2020年8月6日木曜日

20200806 自分の性質について思ったこと・・

本日は人混みを避けつつ、いつも通りの長い散歩をして、およそ8kmほど歩きました。暑い中でのある程度の距離の徒歩移動は、それなりに疲れ、汗もかきますが、その達成感はまたひとしおと云えます。

そういえば、毎年、この時季になりますと太平洋戦争を題材とした各種テレビ番組が報道されますが、そうした番組をテレビ放映の開始から時系列にて観ていきますと、一つの視点としての戦後史にはなり得るのではないかと思われます。先日書店にて「日本の戦争映画」という新書がありましたので、少し立ち読みしましたが、おそらくは、これと類似した試みであると云えます。

しかし、それでもこれまで当ブログにて述べてきましたが、我々日本人の歴史に対する意識は、同国の経済や理系を主とする科学技術全般の水準からしますと、劣った状態といいますか、何やらおかしな状態にあるように思われます・・。

私は幼い頃から歴史に関する科目が好きでしたが、それら科目の成績は悪くはありませんでしたが、決して「特に優秀」というわけではありませんでした。それでも、私の「歴史好き」の傾向には周囲とは異なる「何か」があったらしく「授業中よく発言したりする割には成績はイマイチだな・・。」といった感じがあったように記憶しています・・(苦笑)。

とはいえ、後になって分かったことは、こうした人物はそこまで珍しいわけでもなく、時折居て、私にもその傾向が少なからずあると思われますが「アスペルガー症候群」的と云えます・・。

多くの人々は、その好むものが年代によって変わっていくのでしょうが、私の「歴史好き」に関しては、多分、小学校入学以前から変わらず、また、そのために人生の方向性も変わったと云えます。おそらく、方向性を変えずにそのまま生きていれば、団塊ジュニアのロスト・ジェネレーションに属する私は、もっと良い人生になっていたのか、はたまた、そうではないのか分かりませんが、自身としては、失ったものも少なからずありましたが、今までのところは、そこまで悪くはなかったように思われます。いや、より精確には「私のような進路変更が比較的多いとも云える生き方の割には、まあ、生きていられるだけ良いのかもしれない・・。」といったところになります・・(苦笑)。

しかしまた、聞いたハナシによりますと「アスペルガー症候群」的傾向を持つ人々は、その独特な性格などにより、周囲と馴染めず、必ずしも自らの意思によらずして転職を繰り返すことが多いとのことでした・・(苦笑)。

さて、この程度まで当て嵌まると、やはり私にはその傾向がないとは云えないように思えてきます・・(苦笑)。また、これまでにお目に掛かった社会的地位もそれなりに高い、所謂制度的知識人の方から、あるいは多少の含意があったのかもしれませんが「擬態のように知識人を演じられるというのもなかなかスゴイことなんだ。」といったご意見を伺ったことがありましたが、これは、私が知識人であるかどうかは別として、少なくとも「擬態」としてのそれではなく、むしろその対極にあるものであり、これまた歴史から考えてみますと、決してカッコいいものではなく、むしろ残念ながら、私の方がホンモノではないかと思われるのです・・(笑)。もしくは、あるいは少なくとも、人の才能の顕れ方には様々なものがあるのではないでしょうか(笑)。

そして、本質的に、そうしたことを口では認めつつも、感覚的には耐え切れず排斥し続けてきたさきが現在の我が国ではないでしょうか・・(笑)。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2020年8月5日水曜日

20200804 「意識の変容を惹起させる何か」について

おかげさまで、直近2回投稿の【架空の話】は思いのほか多くの方々に読んで頂けました。

これらを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。おそらく、あと二話ほどでKでのアパート探しになり、その後数回でKへの転居という流れに至ると考えていますが、我がことながら面白いと思うことは、こうしたモノガタリのような文章を作成していますと、作成途中で何故だか急に眠くなり、意識が飛びそうになることがあったり、他方で、不図、忘れていた記憶を思い出し「そうだ、この記憶に肉付けをしてモノガタリに組み込んでみよう。」と記事作成に拍車が掛かったりすることです・・。

また、さらに面白いことの一つは、その後で、既に投稿した記事を再度フェイスブックやツイッターで共有してみたり、それ関連する内容の記事をさらにそこに投稿してみたくなってくることです。

これは、調子の良い時は、何と云いますか、比較的リズミカルに自然に出来るのですが、停滞やスランプ気味の時は、こうした行為の自分なりに感じる「冴え」も鈍っているように思われるのです。あるいは、こうした主観的な「冴え」は、あくまでも主観的なものであり、他者から見ると、それぞれの時期(乗っている時と停滞気味の時)の間に共有・関連付け作業を行っている際の「冴え」に違いは認められないのかもしれませんが、他方で感覚的ではありますが、こうした行為は、ある程度継続していますと「自分なりの評価基準」といったものが徐々に形成されていくようにも思われます。

そして、新規投稿を継続することにより、この「自分なりの評価基準」は次第に足場のしっかりしたものになり、その先の共有・関連付け作業もまた、出来るようになると思われます。

くわえて、そのようにして新規の記事投稿や共有・関連付け作業を継続していきますと、何かしら自身が記事で書いたことや、取り上げたトピックや書籍が、自身個人よりも広い規模で取り上げられているような感じを受けることが度々生じるのです・・(笑)。

こうした感覚は「天動説」のような前近代的なものであると思われがちであり、おそらくは、そうした要素も少なからずあるとは思われますが、しかし他方で、それだけではない、個人と集団を貫く何らかの意識や感覚に触れたり、かすったりあるいはまた貫くこともいくらかはあるのではないかと思われるのです・・。

そうしますと、こうしたネット空間での新規のブログ記事投稿や共有・関連付け作業を行うことに、どのような効果や意味があるのかと考えてみますと、それは残念ながら現在の私の語彙や言語化し得る感覚の外にあると云えます・・。とはいえ、少なくとも自身においては、そうした行為には「意識の変容を惹起させる何か」があるのではとも考えています。

そして、そうした未だコトバにて翻訳出来ないような意識変容の蓄積により、何かしら「意識の相変態」のようなことが生じるのではないかと思われるのです・・。

また、ここまで書いていて不図、思ったことは「意識の相変態」が生じ易い社会とそうでない社会についてですが、これにつきましては、また別の機会に書いてみようと思います。

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2020年8月2日日曜日

20200802【架空の話】・其の37

また、そうしてあらためてCさんの顔を見ていると、何だか、さきの二人のような精悍な顔立ちにも見えてきたのだが、より精確には、それまで私がそれに気が付いていなかっただけであるのかもしれない・・。

ともあれ、そうして1時間ほど家探しのアドバイスをもらい、雑談をしてから医院を出て帰宅したのだが、考えてみると、一人暮らしをするにあたって必要と思われるものが色々あることに気が付いた・・。そこでe-mailで兄に一人暮らしでの必需品を教えてもらおうと、これまた久々にパソコンを開いて、兄宛てにメールを作成し送信した。

さて、この日も帰宅してみると家には誰も居らず、来週のKでの家探しのための荷物をパッキングしていると、不図「今後の一人暮らしでは、現在の衣類の量は多すぎるのではないか?」と思い、まだ使えそうで、そこそこキレイな衣類を古着屋さんに売ってみることにした。私は古着屋さんでアルバイトをしているため、一般的な若者が着るような衣類に関しては、そこそこ知識を持っていると考えているが、その私が選んだ衣類が果たして、どの程度の金額で買い取ってもらえるかということは、少し怖い面があるものの、興味深いものがあった。

時刻は、暗くはなってきていたものの、未だ夕刻前であり、時間は充分にあると云えた。そこで、さきのパッキングから移行した衣類の整理をさらに続け、ラージサイズの米軍サープラスのダッフルバッグが目一杯にまでなった・・。

その中に入れたものは

*日本ではあまり知られていないが、大戦時に実際に米軍に納入していたメーカーによる民間向けモデルのA-2フライトジャケット(多分70年代)

*オイルドクロスによる各種コートで有名な英国ブランドによるキルティングジャケット(色はグリーンで襟がブラウンのコーデュロイ)

*オイルドクロスによる各種コートで有名な英国ブランドによるモーターサイクルジャケット(通称インターナショナルジャケット:色はグリーン)

*マリリン・モンローが朝鮮戦争での慰問に着用したことで有名になったナイロン製フライトジャケットB-15Cの国産レプリカ

*レザーヨークダウンベスト(ヴィンテージの国産レプリカ)×2枚

これらに加え、何枚かのシャツやスウェットを詰め込んだダッフルバッグを背負い、再び電車に乗って大学近くにある、そうした衣類を専門に扱うお店に持ち込んだ。店員さんは入ってきた私を見て「あ、買取のお客様ですね。」と慣れた感じの対応であった。私は先方にバッグを委ね、書類に必要事項を記入し、査定番号が刻印された小判型の赤い番号札を受け取った。

このお店は大学近くということもあり、若者向けの衣料が比較的豊富に置いてあり、また、店内には、おそらくは近くの学生であろう若者が何人かいた。そして私もそうした中に入り店内を物色しているフリをしていると、思いのほかに程度の良い商品が並んでおり、うっかりすると、また買ってしまいそうな感じもしてきたことから、敢えて出入り口近くのレディースのバッグが置かれているところに行き、そこに並んでいるバッグに対し、偏見に基づく評価を心中で行っていると、不図、窓ガラスの向こうに見覚えのある歩き方の人物を認めたため、少し注視してみると、それは研究室で見覚えのある濃いベージュのトレンチコートを着た指導教員であった。おそらく駅に向かっているのであろう。

状況も状況であるが、私は近くにいる店員さんに、さきほどの番号札を示しつつ「すいません。ちょっと用事があって店外に出ますが、すぐに戻ってきます。」と云って、店外に出た。そして、少し小走りにて指導教員に追いつき、後ろから「先生!」と声を掛けた。

すると指導教員は立ち止まり、あまり驚く様子もなく「ああ、君か・・。そういえば夕食はもう食べたかい?」と唐突に聞いてきた。そこで「あ、あの、実は、この近くで今ちょっとした用事がありまして、おそらく、もうすぐ終わるとは思うのですが・・。」と返事をして「夕食はまだですが、先生は御済みですか?」と付け加えた。すると「その用事はあとどのくらいで終わるのですか?」と聞いてきたことから「ちょっと、お待ちください。すぐに聞いてきますので・・。」と言い残して、すぐに店に戻った。多少混み合った大学近くの商店街であっても、おそらく指導教員は私がどこに入って行くかは見えていたであろう・・。店内に戻り、近くにいた先ほどの店員さんに再び番号札を示して「あと、どのくらいかかりますか?」と訊ねたところ、腰に下げていた携帯用無線機らしきもので査定カウンターの方に問い合わせてくれた。「大体、あと5分前後ですね。」とのことであり、礼を述べて再び、指導教員の方に戻ろうとすると、後ろの方でドアの開く音が聞こえ、当の本人が中に入って来た。戻る手間は省けたものの、こうした状況は何だか恥ずかしいものであり「先生、わざわざ来て頂いて恐縮です。もうすぐ用事も終えますので・・。」と云うと「あまり詮索はしないよ。」といった感じでちょっと首をすくめて、店内の方を眺めていた。そして、そうした状況を察知したのか、ただの偶然であるであるか分からないが「**番のお客様、買取査定が終わりましたので買取カウンターまでお越しください。」と店内アナウンスが流れた。それは私の番号であった。

買取カウンターに行き、案内された席に座ると、査定担当者らしき人が、査定額が記載されたプリントをこちらに示して、一点ずつ、査定金額とその理由を説明していった。こちらとしては、完全に納得の行く金額ではなかったものの、買取総額は優に5万円以上であったことから納得し、これらを買い取ってもらうことにした。おそらく、その一部始終を背後から指導教員は見ていたのであろうが、門下の院生がこうして一種の金策らしいことをしているのを見て、一体どのように感じたのであろうか・・。

そして、無事に買取交渉を終え、買取額を受け取り、指導教員と共に店の外に出ると、おもむろに「ちょっと寒いから今日は家の近くの蕎麦屋でカレーそばでも食べようと思っているんだが、一緒にどうだね。」と話を振って来た。

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20200801【架空の話】・其の36

こうした指導教員に関する背景をボーっと思い出していると、私も数か月後にはKに住む予定であることが不図、思い起こされ、そこでBに連絡してみようと思い立った。指導教員には思いがけずに長時間居座ってしまったことを詫び、二人分のカップとソーサーを洗ってから研究室を後にした。

時刻は未だ14:00前であったが曇りがちで、陽も陰ってきていた。研究室棟を出て学食に行き、寒いためか空席が目立つ屋外の席に敢えて座り、左手を中学生の頃から着ているダークブラウンのグローバーオールのダッフルコートのポケットに入れ、右手でスマートフォンを操作して、Bに電話をかけてみたが、しばらく鳴らしてみても出ることはなかったため、電話を切り、そしてショートメッセージにて「またあとで連絡する。」と送信しておいた。


そうしてスマートフォンを手に持ったまま、右手もポケットに入れ、座ったままで背伸びをして天を仰いでみた。空は14:00前というのに、陽が乏しく灰色であり、こうしたところから、不図、先週末のWの空の色や、大気の薫りが思い出されてきた・・。そして「よくは分からないが、ああした太陽光の量や、それを素として成育する様々な植物から発せられる気体や物質などは、その土地土地に住む人々の心身に長年影響を及ぼして、次第には、地域性のようなものが形成されるのではないだろうか・・。」と不図、思ったわけだが、その後になってもこの考えには、科学的に究明してみても面白く、何かしら興味深い新たな知見がそこにあるのではないかと思われた。

ともあれ、この学食での空気には、さきのWでの大気のような、樹木や植物の薫りが混然一体となったようなものは感じられず、大気は冷たく、そして乾燥していた。すると突然、右ポケットに入れいたスマートフォンに着信があったため上を向いていた顎を落とし、姿勢を直してから電話に出た。はたして電話はBからであった。

Bは「さっきはごめん。え「今どこにいるか?」だって・・。それが、もうあまり出席が必要な講義もないし、修論も受理されて審査にも無事に通っているから、早々に高い家賃のこちらのアパートは引払って、今はKの実家に戻ってきているよ。それで、こっちに来て家を探すのであれば、出来るだけ一緒に探すようにするから、その日程を教えて欲しい。」とのことであった。私の方も早急に家探しに行く必要があると考えていたことから、翌週の金曜日に行くことに決め、それをBに伝えて合意を得た。

航空便は昨年の編入試験と同様、LCCを利用して行くことにした。また、今回のKへの訪問は、以前ほど緊張する性質のものではないことから、上手くアパートを探すことが出来たらならば、向うで少し遠出をしてみようと思った。

こうした状況からも分かるように、修了直前の私はそれなりに色々と動いており、周囲には卒業旅行で海外に行く方々も少なからずいたように思うが、私にとっては、さきのW訪問や今度のK訪問が、そうした卒業旅行に値するものであったと認識している・・。

さて、LCCで首都圏からKに行く場合、一般的に最も安い航空便であれば、新東京国際空港、つまり成田空港から出発するものになり、これは、成田空港まで出向くことに慣れていないためか少し面倒に感じられた。

このBとの電話とショートメールのやり取りを一通り終えると、私は席を立ち、この後はD先生に連絡を取り医院を訪問してみようと思った。とはいえ、この医院は、家の最寄駅からの途中、少しだけ折れたところにあるため、あまり労せずして行くことが出来る場所にあると云える・・、

医院に電話を掛けてみると、歯科衛生士のCさんが出てきて「今から夕方くらいまでは少し時間があるから寄って頂いて大丈夫です。」とのことであり、相変わらずのマジメな口調であったが、同時にその声は少し浮いているようにも聞こえた。

そして医院に着いて中に入ると、待合室には加湿器が置かれ、室温は暖かく保たれていたことから、少しホッとして更に中に入ってみると、Cさんはゴム手袋をした手で滅菌消毒されたらしい器具をそれぞれの収納場所に戻ししてるといった様子であり、D先生はクリップボードに挟んだカルテに何かを書き込んでいた。二人とも私に気が付くと、先生はクリップボードを傍らのキャスター付きワゴンに乗せ、Cさんは区切りの良いところまで器具を仕舞い終えると「今日は早いですね。それと、もうすぐKへの引越しもしなければいけませんね。」と声を掛けてきてくれた。私は「ええ、実はまさに今度kにアパートを探しに行こうと思っているのですが、そこで少し、向うの地理について知っておきたいと思ったのです。もちろん、向うではBにも相談に乗ってもらうつもりですが、ここにもK出身者とそこに長く住んだ人がいますからね・・。」と返事をした。するとD先生が「ええと、大学は市民病院とK大のKキャンパスの近くだったよね・・。」と具体的な地理の話を始めたため、少し記憶を遡り「そうです。あの路面電車の市民病院駅のすぐ近くです。」と返事をした。すると先生は「あの辺りは昔は専売局があったんだよなあ・・。と話してから少し間を置いて「それで、そのまま市電に乗っていると、さらに南のK大病院のある方に行くんだよ。それで、住むのであれば今や繁華街と云っても良いK中央駅の近くよりも、K大KキャンパスかK大病院の近くの方が安くて、比較的静かで住みよいと思うよ。」とのことであった。Cさんはk中心市街地の北にあるY野という場所のご出身であり、高校,大学時代を通じて市内中心部までバス通学であったとのことであり、住むのであれば、確かに賑やかなk中央駅近くよりも、中心からは少し外れたK大病院の近くあたりが良いかもしれない。」とのことであった。ちなみに、この時Cさんから聞いたY野という地名は、以前に読んだ記憶があり、そこで「ええっと、Cさんの出身地のY野って、もしかして西南戦争のK野利秋やB府晋介の出身地のY野ですか?」と訊ねてみると「ええ、そうです。今でも石碑が立っていて、公園になっていたりしています。それでも、よくご存じでしたね・・。」と少し嬉しそうであった。また、その顔を見ていると、Cさんの顔貌も何だか、さきの二人のように精悍に見えてきたのだが、より精確には、それまで私が気が付いていなかっただけであるのかもしれない・・。


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2020年7月29日水曜日

20200729 読んでいる著作で見つけた気になるコトバから

ここ最近は、新たな書籍に手を出すことはなく、蔵書の中で、その時の考えていることや、気分にて選び、何となく読んでいるといった日々を過ごしています。端的にこうした状態は「停滞気味」と評すべきものと云えますが、しかし、この停滞の中で、新たな書籍に興味が湧いたり、また(自身にとって)新たな考えの萌芽のようなものに出くわすことも多々ありますので、この停滞状態においても、何かしら読み続けることは、重要であると考えます。

そうした中で、以前にも当ブログにて取り上げたジャレド・ダイアモンド編著による「歴史は実験できるのか」第一章の「ポリネシアの島々を文化実験する」にて以下の記述が記述が特に興味深く思われました。

p.43
「食料が豊富な年があると思えば、不足する年があるような予測不能な環境では、どの島でも各地の渓谷を支配する首長同士がたびたび対立し合うのも意外ではない。実際、異文化に接する直前のマルケサス諸島では襲撃や武力衝突が大きな特徴で、饗宴やカニバリズムの儀式のサイクルと密接に関わっていた。私は、べつの場所でこれを「競争的退行」と呼んでいる。」

p.45
「最初にトフア(*巨大な石造の祭壇(引用者))が建造されたのは拡張期だったと思われる。しかし、建築活動が最もさかんだったのはサッグスが古典期と呼んだ時期だと考えて間違いない。ヨーロッパ人と接触するよりも1、2世紀以前から、接触が始まった頃までに当たる。この時期は、「競争的退行」のパターンの進行が民族誌学的に証明されている時期でもあり、襲撃が絶えず、饗宴の規模は拡大し、人身御供への注目が高まった。そのうえ、人口密度が最も高くなり、定期的に発生する干ばつや飢饉の影響がマルケサス諸島全域におよび、社会政治的制度が大きく変容を遂げたとも推定される。古代ポリネシアのパターンから離れ、トーマスが「流動的かつ競争的な」社会制度と呼んだ形へと変わっていったのである。」

干ばつや飢饉、そして、そこから生じる既存統治体制の揺らぎは、原初的な祭政一致の社会では、祭祀・儀式への依存・注力が一層強まり、そして、祭祀を同じくする個々の社会集団における凝集性はさらに強まり、反面で、異なる社会集団同士の争いは激化し、また同時に、そうした状況(干ばつ・飢饉・争乱)によって農作物などの拡大再生産は為しえなくなると、さらなる争乱の激化につながっていき、そうした一連の状態を当著作では「競争的退行」と呼んでいると思われますが、このコトバをネットで調べてみたところ、未だ一般的には運用されていないと思われましたが、同時にこのコトバは、この時代(西暦1400年~1600年頃)のマルケサス諸島社会のみにふさわしいといわけではなく、たとえば西暦1500年代前後のユカタン半島のマヤ文明、あるいは、2世紀後半の所謂「倭国大乱」の時代にも、あるいはこれと類似した現象があり、さらには、経済的には継続的な停滞期にある一方、情報技術が更に進化発展し、他方では感染症に社会全体が脅かされている我が国社会においても、こうした「競争的退行」とも認識出来るような状況が多く生じているのではないかと思われました・・。
(記載部分のマヤ文明につきまして、興味がありましたらメル・ギブソン監督の映画作品「アポカリプト」をご覧ください。あるいはジョルジュ・バタイユ著の「呪われた部分 有用性の限界」(ちくま学芸文庫)をご一読ください。)

とはいえ、このコトバが記載された著作「歴史は実験できるのか」は、未だ原書を入手しておらず、どのような英語表記になっているか分かりませんので、現段階では何とも云えませんが、この「競争的退行」というコトバは、昨今の我が国社会の状況、あるいはまた、世界規模でのある種の状況を指すものとして、適切であるようにも思われましたが、さて、如何でしょうか?

慶應義塾大学出版会株式会社刊 ジャレド・ダイアモンド ジェイムズ・A・ロビンソン編著 小坂 恵理訳 「歴史は実験できるのか」
ISBN-10: 4766425197

新型コロナウィルス感染症そして東アジアを含めた世界情勢が出来れば今後、収束そして鎮静化することを願っています・・。

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20200728 新型コロナウィルス感染症と昨今の東アジア情勢から思ったこと・・

目標であった7月内での1350記事更新も為されて、今月は新たな記事作成を行う必要性もありませんが、ここ数日間は書籍からの抜粋引用部を記事として充ててきたことから「このあたりでまた、自身の文章による記事作成を行った方が良いのでは・・」と考え、さきほどから記事作成を始めた次第です・・(苦笑)。

ここ最近の首都圏は、新型コロナウィルス感染症の第二波とも云える状況から、あまり大手を振って外出も出来ません・・。自然と引きこもり気味になり、そして、どうにか夕方か夜半になって、運動不足解消のために、しばらく家の周囲を出歩くといった感じの生活スタイルが定着しつつあります・・。

それ以前では、新型コロナウィルス感染症も収束気味との観測から、休日には都内に出向き、これまでの習慣であった長い散歩をしていましたが、今後はまた、そうしたことも今しばらく控える必要性があるのかもしれません・・。

そういえば、先日スマートフォンを紛失していたことを述べましたが、このスマートフォンの一つの機能として「万歩計」があり、その記録を見てみますと、やはり休日である木・金曜日の歩行距離が明らかに長く、大抵は5km以上であり、10kmを超えている日も少なからずありました。首都圏の生活にて「悪くない」と思うことは、割に歩かなければならないということであり、また、少なくとも、自身の場合「歩く」ことと「読書」には密接な関連があると考えていることから、さきの新型コロナウィルス感染症の第二波によって、都内での長い散歩が困難になってきますと、また4・5月のような緊急事態宣言下での悶々とした日々に戻ることになることが予想され、暗鬱とした気分になってきます。

他方で、東アジアをはじめとする世界情勢もまた、ここ数十年のなかで、かなり緊迫した状況であるとも云えますので、こうした状況を忘れないまでも、何かしら心が明るくなるような出来事を探したくなることは、人の心の自然な流れであるように思われます・・。

しかしながら、ここ最近はそうした出来事もなく、たとえるならば、ひたすら長い、先の見えないトンネル内を歩いているといった感じがあります・・。そして、それは何時の状態に似ているのかと記憶を参照してみますと、指導教員が退職された後の2010~2013年の鹿児島での生活が少し近いような感じを受けます。

とはいえ、当時の鹿児島での生活は、先こそ見えなかったものの、明確な目標があり、また休日は思う存分に歩き、そして、その後には贅沢にも温泉に浸かっていましたので、他にも様々な相違はありますが、どちらが良かったかと考えてみますと、その明確な答えは出てきません・・。ともあれ、こうした時は、たとえ牛歩ではあっても、前に進む以外ないと思われますので、本日もこうして記事を作成して休もうと思います。

新型コロナウィルス感染症そして東アジアを含めた世界情勢が出来れば今後、収束そして鎮静化することを願っています・・。

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2020年7月27日月曜日

20200727 株式会社岩波書店刊 岡義武著「明治政治史」上巻 pp.229-233

「ところで、士族層の経済的没落に対しては、新政府としても到底無関心ではありえなかった。明治6年に参議木戸孝允は、その建議の中で、「我邦人口三千万と称すると雖も、其実を推して之を算すれば、僅かに二三百万人に過ぎざるべし。何となれば、孝允嘗て西洋諸国を歴覧するに、其人民貴賤を問わず貧富を論ぜず一も国の為に其義務を尽さざるは莫くして、我邦は即ち之に反せり。農は唯穀粟を出すを以て己が務と為し、工は唯什器を製するを以て其業と為し、商は唯有無を通ずるを以て之が職と為し、皆国事に於いて毫も関渉する所無し。国の正気は民心に在て、民既に国事に心無し。何を以て民と為すに足らんや」とし、このような中で、「我邦四民中、猶能く廉恥を知り愛国の念を存し、国の為に其義務を尽さんと欲する者、独り一士族中に多きのみ。是三千万人中其器械たるを免かかる者、僅かに二三百万人に過ぎずと謂うべきなり」として、士族をまことに貴重な存在であるとみなしている。また明治11年に右大臣岩倉具視は上に引用した「華士族授産之儀に付建議」の中で述べて、「士族の情況を考ふるに、鎌倉以来の武士は猶馬を馳せ剣を試みるの戦卒たるに過ぎざりしに、徳川氏の中葉以後儒学世に行はれ、地方に学校あらざるなく、士族たる者文武を兼ぬるを以て常識とし、其子弟学問に就かざる者なく、父兄の訓ゆる所、師友の導く所一に忠孝節義、治国安民に非ざるはなく、脳漿に浸涵して幾んど固有の天性を成すに至り、其中才徳の士彬々輩出し、諸藩の治績々観るべきものあり」とし、「士族は其積世涵養の力を以て、其精神以て百科に進むに足り、其志行以て艱苦に耐るに足り、其気力以て外人と競争するに足る。今の現況を据るに、学問百科凡そ以て国の事業に進むべき者、士族の性の尤も近き所とす。・・今姑らく士族の名称を除き虚心以て之を商量するに、将来果たして国の文明を扶けて独立を維持する者、此の高尚なる種族に非ずして何ぞ乎。此高尚なる種族を除く外、我邦の人民を槩論するに、学問なく士気なく、以て重任を負担するに足らず。蓋し其の能く進修有為の地に進み、外人と競争するに足るの日を待つは、猶ほ二三十年の後に在るべし。故に我政府は此の高尚の種族を失わずして与に共に前路に進むとき、大に将来の進歩を裨益すべし」となしている。また参議伊藤博文は明治十三年十二月のその建議の中で、「今天下の人物、品流を概論するに、其国事を担当して文明を率先たるに堪ふるもの、士族に望まざることを得ず。而して、士族の位置は宜く貴族の一部たるべし」と唱えており、翌十四年に諸参議が連署して提出した立憲政体に関する奏議の中にも、「士族の封建武門の世に於ける、平民の上に位し、教育素より気節有為の人多く其間に出づ。是れ宜く貴族の一部たるべし」となしている。

 士族層を高く評価して、これを重要視したのは、しかし、新政府に限らなかった。福沢諭吉の場合のごときも、その一つのよい例である。福沢は「封建の門閥制度」にためにその父が学才を生かしえなかったのを回想して「門閥制度は親の敵」と考えたことは、よく知られている。しかし、そのような彼もまた封建制度の遺産である士族層に対し強い期待を寄せたのであった。彼は「時事小言」(明治十四年)の中で「国民の気力を養ふ」方策として「士族の気力を維持、保護する」ことが必要であるとし、「日本の社会に於て事を為す者は古来必ず士族に限り、乱に戦ふ者も士族なり。治に事を執る者も士族なり。近くは三十年来西洋近時の文明を入れて其主義を世間に分布し、又維新の大業を成して爾後新政を施したる者も士族ならざるはなし。所謂百姓町人の輩は唯これを傍観して、社会の為に衣食を給するのみ。之を人身に譬れば百姓町人は国の胃の腑にして、士族は其脳の如く又腕の如きものなり。事を為すの本源は脳に位して、其働は腕に在り」とし、胃のみが丈夫で脳と腕との力を発揮できないものは「活溌の人」とはいいえない。これを動物にたとえれば豚のごときものである。それ故に、「今我国に士族の気力を消滅するは、恰も国を豚にするものにして、国権維持の一事に付き其影響の大なること論を俟たずして明」かである。士族はひとり政治、学術の面ばかりでなく「殖産の道」においても「全国の魁を為して人民の標準たるべき者」であるとし、また述べて、人の能力は実際に血統に因る天賦である。「この能力遺伝の主義を以て日本全国の人民を通覧したらば、士族の血統を惜しむ可しとの理由は特に喋々の弁を俟たずして明白」であろう。それ故に、士族の「数百年来遺伝の教育血統(武士層の間に行われて来た伝統的な精神教育を指すー著者)」を保全することは、「天下の大計」上から必要であり、士族層をむなしく経済的没落の運命に委ねることは、「百丈の大木鬱々たるものを故さらに発掘して其根を露し之を日に照らして、坐して其枯るるを待つ」ようなもので、「智者の策」とはいえない、と力説したのである。」