2025年7月31日木曜日

20250730 スランプ時のブログ記事の作成について

 6月末からの異常な暑さが続くなか、ここ最近は以前ほど積極的にブログ記事を作成したいという気持ちが湧かなくなってきました。これは、先述の気温の高さに加え、当ブログの開始から10年という一区切りを迎えたこともあり、ある種の安堵や気の緩みが影響しているのかもしれません。

 思い返せば、記事投稿数が未だ1000記事に満たなかった頃には、たとえ疲れていても「少し無理をしてでも書こう」といった気持ちがありました。また当時は日常の些細な出来事や心の中に浮かんだ断片的な思考を言葉にすることで、自分自身の内面の安定を図っていたように思われます。しかし最近は、さきに述べたように、そうした内発的な衝動がやや希薄になりつつあると云えます。

 とはいえ、文章を書くこと自体から離れているわけではなく、ここ最近は、ChatGPTのようなAIツールを活用し、断片的な文章の下書きは日常的に作成しています。これらは、ブログ記事の材料として用いることを前提にしているわけではなく、今のところは「試作」や「遊び」に近い感覚と云えます。ただ、これも広義の言語表現の一種であり、従来とは異なる手法を試しているという点では、前向きな取り組みと云えるかもしれません。

 しかし、そもそも当ブログは、外部からの要請により始めたものではなく、自分の中にある漠然とした感情や思考を言語化し、内面を安定化して整えるための試みとしてスタートしたものでした。それが日々の習慣となり、次第に書くこと自体が生活の一部として定着していきました。このように継続することには、確かに手応えや、やりがいのようなものはあり、そしてそれは「義務感」のみで続くものではなく、やはり、何らかの手応えが支えとなっていたからこそ可能であったのだと云えます。

 現在、「10年間続ける」というひとつの区切りを迎えたことにより、それまでの目標や目的意識が曖昧になりつつあります。そのため、現在は「2400記事」という次なる節目を目指すという方針を立ててはいますが、これまでのように順調には進んでいないのが実情と云えます。記事数としては残り30本程度といったところですが、この数字に何らかの意味を見出しているわけでもなく、これはあくまで目安に過ぎないと云えます。

 また、以前であれば、こうしたモチベーションの低下を補うかのように、書籍からの引用記事を作成して記事更新のリズム維持を試みていましたが、昨今は何冊かの本を読み進めてはいるものの、それらから積極的に引用記事を作成したいという気持ちはあまり生じません。それでもいずれ、再び文章を作成したいという波が自然に訪れるのではないかと、これまでの経験から私には思われます。

 そのため、現在は、たとえ多少の無理をしてでもブログ記事の量産しようとは考えておらず、思いついたことやChatGPTを用いて断片的な文章を作成しつつ、次の波あるいは風を待っているような状況にあると云えます。そして、ブログ記事の作成がまた日々の生活に戻ってくることを、あまり意識せずに願いつつ、以前にも述べましたように「悠々として急ぎたい」と考えています。

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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ISBN978-4-263-46420-5

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連絡先につきましては以下の通りとなっています。

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2025年7月29日火曜日

20250728 空回りの時期と当ブログの開始に至るまで②

 私にとって歯科訪問診療コーディネーター業務は大変な重荷に感じられました。くわえて、その少し前から始めていた当ブログの執筆もあり、当時の平日の平均睡眠時間はおそらく5時間に満たず、そのため慢性的な睡眠不足状態にあったと記憶しています。

 それでも何とか、半年ほど勤務を続けていますと、勤務先医療法人の理事が、新たに別法人を立ち上げ、そこで医療・介護人材に特化した求人・求職サイトを運営するとのことで、私はその運営要員として配置替えとなりました。

 当初、私はこの異動に全く気が進まず、医療・介護人材の求人情報の獲得など考えたくもありませんでしたが、やがてすぐに、このサイトは私が求人情報を集めない限り機能しないということを知りました。そこで、まずは実家のクリニックの求人情報を了解を得て掲載しました。続けて、鹿児島在住期から面識のある開業医の諸先生方に問い合わせたところ、概ね二つ返事にて了承してくださいました。

 さらに、そうした先生方が面識や知遇のある医師・歯科医師の先生方にもお声掛けくださり、また所属地区の医師会・歯科医師会の先生方もご紹介くださり、おかげさまで相応の件数の求人情報を獲得することができました。さらに、特筆すべきことは、ほとんど見込みがないだろうと、半ば諦め気味で行っていたテレアポでも数件は話を聞いてくださり、求人情報を頂けたことです。

 とはいえ、この求人情報の獲得の基本は自らの足で稼ぐものでした。先方の医院に赴き、お話を伺い、求人情報や掲載の許可を頂くといった流れが圧倒的に多かったと云えます。そして、そうした訪問を重ねるなかで見えてきた各医療機関さまの様相は、現在振り返ってみますと、なかなか興味深いものがあります。

 また、こうした経緯により、歯科医院を中心とした医療機関をある程度の件数、訪問していくなかで、それぞれの地域における同業種(歯科医院・医院)の評判を伺う機会も少なからずありました。そして、そこで得た情報をもとに、後日、そちらの医療機関さまに連絡を取らせて頂き、アポイントを得て訪問するという新たな流れも出てきました。思い返しますと、この時期は本当によく歩き、また、少なからずの開業医の先生方とお目に掛かることが出来ました。そして、この一連の経験が良くも悪くも、現在の私に影響を及ぼしていると云えます。

 ともあれ、当法人に入社してから半年後、歯科訪問診療コーディネーターから求人・求職サイトの運営に配置転換後、当初、運営側が想定されていたよりも、かなり多くの求人情報を比較的短期間で集められたことは、法人本部にとっても予想外であったようで、以降、私は法人主催の勤務歯科医師向けの勉強会などの企画・運営にも参画させて頂くようになりました。

 そうした中で、私によく声を掛けてくださった先生のお一人がある日「鶴木さん、今度、大学時代の仲間と一緒に摂食嚥下機能のリハビリテーションで定評のあるS教授がおられる東京歯科大学の老年歯科補綴学講座を見学したいのですが、セッティングはお願いできますか?」と尋ねてこられました。そこで私は、S教授とご縁があると思われた歯科理工学の師匠に電話を掛けて伺ったところ「ワシの門下だと云えば繋がるはずや!」とのお返事を頂きました。

 半信半疑ながら、さっそく同講座に電話をかけ、最初に出られた方にこちらの背景と目的を簡潔にお伝えすると「確認いたしますので、少々お待ちください」とのご返答であり、そのまま緊張しながら待っていますと、しばらくしてS教授ご本人が電話口に出て来られ、こちらの要件を簡潔にご確認されたうえで「よし、分かった。いいよ。」と、あっさりとご承諾いただけました。

 また、この見学は、歯科理工学を専門とされる別の開業医の先生からのご支援もいただき無事に終えることができました。そして後日、当見学をご依頼くださったさきの先生から「とても勉強になり良かったです。また、一緒に行った先生方も皆、大変勉強になったと云っていました。」とのお言葉をいただきました。

 さらに、こちらの先生から「S教授から日本老年歯科医学会の学術大会で発表してみませんか?とお声掛け頂きました。」と好奇心を帯びた声で仰い、続けて「せっかくお声掛けくださったので、私、発表してみようと思うの、でも、できるかしら…?」と仰られたことから「そうなりましたら、出来る限りのご支援はします。」とお返事をして、さらに事態は進展することになりました...。

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2025年7月22日火曜日

20250721 空回りの時期と当ブログの開始に至るまで①

 現在になり思い返してみますと、2013年の学位取得から2015年の当ブログ開始までの期間、恥ずかしながら私は、諸事空回りをしていました。それは、おそらく、自らのキャリアと年齢とを考慮することで生じた葛藤により、急かされていたことが原因であったと思われます。しかしまた、そうした葛藤とは、どこかで発散しなければ、止むことはないことから、良くも悪くも、仕方のないことであったようにも思われます。

 ともあれ、落ち着きを取り戻してから、また、さまざまな求人情報媒体に目を通すようになり、そして、自らの経験が生かせると思われた、ある求人に応募しました。それは、東京都を中心に首都圏で多数の分院を展開し、歯科訪問診療を手広く行っている医療法人が募集していた「歯科訪問診療コーディネーター」という職種でした。応募書類を投函して数日後、法人事務局より連絡を頂き、日程を調整のうえ、東急東横線沿線の都内某所にある法人本部を訪問し、面接を受けることとなりました。

 面接では、まず経歴の概要を尋ねられた上で、しばらく対話をしてから「これまでとは色々と異なる業務になりますが、当法人には他にも様々な仕事がありますので、まずは訪問診療のコーディネーターから始めてください。」とのことで、採用が決まりました。

 この歯科訪問診療のコーディネーターという職種は、一言で云いますと、訪問診療の実施主体である歯科医師や歯科衛生士が、居宅・施設を問わず、外来とは異なる環境で円滑に診療を進められるよう、さまざまな支援を黒子のように行う職種です。

 もう少し具体的にその業務内容を述べますと、まず基本となるのは日々の訪問診療スケジュールの調整業務です。これは、居宅や施設の患者さん、そのご家族や施設スタッフの方々との都合を摺り合わせて診療時間を組み、効率的な訪問ルートを設定するというものです。この業務は想像以上に労力がかかり、また、円滑に行うためには、診療スタッフや患者さん、そしてその周囲の方々との信頼関係が不可欠です。

 次に、訪問診療に使用するポータブルユニットなどの機材管理や運搬も行います。訪問診療の現場では、限られた空間や時間の中で診療を行うことが多く、機材の不備や忘れ物は大きな支障となります。また、患者さんやその周囲の方々への対応も、身体の健康にも関与する医療分野である以上、言葉遣いや挙措動作にも、それなりの配慮が求められます。

 さらに、診療を終えて医院に戻ると、診療スタッフとは別にさまざまな事務処理業務を行います。これらのいわば裏方の業務も、多くの場合、コーディネーターの重要な業務と云えます。

 加えて、歯科訪問診療の依頼を検討されている居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、訪問看護ステーションなどを訪問し、先方にとって有益と思しき情報を提供しつつ、新規依頼を獲得する「周知活動」と呼ばれる営業業務も担当します。これは歯科医療に関する専門知識よりも、むしろコミュニケーション能力の方が重視される場面が多かったように思われます。

 以上のように、歯科訪問診療コーディネーターの業務は多岐にわたり、まさにマルチタスク型の職種といえます。

 しかしながら、私自身はどちらかといえば、それとは反対の専門特化型に近いと思われることから、この入社当初に就いた訪問診療コーディネーター業務は非常に負担が大きく感じられました。また、周囲におられた営業畑出身の方々からすると、私の働きぶりは噴飯ものであったのではないかとも思われます。

 また、ちょうどこの時期に当ブログを開始したこともあり、通勤電車の中ではメモ帳にブログ記事のアイデアや主題、あるいは引用したい書籍の候補などを頻繁に書き留めていましたが、何故であるのか、この時期は常に眠く、慢性的な睡眠不足であったと記憶しています。

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2025年7月18日金曜日

20250717 不明瞭な言語化が困難な想念への対応について

 ここ最近は引用記事をたて続けて投稿してきましたが、その間、「自分の文章で記事を書きたい」という強い意欲は特に湧いてきませんでした。くわえて、当ブログとは別に、いくつかの文章も作成していたことから、文章を書くことへの焦燥感のようなものも、同様に湧いてくることはありませんでした。

 おそらく現在の私は、去る6月22日にブログ開始から丸10年を迎え、その後「2400記事までは続ける」と決めつつも、他方では「休みたい」といった相反する欲求を抱いているのではないかと思われます。

 また、読書の方も、天候不順による影響であるのか、あまり順調ではありませんが、それでも何冊かは並行して読み進めています。そして、そのおかげで、先日お目に掛かった文系師匠や、その場におられた方々との会話にも、どうにかついていくことができ、私としては、それなりに興味深い対話ができたのではないかと思われます。

 そして、その晩は久しぶりに、ある程度深掘りした人文系の対話が出来たためか、かなり珍しく夢を見ました。その内容は目覚めた直後に忘れてしまったものの、寝起きの感覚がとても良かったことから、良い夢であったのだろうと思われます。

 また、その感覚の流れであるのか、後刻、文系師匠からご連絡を頂き、そのやりとりの中で、これまで数年間モヤモヤしていた「自分が本当にやりたいこと」を、自然なカタチで言語化することが出来ました。その内容については、また近い別の機会に述べたいと考えています。

 ともあれ、こうした、言語化が困難なモヤモヤとした想念や、ある種の悩みのようなものは、それが「本物」であり、かつ継続して考える癖のようなものがあれば、やがて徐々に明確になり、言語を通じて自分なりに理解することが出来るようになるのではないかと考えます。

 あるいは異言しますと、こうしたモヤモヤした不明瞭な思いや悩みとは、多くの場合「余計なもの」として排除されがちではありますが、それがホンモノであり、長く続くものであれば、それについて考え、そして、適切と考えられる言語を付与し続け、あるいは他者との議論していくうちに、不図「分かる」(自分なりに)といった瞬間が訪れるのではないかと思われるのです。

 そして、そうした理解に至るためには、受動的な業務としてではなく、自ら選んだ文章や書籍を能動的に読み、言語と主体的に向き合う感覚を保ち続けることが重要であると考えます。

 もっとも、この能動的な「自由意志としての感覚」を、日常的なもの、あるいは本能に近いものとして自らに定着させることが、私を含め、多くの人々にとって古今を通じて変わらずに困難なことであり、そしてまた、近年急激な進化発展を遂げている人工知能が、広汎に社会に普及したとしても、おそらく、この困難さは変わらず、我々人間の本質的な性質として残っていくのではないかと思われます。

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2025年7月10日木曜日

20250710 株式会社講談社刊 講談社選書メチエ 廣部 泉著「黄禍論 百年の系譜」 pp.220~222より抜粋

株式会社講談社刊 講談社選書メチエ 廣部 泉著「黄禍論 百年の系譜」
pp.220~222より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4065209218
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4065209219

 米国が日本の言動に突発的に必要以上と思える強さで反応することは時折あるものの、日本を主対象とした脅威論は、日本の国力の低下に伴い目に見えて減っていった。1990年には「日本の経済的脅威」と題する公聴会が連邦議会で開かれたが、21世紀に入ると主たる脅威の対象は、日本から中国へと移っていた。

 2005年の上院財政委員会の公聴会で、モンタナ州選出のマックス・ボーカス上院議員は、「中国の競争的な挑戦がアメリカ人を神経質にしている。財界から一般市民に至るまで、アメリカ人はアメリカの経済、雇用、生活様式などに対する中国の影響に神経質になっている」と述べている。そして、翌2006年に議会調査局が作成したのは、『中国はアメリカ経済にとって脅威か』というレポートであった。そこには、近い将来、中国がアメリカを抜き去り世界最大の経済大国となるとはっきり記されている。またその報告書の中には、中国は「不公正」な経済政策を多くとっており、公正に貿易を行っておらず、そのような中国の世界経済大国への伸長は、日本が1970年代から1980年代に経済的に躍進してアメリカ経済に大きな影響を与えた時と同じような説明が必要であると記されていた。そしてそこには、暗に中国の躍進も過去の日本の躍進も不公正なやり口によるものであるという解釈がなされていることが示されていたのである。

 いずれにせよ2010年には中国がGDPで日本を抜き去り、世界第二の経済大国となる。安全保障を米国に依存し、必需品を輸入に頼らざるを得ない小さな島国の日本とは異なり、巨大な大陸国家中国による脅威は深刻であることが、徐々に明らかとなっていった。眠れる巨人中国が一旦目覚めると大変なことになるという、19世紀以前から幾度となく語られ、そのたびに杞憂に終わってきたイメージが、ついに21世紀になって現実のものとなったのである。ただ、当初は、経済発展が進み国民一人あたりの所得が上昇するにつれて、中国は民主主義に移行するであろうし、また欧米と似た価値観を持つにいたるであろうという楽観的な見方が支配的であった。しかし、そのような見方は誤りであることが徐々に明らかになっていく。一方、2011年は東日本大震災が発生し、もはや日本は脅威のもとであるというよりも憐みの対象とも言えるような視線で見られることになっていった。中国の大国化にともない、これまでとは逆に中国が日本を従えた形でのアジア主義や黄禍論的脅威が、今や語られるようになってきている。日清戦争以前の中国を中心とした当初の黄禍論に戻ったともいえる。

2025年7月6日日曜日

20250705「日本文学史序説」との出会いについて②

 先月、6/15の投稿記事にて「自由な立ち読み的読書が、個人・社会の双方において創造性の活性化に何らかの良い効果をもたらすのではないか?」という見解を述べましたが、今回はこの見解と、その次、6/18の投稿記事「『日本文学史序説』との出会いについて①」を統合し、さらに、その続きを述べたいと考えます。
 繰りかえしにはなりますが、当著作を購入したのは鹿児島に在住していた2012年であり、そして実際に読み始めたのは、翌2013年の秋、学位を取得して帰郷後のことでした。目標であった学位取得は叶ったものの、すぐには就職が決まらず、さらに求職活動が長期化する可能性も現実的なものになってきた頃「これまでのように専門分野の論文や学術書ばかりを読んでいても、どうにもならないのでは?」と考えるようになり、そうした中、過日購入して積読状態となっていた当著作を手に取り読んでみたところ、大変面白く、強く惹かれて、自然と自分なりに精読をするようになっていました。
 現在、振り返ってみますと、これは一種の「開き直り」であったと思われます。それでも、こうして、自らの「専門性」という(思い込みの)枠組みから一旦離れ、棚上げ状態であった以前から興味関心を抱いていた分野の著作を読み進めることは、やはり楽しいものであり、さらに、書籍の読み方が、以前よりも多少深化しているように感じられたことは、あるいは錯覚であったのかもしれませんが、その後、約2年経過して始めた当ブログへと繋がるものがあったと思われます。
 これをもう少し詳説してみますと、多少の苦労を経て、どうにか獲得した制度に基づく専門性と、それまで、棚上げ状態であった内発的な興味・関心を持つ分野での読書が結びついて生じた感覚の変化は、やがて自らの考えにも影響をおよぼし、やがて「読む」ことと「思索する」ことの間の距離が次第に近づき、やがて、両者一体となって駆動し始めるような感覚が生じるのです。
 こうした経緯で感覚が駆動し始めますと、それまで断片的であった知識や経験といった「記憶」が、機に応じて統合され、そして文脈を持ち、再構成されていくようになります。   また、ここでいう「駆動」とは、外から与えられた刺激に反応するといったものではなく、内に蓄積されたものが、ある点に至り、自然と動き出すような自発的且つ持続的なものであると考えます。そして、このような内面での駆動感がしばらく続きますと、次第に「自分で文章を作成したい」という欲求が、ごく自然に生じてきました。
 あるいは、これを異言しますと、この感覚の駆動の内容を、他者に向け、あるいは自分自身のために言語として表現したいという欲求が生じ、それにしたがい継続しますと、やがて文章による表現とは、単に、その場限りのアウト・プットではなくなり、思考を深めて、そして更なる継続を求めるような、ある種の機構・機関のようなものになっていきます。このようにして徐々に、読むこと、考えること、そして書くことが、それぞれ別々の営みではなく、連動して、知性を用いた活動として、創造的な表現になっていくのではないかと思われるのです。
 実際、当ブログ開始当初は、『日本文学史序説』からの引用記事を盛んに作成していました。しかしそれらは、単なる著作の紹介としてではなく、当著作の文章に触発されながら、そこに自らの経験や考えを重ね合わせたり、組み合わせたりすることにより、自らの考えを深めていこうとしていたのだと思われるのです。
 異言しますと、当ブログ初期での引用記事は、いまだ自らの言語としては定着していない考えや思想を表現出来るようになるための「足場」のようなものであり、さらに、それらを何度か繰り返し、組み直すことで、徐々に自分の文章表現での抽象的な意味での型のようなものが形成かれて行ったのではないかと思われます。
 振り返ってみますと、2013年の学位取得から2015年の当ブログ開始に至るまでの約2年間は、色々と動き回り、また葛藤故にか「空回り」ばかりしていたと自ら思うのですが、しかし、これは見方を変えてみますと、当ブログ開始に至るまでのいわば発酵期間であり、そして、私にとって、その発酵を促すものが、さきに述べた「自由な立ち読み的読書」からの精読であったのではないかと思われるのです。
 そのように考えてみますと、こうしたブログを含めた文章の作成とは、何やら何か特別な才能などにより成し遂げられるものではなく、むしろ、日常のなかでの、あまり意図しない選択や、あるいはまた逸脱のなかから、自然と生じてくる感覚を拾い続けることによって出来るようになるものであるのかもしれません…。
 そして、こうした経緯を多少意識的に振り返ってみますと、私はアウグストゥスが述べ、開高健が本邦に広めた「悠々として急げ」という言葉が思い起こされます。急いで結果を求めるのではなく、しかしまた、立ち止まらずに歩き続けていくことが、何であれ表現の本質に通じているのではないかと思われました。
そして、今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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2025年7月1日火曜日

20250701 東洋経済新報社刊 北岡伸一・細谷雄一編著「新しい地政学」 pp.149‐152より抜粋

東洋経済新報社刊 北岡伸一・細谷雄一・田所昌幸・篠田英朗・熊谷奈緒子・託摩佳代・廣瀬陽子・遠藤貢・池内恵 編著「新しい地政学」
pp.149‐152より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4492444564
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4492444566

 中国は、多くの場合、地政学上の概念で陸上国家と見なされることが多い。しかしスパイクマンの修正概念を用いれば、中国は、地政学上の「両生類(amphibia)」に分類される地理的環境にある。中国は、大陸に圧倒的な存在感を持って存在している一方で、遠大な大洋に通ずる沿岸部を持っているからである。中国は、歴史上大陸中央部からの勢力による侵略と、海岸での海賊等も含めた勢力による浸食に悩まされてきた。「一帯一路」構想は、ユーラシア大陸を貫く(中国影響圏の)複数の帯を放射線上に伸ばすだけでなく、大陸沿岸部にも中国から伸びる海洋交通路を確立することを目指している。

 南下政策の伝統的なパターンを踏襲するロシアの影響力の拡張に対して、一帯一路は、ユーラシア大陸の外周部分を帯状に伝って、中国の影響力を高めていこうとする点で、異なるベクトルを持っている。ロシアのように、大洋を求めて南下しているのではない。中国は、資源の安定的な確保や市場へのアクセスを狙って。リムランドにそって影響力を広げていこうとしている。そこで一帯一路は、海洋国家群のインド太平洋戦略と、点上においてではなく、平行線を描きながら、対峙していくことになる。

 2017年、スリランカのシリセナ政権は、中国からの支援を背景に内戦を勝ち抜いたラージャパクサ前政権時に累積した巨額の負債の処理に苦慮し、南部ハンバントタ港の運営権を99年間、中国企業に貸し出すことに合意せざるをえなくなった。同じようにインド洋に浮かぶモルディブでも、中国主導の経済開発が、政治的対立と結びつき、政情不安定が訪れている。スリランカでは、もともとラージャパクサ前大統領が中国に依存する傾向を持ち、シリセナ大統領はそれを是正する姿勢を見せていた。モルディブでも、中国との距離のとり方が、大統領派と反大統領派の政治対立に結びついている。インドを回避して、インド洋の「橋頭堡」を確保しようとする一帯一路あるいは「真珠の首飾り」(南シナ海、マラッカ海峡、インド洋、ペルシャ湾にかけての地域に軍事施設などを置く中国の政策)の戦略は、インド太平洋戦略と摩擦を起こしつつ、各国の内政にも影響を与えている。

◉超大国中国の影響
 東南アジアでも似たような構図が生れている。たとえばミャンマーのロヒンギャ問題は、現在の国際社会の一大関心事であり、欧米諸国はミャンマー政府を非難している。しかし具体的な対応策をとることができないのは、中国がミャンマー政府の後ろ盾となっている事情が大きいだろう。カンボジアのフン・セン政権の人権抑圧についても、あるいはタイの軍政や、フィリピンのドゥテルテ大統領の強権政治についても、中国の動きを入れるのでなければ、各国は政策を進めていくことができない。

 中国がさらに圧倒的な存在感を見せるのは、北朝鮮をめぐる問題においてである。巨大な島国である日本と、大陸の超大国である中国に挟まれた朝鮮半島は、古来より国際政治情勢に起因する大きな変動を被ってきた。ただし19世紀末から20世紀半ばまで、日本の国力の増大によって、朝鮮半島全体が日本の影響下・支配下に置かれるという事態が起こった。この事態を打ち破ったのは、同じ海洋国家として、むしろ拡大しすぎた日本の影響力を警戒したアメリカであった。

 アメリカは、日本を打ち破って占領統治した政策の帰結として、朝鮮半島の帰趨に関与することになった。朝鮮半島以降、日本に代わってアメリカが、中国とにらみあいながら。海洋国家のプレゼンスを朝鮮半島に維持する役割を担うようになった。現在、北朝鮮の核開発問題をめぐっては、アメリカと北朝鮮の間の直接交渉を通じた打開策が模索されている。本来であれば、経済制裁によって脆弱化した北朝鮮に対して、アメリカは優位な立場にある。しかし超大陸・中国が後ろ盾として存在しているかぎり、単純なアメリカ優位のままの事態の解決は容易ではない。一帯一路とアジア太平洋の戦略は、まず朝鮮半島から激突していると言ってよい状況である。なお、最近の日韓関係の悪化の背景に、こうした構造的な地政学的要因によって韓国の立ち位置が微妙なものになってきていることが関係していないとは言えないだろう。

 なお中国は、さらにアフガニスタンや中央アジア諸国、さらにはアフリカ諸国に関しても、財政貢献や政治調停への参画に関心を持っている。特に大量の援助を投入してきたアフリカにおける影響力は、かつてないほどに大きい。もっとも今のところ、中国の影響力は、中東においてはまだ限定的だと言える。

 急速な発展で超大陸の一つと見なされるようになった中国が紛争多発ベルト地帯に対して持つ影響力は、まだ発展途上にあると言えるかもしれない。しかしその一帯一路の戦略が、アジア太平洋の戦と、紛争多発ベルト地帯にまたがる形で摩擦を生み出していく傾向は、今後さらに増えていくだろう。