2022年4月6日水曜日

20220405 株式会社講談社刊 谷川健一著「魔の系譜」 pp.215-217より抜粋

株式会社講談社刊 谷川健一著「魔の系譜」
pp.215-217より抜粋
ISBN-10: 4061586610
ISBN-13: 978-4061586611

ここで私が思い出すのは、戦時下の東京で「蛇屋の娘がかどわかされた」という噂がひろがったことである。物資が欠乏し人心の荒廃した戦争末期の首都で、このように説教本に出てくるような陰惨なデマが横行したことは、作為したものであれ、自然発生的であれ、深い意味をもつと考えられる。
 それは期せずして、ささくれ立った人間の心をいっそう逆なでするようなパニック状態を、日本人の意識の深層につくり出したものにほかならなかった。疑心暗鬼の生み出す恐怖やスパイ呼ばわりされる不安、おそらくそれは憑きもの筋の恐怖とは無縁ではないのだ。
 トウビョウ(蛇神)すじとか犬神すじと呼ばれるときの、傷あとに塩をすりこむような恐怖は貧しさが慢性化している山村や漁村の荒涼とした風景をぬきに考えられるものではない。そこでは貧しさが共同体をつくって豊かさをはじき出そうと、執念をかけるのである。犬神すじや蛇神すじは、山陰や土佐などの僻地に多くみられる現象で、物質の貧しさとふかくからみ合っている。
 しかし、貧しさが豊かさを恐怖する例は現代の企業や組合や政党にもみられないことはない。そこでは貧しさー精神の貧しさが、豊かさをはじき出そうと全力をあげる。精神の貧しさのつくった共同体が組織の名で呼ばれる。無能力な者が能力のあるものを恐怖し、あらゆる卑小な陰謀をもちいて団結する。豊かさへの恐怖、それが現代の犬神すじを成立させる。
 奈良時代から今日にいたるまで「良民」の「良」には何の意味もない。それは貧しさの代名詞でしかなく、一種の虚辞である。良民証とは貧しいものが、その貧しさを逆手にとって共同体を形成し、豊かなものを仲間に入れないための検閲証明書である。
 「良」が消極的な意味しかもたないことは、私の独断ではない。日本人の伝統意識のなかでは「悪」は積極的な意味をもつのである。「悪」の伝統意識が日本の近代文学のなかでは衰弱していることを、「不幸な芸術」で指摘したのは柳田国男であった。
 今日、異端や狂気が復権を求めているのは、そうしたこととつながりがあると私はおもう。
すなわち異端や狂気は一見、先端的思想にみえるけれども、その実は伝統的意識の回復をめざすものにほかならない。それは良民から排除される恐怖、差別者が被差別者を恐怖することへの恐怖を克服する思想運動である。現代の企業、組合、政党などの良民意識と組織へのしがみつきが産み出す「犬神すじ」の差別思想・・・それを打ち破るものとして、私たちは夢野久作の「犬神博士」一冊もっている。

2022年4月5日火曜日

20220404【架空の話】・其の91 【モザイクのピースとなるもの】【東京訪問篇⑪】

CH院長「ああ、どうぞ、いえ、今日は別に白衣着用まではしなくて大丈夫です。企業の方々も時折、訪問されて院内のご案内することがありますが、その時も皆さんスーツ姿のままですので・・。

ええ、そのままスリッパでお進みください。そう、そして、こちらがスタッフの休憩室兼ミーティングルームです。丁度、今は休憩しているスタッフがあまりいませんので、普段どのような感じであるか分かり難いかもしれませんが・・。そして、あそこの休憩室奥のキッチンには、いつも、ご飯と味噌汁が用意してありまして、当院のスタッフであれば誰でも自由に食べることが出来ます。お!今日の味噌汁の具は油揚げとわかめか・・うん、これは美味しそうだな・・。と、このような感じになっていまして、あとは、こちらにあるのが数日前に患者さんが箱で送ってきてくれた蜜柑ですが、これもいい具合に減ってきましたね・・。そういえば、こないだTO先生の御実家から送って頂いた熊本産のデコポンは美味しかったですね、あれは本当にすぐになくなってしまった・・。いや、別に催促しているわけではないから気にしないでくださいね・・(笑)。いや、当院は常勤、非常勤合わせたスタッフが総勢で50名以上いまして、しかも、若手が圧倒的に多いことから、こういったご飯と味噌汁のような簡単なものであっても、結構、喜ばれるのです。まあ、これも、数年前の医員や研修医の会話からヒントを得てやってみた試みではあるのですが、もうすっかり定着しましたね・・。

あ、食べ物の話をしていて思い出しましたが、先生がお勤めのK医療専門職大学には、たしか管理栄養学科があったと思いますが、同じ運営組織(「医療専門職大学運営機構」)の全国にある医療専門職大学も、そちらと同様の学科編制になっているのですが?」

すると、CH先生の傍らにいたE先生は「ええ、本学を含め全国の「医療専門職大学運営機構」によって設置された医療専門職大学は、概ね似通った学科編制となっていまして、全ての医専大には看護学科は設置されていますし、その他PT、OTさんの学科も概ね設置されていると思います・・。ただ、我々のような歯科系と管理栄養学科については、若干異なるようでして、たとえばKの北隣の熊本医専大では管理栄養学科はなかったはずです。九州地方では、一番大きな福岡に、管理栄養士養成課程が設置された大学が既にいくつかありまして、また熊本にも既に2大学ありましたので、新たな医専大での管理栄養学科の設置は見送られたといった話を以前に聞いたことがあります。」と返答した。すると、それを受けてCH先生は「ははあ、やはり、こうした資格系の大学では、どこでも設置される学科について、そうした周辺事情が考慮されるものなのですね・・。それで、たしか中国地方、岡山県にも医専大が設置されていて、管理栄養学科もあると聞いていますが、これについては、これまでに何か話を聞かれたことはありますか?」と続けて訊ねてこられた。

E先生は数秒間、視線を上に向けてから「はい、岡山の医専大につきましては、この地では、以前からPT、OTさんを養成する専門職大学が設置されていたことから、新設医専大ではさきの話の、まさに例外となりますが看護学科と口腔保健学科と管理栄養学科といった三学科の編成になったと伝え聞いています・・。」と、少し自信なさげに応えると、CH院長は「ええ、それはもちろん仰る通りであるのですが、先日、新聞を読んでいましたら、面白いことが書いてありましてね、それは・・突然、話が大きく変わるのですが、いや、実は後で繋がるのですけれども・・両先生は、専門が国際関係論でありつつ文学全般にも精しいST先生は御存知ですか?」と、また我々に訊ねられた。すると、E先生が私の方をチラッと見て、返答を促すような視線をされたことから、これについては私が返事をする流れとなった。CH先生が話題にされたST氏は、人文系では中堅若手(それでも既に40代後半ではあるが)の著名な研究者として通っており、また、これまでに、その著作も数冊読んだことがあり、ここでのCH院長からの質問、そして、そこに至るまでの会話の文脈から考えると、あくまでも想像ではあるが、双方が結び付くと思われる要素が思いついたため、私は以下のような返答をした。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
次回☟
https://jtsuruki.blogspot.com/2022/04/2022040992.html
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2022年4月3日日曜日

20220402 海外報道機関によるニュース動画をしばらく視聴していて思ったこと

昨日、今日の首都圏は、それ以前と比べて日中でも気温が大分下がり、未だ三寒四温のさなかであることを痛感させられました。そして明日、明後日もまた、この調子との天気予報であり、春らしい温暖な陽気を望む私としては、こうした陽気の大きな変化は、あまり嬉しいものではありません。

さて、昨日は、書籍からの引用と、独白形式の二つのブログ記事を作成・投稿しましたが、おかげさまで、独白形式の記事の方も、思いのほかに伸び、そこから、本日も何かしら作成しようと思い立ち、さきほどより、こうして新たな記事の作成を行っています。

そういえば、昨日投稿の独白形式記事において、書籍からの引用記事の効果について触れましたが、引用記事であれば、おそらく、あまり無理をせずに、数百記事程度は作成出来ると思いますが、実際にこれを行った場合、どのような効果が生じるのかと考えてみますと、それは未だ判然とはせず、ただ、昨日投稿記事にて述べたように、日常生活において、一連のブログ記事(独白、引用、架空の話)を想起する機会が増えるのではないかと思われるところですが、では、そのようになった場合、私自身の方は、どのように変化するのかと、自然と考えが及ぶところですが、それはそれで、あまり埒が明くような見解に至るとは思えないことから、敢えて、そうしたことに考えを巡らせないで、とりあえずは、これまで通り、一つずつ、記事作成を進めるのが良いのではないかと思われます・・。

くわえて、去る2月24日に東欧にて勃発した戦争により、これに関連すると思われる、既読図書内の記述をあたってみたり、あるいは、動画サイトにて関連ニュース動画などを視聴する機会が増えましたが、この度の戦争については、その進展や動向が、今後の我が国を含めた世界情勢に対しても、少なからず、影響を与えるものであると思われることから、私なりにではあれ、この戦争に対する興味は切実であると云え、また、海外報道機関の英語によるニュース動画などは、概ね若干緊張の態で視聴しています。そのために、期せずして、英語のリスニング能力や、英語字幕を読む能力が、少しだけ向上したようにも感じられました・・。

また、こうした海外の重大な出来事に対する、海外報道機関のニュース動画をしばらくの間視聴した結果であるのか、我が国のTVヴァラエティ番組を、食堂や理髪店などで視聴していても、どうも興味関心が生じてこなくなり、くわえて、そうした番組にて聴く、当戦争に対する、さまざまな見解・意見についても、どうもよく分からなくなってきました・・。

おそらく、こうした事情の基底には、それぞれ「言語の性質」といったものがあるようにも思われるのですが、あるいは既に、こうした言語のいわば基質にある要素から、これまでに当ブログにて述べてきました「我が国の特徴的な性質」といったものが生じるのではないかとも思われるのですが、これについても、今しばらく、さきに述べた活動を継続し、何らかの見解を見出すことが出来ればと考えています。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
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2022年4月2日土曜日

20220401 書籍からの引用記事を継続していて変わったと思われること

ここしばらくは、書籍からの引用あるいは【架空の話】の続編をブログ記事として作成し、独白形式の記事は作成していなかったことから、本日は久しぶりに独白形式の記事を作成します。

この形式にて記事作成を行うにあたっては、前述二つの形式と比べて、何と云いますか、ある種の「勢い」が必要であると云えます。これを異言しますと、日常生活において、ボンヤリと違和感や疑問や興味を抱いていることを、さらに凝縮し、文章として顕在化させるためには「勢い」が必要であるということになります。

当然ではありますが、普段、私は、一連の当ブログ記事全ての内容を意識しているわけではありません。しかし他方で、それらの中から、何かしらの契機によって、関連すると思しきブログ記事が想起されることは度々あります。

こうした経験は以前からありましたが、それは、当ブログそしてツイッターを始めてからは、その頻度が以前と比べて、明らかに多くなったように思われます。これは年齢的なものに因るのか、あるいは、その他の要因によるものであるのかは今現在では分かりませんが、ただ、感覚的にではあれ、分かったことは、特に書籍からの引用記事の場合は、全て、引用文章をPCにて手入力しているしていることから、ある程度、身体化された記憶となり易く、そこから、それら引用文章内の特徴的な記述内容もまた、機に応じて想起し易くなるということです。

そうしますと、引用記事の増加により、想起の機会もまた増加すると思われますが、同時に、こうした外界からの刺激(契機)による想起については、その時の体調全般が大きく関与しているようであり、やはり、比較的多く睡眠を取っていたり、あるいは、体調がすぐれている時には、種々想起される頻度に、あまり変わりがなくとも、それらに対する自分の評価は、良くなる傾向があるように思われます。

とはいえ、別の視点からこれを眺めてみますと、そうした想起の頻度や、それらに対する評価に関しては、これまでに何度も伸び悩みやスランプのような期間を経て、それがどうにか過ぎると、また異なった視点からの想起なども出来るようになり、さらに、他の引用記事のみならず、自身の作成記事との間にある関連性についても同様に看取出来るようになるといった性質があるように思われます。

こうした関連性の看取・指摘をブログやSNSを用いて広く発信することは、2015年、当ブログをはじめる以前の私では困難なことであり、それ故、これはこれで、やはり進歩であると云え、また、その先には、多少の伸びしろも未だあると考えることから、今しばらくは続けたいと考えています。

また、おかげさまで、これまでの投稿記事が1745に到達しました。今後もあまり無理はせずに、来たる6月22日までに55記事を作成し、当面の目標である1800記事到達を目指します。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

順天堂大学保健医療学部


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2022年4月1日金曜日

20220401 株式会社岩波書店刊 加藤周一著「私にとっての20世紀 付 最後のメッセージ pp.219-222より抜粋

株式会社岩波書店刊 加藤周一著「私にとっての20世紀 付 最後のメッセージ
pp.219-222より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4006031807
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4006031800

日本人は日本語の中に閉じこもって、いちばん端的には「大和心」という言葉で、なんとなくわかったような感じを共有してしまいがちですが、よく考えるとわからない。まして、それを外に説明しようとしたときに、大きな困難が伴います。本居宣長は大和心ということをいきなりいった。このことを考える上では、ハンガリーの作曲家バルトークの研究が面白い。彼はハンガリー心とは何か、音楽にどうハンガリー心が反映しているかということを考えて、外国の影響がないハンガリーの民謡を収集した。それが音楽的にどういう特徴をもっているかを明らかにすれば、ハンガリー心がわかるだろうと彼は考えたわけです。

 それを分析して出てきた音楽的特徴はどういう言葉でいえるかといったら、それはハンガリー語でないといえないという話ではなかった。それは簡単な音楽用語です。拍子についていえば、どういう特徴を持っているかを構造的に、音楽を論じる人なら誰でもわかる概念を使って、ハンガリー心を突き止めた。

 そのあとで彼は、そういうものを関連のある作曲もしています。

 宣長はそういうことをしていない。大和心というものがもしあるとすれば、それは普遍的な言語で表現することができなければいけない。どこが中国心と違うか。どこが朝鮮・韓国心と違うか。

 私が「文学史」のときに使った方法は、中国大陸からの影響のない前の大和心というのは、どういうものだったろうかということです。ところが文献が限られていてあまりにも少ないので、はっきりしたことが掴めない。

 それでは、どうやって大和心を普遍的な言語で掴むかです。大和心というのはなんだかわからないけれど、仮にそういうものであって、そこにはっきりしたもの、たとえば天台宗あるいは真言宗の仏教が入ってくると、仏教が変わる。変えた力は大和心が作用したからだろうと仮定するわけです。仏像が入ってくると、仏教建築が少し変わる。

 密教でもそうです。朱子学が入ってくると朱子学が日本化される。日本化する動力は大和心だろうと考える。日本に渡来する前の仏教とは何か、中国の寺院と仏教彫刻とは何か、朱子学が何かということは明瞭にわかる。

 それが日本でどう変わったかというと、これは観察できるわけです。そうすると、わかっていない大和心なるものがわかる。たとえば、朱子学プラス大和心が日本的朱子学になるから、日本的朱子学から原朱子学を引けば出てくる。実際はプラスというよりもヴェクトル合成みたいになっていると思いますけれども、とにかくそういう方法で、大和心が中国大陸思想をどう変えたかを観察すれば、かなりの程度までわかる。

 どういうふうに日本で変わったかは、時代が少し下がってくればいろいろな文献があります。きれいに出てくるのは、いわゆる説話集です。日本霊異記、今昔物語から沙石集にかけての説話集には、中国にものがかなりある。その中国の種本は残っていて読める。

 だからどこが違うかということは、比較検討すれば明白に出てくる。一回出てきても何もいえないけれども、変わり方に一種の方向性があれば、その方向性を生み出しているものが大和心だということで、そのイメージはかなりはっきりしてくる。説話集で確実につかまるのは、何が主要なメッセージかということをいうために、必要にして十分な手段を取るという傾向は中国のほうが強いということです。

 日本に入ってきて何が加わるかというと、趣旨は変わらないけれども細かい部分が変わる。ある男が山の中で狩りか何かの落とし穴に落っこった物語があります。長い間そこに一人でいたけれども、猟のために山に入った猟師たちが、その声を聞いて彼を引き上げて助かったという話です。その元の話が中国にあって、なぜそこで、そんなに長い間生きていられたかというと、穴の中で法華経を唱えていたから、その力で彼は助かったということになっている。日本人がその話に何を加えたかといったら、狩りの一行が男の法華経を唱える細い声を聞いて、発見して引き上げるときにどうやって引き上げたかという点です。どういう材料で網を作って、それを結びつけて滑車まで利用して引き上げたかという技術的説明を詳しく物語る。そんなことは中国では一行もない。日本で発明して付け加えたのです。それが実に面白い。説話の大筋は全然変わらないのだけれど、そういう部分だけ日本では無闇に詳しい。そういうことがほかにもあって、大和心の一つの特色がわかるということです。

2022年3月30日水曜日

20220329 中央公論新社刊 中公クラシックス 宮崎市定著「アジア史論」pp.18-21より抜粋

中央公論新社刊 中公クラシックス 宮崎市定著「アジア史論」pp.18-21より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121600274
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121600271

西アジア地域に対抗して絶えず反撥的に発展して来たヨーロッパ地域はもともと西アジア地域より分裂して発生したものである。この分離独立を完成した中心力は古代ギリシャの都市国家群であった。ヨーロッパの古代史的発展もまた、最初の国家形態として都市国家なるものを有し、しかしてこの都市国家は、その傍らに西アジア地域の先進文明を控えたる為めに、絶えずその刺激を蒙ること強く、都市国家的性格を比類なき高度にまで発揚するを得た。これギリシャ古典文明が他地域の古代に比して卓越せる所以であったのである。しかしてギリシャにおける都市国家的性格の強さは、一方においてその政治的大同団結を妨げる原因ともなった。ギリシャ都市国家群の指導者たるアテネもスパルタも遂にギリシャ民族の統一を完成してこれを大帝国に鎔鋳することが出来ず、ギリシャはその世界史的任務において、単にヨーロッパ地域を西アジア地域より分離せしめたるのみにして止まり、ヨーロッパの古代史的発展の完成は、更に西方に起りたるローマ民族の出現を待たねばならなかったのである。

 かつてギリシャの盛時、アテネの海上勢力を背景としてその指導の下に所謂デロス同盟が成立し、宛然たる海上帝国の観を呈したが、その範囲は東地中海に限られ、かつ継続すること幾くもなくして、同じギリシャ国家スパルタの反撃に遭い、脆くも雲消霧散してしまった。然るにこのギリシャ文明の余波を受けて更に西方、地中海中央に突出せるイタリア半島に勃興したのがローマ帝国である。ローマは初めフェニキア植民地カルタゴと地中海を隔てて相争い、先ず西地中海岸を平定して後、東地中海に向い、ギリシャ諸国及びエジプトを征服し、更にシリアを併合して、ここに東西地中海の大統一を完成した。ヨーロッパ地域の古代史的発展はギリシャに始まり、ローマによって達成せられた。しかしてローマはこの大統一を完成せる暁、もはや古の都市国家でもなく、人民共和国でもなく、宛として西アジアの古代ペルシャ王朝に擬する大帝国に変形していた。実年代をもってはかるならばローマ帝国の完成者ケーザルの時代は、ペルシャのダリウス大王に後れること約500年である。

 ヨーロッパ地域が大統一に向って驀進する時は、あたかも西アジア地域が既に古代史的発展を終って中世に入り、分裂的傾向の顕著に現われいたる時代である。この相異なる二つの減少の間には、何かしら必然的な相互依存関係が存在することを推察せしめる。恐らくそれは、両地域の中間に位するシリア地方の向背が鍵となっているであろうと思われる。即ちヨーロッパ地域は西アジア地域に向ってその領域を拡大し、従来は西アジア地域であった小アジア、シリア地方からエジプトまで含めて、その傘下に収め、西方に大ローマ帝国が出現すると同時に、旧西アジア地域は著しくその領域を縮小されたのである。領域の拡大はいよいよその内部における交通貿易を旺盛ならしめる反面、領域の縮小された地域では景気の下降、生産の不振が起り、それが商業の衰微とあんり、地方の分裂を招き、いよいよ景気の下降を招来するという悪循環に陥るのである。

 ヨーロッパと西アジアとは、この時にはシリアを支点としたシーソーの形となり、ヨーロッパが上がれば上がるだけ、西アジアが下降するという関係におかれていた。さりながら、両者を比較した時、文化の伝統の深さは勿論、同日にして語ることは出来ない。シリア、小アジアはもちろん、これに隣接するギリシャ、エジプトもまた古い文明の栄えて社会の発展の進みたる地域である。さればローマ帝国の内部においては、文明の潮流は東地中海より西地中海に向って動いた。しかして更に大いなる文明の動きは、西アジアの政治様式のヨーロッパ地域への輸入であった。原来はローマ共和国の市民代表者に過ぎざる歴代のケーザルは、西アジア地域と接触する間に、次第にその外貌を改め、王衣を着け玉座に上り、その実質もまた純然たる東方流の専制帝王と化した。東方の経済もまた、ローマ的古代市民社会を変質させて行った。ローマが政治力と軍事力とによって搾取した地方の金銀貨は、いったんローマに運ばれたが、それはやがて東方の物資を購入するために流出を続けた。東方における組織された大農地経営の生産物に圧倒されて、イタリアの小農、自作農は次第に没落して行ったのである。所詮、人為的な好景気は永続きしない。ヨーロッパは先進地域たる西アジアがかつて辿った運命に追従しはじめ、ローマ帝国は大ケーザルの出現以後約300年にして東西分治のことあり、漸く遠心的分裂的傾向を示し、この傾向は更に100年を経て、北方よりするゲルマン民族の侵入によって決定的なものとなった。東ローマ帝国が僅かにバルカン半島東西近傍を保って、ローマ文明の命脈を維持するを除き、帝国の領土は挙げて侵入者の占領割拠する所となり、四分五裂して、ここにヨーロッパ地域古代史の終焉を見るのである。時に西紀375年、西アジアにおける古代史の終末に遅れること約700年である。

2022年3月28日月曜日

20220328 株式会社blueprint刊 宮台真司著「崩壊を加速せよ」「社会が沈んで「世界」が浮上する」pp.179-181より抜粋

株式会社blueprint刊 宮台真司著「崩壊を加速させよ 「社会」が沈んで「世界」が浮上する」pp.179-181より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4909852093
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4909852090

日本は、1970年代後半以降の製造業一人勝ちのラッキーによる右肩上がりの継続が、新自由主義的方向へのシフトを妨げて旧自民党的な再配分政治を継続させ、チェルノブイリ事故が他人事に思えたラッキーが、1990年代以降の「食とエネルギーの共同自治」を妨げた。
 
 むしろ欧米の動きとは対照的に、1980年代半ば以降の日本は、一方でコンビニ化&ファミレス化に象徴される「市場依存」が進み、他方で日米構造協議の末に日本政府が応じた430兆円の公共事業に象徴される「行政官僚制依存」が進んで、共同体が空洞化し続けた。

 1989年から91年にかけて冷戦体制が終わり、グローバル化という資本移動自由化が進んだことで、91年のバブル崩壊以降の日本では、「社会の穴を辛うじて埋め合わせていた経済」が回らなくなり、社会の穴ー共同体空洞化ーが、ひたすら顕在化するはめになった。

 それが、英国の三倍、米国の二倍にも及ぶ高自殺率をもたらし、昨年(2010年)話題になった高齢所在不明問題や乳幼児虐待放置問題をもたらし、孤独死や無縁死をもたらすことになった。システム(市場と行政)がうまく回る「平時」を、永続するものだと自明視化したツケだ。

 丸山眞男の言葉を使えば、まさに「作為の契機の不在」だ。システムは自明ではない契機がたまたま噛み合うことで辛うじて回るに過ぎないのに、ここに川があり、あそこに山があるかの如く、また、太陽がいつも東から昇るが如く、単なる自然だと見做す傾向を意味する。

 システムは偶発的契機のセットが与える「ありそうもない秩序」であるがゆえに、システムが回らなくなった場合を想定して、「食の」「エネルギーの」「資源の」「技術の」「文化の」安全保障の観点から共同体自治を確保することが大切だが、日本には無縁な営みだった。

 震災は、被災者支援においても、市場と行政に依存し過ぎた社会の脆弱さを突きつけた。支援物資が集まっても配分に手間取る。義援金が集まっても支給開始が遅い。共同体自治に支えられた市町村や、市民自治に支えられたNPOが、欧米よりも圧倒的に脆弱なことが関係する。

 阪神淡路大震災後の仮設住宅では、極めて多数の自殺や孤独死が生じた。物資の配給や就労などの経済的自立だけでは、人は生きていけない。そのことを教訓として織り込んだ被災者の定住化政策ー共同体自治への包摂ーも、日本では全く議論の対象になっていない。

 共同体自治や市民自治の不在ゆえに困難な支援物資配分を、ツイッターでの交流が助けた。それもあって「空洞化した地域や家族の共同性をネットの共同性が埋める」という類の幻想が拡がっている。若手論者に多いこうした議論はそれ自体がシステムへの過剰依存ぶりを示す。