいるわけでもありません・・。

しかし、次回の投稿により、閏年である今年を挟んだ一年分の記事数として適当な366記事となります・・。

とはいうものの、おそらく次回(明日)の記事投稿においても特に何かが生じるということもなく、ただ自身のケジメとして「ああ、一年一カ月程度でようやく一年分として適当な記事数を作成したな・・。」ということになり、ある程度の達成感を感じる程度ではないかと思います(笑)。

ちなみに明日記す予定の記事とは今現在においてもこれまでと同様何も考えておらず、またその時になりはじめて考えると思われます・・(笑)。

そして、その意味において、明日が休日(土曜日)であることは、まことに好都合であるとは思います・・(笑)。

しかし、一体何時になると私の文体における相変態・相転移らしきことが生じるのでしょうか?(笑)。

あるいは、こうしたことは突如生じるといったものではなく、徐々に生じ、進行してゆくものなのでしょうか?
とはいうものの、そういしたことに実感が伴わなければ判然としませんので、もしかすると、以前記したように私とは(少なくともこうしたことに関しては)相当鈍感であるのかもしれません・・。
また、これはあくまでも可能性のハナシではありますが・・(苦笑)。

ともあれ、ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

また、さる四月の九州、熊本を中心とする大地震により被災された地域の出来るだけ速やかな復旧そしてその後の復興を祈念しております。


2016年7月21日木曜日

20160721 歴史から学ぶ・・【昨今の我が国について思ったこと】

ここ二日間ほど人間の精神における相変態・相転移について書いてきましたが、こうしたことは、ある程度大きく考えてみますと国・地域などによっても存在するように思われます。

たとえば、ある国が経験した大きな出来事(戦争・革命など)の前後において、その国の文化(の様々な面)が如何なる変化を遂げたかということを観察し考えてみますと、そこに最大公約数的に見たその国の精神における相変態・相転移の際の特徴、傾向などが見受けられるのではないでしょうか?

そして、こうしたことは様々な優れた著述家が既に述べられているので取り上げませんが、現在の我が国の状況とは、過去のどの時代に類似しているのかと考えてみた場合、もしかすると「白村江の戦い」の前の時代に似ているのではないかと思いましたが如何でしょうか?

しかし、であるからといって、今後絶対に戦争が勃発するというわけではなく、ただ古来より東アジア最大の国、中国(呼び名は色々ありますが)が熱を帯び膨張をはじめますと、それは否応なく周辺諸国に影響を与え、そこには多分に緊張が含まれるのではないかと思います。

そして、そこで生じた緊張とは、必然的にその国の同時代の精神あるいは集合的無意識などにも影響を与え、そして文化もまた変容してくるのではないかと思われます・・。

そして、こうした文化の変容は、特に都市部において容易に看取、観察することができるのではないかと思います。

また、特に具体的な個別の現象について記すことは控えますが、そこから1920年代~30年代の我が国社会の変容なども、同じようなモデルに則っていたのではないかと考えさせられます・・。

さらに、現代がさきに記したようなモデルに則っているとすれば、この時代(1920年代~30年代)を実際に生きた著述家等が概ね寿命により世を去った時代(現代)に社会の変容が生じているということもなかなか興味深いことではないかと考えさせられますが如何でしょうか?

そして、このように考えてみると「歴史から学ぶということは、少なくとも我々日本人にとっては、なかなか難しいことであるのかもしれない・・」とも考えさせられます。

さらに、ここまで記していますと、これまでの一連のブログ記事にて、その文章を抜粋させて頂いた様々な著述家の方々が現在の我が国に生きているとすれば、見るとすれば、彼等・彼女等は一体どのような感想を現在の社会に持つのであろうか・・?と考えてしまいます・・。

たしかに我々日本人とは19世紀半ば過ぎにいち早く西洋的な近代化を成し遂げ、当時膨張しつつあった西欧列強の植民地となることを免れ、また、その後の大敗を喫した太平洋戦争の後においても驚異的な復興を成し遂げ、世界に名だたる経済大国にはなりました・・。

それは、たしかに我が国民の、ある面での優秀性を如実に示すものではあるとは思います。

しかしながら他面において、それはあくまでも突貫工事的にある程度機能する組織等メカニズムを組み立てることの優秀さであり、その後の社会、組織における持続可能性、発展持続性を考慮したものではなく、むしろ、その後は、そうした組織等メカニズムに組み込まれ、あるいは単に生活を成り立たたせるための機構となり、持続可能性、発展持続性を保持するためのある種の熱意、精神(いや良心かもしれない・・。)を見事なまでに閑却するか、あるいはエピゴーネン的な換骨奪胎、再生産に終始してしまうような特質を持っているのではないかと不図考えてしまいます・・。

こういったことが単なる見当違いの妄想、杞憂であれば良いのですが・・。

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

また、さる四月に発生した熊本での大地震による被災地での諸インフラの早急なる復旧そしてその後に続く着実な復興を祈念しております。