株式会社講談社刊 講談社選書メチエ 廣部 泉著「黄禍論 百年の系譜」
pp.220~222より抜粋
ISBN-10 : 4065209218
ISBN-13 : 978-4065209219
米国が日本の言動に突発的に必要以上と思える強さで反応することは時折あるものの、日本を主対象とした脅威論は、日本の国力の低下に伴い目に見えて減っていった。1990年には「日本の経済的脅威」と題する公聴会が連邦議会で開かれたが、21世紀に入ると主たる脅威の対象は、日本から中国へと移っていた。
2005年の上院財政委員会の公聴会で、モンタナ州選出のマックス・ボーカス上院議員は、「中国の競争的な挑戦がアメリカ人を神経質にしている。財界から一般市民に至るまで、アメリカ人はアメリカの経済、雇用、生活様式などに対する中国の影響に神経質になっている」と述べている。そして、翌2006年に議会調査局が作成したのは、『中国はアメリカ経済にとって脅威か』というレポートであった。そこには、近い将来、中国がアメリカを抜き去り世界最大の経済大国となるとはっきり記されている。またその報告書の中には、中国は「不公正」な経済政策を多くとっており、公正に貿易を行っておらず、そのような中国の世界経済大国への伸長は、日本が1970年代から1980年代に経済的に躍進してアメリカ経済に大きな影響を与えた時と同じような説明が必要であると記されていた。そしてそこには、暗に中国の躍進も過去の日本の躍進も不公正なやり口によるものであるという解釈がなされていることが示されていたのである。
いずれにせよ2010年には中国がGDPで日本を抜き去り、世界第二の経済大国となる。安全保障を米国に依存し、必需品を輸入に頼らざるを得ない小さな島国の日本とは異なり、巨大な大陸国家中国による脅威は深刻であることが、徐々に明らかとなっていった。眠れる巨人中国が一旦目覚めると大変なことになるという、19世紀以前から幾度となく語られ、そのたびに杞憂に終わってきたイメージが、ついに21世紀になって現実のものとなったのである。ただ、当初は、経済発展が進み国民一人あたりの所得が上昇するにつれて、中国は民主主義に移行するであろうし、また欧米と似た価値観を持つにいたるであろうという楽観的な見方が支配的であった。しかし、そのような見方は誤りであることが徐々に明らかになっていく。一方、2011年は東日本大震災が発生し、もはや日本は脅威のもとであるというよりも憐みの対象とも言えるような視線で見られることになっていった。中国の大国化にともない、これまでとは逆に中国が日本を従えた形でのアジア主義や黄禍論的脅威が、今や語られるようになってきている。日清戦争以前の中国を中心とした当初の黄禍論に戻ったともいえる。
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